●著:ちろりん
●イラスト:なおやみか
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-4074-6
●発売日:2021/12/28
守らせてください。貴女を苛むすべてから
騎士団長のイヴァンと愛し合い結婚したセレスティアは、彼との初夜の途中で、突然ここが前世で愛読していた小説世界であったことを思い出す。自分は敵国の王子に利用されてイヴァンに殺される不憫令嬢だったのだ。「愛している。貴女とこうしていられるなんて夢みたいだ」どこで運命が変わったの? そして敵国の王子は? とイヴァンに愛される幸せを噛みしめながらも戸惑うセレスティアは!?
「……っ……せ、セレスティアっ」
彼の太腿の横に片膝を乗せてベッドに乗り上げると、イヴァンが焦った声を出す。
それにお構いなく身体を近くに寄せると、彼は身体をのけぞらせて逃げていった。
「待ってください! 少し話し合いましょう」
「ええ、ではそうしましょう。このままでよろしいですよね? 十分に話せますもの」
「一旦下りてはくださいませんか」
「いいえ。このままで」
絶対にそれだけは譲らないぞという意思を見せると、イヴァンは観念したように大きく息を吐いた。
まだ逃げ腰ではあるが、セレスティアを拒絶しているわけではなさそうだ。
「では聞きますが、今日は何故そのような格好を?」
「有り体に言ってしまえば、イヴァン様を誘惑するためです。私たち、まだ初夜を済ませていませんでしょう? もう私の身体は回復したと何度も申し上げましたのに、イヴァン様はまったく信用していないご様子。ですから、ここは私の方から仕掛けてみたのです」
そっとイヴァンの胸板に手を乗せる。すると、彼は小さく唸り声を上げて、悩ましい顔をした。
「……信用していないわけではないのです」
「では、私に女性としての魅力が足りないのでしょうか?」
「いいえ! まさか! 魅力を感じないなどありえません。セレスティアほど私をかき乱す人は他にいない」
不安を口にすると、イヴァンはギョッとした顔をして力強く否定してくれる。そして、少し情けなさそうな顔をして、眉尻を下げた。
「正直に言えば、そのような煽情的な格好した貴女を見て、今にも飛び掛かりそうな自分を必死に抑えています」
「抑えなくとも、よろしいのですよ? ……そ、そのために着たのですから」
ようやくイヴァンの欲を垣間見られて、セレスティアはホッとする。そして、少し恥じらいながらも、ぜひとも目の前に差し出したものを召し上がってほしいと願う。我慢などする必要はないのだと。
けれども、イヴァンは安堵した様子もなく、困ったような顔をしたままだった。
それだけではない何かがある、そう予感させる表情に胸が騒めく。
迫っていた身体を引き、イヴァンを見つめた。
「何かあるのですか? イヴァン様の中で、初夜に踏み切れない何かが」
ただセレスティアの身体を案じてのことだとばかり思っていたが、もしかするとそれだけではないような気がしてきた。
イヴァンの中に拭い去れない不安があり、それをどうにかしなければ先には進めない。
勢いで抱いてもらおうとしてはダメだ。ちゃんと腰を据えて話さなければ。
イヴァンの本音を引き出そうと口を開くと、彼はセレスティアの手を握ってきた。
まるで割れ物に触るかのように弱々しく。
「……セレスティアが倒れた夜、私は心臓が千切れてしまいそうなほどの恐怖を味わいました。血の気を失くし、何度声をかけても目を開けない姿を見て、貴女を永遠に失ってしまうのかと……」
眉根を寄せてクシャリと顔を歪めるイヴァンは、話すだけでも辛そうだった。
まさかあのときのことが、そんなにも根深く彼の中にしこりを残していたとは。
過剰に心配はするが、その他は至って普通だったのでまったく気が付かなかった。
自分は倒れた原因を知っているが、彼は知らない。
