●著:白石さよ
●イラスト:芦原モカ
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-4022‐7
●発売日:2020/2/28
「後悔しても離してやらないからな」
二度目の社内恋愛・恋したのは冷徹な瞳
キャリア組として大企業で働く紗衣は、社内恋愛をしていた婚約者の浮気を知り、相手にすがることもできず、終業後の会社で一人泣いていた。そこで見知らぬ美形の男性社員・戸川と出会い、缶コーヒーを貰う。
後日居酒屋で戸川と再会した紗衣は、帰宅中に元婚約者が家の前で待ち伏せているのを知る。動揺する紗衣に戸川は「仕返ししてやれば？」と言い、彼の目の前でキスをしてきて!?
白石さよデビュー作、イラスト付き・ヒーロー視点など加筆修正の完全版登場
辛辣な皮肉に落ち込みながら私も立ち上がり、ゴミ箱に狙いを定める。
「私、恋愛に向いてないんだと思う。甘えるのが下手だから、見切られたんだよ」
私が投げた空缶はゴミ箱から外れて、ペコンと地面に転がった。
「下手クソ。……そうじゃない」
私が外した缶を、彼が拾って投げ入れる。
「男を見る目がないだけだ」
思わず顔を上げて戸川君の横顔を凝視する。
「器のちっさい男に甘えるなんて無理だろ」
間接的に私を肯定してくれてる？ 言葉は優しくないけれど。
「……ありがとう」
「誉めてないけどな」
戸川君の顔が笑っているのが暗がりでもわかった。なぜか胸が苦しくなる。この人はどんな女性に惹かれ、この笑顔を見せるのだろう？
「さてと」
戸川君はまた不愛想面に戻り、大きく伸びをした。
「そろそろ帰るか」
内心がっくりと項垂れる。いよいよ崎田さんと対峙しなければならない。公園の出口に歩き出す戸川君に、重い足を引きずりついていく。戸川君にはここで帰ってもらおう。
「じゃあここで。色々ありがとう。駅はそこを真っすぐ降りた先に案内があるからわかると思う」
公園の出口で早口にお礼を言い、そそくさと別方向に踏み出した。ところが私の腕を彼がすかさず掴んだ。
「おい待て。家そっちだな？ 送ってく」
「いや、ほんとに大丈夫だし！ それにあの、まずいっていうか……」
「……まずい？」
「その、実は……元彼から家の前で待ってるってメールが来てて……」
途端に周囲の空気の温度が下がった気がした。
「俺がいたら邪魔ってわけだな」
さっきより声が数段低い。でも、できれば同僚同士の鉢合わせは回避させてあげたい。
「違う、そうじゃないよ！ そうじゃないんだけど……」
「本気でその男を切る気、あるんだろ？」
彼の威圧感に気圧されて、うんうんと首を縦に振る。
「なら行くぞ。家の中にいるのか？ 鍵、渡してんの？」
戸川君は私の腕を掴んだまま歩き出した。
「ううん。渡してないから外だと思うけど……。あ、そこ右」
彼は私を引っ張るようにして、ずんずん進んでいく。どうか崎田さんが諦めてもう帰っていますように。
でもそんな祈りも空しく、私は曲がり角で慌てて戸川君を引き戻した。
「何」
「だって、いっ、いたのよ、家の前に」
「そんなのわかってんだろ」
「そうだけど」
進もうとする彼に両腕でしがみついて必死で止めると、戸川君が不意に私を振り返った。
「ちょうどいい」
そう言ってニヤリと笑い、両足で踏ん張る私の腰に腕を回した。
「なな、何を……」
「仕返ししてやれば？」
「しっ、仕返し？」
意味がわからないまま、ぐいっと引きずられて前に進む。
「同じことをしてやればいいんだよ」
動揺している間に角を曲がってしまい、観念して口を閉じた。
細い路地の少し先、マンションの前で崎田さんが壁にもたれてスマホを手にしているのが見えた。外灯の下、少し色素の明るい髪が仄かな光を含んでいる。出会った頃、彼の端正で柔らかな笑顔に仕事の会話すら緊張したっけ。それから崎田さんからのアプローチで交際が始まって、何もかも順調で、プロポーズもされて……。
まだ思い出になっていない記憶に胸が詰まる。ほんの一週間前まで、あの人と結婚するのだと信じていたのに。
「あいつか？」
意識が過去に飛んでいた私は、斜め上からの低い声にはっと我に返った。止まろうとする私の足を引きずるように戸川君は進む。今からでもいい、同僚だよって言わなきゃ……。
「あの……」
しかし時すでに遅く、私たちの足音に気付いたのか、崎田さんがこちらに顔を上げた。
その瞬間、腰に回された腕に力が入ったかと思うと視界が回り、私は戸川君にしっかりと抱き締められていた。戸川君の胸に顔を埋めてその鼓動を感じながら、私は不思議と安堵していた。
「紗衣……？」
崎田さんの声が聞こえ、戸川君の腕に力が込められたのがわかった。でも私は演技しきれず、私の名を呼ぶその声に、戸川君の腕の中で身体がビクッと反応してしまった。
足音はどんどん近づいてくる。たまらず身じろぎした私の顔を、戸川君の力強い手が捉えた。動揺のあまり抵抗することも忘れ、至近距離で見つめ合う。
�爐△い弔鮓�るな�瓱；￣圓じ�を放つ目にそう言われた気がした。
「紗衣」
それでも再び響いた崎田さんの声に思わずそちらを向いてしまいそうになった、その時だった。戸川君がいきなり私の唇を塞いだ。
何が起きたのか一瞬わからなかった。見開いた私の目に映るのは、戸川君の閉じた目と、その向こう側で驚いて立ち止まる崎田さんの姿。それは二度と信じることのできない、終わってしまった恋。
……そうだ。彼と積み重ねてきた日々はもう終わったのだ。
私を掻き抱く戸川君の腕に身を委ね、そっと瞼を閉じる。
「紗衣！」
崎田さんの怒声が路地に響いた。それでも戸川君は止めなかった。唇を離さないまま何度も角度を変え、絡みつくようなキスを重ねる。深いキスではないのに、こんなに身体が痺れるように官能的なキスをしたのは初めてだった。いつの間にか戸川君の背中に回っていた私の手は、彼のシャツを強く握り締めていた。
「何やってんだよ……紗衣！」
揺れる声と足音が寸前まで近づいてきた時、ようやく戸川君が顔を上げた。
「誰？」
戸川君の冷ややかな声に、腕の中の私も息を呑む。まだ唇に焼けるような余韻を感じながら、彼と崎田さんの顔を交互に見た。
☆この続きは製品版でお楽しみください☆
![ガブリエラブックス4周年](https://img13.shop-pro.jp/PA01280/163/etc/bnr_GB4th_link.jpg?cmsp_timestamp=20221128152950")
