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    <title>ガブリエラブックス</title>
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    <description>女性が求める愛の形を描いた『ティーンズラブ文庫』の決定版レーベル、ガブリエラ文庫。</description>
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    <dc:creator>Color Me Shop!pro</dc:creator>
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    <title>【4月30日発売】訳あり子連れ令嬢は初夜に処女がバレました　騎士団長に丸ごと愛され、家族になるまで【本体1300円+税】</title>
    <description></description>
<content:encoded><![CDATA[
<div class="btn_toshop"><a href="https://www.amazon.co.jp/dp/4815543879/"_blank"><img src="https://img13.shop-pro.jp/PA01280/163/etc/btn_amazon.png?20140512153023" alt="amazonで購入"></a></div><div class="book_cap">
●著：すずね凜
●イラスト：敷城こなつ
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4815543877
●発売日:2026/4/30</div>

<p><span class="f130 black">堅物騎士団長はバージン・ママとベビーを最強の愛で守ります！<br /></span>

没落伯爵令嬢カロリーヌは、姉の遺児で国王の隠し子であるエドモンを一人で育てていた。そんな彼女の下へ現れたのは、王命で母子の護衛を任された美貌の騎士団長オリヴィエだった。子供と引き離されたくなくて姉を装うカロリーヌだったが、誠実な彼と惹かれ合い、二人は結ばれる。
「私はあなたたちを一生かけて守る」
しかし王からエドモンを正式な王子として城に迎えると命令が下されて──!?

</p><img src="https://img13.shop-pro.jp/PA01280/163/etc/gab_otameshiyomi_banner.png?cmsp_timestamp=20180420182727"><br />



序章



夜は深く、月だけが煌々と地上を照らしていた。
空気は暖かく静謐だった。
その家は、村外れのうっそうとした森の中にひっそりと建っていた。どの部屋も灯りを落として、真っ暗である。
一階の子供部屋では、四歳になる息子のエドモンがこんこんと眠っていた。
ただ、二階の寝室には蝋燭の明かりがほんのり灯っていた。
中央のベッドに、男と娘が向かい合って座っている。
男はシャツ一枚、娘は薄物の寝巻き姿だ。
男のほうは、長身でがっちりとした身体つきだ。歳の頃は三十代前半か。全身の筋肉が鋼のように固く引き締まって、武人であることがひと目でわかる。艶やかな短髪の黒髪に、切れ長の青い目、彫りの深い男らしい美貌である。
一方の娘は、今日、二十歳の誕生日を迎えたばかりである。だが訳があって、オリヴィエには二十二歳と偽っていた。
さらさらとした長い金髪に、琥珀色の瞳のぱっちりした目、すんなりとした鼻梁、ぷっくりとした愛らしい唇、人形のように整った面立ちだ。透けるように肌の色が白く、ほっそりとしているがごつごつしたところはない。小ぶりだが形のいい乳房、腰はきゅっと締まり、尻はすべすべしてまろやかで柔らかそうだ。
男が低い声でささやく。背骨に響くようなバリトンだ。
「カロリーヌ、あなたを愛している。君とエドモンを、この世で一番愛している」
カロリーヌと呼ばれた娘は、ほんのり頬を染めた。そして、かすかに震える声で答える。
「私も……オリヴィエ様を愛しています」
オリヴィエがかすかに笑みを浮かべた。笑うと、目尻にくしゃっと笑い皺が寄り、整いすぎて少し近寄りがたい美貌がとても親しみやすいものに変わる。
息子のエドモンと遊んでくれている時は、いつも彼はこんなふうに笑っている。
カロリーヌは、初めてオリヴィエのこの笑顔を見た時に、一瞬で恋に落ちてしまったのだ。
オリヴィエの右手が差し伸べられ、カロリーヌの頬にそっと触れてきた。
彼の手は大きくて無骨で、剣だこが幾重にもできている。オリヴィエは伯爵の位を持っているが、長年王立騎士団長を務め、実戦に何度も参加してきたという。一般の貴族のように手入れが行き届いてすべすべした手より、カロリーヌはこの手のほうがずっと素敵だと思っていた。
（この手が、私とエドモンを守ってくれているんだわ……）
その手がカロリーヌの顔を包み込み、仰向かせた。
カロリーヌは息を詰めて目を閉じる。
オリヴィエの息遣いが接近してきた。
唇が重なる。
「ん……」
この人と、今から結ばれるのだ――。
心臓が甘くときめく一方で、カロリーヌの胸の奥で一抹の不安が頭をもたげていた。
（どうしよう――初体験だってバレてしまったら……）
オリヴィエはカロリーヌを経産婦だと信じ込んでいる。
だが、カロリーヌには男性経験がなかったのだ。
エドモンは自分が産んだ子どもではない。だが、我が子同様に慈しみ育ててきた。
エドモンがいたから、こうしてオリヴィエと出会えたのだ。
オリヴィエを騙しているという罪悪感が、ひしひしと込み上げてくる。
（でも、彼を愛している。この人に、すべてを捧げたい……）
オリヴィエを心から求める気持ちに、もう逆らえない。これから起こること、その後に起こるかもしれないこと――すべてを受け入れよう、決意した。
カロリーヌはそっと目を閉じ、オリヴィエに身を任せた。



第一章　美貌の騎士団長との出会い



「エドモン、エドモン、村までお買い物に行くわよ」　
裏庭で洗濯物を干し終わったカロリーヌ・ポワレーは、前庭に出て息子の名を呼んだ。
艶やかな金髪を無造作にうなじで束ね、お人形のように整った顔には化粧気がまったくない。着ているドレスは飾り気がなく簡素で、動きやすいだけが取り柄の代物だ。
「エドモン、どこにいるの？」
カロリーヌはもう一度呼ぶ。しかし、返事はなかった。
狭い前庭には、つい今し方までエドモンが遊んでいた痕跡がある。ボールや兵隊さんの人形などが地面に散らばっていた。
「もう……ちゃんと片付けてって、いつも言っているのに」
カロリーヌは腰を屈めて、散らばっているおもちゃを片付けようとした。
すると、どこからかエドモンの忍び笑いが聞こえてきた。カロリーヌはピンときた。
エドモンは、かくれんぼをしてカロリーヌを驚かすのが好きなのだ。
背筋を伸ばすと、庭の中をゆっくり歩き回る。わざとらしく心配そうな声色を使う。
「ほんとうに、どこに行ってしまったのかしら。困ったわね」
かたん、と納屋の背後でかすかな音がした。
「背中に羽が生えて、飛んでいってしまったのかしら？　エドモンはお空にいるのかしら？」
言いながら、ゆっくりと納屋の方へ近づく。くすくすと笑いが聞こえてくる。
カロリーヌは納屋の前で立ち止まり、悲しそうな声を作る。
「それとも、もぐらさんに土の下に連れて行かれてしまったのかしら？　そんなことになったら、お母様は悲しいわ。泣いてしまう」
カロリーヌはその場にしゃがみ込み、顔を両手で覆ってしくしくと泣く真似をした。
すると納屋の背後から、ぱっとエドモンが飛び出していた。
洗いざらしの半袖のシャツに半ズボン、裸足の足に古びた革靴を履いている。着ているものは簡素だが、色白で金髪の巻毛にぱっちりした琥珀色の目にぷっくりした赤い唇。カロリーヌにそっくりの美しい子だ。
「ぼくはここだよ！　お母さま！」
エドモンがカロリーヌの首に抱きつく。
「なかないで、なかないで、お母さま」
エドモンの方が、今にも泣きそうだ。
カロリーヌはさっと両手を顔から離し、にっこりする。
「捕まえた！」
エドモンをぎゅっと抱きしめる。
エドモンがきゃあっと可愛い悲鳴を上げた。カロリーヌはエドモンのふっくらした頬に、口づけの雨を降らせた。
「さあ、もう離さないわよ」
「くすぐったい、くすぐったいよぉ、お母さま」
エドモンがきゃあきゃあ笑う。
カロリーヌはエドモンの金髪の巻き毛に顔を埋め、深呼吸した。
幼い子どもからは、ひなたの匂いがする。
（なんて幸せな匂いなのかしら……）
カロリーヌはひとしきりエドモンと戯れあってから、息子の小さな手を握って立ち上がった。
「さあ、お買い物に行きましょう」
「はあい」
エドモンが元気よく返事をした。
二人は手を取り合って、狭い街道を通って村に向かった。二人の住む家は村から少し外れた郊外の森の中に、ひっそりと建っている。村までは、歩いて半刻ほどかかるのだ。
「ああ、いいお天気ね」
カロリーヌは青空を見上げた。
季節は五月の始め。
大陸の諸国の中でも、このギルバス王国は小国ながら肥沃な土地に穏やかな気候に恵まれている。雨季が来る前のこの季節は、一年でも一番爽やかで過ごしやすい。
「お母さま、おうたをうたって」
エドモンにせがまれ、カロリーヌはゆっくりと童歌を口ずさむ。
「きつねさんは月曜日にお買い物にいきました
あなぐまさんは火曜日におうちをお掃除しました
うさぎさんは水曜日に草刈りをしました
りすさんは木曜日に花摘みにいきました
しかさんは金曜日にきのこ狩りにいきました
土曜日に、みんなでパーティーをしました
そして日曜日は――」
歌いながらカロリーヌはエドモンに目配せする。
「なにもなし！」
エドモンとカロリーヌは、最後のフレーズを声を合わせて歌った。
「なにもなし、なにもなし！」
エドモンがころころと笑い転げる。
カロリーヌも釣られて声を上げて笑った。
（ほんとうに、子どもってすぐ泣いてよく笑う。なんて感情が豊かなのかしら）
歌を歌っているうちに、村の入り口に辿り着いた。
カロリーヌとエドモンは、村の中央にある市場に向かった。
小さな市場だが、果物や野菜、肉やパン、蝋燭や石鹸などの日用品がとりどりに売られている。
カロリーヌはパンや野菜など必要なものを購入し、肉屋にちらりと目をやったが、そのまま素通りした。母子の生活は、カロリーヌの仕立て物仕事の給金でまかなっている。母子二人で暮らしていけるだけの収入はあるが、あまり贅沢は出来ないのだ。お肉を食べるのは週末だけと決めている。普段は鶏小屋で飼っている鶏が産む卵で、栄養を補っていた。
お店をきょろきょろとのぞいていたエドモンは、駄菓子屋の前でぴたりと立ち止まる。
「お母さま、お母さま、キャンディーがほしいよお」
エドモンは、色鮮やかな棒付きキャンディーの入った瓶を指差した。
「甘いものは、歯が悪くなるからだめよ」
言い聞かせようとしたが、エドモンはふくれっつらになる。
「でも、たべたいもん」
「おうちに帰ったら、ニンジンのケーキを焼いてあげるから」
「うーん」
裏庭の畑で採れるニンジンのケーキは、エドモンの大好物だ。でも、子どもは砂糖をうんと使ったとびきり甘いキャンディーに目がないのだ。だが、首都のお菓子工場から運ばれてきたキャンディーは、とても高額だ。
カロリーヌは値段を見て、小さくため息をついた。この値段なら、お肉を買いたいくらいだ。
「さあ、もう帰りましょう」
促したが、
「やだ」
と、エドモンはしょんぼりと足元の小石を蹴っている。
いつもエドモンには我慢を強いている。新しいおもちゃはめったに買ってあげられないし、絵本は教会からいただいた古本、着ている服は、カロリーヌの着古したドレスを仕立て直したものばかり。住んでいる家は狭い古家で、あちこち雨漏りはするし隙間風が常に吹き込む。
（ほんとうなら、ポワレー伯爵家の跡継ぎとして、何不自由ない暮らしを送れたはずなのに――いえ、もしかしたら王子として……）
カロリーヌは、胸がぎゅっと痛んだ。こっそりと、エプロンのポケットの中の財布をのぞいた。
（今月は、いつもより多く仕立て物を受ければいいわ）
カロリーヌはしゃがみ込み、エドモンの顔を見て言った。
「では、一本だけね」
エドモンの顔がぱっと明るくなる。
「いいの？」
カロリーヌはうなずく。
「エドモンは、いつもお母様のお手伝いをいっぱいしてくれるから。ご褒美よ」
エドモンがわあいと声を上げる。
「うん、ぼく、もっとおてつだい、するよ」
エドモンは背伸びして、店先のキャンディーの入った瓶を穴が開くほど見つめた。
「どれにしよう。いちご、オレンジ、あおりんご、レモン、ぶとう――」
真剣に迷っている横顔は、ほんとうに愛らしい。
さんざん迷ってから、エドモンはいちご味のキャンディーを選んだ。
カロリーヌは店主に代金を支払い、エドモンに棒付きキャンディーを手渡した。
「おうちに帰ってから、食べるのよ」
「はあい」
受け取ったエドモンは、満面の笑みになった。
買い物を終え、二人は手を繋いで市場を後にした。
エドモンはキャンディーを太陽にかざし、目を細める。
「お母さま、キラキラしてる。ほうせきみたいだね」
「ほんとうね、ルビーみたいね」
「食べるのがもったいないや」
「じゃあ、お母様が食べちゃおうかな」
「だめだめ！」
「ふふ、嘘よ、嘘」
「もうっ――でも、はんぶんこしてもいいよ」
「あら嬉しい。優しい子ね、エドモンは」
母子は楽しげに会話しながら、帰路についた。

市場では、店主たちが噂話をしていた。
「あの若い母親と息子、なにか訳ありだよな」
「すごい美人だし、なんたって品がある。きっと貴族の娘かなんかじゃないか？」
「四年くらい前に、ふらりと赤ん坊を連れてこの村にやってきて、それ以来、森の家で二人暮らしらしいぜ」
そこへ、彼らに一人の男が声をかけてきた。
「ちょっと、たずねたいことがあるのだが」
店主たちは目を丸くしてその男を見た。
王家に仕える者の印である青い騎士の制服を着た、黒髪に青い目の背の高い美丈夫だった。

――その数日後のことであった。
昼食を終え、カロリーヌとエドモンは前庭でボール投げをして遊んでいた。
ボールはカロリーヌの手作りだ。仕事で余った端切れを縫い合わせて綿を詰めた簡単なものだが、エドモンはこのボールがとても気に入っていた。
「そうら、いくわよー」
カロリーヌはエドモンが受け取りやすいように、ボールを優しく放る。
「とったぁ」
ボールを両手で受け取ったエドモンは、自慢そうに頭の上にボールを掲げて見せる。その誇らしげな顔が、とても可愛い。
「上手、上手」
カロリーヌが褒めると、
「お母さま、もっととおくになげてよ。ぼく、とれるから」
と、エドモンはボールを投げ返した。顔を紅潮させて鼻息を荒くする。
「わかったわ、そらっ」
カロリーヌは腕に力を込めてボールを投げた。
「あっ」
目測を誤って、ボールはエドモンの頭の遥か上を越え、前庭の垣根の向こうに飛んでしまった。
「ごめんなさい、エドモン」
「へいき。ぼく、とってくる」
エドモンは庭の低い門扉を開け、外に出ていった。
カロリーヌはしばらく待っていたが、なかなかエドモンが戻ってこない。少し心配になる。
「エドモン？」
庭から家の前の小道に出た。
カロリーヌはハッと息を呑む。
小道の向こうに、青い軍服姿の黒髪の背の高い男性が立っていた。腰には剣を下げていた。彼の足元には転がったボールがあった。
エドモンは立ち止まって、物珍しそうにその男性を見上げている。
男性は跪くと、ボールを拾った。彼はエドモンにボールを差し出しながら、声をかける。
「君のボールかい？　坊や、名前は？」
エドモンはとことこと男に近づき、ボールを受け取った。エドモンは人見知りをしないたちだった。
「おじさん、ありがとう。ぼく、エドモン――エドモン・ポワレー」
と、はきはきと答えた。
「エドモン・ポワレーか」
男が口の中で息子の名前をつぶやいた。
その様子を見ていたカロリーヌは、なぜか胸騒ぎがした。
「エドモン、いらっしゃい」
鋭い声で呼ぶと、エドモンと男が同時にカロリーヌの方を振り向いた。
「お母さま」
エドモンは小走りで戻ってくる。男はその後ろからゆったりとした足取りで付いてきた。
カロリーヌは素早く、エドモンを自分の背中に隠すようにした。
目の前に男が立つ。小柄なカロリーヌが見上げるほど背が高い。
目も覚めるような美男子だった。歳の頃は三十歳前後か。短めの黒髪、涼やかな青い目、彫りの深い苦味走った美貌。彼はまっすぐカロリーヌに視線を合わせた。
彼と目が合った瞬間、カロリーヌは心臓がドキンと跳ね上がった。
脈動が速まり、彼から目を逸らすことができない。
男は丁寧な口調で切り出した。
「失礼ながら、貴女はポワレー伯爵家のご令嬢ですか？」
低く艶っぽい声に背中がざわっと震えたが、次の瞬間、この男は自分のほんとうの身分を知っている、とカロリーヌは我に返った。
疑い深い顔で男を見た。冷ややかな声で答える。
「なぜそんなことを聞くのですか？」
すると男は恭しく告げた。
「あなたとご子息を探しておりました」
それから彼は、頭を下げた。
「失礼しました。私はオリヴィエ・ド・ブロイと申します。王立騎士団の第二師団団長です」
「王立騎士団――では、首都から？」
カロリーヌはますます嫌な予感がした。
オリヴィエは美しい所作で、その場に跪いた。淑女に対する最敬礼である。
「王命により、あなたとご子息の護衛を承りました」
「王命……ですって!?」
思わず聞き返す。
ゆっくりとオリヴィエは顔を上げた。
「ご子息は国王の落とし胤ですね？」
「っ――」
カロリーヌは表情を固くした。目を背けて、小声で返す。
「……人違いです」
するとオリヴィエの目がすうっと細まった。
「調べはついているのです」
「―― ！」
先ほどからカロリーヌの背後に隠れるようにして、二人のやりとりを見ていたエドモンが、ひょいっと顔をのぞかせる。
「お母さま、このせのたかいおじさんは、だれ？」
オリヴィエは素早く柔和な表情に戻った。彼は穏やかな口調でエドモンに言う。
「私は今日から、あなたを守る騎士になるんだよ」
「きし？　わるものとたたかう、きし？」
エドモンは無邪気に聞き返した。
「そうとも。わるものは、みんな退治してあげるよ」
オリヴィエはおもむろに立ち上がった。
そして、右手を顔の高さに持ち上げると、パチン、と指を鳴らした。
直後、背後の木陰に潜んでいたらしい十数人の男たちが、音もなく姿を現した。全員が、青い騎士の服装をしていた。
騎士たちは、素早くオリヴィエの後ろに整列する。
オリヴィエは革のブーツの踵をきっちりと揃えると、直立不動になった。
「王命により、我ら、王立第二騎士団があなたたち二人をお守りします」
エドモンがわあっと歓声を上げた。
「すごい！　きし、いっぱいだ。かっこいいなぁ」
無邪気にはしゃぐエドモンを、カロリーヌはそっと引き寄せる。そして、震える声で言い返した。
「違います――私たちは……」
するとオリヴィエがにわかに険しい表情になった。彼は一歩前に出ると、カロリーヌの耳に顔を寄せ、彼女にだけ聞こえる声でささやいた。
「私はずっと、あなたたちの行方を捜していた。王命にはそむけない。騒ぎを起こしたくなかったら、大人しく王命に従いなさい」
地を這うような恐ろしげな口調だった。
カロリーヌは声もなくその場に立ち尽くした。

これより一年前のことである。
第二騎士団団長のオリヴィエ・ド・ブロイ伯爵は、緊急だとレオン国王に呼び出されていた。

王城の謁見の間に通されたオリヴィエは、玉座から少し離れ跪きこうべを垂れ、レオン国王の入室を待った。
ほどなく、衣擦れの音がして、レオン国王が座する気配がした。重々しい声がする。
「伯爵、顔を上げよ」
オリヴィエはゆっくりと頭をもたげた。
レオン国王とは、先の閲兵式以来の対面であった。少し顔色が悪いようであった。
当年四十五歳のレオン国王は、男盛りの美丈夫である。数年前までは、まだまだ国内外の情勢は乱れ、各国との戦も頻繁に行われていた。しかし、現国王の安定した統治下で、今ではギルバス王国の民たちは平和で豊かに暮らしている。
だが昨年あたりから、近隣のサンドリナ王国の軍隊が頻繁に南の国境線に現れ、ギルバス王国の国境警備隊と小競り合いを繰り返している。南の国境線のギルバス国領側には、鉱物が潤沢に産出する鉱山が無数にあった。この辺りの土地は、サンドリナ王国とそれぞれ折半で統治していたが、現サンドリナ国王は野心が強い男であった。彼は国家拡大を狙い、 ギルバス国側の鉱山も欲しがっているのだ。
そのために、隙あらば侵略しようと謀んでいる。国情はまだ油断のならない状況である。
また、レオン国王の家族事情はあまり思わしくなかった。
五歳年下の王妃マリアンヌは政略結婚で遠い異国の地からこの国に嫁いできた。国王夫妻の間には、才気煥発の第一王子とおっとりした第二王子が生まれていた。
だが、将来を期待されていた第一王子は、数年前に流行病で亡くなってしまった。
その頃から、国王夫妻の間には、気持ちのすれ違いが生じ始めたという。最近では、二人は寝室を分け、食事も別々に摂りろくに会話もないらしい。
また、残された第二王子ギヨームは、なにかと出来の良かった兄王子と比べられ、次第にひねくれ反抗的になっていった。現在十六歳になっているギヨーム王子は、王位後継者としての学びを怠り、狩猟や舞踏会にうつつをぬかしている。王子のお付きの者たちは、陰で『不肖の王子』と呼びならわしていた。
王家のこのような内情は、ごく一部の臣下や国王が信頼する部下にしか知らされていなかった。オリヴィエはそのうちの一人であった。
十五歳の時に王立騎士団に入ったオリヴィエは、それ以来王室のために励み、とんとん拍子に昇格した。三十歳になった現在は、自団を率いて南の国境警備の任務にあたり、常にサンドリナ軍を撤退させ、多大な功績をあげている。サンドリナ国軍も、オリヴィエには一目置いていた。
寡黙だが文武両道で忠義に篤いオリヴィエは、レオン国王からも絶大な信頼を得ていたのだ。
「これから話すことは、私と貴殿だけの内密にしてほしい――もう少し近くへ」
レオン国王は声をひそめた。
「はっ」
オリヴィエは膝立ちで玉座の前に進んだ。
「貴殿に、ある娘とその子どもを探しだし、護衛してほしいのだ」
「娘と、子どもですか？」
オリヴィエは怪訝な顔になる。
レオン国王は、軽く咳払いしてから続けた。
「実は――三年前、この城に勤めていた侍女がいた。その――私はその夜はいささか酔っていてな。その――娘と一夜の過ちを犯してしまったらしい」
「なるほど――」　
オリヴィエは短く答えた。国王が侍女に手を出して、妊娠させたということである。レオン国王は恐妻家で知られていて、浮いた話はほとんどなかったので、少し意外であった。
「なぜ、三年も経ってと思うだろうが。今回、その娘の友人だった侍女が城を去る時に、他の侍女に娘が懐妊していたと漏らしたことで、発覚したのだ。子どもを宿していたとは、私も知らなかった」
「――では、その娘と御落胤を探し出し、護衛するということですね？」
レオン国王はほっと息を吐いた。
「貴殿は余計な詮索をしないので、ほんとうに信頼できる。落とし子といえど、我が子であることには変わりはない。養育費は存分に払う。そう娘に伝えよ。子どもをつつがなく育てるように、とな」
「承知しました――で、その娘の名前はわかりますか？」
レオン国王は、少し懐かしそうな眼差しをした。
「カロリーヌ・ポワレーという。当時は十八歳だったと思う。金髪に琥珀色の瞳を持つ、働き者でたおやかな美人だった。友人の侍女の話では、どうやら伯爵家の身分を隠し、平民と偽って侍女の仕事をしていたらしい」
「わかりました。陛下のご命令とあれば、私は必ずやその娘と御子を探し出し、命に代えてもお守りいたします」
オリヴィエはきっぱりと答えた。
レオン国王は頼もしげにオリヴィエを見遣った。
「その子は、いずれ王城で引き取ることになるかもしれぬから、重々大事にな」
それからレオン国王は、声を潜めた。
「頼んだぞ、伯爵。この件、くれぐれも、王妃にはばれないように」
「はっ、お任せください」
オリヴィエはそう言って胸を張った。
とはいうものの内心では、
（要するに、陛下の浮気相手と隠し子を探し出して、守れということか。王命とはいえ、あまり気の乗らない仕事だな）
と、ぼやいていたのである。
生来が生真面目で清廉なオリヴィエにとって、相手が国王といえど不貞をはたらいた女性に対して、あまりいい感情は持てなかったのだ。だが王命となれば話は別である。任務は完璧にこなそうと、決意していた。
その後、オリヴィエは騎士団の部下たちを引き連れ、カロリーヌ・ポワレーという娘の行方を追った。
ポワレー伯爵家は零落し、首都郊外に朽ち果てた屋敷があったが、もはやそこに住む人は誰もいなかった。ただし、近隣を調べたところ、数年前にはそこに一人の令嬢が住んでいたこと、屋敷から赤子の泣き声が聞こえたということがわかった。おそらく、カロリーヌ・ポワレーは屋敷で出産し、赤子を連れて出奔したのだろう。
オリヴィエたちは、一年かけてカロリーヌ・ポワレーの足跡を追い続け、ついに国境に近い鄙びた村外れでひっそりと暮らしていることを突き止めたのだ。

かくして、カロリーヌとオリヴィエは邂逅したのである。
「大人しく王命に従いなさい」
威嚇するようなオリヴィエの声色に、カロリーヌは顔色を変えて竦み上がった。
すると、ふいにエドモンが一歩踏み出し、カロリーヌの前に立ち塞がった。
「きし、お母さまをいじめるなっ」
エドモンは色白の頬を真っ赤にし、両手を広げて憤然と言い放った。幼な子ながら、母の異変に気がついたのだ。
オリヴィエは目を細めてエドモンを見下ろした。その眼差しは柔らかい。
「とても勇気がある子だ」
彼は感心したようにつぶやき、カロリーヌに視線を戻した。
「陛下があなたたちの生活を援助いたします。この地でご子息を健やかに育てよとの命令です」
「援助……健やかに……」
カロリーヌにはその言葉が胸に響いた。
正直、生活は食べていくだけで精いっぱいだ。
今の暮らしのままでは、先々エドモンに高等教育を受けさせることは難しいかもしれない。
（エドモンは、立派な大人に育て上げたい）
それはカロリーヌの切なる願いだった。そのためなら、どんなことも我慢できる。
カロリーヌは息を軽く吐いた。
「私とエドモンは、ここで生活を続けてもいいということですね？」
オリヴィエがうなずいた。
「無論です。我々がこの地に居住し、あなた方お二人を護衛いたします」
カロリーヌは、オリヴィエと背後に控える騎士団員たちを見遣った。
オリヴィエを筆頭に、どの騎士たちも鍛え上げられ精悍な顔つきをしている。先ほどのオリヴィエの命令に、一糸乱れぬ動きで従った様子を見ても、優秀な騎士の集まりであるとわかる。
（この人たちが守ってくれるのなら――安心かもしれないわ）
カロリーヌは意を決し、まっすぐにオリヴィエに顔を向けた。
「わかりました。王命に従います」
カロリーヌの返事に、オリヴィエは安堵したように笑みを浮かべた。
「わかってくださったか。では、我々は一旦引き上げ、居を構える場所を探し、またここへ戻ります」
彼はくるりと部下たちに振り返った。
「この辺りに、拠点を構える。ダニエル班は、村の旅籠屋に預けてある馬を連れてこい。マルク班は、ひと目に立たないように天幕を張れる場所を、急ぎ探せ。報告は一時間後だ」
「はっ」
「承知」
騎士たちはさっとふた手に別れ、踵を返して姿を消した。部下たちの行方を見届けてから、オリヴィエがおもむろに振り返った。
「突然のことで、さぞ驚かれたことでしょうが、理性的に応対してくれて助かりました」
先ほど恐ろしい声でカロリーヌを恫喝した人とは思えない、品のある礼節に富んだ態度だった。カロリーヌの胸がドキンと甘く疼いた。
「いえ――息子のためですから」
「そんなにお若いのに、母一人子一人で、大変でしたね」
「いいえ、エドモンがいればどんなことも平気です」
カロリーヌの真摯な言葉に、オリヴィエは感に堪えないような顔になった。
二人は一瞬、言葉もなく見つめ合っていた。
二人の会話をきょとんとして聞いていたエドモンが、自分の話題だとわかったのか、はしゃいだ声を出す。
「ぼくが？　ぼくが、いれば、へいきなの？」
カロリーヌははっとして我に返る。
「そうよ、エドモン。さあ、お家にはいりましょう。手を洗って、お部屋でキャンディーを食べなさい」
「はあい、きしさん、さようなら」
エドモンはオリヴィエに向かって手を振りながら、家の中へ入っていった。
「では、私は家の周囲を見回ってきます。後ほど――」
オリヴィエはそう言い置き、大股で歩み去った。
そのがっちりとした背中を見送りながら、カロリーヌはまだ動悸がおさまらなかった。




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    <dc:date>2026-04-08T13:15:09+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ガブリエラブックス</dc:creator>
    <foaf:topic><foaf:Image rdf:about="https://img13.shop-pro.jp/PA01280/163/product/191349488_th.jpg?cmsp_timestamp=20260408131508" /></foaf:topic>
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    <title>【4月30日発売】初恋の騎士様を自由にするため恋人を探したら、当の騎士様にとろとろに甘やかされました【本体1300円+税】</title>
    <description></description>
<content:encoded><![CDATA[
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●著：千石かのん
●イラスト：KRN
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4815543860
●発売日:2026/4/30</div>

<p><span class="f130 black">唯一愛する義兄のため男嫌いを克服……のはずが、当の義兄に捕まっちゃって!?<br /></span>

両親を亡くし、娼館で売られかけたところを公爵令息ウィリアムに救われたフィリアは、引き取られた公爵家で彼に優しく甘やかされた。ウィリアムの助けになりたくて精霊魔術師となり魔法防衛軍へと入隊したフィリアだったが、彼に想い人がいると聞き、義兄の恋を邪魔したくないと誤解し、逃げようとする。
「俺が君を絶対に幸せにするから」
そんなフィリアをウィリアムは追い詰め求愛してきて!?

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プロローグ



いやだ、こないで、さわらないで──ッ！

幼いフィリアが恐怖による感情を爆発させた瞬間、真っ白な光が炸裂し、続いて爆発音が鳴り響いた。
「あ……」
ごおっと風を切るような音と同時にオレンジ色の炎が吹き上がり、フィリアは息を呑んだ。
先程まで自分の腕を掴んでいた、でっぷり太った腹の男はいつの間にか消えている。
代わりに狭い寝室は黒煙を上げて燃え上がり、壁と扉が壊れたせいで狭く細い廊下が見えた。
床を舐めるように広がる炎は、燃えやすいものを求めて生き物のように蠢き、やがて壁を伝って天井に届くほどの業火となった。
（ど……どうしよ……）
恐怖に引き攣った喉がひりつくように痛む。
自分が座り込んでいるベッドも、飛んできた火の粉を受けてあっという間に燃え上がり、小さなフィリアは転げ落ちるようにそこから下りた。
（まど……くうき……）
呼吸をするたびにきな臭くて息がしづらく、近くにある窓へと辿り着く前に力が抜け、あっという間に床に倒れ込んでしまった。
（……しぬんだ……）
擦り切れた絨毯に頬を押し当て、フィリアは激しく咳き込んだ。先程とは別の涙が瞳に膜を張り、止める間もなく次から次へと零れ落ちていく。
（……わたし……しぬんだ……）
ぎゅっと小さく身体を丸め、身体中の水分が抜け落ちていくのを感じながら、ふとベッドの下に隠した鞄に目が留まった。
這うようにして手を伸ばし、必死に掴んで引き寄せたそこには、母から貰ったスカーフに包まれた一冊の絵本が入っていた。
亡くなった両親が買ってくれた、大事な大事な宝物。
キラキラ輝いているお姫様と王子様の絵本は、どんな時でもフィリアを支え、励ましてくれた。夜寝る前にうっとりと眺め、自分もいつか素敵な王子様が迎えに来てくれると、ずっと大切にしていた。
ほんの少し、スカーフをずらして何度も見た表紙を目に焼き付ける。
（……おうじさま……）
頬を伝う涙は冷たく、今や室内は黒煙が充満し何もかもを炎が包み込んでいる。肌が熱く、焦げた匂いで気が遠くなっていく。
（おうじさま……）
死んでも王子様って会いに来てくれるのかな？
そんな感情が胸をいっぱいに占めた──……その瞬間。
バリン、と何かが破砕された音がし、ごおっと酷い嵐の時のような音がいっぱいに響き渡る。
あっという間に清涼な空気が周囲を満たし、冷たい……心地よい何かに包まれているのに気が付いた。
「あ……」
横向きに鞄を抱えて丸まっていたフィリアはゆっくりと目を上げる。
真っ暗な闇の中、炎の燃え残りがちらちらと揺れ、天井はきれいさっぱり消え去っていた。
ちかちか瞬く銀色の星をぽかんとして見つめていると。
「もう大丈夫だ」
不意に甘く優しい声がして、動けずにいたフィリアの視界にオレンジ色の明かりを受けた存在が映り込んだ。
黒髪を炎に輝かせ、柔らかな黄金色の瞳を優しく揺らめかせるその人は。
（おうじさまだ……）
ゆっくりと膝をついて、彼はひょいっとフィリアを抱き上げた。
きな臭い空気の中に、草花に似た爽やかな香りが漂い鼓動が跳ね上がる。
唖然とする彼女を抱えて、青年は大股で歩きだし、壁と窓があったと思しき場所からひらりと下に飛び降りた。
そのまま垂直に落ちるかと思いきや、ふわりと浮き上がり、まるで階段を下りるように空気を踏んで地面に降り立った。
優しい風が吹き焦げ臭さを吹き払う。
街外れの林の中、隠されたように建つこの屋敷を振り返り、青年は忌々しそうに舌打ちをした。それから踵を返して屋敷に背を向け、確固たる足取りで離れていった。
「……あの……」
痛む喉から、ざらりとした声が漏れた。それでもなんとか、自分を抱える人が何者でどこへ向かっているのか尋ねようとして。
「今は何も考えないで」
きっぱりと青年が答えた。
それから、フィリアを抱き上げる腕に力を込める。身体が傾ぎ、頬が彼の胸元に押し当てられる。
立派な白いマントと、それを留める宝石の、エメラルドグリーンに魅せられる。
「……よごれます」
自分が真っ黒で煙塗れになっている自覚のあるフィリアがそっと囁く。こんな王子様のような人を汚してはいけない、と心に小さな焦りが生じた。
だが青年は更に強くフィリアを抱き寄せ、あろうことか頬に小さく口づけを落とした。
ちゅ、と軽い音がして目玉が零れ落ちそうなほど大きく目を見開く。
キスなんて誰かにしてもらったことなどない。
ぽかんとするフィリアに、王子様のような青年が泣きそうな顔で笑った。
「汚れない。だからしっかり俺に抱えられていて」
（なんで……かなしそう？）
わからない。わからないが、素敵な王子様にそう言われては守るしかない。
こっくりと頷くと、青年はようやく嬉しそうに笑い、フィリアを連れて屋敷の門へと向かっていった。
「もう何も、怖いこともつらいこともないと約束するよ」
そっと青年が囁き、温かな腕と力強い足取りにフィリアは目を閉じる。
「俺が君を絶対に幸せにするから」
鼓膜を揺らした甘く優しい声を最後に、フィリアは意識を手放した。
そんな彼女を、青年が愛おしむようにぎゅっと抱き締めるのにも気付かずに……。



第一章　雨の夕暮れ



フィリア・クラレントにとって雨はほっと一息つける天候だった。
魔物討伐を終えて王都へと帰還する部隊の中、馬に跨って移動する彼女は魔術師を表す若葉色のマントのフードを被り、袖と裾に向かって珊瑚色に染まる法衣を身にまとっていた。
手綱を握りながら雨粒を零す鈍色の空を見上げると、銀色の雫が赤みの強い、金髪の癖毛をうねらせ、更には分厚い前髪の下の黒ぶちの眼鏡に当たって水滴となる。
それを長い袖口で拭い、彼女は深呼吸をした。
火事に遭遇して命を落としかけた身としては、空から降り注ぐ冷たい雫は救済の象徴でもあった。
フィリアは幼い頃の記憶が曖昧だ。優しかった両親は気付いた時には亡く、保護を願い出た遠い親戚は金の亡者で、十を超えた頃、フィリアは娼館に売り飛ばされた。そこで火事に遭ったのだ。
間一髪助けてくれた王子様は、ユーディアライト公爵の息子で、公爵の命でフィリアを探していたという。
（公爵には感謝してもしきれない……）
雨からつい、あの日の火事を連想してフィリアはふるっと首を振る。
育ての親となった公爵は、亡くなった親友の一人娘が苦労していると知って、当時十九歳だった息子のウィリアムに彼女を探させていたという。
そうして例の娼館を突き止め、あの火事に遭遇し、間一髪助け出してくれたのだ。
言ってみればウィリアムは命の恩人で、それ以来ずっと、密かに慕う大切な男性となった。
その彼は現在、この部隊の先頭にいる。
ここからでは背中を覆う真っ白なマントと美しい黒髪しか見えないが、フィリアはそれだけで十分だった。
（もっと……精霊魔術師としてウィルの役に立てるようにならなくちゃ）
水と風の魔法が使えるウィリアムは、その力を剣に付与して戦う魔法剣士だ。その彼の隣で戦える魔術師として大成しようと、フィリアは子供のころから研鑽を積み、希少な精霊魔術師となった。
（そう……だからこれは……憧れと感謝と忠誠と……）
絶対に「あれ」とは違うんだと唇を噛み、愛馬のたてがみをそっと撫でる。
柔らかな毛は雨に濡れてしっとりしており、ひんやりした感触はフィリアの心を落ち着ける。
もくもくと馬を進めていると、不意に隊列が乱れるのがわかった。
王立魔法防衛軍は大きく二つに分かれており、一つは武器を有し己の腕で魔物を倒す武術隊。もう一つは四大元素や精霊を従わせて奇跡を起こす魔術隊である。
その彼らが隊を組んで討伐団を結成し、各地方で起きる魔物の被害を食い止めるのを日常としていた。
今回も前方には騎士や戦士、弓隊なんかが列を組んですすみ、その後ろに魔術師の隊が続いている。
その前方に一騎、馬を止めてこちらを振り返る存在がいた。
「フィリア、怪我はないか？」
「ウィリアム隊長!?」
名前を呼ばれ、ぱっと顔を上げたフィリアは、濡れた眼鏡とフードの縁の向こうに笑顔で手をふる彼を見つけて大いに慌てた。
「すまない、なかなか傍にいられなくて」
慌てて彼の傍に馬を近寄せると、義兄がふわりと微笑んだ。その様子に胸が高鳴る。
ユーディアライト公爵令息で魔法剣士のウィリアム・リーファスは、そんなしゃちほこばる義妹を前に、濡れた前髪を掻き上げるとうっとうしそうに空を見上げた。
切れ長の金色の瞳に、通った鼻筋と恐ろしいほど冷たく整った容貌。
初めてウィリアムと顔を合わせた人間は、大抵氷のように冴え冴えとした美貌を前に極限まで緊張を強いられる。
そんな彼は、一部で凍れる美丈夫騎士と呼ばれているのだが、義妹のフィリアと接するときだけは違っていた。
「も、問題ありません。隊長こそお疲れなのでは？」
ちらちらとこちらを見る視線を気にしながら、フィリアが早口で答える。その様子に、ウィリアムの眉間にきゅっと皺が寄った。
「どうした？　何か心配事でも？」
「え!?」
挙動不審になっている自覚はある。
なにせ目の前の相手は義兄である前に、国王陛下にも一目置かれる凄腕の騎士で、更には次期公爵、現・ハルバート子爵なのだ。
公爵に保護され、娘同然に育てられたとはいえフィリアとウィリアムに血のつながりはない。養女に……と公爵から打診された際は恐れ多いとすぐにお断りをしていた。
だが公爵も、その妻の夫人も、彼の姉、エルミナもフィリアを娘や妹として扱うため軍の中にはフィリアを公爵令嬢だと勘違いしている者もいる。
だが大半の人が二人の関係を知らないので、ウィリアムが気さくに話しかけるフィリアに「何者だ」と訝しむような視線が常にまとわりつくのだ。
居心地悪くそわそわしながら「なんでもない」ことを強調し、ウィリアムには早々に戻ってもらおうと考えるが、彼は眉間にしわを寄せたまま深刻な顔で言った。
「熱があるのか？　帰路はだいぶ雨に打たれたし……フィーは炎の精霊魔術師だから、雨はご法度だと君の契約精霊が言ってたぞ」
「え？　いや、それはナージャが炎の精霊だからそうだというだけで私は──」
「おいで」
「はい!?」
真剣な表情のウィリアムが両手を差し出し、フィリアは馬上で固まった。
おいで……とは？
「ほら、風邪のひき始めかもしれないから」
にっこり笑う彼だが、目が笑っていない。
有無を言わさぬ圧を感じ、フィリアは視線を泳がせた。
まず「おいで」とは何を指しているのか。一緒に馬を並べて帰ろうということか。それとも熱があるかないか、触れて確かめたいということか。
「問題ありません。そもそも隊長は先導ではありませんか？　このような位置にいらっしゃるのは賢明とは思えませんが」
通り過ぎていく隊列に視線を投げながら、至極当然のことを訴える。だが目の前の男は鼻を鳴らすだけだ。
「問題ない。あとは戻って師団長に報告するだけだからな。後ろに居ようが前に居ようが関係ないだろ」
「ですが、作戦終了の報は王都に届いております。どの隊が討伐に向かったのかも王都中に知られておりますので、恐らく住人は皆、帰還する隊長を一目見ようと集まって──」
「くどい」
ぴしゃりと言われ、フィリアは口をつぐんだ。
「俺がどこにいようが関係ない」
更に低い声で囁くように言われる。
「それに俺が気にするのはフィーのことだけだ」
焦れたように伸びてきた両腕が、フィリアの細く華奢な腰を掴むと、小柄な彼女はあっという間に彼の馬の前に座らされてしまった。
「ちょ……ウィル!?」
思わず素が出てしまう。大いに慌てるフィリアだが、あっという間に彼の着ているマントの中へと抱き込まれ、顔から火が出そうになった。
幸い目深に被ったフードのお陰で、真っ赤になっている姿は見られないと思うが、それでも隊長がフィリアを抱え込んでいることに変わりはない。
一人焦って馬を降りようともがいていると、それを咎めるかのように、何のためらいもなく大きくて温かい手がむき出しのフィリアの頬に触れた。
「ひゃ!?」
「やっぱり、冷え切ってるじゃないか」
変な声を出すフィリアに構うことなく、呆れたように呟いたウィリアムが指先をそっと滑らせて肌を辿り始めた。
「なんか脈も速くないか？」
細い首筋に押し当てられた二本の指を、否が応でも意識する。
「呼吸も乱れてるし」
（それはこんな風に触られると緊張と不安でいてもたってもいられなくなるからですッ）
不思議そうなウィリアムの言葉に胸の裡で突っ込み返しながら、フィリアは慌てて彼の手首を掴んで引き剥がした。
これ以上肌を辿られるわけにはいかない。
「熱もないですし！　すこぶる健康ですから、馬に戻ります！」
肩越しに振り返り、むーっと睨みつける。だがウィリアムはそんなフィリアに小さく笑うだけだ。
「だが冷えた身体を放置はしておけない。大人しく俺に抱かれてろ」
甘い声が耳元で囁き、顔全体がかあっと熱くなる。
「ご、誤解を招く言い方はどうかと思いますが!?」
声がひっくり返るが構ってなどいられない。羞恥に真っ赤になりながら、毎度フィリアを揶揄ってご満悦になる義兄を睨みつけた。
確かに尊敬しているし、憧れてもいる。
だがこの過剰で過保護なスキンシップだけは理解できなかった。
眼鏡が雨に濡れるのも構わず、ぐっと顎を上げて反抗的な態度をとる。だがウィリアムにとっては子猫にじゃれつかれている程度にしか思えないのだろう。
「誤解じゃないんだからいいだろ」
そう言って、フィリアが拒絶するより先に、すっぽりと両腕で胸元に抱き込んでしまった。
先程よりももっと深く、懐に掻き抱かれ、白いマントがフィリアの身体を覆い隠す。
隊服に包まれた、彼の鎖骨の辺りに頬を押し当てながら、フィリアはいたたまれずに俯いた。
その彼女の耳朶を優しく指先で挟んで弄びながら、ウィリアムは満足そうに溜息をついた。
「うん。これで俺も安心だ」
（なにも安心じゃないし周囲の視線が痛いしなにより『これ』が『それ』ではないと否定しにくくなるッ）
鼓動が激しく高鳴りだし、身体中が熱い。
あまりお酒は飲まないが、飲んだ時のように身体が熱くふわふわしていて脳がくらくらするのに、どういうわけかウィリアムと触れている部分だけが敏感で、やたらと彼を意識させられる。
（この鼓動はッ……周囲からの視線に耐えられないという不安からで……けっして……けっっっしてウィルにこ……ここ……こい……してるからではないのですからねっ!?）
もはやだれに宣言しているのかわからない内容を、胸の中で必死に繰り返しながらフィリアは身体に触れる全てを遮断するように目を閉じた。
そう、これは恋ではない。
憧れや尊敬であり、家族に対する信頼に近いものだ。
だから違うのだ。違う。
（だって……これが『こいごころ』になってしまったら……）
ふわりと、草花に似た爽やかな香りと温かな彼の体温を感じてフィリアは小さく震えた。寒さからではなく、胸に芽生えた小さな恐怖から。
これが「恋」からの感情だと気付いてしまったら、きっともうフィリアはここにはいられない。
ウィリアムは命の恩人なのだ。
彼がフィリアに親切なのも優しいのも、自分が助けた相手に対する義務感からで──……。
「フィー、今日は真っ直ぐ屋敷に帰るんだよ」
そっとウィリアムが囁き、彼の温かな手が額を撫でる。
「でも、報告書の作成と任務終了後報告会が……」
「熱があるんだから参加しなくていい。これは命令」
（……熱なんかないのに……）
うう、と呻き声が漏れる。
だが「隊長」から「命令」されてしまうと従うしかないのが、今のフィリアだ。
「……了解です」
「うん。あとで様子を見に行くから、大人しくしてるんだぞ」
更に甘い声で念押しされてはどうしようもない。
溜息を呑み込み、フィリアは観念したように身体から力を抜いた。


