●著:クレイン
●イラスト:旭炬
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-4073-9
●発売日:2021/12/28
愛してる。これから先の人生を、どうか私に与えてくれ
大好きだった母が早逝して落ち込む有紗は、同じく母を亡くした美少年ルーと夢で出逢い生きる力を取り戻す。逢瀬を重ねるうちに年下だったルーは、いつしか有紗の年を追い越し、彼女に熱く迫ってくる。「細かいことは忘れましょう。夢の中なんですから」ダメだと思うも流され、ルーに何度も抱かれる彼女だが、会社のピクニックで川に溺れたはずみで、ルーが王太子の異世界に転移してしまい!?
「ルーカス王太子殿下、フェルセン公爵閣下、ご政務中に申し訳ございません」
「何があった?」
突然の非日常に、この書類地獄から抜け出せると、ルーカスの声がうっかり若干弾んでしまう。
「王宮の中に侵入者がございました。目撃した女官の話によると、突然中庭の噴水の中から現れたようです。いったいどこから侵入したのか――――」
報告に来た近衛兵も、不可解そうな顔をしている。
もちろんここは王宮なので、王族しか知らない秘密通路というものがある。
だがそれが噴水の中にあるという話は、聞いたことがない。
もしかしたらまだ、この王宮に隠された秘密の抜け道などがあるのかもしれない。
これは王族として見過ごすことはできないと、嬉々としてルーカスは椅子から立ち上がった。
「それはこの国の王太子として、何があったかを確認しにいかねばならないな!」
普段なら気にならないことも、今のルーカスにとっては現実逃避の良いネタとなる。
そしてその隣で面倒そうなため息を吐いた、アルベルトのことはもちろん無視である。
どうやら侵入者は一切武器を持っていない、面妖な格好をした、若い女であるらしい。
よって、即座に切り捨てられることはなかった様だ。
近衛兵に案内され、二人は侵入者が捕らえられたという中庭に向かう。
そこには一人の女が剣を突きつけられた状態で、ブルブルと震えながら地に伏せていた。
その背中に柔らかに波打つ、栗色の髪。男装のような、不思議な衣装。
その見慣れた色や格好に、ルーカスの心臓がどくんと大きな音を立てた。
(まさか……)
そんな都合の良いことが起こるわけがない。ルーカスは湧き上がりそうになる期待を押しとどめる。
女は随分と弱っている様だ。見える部分の肌が色を無くし、青ざめている。
「ルー……」
そして、小さな声で幼く自分を呼ぶ、声。
その声音に、ルーカスの体にぞくりと痺れが走った。
ずっと、夢の中で聞いていた、耳慣れたその声。
カルシュテイン王国では、このところ悪戯な女神の手によって、不思議なことが度々起きている。
初代国王が転生して、同じく転生した初代王妃と再会し恋に落ちたり。
現代を生きた侯爵令嬢が、時を超え、過去の英雄王の元へと嫁いだり。
――――だからきっと。女神が地上に堕ちてくることだってありえるのだろう。
「アルベルト。『童貞王』になるのはやめることにした」
「――――は?」
何言ってんだこいつ、と言わんばかりの声音のアルベルトをやはり綺麗に無視すると、ルーカスは兵士たちに押さえつけられている女に向かって、まるで夢見るような表情のまま、ふらふらと近づいていく。
「ルーカス殿下! そのように不用意に近づいてはなりません!」
近衛兵が鋭い声で叫ぶが、ルーカスはそのまま構わず近づき。――――そして。
「……アリサ」
縋るような声で、愛しい名を呼んだ。
すると、彼女が弾かれたように顔を上げる。
そしてルーカスを見上げ、その茶色に緑がかった美しい目を、驚いた様に見開いた。
そこにいたのは、間違いなく夢の中のままの、ルーカスが心から愛する女神で。
「――――今すぐ剣を引け!」
常ならぬルーカスの厳しい声に、近衛兵たちが慌ててアリサに向けていた剣を下ろす。
アリサは信じられない、とばかりにその綺麗な目を大きく見開いたまま、ルーカスを呆然と見つめている。
ルーカスはアリサを誘うように、その両手を広げた。いつも夢の中で彼女にやっていたように。
アリサがふらりと立ち上がる。そしてよたよたと覚束ない足取りで、ルーカスの元へと歩いていき。
自らその腕の中に、すっぽりと収まった。
周囲の近衛兵たちがぴりっと警戒するが、ルーカスは彼らを目で制する。
「ルー……」
そしてまた小さく幼い声で、アリサがルーカスを呼ぶ。ルーカスは必死に瞬きをして、溢れそうになる涙を散らしながら、その細い背中に腕を回した。
すると安心したのか。そのままアリサはルーカスの腕の中で、意識を失ってしまった。
ずしりと重くなった腕の中を、ルーカスは慌てて覗き込む。
するとアリサは青白い顔で、小さく寝息を立てていた。
ルーカスは胸を撫で下ろすと、そのまま彼女を抱き上げ、自分の部屋に向かって歩き出した。
「ルーカス殿下! その娘は一体……!」
近衛兵たちが慌ててルーカスの後を追い、問いかけてくる。
「ああ、私の恋人だ。執務が終わるまで私の部屋で待っているように言ったはずなのに、どうやら私がなかなか戻らないからと、心配して出てきてしまったようでね」
ルーカスは愛おしそうにアリサを見つめ、そして少し恥ずかしそうにそんなことを言った。
王族が気に入った女性を王宮の私室に連れ込む、というのは特に珍しい話ではない。
先王の時代では、しょっちゅう行われており、愛人と王妃が鉢合わせするなんてことも、日常茶飯事だったようだ。
だがルーカスは清廉潔白で、これまで女性を王宮に連れ込んだことは、一度もない。
そんな女っ気ひとつなかった王太子の突然の恋に、近衛兵たちも動揺している。
「彼女はこのまま私の部屋に連れていく。お前たちは自分の持ち場に戻れ。――ご苦労だった」
ルーカスの言葉に、近衛兵たちは不安そうな顔そうしつつも、王太子に対する騎士の礼をとってその場を後にした。
彼の側に残ったのは、不可解そうな顔をした腹心であるアルベルトのみだ。
「ルーカス。一体何があったんだ? この子は一体?」
「幼く見えるがちゃんと成人女性だ。この子とか言うな」
「……その女性は一体?」
「私の女神だ。……どうやら神の国からはるばる私の元へ堕ちてきてくれたらしい」
ルーカスは幸せそうに顔を綻ばせた。アルベルトは驚いて目を見開く。
「なあアルベルト。どうやら神は、本当にいるのかもしれないぞ」
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