●著:当麻咲来
●イラスト:園見亜季
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-4017‐3
●発売日:2019/8/30
「俺の女神は最高に可愛い」
子持ち処女令嬢、スパダリ騎士団長に熱烈に甘やかされる!?
大柄な貧乏子爵令嬢のディアナには秘密がある。都で身籠った姉が夫の名を告げずに産んだ忘れ形見を、自分の子として育てているのだ。数年後、ディアナは息子と共に姉の夫を探しに都へ行くことに。そこで逞しく気さくな騎士団長ジークフリードに一目惚れされ、コンプレックスごと熱烈に求められる。未婚で処女なディアナは彼の言動に翻弄されながらも、本当のことが言い出せず――!?
『ムーンライトノベルズ』大人気作品、待望の書籍化!
一瞬目を見開いた彼が、次の瞬間獲物を見定めたように目を眇める。そのことに彼の耳を見ていたディアナは気づかない。するりとディアナが耳殻を撫でると、ジークフリードは微かに身を震わせた。耳の上の部分は熱を持っている。
意外とお酒に弱い人なのかもしれない。そう思った刹那、伸ばしていた手を取られて、ディアナは捕らえられた。慌てて手を引こうとしたが痛くないように、それでいて逃れられない程度の力で押さえ込まれる。
「……ようやく捕まったな」
「……?」
きょとんとしてしまう。そんなディアナを見て、ジークフリードは困ったような顔をした。
それから気を取り直したように、どこかいたずらっぽい光を瞳に宿す。捕らえていた手はそのままに、もう一方の手をゆっくりと伸ばしてくる。
触れたのは彼の指の甲。ゆるりと撫でたのはディアナの頬の柔らかい部分。
じわっと熱がこみ上げる。その様子を見て彼は艶めいた色合いを隠すようにさらに目を細めた。
「……こうすれば、少しは意味がわかるか?」
ディアナには言葉の意味が全く理解できない。けれど撫でる指にどんどん熱が引き出されていくみたいで、うっとりと瞼を閉じそうになる。じわじわと熱が上がり、呼吸が乱れる。ゆっくりと目を開くと、ドキドキするのに耐えかねて、涙目で目の前の人を睨んでしまった。
「ずいぶんと初心だな。それはそれで、もっと可愛がりたくなるんだが……俺がディアナを愛でてもいいか?」
ゆっくりと頬の上で指先が返され、今度は辿るように少し硬い指の腹が頬を撫でおろしていく。緑の瞳にぼうっとした顔をした自分が映っている。ディアナの頬の熱が伝わるようにジークフリードの瞳も熱を帯びていった。愛撫するような指先に、気持ちよさでとろんと意識が溶けていく。ほんの少し飲んだ酒が、心地よさを優先しようとして理性に抗った。
「あっ……」
頬に意識を集中している間に、捕らえられていた手首の内側に唇が寄せられて、小さくキスが落とされた。ぴくんと思わず体が震えてしまう。酒香交じりの甘い吐息が零れた。
「いやだったら逃げていいんだぞ?」
そうだ。いやだったら逃げなければ。昔リリアーナに指南された男性との距離の取り方について思い出す。他に客はいないとはいえ店の中だ。店員だって見ているかもしれない。
なのに気づいた頃には、逃げ出す気力はもうわかず、彼の思惑通りだ。手首を解放し、ジークフリードが机に手をつく。代わりに頬を撫でていた指が滑り落ちて頤を捕らえた。ゆるりと親指で下唇をなぞられて、再び背筋を駆け抜ける感覚に身を震わせる。
「……今ならまだ逃げられる」
一言だけ囁くと、彼は瞳を伏せたまま机越しに顔を近づけてくる。
「んっ……」
あっという間に唇を奪われる。
初めてのことに心臓の鼓動が跳ね上がって、どうしていいのか、わからなくなってしまう。先ほどまで一緒に飲んでいた酒の芳香がふわりと漂う。そっと触れた唇はすぐに離れた。