疲れていたのかいつの間にかウィリアムに抱えられて眠っていたフィリアが、次に目を覚ましたのは無事に本部に到着した時だった。
温かかった彼と離れて馬を降り、その間際に「すぐに帰るように」と厳命された彼女は、若干の肌寒さを感じながら魔術棟四階の自部署を目指した。
王立魔法防衛軍本部は三棟からなる五階建てで、実力に応じて所属する階が違っていた。
中央、魔術、武術の三つの棟の最上階には指揮官や一級クラスの実力を持つ者たち……第一階層の人間が詰め、あとは実力や年齢に応じて階が下がっていく。
一階は受付のあるエントランスで、一般の人たちからの陳情も受け取っていた。
フィリアはその中で魔術隊の第二階層に所属していた。
周囲には五十代以上の歴戦の魔術師やずば抜けて高い能力を持つ者たちがいて、空気としては他の階層よりも落ち着いている。
国のトップである第一階層や若者中心の第四階層と違い、第二階層は実力がありながら、適度に枯れている部署なのだ。
人と触れ合うのが苦手なフィリアにとって、ここは穏やかで波風の立たない良い職場だった。
「お疲れ〜。どうだった？　遠征は」
フロアに足を踏み入れると、ややハスキーな声音に迎え入れられて、フィリアはコーヒーを手に歩み寄る同僚の女性魔術師に笑みを返した。
「お疲れ様です、ベルベッド」
美しい銀髪を高く結い上げ、切れ長の涼し気なブルーの瞳の彼女は色白で背が高く、その近寄りがたい美貌とは裏腹に、面倒見のいい姉御気質だった。
隣の席の彼女が座るのを見た後、腰を下ろしたフィリアは溜息交じりに応えた。
「……今日の遠征先も例のあれでした」
それにベルベッドが眉を寄せる。
「また？」
「はい」
ここ最近、魔物の討伐に赴いた先でとある現象が起きている。
精霊がいない、という現象だ。
今回の任務は、王都から三日ほど行ったところにある村の、異臭騒ぎに端を発している。
村人からの訴えを受けて派遣された先行隊が確認したところ、森の奥に広がる湿地帯に瘴気が溜まり、魔物が生み出されていたのだ。
「湿地を管理すべき精霊がいなくて……我々が辿り着いた時には討伐しなければいけない魔物が棲みついていました」
酷くぬかるんで湿った土地は本来、湧き水からなる湖沼があちこちに広がる美しい場所だった。だが水は淀み、腐臭が漂う陰気な沼地へと変貌していたのである。
十日ほど前はこんな状況じゃなかったのに、と嘆く村人にフィリアは精霊の有無を尋ねた。
答えは「彼らが突然いなくなってしまった」というものだった。
「……なんか最近多いわよね……」
「村の人たちも精霊と話ができるわけではないので原因がわからないのですが、不気味です」
苦々しく答えると、同じように眉間にしわを寄せていたベルベッドがふと顔を上げて目を見張った。
「あら、ヘレン」
その声に顔を上げたフィリアも、入り口から中を覗き込んでいる黒髪の女性を発見して目を瞬いた。
腰までの漆黒の髪に、長い睫毛に縁どられたぱっちりと大きい、深い青の瞳。色白で小柄な彼女は、水の精霊魔術師、ヘレン・コッカーだ。
精霊魔術師は本来、フィリアやベルベッドと同じ第二階層に所属するべき存在なのだが、彼女は婚約者のストラノ伯爵、タイロン・ランチェットとともに、第三階層に所属していた。
なんでも伯爵が、大切なヘレンを危険な目になるべく遭わせたくないからだとまことしやかに言われている。そしてそれが通るほど、二人の親密さは魔術棟のみならず武術棟にまで浸透していた。
精霊魔術師のほとんどが第二階層以上に所属しているため、ヘレンも時折第二階層に顔を出す。
今回もやや青ざめた顔で周囲を見渡し、フィリアを見つけてほっとしたように表情を緩めた。
「戻ってたのですね。よかった」
そう言って近づいてきた彼女が、沈痛な表情で「どうでした？」と尋ねてきた。
その様子に、フィリアは首を振った。
自然を適切に管理する精霊たちは普段は異界に棲んでいるが、フィリアたちが暮らす世界に出てくることもある。
例えば、自然の一部を魔物が汚染していたり、人間の負の感情が集まってできた瘴気だまりがあると、彼らが現れて浄化をし、魔物の発生を未然に防いでくれるのだ。
その際に、土地の汚染状況や注意事項を会話ができる魔術師たちに教えてくれたりもするのだが、最近、接触が無いことを不安視していた。
「やっぱりですか。第三階層でも精霊を見かけないと話題になっていて……。彼らは気まぐれで、私たち精霊魔術師でも関わり方が様々ですから気のせいかな、なんて言ってたんですが……」
「ヘレンさんは大丈夫なのですか？」
精霊魔術師と精霊の関係は契約を交わした後、親友同士のように心を通わせるものから、報酬を提示して力を貸してもらうだけなど様々だ。
ヘレンはフィリアと同じく精霊と心を通わせるタイプで、もし消えたり音信不通になっていたりしたら心を痛めているだろうと考えたのだ。
「私は……大丈夫です。でも心配で……」
やはり顔色が悪い。水の精霊と契約する魔術師は心優しい繊細な人が多いので、現状が不安なのだろう。
「フィリアはどうなの？　精霊とコンタクトできなくなったりとかない？」
ヘレンの様子からただ事ではないと肌で感じたベルベッドに尋ねられ、フィリアは思わず苦笑した。
「私の契約精霊は特に問題はなかったです。湿地に棲みついていた水棲の魔物相手に意気揚々と戦ってましたから」
「精霊がいないことについては？」
「なんでだろうね、って」
「完全に他人事じゃないの」
思わず半眼になるベルベッドに、フィリアは乾いた笑い声をあげた。
自身と契約を結んでいる炎の精霊、ナージャは、毛先が黄金色の緋色の髪に、真っ白で透き通った肌。少しつり上がった猫の目のような深紅の瞳を持つ女性型の精霊だ。
フィリアと同年代くらいの外見で、かなり好戦的な性格。特に水属性の魔物相手に容赦がない。
その彼女と契約するために、フィリアは保護された二年後の十七歳の時に温泉が湧く火山地帯へと出向いた。
いつまでも火事のトラウマを引きずって、くすぶっていてはいけない。
公爵家で少しずつ元気を取り戻したフィリアが次に考えたのは、助けてくれた皆に恩返しがしたいということだった。
両親が魔術師だと知って、自分にも才能があるかもしれないと公爵閣下にお願いして魔力測定をしてもらった。
結果、普通の魔術師よりもずっと魔力が多く、精霊魔術師としての素質があるとわかるやいなや、公爵閣下やウィリアムの力になりたいと契約精霊を探すことにしたのだ。
その際に、フィリアはどうしても炎の精霊と契約を結びたいと考えていた。
ウィリアムや皆には大反対されたが、フィリアは頑固だった。
怖いものを怖いままにしておくよりも、意のままに操れるようになって危機を回避したいその一心で、温泉地の上部にあった火山地帯を渡り歩いた。
有毒ガスが行方を阻む中、火事で呼吸困難になったことを思い出してパニックを起こしたフィリアに、突如現れたナージャが、「あんた馬鹿なの？」と呆れた調子で声を掛けてきたのだ。
（あれからナージャは私の大切な相棒になった）
彼女を公爵家の面々に紹介した際、公爵と夫人、義姉は諸手を上げて喜んで褒めてくれたがウィリアムだけが猜疑心の滲んだ眼差しでナージャを睨みつけ、挙句喧嘩を売っていた。
なんでも「フィリアの心の傷を抉るような真似をしたらただじゃおかない」ということで、未だに彼はフィリアがナージャと仲良くするのを懸念している。
かと思ったら二人で結託して、いつの間にかフィリアの行動を把握していたりするから始末に負えないのだ。
今回だって、ナージャが淀んで荒れた沼を全てを灰にする勢いで戦っていたのは、ウィルから何か言われたに違いない。そう思い出してフィリアは少し遠い目をした。
「もともと精霊たちは個々で生活をしているので……横のつながりはあまりないんです」
ヘレンがフォローするように言う。
彼らは異界で好き勝手に暮らし、自分の領域に不具合が生じると、半分繋がっているこちらの世界に顔を出し、生じている異変を解決していくのだ。
そんな彼らを一般の人でも見ることはできるが、アドバイスを貰える人間はごく少数で、魔力を持った者がほとんどだ。
その中で更に、彼らが「力を貸してもいい」と判断して契約するのが「精霊魔術師」である。
契約条件は様々だが、基本的に魔力量が多い者でないといけない。これが多くないと精霊と話をすることすら叶わないのだ。
ナージャもわりと気まぐれで、馬鹿だと評したフィリアと何故契約したのか聞いてみたところ「あなたに運命を感じたのよね」という謎の返答がきたのである。
（そのナージャも湿地帯の惨状を見て、これだけ場が荒れてるのに出てこないなんてよっぽど無頓着な精霊かその領域を放棄したか、存在自体が消えたかだって言っていた……）
こちらの世界と繋がる精霊の世界で、場が汚れているのに平気なのは尋常ではないという。
でもその原因はわからないとナージャはあっさり答えていた。
そのうちに雨が降ってきて、濡れるのを嫌う彼女は異界に引っ込んでしまった。
今も近くにいる気配のない彼女に、天気が良くなったらもう一度聞いてみようかと考えていると、ぐいっと伸びてきた手に額を触られて仰天した。
視線の先で怖い顔をしたベルベッドが、フィリアの額に手を当てたままこちらを睨んでいる。
「あなた、やっぱり熱あるわよ」
「ええ？」
「普段ならもっとてきぱき動いてるのに、椅子に座り込んでぼんやりしているんだから問題ありよ」
そうだろうか、とフィリアは自分の掌を額に当てるがよくわからない。
ヘレンまで心配そうに顔を覗き込んできた。
「フィリアさんの熱は精霊が消えた原因と何か関係があるのではないのですか？　ほら……前に精霊の魔力だけを抽出して奪い取る魔物がいるって報告があがってきてましたよね？」
フィリアの魔力が喰われたせいで発熱してるのではと眉間にしわを寄せるヘレンに、彼女は誤魔化すように両手を振った。
「ちがいますよ。沼地に居た連中は全部討伐したし、瘴気だまりも綺麗に浄化してきましたから」
「じゃあ、その熱は単なる体調不良ということになるわね」
目が笑ってない笑顔のベルベッドに力強く肩を叩かれ、「そうですね」とぎこちなく返す。
ナージャがいない今、精霊魔術師の自分にできることは少ないだろう。
正面の巨大な窓の向こうは暗く、相変わらずの雨で、いくつもの雫がガラス面を滑り落ちていく。
それを眺めながら、水の精霊使いのヘレンは憂えるように溜息を吐いた。
「私もそろそろ戻りますね。タイロンも戻って来るでしょうし……」
ヘレンにぞっこんのタイロンは、少しでも彼女の姿が見えないと焦ったように探しに来る。時折このフロアにもやってくるのだが、彼はフィリアが「普通に接することができる」稀有な男性の一人だ。
「精霊が消える件、また何かありましたら教えてください」
深々とお辞儀をして去っていく背中を見送り、隣のベルベッドに何げなく尋ねた。
「ベルベッドももう帰るんですか？」
「めんどくさいから隊舎に泊まるわ」
こうみえて、ベルベッドは子爵家の令嬢だったりするのだ。
この国では魔力が高い者や、剣術、武術のセンスのある者は王侯貴族だろうが平民だろうが、王立魔法防衛軍へと徴集される。
給料も出るし三食完備の宿舎もあるが、貴族やその子女は自分の生活スタイルがランクダウンするようで、複雑な心境になるのが常だ。
だがベルベッドは、家柄のことや贅沢な暮らしにほぼ興味がなく、大抵敷地内の隊舎で生活をしていた。
「あんたはちゃんと帰りなさいよ？　じゃないとウィリアム隊長から叱られるわ」
そんな越権行為は通らないと言いたいが……。
（ウィルだもんなぁ）
げんなりして溜息を吐く。
「今日はちゃんと帰ります。お疲れさまでした」
立ち上がり、フィリアは深々とベルベッドに頭を下げた。そのままフロアから出ようとして、階段を上ってきた金髪の男性魔術師を見て足が止まった。
やや着崩しているローブの間から、赤色の短めの上衣とむき出しの腹部が見えて、フィリアはその場で固まってしまう。
妙な緊張感と逃げ出したい感情を伴うそれにじわじわと手足の血が冷えていった。
「すみませ〜ん。ここにフィリアさんって精霊魔術師、いませんか？」
金髪の青年がだいぶ人気の減ったフロアを見渡して片眉を上げる。
固まるフィリアを見て、ベルベッドが素早く立ち上がった。
「フィリア嬢になんの御用でしょうか」
冷たい表情でつかつかと大股で歩み寄る、長身の美女を前に一瞬だけ訪問者の魔術師がたじろいだ。
「あの……すみません、あなたは……？」
「フィリア嬢は作戦後報告会の最中です」
にこっと微笑み、それから腕を組んで相手を威嚇するように背筋を伸ばす。
「で？　第四階層の方が何の御用です？」
フードの胸元に輝く宝石の色が階層を示している。ちらりと視線を落としたベルベッドのぴりっとした物言いに、男の腰が引けた。
「あ……いやその……公爵家の精霊魔術師さんっていうのがどういう人なのかなって」
歯切れの悪い物言いに、フィリアは苦いものが込み上げるのを覚えた。
二十代前半の魔術師が第二階層に所属できるのは極めて稀だ。
ベルベッドはずば抜けて高い魔力保有量と四大元素──風水火土の魔術全てを完璧に使いこなせる才媛として十代のころから有名だったので、誰もが第二階層でも妥当だと思っている。
問題はフィリアだ。
確かに精霊魔術師は第二階層に所属するのが基本だが、若手の精霊魔術師は大抵第三階層から始める。
そこを飛ばしたフィリアは、ユーディアライト家のごり押しがあったのではないかと一部で噂されているのだ。
更にヘレンが同じ精霊魔術師でも第三階層に留まっていること、彼女は貴族の出ではないことから比べられたフィリアが悪しざまに言われることがあった。
実力で階層が決まり、そこに作為などないのだが、やっかんだ人間がこうやって見にくることもよくある。
（……そういうのってやっぱり、『私』に問題があるのかな）
ここにはいません、お引き取りを、と胸を張って告げるベルベッドの頼もしい背中を見つめながら、フィリアは唇を噛んだ。
現在フィリアは、魔術師の制服である若葉色のマントと法衣を着ていた。
腰には珊瑚色のリボンが結ばれているが、体型がわかりづらい、だぼっとした服装である。更に眼鏡をかけ、緩やかにウエーブのかかった金髪を適当に結わえているだけだ。
対してベルベッドは同じ法衣でも、身体にフィットしていてスタイルの良さが押し出され、髪も肌も艶やかで美しい。
彼女と並ぶと、「貧相な小娘」感がぬぐえなかった。
それが……「なんであの女が？」という疑問と好奇心に繋がるのだろう。
（でも……）
綺麗なドレスや、体型にあった服装、凝った髪型に憧れる気持ちはある。
だがそういう格好をした時、周囲の視線が……特に男性の視線が自分に向くとどうなるのか。
ぶるっと身体が震える。
（厭らしい目で見られたりしたら……きっと恐怖が爆発する）
しぶしぶ引き下がる男性魔術師から視線をそらし、フィリアはぎゅっと両手を握り締めた。
かたかたと小さく震える拳が目に飛び込み、奥歯を噛み締める。
動悸はやまず、身体は冷えていく一方だ。
（これじゃダメだってわかってるのに……）
フィリアは男性が苦手だった──というよりも、嫌いだった。
理由は幼い頃の体験にある。
五歳のフィリアを保護して、妙齢になると売り払った親戚夫婦は声が大きく、特に夫の方の機嫌が悪い時には殴られた。
更に売られた先の娼館で、裸で女性を追い回す男性を何人も見た。
大抵がじっとりと湿った眼差しに、厭らしい笑みを浮かべていた。
嫌がる女性を捕まえて引きずっていく様子に恐怖を覚え、その連中の相手をしろと意味のわからないことを言われて吐いてしまったのだ。
それを見た娼館の女主に引っぱたかれ、無理やり中年男の前に突き出され、服を半分引き裂かれて死ぬほど抵抗した結果、五日間食事を与えられず監禁された。
そしてフィリアは男性が嫌いになった。
嫌悪しているし、近くに寄ることも嫌だった。
公爵に助けられ、自分を護ってくれたウィリアムの努力もあってだいぶ克服したとはいえ、居丈高でギラギラした男性はやっぱり苦手で、顔を合わせると血の気が引いて身体が震える。
それが恐怖による作用だと、フィリアは十分に理解していた。
身体が昔の嫌なことを覚えていて、防衛しようとするのだ。
現在所属する第二階層の男性魔術師は全員既婚だし、穏やかで優しく、声を荒げることはない。
公爵閣下と同様に、まるで娘に接するように色々心配してくれる。
第二階層の術長、イザベラも女性で配慮してくれるし、同僚のベルベッドはいち早くフィリアが抱える問題に気が付いて、こうしてやって来る連中を追い払ってくれる。
ヘレンの恋人のタイロンも平気なのだが、それは恐らく彼がヘレンしか目に入っていないからだろう。
そんな彼らとは違う、野心家で血気盛んな他の部署の人を見かけても普通に接することができるようになりたいのだが、相談したウィリアムは、もし何か起きても自分が助けるからと甘やかすばかり。
それがフィリアは歯がゆかった。
（ウィルの隣で戦いたいのに……どうしても身体が動かない）
視界から例の若い魔術師が消えた瞬間ふっと身体のこわばりが解け、息が吸いやすくなる。
無意識に深呼吸を繰り返していると、戻ってきたベルベッドがフィリアの冷えた手を取って握り締めてくれた。
「無理するなよ、フィリア」
「……ベルベッド」
揺れる視線の先で、ベルベッドが赤い唇を弓形に引き上げる。
「ウィリアム隊長も、それは『防衛反応』だから気にするなって」
「でも、このままでは肝心な時に役に立たないかもしれません」
じわじわと熱を取り戻す手で彼女の手を握り返す。
「……それに私が思うに……たぶん、この『防衛反応』をコントロールできず、恐怖が振り切ってしまったら──」
ぞくりとフィリアの胃の腑が震えた。
赤々と燃え上がる炎。喉が焼けるような熱い空気。鼻腔いっぱいに広がるきな臭さ──。
それらは全て、フィリアが「触れられることを拒絶した」ために引き起こされた事態だった。
ならばそれがまた起きない保証はどこにもない。
青ざめて黙り込むフィリアとは対照的に、ベルベッドは何でもないように優しく目を細めた。
「だからこそ、全く問題なく触れられるウィリアム隊長で徐々に慣れていけばいい」
「……そう、ですね」
「公爵閣下も大丈夫なんでしょ？　あとうちの連中」
「……はい」
「それでいいじゃない。それにフィリアは今のところ、ウィリアム隊長の妹ポジションだけど、血のつながりはないんだからさ」
「……はい……？」
血のつながりがないのが……なんなのだろう。
思わず目を瞬き、不思議そうな顔でベルベッドを見上げるが、彼女はからからと笑うばかりだ。
「というわけで、あいつもいなくなったし帰りなよ」
手を放したベルベッドからぽんぽんと背中を叩かれて、疑問はそのままに力なく頷いた。
気持ちが落ちているのがわかる。もしかしたら本当に熱があるのかもしれない。
（私は公爵閣下とウィルの力になりたいのに……）
男性が怖くて嫌いで、現場に出る際には必ずイザベラ術長が付いてきてくれて、さらに作戦の隊長はいつも義兄だなんて……これでは「公爵家がごり押しした」と言われても反論しづらい。
挨拶をしてフロアを出ると、とぼとぼと階段を下りて未だ雨の止まない一階中庭へと出た。
魔術棟の正面入り口を目指して雨の吹き込む回廊を早足に進んでいると、視界の端を白いマントの裾が掠めた。
少し気になって、何気なく視線を向ければ、既に日が暮れて真っ暗になった中庭に魔法燈が光っているのが見えた。
その下に。
（……ウィル？）
艶やかな黒髪が雨に濡れ、端正な横顔がちらりと見える。
その彼が自分の腕の中に視線を落とし……──。
その瞬間、フィリアは呼吸を忘れた。
「え……」
ウィリアムが誰かを抱き締めているのが目に飛び込んできたのだ。





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    <dc:creator>ガブリエラブックス</dc:creator>
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    <title>【3月30日発売】婚約破棄の黒幕は溺愛お義兄様　その正体は隣国の冷血皇帝でした【本体1300円+税】</title>
    <description></description>
<content:encoded><![CDATA[
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●著：水島 忍
●イラスト：SHABON
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4815543853
●発売日:2026/3/30</div>

<p><span class="f130 black">憧れのお義兄様は隣国の皇帝陛下!?　急な求婚にとまどっています<br /></span>

前世の記憶を持つ伯爵令嬢ルディアは七回目の婚約破棄をされたところに現れたシスレイヤ帝国の皇帝、レオンハルトに突然求婚される。彼は幼い頃、皇位争いから逃れるためルディアの家に滞在していた義理の兄のような存在だった。
「君のためなら、私はなんだってする」
憧れていたレオンハルトの熱情に心揺れるルディアだが、彼が前世読んだ小説のヒーローで聖女と結ばれるはずだと思い出し!?

</p><img src="https://img13.shop-pro.jp/PA01280/163/etc/gab_otameshiyomi_banner.png?cmsp_timestamp=20180420182727"><br />



プロローグ



花々が咲き乱れる庭の中を歩いていくクルーン伯爵令嬢ルディアは七歳だった。
赤い髪にいつも大きなリボンをつけて、可愛いドレスを着ている。くっきりとした緑の瞳がチャームポイントの女の子だ。
ルディアは逸る気持ちを抑えて、なるべく早足で歩く。
だって……『あの人』がいなくなってしまったら嫌だから。
庭は広い。子供の足ではなかなか目的の場所に辿り着けなかった。
早く会いたい。会って、少しだけでもいいから話がしたい。
ルディアはやっと目的の場所が見えるところまで来た。大きな木の下に横たわり、昼寝をしている少年がいる。
「レオンおにいさま！」
ルディアは駆け出したところで、転んでしまう。
「いた……っ」
目に涙が滲むけれど、泣くのは我慢する。だけど、膝が痛むのは仕方なかった。
「……ルディ」
レオンの温かみのある声がして、目を上げる。すると、彼が優しく微笑んでいた。
金色の輝く髪が眩しい。青い瞳は濃い色で、藍色みたいに見えた。その瞳がルディアを見つめている。彼は十二歳の少年だが、大人みたいに落ち着いていた。
「怪我したの？　痛い？」
「……ううん。すこし……すりむいただけ」
正直、レオンの優しい顔を見るだけで、痛みは吹っ飛んだ気がした。
レオンお義兄様……。
彼は本当の兄ではない。隣国に住む母方の遠縁の子だが、何か理由があって、このクルーン伯爵の領地に身を寄せていた。
初めて会ったのは一年前で……。
あのときから、ルディアはレオンに夢中だった。
だって……顔立ちが整っていて、すごく綺麗だから。加えて、優しい。子供なのに紳士みたいな雰囲気がある。ちょっと我儘を言ってみても、ちゃんと聞いてくれる。
まあ、理由はいろいろあるが、要するにルディアの好みだった。
「ルディはおてんばさんだな」
レオンはルディアの目尻に溜まった涙を指先で拭ってくれる。
ああ……やっぱり、レオンお義兄様は最高に素敵よ！
心の中でレオンを愛でること、それが七歳のルディアの楽しみだった。
ルディアは領地にあるこの屋敷で生まれ育ち、両親にこれでもかと愛情を注がれ、使用人にも恵まれて、幸せな日々を送っていた。
見た目は無邪気に笑顔を振りまくただの幼い女の子。
けれども、実はルディアには前世の記憶があった。
そう。日本人として二十四歳まで生き、事故により亡くなったという……。
物心ついたときには、もうこの記憶があった。だから、時々おかしなことを言う子だと、周囲から思われていたようだ。
科学が発達した現代日本で便利な生活を享受していた社会人からすると、この世界はあまりにも文明が遅れていて、不便が多い。たとえて言うなら近世のヨーロッパだ。だが、現実のヨーロッパではない。
家庭教師から地図を見せてもらったことがあるが、まず大陸の形が違う。知らない国名ばかりだし、何より一番違うのは『魔法』というものの存在だだ。
すべての人が魔法を使うわけではないが、限られた人達が才能を持って生まれ、学び、訓練して、魔法を使えるようになるらしい。その限られた魔法使い達がこの世界になんとか便利さをもたらしていた。
つまり、ここは前世とは違う異世界ということだ。
そんなわけで、ルディアは前世の常識を口にしては、事情が分からない周囲の人達を惑わせていた。七歳になった今では、さすがに口にしていいことと悪いことの区別がつくようになったから、そんなことはあまりなくなっていた。
というより、前世のことはもう忘れなくちゃと思っている。
だって、いくら元の世界に戻りたくてもどうしようもない。自分はこの世界で生きていくしかないのだ。それなら、なるべくこの世界の常識に沿って、目立たぬように振る舞うしかなかった。
だから、七歳にふさわしい言動を心がけていた。
といっても、ルディアはクルーン伯爵家の長子だから、勉強をしなくてはならない。爵位を継ぐのは三歳下の弟オスカーだが、それでも嫁ぐまでは、長子としてクルーン伯爵家を代表するような教養とマナーを身につけなくてはならなかった。
いつも遊ぶときは思いっきり遊び、勉強するときはそちらに全力を注いでいた。
今日も午前中は勉強をし、ランチを摂った後は、レオンに会うためにここに来た。
彼は同じ屋敷で暮らしているのだから、別にここでなくても会うことはできる。実際、朝食や夕食は同じ食卓で摂っているのだ。
だけど、二人きりで話せるのはここだけなのよ。
特にオスカーがいると邪魔だ。オスカーにとって、レオンは憧れの兄みたいなもので、関心を引いて、遊んでもらいたいようだった。
ルディアは別に遊んでもらいたいわけではない。ただ一緒にいたい。話がしたい。彼の王子様のような優しい微笑みを見たい。それだけだった。
彼は毎日のように、この時間はこうしてこの木の下で読書をしていた。そして、たまに昼寝をしていることがある。ルディアは彼が寝ていようと構わない。そのときは長い睫毛をゆっくり堪能できるからだ。
なんだか我ながら気持ち悪いけれど……。
でも、彼が起きていたら、なかなか睫毛の長さが分かるほど凝視できないのだ。
だって、顔が美しすぎるから。見つめていると照れてきてしまう。
「ねえ、レオンおにいさま。きょうはなんのごほんをよんでいるの？」
ルディアは木陰で彼の隣に座りながら尋ねた。
「……隣にある帝国の歴史の本だよ。歴史って分かるかな？　今まであったことを書いた本なんだ」
彼は七歳の子供にも分かるように説明してくれた。
「シスレイヤていこく？　せんせいがおしえてくれたわ」
彼がその国の出身だということも知っている。
「偉いな、ルディは。もうそんなことまで勉強しているんだね？」
彼はルディアの頭を撫でてくれた。瞳は甘く蕩けそうに見える。ルディアは自分に向けてくれる彼の微笑みが嬉しくてならなかった。
ここはネルタン王国だ。古くからある国で、歴史はシスレイヤ帝国より長い。ただし、シスレイヤ帝国は広い領土を持ち、国力もある。ネルタン王国がいつも警戒している国でもあった。二国は対等というのが建前だが、実際にはシスレイヤのほうが力を持っている。外交であれなんであれ、ネルタンは属国とまではいかないが、シスレイヤには何もかも配慮しなくてはならない状況にあった。
ルディアはそういったことを家庭教師以外から学んだ。字が読めるようになってから、すぐにたくさんの本を読み漁ったのだ。
もっとも、ルディアが本当に本を読んでいるとは誰も思っていなかった。ただ、大人の真似をして、本を開いて読んでいるふりをしているだけだと思われていた。
「わたしもレオンおにいさまみたいになりたいの。だから、おべんきょうをがんばっているのよ」
てっきり彼は微笑んでくれると思った。幼い女の子が自分を見習って勉強しているのだから、普通は微笑ましいはずだ。
だが、彼は何故だか戸惑った表情を見せた。
「僕みたいになりたい……？　ルディ、でも……」
『でも』の続きは何？
聞きたかったのに、彼は話してくれなかった。その代わり、ルディアの手を握った。彼はルディアが欲しかった優しい笑みをくれる。
「ルディ、お散歩に行こうか」
「うん！」
元気のいい返事をして、ルディアは彼の手をしっかりと握った。彼の手の温かさが感じられて、幸せな気分になった。
庭の中に咲くたくさんの花々。二人はその中を歩いていく。
レオンお義兄様がずっとこの屋敷にいてくれればいいのに。
そして、ずっとずっとこんなふうに手を繋いでいられたらいいのに。
そのときのルディアはただそう願っていた。
第一章　七回目の婚約破棄
二十歳のルディアは舞踏会へ向かう馬車に乗っていた。
幼い頃はクルーン伯爵家の領地にいたが、大人になった今ではこのネルタン王国の王都にある屋敷で暮らしている。舞踏会やらお茶会やらに招かれて、社交をするのが今のルディアの毎日だった。
艶のある赤い髪は優雅な形に仕上げられ、銀細工の髪飾りがつけられている。繊細なレースをふんだんに使った高価なドレスを身にまとったルディアは、緑の瞳を曇らせて、溜息をついた。
こんなに素敵に装ったというのに、どうにも気分が優れない。というより、憂鬱でたまらなかった。
何故なら……。
婚約者のジャイルズが迎えにこなかったからだ。
今夜は王宮で行われる舞踏会だ。よほどの理由がない限り、婚約者がいる未婚の男女はそれぞれ婚約者をパートナーとして出席するのが習わしだというのに、ジャイルズはいくら待っても来ない。そのため、弟オスカーが代わりにエスコートしてくれることになった。
目の前の席で、オスカーは心配そうな眼差しを向けてくる。彼もまたルディアと同じ赤毛に緑の瞳を持っていた。十七歳という年齢にふさわしい初々しさがあったが、それでも姉をエスコートするために完璧な装いをしている。
「姉さん、大丈夫？　具合悪いなら、行かなくてもいいんじゃないかな」
オスカーは幼い頃から姉想いだった。ルディアは彼を安心させるために微笑んだ。
「大丈夫よ。ジャイルズは向こうで待ってくれているかもしれないし……」
今夜の舞踏会に出席することは手紙で伝えてある。いつもなら彼が我が家に迎えにきてくれるはずだった。
遅れるとか、欠席するとかいう知らせも来なかったし、いったいどうなっているの？
ああ、なんか嫌な予感がする……。
やたらとオスカーが心配そうにしているのも、彼もまた同じ予感がしているからなのだろう。
実は、ジャイルズはルディアの七番目の婚約者だ。過去、六回も婚約破棄されている。
最初に婚約したのは、ルディアが十二歳のときだった。婚約するには早すぎる気もしたが、親が決めた。貴族同士の婚姻は自分のしたいようにはできないものだということは、十二歳にもなれば理解できる。だから、相手はいい人のようだったし、結婚したら幸せになれるよう努力するつもりだった。
ところが……だ。一年も経たないうちに向こうから断られた。
理由はなんだったか。もう覚えていない。とにかく一方的に破談を申し入れられて、慰謝料が払われたと聞いた。
それから、二度目の婚約と婚約破棄、三度目、四度目と続いた。自分が呪われているのではないかと思ったくらいだ。あまりにも同じようなことが続いたとき、ルディアは父に話をした。
結婚は諦めて、一人で生きていくすべを身に付けたい、と。
貴族の令嬢は結婚するのが普通だが、行き遅れた場合は条件が悪くなる。相手が初婚ではなく再婚だとか、もっとひどい場合には年老いた紳士の看病をするためだけの結婚とか、幸せとはほど遠いものになる可能性もある。
それくらいなら、王宮で侍女として働くほうがましだ。家庭教師になるとか、何か事業を始めるのでもいい。その上で縁があれば、結婚することも考えてもいいと思っていた。
何しろルディアは現代日本人の記憶を持っている。当然、この世界の貴族の常識とは違う心も持っている。結婚がすべてではないと思ってしまうのだ。働けば食い扶持が稼げて、生きていけるものだ、と。
しかし、父は絶対にダメだとルディアの案をはねつけた。
とにかく、次に見つける相手と婚約するようにとしか言わない。
仕方ないので、ルディアは父の言葉に従い、婚約をした。そして、また破棄されることを繰り返した。それも六度も。
そして、今は七度目の婚約をしていた。
社交界では噂になっている。ルディアが無事に結婚できるかどうか、賭けをされているらしい。ちなみに、今回も破棄されることに多くの人が賭けているようだ。
ジャイルズは男爵家の令息だ。この世界の身分制度では、伯爵令嬢が男爵家に嫁いでくれるならありがたがるのが普通だが、ジャイルズはそうは思っていないようだ。
いや、最初こそ、腰が低い人だと感じていた。好感までは持てなかったが、努力すればなんとか結婚生活が続けられるだろうと思っていた。
ところが、時間が経つにつれて、化けの皮が剥がれたのか、それとも気持ちが変わっていったのか、少しずつ横柄な部分が見えるようになっていった。手紙のやり取りも減り、花が贈られたのもいつの日のことか。会いにきてくれる回数も減った。エスコートが必要なときに、直前で断ってくることもあったのだ。
だから、なんとなく嫌な予感はしていた。
もしかして、七度目の婚約も解消される羽目になるのか、と……。
だが、今夜は直前に断ってくるどころか、断る手間も惜しいのか、連絡なくすっぽかした。それはつまり、彼の意志表示なのではないだろうか。
次に婚約破棄されたら、七度目ということになる。賭けをしている連中はさぞかし沸き立つことだろう。
そんなことを鬱々と考えている間に、馬車は王宮に着いてしまった。多くの貴族が集まるので、正門の前の道路に馬車がずらりと並んでいる。
だから、早く来たかったのに。屋敷でじっとジャイルズを待っていた時間を返してほしかった。
「姉さん……。今夜は俺が姉さんを守るからね！」
オスカーがそう宣言してくれるのはありがたいが、果たして頼りになるだろうか。
今夜はめったに開催されない王宮の舞踏会。たくさんの貴族が招かれている。
だから……今夜だけは何事もなく帰れますように！
ルディアは順番を待つ馬車の中で、祈るような気持ちでいた。


嫌な予感は当たるもの。
いや、当たってほしくなかったが、実際そうなのだから仕方ない。オスカーと共に王宮の煌びやかな舞踏ホールに足を踏み入れたとき、そこに集う貴族達のなんとも言えない視線に晒される羽目になった。
しかも、ひそひそと囁かれている。それに交じって笑い声も。
何度か舞踏会に出席したことがあるオスカーも、その異様さを感じ取り、落ち着かないようだった。
「姉さん……これはなんだか……」
「大丈夫よ。前を向いて」
「……分かった」
若いオスカーに、こんな場面で堂々としていろなんて無理な要求かもしれない。それでも、婚約者に約束をすっぽかされた姉をなんとかリードしてほしかった。そうでなければ、体面が保てない。
しかし、その気持ちも虚しく、集まった貴族達の中からジャイルズが姿を現した。
華奢な若い女性を伴って。
それを見たオスカーは息を呑む。ルディアは驚くより、やっぱりという感覚があった。もう何度も婚約破棄されているから、パターンが分かる。
ああ、そう……。彼もそうなのね。
彼は平凡な容姿をしていたものの、婚約した当初は誠実そうに見えたものだ。もし彼が婚約を解消したくなったとしても、こちらにダメージを与えるようなやり方はしないだろうと思った。
が、彼は真逆のことをしようとしている。
もう……なんて人かしら！
彼はヘラヘラ笑いながら、似合いもしない気障な仕草で自分の髪を撫でつけた。
「婚約者のエスコートなしに、ここに来るとは思わなかったな」
ルディアは肩をすくめる。
「わたしは出席すると伝えました。あなたは迎えにくるのをすっかりお忘れになっていたようですけど」
すると、彼は苛々したように吐き捨てた。
「なんて生意気なんだ！　だから、可愛げがない女は嫌いなんだ！」
今まで彼に嫌われないようにと、自分の勝気な部分はなるべく抑えてきたつもりだ。だけど、人前でこんな恥をかかされるのなら、少しでも反撃はしておきたい。
だって、こんなの、惨めすぎるじゃないの。
ジャイルズは華奢な女性の肩に手を回した。女性のほうは笑みを見せて、ルディアに見せつけるように彼にしなだれかかる。
もちろんただの知り合いに、こんな振る舞いはしないはず。つまり、彼と女性はすでにただならぬ関係だということだ。
つまり、婚約者がいるのに浮気をしたってことだわ。
それを大勢の前で公表するのはどうなのだろう。恥ずかしくはないのだろうか。
一応、ルディアは彼に尋ねてみる。
「その方はいったいどなたですの？」
彼はルディアを馬鹿にしたように笑った。
「見て分からないのか？　俺の新しい婚約者だ」
「あなたはわたしの婚約者ではありませんか？」
「だーかーらー！　察しの悪い奴だな。今日限り、おまえとの婚約は破棄する！」
これが七度目の婚約破棄。
ルディアは慣れっこになっていたから、それ自体は冷静に受け止められた。だいたい、こちらも彼と結婚したくない心境になっていたから、向こうから申し出てくれてよかったと思っている。
ただ……。
あまりにもひどい。王宮の舞踏会はどこの舞踏会より貴族が集まる。わざわざそんな場を選んで、婚約破棄を言い渡すなんて……。しかも、新しい婚約者まで連れてきている。
今までの元婚約者達もよく分からない理由で婚約破棄してきた。しかし、ここまで恥知らずな真似をしてきた人はいない。ちゃんと親同伴でうちの屋敷までやってきて、父に申し出ていた。貴族同士の結婚は家同士の縁繋ぎでもあるからだ。個人同士の問題ではないのだ。
それをこの男は踏みにじった。
ジャイルズと新しい婚約者とやらはニヤニヤと笑っていて、悦に入っているようだった。そして、周りの貴族達も嘲笑っている。
ルディアの婚約について賭けをしていた者達のやり取りも聞こえてきた。勝ったの、負けたのという話があからさまにされている。
ルディアの隣で、オスカーが怒りに燃えていた。あろうことか、手袋を外そうとしている。どうやら姉の名誉を守るために決闘を申し込むつもりだ。
「オスカー、やめなさい」
ルディアは彼を止めた。こんなくだらないことで決闘なんてしてほしくない。オスカーは剣術において優れているので、ジャイルズと戦って負けるとは思わないが、そもそもこの国で決闘は禁止されているのだ。
それでも、非公式に決闘する者はいたが、まさかこんな大勢の前で法律違反するのはよくない。
「だって、姉さんが……！　あの男、許せない！」
「いいのよ、オスカー。だって、あの人は自ら不貞を明らかにしたのよ。わたしに非はない証拠だから、彼の家から違約金をたっぷりいただくことにするわ」
「い、違約金……？」
ジャイルズが戸惑ったみたいに弱々しい声を出した。
「そうよ。婚約したときに契約書を作成したでしょう？　相手に非がないのに婚約解消を申し入れた場合、違約金を払う義務があります。もちろん不貞をしたときも。この場合、二重の違約金を請求することになりますね」
父と顧問弁護士が万が一のことを考えて、契約書を作成したのだ。今までの元婚約者達があまりにも気軽に婚約破棄をしてくるので、盛り込んだ条件だった。ジャイルズの家はそれほど裕福というわけではないので、違約金は痛いだろう。
まあ、まったく抑止力にならなかったみたいだけど。
「……非はあった！」
ジャイルズは苦し紛れにそんなことを言い出した。
「わたしにどんな非が？」
「お情けで婚約してやったのに、おまえが口うるさいからだ！　だいたい何度も婚約破棄されているくせに、どうしてそんなに生意気なんだ？　おまえは俺にかしずくくらいでないと、捨てられるに決まってるだろうっ？　容姿だって大したこともない。赤毛は醜いし、緑の目は魔女みたいだ。取柄といえば、伯爵令嬢という肩書きだけじゃないか！」
人前でそこまで言う……？
こんな場で婚約破棄を言われたことだけでも悔しいのに、こんなにも貶められるなんて屈辱だった。
百歩譲って、彼がとてつもない美形だとか、身分が高いというなら分からないでもない。けれど、彼はそのどちらでもないし、言わせてもらえば、こちらだって譲歩しているのだ。
口うるさいというのは、彼のマナーについて指摘したことがあるからだろう。
実際、こんな場で偉そうに次の婚約者候補を伴って現れ、婚約破棄をするなんて、とんでもない常識知らずだ。
「言いがかりだわ。そんなことくらいで、わたしが不利になるわけないでしょう？」
さすがに向こうの容姿を貶めることは言わない。いや、言おうと思えば、言えないことはないが、容姿を攻撃するのは相手と同じレベルに落ちることだ。
彼はふふんと鼻で笑う。
「どうせ、おまえは俺に捨てられたら、誰とも結婚できないよ。七回目だっけ？　婚約破棄。おまえ、変わり者だからな」
ルディアは幼い頃から前世の記憶があったため、この世界の人には分からないことを話しては、ちょっと変わっている子だと言われていた。だけど、成長した今ではおかしなことを口走らないように気をつけている。
でも……今もわたしの評判は『変わり者』なの？
だから、やたらと婚約破棄を繰り返されるの？
ルディアがショックを受け、怯んだのを見て、なおもジャイルズは顔を歪めて嘲笑しようとした。が、その笑いがそのまま固まる。
どうしたのだろうと思ったそのとき、ルディアの肩が後ろからふわりと誰かに抱かれた。
「……婚約解消か。それもいいが、こんな場ですることじゃないな」
振り返ると、そこには懐かしい顔があった。
「レオンお義兄様……！」
久しぶりに見るレオンの顔だ。子供の頃、彼はクルーン伯爵邸に滞在していた。あるとき故国に帰ってしまったが、それからも時々ふらりとルディアの前に現れることがあった。
一年ほど前に会ったきりだったから、本当に久しぶりだ。だけど、どうしていきなりこの舞踏会に現れたのだろうか。
彼もこの舞踏会に招待されていたのかしら？
確か、彼は隣のシスレイヤ帝国の貴族だ。この国の王族から招待されるだけの関係があるのだろうか。何か親善のための訪問とか……？
とにかく彼が現れたことで、場の雰囲気が変わる。
何しろレオンは子供の頃から美形だった。今の彼は長身で体格もよく、美形にも磨きがかかっている。黄金色に輝く美しい髪に、長い睫毛に縁どられた藍色の瞳。鼻は高く、引き締まった唇には意志の強さを感じる。
周りにいた女性達はレオンを見て、ざわめき出す。
『あの方、どなたかしら？』
『初めてお見かけするわ。クルーン伯爵令嬢のお知り合いみたい……』
『お名前、知りたいわ！』
こんなときなのに、ルディアはレオンが注目されることが嬉しかった。同時に、彼が自分の味方として現れてくれたことにほっとする。幼い頃から彼はいつもルディアの味方でいてくれ、過剰なくらいに優しくしてくれるのだ。
お義兄様が傍にいてくれるなら大丈夫……。
隣にいるオスカーもレオンが来てくれて、安堵しているようだった。弟にとっても、レオンは信頼に値する人だ。
レオンがこの場の注目をさらったことに、ジャイルズはムッとしたような顔になった。
「誰だ、あんたは？　関係ない奴は口を出すなよ」
「彼女のことを子供の頃からよく知っている者だ。……ルディ、こんな下品で馬鹿で不細工で常識知らずな浮気者と縁が切れてよかったじゃないか」
「そ、そうね……」
それはルディアが言いたくても我慢していたことだ。あいつと同じレベルに落ちたくないと思っていたが、レオンが代わりに言ってくれてスッキリする。
「なんだとっ？　だ、誰が下品で馬鹿で不細工なんだっ？」
「常識知らず、というのを忘れているぞ。まあ、婚約を解消したいなら、それでいいじゃないか。さっさと消えろ。おまえなんか、ルディアにふさわしくない」
「そいつにふさわしい男なんかいるものか！　なあ、幼馴染なら知ってんだろ。そいつがこれで婚約破棄されたのが七回目だってさ」
周りで忍び笑いみたいなものが聞こえる。彼らにとって、婚約破棄七回目の修羅場は面白い見世物になっていた。
レオンはジャイルズを冷たい眼差しで一瞥する。
「その口を閉じろ」
「おまえこそ黙ってろ！」
ジャイルズが一歩前に出ると、どこからともなく五人の護衛騎士がさっとやってきて、周りを取り囲む。彼らは腰に剣を提げ、この舞踏会の警備をしていた騎士達と同じ制服を着ていた。
「それ以上、皇帝陛下に近づくな！」
え……皇帝陛下？
ルディアは混乱する。ここはネルタン王国だ。当然、この国に国王はいても皇帝はいない。だが、お隣のシスレイヤ帝国には皇帝がいるはずだ。
もしかして、レオンと共に皇帝がこの国を訪問しているのだろうか。
ルディアは思わずそわそわと辺りを見回してしまった。自分達のやり取りを見物していた貴族達も同じようにきょろきょろしている。
「……皇帝……陛下？」
ジャイルズが尋ねると、騎士の一人が答える。
「この方がシスレイヤ帝国の皇帝陛下だ。お忍びでいらしたところを、王太子殿下が舞踏会に招待されたのだ。おまえごときがみだりに話しかけていいお方ではない」
それを聞いて、周囲がざわめきだす。
『あの方がシスレイヤの皇帝陛下なの？』
『確か、最近、即位されたっていう……？』
『こんなにお若い方だったなんて……！』
ルディアはレオンに目を向けた。彼は澄ました顔をしていて、こちらに微笑みかけてくる。
「あの……お義兄様が皇帝陛下……なの？」
もしかして、ただの貴族ではなくて、皇位継承権を持つような皇族だったのだろうか。
信じられないが、護衛騎士は確かにレオンを守ろうとしている。ルディアは半信半疑ながら尋ねてみた。
「ああ、そうだ。即位できて、やっとルディを迎えにくることができたんだ」
「わたしを迎えに……？」
「そうだ。ずっとこの日を待っていた」
彼はルディアの手を取り、手の甲にキスをした。
ロマンティックな仕草で、普通の状況で見目麗しい男性にこんなことをされたら、たちまち夢中になっていたかもしれない。
だけど、ルディアはわけが分からず、ただ戸惑うばかりだった。
「レオンお義兄様……わたし……」





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    <dc:date>2026-03-09T10:51:08+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ガブリエラブックス</dc:creator>
    <foaf:topic><foaf:Image rdf:about="https://img13.shop-pro.jp/PA01280/163/product/190812444_th.jpg?cmsp_timestamp=20260309105107" /></foaf:topic>
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    <title>【3月30日発売】赤い瞳の契約妃　国王陛下にウソ告したら、そのまま愛され妻にされました【本体1300円+税】</title>
    <description></description>
<content:encoded><![CDATA[
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●著：東 万里央
●イラスト：逆月酒乱
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4815543846
●発売日:2026/3/30</div>

<p><span class="f130 black">強要されて偽りの告白をしたら国王陛下と0日婚をすることに!?<br /></span>

父亡き後、叔父に家を乗っ取られ虐げられていたジュリエットは従妹に強いられ国王レオンにウソの告白をしたところ、逆に彼から求婚される。だがレオンの目的は王族の特徴である赤い瞳を持つ彼女に子どもを産ませることだった。
結婚と引き換えに侯爵家を取り戻してやるというレオンの申し出に頷くジュリエット｡
お互い納得した上での契約婚のはずだったが肌を重ねるうちに惹かれ合うようになり!?

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第一章　国王陛下にウソ告したら……



ブレゼ侯爵家の庭園はこのフロリン王国でも名高い。
二代前の国王のお気に入りでもあり、当時のブレゼ家当主と親しかったこともあって、たびたび訪れ愛でていたのだとか。
王宮の庭園が格調高い様式美を極めているのなら、ブレゼ邸のそれは自然美を讃えている。一見野原のように無造作であり、それでいて色彩豊かで、気取らずに散策を楽しめる。
花々が咲き乱れる穏やかな春の夕暮れ時、そんな庭園に似つかわしくはない、悲鳴のような哀願が響き渡った。
「――申し訳ございません！　どうぞロミオをお許しください！」
高く澄んだ少女の声だった。
少女は薔薇の咲き乱れる茂みの前で、謝罪の言葉を繰り返しながら、隣の犬の首を抱き締めている。なんとかその攻撃を止めようとしているようだ。
犬は一際目立つ大型の雄犬で、純白の毛並みに深紅の双眸という、珍しい風貌をしている。
その稀な色彩は一般的な犬とは一線を画しており、凜々しさ、猛々しさと同時に高貴さすら漂わせている。美しい獣だった。
犬はグルル……と唸り声を上げ、目の前の中年男を睨み付けた。まさしく敵を見る目である。
「なんだその目はっ！」
男は怒鳴りながらも犬の迫力に気圧されて後ずさる。代わって、犬がずいと一歩前に踏み出した。
なお、男の背後には贅を凝らしたドレスを身に纏った、長い栗色の巻き毛にエメラルドグリーンの瞳の娘もいた。男とどことなく似ているので、その娘だと思われる。
娘は興奮しているのか、甲高い、ヒステリックな声で叫んだ。せっかくの美しい顔は怒りで醜く歪んでいる。
「お父様、そんな犬、殺して！　早く殺しちゃってよ！　私を噛もうとしたのよ！　許せない!!」
すると犬は続けてその赤い瞳を栗色の髪の娘に向けた。
いくら距離を取っているとはいえ、剥き出しになった牙と怒りの込められた眼力は恐ろしい。
「な、何よ。なんなのよ……！」
娘は父親と同じくじりじりと後退した。
それでも犬の威嚇は止まらない。変わらず低い唸り声を上げている。
少女は犬を抱き締める腕に力を込めた。
「駄目よロミオ、怒らないで。私は大丈夫。大丈夫だから……！」
犬がようやく少女を見上げる。
一見年の頃十五歳前後の小柄な少女だった。
顔立ちは非常に愛らしいのだが、随分痩せており顔色が悪い。そのせいもあるのか随分と儚げに見える。
青ざめ、肌艶のない顔の中で、犬と同じ深紅の瞳が一際目立っている。
結い上げられていた少女の青みを帯びた銀髪が、騒動の中で解けてしまったのか、細い肩に零れ落ちる。その髪も栄養失調気味なのか、パサついており老人の白髪に近くなってしまっていた。
身に纏う衣服はメイドのお仕着せで、手は水仕事で荒れてしまったのかボロボロだ。
この美しい犬が牙を剥き出しにして怒っているのは、この儚げな少女を守ろうとしているからなのだとわかる。
犬は主人である少女を傷付けようとした親子を、許すまじと攻撃しようとしていたのだ。
男とその娘の怒声を聞き付けたのだろう。五、六人の警備の衛兵たちがマスケット銃を手に駆け付ける。
「旦那様、どうかなさいましたか！」
「よく来た。あの獣を殺せ！」
「えっ」
衛兵たちが一斉に犬に目を向け、少女が犬を抱き締めているのを確認し、目配せをし合った。
「……まずあのメイドを引き離さないと危険です」
「ならすぐに引き離せ！」
男の言葉を聞き銀髪の少女はますますきつく犬の首を抱き締めた。
「ごめんなさい。申し訳ございません。勝手にこの子を家に置いた私が悪いんです。どうか罰は私に……！」
しかし、少女の願いは叶わなかった。
衛兵の一人が爆竹を鳴らし、少女と犬が驚いている間に距離を詰め、犬の足に銃弾を撃ち込んだのだ。
「ロミオっ！」
犬がキャインと悲鳴を上げることはなかった。一瞬倒れそうになったものの、踏ん張って姿勢を崩さず、衛兵たちを睨み付ける。足からは血が流れていたが、怪我を確認しようともしない。
衛兵たちは主人をなんとしても守ろうとする、犬の意志の強さに気圧されたものの、それでも攻撃の手を緩めようとはしなかった。
「こ、この野郎っ！」
衛兵の何人かが網を持って駆け付けたかと思うと、ばっと広げてロミオの頭の上から被せたのだ。
ロミオは網に絡まりたちまちその場にくずおれた。
「おい、動けなくなったみたいだぞ。お前、後ろに回って押さえろ！」
「ガウガウ！」
ロミオは網の中で暴れ回ったものの、もがけばもがくほど体に絡まるばかり。ついに衛兵四人がかりで押さえ付けられてしまった。
「この狼はどういたしましょう」
少女は――ジュリエットはそこでようやく我に返り、かつて叔父と呼んでいた男に取り縋った。
「お、お願いです！　ロミオは森に捨ててきます。だから、殺さないでください！」
「ええい！　アナベルを噛もうとした獣を、この私が許すとでも思うのか!?」
男は――ジェレミーはジュリエットの頬を力任せに張った。
パンと乾いた音が庭園に響き渡る。
ジュリエットは思わず膝をついた。
「俺に逆らうつもりか!?」
逆上したジェレミーの怒鳴り声に、ジュリエットは頬を押さえたまま絶句した。
「俺はブレゼ侯爵家の当主だぞ！　孤児に過ぎないお前をこの家に置いてやっているだけありがたいと思え！」
「……っ」
「その犬は川にでも放り込んでおけ！」
「そんな……！」
ブレゼ家当主――それは二年前までは父フレデリクの持つ称号だった。
だが、その父が王位を巡る内戦で命を落としたことで、ジュリエットの運命は一転してしまったのだ。

