時間転移したら
憧れの英雄に溺愛されました!
【本体685円+税】

amazonで購入

●著:クレイン
●イラスト:旭炬
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-2028-1
●発売日:2019/3/25

俺の妃になれ。そして一生側にいろ

侯爵令嬢フィオリーナは、二百年前の英雄アレクシス王をモデルにした小説を愛読していた。国の混乱に乗じた過激派に誘拐され、湖に落ちた彼女は、時空を越えてアレクシスのいる時代に飛び、不遇な王子だった頃の彼に助けられてしまう。とまどいつつお互いに惹かれ合う二人。「ぐちゃぐちゃだ。本当に感じやすいな」彼と結ばれ幸せを感じるフィオリーナだが、自分の知る歴史からいずれ彼と別れなければならない運命を悟っていて!?




「きゃぁぁぁぁぁ――――っ!」
ひどく長く感じる一瞬だった。内臓がせり上がるような未知の感覚の後、背中から全身を水面に叩きつけられる。その衝撃でフィオリーナの呼吸が詰まった。
そしてそのまま、引きずり込まれるように、ずぶずぶと湖底へと沈んでいく。
(……わたし、死ぬの……?)
必死に手で水を掻くも虚しく、体はどんどん深く沈んでいく。
弟の顔が浮かぶ。そして父の顔も。それから幼い時に亡くした母の顔も。
おそらく自分が死んでも、父は何とも思わないのだろう。そのことが、悔しい。
ああ、でもきっと、あの優しい弟は泣いてくれるだろう。
可愛がってくれた亡き母の元に行けると思えば、良いだろうか。――ああ、だけど。
(死にたく、ない……)
まだ何も残していない。自分が生きていたという証が何もない。
ただひたすらに薄っぺらな、たった、十三年の人生。
陽が透けて揺らめく水面を見つめながら、フィオリーナは泣いた。その涙はすぐに湖水に溶けてその一部となり、消えてしまったが。
したいことがあったはずだった。もっと、生きてしたいことが。
――――今はまだ、何も思いつかないけれど。
(……ああ、そうだわ)
そう頭を巡らせて、心に浮かんだのは一人の英雄。
(『アレクシス王記』をちゃんと最後まで読みたかった……)
最高に良い場面で六巻は終わっていた。危機に瀕した主人公が、はぐれた仲間たちと再会できるのかどうか、という。ああ、どれほど自分が続きを切望したことか。
だがこんな時に真っ先に思いつくことが、好きな小説の続きが読みたい、だなんて。
そんなまるで空っぽな自分を、フィオリーナは自嘲する。

