次期CEOは運命のΩを逃がさない
つがいたちの寵愛契約
【本体1200円+税】

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●著:池戸裕子
●イラスト:天路ゆうつづ
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-4029-6
●発売日:2020/08/28

「発情期の時より、俺はお前を欲しがっている」
愛と官能に揺れるTLオメガバース

男女の他にバース性がある世界。「繁殖の性」と呼ばれるオメガの花蓮は親の借金返済のためアルファの愛人選びのパーティーに参加する。花蓮はそこで出会った男性と互いに強烈に発情し、本能のままにキスを交わしてしまう。しかし男性の正体は世界有数の大企業の御曹司・貴臣だった。翌日再び現れた彼は、花蓮に愛人になるよう命じるが、貴臣のやさしさに徐々に花蓮は惹かれていく。そんな中、花蓮に発情期が来てしまい!?




 お気に入りの映像が終わればすぐに花蓮から離れる貴臣が、今夜はそうしなかった。しゃべると息がかかってくすぐったいぐらい、くっついている。
 いつでもキスのできる恋人同士の距離が、花蓮の心をちっとも落ち着かせてくれない。頰の熱さが、耳朶やうなじへと散っていく。
「珈琲ゼリーは、貴臣様の好物と聞いてます」
 まとわりつく熱を誤魔化すように花蓮は少しおどけて言う。
 お手伝いさん情報によれば、甘いものが苦手な貴臣が唯一進んで口をつけるスイーツだという。自他ともに認める珈琲党なのが、関係しているのかもしれない。目下、日本一美味しいと自ら太鼓判を押す商品を、店に頼んで毎朝のデザート用に届けてもらっていた。
「そんなに好きなら、どうぞ私の分も召し上がってください」
「ありがたい申し出だが、そういうわけにもいかない」
 即答に花蓮が目を丸くすると、貴臣は大仰に腕を組む。
「欲望は敵だからだな」
「ええ? ゼリーひとつですよ?」
「たかがひとつ、されどひとつだ」
 貴臣は仕事に出かける時の顔をしている。大真面目なのだ。
「贅沢したいと思えばし放題の俺が、欲望を野放しにするとろくなことにならない。いずれ物事を測る物差しが狂ってくる。世間と感覚のずれた経営者では、グループの発展は望めない。時代の波に取り残されて、沈んでいくだけだ」
 子供の頃は欲しいものがあってもそう簡単に買ってもらえなかったと、貴臣は教えてくれた。
「なぜ欲しいのか、本当に必要なのか。両親にプレゼンして父か母のどちらかを説得できれば、手に入る約束だった」
「プレゼンて……」
 当然、なんでも買ってもらえるリッチな子供時代を送ったものと思い込んでいた花蓮には、意外だった。
(そう言えば、お手伝いさん情報のなかにあったな)
 花蓮が貴臣の詳しい生い立ちについて知ったのは、この家に来てからだ。最初に邸内を案内してくれた女性が、泉家で長く仕事をしてきた古参のお手伝いさんだった。たぶん花蓮の立場を考え、貴臣についてよく知っておいた方がいいと気遣ってくれたのだろう。彼女が一度、花蓮の部屋に花を飾りに来てくれた時、さり気なく向こうから話して聞かせてくれた。
 それによると、貴臣には赤ん坊の頃から専門のお世話係がいたという。つまり彼の生活の面倒をみたのはその女性たちであり、慈善事業を仕事とする母親は、息子のために食事も作らなければ弁当の用意もしなかった。高校卒業と同時に彼は両親と暮らす家を出され、当時別宅だったこの家で一人暮らしをするよう命じられたそうだ。
「貴臣様がどんなふうに育てられたか私も少し聞きましたけれど……、寂しかったんじゃないですか?」
 花蓮はつい心の声を言葉にしてしまっていた。
 欲しいもののプレゼンといい、共にしない食卓といい、子供にはそうする意味や事情を理解するのは難しかったのではないだろうか。花蓮は貴臣をかわいそうに思ったのだ。ところが、
「そんなふうに感じたことは一度もないな」
 彼はあっさり首を横に振った。まるで見当違いの質問をされたという顔だった。
「確かに泉家では、ほかの家のような団欒の時間はあまりなかったかもしれない。だが、その分、三人でよく出かけたよ。旅行をしたり芸術鑑賞をしたり、俺は毎回待ち遠しくて、前の晩はよく眠れなかった」
 貴臣の、両親との思い出を懐かしむ表情は、少年時代にかえったように楽しそうだった。
「今も三人揃うと、必ずグループの未来をどうするかの話になる。泉の名前を通して家族の気持ちがひとつになるんだ」
 彼の話を聞きながら、花蓮は自分を恥じた。さっき彼は物事を測る物差しの話をしたが、
(たぶん私にもその物差しがあって、彼のこと、勝手に測ってた)
 金持ちの家庭に金はあっても愛はない。彼は両親の愛情に飢えて育ったに違いない。そう考えるのはドラマや映画に毒された自分の思い込みなのだと気づかされた。