――ジュリエットの父フレデリクは、古くから続くブレゼ伯爵家の当主だった。
優秀かつ公明正大と評判で、国王の覚えもめでたく、宮廷でも高い地位を与えられていた。
そんなフレデリクの一粒種がジュリエットだった。
フレデリクは貴族には珍しい、恋愛の末の貴賤結婚だった。
ジュリエットの母親であるクラリスは、ブレゼ家のお抱えの庭師の娘で、貴族ですらなかった。
クラリスは幼い頃から父親の仕事を手伝い、毎日のように庭園を訪れていた。そこでフレデリクと出会ったのだという。
同年代の二人は身分の垣根を越えて仲良くなり、やがて年頃になった頃にその思いは恋へと変化した。
フレデリクは当時すでに両親を亡くし、伯爵家を継いでいた。そこですでに信頼関係のあった国王に懇願し、クラリスを王家縁の貴族の養子にしてもらったのだ。
身分の問題を解決した二人は無事結婚し、三年後にはジュリエットが生まれた。
妻によく似た顔立ちの娘を、フレデリクは文字通り猫可愛がりした。
しかし、愛に包まれた幸福な一家を悲劇が襲う。クラリスが若くして病気に倒れたのだ。
治療方法の確立されていない不治の病で手の施しようもなく、診断されて一年後には儚くなってしまった。
フレデリクはひどく悲しんだ。後妻候補の貴族令嬢との縁談を薦められても、すべて突っぱね独り身を通した。
縁談を断るときにはいつも、『跡継ぎはすでにジュリエットがいる。フロリンの貴族も女当主が認められているからね。将来は婿を取らせるつもりでいる。私は二人の女性を愛せるほど器用ではないんだ』と笑っていたそうだ。
そのフレデリクまでもが亡くなったのは、ジュリエットが十五歳の頃。内戦に指揮官として出征しての戦死だった。
――フレデリクを重用した国王ラウールが病死したのち、王位を巡る戦争が勃発した。
国王の一人息子である王太子レオンと王弟の息子――つまりレオンの従兄に当たるアルフォンスが、我こそは正統な後継者だと名乗り合ったのだ。
フロリン王国内の有力貴族たちも真っ二つに割れた。
フレデリクは国王の一人息子であり、第一王位継承権を持つレオンを推した。というよりは、本来なら当然のこととしてレオンが即位するべきだったのだ。
しかし、アルフォンスを推す有力貴族も半数を占めたことで、最終的には二勢力による武力衝突が起こり、いくつかの都市が戦火で灰燼に帰した。
ようやく内戦が終わったのが二年前、ジュリエットが十六歳の冬。
勝者は王太子レオンだった。当時二十四歳。
アルフォンス率いる軍隊はレオンのそれに大敗。本人は大怪我をしながらも這々の体で逃げ出し、現在は行方知れずになっているのだという。
レオンは勝利宣言をしたのちすぐさま戴冠式を行い、アルフォンス派の有力貴族を容赦なく粛清した。この際、古くからの名門貴族のいくつかも断絶したと聞いている。
しかし、功労者の一人であるはずのフレデリクは、いつまで経っても帰ってこなかった。
ジュリエットは父は生きていると信じていたが、新国王が即位して三ヶ月後、フレデリクの遺骨が届けられた。
流れ弾を受けての戦死らしい。遺体から衣服や武器が剥ぎ取られ、盗まれていたため、身元を特定するのに時間がかかったのだと。その後ブレゼ家はフレデリクの功績により、恩賞として爵位を一階級上げられ、伯爵家から侯爵家となった。
フレデリクも言っていたように、フロリン貴族は女当主を認めている。だから、フレデリクが死んだと判明した以上、ジュリエットがブレゼ女侯爵となるはずだった。
フレデリクも出征前万が一のことを考えていたのだろう。ジュリエットを後継者とする旨の遺言状を残し、執事に娘を手助けするよう頼んでいた。
しかし、父の弟である叔父のジェレミーが、自分こそが正統な跡継ぎだと割り込んできたのだ。
フロリンでは女当主が認められているとはいえ、直系の男性がいた場合には、やはりそちらが優先される傾向がある。
法律上はジュリエットが跡継ぎだが、慣習の上ではジェレミーが当主となってもおかしくはない。
その慣習を盾にジェレミーはブレゼ家に押し掛けた。フレデリクが信頼していた執事や使用人を暴力で追い出し、ジュリエットに家督を譲渡する旨を記した念書に無理矢理サインさせた。
その後は事が明るみに出ないよう、ジュリエットを家に閉じ込め、使用人としてこき使った。自身を叔父と呼ぶことを許さず、「旦那様と呼べ」と強制した。
ジェレミーの妻エディットと娘アナベルもそれに倣った。
ジュリエットは待遇のひどさに何度か家出し、父の友人、知人に助けを求めようとしたが、すぐに見つかり、その度に折檻を受ける羽目になった。鞭で打たれたこともある。
先の見えない暮らしの中で、ジュリエットはろくな食事も与えられず、次第に痩せて別人のようになってしまった。
ジェレミーはそんなジュリエットを目にするたび、『気味が悪い』と舌打ちした。老人のような髪が、肉付きの悪い体が気味が悪いと。
従妹のアナベルも父を真似てジュリエットを虐げた。
『どうしてあんたみたいな女が深紅の瞳なのかしら。卑しい女の腹から生まれたくせに生意気だわ』
フロリンではジュリエットのような深紅の瞳は、大変縁起がいいと言われている。赤い瞳の持ち主にキスされると幸福になれるのだとか。
『あんたが誰かにキスすることなんて二度とないのにね』
ジュリエットはアナベルが何を言っているのかわからなかった。
『あら、知らなかったの？　お父様はあんたを飼い殺しにするつもりよ』
他家に嫁がせることもなく、年老いるまで一生使用人として働かせるつもりだと。
ジュリエットはなぜ叔父にそこまで憎まれ、ひどい扱いをされるのかがわからなかった。
ジェレミーはフレデリクがブレゼ家を継いだのち、独立すると言って家を出て行き、冠婚葬祭があってもほとんど帰ってこなかったそうだ。
だから、ジュリエットはフレデリクの生前、ジェレミーに会ったことはほとんどない。　父もジェレミーについて語ったことはあまりなかった。『兄弟ではあるが性格が違いすぎて、二人で遊ぶことはあまりなかった』くらいだ。
そもそも接点がなかったのだから、憎まれる理由の見当がつかない。
そんな絶望的な環境を耐え凌ぐ中で、ある日ジュリエットは庭園に迷い込んだ子犬を見つけた。掃き掃除をしている最中だった。
ブレゼ家の本家がある領地は森が多い。その辺りに棲み着いている野犬の子どもかと思われた。
『まあ、可愛い』
子犬はジュリエットがとりわけ大切に手入れをしていた、深紅の薔薇の茂みの中に蹲っていた。
非常に小さい。なのに見落とさなかったのは、子犬が純白の毛並みをしており、薄暗がりの中でも目立っていたからだ。
子犬はジュリエットに気付き、ウウウ……と威嚇した。
『大丈夫。なんにもしないわ。それより、旦那様に見つかったら大変よ』
ジェレミーは大の動物嫌いである。特に昔噛まれたことがあるそうで、犬は憎悪の対象ですらあったはずだ。
『あなたのお母様はどこへ行ったの？　あ、もしかして……』
この数年で森で暮らす野犬の数が増えたので、ジェレミーは人を雇い、大規模な犬狩りを行ったと聞いている。子犬はその時の生き残りなのかもしれない。
ジュリエットは箒を置くと、茂みの前でしゃがみ込んだ。
『あなたも私と同じね……』
親を亡くして独りぼっちだ。
『だったら仲良くなれないかしら？　二人でいればきっと寂しくないわ』
ジュリエットは手を伸ばし、子犬の指先に人差し指を出した。
子犬は怖がってウウウ……と唸っている。
『大丈夫。私はあなたを傷付けないから』
しかし、子犬に人間の言葉は通じなかった。ジュリエットも敵にしか見えなかったのだろう。突然がぶりとその指に噛み付いたのだ。それも、敵意を持って歯を立てて――。
『……っ』
ジュリエットは痛みに顔を顰めた。穴が空いたのか指先がズキズキする。
しかし、幸か不幸か痛みには慣れていた。ジェレミーにたびたび折檻を受けていたからだ。
子犬に優しく微笑んでみせる。
『ほら、大丈夫でしょう？　私はあなたに何もしないわ』
まったく反撃しないジュリエットを見て、ようやく敵ではないと悟ったのだろうか。子犬が不意に耳をペタリと伏せた。
『クゥン……』
悲しそうな声でキュンキュン鳴き始め、申し訳なさそうにジュリエットの血を舐め取る。
『ありがとう。優しい子ね』
ジュリエットは子犬をそっと撫でた。
子犬は今度は抵抗しなかった。それどころか、おずおずと茂みから出てきたのだ。
『あら』
ジュリエットは子犬を抱き上げ、その目の色を確認した。
『あなた、私と同じ色の目なのね』
宝石のルビーのような、血の色のような、柘榴のような深い紅色だ。しかも純白の毛をしている。
『子犬にもこんな子がいるのね。そういえば突然変異で時々生まれるって聞いたような……』
なお、ジュリエットの深紅の瞳は特殊な色素由来だと聞いている。海沿いに暮らす少数民族に稀に現れる色彩だったのだそうだ。一、二世紀前の王族には、時折、この瞳の持ち主がいたとも。
しかし、劣性遺伝なのか、現在はもうほとんどいないと聞いている。以前の内戦で大敗し、行方知れずとなっているアルフォンス以外は――。
『私のご先祖様もその少数民族だったのかしらね』
亡き両親の瞳の色はブルーと榛色だったので、どちらにも似ていない。ちなみに髪の色もフレデリクが金髪、クラリスは亜麻色だった。二人はジュリエットの珍しい髪と瞳の色は、先祖の隔世遺伝だろうと言っていた。
まだクラリスが生きていた頃、フレデリクはこんなことを教えてくれた。
『赤い瞳はキスした者に幸運を与えると言われているんだ。人に分け与えるほどたくさんの幸せを持っているということだね』
大好きな父にそう言ってもらえて、嬉しかったのをよく覚えている。
だが――。
『……』
ジュリエットは苦い記憶を思い出し、黙り込んでいたが、子犬がまたキュンキュンと鳴いたことで我に返った。
『お腹空いたんでちゅか？』
ジュリエットは子犬を胸に抱きかかえた。
『ちょっと待ってね。確か、お粥が残っていたはず……』
子犬はジュリエットの言っている意味を理解しているのかいないのか、ぐぐっと首を突き出してジュリエットの鼻先をペロッと舐めた。更に尻尾を振りながらじゃれついてくる。
『あら、ありがとう。あなたのキスなら幸せになれそうね』
ジュリエットは久しぶりに触れた他者の温もりに、再び微笑みを浮かべて子犬を抱き締めた。

その後ジュリエットは子犬にロミオと名付け、割り当てられた使用人用の自室で密かに育てた。ジェレミーがジュリエットの部屋は不潔だからと、まったくやって来なかったのが幸いだった。
ジュリエットは自分の分の食事を、ほとんどロミオに与えた。ただでさえ少ない量だったので、みるみる痩せてしまい、一時期は栄養失調寸前になった
一方、ロミオはすくすくと成長し、一年も経つ頃には立派な成獣となっていた。ジュリエットが立派すぎやしないかと心配になったほどだった。
純白の堂々たる体躯に大地を踏み締める四本の獣の足。深紅の瞳に宿る眼光は鋭い。
『犬にしては随分と大きい気が……』
なんとなく違和感はあったが、そういう犬もいるのだろうと頷くしかなかった。
さて、ロミオはジュリエットに絶対の忠誠を誓っていた。何せ身を削って食事を与えてくれた育ての親だ。
ジュリエットの指示を聞かないことはなかった。
庭園に出られるのはジェレミーたちが寝静まり、人目につかない夜だけと制限され、日中は狭い使用人部屋でしか活動できない。それでも、大人しくジュリエットの言い付けに従っていた。
そう、ロミオが運悪くアナベルに見つかったあの日までは――。

――その日ジュリエットは薔薇の茂みの手入れをしていた。
本来なら庭師がする仕事である。しかし、嫌がらせの一環なのか、それとも興味のない庭園に金などかけたくないのか、ジェレミーにお前がやれと押し付けられていたのだ。
もっとも、ジュリエットは命じられなくとも、庭園の手入れだけは自分でやるつもりだったのだが。
中でもこの深紅の薔薇は特別だった。繊細な品種で虫や病気に弱い上に、植え替えが難しくすぐ枯れてしまう。この地方の固有種のせいか絶滅しかかっており、もうこの庭園にしかないのではないかと言われていた。
また、ジュリエットの個人的な理由もあり、なんとしてもこの薔薇だけは枯らすわけにはいかなかった。
ちなみに、薔薇には数多くの大小の棘がある。いくら専用の手袋を付けていても、細かいものは編み目を通過して手に刺さり、皮膚の下に潜り込んで取れなくなる。
そのせいでジュリエットの手はすっかり荒れ、ガサガサのザラザラになっていた。とても令嬢の肌には見えない。
『あら、あんたこんなところにいたの』
ふと声を掛けられ振り返る。
アナベルだった。散策にでも来たのだろうか。その割には随分と派手なドレスを着ている。
『このドレス、素敵でしょう。夏の王宮の舞踏会に招待されたのよ』
アナベルとジュリエットは同じ年の十八歳だ。といっても、ジュリエットはもうじき十九歳になるが。
いずれにせよ、双方ともに社交界デビューしていてもおかしくない。平常時であれば十六歳頃なので、少々遅めとも言える年である。
しかし、この数年は内戦の影響で、舞踏会や園遊会、晩餐会といった華やかな行事は行われていなかったので機会がなかった。
近頃ようやく内政が安定してきたので、国王もそろそろ社交と行事を復活させようとしたのか。
『そうですか。お似合いですね』
『あんたは行けないものね。羨ましいでしょう』
『……』
ジュリエットは答えなかった。
アナベルはふふんと笑うと、ドレスの裾を摘まんでくるりとその場で一回転した。
『国王陛下ってまだ独身でしょう。だから、この舞踏会は生き残った貴族同士の出会いの場を提供するついでに、王妃を選ぶためなんじゃないかって言われているのよ』
なんでも宮廷で職位を持つ貴族に加え、十六歳以上の未婚の貴族令嬢は、全員出席するようにとのお触れがあったのだとか。
なるほど、アナベルの推理は合っているのかもしれない。
『女嫌いって噂があったけど、やっぱり嘘だったのよね。まあ、本当にしろ結婚はしなくちゃいけないだろうし。王妃と跡継ぎの王子は絶対に必要だもの』
噂によると先の内戦で勝利した国王レオンは、地位などなくともいくらでも女を落とせそうな、長身痩躯、金髪碧眼の美丈夫だという。
ところが、王太子時代から女を近付けようともしなかった。生前、前国王が婚約者を見繕おうとしても、まだ早いと突っぱねていたのだとか。
何度か王太子妃の座を狙った令嬢に寝室に忍び込まれたり、気を利かせた臣下が娼婦を送り込んだりしたこともあったが、時には剣を抜いてまで追い返してしまったというエピソードもある。
とはいえ、その国王もさすがに王妃と跡継ぎは必要らしい。
アナベルは気持ちよさそうに言葉を続けた。
『といっても、有力貴族の未婚の貴族令嬢って今そんなに数がいないのよね』
内戦勃発前、年頃の娘を持っていた有力貴族たちは、こぞって自分の娘を政略結婚させていた。
自陣営の味方を増やす目的と、自分や嫡男に万が一のことがあった場合、娘だけでも生き長らえさせ、女系でもいいので血を残すためだ。
ゆえに、内戦後数年しか経っていない現在、フロリン王国内では独り身の令嬢は意外と少ない。
なお、ジュリエットも未婚だが、十八歳になっても婚約すらしていないのは、運とタイミングに恵まれなかったからだった。
実は内戦前には婚約が決まりかけていたのだが、先方の父親が国王の敵方についてしまったため、破談となりその後は縁談がなかなかまとまらずにいた。
フレデリクが亡くなって以降はジェレミーに外に出してもらえず、家の者以外との接触を禁じられているため、結婚は遠い夢になってしまっている。
そうした状況の中、まだ婚約者のいないアナベルは、同じ境遇の令嬢たちの中から、国王に選ばれる自信があるらしかった。
確かにアナベルはジュリエットから見ても、少々派手ではあるものの美しい。更に、名門貴族ブレゼ侯爵の一人娘である。王妃になる条件が揃っているのだ。
『国王陛下のお目に留まるよう幸運をお祈りしております』
アナベルはジュリエットを羨ましがらせたかったのだろう。
だが、ジュリエットはレオンにさほど関心がない。父が政治的に支持していたというだけだ。嫉妬するどころか好きにやってくれという心境だった。
アナベルはジュリエットの反応が面白くなかったらしく、『何よ』と小さく呟き身を翻した。
ジュリエットにドレスを見せびらかしたかっただけだったようだ。
ジュリエットは『失礼します』と断り、再び作業を続けようとした。
ところが、次の瞬間、きゃあっと甲高い悲鳴が庭園中に響き渡る。
何事かと振り返って絶句した。
なんと、いつの間にか庭園にいたロミオが、転んだアナベルを睨み付けていたのだ。
『な、何よこの犬！』
恐らくアナベルは背を向けたジュリエットに、何かよからぬことをしようとしたのだろう。背中を突き飛ばそうとしたのか、蹴り上げようとしたのか。
ロミオは使用人部屋の窓からそれを見て、すわ主人の危機だと助けに駆け付けたらしかった。
『ロミオ!?』
出てきちゃ駄目、見つかってしまうと叫ぼうとしたが、もう遅かった。娘の悲鳴を聞き付けたジェレミーが飛んできたのだ。
『アナベル、何があっ……』
絶句してその場に立ち尽くす。
『な、なんだこの犬は！　誰が入れた!?』
その視線はすぐさまジュリエットに向けられた。顔が忌々しげに歪められる。
『お前の仕業か！』
ジュリエットはロミオを抱き締め、どうにかして宥めようとした。
『駄目よロミオ、怒らないで。私は大丈夫。大丈夫だから……！』
よりによって嫌悪する犬を屋敷内に入れられた、ジェレミーの怒りは激しかった。
『あの獣を殺せ！』

「――お願いです！　どうか、どうか……！」
ジュリエットはその場に膝をつき、頭を地面に擦り付けた。
「どうかロミオの命だけは……！」
手塩に掛けて育ててきた大切な命を、奪われようとする恐怖は、父の死を知った時と同じ――いいや、それ以上に大きかった。
ジュリエットの顔は悲しみのあまり、涙でぐしゃぐしゃになっていた。
ジェレミーはジュリエットを見下ろし、吐き捨てるようにこう言った。
「そうだ。お前のような卑しい女は絶望し、打ちひしがれていればいい」
「ど……して……」
アナベルは父の真似をしているだけだろうが、なぜジェレミーはこうも自分を憎むのか。
その間に衛兵二人がロミオの体を持ち上げる。
「いやっ、止めて。ロミオを連れて行かないで！」
ジュリエットは泣いて叫んで訴えたが、願いが聞き入れられるはずもない。
結局その場で衛兵に取り押さえられ、運ばれていくロミオを見送ることしかできなかった。

ロミオを失って以来、ジュリエットはすっかり力を落とし、抜け殻のようになっていた。
心の中ではいつも後悔が渦巻いていた。
（私がロミオを拾わなければ……）
すぐ外に逃がしていれば、ロミオはまだ生きていたかもしれない。
そう思うとたまらない気持ちになって涙が溢れ出てきた。
（私、最低だわ。自分が寂しかったからってロミオを縛り付けて、結局死なせてしまった）
ロミオに申し訳なさ過ぎて、どう償えばいいのかわからない。
（悔しい……）
ジュリエットは拳を握り締めた。赤い瞳から大粒の涙がポロポロ零れ落ちる。
なんの力もなく、ジェレミーに反抗できない自分が、不甲斐なく情けない。
（私の体がもっと大きくて強ければ……ロミオを助けられる力があれば）
また、自分がどう生きるべきなのかもわからなくなっていた。
心の支えとなっていたロミオの死は、予想以上の打撃をジュリエットに与えていた。無力感がひどい。
それでも仕事はなんとかこなしていたのだが、フロリンが初夏を迎えた頃、ジェレミーに思いがけない命令をされることになる。
アナベルとともに王宮の舞踏会に出席しろと命じられたのだ。

ジュリエットはロミオを殺されて以来、ジェレミーの顔を見るだけで吐き気がするようになっていた。本当なら視界の片隅にも入れたくない。
しかし、逆らえばまたどんな目に遭わされるのかもわからない。仕方なく呼び出されるまま執務室に向かった。その後一歩足を踏み入れるなり、舞踏会への出席を命じられたのだ。
「舞踏会とは八月に行われる舞踏会ですか？」
「……そうだ」
確か以前アナベルが国王はそこで未婚女性を品定めし、王妃候補を見繕うつもりではないかと言っていた。
「なぜ私が……」
叔父は今までジュリエットを外に出したがらなかった。自分が先代当主の遺言書に逆らって家を乗っ取り、正統な後継者である姪を虐げていると知られたくないからだろう。
ジュリエットを見れば一目でろくに食べていないのだとわかる。
ジェレミーは苦々しい口調でジュリエットに説明した。
「……国王より直々の連絡があった」
アナベルとともにジュリエットも必ず出席させろと命令されたのだと。
当初ジェレミーは姪は重い病に伏していると嘘の報告をし、ジュリエット宛の招待状は握り潰していた。
だが、国王レオンは車椅子に乗せてでもいいし、初めの三十分だけでもいいから出席させろと要求してきた。逆らえば家を取り潰すともほのめかされたのだとか。
ジュリエットはなぜそこまでと目を瞬かせた。
（国王陛下は何をお考えなのかしら）
一方、ジェレミーはぶつぶつと何やら呟いている。
「宮廷で地位をいただくまでは大人しく従うしかない。舞踏会でアナベルが国王に見初められさえすれば……」
ジュリエットの父フレデリクは宮廷で宰相代理に任命されていた。
しかし、ジェレミーには何もない。
宰相代理の地位はあくまで前国王の覚えがめでたかった、フレデリク個人に与えられていたものだからだ。
つまり、ジェレミーは現在ブレゼ侯爵ではあっても、宮廷ではなんの権力もない一貴族に過ぎない。
ゆえに、今回の舞踏会にも招待されていない。
今回の舞踏会で未婚の貴族令嬢以外招待されているのは、宮廷で地位を持つ有力貴族のみだからだ。
ジェレミーはこうも溢した。
「それに、あの国王は何をするのかわからん。今逆らうわけにはいかん」
確かに噂に聞くレオンは恐ろしい男だった。
内戦で敵方のアルフォンスについた家はことごとく取り潰し。当主、及び直系男子はギロチンで斬首している。それまでどれほどフロリンに貢献した有力貴族であってもだ。
特に反抗してきた貴族の首を、手ずから刎ねたという噂もある。
そこまでの粛清をした国王は、長いフロリンの歴史の中でも、レオンくらいしかいなかった。
こんな国王相手では下手に誤魔化したことがバレれば、今度は自分の首と胴が切り離されることになると、ジェレミーは怯えているに違いなかった。
「だが、いいか。舞踏会では決して誰とも口を利くな。踊るな。目立つな。……まあ、お前の見てくれでは誰にも誘われんと思うがな」
ジェレミーは蔑んだ目で、痩せ細ったジュリエットを見つめた。
「お前には監視を付ける。いいか。下手な動きをしてみろ。お前の大事なあの庭園を無茶苦茶にしてやる」
「……っ」
自然美に溢れたブレゼ邸の庭園は、ジュリエットの母クラリスがどこよりも愛し、よくフレデリクやジュリエットとともに散策を楽しんだ憩いの場所だった。
何せ元庭師の娘である。伯爵夫人となっても時折趣味と言い訳をして、庭園の手入れを欠かさなかった。
中でも一角にある薔薇の茂みは、クラリス自身が植えたものだ。毎年美しい深紅の薔薇を咲かせてくれる。
クラリスがまだ元気だった頃には、「ジュリエット、あなたの瞳と同じ色ね。私が一番好きな色よ」と笑ってくれたものだ。
その思い出の場所をジェレミーは破壊すると宣言したのだ。
ジェレミーはどのようにして調べたのか、ジュリエットの弱点をよく知り、こうして的確に鋭く突いてくる。
そして、思い出を人質に取られていたジュリエットは、その悪意に満ちた攻撃を避けるすべを知らなかった。

　　　　　　　　＊＊＊

フロリンの王宮の大広間を見るのはこれが初めてだった。
ジュリエットは息を呑んで辺りを見回した。
ブレゼ邸も地方の邸宅としては豪華だが、王宮の贅沢はもはや次元が違っていた。
たった一室なのに邸宅一軒分の敷地があり、金糸、銀糸で複雑な模様が刺繍された壁紙に彩られている。
神話のフレスコ画の施された天井には、いくつものシャンデリアが輝いている。芸術品のように美しいガラス細工でできており、灯された&#34847;燭の光を受けてキラキラ煌めいていた。
キラキラ輝いているのはシャンデリアだけではない。色鮮やかな流行のドレスに身を包んだ令嬢たちもだ。皆若く、美しく、品がある。
ジュリエットは一人だけ場違いな気がして、思わずこの場から逃げ出したくなった。
しかし、ジェレミーに舞踏会開始後三十分は大広間にいろと命じられている。やむを得ず壁に背をつけ、なるべく目立たないようにと息を殺した。
一方一緒に招待されたアナベルは、早速招待客の貴公子にダンスに誘われている。
アナベルは未婚の令嬢たちの中でも、一際美しく、ぱっと華やかに見えた。
ドレスは彼女の瞳の色に合わせた鮮やかなエメラルドグリーンだ。胸元には大粒のエメラルドのネックレスが輝いている。
一方、ジュリエットのドレスは一昔前のデザインで、色も暗めの紺だ。アナベルとあからさまな差がつけられている。
ジュリエットが侯爵令嬢だとは誰も思わない地味さだった。
アナベルは次々と違う貴公子の手を取っている。
ジュリエットはその様子を尻目に、さり気なく会場内を見渡した。
舞踏会開始からもうすぐ三十分が経とうとしているが、国王レオンと思しき人物はまだ姿を現さない。
ジュリエットはレオンに会ったことはなかったが、純金を思わせるブロンドにサファイアブルーの瞳、長身痩躯の大層な美青年だとは聞いている。
更に代々の国王しか身に着けられない、大粒のルビーが嵌め込まれた勲章をつけているので、すぐにレオンだとわかるとも。
このルビーははるか昔の国王ロラン一世の時代、植民地より献上されたものだ。その色がかの国王の瞳の色と同じということで、大変縁起がいいとされそのまま勲章に装飾されたという。
開会の挨拶は代わって側近の一人が済ませていた。その際、国王はしばらく遅れて参加するとの伝達もあった。なんでも緊急の公務が入ったのだとか。
ようやく政権が安定してきたとは聞いているが、やはりまだ内戦が終結して間もないので、何かとしなければならないことが多いのだろう。
いずれにせよ、ジュリエットには関係ない。今回の舞踏会ではどうせ一瞥されることすらないだろう。
痩せ細り、手が荒れた地味な小娘など、令嬢とすら見なされないのではないか。
女嫌いなら尚更だろう。
ところが、壁の花と化していたジュリエットに、何を思ったのかアナベルが近寄ってきたのだ。
会場入りする前は「中では私に話し掛けないでよ。あんたが親族だなんて思われたくないのよ」と顔を顰めていたのに。
一体何を企んでいるのかと警戒していると、アナベルは楽しそうに人差し指を口に当て、首を傾げてジュリエットの目を覗き込んだ。
アナベルはいかにも楽しそうな笑みを浮かべていた。経験上よくわかっているのだが、こんな時アナベルはろくなことを考えていない。
「ねえ、ゲームをしましょう」
「ゲーム……？」
「そう。国王陛下がいらっしゃるまでに、何人の男の人に誘われるか競争するの」
わけがわからなかった。それに、そんなのアナベルが有利に決まっている。
アナベルは「負けた方はね」と言葉を続けた。
「罰ゲームをするの。そうね。陛下に嘘の告白をするとか」
さすがにはいと頷くことはできなかった。
「何を言っているんですか。そんな不敬な真似、していいはずがありません」
「あら、だから面白いんじゃないの」
ジュリエットはアナベルの意図にようやく気付いた。
つまり、こちらに不敬な真似をわざとさせたいのだ。
女嫌い、しかも残虐だと聞く国王にそんなことをしようものなら、不敬罪で投獄されるどころか、その場で手打ちにされるかもしれない。
ジュリエットが絶句していると、アナベルは唇を釣り上げて身を翻した。
「決まりね。じゃあ、ゲームスタート！」
「お嬢様、待っ……」
アナベルは早速貴公子に声を掛けられている。先ほど中央で踊っていたので、人々の目に留まりやすくなっているのだろう。
初めから地味な装いで、かつジェレミーに脅迫され、誰とも喋れないジュリエットに勝算などあるはずがなかった。
アナベルは朗らかに笑いつつ、貴公子の誘いを断っている。すると、また別の貴公子が彼女をダンスに誘った。
（どうしよう。一体どうすれば……）
ジュリエットが自分から貴公子に声を掛け、ダンスに誘おうものなら、アナベルは帰宅後すぐジェレミーに報告するだろう。命令を守らなかった罰だと庭園を破壊されてしまう。
アナベルは初めからジュリエットが何もできないのをわかっていた。だからこそ、こんなゲームを仕掛けてきたのだ。
それでもジュリエットは諦めず、何か打開策はないかと必死になって考えた。これ以上大切なものを失いたくなかったのだ。
だが、その間にも無情かつ瞬く間に時は過ぎ、気が付くともう十五分が経っていた。
アナベルは四人目の貴公子に誘われたところだった。断りを入れた後ニヤニヤしながらジュリエットに歩み寄る。
「何人に誘われた？」
知っているだろうに聞いてくる。
ジュリエットは「……一人も」と答えるしかなかった。
「じゃあ、あんたが罰ゲームね！　ほら、早く陛下に告白してきなさいよ。庭園を台無しにされたくないでしょ」
「……っ」
こんな茶番、すぐに嘘だと見抜かれるに決まっている。国王を愚弄した罰はどんなものなのか。
「それにしても、国王陛下遅いわねえ……あっ」
アナベルが途端に黄色い声を上げた。いつもより数段高くなってもいる。
「あの方が国王陛下ね！　なんて素敵な方なのかしら……」
ジュリエットは思わずアナベルの視線を追い、これが新たなフロリン国王かと息を呑んだ。
太陽光を煮詰めたような濃いブロンドは、肩を超える長さまで伸ばされ、後ろで一つにまとめられている。キラキラ輝く黄金の光が逞しい背を彩っていた。
キリリと形がいい眉も髪と同じ金だ。対照的にシャープな輪郭の中に収まった、切れ長の凜々しい双眸は濃く深い青で、いかにも冷酷そうな色味である。
筋の通った鼻と薄い唇は引き締められ、愛想笑いなどまったくなかった。そんなことをする必要を感じていないのかもしれない。確かに誰に媚びなくとも完璧な美貌だ。
レオンは顔立ちだけではなく理想的な体躯をしていた。
金糸で刺繍の施された漆黒の詰め襟の上着の心臓の位置には、ルビーの嵌め込まれた勲章が輝いている。しっかりした肩と胸板の厚さ、腕の長さが服の上からでもわかった。
上等な生地だと一目でわかる純白のズボンは、一際長い足を引き立てており、どうと言うこともないデザインなのに美しく見える。
フロリンの王族の男性には美形が多いと聞いていたが、その迫力にジュリエットは息を呑むしかなかった。
「国王陛下のおなーりー！」
大広間の中にいる招待客全員が一斉にレオンを見る。
レオンは注目を一身に集めても、まったく動揺しなかった。当然だとでも言うように、海を割り開いたと伝えられる聖者さながらに、招待客が身を引いてできた道を進んでいく。
よく通ってまだ若々しい、それでいて王者に相応しい風格のある声が大広間に響き渡る。
「皆の者、待たせたな。今宵は久々の宴だ。楽しんでいくがいい」
それが舞踏会再開の合図だった。
レオンの周囲にいる招待客らは皆ソワソワしている。フロリンの公の社交の場では、より身分の低い者が高い者に声を掛けるのは、不敬かつマナー違反だとされている。
だから皆国王の言葉を待っているのだ。
レオンはサファイアブルーの目で周囲を見回した。何かを探しているような目付きだ。
すでに目当ての令嬢がいるのだろうか――そんなことを考えていたジュリエットに、その視線が向けられたのでぎょっとした。
サファイアブルーの双眸がわずかに見開かれる。
ジュリエットは思わずキョロキョロしてしまった。近くに国王の知り合いがいて、そちらに用があるのだろうと思ったから。
だが、それらしき人物はアナベルと年配の招待客夫婦数組くらいだ。
アナベルも国王の目に気付いたらしい。見初められたと喜び勇んだのだろう。
「やっぱり私が一番綺麗なのね！」
パッと顔を輝かせてドレスの裾のしわを直している。
レオンはその間にも真っ直ぐにこちらに向かって歩いてきた。
やはりアナベル目当てなのかと、ジュリエットが身を引こうとしたその時、「そこの娘」と声を掛けられたので驚いた。
レオンはアナベルではなくジュリエットの前に立っていた。






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    <dc:creator>ガブリエラブックス</dc:creator>
    <foaf:topic><foaf:Image rdf:about="https://img13.shop-pro.jp/PA01280/163/product/190795950_th.jpg?cmsp_timestamp=20260306184700" /></foaf:topic>
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前世の記憶を持つ侯爵令嬢ユリアーナは、女性が結婚に運命を左右される世に反発し、身分を隠し王宮での勤労を謳歌していた。だがある日、ユリアーナを狙う媚薬から彼女を庇った宰相コルネリスが前後不覚の窮地に陥ってしまう。
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第一章　決意表明



やっぱり夢じゃないわ。
どんな冗談なの……、これは。
ユリアーナ・クライフは齢六歳にして、自分を取り巻く世界を憂いて両手で顔を覆った。
フワフワの栗色の髪を優しく梳いてくれているのは、メイドのカティだ。
その手つきに慈しみが溢れているのを感じ、ふくふくとした指の隙間から顔をあげると、深い湖をそのままはめ込んだような青い瞳と鏡越しに目が合う。
（あぁ……子どもだわ……、無力な、まだ小さな子ども）
身体が前に傾いだことで足が頼りなく揺れた。
椅子に座っても足が床につかないくらい幼い子どもなのだと思い知り、絶望してまた小さな手で顔を覆う。
周囲には「眠いの？　可愛いなあ」としか思われなかったのが残念と言えば残念である。
シェワザール王国の侯爵令嬢として生を受けたユリアーナは、物心ついた時からずっと違和感を覚えていた。
まるで自分が夢物語の中にいるような、ひどく現実感がない六年間を送ってきたのだ。
違和感を無理やり噛み砕き、なにかに追われるようにいろんな知識を蓄えてきたユリアーナは、その焦燥感の正体が『前世の記憶を持っている』ことであると結論付けたのである。
（そもそもわたし、いつ死んだ？　その辺は全く覚えていないわ）
頬に手を当てて考えるが、社会人として勤めていた二十六歳くらいまでの記憶しか思い出せない。
普通に考えれば、そのころに一生を終えたのだろう。
「あらユリアーナ、おねむなの？　それともまだ具合が悪いのかしら？　寝ていなくて大丈夫？」
遊びに来ている従姉妹のアリサが中腰になってユリアーナの肩を抱き、寝かしつけるときのようにポンポンと優しく叩く。
「アリサおねえちゃま、ちがうの……えっと……」
しかしその胸の内をそのまま言葉にすることは躊躇われ、ユリアーナは上げた顔を再び伏せる。
前世のことを思い出したユリアーナが今一番理不尽に感じているのは、この従姉妹のアリサのことだったからだ。
アリサは先日婚約が調い、来年とある公爵家へ嫁ぐことが決まっている。
それ自体は喜ばしいことだが、従姉妹に想う人がいることを知っているユリアーナは複雑だった。
さらに言えば相手は再婚でずいぶん年が離れているらしい。
それでも公爵家に嫁げるとあってアリサの両親は非常に喜んでいる。当事者のアリサはそれを見て不相応なほど穏やかな笑みを浮かべていたのが印象的だった。
ユリアーナにはその笑顔が泣き顔に見え、悲しみに耐性のない柔らかな心を痛めた。
父母や家のことを思い悲しみを綺麗に覆い隠して、一人でこっそり泣いているであろうアリサの笑顔が美しくて悲しくて、どうしていいかわからなくてユリアーナは昨夜熱を出した。
そして目覚めて前世をはっきりと知覚するに至ったというわけだ。
「ちょっとおなかがすいたかもしれないとおもったの」
「それは大変ね。カティ、なにか持ってきてくれるかしら」
メイドのカティが厨房へ向かうと、アリサはユリアーナの額にかかった髪を払い、愛おしげに頭を撫でた。
歳は離れているが、アリサとユリアーナは本当の姉妹のように仲がいい。
「あまり心配をかけないでちょうだいね。私がお嫁に行ってしまったらこうしてついていてあげることもできないのよ。可愛いあなたの具合が悪いと、私まで気が塞いでしまうわ」
「はい、おねえ……ちゃま」
前世なら学生の年齢であるのに、アリサはすっかり保護者の顔でユリアーナを見つめた。
その表情には慈しみの他に諦めのようなものが浮かんでいる。
（ああ、アリサ姉様はこれからの人生を思っているのかしら）
ただでさえ結婚は人生のビッグイベントである。それによって一生が決まるといってもいい。
しかもこの世界では、女性はほぼ結婚によってしか自分の運命を変える機会はないと言える。
それなのにアリサは自分が想う相手どころか、ただ格上の家から望まれたというだけで随分と年の離れた男のもとへ嫁ぐ。
相手が公爵で強い申し出があったとはいえ、アリサにしても思うところがあるのだろう。
最近自分がいないことを前提とする物言いが増えた。
事情を鑑みればなにかにつけ諦観の表情になってしまうのも無理からぬこと。
（敢えて言うなら――この世界の結婚観は最悪よ）
カティが持ってきてくれたフルーツをアリサと頬張りながら、ユリアーナはなにもできない自分に歯噛みした。

結局幼いユリアーナにはなにもできないまま、翌年アリサは盛大な結婚式を挙げた。
結婚相手のオリアン公爵は、その年から王都を離れ領地で度々氾濫する河川の工事に注力するとのことで、アリサもそれに同行することになる。
滅多に会えなくなったことで、クライフ侯爵家は予想していた人一人分よりももっと大きい空虚を抱えることになった。ユリアーナでさえそうなのだから、叔父夫婦の寂しさはいかばかりか。
「アリサがいなくてこんなに寂しいのだから、ユリアーナまでお嫁に行ってしまったらどうなってしまうのか」
子煩悩な父オラヴィがため息をつくと、長男のトピアスがすかさずフォローを入れる。
「心配しなくても、私が嫁を貰えば人も増えて騒がしくなりますよ」
「そうよ、それにわたしがお嫁に行くとも限らないじゃない」
兄に便乗する形でユリアーナが軽やかに告げると、一家団欒の空気が凍った。
敏感にそれを感じ取りながら、しかしユリアーナは空気を読まずに続ける。
「わたし、可愛げがないからきっとアリサ姉様のような結婚の話はこないと思うの。だから一人でも生きていけるように今から準備を始めるつもりよ」
この一年でぐっと大人っぽくなったユリアーナは、年齢にそぐわない上品な仕草でクッキーを食べると、紅茶を一口啜る。
「な、なにを言っているんだユリアーナ。こんなに可愛らしくて賢いユリアーナは引く手あまたに決まっているじゃないか！」
父オラヴィが焦ったようにまくし立てると、母と兄もその通りだとコクコクと頷く。
優しい家族をありがたいと思いながら、ユリアーナは社交辞令を軽くいなすように微笑んだ。
普通にしていようと思っていても、やはり前世で生きていた記憶が邪魔をするのか、ユリアーナは七歳にして風変わりな令嬢として成長しつつあった。
アリサの結婚と時期が重なったこともあり、多感なときに仲良しの従姉妹と離れたのがショックだったのだろうと思われた節がある。
それも間違いではないが、実際はこのシェワザール王国における貴族の婚姻システムでは、誰が夫になるかでその後の人生のほぼすべてが決まってしまうというところに引っかかりを覚えていることが原因だ。
一応離婚は認められているが、妻からの訴えを聞き届けてくれる身近な機関が存在しないのだ。
そもそも貴族的な事情もあり離婚の絶対数が少なく、そのことがユリアーナに結婚を好意的に捉えることを躊躇わせていた。
（貴族だもの、アリサ姉様のように家格だけで決められてしまうのだろうし、勝率の低い博打をする気にはならない）
両親のように結婚後によい絆を構築できるならいいが、現代日本で暮らしていた記憶があるユリアーナの理想は基本的に高い。
しかも精神年齢が二十代なため、同世代の洟垂れ小僧などはまったく範疇外で今から関係を作って青田買いする気も起こらない。
「あら、賢い女は嫌われる。少し馬鹿なほうがいいってこの前へリストのおじさまがおっしゃっていたわ。それでいくとわたしは嫌われる要素があるということよね」
「ぐぬぬ、へリストめ……っ」
歯に衣着せぬ友人に悪態をついたオラヴィを母エリセが宥める。
「ユリアーナ、女に限らず人間は賢くも愚かにもなるわ。それは勉強ができるできないではないことは――もう理解しているでしょう？」
エリセの含みのある言葉に、ユリアーナは無言のまま頷く。
さすがは母ということだろうか、エリセはユリアーナに対してなにかを感じているようで、すでに一人の女性として扱っている節がある。
娘が頷いたのを見てエリセはにっこりと微笑んだ。
しかしこのまま物分かりのいい子どもでいたくなくて、ユリアーナは子どもの特権とばかりに口を尖らせて続ける。
「でも、結婚しなければ自分が保てないような女にはなりたくないの」
七歳とは思えぬ言い様にオラヴィとトピアスは目を見開くが、エリセは軽く頷いた。
「ならばどうすれば理想の自分になれるか、今から考えなければね」
女だけで通じ合っているような雰囲気に、オラヴィとトピアスは顔を見合わせるのだった。

「久しぶりのお出かけなのに、気が乗らないの？」
「う〜ん……」
馬車の揺れに身を任せたユリアーナは小首を傾げて唸る。
従姉妹のアリサが嫁入りしてからというもの、ユリアーナが冷めた目をするようになったのを見かねたエリセが気晴らしにと街歩きに連れ出したのだ。
しかし車窓から流れる景色を見ても幼いユリアーナの心は弾まない。
それどころか『前世の自転車のほうが早いわ……』と心の中で悪態をつく始末。
エリセは同行したカティと顔を見合わせて眉を下げた。
「そういえば奥様、先日新しい洋品店ができたと聞きました。お嬢様にお似合いの可愛らしいものもあるに違いありませんわ」
気を利かせたカティが弾んだ声でそう言うと、エリセは手を叩いて喜ぶ。
「まあ、それはいいわね！　ユリアーナ、どう？　行ってみない？」
母の声に傷心の娘に対する気遣いが溢れんばかりに感じられたユリアーナは、意識して口角をあげた。
「――そうね、わたしも行ってみたいわ」
自分がよくない態度をとっているのは、ユリアーナもわかっていた。
自分の機嫌が取れないなんて、自立した女性には程遠い。
これ以上困らせてはいけないと顔をあげたユリアーナに、エリセとカティは表情を明るくした。
すぐさまカティが御者に行き先の変更を告げる。
「ギルベン通りに行ってください」
　噂の洋品店はとても繁盛していた。
所狭しと商品が並べられていて、それを求めて行列を作っているのが馬車の中からもわかる。
その混雑ぶりに、エリセはため息をつく。
「まあ、とても混んでいるわね。もう少し後から行きましょうか」
ゆっくり見られないのではユリアーナもつまらないだろうと提案するが、ユリアーナは首を横に振った。
前世ではこれくらいの行列はランチを食べるときにもよくあったからだ。
「これくらいの行列、大丈夫よ」
そう言って勝手にキャビンの扉を開けて馬車を降りる。
「ユリアーナ、一人で行っては危ないわ」
「お嬢様、お待ちくださ……あ、痛っ！」
慌てて頭をぶつけたカティの様子が面白くて、ユリアーナは久し振りに笑った。
「あはは！　そんなに焦らなくても、走ったりしないから大丈夫よ」
過保護だなあと思いながらカティが降りてくるのを待っていると、遠くで悲鳴が聞こえた。
「きゃあ！」
どうしたのかと振り向くと、手に刃物らしきものを持った男がこちらに向かって走ってきた。
咄嗟に危険だと思ったユリアーナは、その場から離れようと走った。
「お嬢様っ」
「ユリアーナ！　危ないわ、戻って！」
言われてから馬車に戻ればよかったのだと気付いたが、すぐに対応できない。
それに戻るということは刃物を持った男に近づくということである。
（無理……っ）
どうかこっちに来ないでと思ったが、逃げるものを追う本能だろうか、男はターゲットをユリアーナに定め、あっという間に追いつくと細い腕を掴んで引いた。
「きゃー！」
周囲から悲鳴が上がって、ユリアーナは顔をあげた。
目の前の男は視線が定まっておらず、心神喪失状態かもしれないなどと思う。
男はなにやら世に対する不満や自分の不幸を叫び刃物を振り上げた。それはユリアーナの頭上で凶悪なまでに太陽に反射する。
（あ、これは駄目だ）
暴漢の歪んだ表情が目に焼き付いたのがわかり、ユリアーナは最期に見るのがこんな景色なのは嫌だなあと冷静に思った。
（まあ、もともと生まれ変わりだし、今生はボーナスタイムだったのかな）
充分いい生活をさせてもらったと覚悟を決めた瞬間、なにか大きいものに庇われた。
突然高く大きな壁のようなものが暴漢とユリアーナの間に割り込んできたように感じる。
「なにをしている！」
「うわあああっ、邪魔をするな、どけ！」
ユリアーナのすぐそばで激しくもみ合う音と大人の男が争う声が聞こえた。
あまりに恐ろしく衝撃的な出来事に、ユリアーナは身体を限界まで縮こまらせ両手で耳を塞いでいた。
（怖い、怖いよ……っ！　お父様……っ、お母様！）
息を殺していることしかできなかったユリアーナを現実に引き戻したのは、あたたかな手だった。
そっと壊れ物に触れるように肩に触れられ「大丈夫か？」と声を掛けられた。
小さな子どもの扱い方がわからないのか、戸惑いを多分に含んだ声に身体の緊張が解けていく。
（怖いのは終わった……助かった？）
そう思った瞬間、ユリアーナは緊張の糸が切れて視界が暗転した。
次に気付いたのは屋敷の自分の部屋のベッドの上。
泣き腫らした母とカティに両側から抱きつかれて、ようやく自分が気を失っていたことを知る。
母に事の顛末を訊ねると、今まさに凶刃が振り下ろされるとなったときに、騒ぎを聞きつけた通りすがりの騎士が助けてくれたのだと説明してくれた。
「あの騎士様のお陰で助かったのよ……本当にあなたに怪我がなくてよかったわ」
「騎士様……わたしを助けてくれたのは騎士様だったのね……」
自分を守ってくれたあの大きな手の持ち主は騎士だったのだと知ったユリアーナは、騎士という職業に対しての好感度が一瞬にして上がったのを感じた。
「わたし、気を失っていたからお礼を言えなかったわ。お母様、わたし騎士様にお礼を言いに行きたい」
率直に希望を述べるが、エリセは口籠る。
「お母様……？」
エリセの態度を不思議に思ったユリアーナは小首を傾げた。
夜になって、その件について父オラヴィから説明があった。
「騎士殿はエリセとカティがユリアーナを介抱している間に、名乗らずに行ってしまったそうなんだ」
「えっ」
驚いて声をあげるユリアーナの脳裏には『名乗るほどのものではございません』と言ってサッと立ち去るイマジナリー騎士の姿が浮かぶ。
「まあ！　じゃあお礼はできないのかしら」
ユリアーナが悲しげに眉を寄せると、オラヴィは緩く首を振る。
「驚かないで聞いてほしいのだが、彼の方はユリアーナを助けた時に怪我をされたようなんだ。だから、それを手掛かりに探せばきっと恩人は見つかると思う」
「怪我を……大事じゃなければいいんですけど」
ユリアーナは恩人の捜索を父に頼み、自分は騎士の怪我の平癒を日々願った。
それと同時に母とカティにお見舞いの品の相談をしたり、会ったときの口上を練習したりしていたが、ついぞ騎士の行方は知れなかった。
いつしかユリアーナは、父に頼らずに自分の力で騎士を探すべく計画を練り始めた。
その件をきっかけに、徐々に元気とやる気を取り戻したのだった。
いつか恩人の騎士に会えると信じて。

