●著:華藤りえ
●イラスト:yos
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-2022-9
●発売日:2019/1/25
お前が欲しい。それだけが事実だ
ただの侍女であるにもかかわらず王族の遠縁という理由だけで、逃亡した王女の代わりに軍人公爵ヴィンセントの花嫁にされたアンナマリア。一時しのぎの身代わりに過ぎないと思うのにヴィンセントは優しく、夜も激しく溺愛してくる。「お前の身体は、お前より私に素直なようだ」豪華な贈り物に気後れするアンナを桃園に連れ出し、未来の夢を語るヴィンセント。否応なく彼に惹かれるアンナだが、彼女の出生には実は秘密があって…!?
「公爵閣下?」
「今朝から気を張り詰めた笑顔だった。アンナにそんな表情をさせるなど、私は、ずいぶんと酷いことを強いてしまった。ずっとずっと助けてやることもできなかったのだな、と……」
堂々としている彼らしくない、濁した語尾が気になってしまう。
(ずっと助けてやることもできなかった?)
いや、充分過ぎるほど助けてくれた。アンネッタ姫が逃げたことで責められているアンナを庇い、身代わりの花嫁となることに戸惑う中、それとなく気を回してくれていた。
気まずい沈黙に耐えきれず、アンナは少しだけ背を反らせ、彼の身体との間に隙間を作る。
「あの、公爵閣下が気に病まれることではないかと。……元々は、私の主のわがままでご迷惑をおかけしたのが原因ですし」
持ち上げた手でそっと彼の胸を押すと、ヴィンセントの眉根が寄せられる。
そして、離れようとしたことがよくないという風に、アンナの身体を強く抱く。
「公爵閣下……、あの」
「二人きりなのに、公爵閣下だなどと、よそよそしく呼ばないでくれ」
唐突に首筋へ顔を埋められた。
剥き出しの肌に男の熱を持つ吐息がかかり、ぞくんとしてしまう。
快とも不快とも言えない未知の感触にうろたえるアンナの耳元で、ヴィンセントが囁く。
「大切にする。一生。私と結婚したことを後悔させない」
「そんな、大げさな……。それに、結婚は」
緊張はしたが、終わってみればちょっとしたお芝居だと思える。
身代わりを演じたとばれれば、軽率とそしられるだろうし、純潔を疑われ、簡単に結婚することはできない。だが、国同士が戦争するよりはましだ。
「閣下がそこまで責任を感じられずとも」
「感じるさ。……感じなければならないことを、これから、するのだから」
「え?」
謎かけじみた独白に目をみはった瞬間。首筋に顔を埋めていたヴィンセントの唇が、強く押し当てられる。
柔らかく湿ったものが肌に触れた。
それがヴィンセントの唇だと気づいた瞬間、身体は急激に熱を持つ。
なにかの間違いだと思う間もなく、唇は徐々に襟元から鎖骨、喉を辿って耳の側へ至る。
「あの、一体……なに、を? 公爵、閣下?」
身をよじって逃げようにも、左手で腰を抱き、右腕で背を支えられては動けない。
どころか、後頭部を掴まれ、顔の傾きを固定されてしまう。
「あっ!」
濡れた音がして耳朶をはまれ、びりっとした刺激が肌を疼かせる。
そんな場所を甘噛みされるとは思わなかった。身体が小さくびくりと跳ねる。
「あっ、あ……、なに……を」
突然混乱の最中に突き落とされ、まともな問いが思い浮かばない。
柔らかい耳が歯で挟まれ、男の口腔でねぶられる。
濡れた音がくちゅくちゅと響くたびに、心が乱された。
手で男を突き飛ばせないどころか、その身体を覆うシャツを掴みすがってしまう。
「やっ……、なんの、お戯れを……っ」
耳殻を噛まれ、不意打ちの刺激に声が詰まる。
得体の知れぬ疼きが、肌から肉へ響き、血へにじみ、そして全身を犯しだす。
たまらず顔を上げ、唇を開きわななかせると、ヴィンセントが告げた。
「大事にする」
「えっ……!」
低く掠れた声が鼓膜を震わせ、脳髄を甘く溶かす。
「大事にする。もう誰にも、なににも、傷つけさせない。だから……なにも聞かず、私にすべてを許せ。ずっと側に居ろ」
抑えきれない激情をにじませ、ヴィンセントが一方的な気持ちを伝えてくる。
愛の告白としか思えない台詞に、アンナの心が大きく動揺した。
(一体、なにを言われているの?)
初夜の床、夫と妻、抱き合い囁く内容としては自然だ。
女であれば夢にまで見る幸せな時間だが、身代わりの花嫁であるアンナにとって、理解不能な状況でしかない。
理由がわからない。愛されて結婚した訳ではなく、結婚さえ偽りだと言うのに。
ヴィンセントとはいずれ離婚しなければならない。それなのに、どういうつもりなのか。
真意を知りたくて唇を開けば、素早く身を起こしたヴィンセントが、襲いかかるようにしてアンナの口を塞ぐ。
「ふ……うっ……んっ!」
結婚の成立を意味する、祭壇の口づけとは違う。
奪い、絡み、交わろうとする明確な意志を持つ男の舌が、混乱に逃げ惑うアンナの舌をねぶり、すり寄る。
奇襲を果たしたヴィンセントの舌は、アンナにおびえる時間すら与えぬまま、口腔をねっとりと舐め回しだす。
頬の柔らかい部分を這い回り、尖らせた舌先で歯列や歯茎を丁寧になぞる。
掬い上げられたアンナの舌は、ぬるぬると卑猥に揺らされ、とろとろに溶けだしていく。
肉厚でぬめるそれに中を掻き回されるごとに、頭の中に火花が飛び散った。
嵐のように思うまま中を蹂躙し、拒むことを許さず、自身を受け入れさせようとする動きは傲慢で――そして、強烈だった。けれど不快ではない。
意に従わせんと押す一方で、アンナの身体を支えるヴィンセントの手は優しく、心をなだめるよう背を擦る。
今までに知ることもなかった興奮が腹の底を灼く。
身体がわああっと熱を持ち、肌が恥ずかしいほどに火照りだす。
心臓が壊れそうなほど脈動し、身体を巡り続ける疼きが手指の先を震わせた。
「う……ん、んん」
息苦しさに喉が絞まり顔をしかめた瞬間、唇がほどかれ、糸となった唾液が二人の間でぷつりと切れた。
数秒か、あるいは、数十秒か。
酸欠で朦朧とする頭のまま考えるが、よくわからない。
ぼんやりとした目を男に向けると、彼は先ほどより瞳に宿る情欲を強くしながら、今度はついばむように唇をはみ、その合間に告げる。
大事にする。側に居ろ。すべてを委ね、許せ。と。
声、あるいはただの震えとして刻まれる音が、麻薬のようにアンナの理性を惑わせていく。
妻として求められているような台詞と情動に、強ばっていた身体から徐々に力が抜けた。
抵抗が弱まったのと同時に、ヴィンセントの手がアンナの身体をなぞりだす。
腰骨から背筋、肩と撫でられる。ガウン越しに感じる手は力強く、熱い。
絶妙の間合いで口づけがほどかれ、また重ねられるごとに、繋がる時間が長くなる。
そうなると当然、息継ぎの間隔も開き、みるみる呼吸が上がった。
「は、あ……あっ、むぅ……んんっ」
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