甘黒上司のお気に入り
オトナの本気に蕩かされました
【本体685円+税】

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●著:玉紀 直
●イラスト:氷堂れん
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-2038-0
●発売日:2019/08/23

ああ、俺の恋人は最高にかわいくて色っぽい

櫛笥笑美花は父からの見合い話を断るため、憧れている上司、遠山誠史郎に恋人のふりをしてほしいと頼んだ。遠山は引き受ける代わりに自分の言うことに従えと条件をつけてくる。彼に導かれるまま恋人らしい逢瀬を重ね、情熱的に愛される笑美花。「気持ちいいか? かわいい声が出ている」好きな人から彼女として甘やかされ、特別扱いされて夢見心地の日々。けれど遠山の知人から彼には金持ちのパトロンがいると聞かされてしまい!?




「フリ……ってことは、嘘をつけってことだよな」
ドキリ……とした。
渋った態度をとられたこともそうだが、彼のセリフの中に入った「嘘」という言葉に申し訳なさがぶわっと湧き上がったからだ。
いつも明るい上司、遠山の、こんな納得いかないと言わんばかりの顔は初めて見るような気がする。
眉間を絞り、綺麗な切れ長の双眸を細め、軽く腕を組んで形のいい口元に手をあてている。
その手はなにかを考えこむように指で唇を叩く。彼の様子を目の当たりにして、櫛笥笑美花は身体が固まった。
(部長……素敵)
思考が勝手に彼を称賛したのを感じてハッとする。違う、ここは見惚れるのではなく恐縮してしかるべき場面だ。
しかし、見惚れても仕方がない……
笑美花の上司である遠山誠史郎は、ピシッとしたスーツ姿が洗練された美丈夫で、弱冠三十歳の総務部部長だ。
堂々とした態度と迫力で、年配の役員たちにも負けない存在感を持つ。それだけだと怖い人物のイメージになってしまうが、彼はそんな固い男ではない。気さくで明るく、部下に人気があり他部署からも慕われている。
この春大学を卒業し入社したばかりの笑美花から見れば、憧れに値する狢膺佑涼豊瓩覆里任△襦
憧れ。そのとおり。
笑美花は、入社当初から遠山に憧れ続けている。
半年近くたつ現在ではもう、憧れはすでに恋心に変わっているといっても過言ではないのだ。
だからこそ、彼にあんなお願いをしてしまった。
彼にしか頼めない。……いや、彼でなくてはいやだとさえ感じるお願い。絶対に受け入れてもらいたいと意を決して口にしたのだ。
それでも……
「う〜ん……」
低い呻き声が二人きりのオフィスに響く。こんな反応を目の前でされると、冷や汗が浮かぶ。
夜のオフィスはひとけがなくてひっそりとしている。おまけに総務部はフロアが広いので、人がいないうえに暗いと怖い。幼いころに迷って出られなくなった迷路仕立てのお化け屋敷を思いだしてしまう。
こんな場所で一人の残業になんかなったらいやだな、と考えたこともある。それでも今日の残業を引き受けたのは、遠山にこのお願いをするためだ。
自分の勇気に報いるためにも、ここは絶対にいい返事をもらわなければ……
たとえそれが「嘘でいいから恋人のフリをしてください」という……、無茶なお願いでも。
こんな無茶を承知の頼みだからこそ、彼でなくては駄目なのだ。
「あの……部長、……も、もし、きいていただけるのでしたら……お礼もちゃんと用意します……。決して、タダ働きとか、そんなことは考えていません」
無茶なお願いをするのだからお礼は当然だろう。笑美花が焦って口にすると、唇を叩いていた遠山の指が止まり彼女に視線が流れてきた。
その眼差しにドキリとする。いつも思うが、遠山は男前のくせに妙に色っぽさがあるのだ。その目つきが、密かにお気に入りの時代劇俳優に似ていて、さらにドキドキする。
「お礼……?」
「はい……、品物でも……お金でも……」
上司に提示するのは失礼かもしれないが、考える前に口から出てしまった。お礼といえば金銭、そんな考えもありだろう。
形のいい唇の端を上げ、遠山がクッと笑いを堪える。先程まで唇を叩いていた指で笑美花の頭をコンッと小突いた。
「イイトコのお嬢さんはこれだから。お礼、っていったら、金ばかりじゃないだろう?」
「え?」
意味が把握できないが、小突かれたその衝撃にさえときめいてしまう。彼の指の感触が残る頭に手をやると、その手を掴まれ、またしても心臓が高鳴った。
「……やってもいいぞ。俺でいいのか?」
「ぁ……あ、ぶ、部長じゃなくちゃ、いやですっ!」
引き受けてもらえそうな驚きと嬉しさで、笑美花はつい心のままに声を大きくする。またもやクッと喉の奥で笑われて恥ずかしくなり視線を外すが、遠山に顔を覗きこまれた。
「ただし、俺に従え」
「部長に?」
「やるからには本格的にやる。中途半端はごめんだからな。それには文句を言うなよ?」
「言いません。かえって、助かります」
本格的に、ということは、きっとどこから見ても恋人にしか見えないようにしてくれるに違いない。
それは非常に助かる。
「よし、じゃあ、俺に従ってもらうからな。――笑美花」
顔を覗きこまれた状態での呼び捨て。この破壊力たるや。心臓が止まってしまうのではないかと感じるほど鼓動が高鳴った。
見つめ続けられたら腰が抜けるほど色っぽい双眸が、笑美花を見つめている。遠山と嘘でも恋人になれるなんて。倒れてしまいそうなくらい嬉しい。
はず、なのに……
なぜだろう。笑美花は、この広い総務部に一人取り残されるのと同じくらいゾクリとしたものを感じている。
しかし、だからといって引くことなどできない。
「よ……よろしくお願いします」

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