「……机が邪魔だな」
席を立ったジークフリードがディアナの隣に歩いてくると、やんわりとその手を引く。そのまま立ち上がると抱き寄せられた。
「最後通告だぞ。逃げるなら今だ」
一瞬だけ拘束を解かれて、じっと顔を覗き込まれる。だがディアナは自分に何が起こっているのかすら、理解できていない。ただ心地よい感覚に流されている。
顔を仰向けられて、額に指先が触れ、鼻梁を確認するように指先が下りてくる。その指に従うみたいにまた瞼を閉じてしまっていた。それと同時にもう一度唇が重ねられる。先ほどは触れただけだった唇が、熱を持って徐々にディアナのそれを貪り始める。
「んっ……んぁっ……」
ぐいと腰を強く抱き寄せられて、彼の腕の中に完全に収まってしまうと、先ほどまでの優しい口づけは、荒々しい艶を帯びたものに変わっていく。その熱にひたすら翻弄されて、気づけば力が完全に抜けてしまっていた。
砕けそうになる腰を支えたかと思った次の瞬間、ディアナはジークフリードにあっさりと抱き上げられた。逞しい胸に顔を寄せていると、ジークフリードの低い声が聞こえる。
「……上の部屋は使えるのか?」
その言葉に店の人間の小さな応えがある。
(えっと……私、どうなっているの? な、なんか女の人みたいな扱いされている? 多分、酔っぱらっているから心配して抱え上げられているんだよね……?)
きっと戦場とかで怪我をした人を運ぶとかはよくあることなのかもしれない。その前にキスされたことを考えないようにして、必死に自分を納得させた。そもそもこんな大柄な自分をあっさりと抱き上げるとか、絶対おかしい。あり得ない状況に心臓がどきどきと跳ね上がる。
「……大丈夫か?」
酔いとジークフリードとのキスに朦朧とするディアナは、彼に抱かれ二階の部屋のベッドに横にされていた。
動揺に微かに震える指を、ベッドの横に座ったジークフリードが捕らえている。小さく指先にキスをされて、全身が発火したように熱い。
「あの……私、どうなっているんですか?」
尋ねた言葉に彼は再び瞳を細める。
「これから俺に食われそうになっている」
(って食われるって何が?)
「さっき俺を誘っただろう?」
尋ねながらも、ジークフリードはしっかりとディアナをベッドに押し倒した。何か言わなければ、と動かそうとした唇に熱っぽい彼の唇が重なる。
ぬるりと厚い舌がディアナの唇の間から差し込まれ、歯列をなぞり、舌を絡めて互いの雫を混ぜ合わせる。どうにかしなければと思うのに、頭の芯がジンと痺れて、まともに物事を考えられない。
「んっ……んんっ……んぁっ」
息をするタイミングが見つからなくて、呼吸が苦しくなる。彼の服を握りしめた瞬間、顔を離されて慌てて呼吸を整えた。
「……久しぶりすぎて忘れたか?」
「久しぶりって……」
ディアナにとっては初めてのことだらけで混乱しているのに。
「今、付き合っている男がいないのなら、『久しぶり』なんじゃないのか?」
一瞬ジークフリードが思案するような顔をして、「まあ、試してみればわかるか」と一人納得するような言葉を発する。
「あの、そもそも私、男の人と付き合ったことなんてありません!」
なんて失礼なことを言うのだろうと、咄嗟にそう反論すると、彼は首を傾げる。
「……ならマックスの父親とは……?」
そう尋ねられた瞬間気づく。
そうか、子供を産んだ母親ならば、それなりの男女関係の場数を踏んでいるはずなのだ。目線をさ迷わせると、ジークフリードがふっと切なげな笑みを漏らす。
「ほかに好きな男がいるとか……俺がいやなら言ってくれ」
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