（……なんて、わたしったら子どもだったわー！　騎士様、全然見つからないし！）
背筋を伸ばして王城の廊下を歩きながら、リリー・ボステムことユリアーナは苦笑いをする。
名前が違っているのは、身分を隠して働いているからである。
ユリアーナは自分の目で世の中を見て落としどころを見つけなくては結婚できる気がしないと両親を説得し、外に働きに出ることに成功した。
さすがに市井に出ることは叶わないが、警備の面で安心な王城ならばと条件を出され、現在は政策企画室で働いている。
ユリアーナは社交界デビューを果たした後、望まぬ結婚を避けるために病弱だと自ら噂を流し社交を極力避けた。
そのお陰でユリアーナの顔を知る者はほとんどいない。
それは貴族令嬢でありながら働くための布石である。
働くと言っても今はまだ雑用に毛の生えたような扱いであるが、なにもできないよりはましだと考えたユリアーナはここからのし上がる気満々であった。
（いつか『君がいないとここの仕事は成り立たないよ！』と言わせてみせるんだから！）
それに、王城ならば恩人の騎士を探すのにちょうどよく、一石二鳥である。
何年経っても探し出して見せると意気込むユリアーナに声がかけられた。
「あ、ユリアー……リリー、こちらにいたしたのですか」
「ジャフィー、言い間違いには気を付けて。どこで誰に聞かれているかわからないんだから」
「す、すみません」
ジャフィーはユリアーナが無茶をしないように付けられた護衛兼お目付け役である。
クライフ侯爵家の遠縁のボステム家の者だが、身分を隠したいのでボステム家縁の者だということにしてくれと頼んだ際、承知する代わりにつけられた条件だ。
（さすがにボステムの名を冠して適当なことをされては困るだろうしね……）
気付かないふりをしているが、ボステム家は恩を売るついでにあわよくばジャフィーとユリアーナが『どうにかなればいい』と思っている節がある。
しかしジャフィーと結婚する気がないユリアーナは感謝しつつ、なるべくボステム家の意向を考えないようにして労働に勤しんでいる。
「リリー、本当は勝手に動かないでほしいです。前に大怪我をするところだったと聞いていますよ」
「何年前のことを言っているのよ？　十五年よ？　もうあんなことはないわ」
ユリアーナは眉を顰めた。
ジャフィーはユリアーナが七歳のとき暴漢に襲われたときのことを言っている。
親戚筋にもその話は知れ渡っているのだ。
「もうあんな無様は晒さないし、ジャフィーを危ない目にあわせるようなことはないわ」
「左様ですか、そう願いたいものです」
なにを言っても無駄だと諦めているジャフィーはため息をついてまた護衛に徹する。
目の届くところにいる限り、余計な口出しをしてこないのがジャフィーのいいところだ。
それに彼はユリアーナに好意を持ったり、好意を持たれようとしたりする節は見当たらない。
話を聞くと三次元の女性に興味を感じないとのことだ。
ユリアーナはジャフィーからの信頼を得るため、クライフ家からボステム家に支払われる謝礼の他に、個人的にジャフィーが好きな書籍を好きなだけ買い与えることを書面で約束している。
ジャフィーを買収することによってクライフ家への報告をいい感じで改竄してもらって、ウィンウィンの関係を築いているのだ。
そんなこんなで王城で自由を謳歌しているユリアーナは、室長から頼まれた書類を抱え直すと早足で歩き始めた。
向かっているのは宰相の執務室だ。最短で行くには途中に王城の憩いの場となっている中庭を通ることになるのだが、ユリアーナはそこを鬼門としている。
なぜかここで苦手な人物と遭遇する機会が多いためだ。
（今日は誰もいないといいな……）
そう思っているときほど遭遇することはよくある。
例に漏れずユリアーナは会いたくない人物を見つけてしまい、眉間にしわを寄せた。
その人物は凛々しい容姿で背が高く、シェワザール王国宰相にしか着用を許されない重そうなマントを纏い書類を手にゆっくりと歩き回っている。
（ヤバ、いた……！）
彼は険しい表情で時折後ろに撫で付けた髪に指を滑らせている。
なにか一筋縄ではいかぬ問題に頭を悩ませているのだろうか。
その佇まいにユリアーナは自然と眉間にしわが寄るのを感じた。
彼はコルネリス・フィッセル――王家とかかわりが深いフィッセル公爵家の次男で、二年前に新しく宰相となった人物である。彼はいつも『宰相として正しい』装いをしている。
公式の場では必ず権威の象徴である重苦しいマントを身に着け、クラバットが歪んでいるのさえ見たことがない。
ユリアーナは以前、女性の地位向上や有事の際に相談できる窓口を作ることができないかと相談しに行ったことがある。
若いが有能で、話を聞いてくれる人物であるという噂を耳にしていたからだ。しかし宰相は感情の籠らない視線でユリアーナを一瞥すると「時期尚早だ」とだけ言ってマントを翻し行ってしまった。
（時期尚早って……女性が暮らしにくいって言っているのに、なにを悠長なこと言っているの？　いつまで待てばいいの？　動き出さなきゃ始まらないじゃない！）
憤慨して何度も話を聞いてもらおうとしたが「調整をしている」「君が気にすることではない」「精査している」と一言で片づけられてしまう。あまりに相手にされないので一方的にまくし立て周囲を蒼褪めさせたこともあった。室長が間に入ったため騒動は終息したがもっと言いたいことがあるのにと歯噛みをしたほどだ。
だがその後すぐ王城内に女性のための相談窓口準備室が立ち上がった。
ユリアーナは知らなかったが、宰相が以前から提案しようやく形になったものだという。
（なにそれ、言葉が足りなすぎじゃない？　もう動いているならそう言ってくれれば、わたしだってあんな喧嘩腰にはならなかったのに……でも、志を同じくする人がいるのは心強いわ）
宰相のことを見直したユリアーナは、散々悪態をついてしまったことを謝罪しに行った。
言葉足らずなところはあるが、宰相が女性のために尽力したことは確かだし、自分の早合点も問題だったと思ったからだ。
しかし頭を下げるユリアーナに宰相から「もう少し落ち着いて行動したまえ。向こう見ずは身を滅ぼす」と言われたことは納得いっていない。
（この人、顔はいいのに本当に苦手……待てよ、この人がここにいるということは宰相執務室が現在空ということ……この機会に書類だけ置いてくれば顔を合わせずにすむということね！）
見つからないうちにきびすを返そうとすると、その背中に声がかけられた。
「待ちなさい、リリー・ボステム。なにか私に用があるのではないか？」
「……、……あら、宰相閣下。こちらにおいででしたか」
表情を作るのにたっぷり時間を取って、ゆっくりと振り向く。
その甲斐あって、そこには令嬢の嗜みたる隙のない笑顔が張り付いている。
以前いろいろあった間柄である――が、個人的な感情と仕事は切り離して考えるべき。
ユリアーナはその点で宰相関係の仕事を断ったりしない。
「こちら、政策企画室室長からの書類です。執務室に届けておきますので、お戻りになりましたらお目通し願いします」
「いや、もらおう。こちらへ」
宰相が今ここで受け取ると手を差し伸べる。
深い緑色の瞳がまっすぐユリアーナを見た。
さすがのユリアーナもそれを無視して立ち去ることはできず、うっすら笑みを浮かべた表情で近寄り書類を手渡す。
「ふむ、確かに」
「では失礼します」
軽くお辞儀をしたユリアーナは、用は済んだとばかりに素早くきびすを返す。
しかしさきほどと同じように宰相から声がかけられる。
「リリー・ボステム」
「……なんでしょう」
内心どうして引き止めるのだと思ったが、ユリアーナとてなにも知らないお馬鹿さんではない。自分が不利になるような言動を慎むことはできる。
（あのときは――あのときはそう。あまりに閣下に腹が立ったから）
初めて軽い言い争いになったときのことを思い出し、ユリアーナは唇を引き結ぶ。
一所懸命なあまり視野が狭かった自分が思い出されて胸の中がざわつく。心の中で反省していると、なにかが心に引っかかった。その原因を探っていて（そう言えば）と目を瞬かせる。
言い争いの後、宰相からリリー・ボステム宛の書簡が届いていたことを思い出したのだ。
ボステム家からの心配する声にはいい感じで返答して、書簡は机の引き出しの奥底に封印した。
きっと嫌味たっぷりな達筆で『今後目上の者に対する態度を改めるように』などと書いてあるのだろうとそのときは思ったのだ。
（いまさらながら気になるわ。あとで探してみよう――捨ててはいないはず）
「リリー・ボステム、君は記憶力がいいほうか」
記憶の縁をうろうろしていたユリアーナは話しかけられて視線を上げる。
「人並みだと自負しておりますが」
いったいなにを言われるのかと警戒しながら答えると、宰相は僅かにため息をつく。
その呼気に無念のようなものが滲んでいるのを敏感に感じ取ったユリアーナは、訝しげに眉をよせた。今日はなにも失礼なことはしていない――はず。
しかし過去に無礼を働いたことが思い出され、自分の身体の中に不安が満ちていくのを感じる。
「……どうやら、私は君を不快にしてしまうようだな」
「え？」
宰相の言葉に驚いたユリアーナが訊き返すが、当の宰相は「気にするな」とでもいうように手をあげて中庭から立ち去った。
彼が歩くのに合わせてマントの裾が重そうに翻る。
「なにが言いたかったのかしら……宰相ほどの方が、わたしの快不快を気にするの？」
遠ざかっていく背中を見送ることになったユリアーナの胸から不安はいつしか消え去り、言いようのない複雑な輪郭だけが残った。





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    <dc:creator>ガブリエラブックス</dc:creator>
    <foaf:topic><foaf:Image rdf:about="https://img13.shop-pro.jp/PA01280/163/product/190411176_th.jpg?cmsp_timestamp=20260204164619" /></foaf:topic>
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    <title>【2月27日発売】あなたとは結婚できません!!　英雄将軍と私の期限付きの恋【本体1300円+税】</title>
    <description></description>
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●著：戸瀬つぐみ
●イラスト：なおやみか
●発売元:三交社
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●ISBN:978-4815543822
●発売日:2026/2/27</div>

<p><span class="f130 black">親殺しの将軍と呪われ姫。孤独な二人が見つけた最初で最後の恋<br /></span>

内乱で兄王を庇い呪いの傷を刻まれた王女エディス。婚約破棄され、政略の道具にすらなれないと嘆く彼女のもとに舞い込んだのは謀反人の子であるがゆえに爵位を持たない英雄騎士ジャレッドとの縁談だった。
「あなたはもう、私の大切な人です」
不器用ながらも真っ直ぐな彼の献身に触れ、次第に心を通わせていく二人。だが、幸せを掴みかけた彼女の元に、かつて呪いをかけた継母が再び忍び寄り……。

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第一章　呪われ姫



呪われ姫――。
エルトランド王国の王女エディスが、そう呼ばれるようになったのは今から五年前のこと。
内乱の折、対立した継母により負わされた傷が、呪いとして身体に刻まれてしまった。
継母が逃亡したため、呪いの正体はいまだによくわからないが、左肩にある傷は確かにただの傷とは違う。
赤い薔薇の花が咲いたような模様を描いて、五年経っても薄れることはない。
エディスは呪われた傷物の王女として、民からの同情と、国王である兄からの深い愛情を受けながら、毎日平和に暮らしていた。
呪いにより寝込むようなこともなく、この五年間身体は健康で、王族としてなに不自由ない暮らしができている。
だから、自分のことを不幸だとは思っていない。この傷痕と呪いを背負う前より、今のほうがずっと幸せだ。
ただ少しだけ落ちこむときもある。
今日がまさに、そんな日だった。
「結婚おめでとう、どうかお幸せに。……たまにはここにも顔を出してくださいね」
結婚が決まった友人を招いて、お祝いを贈ったのはもう何度目のことだろう。
たまには……と、そんなふうに遠慮がちに伝えたのは、この国では未婚の令嬢と既婚の婦人の集まりは、別けて考えられているからだ。
他愛のないお喋りをするだけの王女のサロンを離れ、彼女はこれから貴族の婦人としての社交に奮闘することになる。
それを、自分のわがままで邪魔するわけにはいかなかった。
「困ったことがあったら、私が力になるわ。必ず相談にいらっしゃい」
「エディス様……ありがとうございます」
彼女も、これが実質的な別れになるとわかっているのだろう。
涙を流しながら、この関係が終わってしまうことを悲しんでくれた。
そうして友人を送り出し一人になったところで、エディスは小さなため息を一つ漏らす。
「皆、もう結婚してしまったわ。私はひとりぼっちよ……」
友人の結婚を祝う気持ちは、本心だ。ただ少し寂しくて、やるせない。
エディスのそんな気持ちに共感するように、そっと身を寄せてきたのは一匹の犬だった。
「あら、パーシィありがとう。そうね、あなたがいてくれる」
もちろん犬は人の言葉など喋ることはできない。しかし、主人の言葉はかなり理解してくれているようで、いつも相談相手となってくれる。
今もエディスの気持ちを慮り、すりすりと額を擦りつけ愛情を示してきた。
愛犬のパーシィは北の帝国から贈られた大型犬で、寒さを凌ぐための毛が密に生えている。気分が沈んだときは、この白とグレーの毛を撫でて、気持ちを落ち着かせることにしている。
エディスはこの春で二十二歳となったが、「呪われ姫」に縁談はない。
呪われる前に婚約を交わしていた男性はいたが、あっさり破談となっている。
王女の夫となったら、呪いが病のように移るのでは？　とまことしやかに噂されているようだ。だから適齢期の男性は、誰もエディスには近づいてこなかった。
同性の令嬢たちは噂を気にせず親しくしてくれていたが、交流していた友人のうち、最後の一人もついに結婚が決まった。
「歯がゆいのは、このままじゃただの役立たずだということよ。王族に生まれたからには、国のためになる結婚をすべきでしょう？　私にはそれができないから……」
もちろん、王の妹であり現在唯一「王女」の称号を持つ者として、公務には真面目に取り組んでいる。しかし女性王族の立場でできることは限られていた。
兄王の負担を減らせるような役目は任せてもらえない。もっとたくさんの役割を果たしたいと願い出たことはある。でも、保守的な家臣たちに難色を示されてしまった。
王を支えることもできない、国のためになる政略結婚の駒としても使えない自分は、正真正銘ただの役立たずだ。
「本当はね、誰でもいいから結婚したいわけじゃないのよ。……ただ、特別と思える相手が欲しい。……私には贅沢な願いだけれど」
半年前に兄王も妃を迎え、これまで務めてきた王宮での女主人としての役目もなくなった。そのうち王子や王女が生まれるかもしれない。
なんとなく、自分がどんどん邪魔者になってしまう気がしている。
いつまでも甘えて、王宮で暮らすことは避けたほうがいいのだろう。
「いっそ、修道院に行くべきなのよね」
エディスはそんなふうに考えはじめていた。

　　　　　　　　§

兄である国王セドリックから大切な話があると告げられたのは、それから一ヶ月たったころ。
ちょうど今後王宮を出ていく場合の候補として、縁ある修道院に手紙を出した直後のことだった。
「お兄様、ごきげんよう。お呼びでしょうか？」
セドリックが待っていたのは彼の私室だったため、兄妹として親しみを込めて挨拶をする。
自分たちは年齢こそ七つ離れているが、よく似た兄妹だ。
同じ金髪碧眼で、ツンと尖った鼻や小さめの耳の形も似ている。ただ、エディスはセドリックのように背は高くないし、剣を思うままに振る力もない。
性別が違うからしかたのないことだとわかっているが、即位から五年経ち、ますます王としての威厳が溢れてきた兄は、今のエディスには眩しすぎた。
そのセドリックは、目を細めて思わぬことを口にしてくる。
「エディス、君と結婚するに相応しい相手がいる」
「え……？」
その表情を見れば、これがよい話だということが自然と伝わってくる。
それでも、自身の結婚に関して慎重な考えを持っているエディスは、冷静に応じようとした。
「私が結婚ですか？　どこかの国に、物好きな老王でもいらっしゃいました？」
自分のような者と結婚を望む人物とは？　よほどの物好きで、跡継ぎの心配がない人ではないかと想像した。
しかし、セドリックはすぐに否定してくる。
「まさか！　相手は君も知っている男だ」
「……それは、どなたですか？」
王女として社交の場に出ていれば、顔と名前が一致する程度の知り合いならたくさんいる。しかし、エディスの「呪い」を警戒している人たちしか思い浮かばなかった。
少なくともエディスを厭うような人を、セドリックが結婚相手に選ぶわけがないのだが……。
「お兄様、もったいぶらず教えてください」
早く答えを知りたくて、そう催促する。
「君に相応しい相手とは、ジャレッド・グラフトン将軍のことだ」
セドリックはとっておきのプレゼントを披露するように、自信満々にその名を口にした。
そしてエディスは、とにかく驚いた。
（ジャレッド・グラフトン将軍……）
これは、なにかの夢かも知れない。
「お兄様……でも、そのかたは、このエルトランド王国の英雄でいらっしゃいます！　しかもまだ若く、立派な殿方ではありませんか」
ジャレッド・グラフトン将軍のことは確かに知っている。
もともと兄の親しい友人であった彼と、エディスが直接言葉を交わしたのは一度きりだが、とても頼りになる人だった。
内乱から飛び火した隣国との戦争を終結させたこの国の英雄である前に、エディスは個人的に助けてもらったことがあるから、この認識に間違いはない。
これまで国境を守る役目を負う西方域の地方軍で活躍し、今では将軍としてその地方軍を束ねていた。
そんな彼を、中央軍の三将のうちの一人に任命するために、セドリックが動いていることも知っている。
「そう、彼は立派な男だ。年齢は私と同じ二十九歳で落ち着きもあるし、誠実でいてなにより強い。王女である君の伴侶として相応しい人物だろう？　――しかし、一つ問題を抱えていてな。エディスとの結婚は、彼のためにもなると考えている」
「……はい、彼はオブライエン侯爵家の生き残りですから……」
彼が英雄と呼ばれるに至るまでの経歴はとても複雑だ。
五年前……前国王の崩御からはじまった内乱で、ジャレッドの父親オブライエン侯爵は、王太子であったセドリックを裏切った。
前国王の後妻――エディスたちにとっては継母にあたる人物と共謀し、まだ幼い異母弟を王にしようと企んだのだ。
そのころのことを思い出すと、エディスは呪いを受けた左肩に鈍い痛みを感じてしまう。
「まさかグラフトン将軍は、父親のしたことに責任を感じて、……だから私を？」
償いのつもりなのかと、エディスはこの突然湧いた縁談の背景を推測する。
彼は反乱の主導者であった自分の父親を、自ら捕らえ手に掛けた。
そうしてセドリックに改めて忠誠を誓うことで、本来は一族もろとも処断される謀反の罪から逃れている。
オブライエン侯爵家は取り潰され、ジャレッドは母方の姓を名乗ることになった。
そこからこれまで、進んで最前線に立っていたのは、おそらく罪滅ぼしからくるものなのだろう。
だからエディスは、この結婚もその延長線上にあるものだと思ったのだ。
「いいやそうではないよ。縁談は私から持ちかけたんだ」
「お兄様は、ご友人に無理矢理私を押し付けるつもりですか？」
「エディス、自分の価値を見誤るな。彼は罪人ではなくとも、爵位を失っている。いまだに後ろ指を指す者も多い。王女が降嫁すれば、ほかの貴族は決して彼を蔑ろにはできない。新設されるグラフトン侯爵家の繁栄に繋がるだろう」
「お兄様は、グラフトン将軍が失った地位を、完全に回復させるおつもりなのですね？」
「そうだ。侯爵位ともなると、ただ戦争で功績を挙げたという理由では与えられないからな」
王女の降嫁となれば、侯爵かそれ以上の身分が妥当なところ。自国や諸外国でも、そうやって格上げされていった家門はいくつもある。
セドリックがこの縁談を思いついた理由は理解できた。
こんな自分でも役に立てるなら、それは喜ぶべきことだ。でも、まだ不安が一つ残っている。
「あの……、呪いのことは？」
「呪いなど、結局あの女の脅しにすぎなかったと私は考えている。この五年間、なんの変化もなかったのだから。根拠のない脅しに怯えるのは、もうやめよう」
セドリックは立ち上がり、そっとエディスの肩に触れてくる。昔、傷を負った左肩だ。
「ここに残る傷痕は、身を挺して私を守ってくれた名誉の証。なにも恥じる必要はない。グラフトン将軍もケガについてはもちろん知っているし、そもそも彼は軍人で小さな傷痕をいちいち気にする男ではない。だから大丈夫なんだ」
「ええ、お兄様……そうですね」
兄にそう言われると、本当に大丈夫な気がしてくる。
迷信の類いに振り回され、このまま年齢ばかり重ねてしまっては取り返しがつかない。
それにグラフトン将軍は、エディスと同じく内乱により苦労した人物だ。
そんな彼の名誉回復に役立つのなら、それはとても素敵なことだった。
「でしたら、この縁談……謹んでお受けいたします！」
エディスは、ついに声を弾ませて答えた。

王の部屋を出て、長い廊下を淑やかに歩き続ける。でも自室が見えてきたところで、我慢できずに走り出してしまった。
急いた気持ちで扉を開けると、白とグレーの毛玉が絨毯の上に転がっていた。
「パーシィ！　聞いて、私……私、結婚するのよ！　この私が！　しかもお相手が……ああ、どうしたらいいのかしら？」
「ガウッ！」
騒がしいエディスに驚いたパーシィが、飛び起きる。
エディスはそのままパーシィに近づいて抱きしめた。
「フフフ……そうね、もし結婚するなら私はここを出ることになるから、そのときはあなたと一緒だってちゃんと伝えるわ。これだけは絶対に譲らない。万が一グラフトン将軍が、犬を苦手としていても、うまく共存できる方法を探すから大丈夫よ」
はしゃぎだす心は、もう抑えることができない。
「私……嬉しい！　どうしようもなく嬉しい」
誰も見ていないのをいいことに、エディスはパーシィと一緒に床に転がった。
「グラフトン将軍のことは、あなたも知っているでしょう？　昔、私たちを助けてくれたあの銀髪の男の人よ」
思い出しただけでドキドキしてしまう。
ジャレッド・グラフトンという人は、銀髪に琥珀色の瞳を持つとても素敵な男性で、エディスの恩人でもある。
「それにしても、お兄様はどこまでわかっているのかしら？」
グラフトン将軍とは五年前に一度会ったきり。当時はまだオブライエン姓を名乗っていた。その後彼を取り巻く環境は大きく変わり、遠目から見る機会すらなかったが、ずっと忘れられない存在となっていた。
たまにセドリックから、グラフトン姓になってからの活躍を聞けることを楽しみにしていたが、自分の憧れの人であると打ち明けたことはない。
エディスにとって、グラフトン将軍との縁談は、奇跡だった。

その晩エディスは、湯浴みをしてナイトドレスに着替えるときに、鏡に映る自分の姿を確認した。
大きく開いた襟ぐりをそっとずらし身体を捻ると、後ろ肩にある傷痕をどうにか見ることができる。
矢が命中し鏃が食い込んだことによってできた傷痕――。それが赤い花のような模様を描いている。
ただの傷痕であれば、月日が経過すれば薄くなっていくだろうに、その気配がないことは不自然だと医師も言っていた。……それだけが気がかりだ。
（でも、大丈夫よね？）
後ろ向きな考えばかりしていたら、きっとそこまで来ている幸せを逃してしまう。
エディスは何度も「大丈夫」と自分に言い聞かせた。

　　　　　　　　§

顔合わせは、エディスの希望で形式張らないように行われた。
セドリックが王宮の庭に彼を招き、その場でエディスと引き合わせるという手筈だ。
ガゼボのテーブルには、たくさんの菓子が用意されていたが、今は手を伸ばす気になれない。
彼がやってくるだろう方向を、そわそわとしながらずっと見ていた。
庭園は石畳の歩道が続いている。その石畳をゆっくり歩いてきた背の高い軍服の男性が、ジャレッド・グラフトンだ。
五年前に会ったときは太陽の下ではなかったせいか、今日のジャレッドの銀髪は以前よりも輝いて見えた。
「国王陛下、……拝謁を賜ります」
古い騎士の作法にのっとり膝を折ったその所作に、エディスは懐かしさを覚える。
彼は貴族としての立場を失ったあと、最前線で戦い功績を挙げ続けていたから、もっと荒々しい印象に変わっているかもしれないと思っていた。
もちろん彼は軍人らしい逞しさを持っているが、その所作は文句のつけようがないほど洗練されたもので、完璧な貴公子だ。
「堅苦しい挨拶はやめてくれ。さっそく、妹のエディスを紹介しよう。一度会っているとはいえ、あれは急場のことだった。正式な挨拶ははじめてだろう？」
席に座っていたエディスは立ち上がり、彼に近づいていく。
「グラフトン将軍、お久しぶりです」
「再びお目にかかることが叶い、光栄です。エディス王女殿下」
彼の琥珀色の瞳をまっすぐに向けられて、エディスは落ち着かなくなった。
ジャレッドは真面目な人で、セドリックがいくら気楽にと言っても、決して態度を崩そうとしない。座っても常に背筋がピンと伸びている。
表情はあまり豊かなほうではないらしい。それともあくまでも王族の前だからなのか？
エディスは彼に対して憧れの気持ちをずっと持ち続けていたが、実はその人となりはよく知らない。とにかく強い人で、頼りになる人だということは身をもって知っていて、好感を抱く理由はそれだけで十分だった。
でも結婚するとなれば話は違う。もっと欲が出てきてしまう。
彼はどんなふうに笑うのだろう？　エディスはジャレッドの笑った顔が見たくなっていた。
それでもいきなりぐいぐいと話かけるわけにはいかず、逸る気持ちをなるべく抑え、淑やかに振る舞う。
最初の三十分ほどは、セドリックが王太子時代、どんなふうにジャレッドと友好を深めていたかをエディスに語ってくれた。
二人は共に軍属だったので、経験のないエディスには想像が難しい軍隊ならではのエピソードで笑わせてくれる。
「お兄様、もっとたくさん聞きたいです」
「それはまた今度にしよう。私はそろそろ公務に戻らなければならない。二人はこのままここで、もうしばらく過ごすといい」
セドリックはそう言って手を振りながら退席していき、エディスとジャレッドはガゼボに取り残された。
「……」
「……」
二人きりになった瞬間に、沈黙が訪れてしまう。
伏目がちなジャレッドの睫の長さを観察して、勝手に頬が熱くなった。
そもそもエディスは、兄以外の男性と近距離で過ごした経験がほとんどない。
以前の婚約者は、子どものころに数度顔を合わせ、挨拶をしたことがある程度だった。
その婚約が消えてから公の場に出る機会はあったが、呪われ姫と親しくしようという男性は現れなかった。
夢に見たジャレッドとの再会で、昨日は眠れないくらい興奮していた。彼に会ったらどんな話をしようか、ずっと考えていたのだ。
（そ、そうだわ……）
一番重要なこと。それは結婚後の生活についてだ。
エディスは意を決して、ジャレッドに話しかける。
「あの、グラフトン将軍。質問してもよろしいでしょうか？」
「はい、もちろんです」
彼はエディスに話しかけられても、不快そうな顔はしなかった。きっと大丈夫だ。
「将軍は、その……犬は、お好きですか？」
唐突な質問に、ジャレッドは少しだけ驚いた顔を見せてくる。
「犬……ですか？」
「はい、犬です！」
ジャレッドは間を置いて、真剣に考えはじめる。そうして質問の真意を探るように、エディスの目をじっと見つめながら答えをくれた。
「軍用犬としか接したことがありませんので、好きか嫌いかはこれまで考えてきませんでした。そういえば、殿下は犬がお好きでしたね？　……あのとき一緒だった犬の名前は、確かパーシィ？」
「はい！　覚えていてくださってありがとうございます。北の帝国から頂いた貴重な犬種で、私にとって特別な存在です。無駄吠えもしませんし、とっても賢くて優しい子で……しかもいざとなったら悪者を追い払ってくれる騎士犬です！」
彼に安心してもらうため、パーシィのよいところを懸命に伝える。
熱意のあまり前のめりになってしまったが、上品さに欠けると気づいて姿勢を正す。
ちょっと気まずくなり、エディスはコホンと咳払いをしてから本題に入っていった。
「結婚したらパーシィも一緒に連れていきたいのですが、お許しいただけますか？」
落ち着いて、優雅に、笑顔で……。
ジャレッドの性格はまだよくわかっていないが、五年前も今も、嫌な印象は少しもない。きっと寛大な人で、よい返事がもらえるものと思い込んでいた。しかし――。
「王女殿下……」
ジャレッドの顔色が、さっと変わっていく。
その顔を見れば、よくない話をしてしまったことだけはわかる。
（なにがいけなかったの？　犬の話はまだ早かったのかしら？）
エディスはぎゅっと、ドレスのスカートを握りしめた。
少なくともジャレッドから、望んでいたような返事はもらえない。そのことがひしひしと伝わってくる。
彼は静かに席を立つと、エディスに近づき跪いてきた。謝罪をはじめようとしているのだ。
「グラフトン将軍……どうして？」
真摯なその姿は浮かれていたエディスにとって、残酷なものだった。
一度身分を失ってしまったのに、実力で新たな地位を得た彼は、もう王以外に、こんなふうに頭を下げる必要はない。なのになんのためらいもなく、エディスに対して深い謝罪を姿勢で示してくる。
「王女殿下、私はあなたに相応しい人間ではありません。陛下は殿下の意志を尊重するとおっしゃってくださいました。ですからもし――」
「ごめんなさい！」
エディスは、ジャレッドの言葉を遮った。
二人きりになってエディスがうまく喋れなかったのは、ただ恥ずかしかったせいだ。しかし、彼は違った。
沈黙の理由は、この状況を……降って湧いた縁談を歓迎していなかったから。彼は、断る機会を窺っていたのだ。
（ああ、お兄様……！）
エディスはとても重要なことを失念していた。
セドリックは物事を冷静に見極めることができる、公明正大な王だ。しかしエディスのこととなると、様相が変わってしまう。
それは単純な妹への愛情だけでなく、幼くして実母を失った不憫さと、傷を負わせてしまったという負い目からくるものなのだろう。
今回もきっと、妹の将来をどうにかしてやりたいという私人としての感情が、普段の冷静さを上回ってしまったのだ。
結婚話を聞いたとき、もっと慎重に確認すべきだった。
セドリックは確かに、縁談は自分から持ちかけたのだと言っていた。そして相手も望んでくれているとは言っていない。
仕える王に妹をよろしくと言われたら、断ることなどできなかったはず。
彼が難しい立場であったことは、よくわかる。誰も責めることはできない。
「押し付けられて、さぞご迷惑だったでしょう。当たり前のことなのに……」
傷もの王女の降嫁と引き換えにしてまで、彼は侯爵位を欲してはいないのだ。
「殿下、誤解なさっているようですが……」
「なにも誤解などしておりません。私一人で浮かれてしまって、本当にお恥ずかしい限りです。でも、大丈夫。結婚なんてしたくないと……グラフトン将軍は私の好みではなかったと、そのように陛下にお伝えしますから、ご安心なさってください」
エディスの気まぐれとわがままで、この縁談をなかったことにする。それなら角が立たないはずだ。
このところずっとふわふわとしていて、毎日なにもせずとも楽しくて……。
久しぶりにそんな気持ちにさせてくれた相手に、エディスは最大限の敬意を払おうと努力した。
「それでは、私はそろそろ自分の部屋に戻ることにします。今日は、お時間をいただきありがとうございました。……どうかお元気で」
これ以上、ジャレッドと一緒にいる理由はない。
ここは立ち上がり、王女らしく優雅に去るべきだ。そうしようとしたのだ。
しかし実際のエディスは、膝を折ったまま困惑しているジャレッドを、睨んでしまっていた。
「殿下……本当に誤解です。どうか泣かないでください」
「泣いてなどおりません！」
目の奥がツンと痛く、瞳が水膜で覆われている気はする。でもまだ涙は零れていない。……たぶん。
ジャレッドが、黙って見て見ぬふりをしてくれたらよかったのに。
真面目な彼はハンカチを取り出して、エディスの手に握らせてくる。
「私はただ、高貴なあなたをお迎えするには、自分が不相応であるとお伝えしたかったのです。言葉に裏などございません」
「嘘です！　私が世間でなんと呼ばれているのかご存じでしょう？　呪われている女なんて嫌だと、素直におっしゃってください」
感情を荒げるべきではない。
それなのに堪えきれず、涙が零れ落ちてしまった。一度堰を切ると、もう止められない。
渡されたハンカチを使うことはためらわれ、エディスは泣きながら無理矢理突き返す。
そうして、その場から逃げだそうとした。
ジャレッドを避け二歩ほど足を進めたところで、彼の声が響く。
「殿下、お待ちください」
言葉だけではない。彼はエディスの手を掴んで、引き留めてきたのだ。
それは衝動によるものだったようでエディスはすぐに開放されたが、彼がなにを伝えようとしているのか聞かなければならないと思えた。
「誓って、違います。私のほうこそ、世間でなんと言われているかご存じでしょう？　反逆一族の生き残り、そして親殺し……そんなふうに呼ばれているのです」
エディスは彼の言葉を否定したくて、首を横に振った。
ジャレッドは罪を犯していない。彼はためらわず自分の父親に刃を向けたが、罪は父親にあり、彼には大義があった。
なのにまるで自分の罪を告白するように、沈痛な面持ちになってしまう。
そこに彼の葛藤が、はっきりと見えている。
「私は生涯独身でいるべきなのです」
強い意志を見せてきたジャレッドを前に、エディスは不思議な感覚になった。
もしかしたら、自分たちはわかり合える存在になれるのではないかと。
さっきまでの惨めな気持ちは吹き飛んでいき、どうにかこの縁を繋ぎ止めたくなってしまう。
指先で軽く涙を拭いたエディスは、彼を正面から見つめた。
「私もです。……もっとも私の場合は『結婚しない』ではなく、『できない』が正しいのですが」
「そんなことは！」
「いいえ！　もしグラフトン将軍のお気持ちが変わらないのなら、私はこの先誰とも結婚できないでしょう」
これは脅しだ。卑怯な言い方だとわかっている。あなたが承諾してくれないのなら……と言っているのだから。そして、この方法はきっと有効だ。現に、ジャレッドは迷いを見せていた。
彼が揺らぎはじめたところで、エディスは焦る気持ちを抑える。冷静に、どう伝えたらよいのか見極めなければならなかった。
「あの……グラフトン将軍は、爵位についてどう思っていらっしゃるのですか？」
失った「確かな身分」を取り戻したいのかどうか。
エディスが問いかけると、ジャレッドは言葉を選びながら慎重に考えを示してくれた。
「私は生涯をかけて、陛下を……いえ王族の方々をお守りすると誓っております。そば近くにお仕えするためには、爵位はあったほうがよいと思っております」
「それなら！」
「ただ、反逆者の一族である事実は、いくら名を変えても消えません」
「私は王女です。……私が持っている価値は、きっとそれだけ。でも……いつまでもあなたを悪く言う者を跳ね返すくらいのことはできるでしょう。そして私は、あなたとの結婚で救われるのです。少なくとも、呪いが人に移ることなどないと証明できます」
セドリックがどうしてこの縁談を勧めてきたのか、わかった気がした。
最初に話を聞いたときはエディスに前向きな考えを持たせようと、彼に利点があるように伝えてきたが、実際には違う。これはどちらか片方ではなく、お互いのためになる結婚なのだ。
二人とも自分のせいではないのに、枷を付けられ窮屈に生きてきた。だからこそ、互いにないものを補えるし、一方的な負い目を感じずに済む。
（私、やっぱりこのかたがいいわ。絶対に……）
これまでのエディスは弱くて、なにもできない存在だった。
でも、今だけはそんな弱い自分を捨てなければならない。
「ジャレッド・グラフトン――。私の手を取ってください」





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    <title>【1月30日発売】美貌の騎士様の一途な執着愛からは逃れられないようです【本体1300円+税】</title>
    <description></description>
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●著：御厨 翠
●イラスト：天路ゆうつづ
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4815543815
●発売日:2026/1/30</div>

<p><span class="f130 black">悪役令嬢の護衛騎士は執着心強めのヤンデレでした<br /></span>

公爵令嬢フィロレンツィアは王太子の婚約者候補だったが、王妃から疎んじられ社交界では?悪役令嬢?との噂を流されていた。
彼女の護衛に王から派遣された騎士ウォルフリックは王妃からフィロレンツィアの監視を命じられていたが、実はそれ自体彼の策略でフィロレンツィアのためなら王妃殺しも厭わないという。
｢愛しています。あなたは私のすべてだ」美貌の彼に迫られ心揺れるフィロレンツィアは!?

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プロローグ



（殿下はどちらにいらっしゃるのかしら？）
この日、フィロレンツィアは父であるオステンドルフ公爵に連れられて登城していた。
王太子・ディルクの婚約者候補に選定され、顔合わせが行われるためだ。
ディルクはフィロレンツィアの二歳年下で、今年九歳になる。シッテンヘルム王国唯一の後継者だ。二大公爵家の一翼を担うオステンドルフ家の娘が婚約者候補に挙がるのは当然だった。
『まずは年の近い者同士で交流を深めよ』
国王の命により、城には候補者の令嬢が集められていた。
――だが。ディルクがいるという庭園に足を向けたものの、そこには誰もいなかった。しばらく待ってみても、人影ひとつ見つけられない。
（……もしかして、ここではない場所にいらっしゃるのかしら）
状況を尋ねようにも、案内してくれた城のメイドはいつの間にかどこかへ行ってしまっていた。
その結果、フィロレンツィアはひとりで庭をうろつくことになってしまったのである。
（少し捜してみて、いらっしゃらなかったらお父様のもとへ戻ればいいわ）
公爵家としては、王太子の婚約者候補に挙がった以上、その座を手に入れるのは使命だった。王家とのつながりが強くなるという単純な理由ではなく、派閥間の均衡の問題だ。
父からは、『陛下と王太子の歓心を得よ』と厳命されている。『我が家門の王室入りを陛下は望んでいるゆえ、横やりさえ入らなければ正式な婚約者になるだろう』と。
高位の貴族に生まれたからには、政略結婚は当然の義務だと受け入れてはいる。そのために、幼少より淑女教育を施されてきたと言っても過言ではない。
慣れない庭園で周囲を見渡し、人の姿を捜す。けれど、いくら進めど使用人すら見当たらず、途方に暮れたときである。
「なんだ、その生意気な目は！　性根をたたき直してやる……っ！」
静寂を切り裂くように、怒声が響き渡った。
びくりと身体を震わせたフィロレンツィアだが、すぐに平静であろうと努める。いついかなるときも、他人に感情を気取られてはならぬと教え説かれているからだ。
（……衛兵を呼んだほうがいいかしら）
もしもなんらかのもめ事であれば、早めに対処すべきだ。
まずは状況を正確に伝えようと、音を立てないように近づいていく。すると、石壁を隔てた先から再度男の声が聞こえてきた。
「この俺がいる限り、騎士団で貴様が昇進することはない！」
（騎士団……？）
壁に隠れてそっと窺うと、拳を振り上げて怒鳴り立てている男の姿が見えた。金の髪を振り乱し、無抵抗の人間を嬲っている。
城には王室騎士団の騎士が常駐し、訓練場も設けられている。城を守る近衛兵とは別に、有事の際に最前線で戦うのが彼らの役目だ。
王家に剣を捧げて命に従う、王国随一の戦闘力を有する者。それが王室騎士団だと教わった。
（それなのに、影でいじめるような真似をするなんて）
抵抗もせずに黙って殴られ蹴られていた騎士は、とうとう地面にその身を沈ませた。美しい銀髪は土に塗れ、紫眼の瞳は感情が欠落したように虚ろだった。
彼はただ、時間が過ぎ去るのを待っている。生きる気力が失せた様子に胸が痛んだ。まるで、空を羽ばたく鳥が、翼をもがれたように見えたから。
「――そこの騎士さま」
フィロレンツィアは一歩足を踏み出し、凜と声を放った。
人がいると思わなかったのか、怒声を放っていた騎士が驚いて振り返る。
「……ご令嬢。このような場所におひとりでいかがされましたか」
「わたくしは、オステンドルフ公爵の娘、フィロレンツィアです。王太子殿下とお会いするため訪れたのですが、道に迷ってしまいました。まさか、陛下のおわす城内でこのような暴行事件を目にするとは思いませんでしたわ」
オステンドルフ公爵の名は武器になる。王国の二大公爵家の一翼を担う家名の前に、無体な真似をする輩はそういない。
案の定、暴行を働いていた騎士も、闖入者が公爵令嬢だと知るやいなやバッと膝をついた。
「王室騎士団所属、エックハルト・ランゲと申します。この者は、我が騎士団所属の新人で、指導をしていたに過ぎません。どうか誤解なされませぬよう」
「まあ……騎士団では、一方的な暴力を指導と呼ぶのですね。ちょうど父もお城にいることですし、この件を報告しておくことにいたします」
エックハルトは、わなわなと唇を震わせた。怒りを覚えているようだが、公爵家の令嬢を相手に怒鳴り散らすことはできない。
自分の部下でもなく、まして身分の高いフィロレンツィアにそのような真似をすれば、咎められるのは彼自身だ。
「……お父上にご報告されるようなことではございません。ご容赦願えませんか」
「では、即刻医師を呼んでくださいますか？　そちらの騎士さまは、お怪我をされていらっしゃいます。このまま立ち去るのは、わたくしとしても心配です」
「っ、承知しました。すぐに医師を呼んでまいります」
エックハルトが足早にその場を離れると、フィロレンツィアは倒れている銀髪の男の傍らに膝をついた。
「起き上がれますか？」
「……放っておいてください。あなたのドレスが汚れる」
「汚れは落ちるけれど、怪我は放置すれば悪化するだけだわ」
そう言って手巾を差し出すも、よろよろと身体を起こした男に振り払われてしまう。
「何が目的ですか」
「え……？」
「俺を介抱して、あなたになんの得がある……っ!?」
声を張り上げた男は、痛みに耐えかねたのか咳き込んだ。ふたたび土に沈み、もんどりを打つ相手を前に、フィロレンツィアは「しっかりして！」と活を入れる。
「苦しむ人に手を差し伸べるとき、損得は考えません。わたくしは、見て見ぬふりをするのが嫌だったから、あなたたちに声をかけたの。自分のためにあなたを助けるのです」
淡々と語ると、落ちた手巾を拾い上げる。土を払って男の顔の血を拭えば、びくっと身体を震わせて動かなくなった。
野生の獣のようだとフィロレンツィアは思った。警戒心が強く、心を閉ざして自分を外敵から守ろうとしている。その姿は気高く美しいけれど、どこか痛々しさがあった。
「なぜ、無抵抗だったのですか？」
騎士団の序列は、身分に関係ないと教師から習っている。だから、平民でも役職に就ける機会があるのだ、と。
これは国王ではなく、王妃の命で決定したことだという。厳しい身分制度の敷かれる王国内において革新的だと言われていたが、エックハルトの振る舞いを見る限りでは大義は形骸化し、結局序列に囚われているように思えた。
これでは貴族社会の階級が序列に成り代わっただけ。しかも騎士団は暴力に訴える輩がいるのだからたちが悪い。
「……抵抗すれば、よけいに殴られるのですよ。それなら、いっとき我慢したほうがマシです」
ぼそりと男が呟く。彼は今までそうしてやり過ごしてきたに違いない。
ある意味それは正解だ。あえて摩擦を起こさずにいれば、その場は丸く収まる。自分の気持ちを主張するには、相応の覚悟がいるのはフィロレンツィアも理解するところだ。
けれど、これだけは言える。
「?いっとき?は、気づけば永遠となっているかもしれません。相手が無抵抗だとわかると、人間は途端に増長する生き物だから」
昔、同年代の子どもが集められた茶会があった。淑女教育が始まってしばらくしたころのことだ。
『ねえ、あなたってオステンドルフ公爵家のご令嬢でしょう？』
『……ええ』
『公爵さまに似ていないのね。髪の色も全然違うわ』
無遠慮に話しかけてきたのは、伯爵家の令嬢だ。
確かに彼女の言うように、フィロレンツィアは髪や目の色が父とは違う。だが、柘榴の果実のような深い色を湛えた赤髪も、翠玉の煌めきを思わせる瞳も、母から受け継いだものだ。
けれど、あえて口に出す必要はない。自分だけがわかっていればそれでいい。
そう思っていたのに、令嬢の口は止まらない。フィロレンツィアが無言なのをいいことに、ぺらぺらと捲し立ててくる。
『おかあさまから言われたの。公爵家の子と仲良くしなさいって。だからわたくしが、お友だちになってあげるわ！』
令嬢が話している声を聞きつけたのか、それまで遠巻きだったほかの令息や令嬢が近づいてくる。
『オステンドルフ令嬢、僕ともお話してください』
『うちのお茶会にお誘いしなさいって、両親から言われてきたの。来てくださいますか？』
人が増えてきたことで、自分が話題の中心になったと思ったのだろう。最初に声をかけてきた伯爵令嬢は、得意げに言い放った。
『わたくし、フィロレンツィアさまとお友だちになって差し上げたのよ。お話がお上手でないようだから、みなさんたくさん話しかけてあげてね』
その瞬間、ぴくりとフィロレンツィアの片眉が引きつった。
皆、高位貴族であるとはいえ、幼い者ばかりだ。まだ本格的な教育を受ける年齢でもなかったことがわざわいしてか、親の思惑を隠しもせずにのびのびと発言している。
しかしフィロレンツィアは、公爵家の娘として早くから?この世の仕組み?を教わってきた。
ゆえに、同年代の子らよりも遙かに理解している。この世には様々な人間の思惑が蠢き、貴族の間で交わす会話は細心の注意を払わねば足を掬われることを。
『――誰が名前を呼ぶことを許しました？』
フィロレンツィアは表情なく、?自称お友達?を見据えた。
『お友達は自分で選ぶから、あなた方の主張は必要ないわ。オステンドルフ公爵家にふさわしい家門と人格を備えた方でなければ友人と呼びたくないわ』
立場の違いをわからせるには、迂遠な言い回しでは通じない。まして相手は、親の思惑も汲み取れないような子どもだ。ここで彼らを受け入れれば、フィロレンツィアのみならず、公爵家が侮られることになる。
『も、申し訳ありません……っ』
自称お友達の伯爵令嬢は、ようやく失態を自覚したらしく、泣きそうな顔をしている。けれど、彼女はことごとくフィロレンツィアを軽んじる発言をしていた。ここで許したとしても、また同じことを繰り返すのは目に見えている。
謝罪は受け取らず、あえて高慢に振る舞った。そうすることが、自分や家名を守ることになると、幼いながらに実感したのである。
昔の出来事を思い返しながら、フィロレンツィアは目の前の騎士を見据えた。
「『牙を剥かない相手を恐れる者はいない』と、お父様は言っていたわ。だからわたくしは、自分の矜持のため、家名のために、毅然と対応しなければならないし、そうあるべきだと思っているの」
もちろん、貴族社会と騎士団とでは状況が異なる。それでも、人として耐えることとそうでないことに大きな齟齬はないはずだ。
「……あなたは、強いですね」
それまで黙って話を聞いていた男は、ふ、と、吐息をついた。
「自分自身の価値を正しく理解し、相手を牽制する。油断のならない人間が蔓延る世界では、正しい処世術というわけだ」
独白のような言葉と共に、視線が絡んだ。
エックハルトに暴行されていたときは光を失っていた瞳に、今は生気が宿っている。
「俺は、ウォルフリック。この名を覚えていてください。いつか必ず、またお会いするでしょう」
――綺麗だ、とフィロレンツィアは思った。たとえ土に塗れていようと、もとの美しい顔立ちは隠しようがない。
「オステンドルフ嬢！　ご指示通りに医師を連れてまいりました」
彼が宣言したと同時に、エックハルトが医師を連れて戻ってくる。嫌々というのが明らかで、フィロレンツィアはため息をついた。
「お医者さまには、この方の治療をお願いいたしますわ。わたくしはお城へ戻りたいのだけれど、案内してくださるかしら？　ランゲ卿」
「ご用命とあらば」
彼を治療する場に、エックハルトを同席させないほうがいい。
とっさにそう判断して立ち上がり、ドレスの裾についた土を払った。
「では、あとはよろしくお願いいたします」
公爵令嬢らしい気品をもって挨拶をすると、エックハルトを伴ってその場を後にする。
このときの出会いがのちの人生に大きく影響を及ぼすとは、フィロレンツィアはまだ知るよしもなかった。



第一章　美貌の護衛騎士は腹黒い



シッテンヘルム王国は、大陸のほぼ半分を領土に持つ大国だ。海に面した温暖な気候で、豊富な資源と豊穣な土地を有しており、民の暮らしも安定している。
他国との関係も良好であることから戦の心配もない。これは、今代国王のアダモ＝ケルビー・シッテンヘルムの手腕によるところが大きかった。
「――皆の者、我が城によく集まってくれた。今宵は春を存分に満喫し、楽しんでもらいたい」
王国では、一年を通じて大きなパーティが数回開かれる。そのうちのひとつが、『春の祝祭』と呼ばれる催しで、冬の終わりと春の訪れを感謝し、豊穣を祈願する名目で貴族が集められるのだ。
主立った貴族が参加する大規模なパーティとあり、年頃の令息や令嬢らのパートナー探しの場にもなっている。
（……今年も退屈だわ）
壁際で会場を眺めながら、フィロレンツィアは心の中で呟いた。
今日のパートナーは父であるオステンドルフ公爵だが、父は自身が率いている『貴族派』の面々との交流で忙しい。
城へ向かう馬車の中で、『おまえは会場の様子に気を配っていなさい』と命じられ、会場に入った途端に別行動になった。
（積極的に交流をしたい人なんていないし、お友達と呼べる人も少ないもの）
自分に近づいてくるのは、父と接点を作りたい者がほとんどだ。フィロレンツィア自身と縁を結ぶのは、今は難しいと皆が知っていた。
なぜなら、現在、王太子であるディルク・シッテンヘルムの婚約者候補だからだ。
正式な婚約者ではなく?候補?なのは理由がある。オステンドルフ公爵家を筆頭とする『貴族派』と、王妃・ヒルダ・シッテンヘルムを中心に形成された『王家派』の対立が原因だ。
（わたしは、王太子妃になんてなりたくないのに）
実際、ディルクと親しく会話を交わすことなどまったくない。王妃とも同様だ。特に王妃は、自身の家門から王太子妃を望んでおり、フィロレンツィアには目もくれない。
唯一気さくに声をかけてくれるのが国王のアダモだったが、これは貴族派と良好な関係を築くためで、フィロレンツィア自身を気に入っているわけではない。
ちらりと周囲に視線を向ければ、自分を見ていた令嬢や令息は慌てて目を逸らした。
本来であれば、フィロレンツィアは壁の花どころか、高位貴族の令息からダンスの申し込みが殺到する存在だ。
緩やかに波打つ柘榴の実を思わせる赤髪に、深く澄んだ翠玉の瞳はいやが上にも人目を引く。大輪の薔薇を思わせる艶やかさと、華々しさを併せ持つ類い希な容姿だ。『美しい』との形容は、まさしくフィロレンツィアのためにあるといえた。
しかし、王太子の婚約者候補に挙がっているため、他家の令息と気軽に言葉を交わせる立場にない。さらには、貴族派と王家派の派閥間争いもある。迂闊に交流など持てるはずもなく、公の場では誰も寄せ付けなくなってしまった。
（それでも、体裁は整えなくてはね）
今日のために仕立てられたドレスは髪色に合わせた布地で、胸元から裾にかけて銀糸で精緻な蔓薔薇の刺繍が施されている。襟ぐりには白銀のレースが軽やかに揺れており、裾は幾重にも重ねられた布が優雅な広がりを見せていた。
支度を手伝った侍女たちは、『誰もがお嬢様に見蕩れると思います！』などと口々に褒め讃えてくれたが、招待客とろくに会話をしていないから申し訳なくなる。
とはいえ、いつまでも壁の花ではいられない。
気を取り直し、社交をするべく辺りを見回したときである。
「ちょっとあなた！　わたくしとドレスのデザインが同じではないの……っ」
女性の金切り声が聞こえて振り返れば、ひとりの令嬢が複数の女性に取り囲まれている姿が目に留まった。
令嬢は貴族派の家門で、伯爵家の人間だ。対して取り囲んでいる女性らは、王家派で侯爵家の夫人を筆頭に年かさの者が多かった。
「たかだか伯爵家の娘が、侯爵家の方と同じドレスを身につけようなど……身の程を弁えなさいな」
「伯爵家に抗議したほうがよろしいのではなくて？」
夫人たちは、まだ年若い令嬢に難癖をつけることで自らの優位を誇示していた。一方令嬢はといえば、青い顔をして俯いたまま震えている。
社交の場ではよく目にする光景だが、見ていて気分がいいものではない。
フィロレンツィアはドレスの裾を翻すと、夫人たちへと歩み寄った。
「ゲラート伯爵令嬢、お久しぶりですね」
高々と声を発し、輪の中に割って入る。周囲の人間には構わずに、伯爵令嬢にのみ話しかけた。
「何やら春を祝うパーティにふさわしくない怒鳴り声が聞こえたけれど、どうかなさったの？」
「そ……それが……」
伯爵令嬢が、びくびくと侯爵夫人に目を向ける。その視線を追うようにゆるりと首を傾け、「あら」と、手に持っていた扇をさらりと開いた。
「レーム侯爵夫人ではありませんか。淑女らしからぬ声を耳にいたしましたので、いったいどちらの家門の方かと思っておりました。言祝ぎにしては、ずいぶんと物騒なお言葉でしたけれど」
表情も抑揚もなく告げると、夫人らの顔が蒼白になっていく。
「オステンドルフ嬢……わ、わたくしたちは別に……ねえ？」
「まだお若い伯爵令嬢に、礼儀を教えて差し上げただけですわ！」
この中で一番若いのはフィロレンツィアだが、二大公爵家のオステンドルフ家の娘とあれば、逆らえる者などほぼいない。
先ほどまでと打って変わって手のひらを返す取り巻きを見て、侯爵夫人の顔が怒りに染まった。
「ドレスのデザインが同じなら、侯爵夫人のわたくしを立てて自分が遠慮すべきではなくて？　それとも、わたくしと張り合おうとでもいうのかしらね」
「わたくしは、けっしてそのような……！」
伯爵令嬢は今にも泣き出しそうな顔をしているが、侯爵夫人も引くに引けないようだ。
『会場の様子に気を配っていなさい』という父からの言葉は、王家派から貴族派を守り、この手のもめ事を取りなせという意味だ。
フィロレンツィアは仰々しくため息を吐いて見せると、侯爵夫人に視線を投げた。
「ドレスのデザインが伯爵令嬢と同じだなんて、侯爵夫人はずいぶんと感性がお若いのですね。わたくしはそこまで流行を追っておりませんので、夫人が羨ましいですわ」
つまりは、若い令嬢と同じデザインのドレスを着ている侯爵夫人のほうこそ、自分の年齢を考えていないと揶揄したのだ。
「あっ、あなたねぇっ！」
侯爵夫人は真っ赤な顔になり、唇をわなわなと震わせて睨み付けてきた。
（この辺りで引いたほうがよさそうね）
これ以上大きな騒ぎになると、後の処理が厄介だ。そう判断すると、扇をぱたりと閉じた。
「ゲラート伯爵令嬢には、わたくしの予備のドレスを差し上げますわ。侯爵夫人は、どうぞ安心してそちらのドレスでお過ごしくださいませ」
伯爵令嬢を促し、会場の外へと誘う。扉の前に立っていた衛兵に、令嬢を控え室に案内するよう伝えたところで、追ってきた侯爵夫人に肩を掴まれた。
「オステンドルフ嬢……っ！　あなた、わたくしに恥をかかせてどういうつもり!?」
よほど頭に血が上っているのか、侯爵夫人が人目も憚らず怒鳴り散らす。
興奮している彼女を衛兵が宥めようとしていたが、それを振り払うようにさらに声を荒らげた。
「いくら公爵家の令嬢とはいえ傲慢すぎるのではないの？　さすがは『悪女』と噂されるだけあるわね！　こんな無礼な娘が婚約者候補だなんて、ヒルダ様もお可哀想に」
無表情で愛想もなく、公爵家の威光を盾にわがままの限りを尽くす娘。フィロレンツィアの悪評の一端だ。ほかにも、『その美貌で男を誑かしている』だとか、『王太子の婚約者候補に嫌がらせをしている』など、根も葉もない噂がまことしやかに流れている。
あえて否定しなかったことから、いつしか社交界では『公爵家の悪女』と陰口をたたかれるようになっていた。
「調子に乗っていられるのもせいぜい今のうちよ、覚悟なさい。あなたのような悪名高い令嬢を、ヒルダ様は絶対お認めにならないわ！」
自分は王妃の庇護下にあると言いたげな物言いだった。王家派に属し、かつ、自分の娘がフィロレンツィアと同様に王太子の婚約者候補だからこそ、強気の態度でいられるのだろう。
（くだらないわ）
心底呆れ果てるも、自分の役割と目的を思えばこの状況も仕方ない。
フィロレンツィアは冷ややかな眼差しを侯爵夫人へ向け、わざと高慢に振る舞った。
「王家主催のパーティで、ひとりの令嬢を大勢で取り囲んで糾弾するような真似こそ恥ずかしいと思いますけれど。今もずいぶんと人目についていますよ」
周囲には、衛兵をはじめとし、使用人たちがおろおろとこちらの様子を窺っている。ワインや料理を会場に運び込みたいのだろうが、この騒ぎで中に入れないのだ。
「周囲の状況を把握できる余裕を持ったほうがよろしいかと思いますが。それこそ、『王妃殿下がお可哀想』ですわ」
「この……っ、生意気な小娘ね……！」
激高した侯爵夫人が、使用人が持ってきた配膳台からワインの入ったグラスを奪った。
グラスを振り上げるのを見て何が起きるのかを察したフィロレンツィアが、衝撃に備えて身構えたときである。
（えっ……）
突然目の前に大きな影が割り入ってきた。
飛び散ったワインの香りが鼻を掠めたと同時に、グラスが派手に床に転がる。
「公爵令嬢への暴行とは看過できませんね」
侯爵夫人の手を掴み、涼やかな声でそう発したのは、黒の騎士服に身を包んだ男だった。
見上げるほどの長身に、月の光を吸い込んだような銀の髪は、絵物語の騎士のようだ。華やかなパーティにふさわしく式典用の盛装をしていたが、腰には長剣を提げている。
王城で唯一帯剣が許されているのは、王家直属の騎士――目の前の男は、王国を守る精鋭集団、王室騎士団の人間ということになる。
「はっ、離しなさい！　わたくしは、由緒正しきレーム侯爵の妻なのよ……っ」
「私は王室騎士団に所属している。その意味はおわかりか」
王室騎士団とは、王家にのみ忠誠を誓い、王家の命で動く者。貴族や平民といった身分にかかわらず、王国の秩序を乱す輩を排除するために存在する。高位貴族であろうと、彼らをぞんざいに扱うことはできない。ある意味特異な集団といえる。
男は侯爵夫人の手を離すと、フィロレンツィアに向き直った。
切れ長の紫眼と癖のない銀髪が印象的で、一度会ったら忘れられないような美貌の持ち主だ。目を離せずにいると、男はすっと手を差し出した。
「私は、王室騎士団に所属しているウォルフリック・リーゼンフェルトと申します。オステンドルフ公爵令嬢をお迎えに上がりました」
「リーゼンフェルトですって……!?」
反応したのは侯爵夫人だ。
リーゼンフェルトといえば、オステンドルフと並ぶ名門の公爵家だ。侯爵夫人でなくとも驚くのは当然で、フィロレンツィアもひそかに動揺している。彼の家の令息はパーティで見知っていたが、目の前の騎士――ウォルフリックを公の場で見かけたことがないからだ。
（もしかして、この方は……）
「陛下がお待ちです。参りましょう」
国王の名を出されれば否とも言えず、差し出された手に自分の手を添えた。
満足そうに頷いた男は、ふと首だけを振り向かせ、侯爵夫人へと告げた。
「もしもまた同じことをすれば、次は目溢しいたしません。我々は抜刀も許可されています。陛下の名のもと、秩序を乱す輩を粛清するのが役目ですから」
ひどく酷薄な台詞と威圧感にぞっとする。
牽制された侯爵夫人は今にも倒れてしまいそうだったが、ウォルフリックはすでに眼中にないとでもいうような態度で、フィロレンツィアを広間へとエスコートした。





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    <dc:creator>ガブリエラブックス</dc:creator>
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    <title>【1月30日発売】当て馬モブ令嬢ですが退場前に悪役侯爵と契約結婚しました【本体1300円+税】</title>
    <description></description>
<content:encoded><![CDATA[
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●著：逢矢沙希
●イラスト：氷堂れん
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4815543808
●発売日:2026/1/30</div>

<p><span class="f130 black">乙女ゲームの当て馬ルートを外れたら、一途すぎる旦那様と結ばれました!?<br /></span>

侯爵令嬢アリアは王太子への恋心から道を踏み外しそうになったが、侯爵キースクリフに止められ前世の記憶を思い出す。自分は破滅するモブでキースクリフはそんな自分の復讐の為に謀反を起こす悪役だった。
アリアは破滅を避ける為に王太子から身を引くが何故か絡まれ始める。そんな時キースクリフから契約結婚を提案される。「俺と結婚しないか」突然の提案に戸惑いつつも夫婦となり迎えた初夜は想像より熱く……!?