それでも、読みたかったのだ。かの英雄がこの国を救う、その様を。

フィオリーナは続きを想像しようと目を瞑った。するとその時、体を何かが包み込んだ。
驚き、慌てて閉じていた目を見開く。そこには変わらず何もない水の色。だがその周囲の水が、まるで意思を持ったかのように、フィオリーナの体を水面のほうへと押し上げていく。
(何!? 一体何があったの?)
やがて伸ばした手が、水面を抜け出て、空を掴む。
助かるかもしれない。フィオリーナは必死にもがいた。呼吸をしようとするが、水を飲んでしまっておりうまくできない。静かだった湖面が激しく乱れ、白く泡立つ。
どれくらい暴れただろうか。いよいよ体力が尽き、再び水底へ沈んでいきそうになったところで。
――温かな手が、フィオリーナの腕を強く掴んだ。
そして、泳ぎの巧みなその手の持ち主に導かれ、岸へと引き上げられた。
水から揚がった途端に襲いかかってきた自らの体重を支えられず、フィオリーナは地面へと崩れ落ちる。
「おい、お前っ! 大丈夫か!?」
それから強く肩を揺すられて、声をかけられた。随分と高い声だ。
そう、弟と同じ。声変わり前の少年の声。
混濁する意識の中で、フィオリーナの耳だけが正常に働いていた。
「……水を飲んでるのか。くそっ……! 仕方がない……!」
優しく地面に仰向けで横たえられ鼻を摘ままれる。そして柔らかく温かなものが、フィオリーナの唇を包み込んだ。
それから、内側へと息を吹き込まれる。それは、まるで生命そのもののような気がした。
何度かそれを繰り返されると、胸の底から何かが込み上げてきて、苦しくなる。
「かはっ! ぐっ!」
フィオリーナはこみ上げて来た何かを必死に吐き出す。苦しくて苦しくてたまらない。
すると思いの外力強い手が、フィオリーナの体を抱えてひっくり返し、うつ伏せの体勢にしてくれる。
「げえっ! はあっ! あっ!!」
生理的な涙をボロボロとこぼしながら、何度も嘔吐く。喉奥から溢れたのは生ぬるい水だった。温かな手が、フィオリーナの背中を何度も撫でた。
「……大丈夫か?」
労わるような優しい声に、ようやく呼吸が落ち着いたフィオリーナは、顔を上げる。
そして、自分を助けてくれた声の主を見ようと、まばたきを繰り返して涙で潤んだ視界を明瞭にした。
すると、そこにはまるでできすぎた人形のように美しい少年がいた。
――陽に当たって輝く赤みがかった金の髪。白磁のような肌。この湖の湖面のような、透き通る青緑色の瞳。
フィオリーナは、思わず自分の状況を忘れて見入ってしまった。
身長は自分よりも頭一つ分くらい低い。歳は弟と同じくらいか、あるいはもう少し下くらいだろうか。妙に形が古めかしいが、質の良さそうな衣装を身につけている。
その少年もまた、呆けたようにフィオリーナを見つめていた。
「……坊やが助けてくれたの? ……ありがとう」
我に返ったフィオリーナが、何とか顔を微笑みの形にして礼を言うと、何故かそれを聞いた少年が屈辱に顔を歪ませた。
「おい! 誰が坊やだっ……!」
そして、顔を真っ赤にして怒っている。明らかに自分よりも年下だと思ったから『坊や』なんて言葉を使ってしまったわけだが。もしかしたら大人ぶりたい難しい年頃なのかもしれない。
フィオリーナが慌てて弁解しようと、口を開きかけたところで。
「俺は十三歳だ!」
「……は?」
少年から年齢を自己申告され、驚いたフィオリーナは目を見開いた。
――まさかの自分と同い年。とてもではないが、見えない。
そんなフィオリーナの様子に、彼女の考えていたことが大体伝わってしまったのか、少年はさらに怒りを露わにする。
「一体何歳だと思ってたんだ!!」
「ご、ごめんなさい! てっきりずっと年下だと思ったの!」
慌てたあまり、思ったことがまたしてもそのまま口に出てしまった。それを聞いた少年が、悔しそうに唇を噛み締める。
命の恩人に、大変失礼なことをしてしまった。よく思い返してみれば、彼は年相応以上に落ち着いた行動で、フィオリーナを助けてくれたというのに。
「ご、ごめんなさい……。本当にごめんなさい……」
しどろもどろになりつつ、フィオリーナが目を潤ませながら必死に頭を下げて詫びると、少年が怒りを収めるべく、深く息を吐いた。
「……悪い。俺も、大人気なかった」
そして、そっぽを向きながら、そんなことを言う。
(――ああ、この子。良い子なんだわ)
胸にすとんとそんな思いが落ちてきた。謝罪を素直にすんなりと受け入れてくれた。さらには自らの短慮を認め、詫びてまでくれた。
思わずフィオリーナは、弟に対するような、慈愛に満ちた微笑みを彼に向ける。
視線だけをそわそわとフィオリーナに向けた少年は、その笑顔を見て、また頬を真っ赤に染め上げた。
「本当に助けてくれてありがとう。死ぬかと思ったわ。あなたは命の恩人よ」
本当に死を覚悟した。今、生きて呼吸をしていることが信じられない。フィオリーナは心から少年に感謝した。
「私の名前はフィオリーナ。あなたの、お名前は?」
恩人の名を知りたくてフィオリーナが名乗ると、少年は少し逡巡したのち、彼女の目をまっすぐに見て口を開く。
「――――俺の名前は、アレクシス。アレクと呼んでくれ」
何だかどこかで聞いた名前だと思いつつ、彼の視線を受けてフィオリーナはまた笑った。

☆この続きは製品版でお楽しみください☆


amazonで購入

comicoコミカライズ
ガブリエラ文庫アルファ
ガブリエラブックス4周年
ガブリエラ文庫プラス4周年
【ガブリエラ文庫】読者アンケート
書店様へ
シャルルコミックスLink
スカイハイ文庫Link
ラブキッシュLink