おそらく医者も前世の記憶を取り戻したからだとは分からなかっただろうし、原因が分からずにイヴァンはやきもきしたのだろう。
だからこそあれほどまでに過保護だったのだ。
イヴァンの心を占めているのは心配ではなく、不安。また無理をすればセレスティアが倒れてしまうのではないかという、そこはかとない不安が消えずにいる。
「申し訳ございません。イヴァン様がそこまで思い詰めていらっしゃったとは露知らず、私ばかりが浮かれてしまっていたのですね」
「いえ、そんなことは。私も、セレスティアとの暮らしに心が舞い上がっております。……貴女のすべてを私のものにしてしまいたいという気持ちは、おそらく誰よりも強いでしょう。ずっと叶わぬ愛だと思っていたのです。渇望して止まない、醜いほどの欲望が渦巻いております」
この胸を裂いて、思いを見せられたらいいのにとも思っている。
イヴァンは自分の胸を押さえて切なく言う。
「けれども同時に、私のすべてを見せたら貴女を怖がらせてしまうかもと怯える自分がいます。ようやく手に入った貴女の肌に触れたとき、箍が外れて無体を働いてしまうかも」
本当は身体が弱ってしまっているのを隠して大丈夫だと言っているセレスティアを、無茶苦茶にしてしまうのではないかと。ただただ、それが怖くて触れられなかった、と。
「か弱い貴女を自分の欲で壊してしまいそうで……」
大事であるが故に、踏み切れなかった。
そこにはイヴァンの深い愛があって、セレスティアを案じれば案じるほどに臆病になってしまっていた。
引き金が初夜の昏倒。体格差があるのも一因だろう。
イヴァンの話に胸がジンと熱くなる。
そんなことで悩んでいたなんて、優しくていじらしい。思わず抱き締めたくなる。
けれどもそれをグッと堪えて、彼の頬に手を寄せた。
「私はイヴァン様に壊されるのであれば本望です。貴方の手で滅茶苦茶にされても構わない。貴方のものになれるのであれば、感じるのは苦痛ではなく悦びでしょう」
きっかけはどうだったにせよ、セレスティアはイヴァンの愛を受け入れてここにいる。
流されて結婚したのではなく、心には強い愛が息づき根を張っているのだ。生半可な気持ちではない。
「たしかに私はあの日倒れてしまいました。疲れも緊張もあったのでしょう。けれども今は御覧の通り元気です。貴方のどんな愛でも受け止める準備はできております」
本当のことは言えない。だが、もうあんなことは起きないだろうし、倒れるなんてこともないだろう。
こう見えてセレスティアは頑丈だ。
強い身体をつくることもまた、王太子妃教育を受けていく中で必要なことだと学び、培ってきた。
たしかに背が高く逞しいイヴァンから見れば、か弱そうに見えるかもしれないが。
「そのくらい深く愛していますし、覚悟を持って嫁いできました。永遠の愛を神に誓った瞬間から、私はイヴァン様のもの。それと同時にイヴァン様は私のもの。そう自負しております」
分かってほしい。
イヴァンがセレスティアを守りたいと思う気持ちと同じくらいに、何をしてでもイヴァンの側にいたいという強い気持ちがあることを。
セレスティアだって、早くイヴァンのものになりたい。
それは夫婦だからそうしなければならないという義務感からだけではなく、愛しているから深く繋がりたいと渇望するのだ。
イヴァンの妻になったという愛の証がほしい。
「どうぞ私を骨の髄まで奪ってください、イヴァン様。貴方だけの私にして。そして、私だけのイヴァン様だと感じさせてください」
何も憂うことはない。ただ刻み込んでほしいのだ、イヴァンを。
それだけで、セレスティアの心と身体は喜びに満ち溢れ、多幸感に包まれる。
イヴァンはその言葉に小さく頷き、緋色の瞳を和らげた。頬に触れているセレスティアの手のひらに唇を寄せる。
チュッと音を立てて口づけると、頬擦りをしてきた。
「本当に煽るのがお上手だ」
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