悪女は甘い夢を見る
転生殿下の2度目のプロポーズ
【本体1200円+税】

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●著:クレイン
●イラスト:すずくらはる
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-4023‐4
●発売日:2020/2/28

「どんな君でも愛しているとも」
ポチャ令嬢・目が覚めたら傾国の美女に!?

甘いものをこよなく愛するポッチャリ系令嬢のジーナは、なぜか一目惚れしてきた美形侯爵子息アルトゥールに求愛されながらも、毎日を学友たちと楽しく過ごしていた。
ある日ジーナは、実在した稀代の悪女を題材とした劇を観劇中に眩暈を感じ、気を失ってしまう。目が覚めたジーナはなんとその悪女・エレオノーラの身体に入ってしまっていて!?
クレインが送る、転生スペクタクルラブ!




「……どうして、そこまで」
 ジーナは思わず問うた。そこまで思ってもらえる理由が、やはりどうしてもわからない。
 するとアルトゥールは眩しそうにジーナを見つめ、口を開いた。
「運命の相手、というのを俺は信じていて」
「……はあ」
「その人に会うために、俺は今まで生きてきて」
「…………はあ」
「君を一目見た瞬間、ああ、君が俺の運命なんだってわかった」
「…………………」
「君は、俺の運命だ。ジーナ」
 念を押すように二度も言われた。ジーナは思わず空を仰ぎそうになる。
 つまり、やはりこれは一目惚れということか。しかも超重量級の。
(重い! これは流石に重すぎるわ……!)
 自分にはどうやってもこれと同じだけの想いを、彼に返せるとは思えない。窒息しそうな重さだ。
 ────でもそれなのに。不思議とその重さがほんの少し嬉しくもあって。
 そんな自分が信じられないが、きっとこれが恋のなせる業なのだろう。
 ジーナの中で、半ば諦めにも似た覚悟が決まる。
「だがすまない。君が生徒会室に呼び出されたと聞いて、渡すはずだった花とケーキを、その場に置いてきてしまった。本当にすまない」
 広い肩を落とし、詫びを連呼しながらしょんぼりとしてしまったアルトゥールに、ジーナは笑った。
 きっと花とケーキは、気の利く我が友ヴェロニカが、しっかりと回収してくれているだろう。
 ジーナは鞄から、昨夜彼のために焼いたクッキーを取り出す。
(さて、とりあえずは、山のことも谷のことも忘れてみましょうか)
 きっと人生において、こんなにも他人に想ってもらえることなど、もうないだろう。
 ならば、いっそのこと自己防衛本能に逆らって、泥船に乗ってみるのも悪くない。
「あの、アルトゥール様。これ、よかったら一緒に食べませんか?」
 可愛らしい包装紙に包まれたクッキーを彼に差し出す。
「え? 俺に? 君から?」
 それ以外に何があるというのか。ジーナはまた笑う。
「ええ。いつもいただいてばかりなんですもの。実は昨日私が焼いたクッキーなんです。お口に合うかはわかりませんが、よろしければ……」
「君が? 焼いた……? ああ、もらう! もちろんもらうとも! でも本当に? 俺に? え、そんな、勿体なくて食べられない。今すぐ他に何か菓子を買ってくるから、これは手をつけなくてもいいだろうか?」
 永久保存しなければ、というアルトゥールに、「腐りますよ」と冷静に指摘しながらジーナは微笑む。
 完全に混乱している彼が、やっぱり可愛いと思う。
「また作ってきますから。だからこれは一緒に食べましょう」
 そう説得して彼の手の上で、包装紙を広げる。中には可愛らしい形をしたクッキーが入っている。
 その一つを指先で摘み上げて、アルトゥールはなぜか懐かしそうにとっくりと見つめる。そして恐る恐る口に運んだ。さくり、と軽い音を立ててクッキーが彼の口の中で消える。
「…………っ」
 咀嚼をしながら、アルトゥールが思わずといったように目を細める。彼の目がわずかに潤んで見えた。
「あの、どうでしょうか?」
 心配になってジーナは思わず聞いてしまう。彼のために甘さは控えめにしたし、自分で味見したときも特に問題はなかったのだが。そんな、涙目になるほど不味かっただろうか。
「美味しい……世界で一番美味しい……」
 すると、なにやら震える声でやたらと壮大な言葉をもらった。いくらなんでも大袈裟である。どうやら恋という名の万能調味料が効いているようだ。
 だがまあ、褒めすぎだとは思うが、喜ばれるのはやはり無条件に嬉しい。
「これからも一生食べ続けたい……。頼むジーナ。俺と結婚してくれ……」
 それからいつものように求婚される。すがるようなその言葉に、ジーナは少し考え込む。
 そんな彼女を怪訝そうにアルトゥールは見つめた。普段なら瞬時に断られるのに、一体どうしたことだろうと、不思議に思ったのだろう。
「ええと、今は学生なので、結婚は難しいです」
「……え?」
 普段とは違ったジーナの言い回しに、アルトゥールが間の抜けた声を上げた。そんな彼に、微笑んでジーナは答えた。
「なので、まずは恋人から始めませんか?」
「え……?」
 アルトゥールがその紫水晶色の瞳を限界まで見開き、ぽかりと口を開けたまま、唖然としている。凛々しく整った顔が台無しである。
 それからしばらくしても固まったままのため、ジーナは彼の顔を覗き込む。どうやらジーナがなんと言ったのか未だに飲み込めていないらしい。
「……だめですか?」
 わざとらしく悲しげな声を出してみたら、アルトゥールは一気に正気に戻り、素っ頓狂な声を上げた。
「いやっ! ダメなわけがない!! 恋人! ぜひ! え? 本当に? 恋人……?」
 アルトゥールは泡を吹きそうなくらいに動転している。そんな彼の姿に、ジーナは声を上げて笑ってしまった。
「はい。ではよろしくお願いします」
 お付き合いの開始として、ジーナは握手しようと手を差し出す。すると思い切りその手を握られ、強い力で引き寄せられてぎゅうぎゅうに抱きしめられた。
「嗚呼、柔らかい……。なんという柔らかさだ……。素晴らしき低反発……。想像以上だ……」
 などとブツブツ呻かれて少々引いたが、初めて身近に感じた家族以外の異性の温度と感触、そして匂いに、ジーナは恥ずかしくて固まることしかできなかった。

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