軍人皇帝と没落王女
お見合い結婚からの溺愛
【本体685円+税】

amazonで購入

●著:華藤りえ
●イラスト:DUO BRAND.
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-2040-3
●発売日:2019/09/25

我慢なんかするな。欲しがれ

古王国の王女ソフィアは政略結婚を嫌がる妹の代わりに、彼女の求婚者であるロアンヌ皇帝セザルスと文を交わしていた。重ねた文のように彼への恋心が募る頃、花嫁を迎えに来たセザルスに、妹に恋人がいると知られてしまう。彼は何故か迷うことなくソフィアを妻にと宣言した。「愛らしいな。そうして羞恥に震える様は」好きな人に抱かれ嬉しさを感じるソフィアだが、彼は古王国の血筋であれば誰でもよいのだと複雑な気持ちになり!?




「私が、代わってあげられればいいのに……」
「代わってあげられればいい、か」
同情してくれたのか、男は顔を曇らせてうつむく。
「妹君は援助と引き換えの結婚であることにも嫌悪を示し、皇帝の花嫁になることを拒んだと言ったが、貴女はいいのか」
妹と違い、どうしても結婚したいと誓い合った相手も居ない。
心惹かれる異性と言えば、手紙でしか知らない皇帝ぐらいだ。
――それか、この目の前の男か。
ふと頭に浮かんだ台詞に、あわてて頭を振る。初対面の男に惹かれるなんてはしたない。
仮に好きな相手ができたとして、妹のように、心のままに行動できる気がしない。
どう伝えればいいのかわからなくなり、ソフィアは結局、お手本通りの回答を示す。
「いい悪いではなく、王族の政略結婚とはそういうものですから」
取り急ぎ答えると、相手はふむとうなり、治療の手を進める。
「そういうもの、か……まあ、それでもましと進めねばならないか。ひとまずは」
不明瞭な独り言に、「なんのことです」と尋ねたかったが、できなかった。
一通りの手当てを終えた男が、唐突にシャツを脱ぎだしたからだ。
「なっ! なにをするのです」
「怯えるな。包帯を作るだけだ。……傷を剥き出しでは手当ての意味がない」
鍛えられた男の裸身が白日の下にさらされる。
圧倒的な力を秘めた肉体を前に、ソフィアは声を失い眼を丸くする。
実の兄だって、こんな風に容易く肌をさらさなかった。
そもそも貴人はそう簡単に肌を見せたりしない。なのに、この男は野生の獣のように自然に服を脱ぎ去り、それを欠片も恥じていない。
驚きながらも、理解する。――この男は、恥じる必要もないのだと。
輪郭がはっきりと見て取れる筋肉と、立派な骨格からなる、完璧に均整の取れた身体。
張りと艶のある若い肌には、一つ、二つと古傷の痕が見て取れたが、醜さより、痛みに折れない誇り高さや、強靱さばかりを印象づけられる。
呼吸ごとにしなやかに動く胸筋の上を、汗の玉が輝きながら伝う。
「ッ……」
男の身体から発せられる艶めかしさにあてられ、ソフィアは息を呑む。
見てはいけないと思うのに、目が離せない。
「朝に下ろしたばかりだから、まだ清潔なはずだ」
ソフィアの視線に気づいていないのか、彼は脱いだシャツに歯を立て、両袖を引きちぎる。
そうして手にした袖の片方で濡れたソフィアの足を拭い、もう片方を包帯代わりにして傷の酷い部分に巻いてしまう。
「ごめんなさい、新しいシャツなのに駄目にさせて」
申し訳なく眉を下げた顔をのぞき込んで、男が少年のようにはにかみ笑う。
「ソフィアの肌に傷が残ったり、病気になってしまったりするよりはいい」
当たり前の風情で告げられ、胸を高鳴らせる一方で、彼がソフィアの名を口にしていることに気づく。
「どうして私の名前を……」
知っているのかと問おうとした途端、情けない音が、お腹から鳴り響く。
「やっ、今の……は」
あわてて両手で腹を押さえても、響いた音が消える訳もない。
夜明けに起床し、すぐゾエの失踪を知らされ、それから休まず探し続けていたのだ。空腹なのも当たり前だ。