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序章



その時の私は、自分ではない誰かに思考も身体も乗っ取られたかのように、我を忘れ、怒りの制御ができなくなっていた。

コツリ、と石畳を踏む自分の足音とごくりと息を呑む音がやけに耳に付く。
目の前に近づく寂れた酒場を見つけて足が止まるけれど、躊躇いなど強烈な憎悪と怒りの前ではほんの僅かな足止めにしかならない。
（あの女さえいなくなってしまえば、きっと殿下だって私のことを見てくれるようになるはずよ、そう、あの女さえ……）
私は自由にできるありったけの金貨を詰めた袋の存在を服の上から確認したあと、立ち止まった足を再び酒場に向けて踏み出した。
突然、肩を掴まれ後ろに引っ張られたのはそのときだった。
咄嗟に悲鳴を上げようとした私の口をまた別の手が塞いで、そのままずるずると引きずられる。
目前にあった酒場がどんどん遠くなる。
やがて見えない場所にまで連れ込まれた私が、拘束する腕をどうにか振りほどいて振り返ったとき、目に飛び込んだのは見事な赤毛と、純度の高い宝石のような青い瞳だった。
見覚えのある顔に、私がどうして、と呟くより早く、その人物の鋭い声が響く。
「こんな場所で何のつもりだ、レディ・アリア！　あの酒場がどんな場所か知らずにここまで来たわけではないだろう。自分が何をしようとしているのか判っているのか！」
頭ごなしに叱りつけられて、一瞬驚いたもののすぐに私は強い苛立ちのまま、感情的に反論した。
「なっ……何のつもりか、なんてこちらが聞きたいわ。突然現れて私の邪魔をしないで！」
「邪魔をするに決まっているだろう！　あなたは怒りのままに誰かを傷つけるような人ではなかったはずだ、頼むから落ち着いて、冷静になってくれ！」
強い怒りに支配されている私は、目の前の男を突き飛ばして逃れようとしたけれど、そんな私を彼が壁に縫い付けるように強引に押さえつけてくる。
「離して！　離してったら……！　私の邪魔をしないで!!」
無我夢中で抵抗する私からは、もはや淑女の嗜みなどどこかへ消えてしまった。
目の前の男が腹立たしかった。
けれどそれ以上にどれほど想いを寄せても、私ではなくあの女に甘い眼差しと言葉を与える殿下が恨めしかった。
なによりも、あの女が憎かった。
私の愛しい殿下に近づき、見え透いた媚びを売り彼の腕に縋りつき、私に勝ち誇った眼差しを向けたあの女が、心底忌々しかった。
この世の汚いことなど何も知りませんと言わんばかりに無邪気を装うあの女のすべてが。
毎日、あの女の破滅を神に祈った。
だけど私は判っている。
そんなこと、いくら願ったところで叶わない。
神様は何もしてくれない。
それならいっそ、私があの女の顔を引き裂いてその身を汚してしまえば……!!
「アリア！」
真っ黒な感情に心の中のすべてを塗りつぶされて、意識が地の底へ沈みそうになる。
その時、私の名を呼ぶ切実なほど悲痛な声に、沈みかけていた意識が浮上した。
何、とその声に反応してほんの僅か目を上げたのと、私の口が塞がれるのとは殆ど同時だった。
「んっ……んぅ……っ!?」
大きく目を見開くけれど、近すぎて焦点が合わず、殆ど何も見えない。
「んんっ、んーっ!!」
これまで以上に大きくもがこうとしても、腕だけでなく身体ごとすべて動きを封じるように抱え込まれ、さらには背を路地裏の壁に押さえつけられて敵わない。
足を振り上げようとしてもたっぷりとしたドレスの生地が纏わり付き、なおかつその生地を壁に膝で縫い付けるようにされては、もはや大きな身動きは不可能だった。
できることと言えば懸命に唇を引き結んで頭を振ることだけれど、どんなに首を左右に振ろうとしてもやはり満足に動けず、僅かに逃れてもすぐに追ってきて、飽きることなく口が塞がれ続ける。
知らないうちに呼吸を止めていたようで、どんどん息が苦しくなって、頭がぼうっとしてきた。
（……何……？　これはなに……？　どういう、状況なの……？）
驚きのせいか、困惑のせいか、あるいは酸欠のせいか。
先程まで私の胸の内を占めていたどす黒い感情はいつの間にか鳴りを潜め、次第にもがく身体の力が抜けてくる。
（私は、いったい、何を……）
そう考えたときだった。
すうっと一筋の光が差し込んできたかのように私の頭の中にとある記憶が蘇り、それは一気に広がっていく。
ぼやけ、霞んでいた思考が晴れていく中、呆然とした私の思考を占めるのは遠い昔の思い出だ。
ここではない場所、ここではない時、そして私であって私ではない、だけどやっぱり私でしかない女性の人生。
そしてその女性が夢中になっていた架空の世界の恋物語。
だけど今、その架空の世界であったはずの物語の中に私がいる。
（ああ、これは……前世の私の記憶だわ……）
そう自覚したとき、もう完全に私の身体からは力が抜けていた。
それが伝わったのだろうか。私を押さえ込んでいた拘束も解かれて、男性がそうっと様子を窺ってくる。
すると突然、背後で、ガンッと何かを蹴る音が響いた。
いきなり響いた乱暴な音にびくっと肩を揺らし、反射的に目の前の赤毛の男性に縋ってしまう。
その反応で私が怯えていると思ったのだろうか。
先程よりも優しく、どこか遠慮がちに抱き寄せられた。
「大丈夫だ、このままじっとしていろ」
低く囁く声が耳朶に触れ……とたん、自分の顔が頬から耳にかけて一気に熱を持った。
急にバクバクと脈打つ激しい鼓動が気になる。
この音は私の鼓動？
それとも胸に耳を寄せるように縋っている、相手の鼓動？
「なんだよ、こんなところでいちゃつきやがって！　まったく昼日中から気楽で良いご身分だなあ！」
揶揄とも怒声とも言える粗野な声に、また私の肩がびくっと震えてしまう。
するとまた宥めるように軽く背を叩かれて……なんだか小さな子どもになってしまったみたいだ。
どうして私は今、こんなことになっているのだろう。
混乱はしたままだが、でも少しずつ落ち着きを取り戻すと、周囲の様子が目に入るようになってきた。
そうだ、ここは一見華やかな王都の中でも日の当たらない、特に治安が悪いとされる貧困街に近い路地裏だ。
ここではお金さえ積めば非合法な薬や商品を手に入れることができるし、さらには暗殺依頼や暴行の依頼をすることもできるという……。
ゾッと頭から血の気が引いた。
こんな恐ろしい場所で、私は一体何をしようとしていたの？
目に見えてガタガタと震え出した私の様子に異変を覚えたのか、その人は抱擁を解き、青ざめた私の顔を改めて覗き込んできた。
自然と俯いてしまった顔を上げればきっと、そこには宝石のような青い瞳があるのだろう。
でも今の私は、その顔を見上げることはできなかった。
「……アリア嬢？」
つい先程は噛みつかんばかりの勢いで食ってかかり、暴れていたくせに、今は嘘のように身を小さく竦めて震えている私に、心配そうな声がかかる。
けれど今私たちがいる場所ではゆっくり話ができる状況ではないと判断したのだろう。
「大通りに戻るぞ。いいな？」
問われて、私はかろうじて小さく肯いた。
後は彼に肩を抱かれたまま、支えられるようにフラフラと歩き出した。
再び彼が口を開いたのは、裏路地から多くの人々が行き来する大通りへ無事に辿り着いたときだ。
「大丈夫か？　……悪かった、切羽詰まっていたとはいえあんな……」
「……いいえ、グランノヴァ侯爵様は何も悪くありません」
その言葉に、私は彼、キースクリフ・グランノヴァ侯爵の顔を見上げて、かすかに首を振る。
「むしろ……申し訳ございません。止めてくださって……ありがとうございます……」
噛みしめるように口にした。
「アリア嬢？」
「……色々と、ご説明しなくてはならないことがあると承知しておりますが……少し混乱しておりまして、今日のところは失礼してよろしいでしょうか。……もちろん、まっすぐ屋敷へ帰るとお約束しますから」
俯いたまま目を合わせることなく、弱々しい声で呟く私の様子から何かを感じたのだろう。
きっと聞きたいことは山ほどあるだろうに、彼は数秒沈黙した後で、こう言った。
「判った。では、オルベール侯爵邸まで送ろう」
「いいえ、大丈夫です。その通りの広場に、御者を待たせています」
「ならそこまで送る。いいな？」
どちらかというと他人に興味を示さず、いつも淡々としている印象が強い彼にしては珍しく食い下がってきた。不思議に思いつつも、けれど私はその申し出を断ることはしなかった。
口調こそぶっきらぼうでも、彼が真実、私を心配してくれている気持ちは判ったし、さっきから私の両足は細かく震えていて、このままだと数歩歩いただけで派手に転んでしまいそうだったので、恥を忍んで肯いた。
「……ありがとうございます」
彼の手を借り、なんとかゆっくりと馬車の許まで戻った私は、深々と彼に頭を下げた。
そして車内へ乗り込むと、ぐったりと身を預けるように座席に座り込んでしまう。
動き出した馬車の窓から外を見やれば、赤い髪に青い瞳が印象的な若き侯爵がこちらを見送っていた。
その姿は馬車が遠ざかっても、私から見えなくなるまでずっと同じ場所にあり続けた。



第一章　やられ役のモブ令嬢、前世の記憶を取り戻す



「ヘレナ。ごめんなさい、別のお茶を淹れてくれる？」
せっかく淹れたお茶を出すなり、別のものに淹れ直せと要求され、私の側付の侍女であるヘレナは一瞬戸惑った顔をした。
けれどすぐに、
「承知いたしました」
短く答えて、今度はまったく違う種類のお茶を淹れてくれる。その手際は素晴らしくよい。
「手間を掛けさせて悪いわね」
「いいえ。それより、先程のお茶はお好みに合わなくなりましたか？」
このところ、お茶と言えば先程出されたものばかり飲んでいた。
だからヘレナも疑問を抱かずに用意してくれていたのだけれど……なんだか急に口に合わなくなってしまった気がする。
良い香りだと思っていた匂いも甘すぎるし、甘酸っぱい味わいもやたらくどく感じてしまう。
昨日は気のせいかと思ったけれど今日もう一度口にしてみると、やっぱり美味しくない。
「そうね……好みが変わったみたい」
これも前世の記憶を思い出した影響だろうかと首を傾げる。
「アリアお嬢様。お手紙が届いております」
そこへ執事が一通の手紙を持ってきて、お茶の話題は終わる。
「ありがとう」
その手紙の差出人は予想が付く。
きっと昨日、私から送ったものの返信だ。
受け取って裏を返すと、やはり想像したとおりの人からのものだった。
シンプルだが上等な真っ白の封筒に押された封蝋。その特徴的な鷲の印章はグランノヴァ侯爵家の家紋だ。
家の紋章をそっくりそのまま使用できるのは当主であるキースクリフ・グランノヴァ侯爵のみ。
つまり一昨日裏路地で私の凶行を事前に食い止めてくれた恩人であり、私の初めてのキスを奪った相手だ。
その若き侯爵は燃えるような赤い髪と、上質なサファイアのように深く鮮やかな青い瞳を持つ冷ややかな美貌の持ち主で、細面で切れ長の目は睨まれると鋭利なナイフを突きつけられているような迫力がある。
我がオルベール家と同格の古くから国を支える侯爵家であり、当主自らが腕の立つ騎士で、また王の秘書長官でもあるという文武両道の素晴らしい肩書きを持ちながら、しかし人付き合いを好まない、孤高の侯爵様だ。
とまあ説明が長いけれど、別に私がそう表現したわけじゃない。
ゲームのプロフィール欄に、大体こんなことが書いてあったのよ。
そう、ゲーム。
前世で私が夢中になってハマっていた乙女ゲームの登場キャラ。
その乙女ゲームの登場キャラがどうして現実の人間のように存在しているのかというと、答えは一つしかない。
つまり、私もその登場人物の一人に転生してしまったということだ。
いや、もうこういうのはラノベや漫画で山のように読みあさっていたので、記憶が蘇った私にはお馴染みの展開とも言えるのだけれど、でもだからってすんなり納得するかというとそうじゃない。
幼いころからその記憶に馴染んでいたのならまだしも、十八年普通に侯爵令嬢として生きてきたのよ。
ある日いきなり「ここは前世で遊んだ乙女ゲームの中！」と思い出したところで、冗談でしょうとしか思えない。
しかも自分がその乙女ゲームに登場する、ほとんどのイベントの途中で破滅するやられ役のモブ令嬢となればなおさらだわ。
いくら前世でその手のものが大好物だったとはいえ、ゲームは娯楽の一つとして割り切って楽しんでいた。
夢と現実の区別がつかない子どもだったわけじゃない。
前世の私は社会に出て、自分の力で生活する大人だったのだもの。
ゲームの中に転生なんてそんな非現実的なことが起こるはずがないことくらい、ちゃんと承知していたわ。
記憶が蘇ったから判る。
あれから屋敷に帰った後、改めて自分の部屋の姿見で確認した姿は、紛れもなくゲームに出てくるアリア・オルベールその人だった。
豊かな金髪とオレンジ色の瞳にメリハリのある女性らしい身体。
縦ロールではないけれど、膝の辺りまである長い髪を緩やかに波打たせた華やかな美人さん。
少しつり目気味の目元が意地悪な雰囲気を醸し出していて、ゲームで登場するときはいつも気持ち胸を反らし気味な立ち絵だったっけ。
自分でちょこざいな罠を仕掛けた挙げ句に失敗し、言い逃れをしようにも証拠がありすぎてゲーム中盤で修道院行きという報復を受ける、ダメダメすぎて一周回って愛すべきやられキャラ。
せめて転生するなら最後まで活躍する悪役令嬢じゃない？
とまあ、それは置いておいて。
死因は思い出せないがどうやら前世での私は何らかの理由で亡くなってしまったみたいだ。
長患いをした記憶はないから、きっと偶発的な事故か何かで命を落としたんじゃないかなとは思う。
まあ前世では両親はすでに他界していたし、身内らしい身内もなく、独身で、お付き合いしていた恋人もいなかったから、いまさら未練はない。
唯一心残りと言えば同じ趣味で親しくしていた友人たちに何の挨拶もできなかったことだけれど……きっと彼女たちも時間が経てば私のことなんて忘れるでしょう。
そう思えば前の私の人生は少しばかり寂しいものだったのかもしれないけれど、もう終わったことよ。
「それよりも大事なのは今のことよね……」
曖昧な記憶だが、ゲームに関することは好きだったので比較的良く覚えている。
正式なゲームタイトルは思い出せないのだけれど、五人ほどの攻略対象となる男性と、主人公であるヒロインが、ライバルとのトラブルや事件を解決し、やがては選んだ攻略対象の一人と結ばれる、という定番のお話。
ゲームでの私は主にメインヒーローである王太子、アークロイド殿下に恋をして、幼いころから努力に努力を重ねて王太子妃に相応しい教養を身に付けてきた侯爵令嬢だ。
しかしはっきり言ってゲームの中での私は大分鬱陶しい存在だった。
何しろ王太子殿下の行く先々に現れてはしつこくアピールし、舞踏会では外堀を埋めて殿下がダンスをしなければならない状況に追い込んだり、殿下に近づく他の令嬢たちを威嚇したり、滲み出る小物感が半端なかったから。
せっかく努力を重ねて王太子妃に相応しい教養を重ねてきたのならそれを大事にすれば良いのに、自ら価値を下げるなんて、もったいないの一言に尽きる。
対する主人公はデフォルト名がモニカ・レンドバーグ。
男爵家の庶子で、母親とともに市井で暮らしていた彼女が母の死とともに男爵である父に引き取られ、貴族令嬢としての新たな人生を送るという設定。
モニカは、もちろんヒロインらしく髪の色はピンクで、瞳の色も同じピンク色の綿菓子みたいに可愛い女の子だ。
小柄な身体で（でも胸のボリュームだけは立派）くるくると動き回り、コロコロと表情がよく変わる、明朗快活な性格。
貴族令嬢としては決して褒められない言動も多いけれど、それがすました令嬢たちばかりを目にしてきた攻略対象たちからは「おもしれぇ女」認定されて恋が芽生え、愛を育んでいくという、大変判りやすいストーリー展開だ。
そして、そんな乙女ゲームに出てくるキャラではあるが『キースクリフ』は攻略対象ではない。
むしろその逆で、ラスボス、いわゆる悪役として登場することになる。
では彼は悪人なのか？
いいえ、違う。
彼は最初から悪人だったのではなく、とある出来事をきっかけにして闇堕ちするのだ。
そしてその闇堕ちに大きく関わっているのが、私。
なぜか？
「…………」
そこまで考えて、すでに何度目か判らない羞恥に襲われ、言葉にできない衝動を逃そうと、傍らにあったクッションを強く抱き締めた。
「だめ……もう、本気で無理、死んじゃう……！」
そのままソファに横倒しになった、そのとき。
「……あの、お嬢様？　大丈夫でしょうか？」
恐る恐るといった様子で掛けられた声にハッとした。
しまった、今は一人でいるわけではなく、まだそこにヘレナがいたのだった。
見ればとても焦り、青ざめた顔をしている。
「えっ、あ……だ、大丈夫よ」
気まずさを覚えながら、日本人特有の曖昧な笑みで誤魔化そうとしたけれど、ヘレナの動揺はそれでは収まらなかった。
「どうしましょう……死んでしまいそうなほど具合が悪くていらっしゃるなんて！　い、今すぐお医者様を呼んで参ります、どうかお気を確かに……！　ああ、すぐに奥様や旦那様にもお知らせしないと……！」
「待って待って待って待って!!」
私が「死んじゃう」と余計なことを口走ったがために、それを真に受けたみたいだ。
それでなくとも先日は外出から帰ってくるなり部屋に閉じこもって、思い詰めた顔をしていたものだからなおさら、最悪のことを考えてしまったらしい。
おかげでオロオロと狼狽えながらも慌てて部屋を出て行くヘレナを、急いで止めなくてはならなかった。
「違うの、ヘレナ、たとえ、そう、もののたとえだから！」
「で、ですが、お嬢様、死んじゃうって……！」
「本当に死んじゃうわけじゃないの、ただそれくらい恥ずかしいことが……い、いいえ、そうじゃなくて！　軽はずみに不謹慎なことを言ってごめんなさい、だからお医者様もお父様やお母様も呼ばなくていいから！」
……私がキースクリフからの手紙に目を通すには、それから十分ほどの時間が必要だった。
どうにかヘレナを宥め、誤解を解き、封筒を見れば、羞恥に悶えながら握り締めてしまったみたいで上等な封筒や便せんにすっかり皺がついてしまっていた。
何とも気まずい気分でその皺を指で伸ばしてから、封蝋を割って開いた手紙には予想したとおり、私からの訪問を許す内容だった。


その翌日、私はヘレナを伴ってグランノヴァ侯爵邸へと向かうことになった。
キースクリフは自ら足を運んでも良いと手紙に書いてくれていたけれど、私が彼の許へ向かうのは謝罪のためだ。
詫びる相手に足労を願うわけにもいかない。
誠意を見せるためにもこちらから手土産の一つも持参して頭を下げ、そしてお礼もしないと。
謝罪も礼もあの場で告げたのだから充分だろうって？
確かにちょっとしたことならあれで充分で、後でお礼状を出せばいい。
でもあのときのことは、ちょっとしたことでは済まない。
まさしく私はキースクリフにこれからの人生を救われたことになるのだ。
「アリア・オルベール侯爵令嬢でいらっしゃいますね。グランノヴァ侯爵家へようこそお越しくださいました。旦那様の許へご案内させていただきます」
グランノヴァ侯爵邸では、すでに私の来訪予定が使用人に知らされていたのか、すぐに正門が開かれ、さらに向かった屋敷の正面玄関前では執事と複数のメイドたちが私の到着を出迎えてくれた。
一糸乱れぬ統率した動きから、使用人教育のレベルの高さがわかる。
初めて侯爵邸に来たけれど、さすがと言うべきだろうか。
どこもかしこも丁寧に手を入れられた屋敷に、調度品も派手ではないけれど質の良さや格式の高さを察することができる。
置いてある花瓶一つとっても、博物館に保管されていてもおかしくないレベルの物が幾つもあって、さすがはグランノヴァ侯爵家、と感心してしまうくらいだ。
まあ日本人の前世を思い出した今は単純に感心しているだけでなく、それほど高価な物があちこちにある屋敷を掃除するメイドたちに少し同情してしまう気持ちもあるけれど。
私だったら絶対に近づきたくない。
あの花瓶にも、あっちの花瓶にも、むこうの花瓶にも。
「旦那様。オルベール侯爵令嬢がお越しになりました」
「通せ」
案内されたのは応接室だろうか。
大きく重厚な両開きの扉の先では、これまた落ち着きのある深い飴色の革張りのソファにキースクリフが座っていて、私が足を踏み入れるのと同時に立ち上がるとこちらへ歩み寄ってくる。
その彼に恭しい仕草でカーテシーを向けた。
「ごきげんよう、グランノヴァ侯爵様。本日は訪問をお許しいただき誠にありがとうございます」
するとキースクリフも軽く会釈し、私が軽く差し出した手を取るとその指先に実に優雅な仕草で唇を寄せる。
「ようこそ。レディ・アリア」
……これまで当たり前のように受けてきた淑女への挨拶なのに、妙に気恥ずかしく感じるのは、やっぱりシャイな日本人の記憶が混じっているせいかしら。
それともキースクリフ相手だから、ちょっと緊張してしまうのかしら。
彼は手を取ったまま私をソファへ案内し、自分はその向かいの席へと移動する。
ほんの少しの距離だけれど、レディをエスコートする紳士として非常に洗練された仕草だ。
これまで彼とは何度も顔を合わせてきたけれど、当然ながら一対一でこんな交流を持ったことはない。
というよりもこれまで私は彼がほんの少しだけ苦手だった。
昔、もっと幼いときに出会ったころはそれほどでもなく、むしろ好意的に感じていたはずなのに、大人になるにつれてなんとなくとっつきにくいというか、雰囲気が冷たいというか……そんな印象が強くなって、自然と距離を取るようになってしまった。
王太子のアークロイド殿下がとても朗らかな方だから、余計に近くにいるキースクリフの冷ややかさが目立って感じたのかもしれない。
それにここ数ヶ月は特に顔を合わせるたび皮肉めいた苦言を呈されることが多くて、なんでそんなことをこの人に言われなければならないのと、反発心を抱く方が多かったと思う。
だけど今なら判る。
この数ヶ月、私はどうかしていた。
これまでに身に付けてきた教養やマナーなんて全部忘れたみたいに振る舞って、感情的になって……危うくゲームと同じように断罪される寸前だったのだ。
「好みのお茶はあるか？　あいにくとこの屋敷に女性が訪問することは滅多になく、好みや最近の流行がよく判らない。いくつか用意したから、好みを伝えてくれ」





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    <dc:creator>ガブリエラブックス</dc:creator>
    <foaf:topic><foaf:Image rdf:about="https://img13.shop-pro.jp/PA01280/163/product/190120939_th.jpg?cmsp_timestamp=20260114164743" /></foaf:topic>
  </item>

  <item rdf:about="https://gabriella.media-soft.jp/?pid=189727778">
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    <title>【12月26日発売】女嫌いと聞いていた騎士団長様が絶倫でした　溺愛に豹変するなんて、聞いてませんけど!?【本体1300円+税】</title>
    <description></description>
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●著：百門一新
●イラスト：サマミヤアカザ
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4815543792
●発売日:2025/12/26</div>

<p><span class="f130 black">騎士団長様の一途で健気な独占愛！ 貴方、女嫌いのはずでは―!?
<br /></span>

伯爵令嬢ソフィは、女嫌いで有名な、美丈夫の騎士団長ディラックが何故か彼女にだけは距離が近いのが不思議だった。そんなある日、父から縁談相手としてディラックを紹介され戸惑う事に。だが彼の真っ直ぐな想いに心を打たれソフィは結婚を承諾した。
「どうしてあなたは、そんなに愛らしいんだ」しかし、真面目な彼は結婚後は一転、絶倫溺愛でどろどろに熱く愛されソフィは混乱することに―!?



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プロローグ　お兄さまのもとに菓子をもらいにくる人



十八歳の誕生日まで、あと一ヵ月をきった。
学校を卒業してしばらくは大きな予定もなく、この日もソフィは兄の希望に頷くことしかできなかったのである。
「今日も菓子を持ってきてくれないか？」
「う、ん……」
そう手の込んだものは作れないがソフィにとってお菓子は作るのもあげるのもとても楽しいものだった。
でも最近は職場に差し入れをしてほしいと言う兄の要望に、躊躇いを感じる。
（お菓子を焼くのはいくらでも構わないけれど……）
趣味のような菓子作りが日課になったのは、忙しい両親に代わり面倒を見てくれた兄の影響が大きい。
ソフィはそろそろ十八歳になるが、作法は伯爵令嬢として及第点、刺繍だって見せられるほどの腕ではないと自覚している。
外見だって昔から小柄で、成年を迎える前だというのに子供っぽさが残ったままで鏡を見るたびに溜息を吐くほどだ。
屋敷の者たちは『可愛らしい』と褒めてくれるが、今縁談で人気のある女性はみんな背が高くて美しい人ばかりだとソフィは思う。
そんな彼女たちの最新の流行りは恋の詩集だ。
せめて話題に加わろうと学生時代は努力して読んだものだが、いまだ貴族女性たちを夢中にさせているその良さを理解できない。
母も呆れている。
学校でも目立つ存在ではなく、まだ縁談がないのも当然――。
成人を迎えるのも目前だというのに自分はだめだめだ。
でも、そう完全に悲嘆にくれずに済んでいるのは日課になったお菓子作りのおかげだった。
いよいよ自分に自信をなくしかけた頃に、全部自慢できるくらいだよとソフィを過剰に褒めちぎり、元気が出る菓子は世界でソフィが作るものしかないと笑顔で言ってくれたのが、兄のフロイドだった。
「よかった！　持ってきてくれるか。部下も食べたがるだろうから量が増えるかもしれないが、また『大きなクッキー』をお願いしてもいいか？」
「お兄さまがお好きなものでしたら、なんでも」
何も取り柄がないので、自分ができることでそうやって嬉しそうにねだられると、ソフィの愛らしい顔にもほっこりと笑みが浮かぶ。
兄が男の人には珍しく甘いものが好きだったのも幸運だっただろう。
（いい兄を持ったわ）
いつだって元気をくれるフロイドは、ソフィの自慢の兄だった。
朝食後にこうやって話を振ってきた彼は、このラロンジュ伯爵家の跡取りだ。
ソフィの三つ年上で、王宮の行政官として着実に実力をつけて昨年、二十歳という若さで部署長になった実力も素質も兼ね備えた人だ。
黄金の髪、明るいブルーの目をした美男子で、女性たちにも人気がある。
やってみたら仕事が楽しく、その傍ら家業を継ぐための補佐業も充実しているようで恋愛事なんてまだ頭にないらしく、両親は心配しているようだが、兄は人を楽しませる話術にも長け、社交の幅も広い。兄ならどんな女性も好感を抱くから問題ないだろう。
その一方で、兄と同じ髪と目の色をしているのに、目立たないのがソフィだ。
膨らんだ髪は父譲りで大きく波打っていて、体が華奢なのに髪が目立つのではと少しコンプレックスでもある。
母譲りの瞳は悪くない気もするが、寝巻でも美しい兄を見ていると自信を失う。
そんな中、菓子作りはソフィが時間を忘れられる唯一のことだった。
フロイドが王宮勤めになった時には、午後の休憩で食べたいのだとねだられ、菓子を作る理由が増えて嬉しく思ったものだ。
兄はよくソフィに『もってきてくれないか』とお願いした。
そこらの菓子店よりも断然美味しい、元気が出ると言われれば悪い気はしない。ソフィだって作るのは楽しい。
そのうえ、職場に菓子を持っていくことだって苦労に感じていない……。
が、最近それでも億劫になってしまったのは理由があった。
「……例のご友人もいらっしゃるの？　お兄さまとは部署も違うはずの、軍人さま……」
「ああ、ディラックのことか？　ははは、彼は部署を超えて心の友みたいなものだ。たぶん来るのではないかな？」
兄がソフィの質問をそう深く考えずに回答をしてきたので、ソフィはつい出そうになった溜息をこらえる。
（どうして疑問に思わないのかしら……）
友人作りが得意な兄の気質ゆえなのだろうか。
部署に軍人が一人だけ混じって一緒に休憩している様子は、なんとも目立つ。
しかもそれが、マントまで着用した『騎士団長さま』なのだ。
「繁忙期にはソフィの菓子が一番効くからな。夏に入るまでには、いろいろと片づけてしまいたいものだ。そろそろ避暑地の計画も立てていく頃じゃないか？」
「私は外に行く予定は、とくには……」
「ボート遊びくらいならソフィも大丈夫だろう？」
にこにことうながされ、ソフィはこれまでの夏の思い出を振り返る。
内向的な妹をフロイドは積極的に連れ出した。それは両親が安心するほどだ。
昨年も、日傘をさしてボートに乗った。
兄と友人たちのボートが浮かべられ、釣りの光景を楽しく眺めていたのだ。
「まぁ、そうですね」
「お前も一緒に楽しめる企画を考えてみよう。ああ、ジョージは狩りに行きたがっていたな」
「今年も母上と妹たちは茶会を？」
「検討しているそうだ。母上も退屈しないと思う」
別荘地では各敷地同士がかなり離れているが、お隣さんが兄の友人であるジョージの生家の別荘だ。
フロイドの友人の幅は広く、ソフィが彼らと楽しく過ごせるのも兄のおかげだ。
「坊ちゃま、馬車の準備が整いました」
執事が顔を出して報告してきた。
「お見送りしますわ」
「大丈夫だ。それじゃあ菓子を楽しみにしてるよ。いつも俺の我儘に付き合ってくれてありがとうな」
立ち上がったところで、急に抱き締められた。
よろけそうになるソフィをフロイドはしっかり胸に抱えている。
「俺はなんて兄想いの妹に恵まれたのだろう」
幼い頃から何百回と聞かされた言葉だ。
彼は妹をベタ褒めするのが趣味なのではと思うくらい、昔から時間があれば顔を出して自分からソフィの世話を努めた。
年頃なので最近は恥ずかしいが、この腕の中が安心できるのも確かだ。
「私だって――とても素敵な兄に恵まれて幸せですわ」
ソフィも感慨深い気持ちで兄に腕を回す。
あまりにも内向的だと『いいところに嫁げないぞ』と叱られる風潮も強い。
それなのにフロイドは、いつだってソフィを肯定してきた。
おかげで社交は無理にしなくていいということになったし、学校以外の時間をほとんど趣味と、令嬢友達とのささやかで楽しい時間を過ごすという、穏やかな暮らしができていた。
（でも私もそろそろ、覚悟を固めなくてはと思っているの）
温かく見守ってくれた兄にも恩返しがしたい。
成人すれば家のために結婚しなければならないので、両親も今は好きにさせてくれているのだろう。
ラロンジュ伯爵家は事業も成功し財も豊かだった。
早いうちから縁談先を探さなければならないという焦りとは無縁とはいえ、ソフィも令嬢に生まれたからには心得ている。
（お兄さまに差し入れを持っていくのも、あとどのくらいできるか分からないし）
だから、今日も行こう。
そうソフィは思った。いつ父から結婚に関する話を聞かされるか分からない。結婚相手探しで母とあちこち回らなければならなくなったら、こんな時間はなくなるだろう。
「何種類か大きなクッキーを焼きますわ。楽しみにしていらして」
「ああ、楽しみに待っているよ。通行許可証を忘れないようにな」
「もう忘れたりしません」
何度か迷惑をかけたソフィは、少し恥ずかしく思いながら兄を見送った。

菓子の材料は普段から切らさないようたっぷり用意されている。
兄にはにこやかに答えたものの――。
（さすがにいないわよね？　三日前に居合わせたばかりだし）
午前中いっぱいをかけてせっせと菓子を焼いたソフィは、王宮の午後に設けられている休憩時間を目指し、馬車に乗り込み王宮へと向かった。
後ろで侍女がバスケットを抱えている中、政務側の出入口を通路の角から覗くソフィの表情は、曇り気味だ。
週明けにも、差し入れの菓子を持っていった。
その際にも、兄がリーダーを任されている第五行政官室に一人だけ軍服で、明らかに他の人たちと違い鍛えられている軍人がすでに座っていて、驚いたものだ。
（いえ、さすがに今日はいないはずよ）
ソフィは首を左右に振る。彼女の大きく波打つ金髪が猫の毛のようにふわふわと揺れるのを、侍女も、警備兵も、そして出ていく文官たちもほっこりした様子で見つめていく。
「フロイド殿の妹君だよな」
「ああ、相変わらず美少女だ」
「俺も差し入れが欲しいよ……」
そんな声はソフィの耳に届いていない。
「さっ、行くわよっ」
「はい、お嬢様」
ソフィは政務区の入口で通行証を見せて通ると、自分付きの侍女であるアンナを連れて先に進む。
軍人たちを見かけるのはサロンなどがある王宮の西側だ。
騎士たちに憧れを持っている令嬢たちが、公開訓練などの見学も行っていると聞く。
ソフィの行動範囲は兄に限られるので、足を運んだことはないが。
「アンナ、バスケットをありがとう」
大きなバスケットを両手で受けとったソフィは、アンナがお付きの者が利用する控室側へ向かったのを見届けた後で、どきどきしながら兄がいる第五行政官室を覗く。
だが顔を出した瞬間、誰かとぶつかりそうになった。
「きゃっ」
目の前に現れた人物に驚き、ソフィは両手からバスケットを落としそうになり背筋が冷えた。
（あっ、バスケットがっ）
その時、バスケットの取っ手を大きな手が握った。
「おっと」
ついでにもう一つの大きな手が、あっという間にソフィの腰をすくいあげて、支える。
ソフィは口をぱくぱくと開閉させてしまう。
「大丈夫か？」
問いかけてきたのは『騎士団長さま』と呼ばれている、王家の直属の第一騎士、その団長ディラック・グレンディルダだ。
男らしく整った目鼻立ち、さらりと黒い髪が揺れるのがよく見えた。
彼の藍色の目にソフィはびっくりしている自分の顔が映っているのを見る。
「あ、あり、ありがとうございます……」
驚きと、そして恥じらいをこらえきれずみるみるうちに真っ赤になってしまう。
父や兄以外の男性とそう接近することなんて、なかなかない。
しかも騎士団長であるディラックは、大きくて、腕も太いし、とにもかくにも兄とはまったく違うタイプだ。
どうして二人が仲良くなったのか不思議なくらいである。
「バスケットは俺が運ぼう」
「よ、よいのですか？」
答えている間にも、ソフィの両手が軽くなって、バスケットがディラックに持ち上げられる。
自分で持っているとあんなに大きく見えたのに、彼が持つとバスケットが小さく感じるのも、不思議に思える。
「ありがとうございます」
小さな声でお礼を伝えた。
それなのに引き続き正面からじっと見つめてくるディラックに、ソフィは心臓がばくばくして、勝手に頬が赤らむ。
（相変わらず、ち、近いわ。いつまでこうしていらっしゃるつもりかしら……？）
彼は、よくこのようにじっと見てきた。
それもソフィが彼を苦手と感じることの一つだ。
ディラックはわかりづらい人だった。
なんだか圧迫感があるし、とにかく背も高いし怖い。
しかも『見目麗しい第一騎士団長は、女性嫌いだ』という話は、ソフィも知っているくらいに有名な噂だった。
「おぉっ、ソフィきてくれたのか！」
明るい声が不意に飛んできて、ソフィの心が晴れやかになる。
ディラックが大きな壁になって見えなかったが、脇から覗くと四つのソファが向かい合った席からフロイドが手を振ってくる。
「ちょうどこの書類のチェックを終えたら休憩にするところだった」
そう告げてくる兄の左右で、たくさんいた文官たちが休憩を喜ぶように笑顔になった。
彼らからは忙しそうながらも相変わらず柔らかな空気が漂っていて、ソフィを歓迎するように笑顔で手を振ったりしてくれる。
「ところでディラック騎士団長、いつまでそうしているつもりだ？」
フロイドが溜息混じりに言った。
「知っての通り、うちの妹は男に免疫がないんだ。あなたのほうからどいてやらないと、ソフィは固まったままだぞ？」
「それは失礼した」
ソフィは『兄さまさすがです！』と思い、こくこくと同意を示す。
ようやくディラックが距離を取り、室内へと体の向きを変える。
「ソフィ嬢、手を」
「え？　あ、はい」
彼にエスコートを申し出られると条件反射に緊張してしまう。
（私が手を触れるのは平気みたいだけれど……）
室内へと導かれながら、ソフィは精悍なディラックの顎のラインを盗み見る。
社交デビューしてからすぐのことだった。
『俺の友人だ』
と、兄が紹介した相手はソフィでも知っている有名な第一騎士団長のディラックだった。
名前を聞いた時は驚いたものだ。
この距離に居合わせて、果たして大丈夫なのか、と。
友達の令嬢から聞かされていたとおり、ディラックは愛想笑いもしない男だが、実に端正な顔立ちをしていて、着飾ると、それはもう女性たちの視線を集めまくる美形だった。
だが女嫌いらしく、彼に言い寄った女性たちは、いつも極寒の目で睨まれるという話もよく聞いた。
他にも、ダンスに誘った際にこっぴどく断られ、恥をかかされて泣いたデビュタントがいたと聞いた時、ソフィも令嬢友達と一緒に竦み上がったものだ。
「どうぞ」
ディラックの手つきはかなり慎重だ。
書類に急ぎ目を通している兄の隣に、ソフィを優しく座らせる。
（……兄のおかげ、よね？）
女性が嫌いだと言われているはずだが、今のところ社交界の女性たちが何人もくらったという冷たい仕打ちは受けていない。
それについては彼がソフィを女ではなく『友人の妹』、つまるところ子供枠に収めている疑惑がソフィの中にあった。
平均よりも小柄で、見た目も子供っぽいからそう思われても仕方ないだろう。
ディラックが、こちらに向いている隣のソファに腰を下ろした。
（手を組んでじっと見てくるわ……勘弁して……）
ソフィは、毎度のごとくじっと見つめられて緊張が抜けなかった。すでにテーブルに用意されている三つの大きな平皿に、クッキーを取り出していく。
（それともいちおう女性枠ではあって、警戒なさっている、とか？）
どうして彼のような強くハンサムな男が、女性嫌いになったのか。
社交界では、騎士になるべく訓練に明け暮れて女性とはしばらく縁がなかったせいだとか、美丈夫のあまり女性と何かしらトラブルがあって嫌いになった――などなどレディたちがいろいろと憶測を語っている。
すると、部下に書類を手渡したフロイドが匂いを嗅ぐ。
「匂いからしてうまそうだ。かなり焼いてきてくれたんだな」
嬉しそうにバスケットと皿のクッキーを覗き込む。
「皆様お召し上がりになるかと思いまして」
すると室内にいた若い男たちが「ありがとうございます！」と声を揃えてきて、ソフィはビクッとして手が止まる。
「これで今日を乗り切れます」
「僕は心底部署を変わりたいです……」
「宰相府の仕事、めちゃくちゃ多忙……泊まり込み作業とか、きつすぎ……」
「婚約者からの差し入れが唯一の救い……明日は顔が見られるだろうか……」
口々と溢れる嘆きはなんとも悲惨だ。
たまに兄も残業でここで雑魚寝して翌日の正午まで仕事をすることがあるが、フロイドはいい経験をさせてもらえているので忙しさも楽しい、とポジティブだ。
前向きな性格なのは兄の美点ではあるのだけれど――。
「ははは、相変わらずここにはまだ慣れないかぁ」
「ご、ごめんなさい」
「いいや、ソフィは悪くないさ。お前たちが急に大きな声をあげるからだろう」
ふとディラックの声が男たちに向かって放たれた。
指摘する声は鋭い。
部屋の空気が緊張するのではないかとソフィは居心地が悪くなったが、文官たちは疲労感でそれどころではないみたいだ。
「はいはい、気を付けますよ」
「俺たちではなく、騎士団長さまの圧が怖いのでは？」
まさにそれだ。心の中でソフィは思った。
立ち上がったフロイドが笑う。
「おいおいお前たち、俺の心の友にそうさみしいことを言ってくれるな」
「リーダー、いつ心の友に昇格したのです？」
「つまりは親友だ。彼も休憩なのだから、一緒に菓子を食べて親睦を深めようではないか。さぁ手が空いた者から先に食べるといい」
やはり、また一緒にするつもりなのだ。
喜んでやってきた男たちに大きな皿のうち二つを手渡したソフィは、こうしてはいられないと思う。
こうなったら速やかに帰るしかない。
「そ、それではお兄さま、私は今日のところはこれで帰ろうかと」
「せっかく来たんだ。脚を休めていくといい。お前が大好きな紅茶を淹れてあげるから、待っていなさい」
立ち上がろうとしたソフィの肩を、兄が手を置いてその場にとどめる。
「リーダーが優しすぎる……」
「伯爵家の嫡男なのに、いろいろとできるんだよなぁ」
「なのに仕事が大好きな変わりものだし」
「はいはい、お褒めの言葉をありがとう。お前たちはソフィがいるからそっちの応接席を使えよ」
給湯室側に向かいながら、フロイドが言った。
「分かってますよリーダー、緊張で喉を通らなかったらかわいそうですもん」
「あっ、用意していたお茶は俺が配りますから」
何人かがフロイドのほうへ行く。
他の男たちは広い室内にある他の席や、仕事用の椅子を引っ張ってきて二グループに分かれ、自由気ままなスタイルの休憩に入った。
（どうしよう）
またしてもディラックがじっと見つめてくる。
あちらこちらを見ているふうに視線を逃がし続けていたが、とうとう気になってディラックと目を合わせた。
「君も食べていくといい」
「……えっと、紅茶だけいただいていこうかと」
ここはあなたの部屋ではないのですけれど、なんて思ったらなんだか少しは気が抜けた。
給湯室は扉が開くと、ここからでもよく見えた。
フロイドが手慣れた様子でお湯を用意し、棚から茶葉の容器の一つを取り出して、香りを嗅ぐ。
そんな様子を観察しているソフィのそばから、ディラックがクッキーをつまんだ。
（この人、お兄さまが紅茶を用意しているのに……）
つい、ちらりと視線を向けると彼が表情を緩めているのが分かった。その姿を見てソフィの緊張はふっとほどけた。
（……今日も嬉しそうだわ）
美味しく食べてもらえるのは好きだ。
最初は居合わせただけだから付き合いで食べていると思ったのだが、今ではディラックは自分から好んで食べていることがよく伝わってきて、見ているとなんだか胸がきゅっとした。
（やっぱり、甘いものが好きだったりするのかしら？　だから、よくここにも来るのかしら）
いつの間にかソフィはディラックを観察することに夢中になっていた。
宰相の直属の部署だと、差し入れも支給も多いとはフロイドに聞いた。
「君もどうだ？　美味しいぞ」
ふっとディラックの視線が返ってきた。
作った本人なので味は分かっているのだが。
ソフィは彼が持っていたクッキーを食べ終えて、新しいクッキーを取るのを見た。
「えっ？」
大きな彼が身体を寄せてきて、腕を伸ばす。
至近距離まであっという間に迫ったクッキーに驚いているとソフィの唇の間に、それが差し込まれていた。
（こ、この人、た、食べさせ……っ？）
ソフィは真っ赤になる。
こういうところがあるから彼が苦手なのだ。
「遠慮せずに食べるといい。君が作ってきたクッキーだ」
一度口をつけたものを出すほうがはしたない。
ソフィは、唇に感じるクッキーの甘さに口を動かし、小さくかじる。
舌の上でとろけていくチョコクッキーは、味見した時より甘く感じた。
「――小動物みたいだな」
ぼそりとディラックの声が聞こえた。
「え？」
「このまま俺が食べさせようか？　それとも、自分で？」
彼の真剣な表情を、ソフィは信じられない思いで凝視する。
（じょ、女性嫌いなんでしょー!?）





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    <dc:date>2025-12-09T14:03:38+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ガブリエラブックス</dc:creator>
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  <item rdf:about="https://gabriella.media-soft.jp/?pid=189727614">
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    <title>【12月26日発売】偽聖女として処刑される代わりに隣国へ嫁がされましたが、本当に聖女じゃないですゴメンナサイ【本体1300円+税】</title>
    <description></description>
<content:encoded><![CDATA[
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●著：春瀬湖子
●イラスト：ウエハラ蜂
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4815543785
●発売日:2025/12/26</div>

<p><span class="f130 black">追放されましたが媚薬も解毒薬も作ります！！
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涙が薬になるという聖女を騙り、薬草を使い病を癒やしていた偽聖女のニコレットは、嘘を暴かれ断罪される代わりに「聖女」として隣国アルベールに嫁がされる。国王の愛人になると思っていた彼女の前に現れたのは数日前まで彼女の護衛騎士だったリオネルだった。彼は隣国の第二王子だったのだ｡
｢今夜は俺たちの初夜だがわかってるよな？」驚く間もなく抱かれ彼の妻としての日々が始まって――!?



