転生して竜をもふもふしていたら
モブなのに愛され王妃になりまして
【本体1200円+税】

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●著:藍杜 雫
●イラスト:天路ゆうつづ
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-4039-5
●発売日:2021/1/29

いつまでも俺から逃げられると思うなよ?

王宮の庭で国を守護する神竜と、その仔竜に出会い遊んでいるのを国王ギディオンに見つかったシャーロット。ここは彼女が前世で読んでいた小説の世界だった。本の中ではギディオンを殺すことになる隣国の王女との縁談を避けさせるため、彼の王妃の振りを引き受けたシャーロットだが、ギディオンは間諜を騙すため、いちゃつきを迫ってきて!?




 ぐるりと雲の形の壁を回り、庭の迷路のような小径を歩きながら、ふとシャーロットは青年の顔を盗み見た。
(この人……誰かに似てない?)
 青年の顔に見入っているうちに、レース模様の銀色の葉がさわさわと音を立てて揺れる。
 シャーロットが自分を見て足を止めたことに気づいたからだろう。黒髪の青年は、いままで冷ややかだった相貌を崩して、一瞬、微笑みを浮かべた。
 まるで冬の雪原が、雪解けのあとで一転して、花咲く春を迎えたような微笑みだ。
(う………ちょっ、待って……そ、それは反則でしょう?)
 シャーロットは顔を赤らめて、言葉を失ってしまった。
(なによそれなによそれ……ひ、卑怯じゃないそんな顔……!)
 青年の綺羅綺羅しい微笑みは破壊力がありすぎて、正視に堪えない。
 ぐるりと背を向けて視線を逸らしたが、それでもちらりと肩越しにのぞきたくなるくらい、魅惑的な表情だった。
「あ……ああ、もしかして……ううん、やっぱりそうだわ。いまの顔で思いだした……」
 知的な切れ長の瞳に、高い鼻梁。背も高く、立派な体格をしていて、身につけている裾の長い上着も上等な仕立て。マントを靡かせて歩く姿が漂わせる、傲岸ささえも人を惹きつける。
「ギディオン竜王陛下……まさか……」
 神竜の契約者にして、アーゼンタール国の英雄王。
 竜の加護を受けた国の王、との尊敬の念をこめて、竜王・ギディオンと呼ばれている。
 シャーロットは持っていた本を震える指先で開いて、挿絵と青年の顔と見比べた。
「ようやく気づいたのか。我が国民は国王の顔も知らないのかと思ったぞ」
 ギディオンは嫌みを口にしながらも、まんざらでもないらしい。慌てて淑女のお辞儀をしたシャーロットに、自慢気なドヤ顔をした。
(この人が……小説に出てくるギディオン……!)
 唐突にシャーロットは、自分がなぜ王宮の景色を懐かしいと思ったのかを理解した。
(あれは……小説の扉絵の記憶だ……)
 前世の日本では、廃墟に対する憧憬が強くあったからだろう。滅亡した国アーゼンタールの王宮は、何度も小説のなかに出てきた。
 表紙に描かれた遠くからの景色。カラーの扉絵に白黒の挿絵。
 その構図が頭の片隅に残っていて、王宮を見た瞬間に、深い深い記憶の奥底から浮かびあがってきたのだろう。深海から浮上する潜水艇のごとく。
 そして記憶をはっきりと思いだしたきっかけは、ギディオンだ。
 ただの名前付き登場人物【ネームド】ではない。ギディオンは『伝説の竜王はかく語れり〜みずの章』の主人公なのだ。
 おそらく、彼に話しかけられたせいで、急に転生前の記憶がよみがえったに違いなかった。
 アーゼンタールには十万人ほどの国民が存在しているのだが、小説に出てくる名前持ちの登場人物など、ほんの一握りに過ぎない。
 そのほか大勢の、いてもいなくても構わないが、人数的にはいなくては困る誰か――それがモブの役割だ。
 しかし、いくらモブと言えども、小説の主役級の人に話しかけられれば、答えることもある。王宮にいるモブはそのほか大勢の国民より格上で、さらにいうなら、主人公に話しかけられたモブは、さらに位階が高いのだろう。
 それがモブのヒエラルキーなのだ。
(モブのなかのモブに過ぎなかったわたしが、まさか主人公に話しかけられる日が来るなんて! びっくりしすぎて前世の記憶もよみがえるわけだわ……)
 ――まさか自分が、読んでいた小説のモブに転生していたなんて……。
 死ぬ前には、まったく想像したこともなかった。
 仕事が連日連夜忙しかったところで、やっと楽しみにしていた『伝説の竜王はかく語れり』の新刊を手に入れたのだ。通販ロッカーで受けとったあと、近くのコーヒーショップに入って、読みはじめたところまでは覚えている。
 読んでるうちに急に気分が悪くなって、帰ろうとしたところで倒れたのだ。
 享年二十九才。仕事による疲労と睡眠不足が重なっての熱中症だった。
 そのせいなのか、転生してからのシャーロットは影が薄いのをいいことにして屋敷に引きこもり、寝てばかりいた。前世で足りない分も睡眠をとり、水分をとっていたせいで、お肌はつやつやだ。
 前世で、どんなに下地を駆使しても透明感のある肌色にならなかったのが嘘のようだ。
 白く透きとおっているのに、ただ白いだけじゃなくて健康的に見える肌。
 ふわふわと波打つ長い金髪。
 大きくつぶらな瞳は菫色と、シャーロットはなかなか愛くるしい外見をしている。
 しかし、屋敷に引きこもっていたときは、自分の外見になんて意識が向かなかったので、兄が侍女に指示する声を漠然と聞いていただけだった。
「あ、陛下。ここです。この扉から図書室に入れるんです」
 円塔の壁にくりぬかれた扉は、さっき通り抜けてきたときのままだった。目の高さにあるノブに手をかけると、ガチャリ、という思っていたより大きな音とともに、扉を開く。
 シャーロットは一度だけ名残惜しそうに庭を振り向いてから、暗い隧道のような通路へと足を踏み入れた。
 外の光から離れて暗い場所に入るのに小さな勇気を必要としたが、図書室に戻ってみると、そこは時間が止まったかのように、なにも変わっていなかった。
 そのあまりの変わりなさに、むしろ拍子抜けしてしまう。
 革の背表紙の本たちが、突然、踊りだして勝手に本棚から飛びでていないし、人がたくさんやってきて、シャーロットが好きな竜の本を全部借りていったということもない。
 図書室の中央の通路は閑散としており、リブヴォールトの天井と円柱が幾重にも連なる空間には、セピア色の時間が流れていた。
「おお、本当だ……まさか、こんなところに抜け道があるとは……」
「まぁ……お城の秘密の抜け道というのは、王族の方がご存じなものかと思ってましたわ」
 驚くギディオンに対して、つい悪戯心が湧いてしまった。嫌みめいた言葉を吐いてしまう。
「父なら知っていたかもしれないが……私に伝える前にいなくなってしまったからな……」
 ギディオンは、苦い笑い声を小さく漏らした。
 さっき神竜の庭で、仔竜の歓心を得ようとシャーロットと争ったときの彼とは、まるで別人のようだ。不意に吐露された心情に、胸がぎゅっと苦しくなる。
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