●著:クレイン
●イラスト:旭炬
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-2008-3
●発売日:2018/7/25
愛してる。もう二度と離さない。
伯爵令嬢でありながら王女の女官兼護衛をしているクリスティナは、ある理由から結婚する気がなかった。だが美貌の公爵アルベルトから熱烈に求婚され困惑する。断ろうとするも公爵はせめて私を知る機会をくれと縋りつき諦めない。「ただ私が君を愛することは許してほしい」嫌われたくないと言いながら彼女を欲して触れてくる熱い指。根負けし求婚を受け入れたクリスティナだが、アルベルトは結婚後も彼女を囲いこもうと必死で!?
女官としての仕事を終えたクリスティナは、興奮状態で早速王宮の書庫に向かう。
ずっと探し求めていた答えを、ようやく知ることができるかもしれない。
途中差し掛かった大廊下の窓で、クリスティナはふと足を止めた。そこからは美しく管理された中庭が見える。
白い薔薇が咲き乱れ、中央にある噴水の入り口には蔓薔薇でアーチが作られている。夕暮れの中、幻想的なまでに美しい。
おそらくは今までになく浮かれていたからだろう。その景色をうっとりと見つめていたクリスティナは思わず唇を開き、よほど近づかなければ聞き取れないような小さな声で、そっと古い歌を口ずさんだ。かつて、遠い昔に同じ場所でそうしていたように。
その唇からこぼれるのは甘く柔らかな美しい旋律。誰もが聞き惚れる天上の声。
この国の子供なら一度は聞かされたことがあるだろう、金糸雀姫のような。
──人の心を惑わせ狂わせる、魔性の歌声。
(……もしも、さっきの話が実は作り話ではないと言ったら、ソフィア様はどう思われるのだろう)
歌いながら、ふとそんなことを思う。案外ソフィアなら、そんな非現実的なことも「あら?そうなの?」とすんなり受け入れてくれそうだ。彼女の姿を想像したクリスティナは笑いがこみ上げてくる。なんせソフィアは、やたらと懐が深いのだ。
甘く切ない恋の歌を一曲歌い終えたクリスティナは、何かを悼むように数秒目を伏せる。
するとその時、ぞくりと背筋に悪寒が走った。
────見つけた。
「……っ!」
何かの気配を感じ、クリスティナは慌てて背後を振り返った。
だが周囲を見渡してみても、クリスティナに関心を向けている人間は見当たらない。皆、廊下を足早に通り過ぎていくだけだ。
先ほど感じた悪寒は、一体何だったのかと首をかしげる。
(気のせい……かな)
クリスティナはそう結論付けると、早鐘のように打ち付ける心臓を落ち着かせるべく、一つ大きく深く呼吸をした。
そして、目的である書庫に向かい、その場を後にした。
(────見つけた)
男は湧き上がる歓喜に身を震わせた。
もう二度と会うことはないのだと、そう諦めながらも心のどこかで諦めきれず、望み続けた存在。
彼にとって、唯一無二の、絶対的な存在。
(────まさか、こんな側にいただなんて)
そんな奇跡は起こらないと知っていながら、いつでもどこにいても彼女の面影を探していた。ああ、こんなことなら、外遊などせず、国に残っていれば良かった。そうしたらもっと早くに彼女を見つけることができたのに。
この国に戻ってきて一ヶ月。いつも不思議とこの窓の前で足を止めては、ぼんやりと中庭を見つめる一人の女官を通りすがりに見つけてから、ずっと彼女のことが気になっていたのだ。一体何故なのだろうと思っていたのだが。
男は彼女の去った窓辺に近づく。そこから見える景色に、なるほどと納得する。
そして、先ほど目に焼き付けた彼女の横顔を思い出す。いつものように窓の外を眺める彼女は、突然歌を歌い出したのだ。
その唇から溢れるか細い歌声は、かつて彼の魂に刻まれたものと一致した。
────古い古い、今では誰も知らぬであろう、忘れられた恋の歌。
纏う雰囲気こそ随分と変わってしまったが、間違いなく彼女はかつて彼が愛した金糸雀。
そのことに気づいた瞬間、すぐにでもこの場から掻っ攫ってしまいそうになった。だが、それではまた同じことの繰り返しだ。
大体こんな姿では、彼女の前に出ることができない。きっとまた怖がらせてしまう。
先ほどは、彼女が振り向いた瞬間になんとか物陰に身を隠すことができて良かったが。
(さあ、どうやって捕らえようか)
見つけたからには絶対に手に入れる。決して逃がしはしない。
男は不敵に笑い、獲物を狙う猛禽のような目で、遠ざかる彼女の背中を見つめた。
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