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序章　ゴメンナサイ、偽聖女です



それはまだ大地に境目などなかった頃のこと。
ある土地に危機が訪れ、人々が原因不明の病に倒れ続々と命の灯を消していた。だがその危機を乗り越えるべく、その地に住まうひとりの少女が立ち上がる。
彼女は来る日も来る日も命を削りながら神へ祈りを捧げ、人々が助かることだけを願い続けた。そんな彼女に心を動かされた神が彼女へと力を授け、少女の涙は万能薬となり人々の命を救ったのだ。
いつしかその少女は?聖女?と呼ばれ、彼女の涙は?聖水?と呼ばれるようになった。
──それが、ボドリヤール聖国に伝わる聖女の奇跡である。

今では大地の明確な境目として国境が引かれ、国家間に殺伐とした空気が流れているが、決して国自体も大きくなく軍事力も強くないにもかかわらず不可侵を守っている国がボドリヤール聖国である。その理由は簡単、聖女が生まれる唯一の国だからだ。
聖女は貴族の血筋に生まれる……というのは、伝承の中の彼女を中心に国が作られたからだという。だが生まれるといっても今ではなかなか聖女の力を持った者は現れない。数年、いや数十年に一度現れるかどうかだった。
だからこそボドリヤール聖国ではその威信を守るため常に聖女を探し、聖女の力を有すると認められた者には多額の支援金と褒賞を与えることを宣言したのだ。
（だから、私が養女としてロジェイ伯爵家に迎えられたのよね）
死に別れた姉の娘だ、なんて大層な理由で引き取られた私だが、そんなことはなく、たまたまロジェイ伯爵と同じ淡いハニーブロンドとエメラルドのような緑の瞳を持っていただけ。
そして私自身に記憶はないが、院長によれば流行り病で両親を喪ったのちにこの孤児院へやってきたらしいので、本当に伯爵とは関係がない。完全なる赤の他人だ。
けれど当時十二歳だった私が裏庭で育てた薬草を煎じて作った薬を、孤児院の子供たちへ飲ませ治療していたのを見て、伯爵は使えると目を付けた。
当時のロジェイ伯爵家はかなり落ち目で、正妻と実娘の浪費や本人の女遊びの影響で借金が嵩んでいたらしい。
このままでは領地没収、爵位剥奪だったが、もし自身の娘が聖女の力を発現させたとなれば多額の支援金と褒賞で一気に返り咲けるのだ。こうして私はただの孤児から貴族の娘、そして久方ぶりに現れたボドリヤール聖国の聖女になった。
──そう、もうお分かりだろうが……
今代の聖女、ニコレット・ロジェイは、貴族の血筋どころか、正真正銘の?偽聖女?なのである。

（だから、まさかこんなことになるだなんて思ってなかったの）
「わかってる？　私、偽物なんだけど」
組み敷かれたベッドの上で、私に跨りバサリと上衣を脱ぎ捨てる黒髪の青年。
どこか高貴さを滲ませるアメジストのような瞳は、共に過ごした八年間向けられてきた苛立ちではなく劣情を孕ませている。
「ハッ。だが今は俺の?本物?の妻だろ」
鼻を軽く鳴らし傲慢に見下ろされるが、私の腹部に触れる手がどこまでも優しくて……。
（どうしてこうなったのかしら）
それを思い出すのは少し前、私が偽聖女だとバレた日まで遡る──



第一章　偽物ですけど、正気ですか？



簡易なベッドに小さなテーブル、そしてそのテーブルの上には空の小瓶がいくつかあるだけの部屋。窓には外から格子が取り付けられており、脱走できないように設計されているここはまさしく監獄といってもいいだろう。部屋の外には騎士がふたり立っており、私が逃げ出さないように見張っている。
「むしろよく八年間もバレなかったものよ」
私の口からくすりと乾いた笑いが溢れたが、聖騎士のリオネル・レノンは何も反応をしなかった。この部屋には私と彼だけしかいない。少しだけ、とワガママを言いふたりきりにしてもらったのだ。
どうせならばいつものように盛大な嫌味のひとつでも言ってくれれば気を紛らわせられるのに、なんて思ったけれど、それは流石に虫が良すぎるというやつなのかもしれない。
夜空のような彼の暗い髪色は、普段は真っ黒にしか見えないが太陽の下では僅かに紺色がかる濃紺だ。何度も見たその夜空のような色が紺色に輝くところをまた見たいと思ったけれど、私が次に部屋の外、太陽の下に出る時は断罪される時だろう。
（その時リオネルはそこにいてくれるのかしら）
いや、多分いない。だって私たちは偽聖女と護衛騎士という関係でしかないのだから。
偽物だという疑惑が出た時点で教会は私を見限った。私の所属が教会から国に変わったことで、護衛も教会所属の聖騎士から国所属の騎士へと代わり、聖騎士であるリオネルともお別れになる。
「なんだ？」
私の視線に気付いたリオネルが少しムスッとした顔をこちらに向けた。彼の不機嫌そうなこの表情はいつものことだった。

ロジェイ伯爵に引き取られるまでの私は、ごく普通の孤児だった。
暮らしていた孤児院はかなり貧乏で、病気になっても医師に診てもらうなんてことはできなかった。そのため、孤児院の先生の薬草知識を借り、院の裏に偶然自生していた薬草で子供騙しの薬を作って治療をしていたのだ。
そんな私を見て使えると思ったロジェイ伯爵が孤児院への援助を交換条件に私を養女へと迎え、褒賞目当てに聖女へと仕立て上げたというのが偽聖女の誕生秘話である。
（養女とは言っても完全に他人だったけどね）
聖女だが偽物だ。万が一バレた時を考えれば極力接触を避けるべきだと思ったのだろう。私は伯爵一家の住まう本邸には近付くことすら許されず、離れの小屋を与えられそこで暮らすことになった。
教会側からは熱心に迎え入れようと様々な厚遇を用意してくれたが、薬草がないと何もできない偽物の私は断るしかない。
当然それは伯爵側もわかっていたのだろう。冷遇しつつも薬草だけはしっかり仕入れてくれていたので、それらの種を育てながら掛け合わせ、私は少しずつ調合薬の作り方を学び過ごした。
「もちろん、いつまでも騙せるとは思ってなかったけどね……」
私が聖女として活動し始めて二年が経った十四歳の頃、六歳年上のリオネルが二十歳の時、その日は唐突にやってきた。リオネルに、偽物であるとバレたのである。

村というよりも集落と呼んだ方がいいほどの、住民の少ない場所での集団感染。
事前に教えてもらった症状から食中毒だと判断した私は、人数分の調合薬を持って遠征した──まではよかったのだが、着いた先にいた患者の人数が倍だった。
（まさか結婚式をしていたなんて）
持参した調合薬が効いたのは幸いだったが、結婚式に参列していた別の村の人たちにも感染していたため、薬が全然足りない。
仕方なく遠征の拠点として借りた宿屋の一室で、追加の調合薬を作ることになったのだが、患者の治療で走り回っていた疲れが溜まっていたのだろう。気付けばうっかりうたた寝をしていた私は、突如響いたガチャンという音で目を覚まし、呆然とした顔のリオネルと目が合ったのだ。
ある意味この国でもっとも重要な人物が聖女だ。そんな聖女が夕食にも出ず、呼んでも反応しないとなれば、どれだけ頑なに入ることを禁止していたとしても、そりゃ踏み込まれるというものである。
幸い宿屋にはマスターキーがあったためドアを壊されるようなことはなかったのだが、広がる数々の薬草と小瓶、そしてすり鉢を片手に眠りこけている私を見たリオネルの、あの呆れた顔は忘れられない。
一瞬固まった私たちだったが、動き出すのはリオネルの方が早かった。素早く部屋の中に入り、再びガチャンという金属音を響かせ鍵をかけたのだ。
普通、護衛は許可なく部屋の中までは入らない。もし入ったとしてもドアに隙間は空けておくもの。それなのに、わざわざ鍵をかけ他者の目から隠したということは、私の正体がバレたということである。
「未婚の男女が密室にいるのは世間的によくないのではないかしら」
「涎も拭けない子供と間違いが起きるはずないだろ」
「し、失礼ねっ!?　それくらい自分で拭けるわよ！」
ここからどう誤魔化そうか、と必死に思考を巡らせながら苦し紛れにそんなことを言ってみるが、ため息混じりの指摘に羞恥心を刺激されただけで終わった。
せめていい案が思い浮かべばよかったが、当然そんなこともなく、部屋の中は嫌な沈黙に包まれた。
（処刑されるわよね、これ）
聖女を騙るなんて大罪だ。しかも、彼はその聖女を信仰している教会の騎士。この場で斬り殺される覚悟を決めたのだが、聞こえてきたのは『食中毒か』という言葉だけ。
どうして机に並んだ薬草だけでリオネルが食中毒だと見抜けたのかは謎だが、私はここぞとばかりに口を開いた。
「ば、罰を与えるなら明日以降にして！」
「なぜ？」
「私の患者がいるからよ」
表情の読めない、むしろ私を品定めするような視線を向けられ、居心地が悪かったのを今でも覚えている。

（あの後も、リオネルは私を咎めることはしなかったのよね）
それどころか、最初は何人もの聖騎士が交代で護衛してくれていたのが、いつの間にかリオネルが専属の護衛騎士になってくれていた。きっとすべて、私が偽聖女だと気付かれないように、だろう。
彼は一度もそうだとは言わなかったけれど──
（そうまでして守ってくれていたのに）
結局、偽物には相応の罰が下るのだ。
「でも五日も猶予がもらえて良かったわよね！」
「ただ薬草を煎じているところを見られただけだからな」
さっきは返事をしてくれなかったリオネルが今度は短くだが返事をしてくれる。いつも憎まれ口を叩いていた彼があっさりと私の言葉を肯定したことが、今置かれている状況の悪さを物語っているように感じた。
「それでもこの五日は……生きていられるわ」
現在の私はまだ偽物の疑いがかかっているだけだが、この五日の猶予のうちに涙を流して万能薬を作り出せなければ偽聖女だったと決定づけられ罰を受ける。すぐに涙なんて流せない、と言い張って貰えたこの五日。この時間で一体何ができるのか。
「せいせいするでしょ」
静まり返る部屋の中で、私の声だけが反響する。その静けさが居心地悪い。
「……逃げるか？」
「え？」
言われた内容を理解する前に、私の胸が高鳴った。
ぽつりと呟きながら私の目の前に、リオネルの手が差し伸べられる。
「逃げないわよ、私の罪だもの」
「お前だって被害者だろ」
「それでもよ」
「ここで手を取らねぇとかバカじゃないか」
「バ……ッ!?」
散々なその表現に苛立ちを覚える。本当にリオネルはいつもこうなのだ、私のことをいつもどこか見下したような口調で貶め──そして、誰よりも案じてくれる。
（本当に、バカだわ。私もリオネルも）
リオネルの手を取れば、それが束の間の幸せだとしても幸せになれる。だって、私は。
（ずっと、ずっと好きだったんだもの）
だからこそ未来のない道は選べない。その一瞬の幸せのために、リオネルの人生を犠牲になんてできないからのだから。
「わかってるけど、これで……いいのよ」　
「死ぬかもしれねぇんだぞ。逃げるかって聞いたら、ここはハイだろ。バーカバーカ」
「バカって言う方が……というか、どうしてわざわざ私のために聖騎士のリオネルがそんなこと言うわけ？　まさかリオネルって私のことが好きだったり？」
呆れを滲ませながらバカにされた私はそのままの勢いで反論しようとしたのだが、ふと思いついたまま疑問を口にする。
当然リオネルからは即座に反論が来るだろう。呆れてため息を吐かれるか、それともあり得ないと一蹴されるかそのどちらかだ、と思っていたのに、私の予想と違い、彼からの反論は待ってもこなかった。
（あ、あり得ないわよね？　だって、だって私）
「出会った時は十二歳のいたいけな少女だったんだけど!?　まさかロリコ……」
「俺だってその頃は少年だったわ！」
私の言葉に食い気味に言葉をかぶせたリオネルと真正面から目が合った。さっきはあまり見えなかった彼の表情が開けたように目に飛び込んできて、私はホッとする。
「で。どうする？」
話を戻すようにそう言いながら顔を再び背ける。勘違いかもしれないけれど、いつもあまり表情が変わらない彼の耳がわずかに赤く染まった気がして、私は笑みを溢した。
「逃げないって言ったでしょ」
「処刑されるかもしれないんだぞ」
「追放かもしれないじゃない」
もし逃げたとして、一生追手に怯えて暮らすなんてやはり現実的ではなく、そんな生活にリオネルを巻き込むなんてできるはずない。
「もし追放だったら、どこかでまた薬草を煎じるの。今度は堂々と、ね」
私は偽物だったけど、それでも自分が作った薬で誰かを救えたという事実は私にとってとても大切なことだったから。
「そうか」
自分で断ったくせに平然と頷かれ脱力しつつも寂しさを感じてしまう。そんな自分に苦笑した。
「リオネルはもう教会に戻ったら。護衛は、扉の外に騎士様がいるから」
「あいつらが護衛、な。相変わらずおめでたい頭だこと」
「うるさいわね」
ハッと鼻で笑われ苛立ちを覚える。私だって外の彼らが純粋な護衛ではなく、罪人の監視だということはわかっていた。
「それでも、そう考えていた方がマシじゃない」
「おめでたい思考回路だ」
「だからうるさいってば」
「ハイハイ。じゃあ、俺はもう行くから」
「あ……」
ガタン、と音を立てて椅子から立ち上がったリオネルに、思わず小さく声が漏れる。そんな私に怪訝そうな表情を向けた彼へ、私は精一杯明るく取り繕った表情を向けた。無意識にすがりかけた自分に呆れる。
「元気で」
「あぁ」
逃げるか、なんて言った彼は私の言葉にさらりとそう返事をし、そのまま部屋の外へ出て行ってしまった。
（あっさり行っちゃうんだ）
一度も振り返らない彼の背中を見ながら、私は小さく「薄情者」と呟く。八年間も一緒にいたのに、終わりはなんとあっけないものなのか。
（でも、これでいいのよね）
「逃げるか、だって。ふふっ」
ひとりになった部屋で乾いた笑いと共にそんな言葉が零れる。一瞬で去ることを決めてしまったリオネルにガッカリしなかったと言えば嘘になるが、逃げるかと言ってくれたのも彼で、そしてそんな彼の言葉が少し、ほんの少しだけ嬉しかったのも本当だ。

そうして迎えた五日後の朝。
小瓶の中は当然空のままだ。涙は出なかった。泣いたとしても私は偽物、万能薬など作れるはずもないのだから。
「聖女ニコレット、出ろ！」
呼びに来た騎士が私を未だに?聖女?と呼んだことに違和感を覚えた。まだ偽物だと断定されていないからだろうか？
騎士が私をニコレット・ロジェイと呼ばれなかったということは早々に伯爵が私の籍を抜いたということだろう。向かったのは城下町の広場で、たくさんの人々に囲まれていた。貴族や騎士たちからは冷たい視線を向けられたが、遠くで私を見る平民たちからは気遣わしげな視線が向けられていた。もしかしたら私の煎じ薬に助けられたことがあるのかもしれない。
（偽物だったけど、誰かは救えていたのね）
私が作れるのは伝説の聖女による万能薬ではなかったけれど、確かに誰かのための薬ではあったのだ。
「聖女を騙ったとされる大罪人、ニコレット！」
そんな言葉が響き、私は広場の中央で跪く。いつも着ていた聖女服の着用が許されたのは幸いで、少し生地の分厚い布地のお陰で地面に膝をついてもあまり痛くはなかった。
（あぁ、断罪が始まるのね）
絞首かしら、それとも火あぶり？　首を切られて晒されるのかもしれないわね。なんてどこか冷静に考える。
だが、城から派遣されただろう偉そうで豪華な服を着たその男性が告げたのは想像もしない言葉だった。
「陛下の命により、彼女が聖女であることをここに宣言する！」
「……は、はあっ!?」
「なッ！」
思わず素の声が出た私と同じく驚きで声をあげたのは他でもないロジェイ伯爵だ。その声で彼もこの場所に来ていたことを知る。
当たり前のように処刑されるはずの私が、聖女として認められるなんていう逆転劇を見せたのだ、焦ったとしてもおかしくはない。
そしてこの宣言は私たちふたりだけではなく、先ほどまで私へ冷たい視線を送っていた貴族たちにも動揺を与えた。一番動揺しているのは教会だろう。
「証拠は！　彼女は伝承のような涙ではなく薬草で薬を作っていたという報告が上がっております！」
「聖女ニコレットがその手腕で人々の病を治していたのは事実だろう」
「それでは薬師と変わらない！　聖女というのは……っ」
（どうなっているの？）
まさか王家側が私の味方をするとは思っておらず、呆然とそのやり取りを眺める。
「静まれ！　陛下よりお言葉を預かっておる！」
一気に広場がざわめき出すが、そのざわめきを咳払いで黙らせたのはやはり豪華な服を着た先ほどの男性で、私は知らないがやはり高貴で権力のある偉い人だったらしい。その男性が私へと視線を向ける。そしてニヤリとした笑みを浮かべた。
「聖女には隣国アルベールへ嫁いでもらう」
「ア、アルベール……っ!?」
「本来ならば王女殿下が嫁ぐことになっていたのが、今後アルベールとの友好をより強固なものにするためボドリヤール聖国で最も尊い聖女にその役目を任せることが決定した。これはアルベールからの申し出でもある！」
フンッと鼻を鳴らしながら向けられた視線に蔑みの色が滲んでいるのを見て、私は呆れた。どうやらこれは新手の追放か処刑らしい。

隣国アルベールは、他の追随を許さないほどの大国であり、強大な軍事力で有名だった。そしてボドリヤール聖国が一方的に敵対視している国でもある。
他国は、唯一聖女の生まれるボドリヤール聖国を神聖な国として敬っているが、軍事国家であるアルベールにはその尊敬の念が薄い。他国の考えを尊重し攻めてはこないが、正直?相手にされていない?が近い。
そのことを勝手に根に持ち対抗意識を燃やしたボドリヤール聖国側が、一方的にちょっかいをかけているのだ。
（そういえばこの間治療しに行った国境近くは怪我人が多かったものね）
アルベールとの小競り合いがあった地域の状況を思い出しながら小さくため息を吐く。
どうせあの小競り合いもボドリヤール聖国側から仕掛け、結果返り討ちにでもあったのだろう。
喧嘩を吹っかけてきてあっさりと負けた側に、見逃した賠償として王女を嫁に寄越せと求めるのは国として間違いではない。
あくまで人質、くだらない喧嘩を仕掛けてくるなという脅しの意味しかないのだ。どういう経緯で王女と聖女が代わったかはわからないものの、アルベールとしては人質の効果があればどちらでも一緒。そしてボドリヤール聖国としては、全然意味が変わってくる。
（偽物の私じゃ人質にはなりえないわ）
つまりこれは、表向きは相手の意向に沿うものの、私にはそのまま使い捨ての駒として死ねと言っているのだ。
「私なら死んでもいいし、今まで通り振る舞えるってことね」
人質を取られたわけではないのだ、アルベールへこびへつらう必要も当然ない。私という大罪人を裁く手間もかからず、ボドリヤール聖国からすればこれ以上ない結果とも言えた。
「相手は国王陛下だ、全力で尽くすように」
その言葉に愕然とした。アルベールの国王の妃といえば王妃の他に側妃―第二妃と第三妃―がふたりいたが、後継者争いで王太子が決まる前に男児を産んだ第三妃が毒殺され、女児を産んだ第二妃は実家のある田舎へ帰ったと聞く。
王妃がその騒ぎの犯人だという証拠はないが、その騒ぎのあと王妃の息子である第一王子が王太子になったことを考えれば、少なくとも無関係ではないだろう。まさかここにきて私の死因が暗殺になる可能性まで増えるだなんて！
（でも、私に拒否権なんて当然ないわ）
冷めた心でそう考え、膝をついたまま大きく頭を下げる。
「つつしんで拝命いたします」
そうしてこの断罪の場は、あっさりと締めくくられた。

てっきり最低限の準備くらいあるのかと思ったが、残念ながらそんなこともなく広場へ同行した騎士たちに囲まれ着古した聖女の服のまま馬車へと乗せられた。
どうやらこの足で嫁ぐらしい。罪を暴かれる場に聖女服を着ることが許された理由はこのためだったか、と呆れながら、変わる景色を眺めていた。
「手ぶらって……」
支度金を準備してもらえるとは思ってなかったが、流石にこれはアルベールへ失礼すぎないだろうか。偽物だと隠す気がないにもほどがある。
更には思ったよりも多くの騎士が同行している。表向きは『聖女の護衛』だが真実は『偽物の逃亡阻止』だろう。
（くだらない）
逃げるかと言ってくれたリオネルがここにいたら──いや。そんなことは考えても無駄だ。あれから一度も、そして今日の広場にも彼は来ていなかったのだから。
「きっともう会うことはないのね」
ぽつりと漏らした言葉。彼とは言い争いばかりだったはずなのに、今無性に会いたいと思い浮かぶのが彼の顔だなんて、と乾いた笑いが溢れてくる。
自問自答をしていた私だったが、どうやら思ったよりも時間が経っていたらしい。馬車が突然止まり、扉が乱雑に開けられた。
扉の先に見えたのは開けた場所で、どうやら私は国境で引き渡されるらしい。
「降りろ」
短くそう告げられ、ため息を吐く。
（完全に罪人扱いじゃない）
もちろん私が偽聖女だというのは事実なので仕方はないのだが、表向き私は国のために嫁ぐ花嫁で彼らは護衛で同行したのだから、この扱いはあまりにも酷くはないだろうか。
どうやらそれは、私を迎えに来たアルベール側も同じ考えだったらしい。
「おい。不敬だぞ、その乱暴な対応をやめろ」
強い言葉でそう指摘したのはアルベールから迎えに来てくれた誰かだろう。国王陛下へ嫁ぐのだから、きっとそれなりに地位のある人──だとは思うのだが、聞こえた声が思ったよりも若くて少し驚いた。
そして声の若さよりもっと驚いたことがひとつ、私はこの声を知っている。
「この声って、まさか」
そんなはずない、と思いつつ慌てて馬車を降りる。騎士に対し怒りを露にしていたその声の主は、突然飛び出して来た私を見てそのアメジストのような目を柔らかく細めた。太陽の下だからか、いつもは黒にしか見えないのに今日は濃紺の髪色がよくわかる。
「リオネル!?」
「ニコレット」
当たり前のように名を呼ばれ、じわりと視界が滲みそうになる。
「迎えに来た」
「迎えにって、なんで……」
しれっとした顔で『迎えに』と口にしたのは、私が偽聖女だとバレたその日に姿を消した護衛騎士。
何故聖騎士のリオネルがここにいるのかがわからず、驚きのまま彼を見つめる。




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    <dc:creator>ガブリエラブックス</dc:creator>
    <foaf:topic><foaf:Image rdf:about="https://img13.shop-pro.jp/PA01280/163/product/189727614_th.jpg?cmsp_timestamp=20251209134932" /></foaf:topic>
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    <title>【11月28日発売】光の令嬢は呪われ公爵に恋をする　この因縁は愛で解けますか？【本体1300円+税】</title>
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<content:encoded><![CDATA[
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●著：佐木ささめ
●イラスト：針野シロ
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4815543778
●発売日:2025/11/28</div>

<p><span class="f130 black">世代をまたぐ因縁の香り事件に巻き込まれたヒロインたちの運命は&#8265;<br /></span>

ある令嬢が人を惑わす"ベルティーユの妖精"なる薬を使い五人の貴公子を洗脳した事件から20年余り。
被害者の一人の娘レティシアは、夜会で"呪われ公爵"のリュカと出会い、惹かれ合って婚約する。
彼も関係者の息子で、再び出回りだした薬の謎を追っていた。
ある日ベルティーユの妖精を使われ酩酊状態になったレティシアは助けてくれたリュカに抱かれる。想いを確かめあう二人だが事件は終わっておらず……。



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第一章



その日の夜、ディクシエ王国の王城にあるダントリク小宮殿では、盛大な舞踏会が開かれていた。
主催者が王家なので盛大になるのは当然だが、招待客たちの熱意と意欲はいつにもまして激しい。彼らの視線のほとんどが王太子へ向けられている。
それというのも十八歳の誕生日を迎えて成人した彼は、いまだに婚約者が決まっていないのだ。結婚適齢期の令嬢とその親たちは、王太子の目に留まるのを夢見て意欲に燃えている。
今年二十歳になるレティシア・ド・ピエルネ侯爵令嬢も、父親のピエルネ侯爵に夜会への参加を命じられた。しかしレティシアも父親も、目的は王太子ではない。
――うーん、なかなかいい殿方っていないわね。わたくしの条件ってそんなに厳しいかしら？
レティシアは父親から、「政略結婚を強制しない代わりに婿を見つけてこい」と言われている。次代のピエルネ侯爵にふさわしい男を探せということだ。
しかしレティシアの目的は違う。
領地で執務をする母親の補佐をしたいので、いずれはピエルネ領へ戻るつもりだ。そのため田舎で領地運営に励んでくれる殿方を探したい。
とはいえ王家の舞踏会に参加できる貴族は伯爵家以上の高位貴族ばかりで、プライドが高い彼らは田舎に引っ込むことをよしとしない。王都で華やかな暮らしをお望みで、レティシアの婚約者探しは難航していた。
――大貴族だって領地は田舎でしょうに。うちは領都なら王都に負けないぐらい栄えているのよ。一度ぐらいその目で見れば気に入るかもしれないのに。
心の中でぶつぶつと文句を垂らしていたら、背後から声をかけられた。
「美しいご令嬢。お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
振り向くと自分より少し年上らしき男性が笑顔で立っている。穏やかそうな印象で、高位貴族にありがちな上から目線な態度もない。
感じのよさそうな方だわ、と期待で胸を躍らせるレティシアは、とびきりの笑顔で淑女の礼をした。
「お声がけをありがとうございます。わたくしはピエルネ侯爵家の長女、レティシア・ド・ピエルネでございます」
「おお、ピエルネ侯爵令嬢だったとは！　私はゴセック伯爵家の三男でバジル・ド・ゴセックと申します。今までピエルネ侯爵令嬢を社交界でお見かけすることはありませんでしたが、留学でもされていたのですか？」
「それもありますが、普段は領地で母の補佐をしているのです。母が引退した暁には、わたくしが領地を繁栄させようと思っていますの」
「素晴らしいことですね。ですが、これほど美しいご令嬢が領地で暮らすなどもったいない限りです。あなたさまでしたら社交界に咲く大輪の花となりましょう」
「いえ、王都での社交は異母弟に任せて、わたくしは領地運営に専念するつもりですわ」
そう告げた途端、令息の顔から表情が抜け落ちた。
「え……、おとうと、ですか？」
「はい。まだ四歳で、とてもかわいい異母弟なのです」
父親そっくりの顔をしているのに本人と違って愛らしく、明るい性格で異母姉のレティシアを慕ってくれる人懐っこい子だ。しかも賢いので、ピエルネ侯爵家はぜひ異母弟に継いでほしい。
「えっと、ピエルネ侯爵家に令息がいらっしゃるとは初めて聞きました。……家督は弟君が継がれるのでしょうか？」
「もちろんですわ」
笑顔で頷けば、ゴセック伯爵令息は急によそよそしい態度になって、「申し訳ありません、知人を見つけましたので……」と言い訳を告げて去っていった。
――わたくしが跡取り娘じゃないと知って離れていく令息、これで何人目かしら。
ディクシエ王国における爵位の継承は長男が優先されるものの、令嬢しか生まれなかった場合は長女が跡取り娘になる。そして次男以下の家督を継げない者は、結婚して家から出るといきなり平民になってしまう。貴族を一定数以上、増やさないための措置だ。
地主階級として領地の管理に従事する者も多いが、爵位がないので身分は平民だ。それが嫌で独身のまま実家に残り続ける者も少なくない。
実家に従属爵位があれば、それを父親から譲り受けて分家を興すこともできる。それか王城で文官や武官として活躍すれば、国王に認められて叙爵される道もある。しかし従属爵位を持たない家は多く、王城で出世する者は多くない。やはり手っ取り早いのは爵位継承者と婚姻することだ。
令嬢は嫡男を、令息は跡取り娘を求めている。
ピエルネ侯爵家には長い間、レティシア一人しか生まれていなかった。そのため社交界では、「ピエルネ侯爵令嬢といえば跡取り娘」と認識されている。しかしレティシアは領地で暮らすつもりなので社交をする気はなく、従って爵位も必要ない。家督は異母弟に継いでもらう腹積もりだ。
――伯爵家の三男坊なら、わたくし的にちょうどよかったのに残念だわ。別に平民になってもジェントリとして暮らせるから、裕福な生活は保障するのに。やっぱり平民になることが受け入れられないのね。
身分社会であるディクシエ王国において、貴族に生まれながら貴族でなくなることは、自身の存在を認められない……自己認識の喪失と同義なのだろう。
――はあ、ちょっと疲れたかも。
レティシアは男たちから期待のこもった視線を受け止め、さらにその視線が落胆するのを見続け、精神的な疲労を感じつつあった。
夜会はデビュタントのときしか参加したことがないのもあって、慣れない社交に肉体も疲れている。
さらに飲み慣れないアルコールを摂取したせいか少し足元がふらつく。庭園に出て風に当たることにした。
ダントリク小宮殿の庭園は、あちこちにガス灯が設置されていて夜だというのに明るい。
――月のない夜とは思えない明るさね。領都にもガス灯は普及させたいわ。
誰もいないガゼボの椅子に座ってガス灯を眺めていたら、やがて複数人の男性の声が近づいてきた。
『レティシア、人けのない場所で護衛もつけずに異性と会っては駄目よ』
王都へ出発する際、母親から何度も繰り返し注意されている。貴族男性ほど高慢で危険な生き物はいないと。
レティシアは身を屈めて音を立てないようガゼボから離れ、太い樹木の陰に隠れた。
「――なあ、めぼしい令嬢っていたか？」
「そうだなぁ、ピエルネ侯爵家の令嬢は美しかったな」
「でもあの子、弟がいるって言ってたらしいぞ。恋人にするならいいけど、結婚はしたくないなぁ」
なんと自分のことを話していた。レティシアは驚きながらも、そっと木の陰から顔をのぞかせる。ガゼボには自分より年下らしき令息が三人いた。
「でもさ、ピエルネ侯爵家に男子っていたか？」
「聞いたことないよな」
レティシアは自分に関わる話を盗み聞く形になってしまい、はしたないうえ居心地が悪くなってくる。だがここで動くと音で居場所がバレそうだから動くに動けない。
――ごめんなさい。盗み聞きするつもりじゃなかったのです。
心の中で令息たちに謝っていたら、一人の男が声を潜めた。
「なあ、これはうちの母親から聞いた噂なんだけど、ピエルネ家にいる男児って侯爵が愛人に産ませた婚外子で、しかも認知されてないそうだ」
「えっ、それだと爵位継承権は与えられないよな」
「ああ。ピエルネ侯爵令嬢は跡取り娘のままのはずだ」
「つまりあの子をものにすれば、侯爵閣下になれるってことだな」
「空いている部屋に連れ込めば早いな」
ぎょっと目を剥くレティシアはその場で硬直し、数拍の間を空けて全身が震え出した。
――この方たち、何を考えているの？　わたくしを襲うって堂々と言っていることになるのに。
身の危険を感じたレティシアは、青ざめながら助けを求めて視線を周囲に向ける。王城の敷地内なので衛兵が巡回しているはずだが、兵士の姿は見当たらなかった。
――どうしよう、このままここで隠れていても疲れるだけだし。足音を立てないように歩けば見つからないかしら。
介添人のもとへ戻ろうと、抜き足差し足でガゼボから距離を取ろうとする。しかし運が悪いことに小枝を踏んでしまい、パキッと音を立ててしまった。
「誰だ!?」
令息の甲高い声に、レティシアはスカートを持ち上げて駆け出す。背後から、「あれってピエルネ侯爵令嬢じゃないか!?」とか、「やばい、聞かれたかも!?」とか、慌てふためく声が聞こえてくる。しかも乱れた複数の足音が追いかけてきた。
――うそっ、追ってきたわ！
暗がりに引きずり込まれたら冗談では済まないことになる。レティシアは半泣きになりながら小宮殿に飛び込もうとした。
直後、建物と庭園をつなぐ大扉から背の高いシルエットが現れる。
「きゃあっ！」
「――おっと」
硬い胸板にぶつかってレティシアがよろめいたのを、相手が両肩をつかんで支えてくれた。
「大丈夫ですか、レディ。おけがは？」
落ち着いた低い声にこちらを案じる印象があった。男性の声なのに怖いと思わず、レティシアはぶつけた鼻を押さえながら視線を上へ向ける。
直後に息を呑んだ。
――わあ、すてきな方。
男たちに追われている恐怖を吹っ飛ばして見とれてしまう。目の前にいる彼は眉目秀麗な貴公子で、赤金の髪が照明の光で金色にも赤色にも見えて神秘的なまでに美しい。しかも深みのある海の色の瞳がきらめいているようで、目が離せない。親しくもない相手を凝視するのはマナー違反なのに見入ってしまう。
「あの、レディ？」
レティシアにまじまじと見つめられた紳士が、困った顔つきになって気まずそうな声を漏らす。
このとき後ろから、「いたぞ！」との声が響いてレティシアは身をすくめ、怯えた表情を浮かべた。その様子に紳士は眉をひそめ、レティシアの背後へ険しい視線を向ける。
「――げっ、呪われ公爵!?」
三人の令息たちがレティシアたちから離れた位置で足を止める。呪われ公爵と呼ばれた紳士が、レティシアを令息たちから守るように背中へ隠した。
「君たち、複数で淑女を追いかけ回すなど紳士の風上にも置けない愚行だぞ。恥を知りなさい」
「そんな、だって……」
「その、俺たち、彼女と話したいだけで……」
「誤解があるようですが、俺たちは彼女と親交を深めたいだけで……」
おどおどと言い訳を漏らす三人を一瞥して、紳士がレティシアに顔だけ振り返る。
「と、彼らは言っているが？」
「迷惑です。話したくもないし、二度と顔を見たくもありません！」
ぴしゃりと言い切れば、三人が口々に罵声を上げる。けれど紳士ににらまれて口を閉じた。
「もう行きなさい。このことは私の胸にしまっておく。――だが同じことを繰り返したときは、君たちの家に今日のことを報告するだろう」
真っ青になった三人は、ほうほうの体で逃げていく。彼らの姿が消えてから紳士が振り返った。
レティシアは王族に拝謁するときと同じように膝を深く曲げ、頭を下げる。
「助かりました。本当にありがとうございます。――改めまして、ピエルネ侯爵家の長女でレティシア・ド・ピエルネと申します」
呪われ公爵だなんてひどい呼び方をされていたが、おかげで彼が公爵閣下であると分かった。
公爵家は貴族社会で最上位の家門になる。我が国では王族と婚姻を結ぶのは公爵家になるため、彼は王家の血を引く準王族ともいえる貴人だ。
「ピエルネ侯爵家のご令嬢か、楽にしてくれ。夜会でお会いするのは初めてだろうか」
「はい。わたくしは領地で暮らしていたので、王都に出てきたのはデビュタント以来です」
そうか、と呟く彼は紳士の礼を取る。
「初めまして、私はリュカ・ド・ブルダリアス公爵当主だ」
領地で何度も聞いていた家名に、レティシアは目を見開いて瞳を輝かせる。
「まあ、では公爵さまがジュリーさまのご子息なのですね！」
「えっ」
「わたくしの母はジュリーさまの幼なじみなのです」
「ピエルネ侯爵夫人と、母が？」
レティシアの母の実家と、リュカの母の実家は領地が隣り合っていた。二人の母親たちは物心ついた頃からの親友で、レティシアの母はジュリーとの思い出話を娘にたびたび語っていた。
そのことを聞いたリュカは複雑そうな表情になる。
「そうか、母にそのような方がいらしたとは……」
「わたくしの母は結婚してからずっと領地で暮らしていますが、ジュリーさまへお手紙を出し続けていたのです。でもいつしか返事が途切れて、交流も途絶えてしまったと言っていました。あの、ジュリーさまはお元気でしょうか？」
そこでリュカが困ったように視線をそらしたため、彼の私生活へ無神経に踏み込んだことを悟ってすぐさま頭を下げる。
「申し訳ありません。出過ぎたことを伺いました」
「いや、そうじゃない。……私は母と話したことがほとんどなくてね」
「えっ」
「だから母とピエルネ侯爵夫人が幼なじみだって、今初めて知ったぐらいだ。……母はずっと体調が思わしくないため、屋敷で療養している」
「そうだったのですか」
ほとんど話すことがない親子関係とはどのようなものか……と小さく悩んだけれど、これ以上の干渉は無神経だ。
「そろそろ会場に戻ろうか。君の姿が見えなくて、ご家族が心配されているのではないか？」
「家族は来ていませんわ。いつも伯母にシャペロンをお願いしておりますの。でも、わたくしのことを案じていると思います」
伯母は母方の伯父の妻なので血のつながりはないが、息子しか生まれなかったせいかレティシアを娘のようにかわいがってくれる。
「では戻ろうか。……ああ、だが」
リュカがエスコートのために肘を差し出してくれたが、すぐに迷うようなそぶりを見せる。
「どうかされましたか？」
「私は社交界で?呪われ公爵?と呼ばれている。私と親交があると思われたら、君の評判にも悪影響を与えてしまうだろう」
「公爵さまは呪われているように見えませんわ。それにわたくしにとって公爵さまは光そのものです。助けてくださった恩人ですもの」
「光？　私が？」
意表を突かれたのかリュカは目を丸くして、すぐに視線をさまよわせながら動揺している。
――この方、なんだかかわいらしいわ。
領地に引っ込んでいるレティシアにとって、高位貴族の男性は父親と伯父ぐらいしか知らない。伯父はともかく、父親は高圧的でプライドの高い典型的な貴族男性であり、今日の夜会でも似たような殿方がとても多くて、うんざりしていた。
極めつけに三人もの令息に追いかけられて、貴族男性にほとほと幻滅したところだ。
だからリュカのような物腰が柔らかい、紳士の中の紳士といえる貴公子は新鮮だった。
「公爵さま、二人で会場へ戻るのにエスコートがないと、わたくしは公爵さまに蔑ろにされる、その程度の令嬢だと思われるかもしれません。ここは助けると思ってエスコートしてくださいませんか？」
ちょっとこじつけっぽいが、そう告げるとリュカはうなずいて肘を差し出してくれた。
これほどすてきな紳士にエスコートしてもらえるなんて夢みたいで、心がフワフワして落ち着かない。しかもこの方、どの角度から見ても格好いい。
浮かれるレティシアは調子に乗ってリュカへ甘えてしまう。
「公爵さま、ボールルームに戻ったらわたくしと踊ってくださいませんか？　まだ誰とも踊っていませんの」
「それは構わないが……いや、やめておいた方がいい。私と踊ったら婚約者が心配するだろう」
「わたくしに婚約者はいません。今夜は結婚相手を探しに来たのです」
「その結婚相手が誰もいなくなるぞ」
「うーん、もともと結婚するつもりがなかったので、それはそれで構わないと言いますか」
「結婚するつもりがない？　侯爵令嬢が？」
リュカがものすごく驚いているけれど、それはそうだろう。貴族女性で生涯独身の令嬢などほとんどいない。貴族の婚姻は家門の繁栄のために結ばれるものなので、たとえ結婚相手が父親より年上の老人だとしても、家のためなら嫁ぐのが義務だ。
「はい。ずっと領地で生きるつもりでしたが、やはり父から結婚相手を見つけろと命じられまして」
「ピエルネ侯爵は家門にふさわしい婚約者を探さなかったのか？」
「ええ、まあ」
レティシアが曖昧にほほ笑んだため、事情があると察したのかリュカは話を変えてくれた。
「君のような魅力的な淑女に誘われて断るなんて、紳士の面汚しと言われても言い返せないが、やはりダンスはやめておこう。すまない」
ちょうどボールルームの入り口に戻ってきたので、リュカがレティシアからそっと離れた。そして手の甲に触れるだけのキスをして去っていく。
――リュカさま、本当にすてき。美男子のうえ紳士だなんて、物語に出てくる王子さまや騎士さまみたい。
あんな方が婚約者だったらうれしいのに、とレティシアは頬を染める。とはいえ公爵家の当主なら、とっくの昔に結婚しているだろう。
そう思ったとき、年配の女性が慌てた様子でこちらに近づいてきた。
「レティシア！　どこへ行っていたの、心配したのよ」
「申し訳ありません、伯母さま。庭園で涼んでいました」
顔をしかめる伯母が素早く姪の全身を確認する。乱れたところはない姿に安堵の息を吐き出した。
「王城の庭園なら安全でしょうけど、若い娘が一人で散策しては駄目よ」
はい、とレティシアは殊勝な態度でうなずいておく。伯母は口うるさいけれど、姪を想っての行動だとレティシアも分かっているので。
その伯母はリュカが去っていった方角を一瞥すると、小声で話しかけてくる。
「今、エスコートしてくださった殿方って、ブルダリアス公爵閣下よね？」
「あら、よく分かりましたわね」
「そりゃあ、あの髪色はめずらしいもの」
赤毛の貴族は数が少ないうえ、あれほど美しい赤金の髪を持つ者はリュカぐらいだという。
「なるほど。それで遠目でも気づかれたのですね」
「それよりもレティシア、なぜ公爵閣下にエスコートしていただいたの？　何かあったの？」
正直に令息たちの件を話せば、伯母は卒倒するだろう。そこで、「迷子になったところ、たまたま居合わせた公爵さまに送ってもらいました」と告げておく。
「そう……、それぐらいならお礼をする必要はないわね。今後は公爵閣下の視界に入らないよう気をつけなさい」
「なぜです？」
「あなたは知らないでしょうけれど、彼は呪われ公爵と呼ばれている不吉な方なの。あの方と親交があるって思われたら、あなたの社交に支障が出るじゃない」
レティシアは、リュカがダンスの誘いを断った理由をよく理解した。同時に、あのような素晴らしい紳士に悪評が付きまとっているなど許しがたいと思う。
「伯母さま、わたくしは貴族の方々と親交を結ぶために夜会へ来ているのですよね？　でしたら公爵閣下という尊いお方と知り合えるなんて、幸運なことではありませんか」
グッと言葉に詰まる伯母だったが、すぐさま「ブルダリアス公爵は別よ」と反論する。
伯母いわく、リュカには正気を失った母親がいるという。彼女はもう十年以上屋敷にこもり、奇声を上げたり屋敷を徘徊したりと常軌を逸していると語った。
「閣下がいまだに独身なのも、母親を恐れて婚約者候補の令嬢たちが逃げたからよ。もしあなたが閣下と親しくしたら、婚約者に望まれてしまうかもしれないわ」
リュカが独り身であることにも驚いたが、それ以上に衝撃的なことを聞いてレティシアは伯母にずいっと迫る。
「リュカさまのお母さまはジュリーさまじゃないですか！　なぜそのような大事をわたくしの母に言わなかったのです！」
伯母が、しまったと言いたげに両手で口を押える。
「伯母さまなら、母とジュリーさまが幼なじみの親友であるとご存じですよね。いえ、それより伯父さまです。どうして母に内緒にしていたのですか」
レティシアの母親の実家、カディオ伯爵家を継いだのは母の兄だ。彼だって子どもの頃からジュリーとの親交があったはずなのに。
「……仕方ないのよ。ジュリーさまは正気を失ったままと言われているし、ご子息は呪われ公爵だなんて呼ばれているし……。わたくしたちだって公爵家と縁ができたらうれしいけれど、閣下のように呪われたらと思えば恐ろしくてお近づきになれないわ。社交界の評判も気になるし……」
「伯母さま、なぜリュカさまは呪われ公爵なんて呼ばれているのです？」
「レティシア、公爵閣下をお名前で呼んではいけません」
「分かっています、身内以外の方がいる場では呼びません。それよりも理由を教えてくださいませ」
言いたくないのか伯母が視線をそらす。そこでレティシアは視線が向けられた先に移動して伯母と目を合わせた。ぎょっとする伯母が再び視線をそらすけれど、またもやレティシアが動いて目を合わせる。
そんな攻防を繰り返していたら伯母が切れた。
「子どもっぽいことをしないの！」
「だって教えてくださらないのですもの。わたくしとお母さまは領地に引きこもっていたから、王都での出来事は本当に何も分からないのです」
絶対に諦めないとの意思を滲ませて伯母を見つめれば、根負けしたように彼女はため息を零した。
「もう、あなたって子は……。とりあえず座りましょう」
ボールルームに戻って、隅にある空いた椅子に腰を下ろす。伯母は周囲を見回し、聞き耳を立てている人がいないことを確認してから声を潜めた。
「前置きが長くなるけど、ベルティーユ事件は知っているわよね？」
「当然です。お父さまの娘ですから」
今から二十余年前、男爵令嬢が人を惑わす香水?ベルティーユの妖精?を使って五人の貴公子を洗脳した。その五人の中には当時の王太子と、リュカの父親である前ブルダリアス公爵、そしてレティシアの父親、ピエルネ侯爵が含まれていた。
当時も今も、淑女が複数の令息と親交を深めるのは品がないと言われている。しかも令息たちは全て婚約者がいたため、彼らの行動は貴族社会から非難された。それでも男爵令嬢と令息たちが引き離されなかったのは、やはり五人の中に王太子がいたせいだろう。
やがて男爵令嬢は王太子を選んで婚姻し、王太子妃となった。
だというのに彼女は妃になってからも他の四人の貴公子を集め、お茶会を開いては洗脳を続けていたという。
それから一年後、香水を使い切ったことで王太子と貴公子たちの洗脳が解け、騒然となった。
王太子妃は王族を欺いた罪で投獄のうえ処刑、実家は取り潰し。
王太子は詐欺師を妃にした責任を問われ、断種のうえ臣籍降下。翌年に病で亡くなっている。
王族と高位貴族を巻き込んだこの大事件は、香水の名前から?ベルティーユ事件?と呼ばれた。香水といっても麻薬の一種で、元王太子妃がどこから入手したか現在でも不明だ。
ベルティーユ事件については、レティシアも母のアレクシアから聞かされている。なにしろアレクシアは、婚約者を元王太子妃に奪われた被害者なので。
――お母さま、本当はお父さまと婚約破棄したかったのよね。できなかったからこそ、わたくしが生まれたのだけど。
母と父は子どもの頃から婚約を結んでおり、仲のいい婚約者同士だったという。しかし父がベルティーユの妖精に惑わされて男爵令嬢に浮気し、婚約者を蔑ろにし続け、冷淡な態度を崩さず虐げたことで、アレクシアは完全に愛情を失ったという。
それでも婚約の破棄はできなかった。当時のピエルネ侯爵夫妻――亡くなったレティシアの祖父母が婚約破棄を許さなかったために。
アレクシアの実家となるカディオ伯爵家では、ピエルネ侯爵家の権勢に勝てず、アレクシアは愛想を尽かした婚約者と泣く泣く結婚したのだった。
――かわいそう、お母さま。それなのにわたくしをかわいがってくださるなんて、聖母かもしれない。
「でもベルティーユ事件って、お父さまも被害者ですよね」
「あなたは当時を知らないからそんなことを言えるのよ。あなたの父親……ピエルネ侯爵のアレクシアへの仕打ちは、本当にひどいものだったわ」
「そうらしいですね」
何しろ妻が妊娠したら王都邸の別館へ追いやって、出産時にも王太子妃のお茶会へ参加し、生まれた娘を見ようともせず名づけさえ放棄したというから、アレクシアの怒りと恨みも当然だろう。
ベルティーユの妖精による洗脳が解けた後、ピエルネ侯爵は妻へ床に額づいて平謝りしたそうだが、アレクシアは決して許さず娘を連れて領地に引っ込み、今もタウンハウスに近寄ろうとしない。
だからこそ伯父のカディオ伯爵は、いまだにピエルネ侯爵を毛嫌いしており、伯母も同様だった。
「それで、ベルティーユ事件とリュカさまが呪われ公爵と呼ばれることに、どのような関係があるのですか？」
「ジュリーさまもアレクシアと同じで、浮気された婚約者と結婚したのは知っている？」
「はい、母が酔っ払ったときに話していました」
「あの子ったら……まあいいわ。ジュリーさまだけど、彼女は前ブルダリアス公爵に見初められて婚約したのに、ベルティーユの妖精のせいで冷遇されて、ご結婚されても夫君には見向きもされなくて、公爵家に居場所はなかったそうよ」
「お母さまと似たような感じですね」
ジュリーもまた実家は伯爵家で、公爵家に逆らうほどの力はなく婚約破棄できなかったという。
「ひどいですね。そんな男と結婚しなくてはいけないなんて。……あっ、もしかしてジュリーさまが正気を失っているのは、夫君のことが原因ですか？」
「それもあるでしょうけど、正確には違うわ。結婚して五年ぐらいの間に、前ブルダリアス公爵とそのご両親が立て続けに事故死されたの」
「え！　つまりジュリーさまのご夫君と、義理のご両親がですか？」
そこで恐ろしい想像を思い浮かべ、レティシアは悲鳴を喉の奥で押し殺した。
「おっ、伯母さま、まさかっ、ジュリーさまが、その、三人をひそかに……」
「それはないわ。彼らが亡くなるたびにジュリーさまも取り調べを受けたけど、完璧なアリバイがあったそうなの。ちょうど王都を出ていたり、王宮で複数人と会っていたりとか」
「それもまた、すごい偶然というか、運がいいというか……」
「出来過ぎよね。だから憲兵局はジュリーさまを徹底的に調べたらしいけど、完全に無実だそうよ」
レティシアはホッと胸を撫で下ろした。憲兵局の調査は執拗で確実というから、ジュリーは犯人ではないのだろう。
「でも三人もの貴族が連続で亡くなったでしょう？　しかも全員が事故死だから、彼女を疑う者が消えなくて……。そういう感覚って肌で感じるじゃない。ジュリーさまは心を病んで屋敷の奥に閉じこもられてしまったのよ」
そして公爵家の人間が次々に不幸に見舞われる状況から、いつしかブルダリアス公爵家は呪われていると囁かれるようになった。それだけでなく、わずか五歳で公爵位を継承したリュカまで呪われ公爵と呼ばれるようになったという。
「なんてひどい！　五歳の子どもを中傷するなんて！」
「静かにしなさい……！」
伯母が人差し指を唇につけて周りを見回す。幸いなことに夜会も終盤に差しかかっているせいで、招待客の多くはアルコールが回っておりレティシアたちに注目する者は誰もいない。
「だって伯母さま、あんまりじゃない。ジュリーさまもリュカさまもかわいそうだわ。お母さまがこのことを知っていれば、お二人を支えようと考えたはずよ」
「だから言わなかったのよ。いいこと？　ベルティーユ事件のせいでピエルネ侯爵家は社交界での地位を大きく落としたわ。今では派閥の勢いも失っている」
それというのも現国王のエミリアン二世は、ベルティーユの妖精とベルティーユ事件を激しく憎んでいる。彼は事件が起きた当時、先代国王の第二王子で臣籍降下する予定だったが、兄の王太子が廃嫡されたため繰り上がりで立太子された。
その頃はベルティーユ事件のせいで王家の求心力が低下したうえ、第二王子の支持者と前王太子の支持者が勢力争いを起こしていた。さらに第二王子の婚約者となる令嬢が、王太子妃の座を狙う家門に襲われそうになったり、と山のような問題が起きて散々な目に遭っている。
それゆえにベルティーユ事件を起こした貴公子たちを嫌悪し、彼らを国政から締め出した。
そのためピエルネ侯爵は代替わりするまで要職に就けない。権力を握りたい家門からは見向きもされていない状況で、ピエルネ家は孤立していた。
「ブルダリアス家とピエルネ家が親しくしたら、誰もがベルティーユ事件を思い出すわ。もう二十年も前の話なのに、あなたは肩身の狭い思いをするでしょう。結婚相手なんて見つからなくなるわ」
そう言われると反論する根拠がないレティシアは黙るしかなかった。そして気づくものがある。
――リュカさまがお母さまとほとんど話したことがないとおっしゃっていたのは、ジュリーさまのお心の問題があったのね。




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    <dc:date>2025-11-13T18:41:18+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ガブリエラブックス</dc:creator>
    <foaf:topic><foaf:Image rdf:about="https://img13.shop-pro.jp/PA01280/163/product/189359459_th.jpg?cmsp_timestamp=20251113184117" /></foaf:topic>
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    <title>【11月28日発売】悪女ですが、氷の公爵様の執拗な愛に溶かされました【本体1300円+税】</title>
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<content:encoded><![CDATA[
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●著：朱里 雀
●イラスト：吉崎ヤスミ
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4815543761
●発売日:2025/11/28</div>

<p><span class="f130 black">魅了魔法が効きすぎた&#8265;　氷の公爵の熱烈アプローチがとまりません！<br /></span>

伯爵令嬢アネモネは美貌で男を惑わす悪女と名高いが実は『悪女』を仕事にして、依頼人の令嬢がろくでもない婚約者と円満に別れられるよう手助けをしていた。
だがある日、氷の公爵ヴィクトルに助けられ「俺は君を愛している。結婚してほしい」と突然の求婚を受ける。
目的を疑いながらも強引に甘く距離を詰められ、翻弄されながらも惹かれていくアネモネだが、彼の目的が別にあると知ってしまい!?



