ガヴァネス
没落令嬢は侯爵様に
囲われてしまいました
【本体685円+税】

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●著:春日部こみと
●イラスト:sizh
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-2007-6
●発売日:2018/7/25

逃げられないよ、私の天使

亡き父の借金で困窮する家族を支えるため、未婚の伯爵令嬢の身ながら家庭教師となったマーガレット。教え子ポリアンナの叔父である侯爵のブレンダンは素晴らしい美男子で、地味だが仕事に実直なマーガレットの持つ可愛らしさを気に入り情熱的に求愛してくる。「ずっとあなたに触れたくて頭がおかしくなりそうだった」激しく愛された幸せな一夜。だがポリアンナの母、ヴァイオレットがマーガレットに嫉妬し奸計を巡らせてきて!?




ブレンダンの祈りが届いたのか、マーガレットは読書に集中したままだった。
その間、微笑んだり、眉を顰めたり、哀しげに鼻を啜ったり――目まぐるしく変わる表情に、ブレンダンは不思議なほどの幸福感に満たされてそれを眺めていた。
こんなに表情豊かな女性だったとは。
ポリアンナに見せる慈愛に満ちた笑顔や、食事の際の歓喜の表情も良かったが、こんなふうに表情を様々に変えてみせる彼女は、ずっと見ていられるくらい魅力的だった。
このまま時が止まればいいのにと思っていた時、最後の一ページをめくり終えたマーガレットが、満足げな微笑みを浮かべて顔を上げ――そして、ブレンダンに気がついてしまった。
「えっ? 侯爵様?」
狼狽も露わに叫ぶと、慌てて椅子から立ち上がる。
だが慌てていたせいか、ドレスの裾をさばく前に立ち上がったため、スカートが足に絡みついのだろう。椅子が派手な音を立てて動き、バランスを崩したマーガレットの身体が大きく傾いだ。
「きゃあっ……!」
「マーガレット!」
彼女の高い悲鳴と同時に、ブレンダンは腕を伸ばして飛び込むように彼女に駆け寄った。
空中で完全に上体を倒してしまった彼女の肩を掴んで引き寄せると、もう片方の手を細い腰に巻きつけた。
ガタン、と椅子がとうとう倒れた音、床に本が落ちるバサバサという音や、何かが床を叩くカツンという硬質な音がして、ブレンダンはそっと目を開いた。
必死で抱き締めた甲斐があり、腕の中の存在は無事転倒を免れたようだ。
ぴったりと寄せ合った柔らかな身体から、ドッドッドという速い鼓動が衣越しにも伝わってくる。
顎の下にある小さな頭から、石鹸と、すみれの花のような甘い香りが立ち上り、ブレンダンの脳髄を直撃する。
あわや転倒、という状況に緊張している彼女は体温が高くなっていて、小さな口から小刻みに吐き出される息は熱く、まるで情事のさなかを想像してしまう。
おまけに荒い呼吸で、せわしなく上下する胸の意外なまでの柔らかさが、密着しているせいで如実に捉えることができた。
甘美で熱い欲望が自分の中に滾ってくるのを感じて、ブレンダンはグッと下腹部に力を込めた。
(ダメだダメだダメだ! 何を紳士にあるまじき不埒な想像をしている!)
だが己のこれまでの人生を振り返ってみて、自分が紳士であったことなどほとんどなかったと思い出す。
そもそもブレンダンは無法者で放蕩者だ。
だったらこのまま彼女を抱く腕に力を込めてもいいのでは――とまたもや不埒極まりない願望が湧き起こりそうになったが、ブレンダンはそんな悪の自分を頭の中で滅多打ちにすることでやり過ごす。
(イヤイヤイヤ! 尊敬すべき亡き兄に代わり、立派な貴族の紳士となろうと覚悟を決めたはずじゃないか!)
理性と道徳の力で崇高な自分の志を取り戻し、ブレンダンは紳士的に声をかけた。
「大丈夫だったかい、ミス・ホープ」
さきほど咄嗟に「マーガレット」とファーストネームを呼んでしまったが、それは以前に断わられたのだからやめるべきだろう。――本当は呼びたいが。いやそうではなく。
礼儀正しく彼女の家名を呼んだブレンダンの理性は、しかし次の瞬間ぶっ飛ぶことになる。
彼を恐る恐る見上げたマーガレットの小さな顔には、いつもの眼鏡が乗っていなかった。
「…………天使か?」
そんな間抜けな台詞しか、ブレンダンは吐けなかった。
至近距離にいるマーガレットは、美女でしかなかった。
零れんばかりに大きな紫の瞳は潤み、咲いたばかりのスミレの花弁のよう。
形の良い目の輪郭を縁取る金色の睫毛は長く濃く、目を伏せればバサリと音がしそうだ。
金の眉は形良いアーチを描き、筋の通った鼻は愛らしい。
小さな唇はまるで甘酸っぱいベリーのような瑞々しさ。
眼鏡のないマーガレットの顔は、腕利きの職人が作り上げた精巧な陶器人形のような、美しいパーツがあるべき所に収まった、完璧な造りだったのだ。
何がカマキリか。どこが美女ではないだ。
この世のものとは思えぬほどの穢れなき佳人――まさに天使。
呆気にとられるブレンダンに、天使は見る見る顔を真っ赤にさせて、あわあわと身なりを整えた。
「も、申し訳ございません! 醜態を晒してしまい……! あ、た、助けてくださって、ありがとうございました! お陰様で、転ばずに済みました! 本当に……その、私、ポ、ポリアンナ様の授業がありますので、これで失礼いたしますわ……」
こちらを全く見ようとしないのは、焦点が合わないからなのか、恥ずかしがっているからなのか。
マーガレットは湯気が出そうなほど赤い顔を忙しなくキョロキョロさせ、ようやく床に落ちた眼鏡の場所を特定すると、飛びつくようにして拾い上げ、サッとそれを装着した。
そうしてまた『カマキリ令嬢』に身を窶したマーガレットは、「では」と軽く頭を下げて、そそくさと図書室から出て行ってしまった。
残されたブレンダンは、未だ茫然としたままだった。
「こんなの、反則だろう……」
眼鏡の下には、天使と見紛う美女が隠れていた、なんて。
(恋に堕ちるのも仕方ないじゃないか……)
――いや、恋を認めても仕方ないじゃないか、が正しいだろうか。ブレンダンは最初から彼女に惹かれ続けていたのだから。
今まで必死に繋ぎ止めていた理性は、今の衝撃で呆気なく緒が切れた。
(彼女を私の妻にする)
突拍子もない想いが、けれどすんなりと腑に落ちた。
これまで結婚などというものに興味もなく覚悟がなかったのは、彼女に出会えていなかったからだと、妙に納得できる。
マーガレット・リリアン・ホープ。彼女こそ、自分の運命の女性なのだと。
ブレンダンはこの時、自らの恋心の歯止めを、完全に取り去ることにしたのだった。

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