●著:月神サキ
●イラスト:KRN
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-4081-4
●発売日:2022/3/30
もっともっと君が欲しい
特殊性癖を持つヒーローを受け入れる設定の、乙女ゲームのヒロインに転生したことに気付いたセシル。ゲームの設定に抗うことを考えた彼女は、幼馴染みでドS公爵となる予定のクロノの性癖を矯正することに。尽力の甲斐あって優しいイケメンに成長したクロノだが、その分、セシルに溺愛執着してくる。「ずっと君とこうなることを望んできたんだ」熱く迫るクロノに、セシルも甘く流されて――!?
父が不思議そうな声で言った。
「セシル、どうした? 何をそんなに焦っている?」
「あ、焦りもします。どうして私がクロノと結婚なんて……」
「? お前はずっとブラウニア公爵のことが好きだっただろう。二年前まではほぼ毎日のように彼の屋敷に行き、彼が所領に戻ってからも熱心に文のやり取りをしていた。深い愛のなせる業だ。これが身元も分からぬ男なら私も反対したが、彼はブラウニア家の現当主で将来も安泰。私が反対する理由はどこにもないよ」
「……」
「良かったな、セシル。私も娘を好きな男と結婚させてやることができて喜ばしいよ」
当然のように言われ、ポカンと口を開けてしまう。
え、いや、クロノの屋敷に通っていたのは、幼馴染みを助けたいという気持ちと彼の考え方を矯正させるためで、手紙をやり取りしていたのは、動向を確認するため。
決して彼に恋い焦がれていたからとかではないのだけれど?
呆然とする私の手をクロノが握る。そうしてじっと私を見つめてきた。
「セシル」
「ク、クロノ……わ、私、そんなつもりじゃなくて」
慌てて言った。クロノなら分かってくれる。そう思ったからだ。
助太刀を期待するように彼を見るも、みるみるうちにクロノの顔が曇っていく。
「……そんなつもりじゃない? あんなに好きだと言ってくれたのに? 僕だって君に好きだと伝えてきた。好きな相手に愛されるには、優しくして好きと伝えることが大事だと教えてくれたのは君だろう? 僕に愛し方を教えておいて、今更それは違っていたって、そう言うつもりなのか?」
「……え」
「僕を裏切るのか」
一瞬、彼の綺麗な碧の瞳に陰りのようなものが見え、息を呑んだ。
この表情は知っている。ゲームで見た、ドS公爵クロノのものだ。
もうクロノには関係ない話だと思っていたのに、やはり素養があるのだろうか。
ここで私が「私の好きは友愛の好きで、あなたの好きとは種類が違う」と正直に言えば、彼はゲームで見たあの痛みこそが愛と宣う彼と同じになってしまうのだろうか。
可能性はある。
「……」
……仕方ない。
ここに来て、私は覚悟を決めた。
ああもう、いいではないか。クロノルート確定? 分かった。受けて立って見せるとも。
そもそも私が彼の『好き』を友愛だと勝手に勘違いしたのが悪いのだ。
思い返してみれば、私だって時々、彼の言葉に疑問を抱いていたような気がする。
友愛なのに変なの、と。
そうか、あれは友愛ではなく恋愛の好きだったのか。納得。
クロノはちゃんと「好き」を告げていた。それをきちんと受け取れていなかったのは私の方だ。
そしてそう考えれば、二年前の別れのキスも理解できる。
お別れのキスがどうして唇なんだと思っていたが、彼の方からしてみれば結婚を考えている、しかも両想いだと思っている幼馴染みと別れる時にするキスの場所が唇でない方がおかしいということなのだ。
ははーん、理解理解。
己が数年も前からクロノに対して恋愛フラグを建立しまくっていたことにようやく気づいた私は、無言で頷いた。
ゲームが始まると同時にルート確定とは驚きだが、ある意味諦めがつきやすくて良かったかもしれない。
己の言動が原因で彼にフラグが立ったのなら、それはもう自分の責任だし、ドS公爵ではなく甘々溺愛系に変化したであろうクロノが相手なら、それなりに幸せになれるのではないかと思った。
――そう、よね。
クロノルートか。
何故か気持ちが弾むと思いつつ、口を開く。
笑顔を作り、できるだけ嬉しそうに見えるように心掛けた。
「裏切るなんて、そんなまさか。突然のことで吃驚しただけ。私もクロノのことは好きだもの。結婚なんて見知らぬ人とするのが当然と思っていたから、あなたが相手で嬉しいわ」
「……本当に?」
疑いの眼差しで見てくるクロノに当然と告げる。
「もちろん。私、優しいあなたが大好きだもの」
言葉がするりと口から出てくる。
嘘はない。
だって、ドS公爵なクロノはごめんだが、優しい今の彼は好きだと思うから。
ただ私の好きは恋愛の好きではないのだけれど……この辺りの問題はあとでゆっくりと考えよう。とりあえず、今は彼の疑念を解消させることが大切。
「……優しい僕が好き。……そうか。大丈夫だ、セシル。僕は君に教えてもらった通りの愛を貫くから。僕も君を大切にしたいって思っているし。――でもセシル、僕を裏切らないでくれよ? もし裏切られて君の愛が嘘だって分かったら、僕は何をしてしまうか自分でも分からないから」
「まさか! 私があなたを裏切るなんてあるわけないわ」
「うん。僕もそう思う」
にこりと笑顔で返されたが、内心私は冷や汗を掻いていた。
何をしてしまうか分からないと言った時の彼が、ゲームで見たドS公爵そのものだったからだ。
低い声に冷たい瞳。
あれを見た瞬間、本気で背筋が寒くなった。
――あ、危ない。
色々気をつけないと本当にまずいかもしれない。
私の教育で今は優しい人になってはいるが、彼の本質はやはりそこにあるのだ。
ドSな彼を外に出させないようにすること。
それがこれからの私にとっての命題になるのかも。
冷や汗を掻きながらも私は笑顔で「クロノと婚約できて嬉しい」と告げ、それを聞いた父は喜び、早速婚約の書類が作成された。
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