</p><img src="https://img13.shop-pro.jp/PA01280/163/etc/gab_otameshiyomi_banner.png?cmsp_timestamp=20180420182727"><br />



プロローグ



「マリーヤ・リヴェロ。お前との婚約を破棄するっ！　お前は最低最悪の女だ。お前がどれほど悪辣な女か、この僕が知らないとでも思ったか！　普段は賢ぶっているくせに、僕の最愛の人に嫉妬し、下劣な嫌がらせをするような女め！　僕はお前と婚約破棄をし、このアネモネとっ！」
「触らないで頂戴」
始まったばかりの舞踏会で、婚約破棄を高らかに宣言しはじめた男に肩を抱かれ、アネモネは振り払った。
アネモネ・ラファイラ伯爵令嬢は、この国を代表する稀代の悪女である。
その数々の醜聞とは裏腹に、どこまでも透明感のある艷やかな黒髪に、人形のように整った真っ白なかんばせ。見た者を魅了するアメジストのようにきらめく瞳。
豊満な胸の谷間は見せつけるために開かれ、その下には砂時計のように引き締まった腰がある。
どこをとっても隙がなく、爪の先まで美しい完成された美貌と肢体で、ときに高飛車に、ときに甘え上手に、たくさんの男たちを跪かせてきた。
そして今、新たな男を破滅に追いやろうと赤い唇を愉悦に歪めた。
最新の被害者、隣にいるヴィンス侯爵家の嫡男、ルシアンが信じられないものを見るような目をしている。
そりゃあそうだ、先ほどまでルシアンさまぁ、あのマリーヤって女が酷いの。わたくしがルシアン様に愛されているからって睨んでくるのよぉ。と、甘え縋ってきていた女が豹変したのだから。
実にくだらない男だった。この男の好みの女は、すごいすごいと褒めてくれるすべてが自分より下で、胸が大きくて馬鹿な女。
この男の好みの女を演じていた期間は短かったが、どっと疲れた。だが、それもようやく終わり。
「あ、アネモネ？　ここここ婚約破棄すれば、ぼ、ぼくの妻になるはずでは？」
目を見開き、震える声で批判され、アネモネは艶めく黒髪をゆったりとうしろにはらった。
そうしてルシアンの目を見て、掛けていた魅了魔法を解除する。
「何の話かしら？　婚約者のいる男性と昵懇にはなれないとあなたの愛の告白とやらを断った覚えはあるけれど、婚約破棄をすればあなたの女になると言った覚えなどなくってよ。いやね、あなたの勘違いだわ」
真っ当なことを言っているにもかかわらず、隣の男と同じくアネモネにも批判的な視線が集中する。
当然だ。アネモネが原因で公の場で婚約を破棄したり、妻との離婚を宣言したりする男は、ルシアンが初めてではない。
社交界の毒花。
それがアネモネについたあだ名だ。次々と婚約者のいる男や妻子のいる男たちを夢中にさせ、その仲を破壊する。そして夢中にさせるだけさせて、塵のように棄て破滅させるのだ。
だが、アネモネは知っていた。この場にいるほとんどが、アネモネに批判的なふりをしながら他人の破滅を楽しんでいることを。
でなければ、そもそも誰もアネモネを舞踏会に呼ばないはずだ。
それにもかかわらず、アネモネが沢山の舞踏会に招待されているのは、事件を起こせば、話題になるし、余興代わりにもなる。
貴族としての品格がない、娼婦のようだとアネモネを批判しながらも、結局、皆、他人の不幸を安全な場所から見学することが大好きなのだ。
勿論、しっかりした倫理観を持ち、アネモネに冷めた視線を送り、招待してこない人もいる。
この舞踏会の主催者もまた厳格な人で、本来ならそちら側のはずである。
「それにしてもあなた、ここがどこかわかっているの？　バートラン公爵邸での舞踏会よ。無作法にもほどがあるわ。手を握らせたこともないような人と親しいと勘違いされるのはごめんよ」
アネモネは手をひらひらと振って嘲笑った。実際、この男の相手をしている間、金のためとはいえ、かなり不快な思いをした。
いつもアネモネに騙された馬鹿な男を棄てるたび思うが、この瞬間ほど楽しいものはない。
「さようなら、どこの誰だったか忘れた方。それと、えっと、マリーヤさん、だったかしら？　婚約者を盗ってしまったみたいでごめんなさいね。わたくしそんなつもりはなかったんだけど。殿方って美しいわたくしを見るとすぐ見境をなくしてしまうみたいなの。美しいって、ほんと、罪ね」
それだけ言うと、アネモネはたった今婚約を破棄されたマリーヤに向け、勝ち誇った表情を作った。
「………………」
マリーヤは何も言わず、辛うじて扇で口元は隠しているが、目を爛々と輝かせている。
その姿は、まるで彼女自体がキラキラと光っているかのようで、つまり、ものすごく嬉しそうなのだ。
（うーん、困ったわね。打ち合わせ通り、せめて悲しむふりくらいしてもらわないといけないのに）
歓喜の表情のマリーヤに人目が集まらぬようにもう一騒ぎを起こそうかと考えたときだった。
「こ、この女っ！」
ルシアンが怒りにまかせ、アネモネめがけて手近にあったなみなみとワインが入ったグラスを向けてきたのだ。
（かけられる……！）
一瞬、アネモネは自分の『力』を使ってもう一度魅了しようかと思ったが、すぐに思い直した。
ここは頭からかけられて大恥をかかされ、悪女がいい気味だと笑われた方が都合がいい。
人々の視線はこれでマリーヤではなく、アネモネに集まる上、ワインをかけられた程度のことでアネモネのこの完璧な美しさが薄れることなどないからだ。
むしろ濡れたわたくしの妖艶さを見せつけてくれるわ！　と、正面から受けて立とうとした。
「えっ？」
頭からかぶると決めたにもかかわらず反射的に目を閉じようとしてしまったアネモネは、その瞬きの間に視界の端、誰かの影が映った気がした。
びしゃ、とワインがかかる音がしたが濡れた感覚はしなかった。
ゆっくりと目を開けると、アネモネの前に別の男が立っていた。
盾になった男の背がずいぶんと高いからだろう。アネモネは欠片も濡れていない。
（なんで？）
自分を庇ってくれたその男には見覚えがあった。そう、知ってはいる人物だ。でも、ありえない。
彼がまた助けてくれただなんてそんなことあるわけがない。
目に映る光景を思考が否定したが、景色は変わらなかった。
「ヴィクトル・バートラン公爵」
誰かがそう、呟いた。この舞踏会の主催者、ヴィクトル・バートランその人が、アネモネを庇って、頭からワインをかけられていたのだ。
ヴィクトル・バートラン。国で最も裕福な領地を持つ公爵でありながら、軍人としても活躍しており、華やかなだけの宮廷人とは一線を画す、国の英雄。
黄金の髪に青い瞳の彼は、見た目だけならば優美で優雅な美青年だ。
だが、不機嫌そうに寄せられた眉と、常に人を寄せ付けないその態度は近寄りがたく、氷の公爵という渾名が付いているのは彼の血統魔法のせいだけではないだろう。
そんな男がほとんど接点のない悪女をワインをかぶってまで庇う、ことが本当にあるのだろうか。
公爵という地位に誇りを持った人だと思っていたのに。
自分は今、夢を見ているのか。それとも、ただの似ているだけの男に庇われたのか。
だが、血のように赤い液体が、髪に沿って、肩に、筋肉質な広い背中にたれていく、その後ろ姿を見間違うわけがないとも思う。
「どうして？」
アネモネは思わずそう呟くとヴィクトルが振り向いた。
濡れた前髪を片手でかき上げたその様は、こんなときなのに、何故かアネモネの目にあまりにも扇情的で、それでいて、まるでアネモネを捕食しようと物陰から狙っていた肉食獣がついにその姿を現したかのように映った。
ドクドク、ドクドク、と己の心臓の鼓動が聞こえてくる。
「待たせてしまってすまない、アネモネ。無事か？」
「……なんのこと？」
気遣わしげな表情と言葉に、アネモネは思わず目をそらした。
心中は大混乱状態に陥っている。待たせたって何だ、彼を待ったことなどない。
確かにバートラン公爵家からの招待を受けてこの舞踏会にはいるが個人的な約束などしていない。
それにそもそも、アネモネがワインを掛けられても当然の状況だったというのに何故、被害者として庇われたのか。疑問でいっぱいだったがアネモネは表情に出すわけにはいかなかった。
（私は悪女、私は社交界の毒花。私は毒婦）
自分に言い聞かせながらアネモネは腹に力を入れ、ゆっくりと、ゆったりと、艶然と微笑み返した。どう微笑めば美しいか、自分が一番よく知っている。
そう、アネモネはいつだって美しいのだ。そうでなければならない。
「あら、わたくしの盾になって下ったのね。でも、待たせただなんておかしなことを仰るのね。あなたと何かをお約束した覚えはないわ」
何故か微かに目をすがめたヴィクトルの顎に伝っているワインを、常に美しく整えている爪の乗った指先でそっと拭う。
「でも、そうね……。水も滴るいい男ってよく聞く言葉だけど、初めて本物を見たわ。わたくしのものにしたくなっちゃう」
うふふ、と笑って見せ、礼も言わないのかと、再び一気に舞踏会中の反感をかっさらう。今、この場の主役はヴィクトルではない、この悪女、アネモネ・ラファイラだ。
だが、アネモネが場を支配していたのは一瞬のことだった。
「俺は既に君のものだよ」
そこには、世間の誰もが彼に抱いている印象である冷徹な男の姿はなかった。
まるで生涯の恋人に会ったかのように優しく微笑んでいるのだ。
たった一人の愛しい人のためだけにあるかのようなその眼差しは演技とは思えず、まるで嘘がないような気がしてしまい、もうわけがわからなかったが、アネモネはなんとか余裕のあるふりを続けた。
「こ、公爵様って、案外お茶目な方だったのね。知らなかったわ」
「それならば、これから俺のことを沢山、知ってくれればいい」
剣を握ることが多いはずの無骨な手が、アネモネの繊手を勝手に握り見つめてきた。
（働き過ぎて乱心でもしているのかしら？）
明らかにおかしな状況にアネモネはいっそ、ヴィクトルの労働環境を心配した。
病気で表に出てくることが減った王を支え、無能で好戦的な王子を牽制しなければならない立場の彼は、それは大変だろう。一日中働いて、休む時間も、睡眠時間も足りていないのかもしれない。
疲れているのねと納得している間に、ヴィクトルがアネモネの手を取ったまま片膝をワインで濡れた床に着けた。
あまりの状況に、シン、と辺りが静まりかえった。
氷の公爵の信じられないその姿に、自分の鼓動が激しくなっていく音が耳にまで届いてくる。
「俺は君を愛している。結婚してほしい」
「………………はぁ？」
ここまで必死に悪女として振る舞っていたアネモネは、ついに間の抜けた反応をしてしまったのだった。
第一章
ドクドク、と胸の奥で心臓が騒がしい。
アネモネは誰かの膝の上に向かい合って座らされ、逞しい肩に顔を乗せていた。
心臓は高鳴り、緊張しているのに、どこか安心もする。
顔を上げると、誰か、いや、ヴィクトルが、アネモネに向かって微笑んだ。優しい表情なのに、その瞳は情熱に濡れており、彼が欲情していることをまざまざと伝えてくる。
ふわふわとした頭で疑問は湧いてくるのだが、彼の手が頬に伸び、撫でられると思考は霧散する。
温かい掌が、優しく触れてきて柔らかな心地がした。
首に下りてきた手がくすぐったくて、思わず肩が跳ね、アネモネはぎゅっと目を閉じた。
胸元に頬を寄せられ胸にキスを落とされる。服はなぜか脱がされていて、下着姿だった。
「恥ずかしい……そんなに見ないで……」
「アネモネは、俺のだろう？」
低い声で囁かれ、唇と唇がそっと合わさる。舌が差し込まれ、優しく絡め取られていく。
舌を絡めたキスは気持ちいいけれど、苦手だ。
最近ようやく、鼻で呼吸することは覚えたが、キスに夢中になってしまい、どうにもうまくできず、すぐに酸欠になってしまう。ヴィクトルもわかっているのだろう、すぐに離れていってしまった。
ヴィクトルの唇がぬらぬらと混ざり合った唾液で濡れている。絡め取るような男の色気を纏った蠱惑的な姿に、背筋がぞくりと震えていると、喉で笑われてしまった。
「ヴィーのいじわる」
拗ねたような、甘えたような声を出して、かわいがられたくて上目遣いで見上げる。
ゴクリ、とヴィクトルがつばを呑む音がした。
ふいに、静かになったヴィクトルの唇が、指先が、性急に身体のあちこちに触れてきて、体の奥が熱くなっていき、なんだかもどかしい。
「んっ、あっ！　だ、だめ、待って！」
「いやだった？」
低い声がして彼の動きが止まった。それで、嫌なのではなく恥ずかしくて気持ちよくて訳がわからなくなっているのだと、口を開こうとしたとき。
――パチリ、と目が覚めた。



いつもの天井、白い簡素なベッド。冷えたシーツの感触に、あれが夢だったと理解する。
息はまだ少し上がっていて、頬に触れると強い酒を飲んだときのように熱くて、むずむずと疼くような感覚が胸の奥からした。
（な、なんて夢を見ていたの、わたくし……）
「お嬢様、ようやくお目覚めですか？」
すぐ横には見慣れたアネモネの侍女であるメイがいた。
一つにぴしっとまとめた髪に、お仕着せを一分の隙もなく着ている完璧だが地味な侍女。アネモネが唯一忌憚なく話せる相手だ。
彼女の顔を見ているうちに、じょじょに意識と現実がなじんでくる。
（なんでなんでなんで？）
驚くほど鮮烈な淫夢だった。
欲求不満、というやつだろうか。いやいや、元々そういった欲は薄い、はず。
それならば、あの男の事が好きになってしまった、とか？　いや、それはない。むしろ嫌いなはず。
今まで言い寄ってきた男の中で一番顔と地位がいい男だったから印象が強くて、そのせいで夢にまで勝手に出張ってきただけだ、多分。
それがこう、色々あって混乱していたのもあり、たまたま変な夢になってしまっただけで……。
（そう、それだけよ、それだけ）
体がほてっているので、アネモネは手で自分を扇ぎながら一人納得した。
普段通り悪女に騙された馬鹿な男を貶めるはずだった昨日の舞踏会で、ヴィクトルの突然の求婚を受けた後、アネモネは返事もせずにすぐに帰った。
いや、帰ったは語弊がある。全力で走って逃げたのだ。悪女なのに。
彼はいったい何を考えているのだろう。
どちらにせよ、このままでは『商売』の邪魔になることは確かだ。
「それにしても常に規則正しいお嬢様が寝坊だなんて珍しいですね。魘されていましたよ」
「気づいていたなら起こしてよ！」
「スミマセン、ウツクシイネガオニミホレテイマシタ」
「……なら、仕方がないわね」
少々嘘くさい言葉だが、そう言われてしまうと納得するしかない。
「それで、悪夢でもみたのですか」
「え、ええ。そうなの」
まさか淫夢で喘いでいたとは言えず、慌ててうんうんと頷いた。
「可憐なわたくしを死体が追いかけてくる夢よ。かつて誑かした男達が次々と動く死体に変化して、お前も死体になれ――！　ってね」
アネモネは身振り手振りをつけながら口から出任せを言った。
「ずいぶん変な夢を見ましたね。まあ、夢なんか変なものですが。とはいえ、夢は現実と繋がっているとも言いますし。やはり……今の仕事が心に悪い影響を与えているのでは？」
（夢が現実と、繋がっている……。つまりあの夢は……、わたくしがあの男を意識しているから？）
ないないないない、そんなわけがない。あんな腹の立つ男、嫌いだ。
アネモネの美貌をより引き立たせるため、常に地味な格好をするよう命じてあるメイが大きな眼鏡の下で眉を心配そうにすがめている。
「平気よ。最後には全員わたくしの魅力にひれ伏させて、完全勝利で終わったもの」
「それならいいのですが。怖い夢を見るだなんて、アネモネ様も人間だったんですね」
「何だと思ってたのよ」
「そうですね、悪しき闇の魔女とか？」
アネモネはその言葉にぎくり、心臓が跳ねた。なぜなら本当に闇魔女だからだ。
「……ふっ、面白い冗談ね」
大昔、まだ魔物が世界を我が物顔で跋扈し、人間を蹂躙していたころ。
後に初代王となる勇者は仲間を引き連れ、魔物と戦った。
勇者は後の妻となる光魔法の使い手である聖女を筆頭に、光と闇の魔法を操る仲間たちとともに、あるときは魔物を封じ、あるときは操り、あるときは屠り、ついには強力な魔物を生み出す瘴気の地を浄化した。
そうして、魔物はこの地からはほぼ消え、たまに各地に残る瘴気の沼から生まれてしまっても、人海戦術で倒せるほど弱い魔物しか生まれなくなり、人々は平和な暮らしを手に入れた。
旅の間で恋に落ちた勇者と聖女は結婚し、彼らが住む土地が王都となり、仲間達は貴族となって、国の礎を築いた。
いつしか、時代が進むにつれ血は混ざっていき、誰でも少量の魔力で簡単に使える魔石や魔方陣の開発が進み、魔法は特別なものではなくなった。
今では魔法は誰もが使える日常生活に基づくものとなったが、かつて勇者と共に戦った仲間を祖先とする貴族には、やはりその家特有の特別な血統魔法を持っている者も少なくない。
アネモネは貴族令嬢だ。
しかも、建国時に活躍したとされる旧家中の旧家の直系子孫でもある。
つまり血統魔法を使う才能があったのだ。世界一の美男子と自他共に称していた父から引き継いだ夜の力を使う闇魔法の一種、魅了魔法だ。
アネモネの使う魅了魔法は、目を合わせた者が少しでも使い手に好意を抱いていれば、好意を増幅し魅了する。なんだか気になる人程度から、すべてのことが手に付かなくなるほどにまで。
まさに美しいアネモネのためにある魔法である。
悪評まみれのアネモネではあるが、美しいものに人は好意を抱くようにできている。
つまり目さえ合えばこちらのもの。
だが、魅了魔法のことは誰にも、それこそこのメイにも、言っていない。
夜の力を源とする闇魔法使いが悪しきものとして、かつて聖女を輩出した光の神殿から迫害され、触発された市民の暴動により殺害されたのは、そこまで古い歴史ではない。
ラファイラ伯爵家の魅了魔法は、効果はあれど目に見えないものであるため、人々を疑心暗鬼にさせやすい。
それを理由に、闇魔法の家系であることを元々隠匿していたため、迫害されずに今日まで残ることができた。
そのラファイラ伯爵家も、現伯爵の叔父は結婚すらしておらず、前伯爵の子で義娘のアネモネは悪女で有名なため結婚などできそうにもなく、妹のシャルロットも死んでおり、いよいよ終わりのときが近づいているが。
「どうぞ、白湯と鏡です」
「ありがとう」
アネモネは白湯を口に含み、気を取り直した。
悪女、アネモネ・ラファイラ伯爵令嬢の朝は白湯と鏡で始まる。
まずは白湯を一杯飲み、その日の肌の調子を確認し、むくみを抑えるマッサージをする。
「ああ、わたくしは今日も完璧に美しいわ」
「よっ、悪女！」
鏡に見惚れながらそう言うと、メイが無表情で褒めてきたがアネモネは気にせず、両手で髪をゆったりとはらった。
「ああ、どうしてこんなに美しく生まれてしまったのかしら」
「よっ、生命の神秘！」
「わたくしを沢山の人に見せてあげるべきよね、それがこうして美しく生まれた者の定め」
「よっ、生ける芸術品！」
「おーほっほっほ」
アネモネが自己肯定感を上げに上げ終わると、今日も阿呆な主人に付き合わされてやれやれとばかりにメイが部屋を出て行った。
メイは呆れているが、朝の自画自賛は父の代から続く大事な習慣である。
父も毎朝、鏡の前で『二児の父でも絶世の美男子、それは僕！』と、呆れ顔の母の横でよくやっていた。
かけ声をくれる分、無言で塵を見る目を向けていた母よりメイの方が優しい。
軽く準備運動をし、狭いラファイラ伯爵邸を一周。
勿論、日に焼けないよう深々とつばの広い帽子をかぶりながら。
速くは走らない。目的は体を鍛えることではなく、美貌を保つことだ。美しくなければ使えない魔法なのだから、自分の美を日々追究している。
亡き父の教えだ。父もつばの広い帽子をかぶって走っていた。母に塵を見るような目を向けられながら。
というより、母は常に父を塵を見る目で見ていた。出逢ったころからそうらしい。あれで恋愛結婚だったので不思議だ。
軽く汗をかいた体を清潔にし、薔薇の化粧水で全身をくまなく潤す。その後、ようやく質素な朝食を食べる。
これがアネモネの朝の習慣だった。



「ほんと――――――――にありがとうございました。こちら、約束のお金です」
アネモネとメイが住んでいるラファイラ伯爵家のタウンハウスを訪ねてきたリヴェロ伯爵一家が、家族揃って深々と頭を下げた。
伯爵に、伯爵夫人、昨夜アネモネに婚約者を奪われたばかりの伯爵令嬢のマリーヤに、まだ成人前であろう伯爵令息。一家そろい踏みである。
ラファイラ伯爵家の屋敷に彼らが入ってくるところを見た者がいれば家族で抗議しに行ったのだと思うだろう。
だが、談話室にいる伯爵一家は長年の憂いが解消され、和気藹々とした雰囲気だ。
「こちらこそ報酬をありがとう。リヴェロ伯爵」
アネモネは男たちを骨抜きにすると言われる蠱惑的な笑みを浮かべ、受け取った報酬を後ろにいるメイに渡した。
「なに、娘の将来を思えば安いものです」
「良いお父様ですこと。羨ましいわ」
本心からの言葉だ。
娘思いの父親なのだろう。これで娘は自由だ良かった良かったなんて素晴らしい世界と家族で頷き、今にも歌い出しそうなくらい喜び合っている。
「本当にありがとうございました。アネモネ様に密かに声をかけていただいたときはこんなに上手くあの最低馬鹿男と婚約破棄ができるだなんて思ってもいませんでした」
「口が悪いわよ、マリーヤ」
伯爵夫人は娘を叱りながらもにっこにこで、マリーヤ自身も幸せそうだ。
そう、アネモネがマリーヤの婚約者を奪ったのは仕事だ。今回は、婚約を向こう有責で破棄したいというリヴェロ伯爵家からの依頼だったのだ。
アネモネの商売は破談と離婚の請負人。
依頼者のろくでもない婚約者や夫を、この顔と魔法で誘惑して依頼人に非が出ないよう向こうから破談や離婚に導く。
アネモネの力と美貌を生かしたうってつけの仕事だった。
依頼してくるのは皆、追いつめられた女性たち。勿論商売だから報酬はいただいているが、結果として彼女たちが自由を手にするのなら、悪くない仕事だと思っていた。
現に初めて会ったときの、自分よりも愚かな婚約者にないがしろにされ、浮気され、馬鹿にされ、打ちひしがれていた彼女の姿はどこにもない。
悪い評判で埋め尽くされた稀代の悪女に舞踏会の片隅で声をかけられ、はじめは戸惑い、警戒していたマリーヤだったが、アネモネが不幸な女性達からその原因、つまり男を奪うことを生業にしていることを伝えると目を輝かせた。
そうして翌日には父親が手付金とともに秘密裏に会いに来て、契約と相成ったのだ。まさか本人やその使いではなく父伯爵が来るとは思っていなかったのでアネモネは少々驚いた。
「まったく亡き祖父もくだらない奴と姉を婚約させたものですよ」
「本当に最低だったわ。私の可愛い娘を馬鹿にしてばっかりで」
息子の言葉に、うんうんと伯爵夫人が頷いている。
「とはいえ、うちは新興貴族であちらの方が旧く家格も上。婚約破棄できず困っていたところを、娘に疵を負わせることなく向こう有責で破棄できました。本当に、本当にありがとうございました」
リヴェロ伯爵がそう言うと、再び一家揃って頭を下げられ、アネモネはいいえ、と首を横に振った。
普通ならば、婚約者を別の女に盗られたとなると、奪われた令嬢も何か落ち度があったのではないかと恥をかく。だが、こと悪女アネモネに男を盗られたとなると話は変わるのだ。
かつて妹を虐め、恋人との仲を壊し、挙げ句の果てには自殺までさせ、さらにはいろいろな男たちと浮き名を流す悪評まみれのアネモネに奪われるようなくだらない男と婚約していた不運な令嬢、という立場になれ、完全な被害者として疵はないことになる。
「わたくしも商売でしていることですわ。過度な感謝は結構でしてよ」
金額が少し多いです、とメイが後ろから耳打ちしてきた。
「伯爵、当初の提示額と違っているようですけれど」
ああ、お気になさらず、と伯爵がにこやかに手を横に振った。
「どうぞお受け取りください。こんなに早く娘が自由になれたんです。その分、色をつけさせていただきました」
確かにこの依頼を受けたのはつい最近のことだった。つまり、それだけ簡単にマリーヤの婚約者、ルシアンは籠絡できたということでもある。
そもそも自分より賢く勤勉なマリーヤにルシアンは酷い劣等感を抱いていた。そこを奮起して努力すれば良いものを彼女を貶めることで憂さを晴らしていたのだ。
だから、ちょっと魅了魔法を流し込み、奴の好みの馬鹿な女になりきって褒めそやせば、実に簡単だった。
「まあ、ありがとう。遠慮なくちょうだいいたしますわね。それではこれで契約は終わりになります。前にも申し上げましたが、このことはくれぐれも他言無用ですわ」
「勿論です。アネモネ嬢がほかのご令嬢やご夫人を助ける邪魔をすることはないとお約束します」
うんうんと一家が揃って頷いている。練習したわけでもないだろうに頷く角度から何から何まで見事に揃っている。本当に仲の良い家族なのだ。
「ふふ、ありがとう。でも別に慈善事業ではありませんわ。あくまでお商売、ですもの」
「あの！　アネモネ様はどうしてこのようなことをなさっているのですか？」
キラキラと尊敬の目を向けてきたリヴェロ伯爵令息にアネモネは微笑みかけた。
「このわたくしが気になるの、ぼうや」
「は、はい、気になります。だって、あなたは姉を助けてくれた優しい人だ。妹を自殺に追い込んだなんて酷い噂、嘘ですよね？」
「こら、失礼なことを！」
アネモネが一瞬真顔になると伯爵が慌てて息子を叱りつけた。余計な質問をしてきた正直な少年の唇に、アネモネは笑みを作って、指先を触れるか触れないところで止めた。
「今はわたくしのことより、あなたのことが知りたいわ。……ねえ、あなたの秘めた欲望をわたくしに教えて」
目を細めて見つめると、いともたやすく見つめ返してきたので、魅了魔法を少量流し込む。
まだ若すぎるリヴェロ伯爵令息にアネモネは存在するだけで毒だ。陶然としながら、簡単に口を開いた。
「ぼぼぼ、ぼくは……余裕のあるふりをして実は全く経験がない年上のお姉さんに、顔を真っ赤にしながら、言葉だけは慣れた感じで誘われたいですっ！」
発覚したリヴェロ伯爵令息の性癖にアネモネはちょっと戸惑った。
「あ、うん、なるほど」
（この若さでなかなか業が深いわね、父親譲りかしら）





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    <dc:date>2025-11-13T18:29:05+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ガブリエラブックス</dc:creator>
    <foaf:topic><foaf:Image rdf:about="https://img13.shop-pro.jp/PA01280/163/product/189359368_th.jpg?cmsp_timestamp=20251113182904" /></foaf:topic>
  </item>

  <item rdf:about="https://gabriella.media-soft.jp/?pid=188809739">
    <link>https://gabriella.media-soft.jp/?pid=188809739</link>
    <title>【10月30日発売】没落令嬢は一人で育てたい!!　再会した騎士団長に子供ともども絡め取られています【本体1300円+税】</title>
    <description></description>
<content:encoded><![CDATA[
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●著：月宮アリス
●イラスト：鈴ノ助
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4815543754
●発売日:2025/10/30</div>

<p><span class="f130 black">一夜限りの夢のような時間で彼の子を宿してしまって!?<br /></span>

工房で働きながら一人で息子パトリックを育てているナンシーはある日、美しい金髪の男性が訪ねてきたことに動揺する。はたしてその人物とは、パトリックの父親でありかつての上司である騎士団長、ユウェイルだった。
「その子供……やはりあの時、きみと私は――」。一夜限りの契りを結び、子を授かったものの身分の違いから黙って姿を消した過去を持つナンシーは改めてユウェイルを拒絶するが……。



</p><img src="https://img13.shop-pro.jp/PA01280/163/etc/gab_otameshiyomi_banner.png?cmsp_timestamp=20180420182727"><br />



プロローグ



カラン、カラン、カラン――
鐘の音と同時に、まるでぴんと張られた糸が弛緩するようにふわりと空気が緩んだ。
陶磁器工房オールシェの終業時間を知らせるそれに、同僚の誰かが「ああ〜、今日も終わったぁ〜」と明るい声を出した。
ナンシーはキリのいいところで筆を置いた。
両腕を持ち上げ伸びをする同僚につられるように、ナンシーも同じ動作をして首を左右に倒した。
今日も一日よく働いた。胸の中で労い、仕事道具の片付けに取りかかる。
先ほどまで使用していた筆や絵の具入れ、水入れなど洗うナンシーの耳に同僚たちの雑談が入ってくる。同じ作業部屋で働いているのは全員女性だ。年齢は十代から四十代までと幅広い。
「そういえばさ、オールトン子爵のところにまた客人が訪れているらしいよ」
「そんなの、しょっちゅうじゃない」
「この間、蓋馬車を走らせているところを見たんだよね。まだ若い男性だった」
「へえ、どんな人。格好いい？」
「金髪だったのと、まだ若そうってことしか分からなかったなあ。仕立てのいいフロックコートを着て、帽子被ってた」
「なになに、あんたは金髪男が好みってわけ？」
「そういうわけじゃないけどさ〜」
オールトン子爵は、ナンシーが住まうノーザストル王国のトレンサムの街を含めたエクシャール地方に多くの土地を持つ貴族である。この街はオールトン子爵の投資によって目覚ましい発展を遂げたため、住民にとっては神様のような存在でもある。
現在二十三歳のナンシーよりも五歳年下の同僚女性がきらきらした声で話す内容には思い当たる節があった。
（前の休息日のことよね。パトリックを連れてピクニックに行った帰りに、それっぽい無蓋馬車を見かけたわ）
パトリックとは、ナンシーの息子である。ピクニックの帰り道に、二頭立ての無蓋馬車が走っているのを遠目に見かけた。作りのしっかりした車体で、男性二人が乗車していたのを覚えている。
記憶に留まっていたのは、そのうちの一人の髪が金色だったからだ。
陽の光を浴びてきらりと輝く様が息子のパトリックと同じだったのだ。そこから一人の男性を連想させてしまい胸の奥が切なく戦慄いた。
（いけない、いけない。感傷的になってしまったわ……）
ふう、と息を吐いて、胸の中に湧き起こった思いを追い払う。
そんなナンシーを尻目に同僚たちは会話を続ける。
「子爵様の客人ってことは貴族だろう？　わたしたちみたいな労働者には目もくれやしないよ」
そんな風に釘を刺したのは、四十を超えた女性だ。貴族と労働者の間には埋められない階級差があることを思い出させるような声音だった。
「まだ貴族って決まったわけじゃないじゃない。新しい商談相手かも」
「だとしても同じだよ」
そんな台詞を背中で受け止めたナンシーはエプロンと両腕の布カバーを外して、自分の作業台の椅
子の背もたれに掛けたのち部屋をあとにした。外は橙色に包まれていた。一週間前の同じ時間よりも影が長くなっている気がする。
頬を撫でる風に秋の冷たさが孕むようになるのも時間の問題だ。
勤め先であるオールシェの敷地を出たところで「ナンシー、待って」と呼ばれた。
「一緒に迎えに行こう」
「もちろんよ」
こげ茶色の髪を後ろで一つにまとめた彼女はブリジット・ホークといい、部署は違うけれど同じオールシェで働く同僚である。私生活では下宿屋を営むロジャー夫妻の住まいに間借りをする下宿仲間でもある。
歩きながら今日一日の感想や食堂のメニューが昨日と同じだったこと、同僚から仕入れた噂話などを話す。そうしてたどり着いた先は、オールシェの近くに建つ教会だ。
教会の横道を抜け、奥に建つ三角屋根の建物の扉を開けて「こんにちは〜」と挨拶をする。
「おかえりなさい。ジュベルさん。ホークさん」
女性職員が子供たちを連れてきてくれた。
「ただいま。パトリック。いい子にしていた？」
「いーこ。ぼく、いーこ、だったよ」
「そっかぁ。偉かったねえ」
ナンシーはその場にしゃがみ込み、ふわふわの金色の髪をわしゃわしゃと撫でまわした。
するとパトリックが嬉しそうにきゃらきゃらと笑った。
ああ、今日も息子が全力で可愛いい。癒しの時間である。
二歳と六か月になるパトリックは日中オールトン子爵家が設立したこの託児所で過ごしているのだ。
隣ではやはりブリジットが娘のチェリーと同じような会話をしている。
ただしチェリーはもうすぐ六歳になるため、自分たち親子よりもしっかりした会話だけれど。
「じゃあ、ジュベルさん、ホークさん。また明日」
職員に見送られたナンシーはパトリックと手を繋ぎ、外に出た。
親子でとりとめのない話をしながら帰路を歩く。愛すべき平和な日常である。
一人でパトリックを産む決意をした当時は想像もつかなかった。あの頃は子育てや生活の不安で押しつぶされそうだった。泣きそうになる自分を懸命に叱咤した。これは自分で選んだ道なのだと。
でも今は、恵まれた職場と住環境でパトリックを育てることができている。息子には姉のように慕うチェリーがいて、自分にも頼りになる人たちが多くいる。
「家まで競争！」
下宿先まであと少しという通りに入った途端、チェリーがブリジットから手を離し駆け出した。
「待って」
つられたようにパトリックがナンシーの手を離す。
「あ、こら。チェリー！」
「パトリック、止まりなさい！」
二人の母親も制止の声を出しながら走り始める。街の中心から少しばかり外れた住宅地で馬車の行き交いも少なくなるとはいえ、何が起こるか分からない。
ブリジットが後ろからチェリーの両肩に手を置いたのとほぼ同時にナンシーもパトリックを捕まえることに成功した。
「あんたねえ！　パトリックが真似するでしょうが」
「ねえ、ママ。誰かいるー！」
母親の説教をほぼ無視する形でチェリーが前方へ向けて指さした。

長方形の建物が立ち並ぶプラウ通りの、とある番地の正面に一人の男性が佇んでいた。
「誰かのお客さんかしら」
「……そうかもしれないわね」
随分と身なりのいい恰好をした男性だった。背筋を伸ばした立ち姿は美しく品を感じさせる。
この辺りに立ち並ぶのは三階建ての長屋作りと呼ばれる集合住宅で、住まうのは労働者階級の人間ばかり。この界隈で、あのような姿はひどく目につく。
夕日に照らされた髪がきらりと輝いた。明るい髪色だ。金髪だろうか。
チェリーの子供特有の高い声と大人たちの会話に気がついたのか、男性がこちらへ顔を向けた。
（似ている……あの人に）
ドキリと心臓が大きく跳ねた。
まさか。そんなはずない。他人の空似だ。そう言い聞かせた。
「あら、こっちに来るみたい」
「――っ！」
ブリジットの声に反応できずに、ナンシーはその場で凍りついた。
どうして、彼がここにいるの――。
似ているだけの人ならよかった。そうであってほしかった。
どうしよう。再会なんて考えてもいなかった。向こうはこちらに気付いている？　もしかしたらまだ気付いていないかもしれない。俯いてブリジットの陰に隠れてやり過ごせば――。
男性が口を開いた。
「ナンシー！」
覚えている声と同じだった。
目の前に男性がやって来る。腕を伸ばせば触れられるほどの距離だ。
「ナンシー……。本当にきみだ。本物だ……。やっと、やっと見つけた」
男性は感極まったように泣き笑いの顔になった。その声が、表情が、伝えてくる。彼がどれほどナンシーを探していたのかを。
でも、分からない。一体、どうして。自分を探す理由が彼にあるとは思えなかった。
硬直するナンシーの目の前で、男性の目線が斜め下へと注がれた。
「ママ？」とこちらを見上げる息子、パトリックへ。
己と同じ金の髪を有する幼児をじっと見つめたのち、彼は確信じみた声を出した。
「その子供……やはり、あの時……きみと私は――」
「違いますっ!!」
ナンシーは反射的に彼の言葉を遮った。
拒絶する声に、男性は苦しそうに顔を歪めたのち、再びパトリックへと視線を戻した。
（だめ。見ないで！）
パトリックと彼は似ているのだ。そのことに彼が気付いてしまったら。
この子は、わたしの血はどこに行ったのかな？　と首を傾げるくらい父親の血が濃く表れているのだ。そう、ナンシーの前に現れた金髪の男性に――。
嫌、やめて！　そう叫びたいのに喉がカラカラに渇いて何の言葉も出てこない。
自分との血の繋がりを確信したかのように男性は真っ直ぐにナンシーに視線を定めた。
「違わない。この子は、私ときみの子供だ。計算も合うはずだ」
「ちが――」
それでも否定しようとするナンシーに「違わない！」と発した男性が腕を伸ばした。
硬い胸に頬が押しつけられる。抱き寄せられたナンシーは、懐かしい気配に胸の奥がざわめくのを自覚した。
逃げなければ。彼を困らせないためにナンシーは故郷を離れ、ノーザストル王国へ渡ってきたのだ
から。懐かしさに震える心を打ち据え、大きく身じろいだ。
「お願い……離して。ユウェイル様……」
「嫌だ。やっと、やっと見つけたんだ。もうきみを離さない。ナンシー」
その意思を体現するかのようにユウェイルはナンシーを抱きしめる腕に力を込めた。



第一章



ナンシーがパトリックの父親、ユウェイルと出会ったのは故郷であるベラーク王国でのことだった。
「姉さん。王立騎士団の事務方の仕事って興味ある？」
全ては、弟のこの一言から始まった。
一歳年下の弟、カミーユがそんなことを言ってきたのはナンシーがまだ十七歳のことだった。
ナンシーが生を受けたのは、ベラークでも由緒ある、ジュベル男爵家。
しかし、ジュベル男爵家には、管理する土地がなかった。
変わりゆく時流にうまく乗ることができずに債務が積み重なり、祖父の代に手放したからだ。
だが、幸いにも王都の小さな邸宅は手元に残すことができた。
父は官僚として政府機関に勤めており、一家は貴族にしては慎ましやかな生活を送っていた。
世間でいうところの上中流階級としての生活を送ることはできるが、貴族の体面を保つために執事を雇ったり、馬車を所有したりすることは難しい。そのような財政状況だった。
「どうしたのよ。藪から棒に」
「姉さん、前に働きに出てみたいけど宮殿の女官や侍女は気後れするって、言っていたじゃないか」
「そんなことも言ったかもしれないわね。結婚相手を探すにも、馬車も持っていない我が家だもの。
社交の場に向かうのも気後れしちゃうのよね。かといってお母様のお手伝いと慈善事業ばかりというのも、変わり映えしないし」
「玉の輿なら僕が何とかするから一人で気負わなくていいよ。一応これでもジュベル男爵家の跡取りなんだし。高位貴族の、訳アリのご令嬢ならたんまりと持参金をつけてくれると思うんだよね」
今日も今日とて明るい顔と声で計算高いことをさらりと言ってのける弟である。
高位貴族に恩を着せるべく最初から訳アリなご令嬢を狙う気満々なのは、いかがなものだろうか。
大体、訳アリのご令嬢が、ほいほいその辺に転がっているはずないと思うのだが。
「別に手放した土地を買い戻さなくたっていいじゃない。今のままでも十分食べていけるのだし」
「元の土地を買い戻そうなんて考えていないよ。ただ、侯爵以上の家に恩を売っておけば、あとあと僕の出世に役立つだろうなって。結婚は有効なカードだよね」
「……」
明るく爽やかな顔と声でさらりと腹黒い心の内を吐き出す弟に、ナンシーは何も言えなくなる。
できればもっと純粋な心を抱き続けてほしかった。いつからこうなった。思わず乾いた目線を送ってしまう。
「それよりも今は姉さんのこと。僕の先輩が今、騎士団に所属していてさ。この間会った時に話を聞いたんだよ」
なんでも騎士団では近年女性事務員の採用を行うようになったのだそうだ。宮殿で働く女官たちの、王族女性の公務の準備を行う過程で発生するこまごまとした雑務の処理の丁寧さを聞きつけた騎士団の上層部が、うちでも取り入れてみようと制度を整えたのだそうだ。
「とはいっても、人事局は事務員の採用に時間をかけたくないらしくて、幅広く募集はしていないんだって。貴族の縁者もしくは騎士団関係者の紹介状を介した採用が中心なんだとか」
彼らの推薦をもらえる身の上、即ち身元保証になるというわけだ。
「うちの場合、父さんは曲がりなりにも男爵位を所持しているわけだし？　身元の件はクリアしている。あとは姉さんのやる気次第」
社交デビューしたものの、その華やかな世界に圧倒されて引け目を感じまくった挙句に「わたしみたいな何の旨味もない家の娘と縁付きたいなんて奇特な紳士、いないわよね。生きる手段はいくらあっても構わないもの。働くことも考えてみようかしら」などとグチグチいう姉に対し、カミーユはお節介を発揮したらしい。
ベラーク王国では、貴族の家に生まれた娘が十六から十七の年になると、宮殿からその年最初の舞踏会の招待状が届く。国王夫妻に拝謁を賜ることで、貴族社会の仲間入りを認められることになるのだ。
一応貴族の末席にいるジュベル男爵の娘、ナンシーのもとにも、この招待状が届いた。
両親は娘が惨めな思いをしないようにドレスや靴、手袋などを新調してくれた。
さらに当日、曾祖母の時代に誂えたというパリュールの中から、首飾りと耳飾りを選んでつけても
らった。男爵家に残された数少ない財産だった。
あいにくと現在、ジュベル男爵家は馬車を所有しておらず、両親は毎年貸し馬車商会に予約を入れて馬車の貸し出しを受けていたのだが、デビューする娘のことを考え、二軒隣のダングローヴ男爵家
に同乗させてもらえるよう頼んでくれた。夫人同士、普段から慈善活動で交流を持っているのだ。
そのように準備を重ねて挑んだ宮殿舞踏会と、国王夫妻への拝謁の日。
ナンシーは、絢爛豪華な宮殿の様子に圧倒された。同じ日にデビューする貴族の家の娘たちの並々ならぬ気合の入り方と、美しいドレスや宝飾品にも。
折しも今年は、名だたる名家のご令嬢たちのデビューと重なっており、ナンシーは彼女たちの堂々とした立ち居振る舞いに、格の違いをまざまざと見せつけられた。漂う品格も、優雅な身のこなしも。
何もかもが自分とは違う。
一応、自分だって男爵家の娘として相応の教育を受けてきたという気持ちがあった。友人作りも兼ねて、十四歳の年から二年間、女子寄宿舎に在籍させてもらった。
けれども、そういう次元の話ではなかった。高位貴族の家に生まれた彼女たちは、背負っているものが違うのだ。
初めて出会う大貴族のご令嬢たちが持つオーラに圧倒され、さらに初めて踏み入れた大人の世界の象徴である舞踏会の煌びやかな雰囲気にも呑まれてしまったナンシーは、同じ家格の友人同士で固まって舞踏会の時間を潰した。
「わたしたちって結局父親と、親戚の男性としか踊っていないわよね」「歌劇の一幕のような出会いなんて、結局ないのよ」「現実なんてこんなものよねえ」などと慰め合う娘たちを見かねたのか、もしくは世話心に火がついたのか、母の友人が年若い紳士たちを紹介してくれた。
親族の男性以外との初めてのダンスは、胸がドキドキしっぱなしで、それに気を取られ、会話どころではなかった。笑顔を保っていたかもあやしい。
それでも一度踊ったことで肩から力が抜けたのか、徐々にダンスに誘われるようになり、舞踏会を楽しいと思えるようになっていた。
もしかしたら、素敵な出会いがあるかもしれない。ダンスで火照った体を冷やすために果実水を飲みながらそんな夢想に胸をときめかせていると、先ほど一曲踊った黒髪の紳士に話しかけられた。
どうしようと思うものの、悪い気はしない。笑顔が素敵だと思ったのだ。
会話して互いのことを知っていって、何度か社交の場で声をかけあい、そのうち私的な手紙を交わすようになり、将来についての話がそれとなく出るようになる。ナンシーの属する階級では、そうやって将来の相手を男女共に見極めていくのだという。
両親や親族から見合い相手を薦められることもよくあるが、できれば舞踏会などの社交の場で、いい人に出会いたい。
もしかしたらこれがその出会いなのかもしれない。などとふわりとした思いに駆られていると、同じ年頃の娘が一人近付き、話しかけてきた。
「あなた、ダングローヴ男爵家の馬車に同乗させてもらってきたジュベル男爵の娘さんなのでしょう。
そろそろ帰り支度をした方がいいのではないかしら。ダングローヴ男爵は、いつも早い時間に帰宅されますのよ」と。
それを聞いた黒髪の紳士は「え、きみの家、馬車も持っていないのかい？」と言った。
同時にナンシーを軽んじるような気配がうっすら滲み出ていた。
初めての舞踏会という場所に神経が鋭敏になっていたからこそ気付いてしまった彼の反応に胸をずきりとさせたナンシーは「わたし……一度、両親のもとに戻ります」と言うだけで精一杯だった。
ちなみにダングローヴ男爵は早い時間の帰宅を考えてはいなかった。あれは黒髪の紳士を取られまいとした、あの娘なりの牽制だったのだろう。
あとになってそう思い至ったが、舞踏会の洗礼としては強烈だった。男女間の会話も、女性同士の
牽制も、何もかもが未経験だったのだから。
結果としてナンシーの胸には、あの夜の記憶が小さな棘となって残り続けることとなった。
あの舞踏会の夜、初めて知ったのだ。馬車を所有できない家の娘は上流階級社会では侮りの対象になり得るのだと。
（あれ以来、社交場で男性と知り合うことに臆病になってしまったのよね……）
もっと強かで上昇志向な性格であれば、それを逆手に取り男性の同情を引いて玉の輿を狙うやり方もあるのだろうが、誰かと競争し優良物件を狙うなどナンシーには無理な話だ。
だって、初参加の舞踏会で受けた牽制に負けてしまったのだから。
「どうする？　興味があるなら、騎士団の人事局に話を持っていってくれるよう先輩に連絡するよ」
カミーユなりにナンシーのような貴族の娘でも体面を保ちつつ働ける職場について考えてくれたのだろう。
何かの折にうっかり「華やかな貴族社会にはあまり馴染めないのよね。それよりも働いた方が現実
的かも。自由に使えるお金も増えるし」などという胸の内を漏らしたことがあった。
そもそも上流階級の女性は慈善活動は行うものの、外に出て働くことはしない。
宮殿への出仕などの名誉職はともかくとして、家庭教師などの職に就くことは、その家の財政状況の悪化を外に知らせる行為として歓迎されない。
それでも近年は女性が外に出ることを声高に非難する風潮が薄れてきた。騎士団が女性事務員の採用を始めたのもその表れであろう。
（いい縁があれば結婚したいけれど、このまま二年、三年と縁に恵まれなかったら困ってしまうわよね。その時に働き口を探すよりも、同時進行しておいた方がリスクは少ないかもしれないわ）
堅実的な思考を頭に浮かべたナンシーはカミーユに向けて口を開いた。
「せっかくあなたが持ってきてくれた話だもの。前向きに頑張ってみるわ」
この話を聞いた母は「我が家は食べることには困っていないのだし。世間を見てみたいのであれば、慈善活動に参加する日を増やすのじゃだめなの？」と少々困惑した声で尋ねてきた。
やはり母の世代ではこのような感覚が強いのだろう。
頭が柔らかかったのは父の方だった。
「宮殿に勤めている女性と同じようなものだろう。今の王立騎士団のトップはロアンレンヌ公爵家のご嫡男で、その評判は宮殿にも伝え聞こえてくる」と明るい声で言った。
さらには、男性が多い環境を心配する妻に向けて「我が家は文系だが、ナンシーが騎士の家系と縁を繋いでくれるかもしれないぞ」とも説得してくれた。
別にそこまで考えてはいなかったのだが「そうねえ。そういう縁が繋がる可能性もあるかもしれないわねえ」と母が頷いたため、黙っておいた。
父が書いてくれた紹介状はカミーユの先輩を通して騎士団の人事局へ送られることになった。
その後、一度の面接を経たナンシーは見事事務職の採用をもぎ取った。
ちなみに採用面接では「今の騎士団長についてどう考えているか」「騎士団長へ何か伝えたいことはあるか」など、やたらと現在の王立騎士団をまとめるロアンレンヌ騎士団長について尋ねられたのが印象的だった。
彼について知っていることといえば名門公爵家の嫡男であることと、現在二十代後半だということくらい。おかげで面接中、内心冷や汗をかいたくらいだ。面接に向けて父と疑似面接試験を行っていたのに。ちっとも出番がなかった。
ロアンレンヌ騎士団長関連の質問がなぜ多かったのか、採用後に知ることとなった。
「今の王立騎士団長っていったら、あのロアンレンヌ公爵家の御曹司じゃない。さらにあの麗しい容姿ときたら！　社交場よりも騎士団の中にもぐり込んだ方が結婚まで最短距離を取れるんじゃないかって考える貴族のご令嬢たちが引きも切らないのよ。ナンシーの前の職員もそんな感じだったわねえ。結局、団長にお近づきになろうとして、拒絶＆説教されて、その翌日から来なくなったわ」
あっけらかんとした口調で内情を語って聞かせてくれたのはニコル・ポワソンという先輩だ。
ナンシーが配属された第一師団付き事務局に所属する一歳年上の彼女は、業務のことから騎士団の人間関係まで様々なことを教えてくれた。
「だから、ロアンレンヌ騎士団長について、しつこいくらいに質問されたのですね」
「うまく質問を躱す希望者もいるだろうけど、人事局のお偉方もいい加減見極めに慣れてきたと思うし。晴れて採用になってよかったわね」
要するに面接時の質問にうまく答えられなかったことが採用の決め手になったらしい。
下手にロアンレンヌ騎士団長について調べなくてよかったと心の底から安堵した。
そうして始まった騎士団の勤めは、これまで一応良家の娘として育てられてきたナンシーにとって初めて尽くしであった。




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    <title>【10月30日発売】婚き遅れ王女がマッチングしたらメロい護衛騎士の心の声が聞こえるようになりました【本体1300円+税】</title>
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●著：藍杜 雫
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●発売日:2025/10/30</div>

<p><span class="f130 black">マッチング魔法に頼るほど、お見合い相手に困っていたんじゃないですか？<br /></span>

後ろ盾のない第十七王女フィーネは、高位の王族に遠方での公務を押し付けられ婚期を逃していた。嫌な縁談から逃げるためマッチング魔法の婚活パーティに出席した彼女の相手に選ばれたのは、自らの護衛騎士で公爵家の跡取りでもあるクラウドだった。
「殿下は俺のものになる運命だったんですよ」押しの強い彼にとろとろに愛されて溺れていくフィーネ。だが第二王女の娘がクラウドにご執心で―─!?


