こじらせ皇太子は女心がわからない
氷上の初恋
【本体685円+税】

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●著:藍井 恵
●イラスト:緒花
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-2046-5
●発売日:2020/1/24

結婚してくれ、二度と私の前から消えるな

帝国皇太子とその弟から同時に求婚された公女マリーア。彼女は継嗣争いに巻き込まれることを恐れた父により、伯母のいる城に預けられる。不意に訪れた自由を満喫し、アイススケートでジャンプや回転を楽しむマリーア。それを見たジークという青年士官が感動し、技を教えてくれと言ってくる。氷上の交流で徐々に親しくなる二人。「何もしない。温めるだけだ」ある日、氷が割れ池に落ちたマリーアは、裸のジークと抱き合うことに!?




「あなた、そこで何をしているの!?」
侍女のカロリーネが声を上げて物音がした木のほうに走りながら、自身のケープの下に手を入れる。懐に銃を隠し持っているのだ。
「怪しい者ではない」
上背のある男が雪の積もった大木の後ろから出てくる。
その瞬間、マリーアはお伽噺の中にでも迷い込んだのかと目を疑った。
樹木も雪をまとった白銀の世界に現れたのは、木の幹と同じ色をしたコートに身を包んだ黒髪の美青年。空と同じ色をした瞳は憂いを秘め、彼の佇まいは凛として神々しくさえあった。
マリーアはこんな崇高な若者を見たことがなく、何か降臨したのかと手と手を合わせたところで、カロリーネの怒気を含んだ声が耳をつんざく。
「それならなんで、そんなところに隠れているのよ!」
だが、男には動じる気配がない。そして、その手にはマリーアのケープが握られていた。
「わた……俺も君みたいに滑れたら、どんなに素敵かと思って見入ってしまったんだ。妖精かと思ったよ」
「よ、妖精!?」
マリーアは妖精気分なのは自分だけだと思っていたが、傍から見ても妖精に見えるのかとうれしくなる。マリーアは滑って彼のほうに近づき、ケープを受け取った。
――さしずめ、このケープは妖精の羽といったところかしら?
マリーアは羽、もとい毛織の白いケープを受け取ると、妖精らしくつま先でステップを踏んで後退する。
「あなた、お名前は?」
マリーアは止まってケープを羽織りながら尋ねた。陽の光があるとはいえ氷点下である。運動していないときはさすがに防寒具がないときつい。
「私はジーク……」
と、オーレンドルフ帝国皇太子ジークフリートが自分の名前を言いかけたときに、カロリーネの大きな声がかぶさった。
「マリーア、名前なんか聞いて! こんな覗き見するような男を相手にしてはだめよ!」
公女相手に侍女カロリーネごときがこんな口の利き方をしているのにはわけがある。事情を知らない者が近づいたときは、マリーアが公女だと悟られぬよう、カロリーネはマリーアを侍女仲間として扱うことになっているのだ。
公女は病気療養中のはずだし、皇子たちに居場所を突きとめられてはならない。彼らはまさか、自国に公女がいるとは思ってもいないだろう。
マリーアは、池のほとりに立つジークフリートと向き合った。
「ジーク、あなた、なぜこに来たの?」
マリーアはジークフリートをジークという名だと思い込んでいた。
ジークフリートは、あえて訂正しなかった。それは、彼がごく近しい人間にはジークと呼ばれることが多いからというのもあるが、皇太子が覗き見していたなんて噂が立っては自分の評判に瑕疵がつくと計算したからだ。
つまり、マリーアと同じく彼も高貴な身分を隠す必要があったのだ。
「……ミヒャルケ公国に行った帰り道だ」
ジークがマリーアの国の名前を出したものだから、マリーアは一瞬ぎくっとしたが、公女は公の場に出たことがなく、肖像画も十三歳のときが最後なので、ばれるわけがない。
「何をしにここへ?」
「何をって、温泉療養さ」
ジークが鋭い眼光を温泉保養地のある丘のほうに向けたものだから、そのギャップが可笑しくてマリーアは笑ってしまう。
「まあ、お若いのに温泉に?」
「この俺を笑う女がいるな……」
ジークが、そう言いかけてからハッとした顔になり、小さく咳払いをした。
「俺は、皇帝陛下の騎馬隊に属するもので、以前、皇太子殿下がこの温泉にケガの治癒にいらした際におともをしたことがあるのだ」
「あら、近衛騎士でいらっしゃったのですね。失礼いたしました。でも、それなら皇帝陛下や皇太子殿下をお守りしなくてよろしいんですの?」
マリーアは侍女という設定なので、丁寧なしゃべり方に変えた。
「今は休暇中なんだ。だから……」
ジークが身を乗り出して、秋空のような薄青の瞳を輝かせた。
「今のダンスのようなスケートを教えてくれないか」

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