わかっているが、音を聞かれたのが情けなく、そして死ぬほど恥ずかしい。
聞かないふりをしてくれればいいのに、男は、喉を鳴らしつつ立ち上がり、真っ赤になって震えるソフィアの頭上に手をかざした。
「え?」
ぱさり、ぱさりと、大きな葉が擦れる音がして、次いで、甘い香りがふと漂った。
顔を覆っていた両手をそっと外すと、恭しげな仕草で無花果を差し出される。
「ほら。これでも口にしておくがいい。喉の渇きも、腹の餓えも治まるだろう」
反射的に頭上を仰ぎ、それから男の手の上に載る果実を凝視する。
無花果だ。
他の日であれば、お礼を言って手に取るだろう。だが、今日は夏至なのだ。
――無花果の木、無花果の木、夏至の日に、無花果の下で運命の人に会うの。
今朝、髪を結ってくれたパメラが、からかいながら歌っていたのが甦る。
――夏至の日に、無花果の木の下で、その果実を分け合い食べましょう。半分は私に、半分は貴方。それは神と人とで交わされた約束。貴方の子を孕み、育てるという誓い。
有名な歌であり、夏至の伝承だ。
ソフィアはきつく目を閉じ、歌詞を頭の中から追い払う。
取るべきか。取らざるべきか悩み、こくりと喉を鳴らして唾を呑み、決意を伝える。
「ごめんなさい。貴方から受け取ることはできません」
無花果は、女の子宮に酷似した形を持ち、多産と恋の成就を象徴している。
夏至の日に男が女に無花果を差し出すのは、婚姻と初夜を願う隠喩だ。
受け取れば、ソフィアはその隠喩に承諾したことになる。 
伝説だとか、言い伝えとされる類いのものだし、ここに自分と男以外は居ない。他の誰が語るものでもない。それでも自分は王女である。
妹同様、いずれ政略結婚するだろうことを考えれば、容易く男を受け入れると、そう誤解されるような真似は慎むべきだ。
「本当に、ごめんなさい。とても、嬉しいのですが」
うつむいたままふるふると頭を振ると、男がつまらなさそうに顔を背けた。
「我慢なんかするな。欲しがれ」
そう言われても困る。それとも夏至の風習を知らないのか。気にしないのか。
外国人と言っても西の民だ。東や南にある異教徒の民ならともかく、知らぬはずがない。
「それとも、お前も……想う男が居るのか」
「えっ……?」
知っていて受け取らせようとしたのか。だとしたらその意図はなんだ。
驚き、答えられないソフィアの手を取り、男は強引に果実を握らせた。
「食べないのであれば、俺が食べさせてもらう」
浮かべられた酷薄な笑みに心臓がドキリと跳ねた。
なにを言っているのか。食べさせる気はない。そう伝えようとしたが声は出なかった。
男の目に見つめられ、身体の奥がぞくぞくし、そのことに気を呑まれてしまう。
(どう、したの……。この人から、目が離せない)
彼は左手でソフィアの手首を捕らえたまま、右手でへたを折って器用に皮を剥いていく。
熟した果実から白濁した汁がにじみ肌を伝う。
甘みを含むその液は、水のさらりとした感触とは違い、奇妙なべたつきを指に拡げていく。
拭かなければ。そう思い至った瞬間、急に手首を引かれ、果実ごと男の口元に導かれる。
舌が突き出され、果汁に濡れた手の平に触れた。
ぬるりとした感触に、心臓が大きく跳ねる。
「……ぁ」
はしたなく、非日常的な状況を前に喘ぐと、半分目を伏せて男が笑う。
「ゃ、あ……」
嫌だ。駄目だ。そんなことしてはいけない。男をたしなめ、拒絶したいのに身体が動かない。
生温かく、濡れた舌が手の平を這い回る。
震える肌をからかうように舌でねぶり、かと思えば、つうっと指の股まで下りる。
「どうし、て、……手を、舐め、る……ぅ、ん」
「甘いからな」

☆この続きは製品版でお楽しみください☆


amazonで購入

comicoコミカライズ
ガブリエラ文庫アルファ
ガブリエラブックス4周年
ガブリエラ文庫プラス4周年
【ガブリエラ文庫】読者アンケート
書店様へ
シャルルコミックスLink
スカイハイ文庫Link
ラブキッシュLink