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プロローグ　運命の恋をあなたと



恋に落ちていたとクラウドが気づいたのは、彼女がいなくなってからだった。
王族の象徴である金色の長い髪に紫色の瞳が脳裡に何度もよみがえる。
穏やかな気性の表れた顔立ちは、無理難題を言われてもなお表情を荒らげることはなく、いつもゆるやかな微笑みを浮かべていた。
それは物語に描かれるような運命の出会いとは、ほど遠かったのかもしれない。
彼女――フィーネは王女とはいえ、普段、クラウドの身の回りにいた女性より着飾っていなかったし、クラウドのことをひとりの男として認識していたかもわからない。
そんな出会いでしかなかったが、控えめでいて一生懸命な彼女の姿はクラウドの心のなかでいつまでも眩しく輝いて、もう一度、会いたいと思うには十分だった。
ところが、ことはクラウドが思うようには運ばなかった。
これまでの人生で、自分はどちらかといえば、女性から騒がれる側の人間だった。
「あら、クラウドさまだわ……素敵。一度ダンスを踊ってみたいわ」
「ばかね。クラウドさまと言えばジェニファーさまのお気に入りで有名よ」
王宮に勤めていたときには、クラウドを見るために令嬢が不自然なほど待ち構えていたし、気に入られた令嬢の護衛にさせられ、着飾った女性に辟易としていたくらいだった。
公爵家の御曹司として生まれたクラウドは父親に似て甘やかな顔立ちをしており、ゆるやかに波打つ黒髪が風に揺れるたびに、女性たちから秋波を送られてきた。
身分を隠して入っていた騎士団でも出世し、若くして国一番の生え抜きが揃えられた近衛騎士団の一員にまで上りつめている。　
正直に言えば、自分が容姿も家柄も恵まれている上、実力もあるという自覚はあった。
しかし、そんなものはフィーネを前にしてなんの役にも立たなかったのだ。
伝手を苦心して彼女の護衛騎士になってからの一年半、クラウドは自分が彼女の役に立つように立ち回ってきたつもりだし、実際、信頼そのものは得ていたと思う。
しかし、彼女から恋愛的な意味で感情を向けられたことがあったかと言えば、それは否だ。
彼女から微笑みを向けられるたびに、その笑みに少しはなんらかの意味があってほしいと願うのに、いつまでたっても王女と護衛騎士の関係のまま。
あまりにもなんの進展もないものだから、クラウドが最後に頼るのは魔法しかなかった。
「フィーネ殿下にひとりの男として見てもらいたい」
古びて年季の入った鍵と錠前がたくさん入った箱を前にして、クラウドは祈りをこめるようにして呟いた。
ほかの誰でもなく、自分は彼女に振り向いてほしい。彼女の側に長くいればいるほど、その人柄のやさしさに心を打たれ、彼女の隣に立ちつづける正当な権利が欲しいと願うようになった。
ふんわりと広がる長い金色の髪を揺らして微笑む姿を見て、何度手を伸ばして抱きしめたいと思ったことだろう。
魔法にでも頼らなければ、自分のこの想いが満たされることはない。
どうか彼女の心を射止められますように――そう祈るような気持ちで、クラウドの手はひとつの錠前を箱のなかから拾いあげる。
それは手のひらに収まる小さな錠前だというのに、実際の重さ以上の重みを持つような不思議な感覚がした。
箱と錠前と、そしてこの錠前を開く唯一の鍵と、粘りつくような魔力で繋がっているのだ。
事実、錠前が入っていたのは魔法がこめられた箱――魔導具と呼ばれるものだった。
この国には魔法がある。
北方を走る山脈に広がる黒い森や荒野には危険な魔獣が住んでいるが、それらを近づけないための聖なる結界の魔導具に通じた王族がおり、地水風火の魔法を使う魔導師や騎士たちがいた。

それに古の魔法と呼ばれる呪いに似た古い魔法もある。
古の魔法のひとつにマッチング魔法と言われる、相性がいい結婚相手を探すためのものがあった。
キンバリー公爵家に伝わる家宝の魔導具である。
クラウドの必死の祈りが届いたのだろうか。
呪文を唱えられて魔法が発動すると、魔導具の箱から引いた自分の錠前とフィーネ王女の鍵は、ほかの人には見えない光で繋がっていた。
彼女のそばに近寄って鍵を鍵穴に差しこんでみると、鍵はぴたりと合わさって錠が開く。
それは、マッチング――婚活の相手が決まった合図である。
魔法で、自分が仕えている王女フィーネとマッチングしたのだ。
その瞬間を自分はどれほど望んでいたことだろう。少なくとも、この瞬間、ようやくクラウドはフィーネからお見合い相手として認識されたのだ。
驚く彼女を前にして、クラウドはゆるく波打つ黒髪をかきあげて囁いた。
「マッチング魔法に頼るほど、お見合い相手に困っていたんじゃないですか？」
頬にちゅっとキスをすると、驚いて固まってはいたが金髪の王女は嫌がる素振りを見せなかった。
――やっとフィーネ殿下の前に男として立てた。
もう逃がさないとばかりに満面の笑みを浮かべて、彼女に手を差しだした。
「殿下は俺のものになる運命だったんですよ」
ほかの誰も欲しくない。フィーネだけが欲しい。
この感情をただの執着だと言われれば、そうなのかもしれない。
初めて会ったときから、クラウドは彼女のことが知りたくて、よく知ってからはそのすべてが欲しくて、ずっとささやかにあがいてきた。
仕事をする上では、彼女はクラウドの言葉にうなずいてくれるし、頼ってくれているとは思う。でも、それだけでは足りない。
自分が彼女を好きになったように、彼女も自分に恋してほしい。自分を見つめる視線にもっと熱を帯びてほしい。
マッチング魔法からはじまった恋でもいいから、彼女の心がどうか振り向いてくれますようにと、クラウドはひたすら願うしかなかった。



第一章　婚き遅れ王女の婚活事情　



フィーネの母親が亡くなったとき、フィーネはまだ十才だった。
仮にもスキルゲイト王国の王女という立場であったが、黒い喪服を着た少女の周りには侍女がひとりついているだけだ。
周りには母親の死をよろこぶ王妃やほかの妃、それに異母兄姉がたくさんいたというのに、みな遠巻きに喪服に身を包んだフィーネを見ていた。
長い金色の髪は黒い服とベール付きの黒い帽子によく映えて、悲しみをたたえた姿には退廃的な美しささえ漂う。
それがまた周りの人間には面白くないのだろう。
「ようやく邪魔な第八妃がいなくなってくれたわ」
「なんであんな普通の女が寵愛されたのかしら」
「第八妃に顔がそっくりとはいえ、陛下は娘には興味がないようだし……」
そんな冷たい言葉が、葬式の間中、フィーネの耳に届くように発せられていた。
生きているときもそうだったが、不吉な死の気配が漂う墓地でも、集まった人々は亡くなったフィーネの母親を悪く言うのをやめられないようだ。
聞こえてくる声は悲しみに暮れるフィーネを傷つけて、余計に孤独を感じさせるものばかりだった。
無条件に自分を愛してくれていた存在がいなくなり、黒いドレスに包まれて棺に納められ、墓地に運ばれていくのを眺めることしかフィーネにはできない。
涙がとめどなく流れていくと同時に、フィーネのなかの感情は壊れてしまったようだ。母親からの愛を失って、自分のなかにもあったはずの愛情が涙とともに流れて涸れてしまった。
虚しさを覚えながら葬式が終わるころには、これからどうやって生きていけばいいのだろうと漠然とした不安を抱いていたことを覚えている。
父親はいたが、フィーネの存在を覚えているかはあやしかった。
葬式では母親が亡くなったことは悲しんでくれていたが、フィーネに声をかけてくれることはなかったからだ。
国王という立場もあるし、母親を失ったことでフィーネ自身にも興味がなくなったのだろう。あるいは、なにかほかにもっと国政で気になることがあったのかもしれない。
そんな話をできるほど、父親と親しくはなかった。
後ろ盾のない王女という不安定な立場になったのだという実感を覚えたのは、フィーネが暮らす王宮に食事が届かなかったときだ。
それは寵妃だった母親が亡くなったことに対する、ほかの妃からの嫌がらせだと、幼い子どもながらわかっていた。
感情が涸れてしまっていても、空腹は体に堪えて無視できない。
育ちざかりの子どもには、一日に一食、それもパンしか届かない生活はひどくお腹が空いた。
母親付きだった侍女が引きつづきフィーネの面倒を見てくれて、苦労して厨房にかけあい、ほかの妃たちの目をかいくぐってフィーネに食べさせてくれていた。
「おまえは母親にそっくりね」
王妃をはじめ、ほかの妃から何度その言葉を聞かされたことか。彼女たちはいまはフィーネに関心を示さない父親が、いつか特別な愛情を向けるのではないかと怖れ、十才の子供を警戒していたのだった。
心ない言葉を向けられるたびに、自分の感情が欠落していくのがわかった。
――なにも感じていないのだから、傷つく必要もない。
母親を失ったことで、次第にフィーネは愛というものがよくわからなくなっていた。
感情をごまかしながら生きることには慣れた。
そんな虚しい生活が大きく変わったのは、十二才になり、フィーネが魔力測定の儀式を受けてからのことだ。
王族の血に連なるものははみな、十二才にその儀式を受けることになっていた。
スキルゲイト王国の魔法を司る機関――魔法塔の魔導師の前で、魔力があるのかどうか、もしあるとしたらどんな魔法が使えるのかを測定する儀式である。
魔導師は魔法塔で管理をされており、王宮以外にほとんど出かけることがないフィーネはここで初めて魔導師と会った。
王宮のなかには夜になると光を放つ魔導具や調理をするために熱を放つ魔導具があったが、その調整をしているところさえフィーネは見たことがなかった。
魔導師特有の長いローブを羽織った姿に圧倒される。
「第十七王女のフィーネ・エベリー・スキルゲイトさまですね、さぁこの水盤に手をかざしてください」
言われて、自分の腰丈と同じくらいの高さの水盤に近づく。
十二才になっていたものの、手足だけがひょろひょろと長くて、身長は決して高くはない。儀式の水盤がまだ幼いフィーネでも手が届く場所でよかったと安心する。
魔法塔の敷地にある建物のひとつは六角形の塔になっており、その広間の真ん中に水盤があった。
どこから水を引き入れているかもわからないのに、まるで泉のようにこんこんと水が湧きでている。
それでいて、なぜか水面は凪いでいた。
水盤から溢れる水は周囲に流れ落ち、水路を伝って外へと流れでている。
水盤の隣に踏みしめられてすりへった石があり、その上にフィーネは立った。
それで正しいのかどうかわからないまま手をかざしていると、呪文を唱えられる。
「さぁ、聖なる水盤よ……未来をこの場に示せ。フィーネ・エベリー・スキルゲイトのなかにどんな形を見いだすのか答えを示したまえ」
その呪文を唱え終わったときは、なんの変化もなかった。
しかし、フィーネは自分の内側がふわりとあたたかくなったような、それでいて体全体が発光しているような不思議な感覚を覚える。実際、フィーネの金色の髪はまるで水盤からの風を受けたかのようにふわりと舞いあがっている。
次の瞬間、鏡のように凪いでいた水面が盛りあがり、六角柱の形に変わって光り輝いた。
その不思議な光景にフィーネはただ見入っていた。
「おお……フィーネ王女殿下は結界の魔法に目覚めました！」
魔導師の言葉で、ようやく現れた奇跡の意味を知る。
水晶のような六角柱の形は、王族の血に連なるものしか扱えない結界魔法の証しなのだと言う。
水が水盤から零れるのと同じく、自分のなかでも、なにかが溢れるような感覚が目覚め、手を振りかざすとその力を自在に操ることができた。
奇跡が現れた水盤から意識をそらせば、盛りあがった六角柱が崩れ、またもとの水に戻る。
魔法が現れたことなどなかったかのように、また水は零れおちていく。
「おめでとうございます、フィーネ王女殿下。結界魔法の新たな使い手が現れたことに祝福を」
年配の魔導師はうれしそうに微笑んで、杖の先をフィーネにかざしてくれた。
この魔力測定以降、フィーネの待遇は変わった。
王宮の片隅ながらもひとつの宮を与えられ、使用人もつくようになった。宮には寝室だけでなく、執務室や応接室をはじめ、侍女のための部屋もひととおりついている。
もちろん、いまだに嫌がらせをされることはあったが、食事をまともに食べられるようになったのがとてもうれしかった。
宮には火を使わずに水や食べ物をあたためられる魔導具があり、簡単にお茶やあたたかい食べ物が食べられるようになったのだ。空腹がもっとも苦手だったフィーネとしては、それだけで結界の魔法に目覚めたことがありがたかった。
一方で、よくない方向に変わったこともある。それは、ほかの兄姉が嫌がる公務を押しつけられるということだった。
結界の魔法に覚醒した王族は、生涯、特別な待遇の恩恵にあずかれる一方で、王族の特別な公務に当たることが義務づけられている。
スキルゲイト王国の魔導師を管理する魔法塔ですら手出しできない王族の義務だ。
ひとつには王族の威信を知らしめるための式典や行政機関の長とのやりとり、騎士団の指揮といった実務。そして、それと同じくらい、あるいはそれ以上に重要なのが、国の内外に湧く魔獣から国民の住処を守る魔導具に魔力を注入することだった。
この公務だけは、王族のなかでも結界魔法に覚醒したものしかできない。
しかし、その義務は序列が高いものから低いものへと押しつけられるのが常だった。
つまり、母親もなく、父親の覚えもめでたくないフィーネは、ここでも序列の最下層となる。
「おまえなんて、公務を与えられるだけでもありがたく思いなさい」
王妃からかけられる言葉には蔑みがこめられ、その娘である第二王女ニルヴァーナからの当たりは特にきつかった。
親子ほども年が違うというのに、彼女はフィーネを見かけるたびに嫌味を言い、自分がやりたくない公務をわざわざフィーネに回すように裏で手を回す。
そんな生活がつづくうちに、フィーネはあきらめることを覚えたし、こんなものだと思えば、次第に苦にならなくなった。
第八妃の子で、しかも母親が亡くなっているフィーネは、第一王妃の子――それも『シングル』と呼ばれる一番目から九番目までの序列の高い王子や王女には頭が上がらなかった。
ほかの妃をはじめ、シングルの兄姉はフィーネにとって危険な相手だ。顔を合わせるたびに嫌がらせを受けてきた。
その最たるものが遠方での公務だった。
「フィーネさまはもっと怒ってもいいんですよ」
いままで世話をしてくれていた侍女は旅についていくのは大変だからと、途中からその娘のニナがついてくれるようになったのもフィーネにとってはありがたかった。
四才年上の彼女は、年が近い姉のような存在で、話しやすい。
「嫌味を言う上の方々といつ会うかわからない王宮暮らしより、旅暮らしのほうが快適なんだもの。王女らしくないのはどうしようもないし……いいのよ」
そんなふうに打ち明けたのは半分以上、フィーネの本音だ。
旅暮らしをつづけるうちに、この生活も悪くはないと前向きに考えるようになっていた。
侍女のニナと護衛騎士しかいなくても、ちゃんと手当が出て食事も与えられ、誰からも抑圧されない生活は、のんびりしたフィーネの性に合っていたらしい。
兄姉たちが遠方の公務を嫌がったのにはれっきとした理由がある。
王都から離れた国境の公務に向かうには、宿場町を泊まり継ぎながら馬車で片道七日間から十日間はかかる。つまり遠方の公務をひとつ受けるだけで半月はかかり、ふたつ受ければ、ひと月半ほどずっと旅暮らしということになる。
城壁に囲まれた街を外れれば、街道といえども人と会うことは滅多にない。
街道を行き来するだけの生活では、社交界で自分の存在を見せつける機会もなければ、華やかな王都での式典にも出られない。
せっかく王族として生まれたのに、泥臭い生活をしたくない兄姉は王都から離れるのをできるだけ嫌がり、自分の番が回ってきたときにはほかの誰かに押しつけ、それが巡り巡ってフィーネのところにやってくるのは珍しくなかった。
いまとなっては、自分がどちらかと言えば要領が悪い人間だと、フィーネ自身よく理解している。
だから、公務へと出向いた先の城砦で、
「どなたですか？　身分証明書を提示してください」
などと聞き返されても仕方ない。悲しいとは思うけれど、半ばあきらめている。
このぐらいのことでフィーネの心は動かなかった。
初めての公務に出向いたときでさえそうだった。宿場町を泊まり継ぎ半月をかけて国境近くの城砦へと行ったというのに、フィーネのような小娘が王族には見えなかったのだろう。
――『おまえみたいな小娘が王女なわけがあるか……この不届き者め』
そう言われて王族を騙った偽物だという扱いを受けた。
もちろんニナが反論して、最終的には魔導具に結界の魔力を充填するという『奇跡』を見せることで、本物だと証明できた。最初がそれだったから、公務を引き受けてさえ自分の扱いはこんなものかという耐性はできている。
それでも、自分の格好はそんなにみすぼらしいだろうかとフィーネはマントを抓みあげ、言葉に詰まってしまった。
つくづくと第一印象というのは大事なのだと思う。
あまり豪華な馬車に乗っていると無法者に目をつけられるからと、乗ってきたのは普通の箱馬車だ。
外に王家の紋章はつけていない。
それでもおそらく、上の姉たちなら、豪華なドレスで周囲の空気を一蹴するのだろうが、フィーネにそんな華やかな振る舞いはできなかった。
――国境まで旅をするのだからと動きやすいドレスで来たのはやっぱり失敗だったかしら。
王都から七日もかけてやってきたのだから、もう少し歓迎してほしいと思ってはいけないだろうか。
少しだけ悲しい気持ちになったフィーネを擁護するように、すっと護衛騎士のクラウドがマントを翻しながら前に進みでた。
フィーネを守ってくれる背中が頼もしくて、少しだけ心がどきりと跳ねる。
彼が護衛になってから、ときどきそういう瞬間があってとまどっていたものの、張りのある声で
フィーネの代わりに名乗りを上げる姿は堂々としていて素敵だった。
「こちらはフィーネ・エベリー・スキルゲイト。第十七王女殿下です。結界の魔導具――『聖なる灯台』に魔力の充填に足を運んでくださったのです。王族に対する無礼は、兵士の規則第十三条違反ですよ」
近衛騎士の制服を着たクラウドがフィーネの身分を保障する金色の身分証を掲げると、ここで砦の門番がようやく顔色を変えた。
敬礼をしながら、
「第十……いえ、王女殿下。失礼いたしましたお通りください！」
多分、何番目の王女か聞きそこねたのだろう。ぞんざいな扱いではあったが、門を通してもらって助かった。
こんなことは日常茶飯事だし、ここで怒っても自分にはなんの得もない。
ここであきらめてしまうから要領が悪いのだと言われても、見ず知らずの兵士に対して憤りをぶつけて正すほどのことでもなかった。
それにおそらくは、フィーネよりもクラウドのほうが身分が高い人間の振る舞いに見えたのだということも理解している。
背が高い彼は格好よく、マントを身につけた近衛騎士の制服がよく似合っていた。
許可が出たから通りましょうと言わんばかりに手を差しだしてくれる様子もさまになっていたのだろう。遠目から見守っていた街の女性たちから、
「あの騎士さま、素敵ねぇ」
「近衛騎士の制服がよく似合っているわ」
などと囁かれて、王女であるフィーネよりも視線を集めている。
いつものことながら、クラウドの人気ぶりにフィーネのほうが圧倒されてしまう。その視線から逃れるように、フィーネは自分の矜持を守ってくれた護衛騎士と背後で怒りを抑えている侍女に声をかけた。
「大丈夫だから行きましょう、クラウド……ほら、ニナも」
そうやって一騒動あってから国境沿いに立つ城砦のなかへ入っていくのはもう慣れたものだった。
フィーネたちが乗ってきた馬車を操る馭者とクラウドの馬は旅の疲れを癒やすためだろう、馬小屋のほうへと案内されていっている。
「いいのですか、フィーネ殿下。なんなら俺が一回か二回ぐらい殴ってきましょうか」
石積みの堅固な壁に覆われた廊下を歩きながら、物騒な言葉を吐くクラウドを、フィーネは笑って諫める。
フィーネとしてはこのぐらいでは感情の波風も立たないのだが、この護衛騎士はそんなフィーネの代わりによく怒ってくれる。
「クラウドは近衛騎士なんだから、そんなことをしたら揉め事の種になるでしょう。わかってくれたんだからいいのよ」
争いごとを避けたがる性格のフィーネに、クラウドはちっと柄の悪い舌打ちをする。
殴れなくて残念がっているというより、彼はフィーネが馬鹿にされることが許せないのだった。
見た目は凜々しい騎士だというのに、クラウドは少々過保護なところがある。
「次からは先に名乗らせてください。それでも殿下を軽んじるものがいたら近衛騎士の名の下に処罰します」
そんなことまで言われると、さすがに行きすぎではないかと思う。
近衛騎士というのは一般の兵士より身分が高く、国中の騎士をはじめ、女性たちの憧れの的だ。彼が言うからにはできないことはないのだろうが、行きすぎた処罰は下のものからの反感を買う。
フィーネが少し我慢すればすむのだから、事を荒立ててほしくない。
「ほどほどにね、クラウド……わたしの名誉を守ってくれるのはうれしいけど、揉め事がなく公務を遂行するのが一番なのよ」
――それに、城門でそんなことをされたら、きっとクラウドに注目が集まりすぎるのよね。
というのは心のなかだけでひっそりと呟いておく。
本人も自分の見た目のよさは自覚している向きがあるのだが、フィーネのことになると、それを忘れてしまうところがあった。
クラウドはもっとなにか言いたそうにしていたが、最終的には主であるフィーネの言葉に従ってくれた。眉間のしわにだけわずかに不機嫌さを残したまま押し黙る。そんな顔でも整っているから、もう砦のなかでよかったと内心でほっとしていた。
女性の目があるところでは、クラウドの振る舞いに黄色い歓声があがることがあるから、それはそれで、衆目を集めてしまうのが苦手なのだった。
案内している兵士は自分が処罰されるのではとびくびくしているようだ。
「こちらでお待ちください。いま、上官に殿下の到着を伝えてきます」





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    <dc:date>2025-10-08T15:27:50+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ガブリエラブックス</dc:creator>
    <foaf:topic><foaf:Image rdf:about="https://img13.shop-pro.jp/PA01280/163/product/188807886_th.jpg?cmsp_timestamp=20251008152749" /></foaf:topic>
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    <title>【9月30日発売】悪女転生　推し宰相を誘惑したら恋の攻防がはじまりました【本体1300円+税】</title>
    <description></description>
<content:encoded><![CDATA[
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●著：愛染乃唯
●イラスト：深山キリ
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4815543730
●発売日:2025/9/30</div>

<p><span class="f130 black">悪女を頑張っていたら推しの宰相と一夜を共にしてしまって!?<br /></span>

ゲームの悪役令嬢に転生したことに気付いたレオノーラ。
前世我慢しがちだった彼女は今世は自由に生きようと、まずは推しの宰相ジェラードに接近しようとするが、ゲームとは様子の違う彼に押し倒されてしまう。
「見せてください、あなたを……」悪女ぶるがお人好しの抜けないレオノーラに対し、初心で奥手のはずのジェラードは実は曲者で百戦錬磨。あっという間にベッドで蕩かされ執着され溺愛され!?


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【１】せっかく悪女に転生したので、推し脇役をゲットします！



レオノーラ・ローズアビー伯爵令嬢は決意した。
今世こそ、自分勝手に生きてやる、と。

「――レイラさま。レイラお嬢さま。聞こえていらっしゃいますか？」
「もちろん聞こえておりますわ、ジル。わたくしを誰だと思って？」
高慢に鼻を鳴らし、レイラはちらっと辺りを見渡す。
真っ白にピンクの模様が入った大理石の床と柱、繊細な花の模様が刺
繍された壁紙、書き物机も、椅子も、飾り戸棚も、お茶をするための円卓も、何もかもが白とピンクと赤と金でまとめられた、いかにも豪奢な女の子の部屋。
（ 可愛いい……ゲーム画面で見ても可愛かったけど、実物は迫力あるなぁ）
とろんと目尻を蕩けさせ、レイラは美しい室内に見惚れた。
室内の作りはよくよく見るとどこの国っぽくもないし、どこの国っぽくもある。
年代もそう。基本はロココ調っぽいけど、ヴィクトリア朝っぽくもある。
全部それっぽいだけで断定できない理由は簡単。
ここが、ゲーム世界だからだ。
（間違いない。これは『薔薇の陰謀〜ロイヤル・ローズガーデン?〜』の世界だ。私の大好きなゲームの三作目。それで、私は――）
右手の鏡台へと視線をやると、きつめの美女がこちらを見ている。
ストロベリーブロンドにちょっと吊りぎみの真っ赤な瞳、つんと尖った鼻に真っ赤なリップ、長い
まつげはどこかクジャクを思わせる華やかさだ。
美女がまとう衣装はかすかに金の光沢のある真紅の布で仕立てられ、若々しさもありつつ、デコルテを大きく開けた妖艶な仕上げ。布の端には肌触りのよい漆黒のフリルが隙間なくあしらわれているから、真っ白な肌とのコントラストが否が応でも際立っている。
さらに、惜しげもなくさらされたデコルテには美術館でしか見られないような宝石までのっていた。薔薇のつるを模した黄金の枠にはまったしずく型のルビー。それを吊っているのは黒いレースのチョーカーで、このレースにも細やかな宝石がこれでもかというほど縫い込まれている豪華仕様だ。
着ているものだけでも小さな国の年間予算を超えてしまいそうな、ゴージャスな美女。
（これが、私。レオノーラ・ローズアビー伯爵令嬢。私、ゲーム内の悪役令嬢に転生してたんだ）
まだ少し信じられないような気分はあるが、それ以上にレイラは興奮していた。
――普通の女の子が、悪役令嬢に転生する。
そんな物語は飽きるほど読んだり、見たりしてきた。
でも、目の前で起こっていることは現実だ。自分の人生に降りかかってきた、現実なのだ。
まだまだ鏡で自分の美女ぶりを眺めていたい気持ちもあったが、レイラはどうにか前を向く。
レイラの目の前には、先ほど話しかけてきた黒服の老婦人、メイド長のジルと、床に這いつくばって震えている幼いメイド、アンの姿がある。彼女たちもゲーム内の登場人物だ。
ゲーム内の登場人物が、レイラの言葉を待っている。悪役令嬢、レイラの言葉を。
（答えなきゃ。レイラとして）
頭の中を探ると、レイラらしいセリフはすぐに出てくる。
レイラはこっそりと長めに息を吐いて、吸った。
そうしてふたりに向かい、堂々と言い放つ。
「わたくしは、レオノーラ・ローズアビー！　豪商から伯爵家までのぼりつめたローズアビー伯爵家の一人娘にして、この世で一番美しく、誰よりも誇り高い、薔薇の乙女ですわ！　わたくしは、すべてにおいて自由で完璧ですのよ！」
「――さようでしょうとも。先ほどは失礼なことを申し上げました。それでこそ、レイラお嬢さまでございます」
「う、ううっ、レイラさま、どうか、どうかご慈悲をっ……！」
メイド長ジルは満足そうに言って一礼した。
その横で、幼いメイドのアンは両手を組み合わせて震え続けている。
（どっちもゲーム内ではよくある反応。っていうことは……）
レイラはそっと片手を握り、やった、と思った。
今のは完璧な悪役令嬢だった。ジルもアンも少しも疑っていない。
（私、できてる。自分勝手な悪役令嬢、やれてる）
目の前が明るくなり、頭の中がバラ色に染まっていくような気分。
自分は、文字通り生まれ変わり、今さっきそのことを思い出した。
この先も、思うままに、自由に、自分勝手に生きられるはず！
レイラはそう信じて、まさにこの世の春の気分で立ち続けていた。

レイラが『自分勝手』にこだわるのには理由がある。
思い出したのは昨日の夜遅くだが、彼女の前世はどこにでもいる中流の日本人、阪本玲奈だ。
玲奈は長女で、生まれつき控えめな性質であった。
幼少期から、目の前にお菓子があってもすぐには手を伸ばせず、
『おかあさん、たべていい？』
と聞きに行くのが常だったし、休みの日にどこか行きたいか、晩に何が食べたいかと聞かれても、
『どこでもいい』
『なんでもいい』
としか答えられない。
そんな態度もひとりっこ状態だった頃は『奥ゆかしい子ねえ』なんて言われて済んでいたのだが、
妹ができてからは状況ががらりと変わってしまった。
玲奈の妹は天真爛漫で、なんでもかんでも欲しいと主張できる子だったのだ。
『あたし、おねーちゃんのケーキのほうがいい！』
妹が玲奈のケーキを指させば、親はすぐに眉尻を下げて言う。
『お姉ちゃん、お姉ちゃんだから譲ってあげられる？』
『……うん、私、どっちでもよかったから』
もやっとするのを感じながらも、『イヤだ』と言えば喧嘩になる。
穏やかに生きることを望む玲奈としては、笑って自分のケーキをさしだし、妹が一口かじったケーキを自分の前に引き寄せる他に選択肢がない。
以降の人生も、ずっと同じ繰り返しだ。
『譲ってあげて？』
『玲奈はお姉ちゃんだもんね』
『どっちでもいいんでしょう？』
どっちでもいい、どこでもいい。
自分から言い出したことだから撤回もできず、玲奈は笑って受け入れた。
淡い抵抗をしたのは、ミドルティーンのころに一度だけ。
玲奈が淡い恋心を抱いていた家庭教師の大学生を、妹に取られたときのことだった。
『私も先生に教わりたい！　お姉ちゃんは成績いいから、もう家庭教師要らないよね？』
屈託なく言われ、さすがに胸のもやもやが爆発したのだ。玲奈は小さな拳を握って反論した。
『それは……さすがに、ダメじゃない……？』
『ダメ？　なんで？　どうしてお姉ちゃんは先生のことひとりじめするの？　お姉ちゃんは自分が成績よければそれでいいの？　いつもそうやって、自分のことばっかり！』
そこから始まった大喧嘩。
夕方帰宅した母は暴れる妹に手を焼き、玲奈に難しい顔をした。
『玲奈。空気を読んで！』
さすがに今回は母に味方してもらえる、と思っていた玲奈は、その場で凍り付いてしまった。
――以降、玲奈は、わがままの言い方を忘れた。
頑張ってわがままを言っても、結局のところすべては奪われる。
ならば変に波風立てず、正解を選ぶのがいいのだろう。
みんなが嫌がることには、私がやりまーす、と手を挙げて、玲奈って最高にありがたいよね、クラスにひとりは玲奈が要るよね、なんて言われて、わーい嬉しいです、もっと頑張っちゃお！　とはしゃいだふりをして。裏で『あの子おかしいよね、頭わる〜……マゾなんじゃない？　まあ便利だけどさ』
なんて言われているのも、聞こえていないふりをして。
それが、正解の生き方。
空気は呼吸のためではなく、読むためにある。
そう信じて時は過ぎ、親の勧めたブラック企業に勤めて早五年目。
果てしない違法な連勤の末に勝ち取った休みの日、玲奈は独り暮らしの部屋でゲームをしていた。
今や、玲奈がほっとできるのは、植物と乙女ゲームに向き合う時間だけだった。
観葉植物を栽培するのは小学校の時の植物係から続く趣味で、地味にやればやっただけ成果が出るのが気に入っている。
乙女ゲームは大学に入ってから本格的に触ったが、思いのほか心にフィットした。主人公が誠実に生きるうちに立派なひとたちに好かれ、成功していくのがいい。ロイヤル・ローズガーデンは?から手を付け、絵とストーリーラインが好みすぎて?をやり、?が出ると聞いたときは小躍りした。
久しぶりの休日、玲奈は現世を忘れてゲームに没頭し、そのまま寝落ちた。
そして――目が覚めたら、レイラになっていたらしい。

（多分あのとき、過労死しちゃったんだろうな。それで、なんでかゲームの世界に転生できて……今は私、レイラなんだ。レイラなんだから、自分勝手に生きていいんだ。むしろ、悪役令嬢っぽく生きるほうがみんなのためになるはず！）
仕立てのよい手袋をした手をきゅうっと握り、レイラは興奮に頬を赤らめた。
これからは『空気を読む』なんてしなくていいし、『どっちでもいい』なんて言わなくていい。
なんなら一回『どっちでもいい』と言って、『やっぱり気が変わりましたわ』なんて言ってもいい。
悪役令嬢は、自由だ！
「――それで、レイラさま。粗相をしたメイドの処遇はどういたしましょう？」
ジルに声をかけられ、レイラは、はっと我に返った。
（そうだった。今朝は、朝一番でジルがアンを連れてきたんだった。何か粗相をしたとかなんとかで。
これはきっと、レイラが悪役令嬢らしさを発揮する場面）
昨晩から自分の境遇に驚き、慌て、ついでに浮かれていたせいで、いちいち反応が遅れてしまう。
とはいえ玲奈はゲームに詳しい。
改めて小さなメイドの少女に向き合い、邪悪そうな笑みを浮かべて見せた。
「もちろん愚かなメイドのことは忘れてはおりませんことよ！」
「ひぃっ……」
びくんとして床で頭を下げた少女は、まだ十歳やそこらに見える。
自分がこのくらいの歳のときは、ケーキを選ぶ自由も、ドレスを選ぶ自由もなかったなあ、なんて思い出しながら、レイラは自分の細腰に両手を当てる。
「アンでしたわね。あなた、具体的には何をしでかしたんですの？」
「そ、それはぁ、あ、あのぅ」
「はっきりお答えなさい？　遠慮してもごもごしていても、誰も助けてくれませんわよ」
あくまで高慢な悪役令嬢風に、レイラは言う。
レイラは成金伯爵令嬢にふさわしく、高慢で自意識過剰なキャラだ。さらには嫉妬深くて、聖女である主人公に巧妙な罠を仕掛ける役どころ。あまりふにゃふにゃしていたら役を逸脱してしまう。
いくら転生とはいえ、玲奈は推しゲームの世界観を大事にしたいタイプであった。
アンはびくりと背中を震わせると、おそるおそる顔を上げた。
ちょっと猫目なのが可愛い目に涙を浮かべ、彼女は告げる。
「私……レイラさまの、ペットを……」
「ペットを？」
（レイラのペットと言えば、かわいい翼猫。まさかあれを、こ、殺しちゃった、とか……？）
冷静なふりで、レイラは内心焦る。
アンはというと、ぶわっと涙を浮かべた。
「ペットを洗うときに、レイラさまの浴室ブラシを使ってしまいましたっ！　お許しくださいっ！」
「あら、そんなこと？」
ペットが元気でよかった、とレイラが胸をなで下ろしていると、ジルはいぶかしげにしている。
（あ、そっか。レイラならここで、理不尽にキレちらかさないと！）
自分は悪役令嬢なのだ、高慢で傲慢で理不尽なのだ。
そうやって自分に言い聞かせ、レイラは形よい胸を張った。
「わたくしのブラシをペットに使ったということですわね？　あなたはわたくしのペットを、わたくしと同等だと思っているの？」
「まさか！　レイラさまは世界一美しく、賢く、誇り高きお方です！」
「そのとおりですわ。わたくしは世界一美しく、賢く、誇り高い。そして実は――」
「実は……？」
アンがおそるおそる聞き返してくる。
レイラは、彼女にとびきり高慢な笑みを向けて言った。
「実は、世界一翼猫が好きなんですの！」
「えっ？　あ、はい……」
なんで突然そんな話を？　と言いたげなアンだが、これは公式情報である。
レイラの設定の中で唯一のかわいらしいもの、それが『実はペットがめちゃくちゃに好き』という項目なのだ。最終的にみんなに嫌われて追放されるレイラだが、翼猫だけは最後まで寄り添ってくれる、そういうビターエンドがロイヤル・ローズガーデン?の本筋だ。
（メイドですら知らないんだな、レイラが本当に翼猫好きなの。今回は追放エンドは回避するつもりだし、ここでレイラらしく明かしておこう。せっかくのいい設定だもん）
レイラは自分の胸に手を当て、神妙な顔になって続ける。
「生まれついての運命ではないかと思うほど、わたくしの翼猫への愛は深遠なもの。そんなわたくしでも、自分のブラシで翼猫を洗うという発想はありませんでしたわ。それをまさか、あなたがやり遂げてしまうとは……わたくし、悔しいですが、負けましてよ！」
抑揚のあるアルトで語り、レイラはアンをびしっと指さした。
アンはうろたえ、きょろきょろして、頭の上に「？」マークを浮かべている。
「レイラさま、それは一体、どのような意図でおっしゃっていらっしゃるのでしょう？」
おそるおそる聞いてきたのは、メイド長のジルのほうだ。
ちょっと回りくどかったかな、と内心反省し、レイラは少し丁寧に説明した。
「つまり、わたくしは翼猫が大好きで、最高の手入れをしたい！　でも、お嬢さまなのであんまりは
したないことはできない！　アンは、そんなわたくしの気持ちを汲み取って、最高の手入れをしてくれた大恩人！　そういうことですわ！」
「え……ええ……？」
メイド頭のジルは明らかに戸惑っているが、レイラがじっと見つめて
「何か異論でも？」
と聞いてやると、ぴんと背筋を伸ばした。
「まさか、異論など！　なるほど、そういうことでしたか！　さすがはレイラさま！」
思考停止してパチパチと拍手するジルにほっとして、レイラはアンに向き直る。
「そういうことですわよね、アン？」
アンはまだ「？」を浮かべたままで、おそるおそる首を横に振る。
「あ、いえ……」
「そういうわけですわよねっ！」
レイラが美しい瞳をくわっと見開くと、アンは飛び上がりそうな勢いで両手を組み合わせた。
「は、はいっ！　何から何まで、レイラさまのおっしゃるとおりでございますっ！」
「よろしい！」
床に額を擦り付けるアンを見下ろし、レイラはけほんと咳払いをする。
（よし、これで無罪放免――って、言いたいけど）
ちらっと横を見れば、ジルと視線がかち合った。
先ほどは押し切られてくれたジルだが、瞳の奥にはやはり疑いの色が残っている気がする。
メイド長ともなればレイラと付き合いが長いはずだし、今のレイラが『何かがおかしい』くらいは思っているのだろう。
（やっぱりもう一息、悪役令嬢らしいところを見せつけておかないとだな）
ジルの疑念を払拭するため、レイラは派手な巻き毛をかきあげながら言う。
「とはいえ、わたくしに無断でわたくしの道具を使ったことには償いが必要ですわね。ジル、あなた
はどんな罰をアンに与えるといいと思って？」
「僭越ながら、地下牢に閉じ込め、七日の間水とカビたパンしか与えないのが通例でございます」
（うわあ……基本がそれって、酷すぎる）
今まで自分は本当にそんなことをしていたのだろうか。
前世の記憶がはっきりした代わり、今世の記憶がどうにもおぼろげだ。
玲奈の記憶が戻った今となっては、どうにかメイドの地下牢行きは回避したい。
とはいえ怪しまれたくはないから、レイラらしい言い方と考え方で回避する必要がある。
レイラは、大急ぎで考え事をしながらジルに答えた。
「その通り！　さすがはジル。もちろん今回もアンは地下牢行きですわ」
「それがよろしいかと」
ジルはほっとした様子で頭を下げ、アンは軽く青ざめた。
ふたりを視界にとらえつつ、レイラは息を吸いこむ。
「ただし！　わたくし、あの、臭くて狭くてカビっぽい地下牢に赴くのが大っ嫌いですの！　ですからアンは、もう少しましな部屋に監禁いたしましょう！」
「ましな部屋……と、申しますと……？　たとえば、どちらでございましょう？」
ジルは困惑し、しばらく必死に何事か考えたのち、控えめに聞いてくる。
「あら！　この屋敷には山ほど客室があるじゃありませんの！　使っていないところは手入れするの
も大変だと聞いています。アンはその、手入れのなっていない一室に十日ほど閉じ込めましょう。そこでじっくり掃除やクッションの繕いをさせたらよいのではなくて？」
「なるほど。それは確かに助かりますが、ただ――……」
本当にそれでいいのだろうか、と、ジルの視線が迷う。
ここで退いてはいけない気がして、レイラは妹のふるまいを思い出しながら叫んだ。
「わたくしの案に不服があるなら、正直にお言いなさい！」
「ふ、不服など、けして！　かしこまりました、すべて、仰せの通りにいたします！」
ジルはびくんと震え、慌てて頭を下げる。
その横で、アンもバネ人形みたいに勢い良く頭を下げた。
「レイラさま……本当に、本当に、ありがとうございますっ！」
レイラはほっとして、ドレスで隠れた背中に汗をにじませながら微笑んだ。
「よくってよ。ふたりとも、これからも力一杯わたくしのもとで働きなさい！」
「「もちろんです、レイラさま！」」
声を合わせるふたりに、レイラは、胸をなで下ろす。
そんなこんなで玲奈＝レイラの悪役令嬢生活は、ここから方向変換することになった。

†　†　†

一日目は様子見。
二日目もまだまだ勉強。
三日目くらいから生活のパターンを把握。
レイラがリスタートした悪役令嬢生活に慣れ始めたのは、大体半月が過ぎたころからだ。
（記憶がない間は気にしてなかったけど、貴族のお嬢さまの日々って忙しいんだなあ）
天蓋付きの豪奢な寝台で目覚め、レイラはぼんやりそんなことを考えた。
ほどなく、左右からずらっとメイドが顔を出す。
「おはようございます、レイラさま！」
「……おはようございます、相変わらず早いですわね」
ぼやぼやしているレイラをメイドたちが助け起こし、髪を軽く結い、洗顔用のお湯を満たしたたらいを寝台の横にセットする。前世では『誰かが朝の身支度を手伝ってくれたらなあ』なんて夢みたものだが、実際やってもらうと毎朝なかなかににぎやかだ。
「お嬢さまこそ、この半月、まったく寝坊がございません！　素晴らしすぎます！」
「それではレイラさま、今朝の身支度とスキンケアを始めさせていただいても？」
「よくってよ。この世で一番美しいわたくしのお肌は、あなたがたにかかっておりますわ！」
レイラがいかにもレイラらしく言うと、メイドたちはますますにこにこする。
（あと、レイラがこんなにメイドと仲良かったの、ちょっと意外）
レイラはそんなことを考えながらメイドに好きにさせているが、実はこのメイドたち、玲奈が記憶を取り戻す以前は日々おびえ果てていた。
ローズアビーのお嬢さんのメイドは、お給金はいいけど命がけ。
そんな評判だったというのに、玲奈が記憶を取り戻した途端に事情は変わった。
毎日おとなしく支度を受け入れ、メイドたちが上手くできれば褒め称え、細かいミスはフォローさえしてくれる。言うことが急に変わることもなければ、無茶な要求もない。クッキーやら軽食のえり好みも全然ないし、あまったら分けてくれるし、言えばほどほどに休みもくれる。
まるで生まれ変わったみたい、ずっと今のお嬢さまでいてほしい！
……なんて、メイドたちは裏で大興奮だ。
もちろんそんなこと、レイラは知らない。
「いかがでございましょうか、レイラさま！」
今朝もメイドたちは穏やかになったレイラを好き勝手に飾り立て、わらわらっと姿見を用意する。
レイラは鏡をのぞきこみ、ほう、と感心の息を吐いた。
姿見に映っているのは、ゲーム内とはまったく違うレイラの姿だった。
くるくるのストロベリーブロンドはそのままだが、化粧は薄く最低限。着せかけられたドレスは首元を白い立ち襟が覆い、身頃やスカートは品の良いクリーム色の布地で仕立てられている。
朝にふさわしいさらりとした布には、髪にあわせた真紅のリボンがたっぷり。
幼くなりがちなリボン飾りだが、材質が上質なのもあって、きちんと品良くまとまっていた。
「かわいい……」
悪役令嬢言葉も忘れて見入るレイラに、メイドたちは、わあっと盛り上がる。
「かわいいですよね！　衣装部屋の端っこで眠っていたドレスなんですけど！」
「あんまり着ていらっしゃらないけど、絶対お嬢さまにはお似合いだよね〜って噂してたんです」
「着てみていただいたら思った以上にかわいくって！　私たち、感激ですっ！」
半月前にこれを着せたら、多分レイラは激怒したことだろう。
基本的に強そうかどうかでドレスを選ぶひとで、中間色メインは許さなかったから。
（レイラってこういう色も似合うんだなあ、かわいい〜）
しかし今のレイラは、ゲームファンのときの気持ちを取り戻している。
レイラが鏡の前でくるくるターンしていると、部屋の扉から小さなメイドのアンが顔を出す。
「レイラさま、朝食の準備が整いました！」
「わかりました。今参りますわ」
レイラは答え、完璧に整えられた格好でサンルームへ向かった。
「レイラさま、お食事をしながら、本日の天気予報と宮廷情報を聞かれます？」
「お願いしますわ、アン」
「はいっ！」
罰という名の療養生活を終えたあと、レイラはアンに天気予報と宮廷情報を伝える役を与えた。
（情報は毎朝執事が書面にしてくれるけど、読んでもらったら楽だし。アンも勉強になるかもだし）
これぞ一石二鳥というやつじゃないだろうか、とレイラは思う。
アンは十歳。玲奈の世界なら学校に行っている歳だが、メイドの仕事以外の勉強をしている様子はちっともない。ならばせめてこうして、外の情報に触れる機会をあげたい。
アン自身も任された仕事が誇らしいらしく、紙を堂々と読み上げ始める。
「本日のお天気は、晴れ！　風も乾いているので、一日晴れが続く見込みです！」
（最近晴れ続きだ。外出にはいいけど、庭木に少し水をあげたほうがいいかも）
レイラは柑橘類の果汁を垂らした水を飲みながら、伯爵家の緑の庭を見渡した。
見知ったような植物もあれば、さっぱり知らない植物もある。常春のような気候のこの世界では、あらゆる植物が青々と茂っていた。暇があったらいじってみたいな、とレイラが思っていると、急に気になるニュースが耳に飛びこんでくる。
「次は、社交ニュースです！　宮廷では、三日後に迫った舞踏会に、国王陛下が欠席するとの話題でもちきりです！」
「陛下が、欠席」
レイラは、朝食をのせたスプーンを持ったまま考え込んだ。
ゲーム知識からいくと、この国の王であるセドリックは年若い美男子だ。
陰のある人物で、敵も多いが実は熱血で純愛の男で、ゲームのメインヒーロー枠。
（ひょっとしてこれって、メインヒーローと主人公の聖女がフラグを立てるイベントの裏側かな。セドリックはレイラと婚約すると思われてるんだけど、偶然聖女と出会う。何度かの偶然の末に純愛が芽生えて。最終的に国家陰謀に巻き込まれていく……）
メインストーリー上では『舞踏会か。欠席してきた』というセドリックのセリフひとつで処理される流れの裏には、こういう大騒ぎがあるものらしい。
レイラが考え込んでいる間も、アンは続ける。
「だったら欠席する！　なんて方々もいらっしゃるとか。レイラさまはどうなさいますか？」
「陛下に急用があるのは当たり前でしょう？　ご多忙な方なのですから。わたくしは出席いたしますわよ、舞踏会」
「さすがレイラさま！　ご立派です！」
アンが感極まったように言い、あ、ちなみに、と言い添える。
「陛下の代理に、宰相さまがいらっしゃるようですよ、舞踏会」
「代理に、宰相さまが」
「はい、宰相さまです」
「……宰相さまというと、あの」
「あの、黒髪で、紫色の目で、眼鏡で、地味な……」
「あの、なめらかな黒髪は闇夜のごとく深く、紫色の目は宝石そのもの、ランプに光る銀縁眼鏡は知性の証、うつむいているから目立たないだけで超美形の、ジェラード・オールストンさまですわね」
「え、ええ？　あ、はい」
気圧されるアンをよそに、レイラは思いっきり興奮していた。




<br />☆この続きは製品版でお楽しみください☆<br />


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    <dc:creator>ガブリエラブックス</dc:creator>
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