 日々借金に追い回され、たまに揃って食べる食卓は貧しく、けれど互いの笑顔さえ見られれば心も胃袋も満たされる。それが早瀬家の家族の愛の形なら、泉家にも泉家の愛がある。どちらもいいし、どちらも正しい。
(だったら、私にもできることがあるかもしれない)
 花蓮には閃くように思いついたことがあった。
「お願いがあるんですが」
 おしゃべりが続いている奇跡的な状況に背中を押されて、花蓮は勇気を出して貴臣を見上げた。
「なんだ?」
 貴臣は花蓮を少し胸から離すと、真っ直ぐに目を合わせてくれた。
「ひとつは、私にも家の仕事をさせてほしいんです。貴臣様の食事の用意をしたりお部屋の掃除をしたり、言われれば庭の草むしりでも力仕事でもなんでもします」
 少しでも彼の役に立ちたいなら、声をかけられるのを待っていては駄目だ。やれることを見つけて、自分から動かなければ。
「どうしてもと言うなら好きにすればいいが」
「新人スタッフの扱いでかまいません」
「わかった。担当者に頼んでおこう」
「それからもうひとつ。私の部屋を別のところに移してほしいんです」
 続けて希望の場所を伝えると、貴臣は呆れたように聞き返した。
「物好きだな。あんなところに住みたいのか? ずいぶん使っていない庭の番小屋だぞ」
「小屋ってサイズじゃないですよね。部屋数はないかもしれないけど、三人家族でも暮らせそうな立派な一軒家ですよね」
 広大な庭を散歩している時に見つけた、まるで英国の湖水地方に建つ農家のような趣のある家を、花蓮は一目見て気に入っていた。後であの古参のお手伝いさんに聞いたところによれば、かつて庭園を管理する夫婦が住んでいたらしい。花蓮はそこで生活することを許してもらった。
「ありがとうございます。では、貴臣様。どうぞ、気が向いた時に私の待つ『別宅』に通ってきてください」
 花蓮が誘うと、貴臣は訝しげに小さく首を傾げた。
「別宅? 俺が通うのか?」
「またの名を、珈琲ゼリーを好きなだけ食べられる家です」
「──?」
 大きくなった彼の瞳が、どういう意味だと聞いている。
「愛人宅って、人目を盗んでこっそり悪いことするところですよ。むしろゼリーを二個以上食べない人は、門前払いです」
 早瀬家には早瀬家の愛が、泉家には泉家の愛がある。だったら泉家しか知らない彼を、花蓮なりの家族の形でおもてなしするのは、ありだと思うのだ。
 花蓮は貴臣の返事を彼の表情に探す。ほっとした。どうやらOKのようだった。
 花蓮の背に回っていた手が離れた。やっとうるさい鼓動が大人しくなってくれる。花蓮が緊張を解いたのも束の間、
「花蓮……」
 頰に触れられ、花蓮はとくんと心臓を鳴らした。
「マスコミは俺をプリンスと呼ぶだろう」
 彼は花蓮の瞳を覗き込むように顔を寄せた。
「理由はわからないでもない。だが、俺はアニメや絵本に出てくる王子様とは違う。女性たちの夢を一方的に背負わされても困る」
 貴臣は花蓮の両肩をつかんだ。
「でも、花蓮は違うんだな。お前は言っただろう。俺には別の顔があると。そうだよ。俺は珈琲ゼリーを二個食える男だ。その気になれば悪いことのできる男だ」
 そう言って貴臣は微笑った。色気を滲ませた唇は、不誠実なプレイボーイのそれだった。
「あ……っ」
 自分を引き寄せ抱きしめる貴臣の強い力に驚き、花蓮はとっさに離れようとした。貴臣は許さなかった。花蓮の自由を奪い、唇を奪う。
「……っ」
 さっきよりも強引なキスに、小さく喉が鳴った。深く重ね合わされると、微かに濡れた音がした。その淫らな響きに、花蓮は羞恥で耳から溶けてしまいそうだ。
 逃げる花蓮の舌を、貴臣の舌が追いかける。からめ捕られて吸われる時、腰のあたりをそわりとした快感が這い上がってきた。
「花蓮──」
 貴臣は花蓮の首筋に顔を埋めるようにして、すうっと深く息を吸った。
「絶対、何か事前のサインが出てるだろう?」
「匂いが……しますか?」
 花蓮は聞き返すのがやっとだった。
「いや。でも、何か出ているはずなんだ」
 くらくらと、キスの余韻に花蓮は酔っている。
「そのせいで俺はさっきも今も花蓮にキスしたくなった」
 花蓮は目を閉じ、貴臣の胸に燃える頰を押しつけた。まるで強い酒でも飲まされたようだった。キスひとつで、びっくりするほど身体に力が入らない。
「そうでなければ、説明がつかないだろう? 少しの間も抑えられないこんな衝動は……。花蓮を愛人に欲しいと押しかけた時も、同じじゃないのか? お前が放つ見えない何かが、俺を動かしたんだ」
 答えを探す貴臣の呟きは、花蓮の頭を素通りする。こんなことで自分は二度目のヒートを乗り切れるだろうか? 
「もうすぐ次のヒートだな。いつ?」
「たぶん……、来週の土曜日頃に……」
「薬は飲むなよ」
 貴臣の胸で花蓮の両肩がぎゅっと小さくなった。必ずそう命じられるだろうと覚悟していた。だが、実際にその言葉を聞くと、たちまち膨れ上がる不安を抑えることができなかった。

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