●著:白石まと
●イラスト:ウエハラ蜂
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-4032-6
●発売日:2020/11/30
嫁いだ先の城にはもふもふの子虎が闊歩していて!?
叔父の命でジェイド王国国王、オーガストに嫁いだアデレイド。弟を人質に取られ、嫌々間諜的なことをしていたが、ある夜、巨大な虎に変身するオーガストを目撃したことで互いの事情を打ち明け真に結ばれる。「愛している。私の妻は、お前しかいない」美しく優しい夫に蕩かされ幸せに浸るアデレイド。だが叔父と従兄の魔の手が二人に迫り!?
かたりと音がしたのでそちらを見ると、少しばかり窓が開いていて、窓際の床に小さな塊がちょこんと座っていた。ずいぶん行儀の良い姿勢でアデレイドをじっと見ている。アデレイドは破顔した。
「子虎ちゃん。久しぶりね」
毎日来るときもあれば、一週間ほど間が空くときもあったが、今回は二週間以上も姿を見ていなかった。
アデレイドが宮廷社交界の催しのときに心無いことを言われたり、言葉はなくてもそういう態度を取られたりしたときに、子虎はなぜか現れた。
彼女が幽体で王城を見て回っているときにはまったく出逢わない。
王城のどこかで彼女を見ていて、慰めに来るのかと疑いたくなるほどのタイミングで出没する。
オーガストには『ジェイド王城の守護だ』と言われた。本当にその通りだ。
彼女は窓際まで行って絨毯の敷かれた床に膝を落とすと、両腕を伸ばして子虎をぎゅっと抱きしめた。
ふわりとした感触やビロードのような毛並みのよさ、そして温かさをしみじみと感じ取る。
「相変わらず柔らかいのね。可愛いー……」
頬ずりをして目を閉じた。いつもと同じく、独り言に近い語り掛けをする。
「あのね。昨日の夜はたくさんのことがあったの。それで、オーガスト様にすべてを打ち明けようと思うのよ。どうかしら?」
抱きしめていたのを、膝の上に乗せて見つめると、子虎は顔を仰向かせ『くうっ』と唸った。
「オーガスト様は私を断罪されるわよね。それは真っ当だと思うから構わないのだけど、クリフのことや、ギュースのことをお話しなくてはいけないの」
決意のまなざしになっていた。そこで不意に気が付く。
「子虎……。虎? まさかね。光っていないし、あの方は成獣だったもの。小さくなるなんてことがあるのかしら。……小さくなるのではなくて、子供の虎と成獣と二つの変化能力を持つとしたら? 大虎はエネルギーの発散で光るけど、子虎の方は抑制しているから子供の姿になって、光らない――ということ?」
言葉にすると、その通りだと確信が持てそうだった。さらに思考はどんどん展開してゆく。
「もしも本当に変化が二つあるなら、ものすごく巨大な魔法力を持っていることになるわ。えっと、……私、オーガスト様のこと、あなたにいっぱい話したわよね」
思いついたことにぎょっとして、子虎の両前脚の脇下に手を入れて顔を近づけ、その眼を覗き込んだ。
子供の形をしているとはいえ猛獣には違いなく、くるんとして瞬きの少ない眼をしている。そこには、戸惑う顔をしたアデレイドが映っていた。
――今まで、子虎ちゃんになにを語ってきたかしら。オーガスト様のことがとても気になるとか? 私をどう思っていらっしゃるの、とか、あとは、十八歳まで待ってくださるのは嬉しいけど、待ち遠しい……なんてこと口走っていたわ! そうよ、一夜だけでも妻にしてほしい……って。
ずいぶん気恥ずかしいことを言ってきたものだ。何だか頬が熱い。
よくよく見れば、子虎の眼は黄金色に漆黒の瞳が縦にあると思っていたが、それだけではなく下側に透き通った緑色の光彩が見て取れた。グラデーションではないか。これはこれで相当美しい。
しかし、……緑?
「磨かれた翡翠の色。オーガスト様の眼の色だわ。……あら、これは?」
なんと、いつもはなかったのに、首に細い紐状の革が緩めに掛かっていて、垂れ下がった先に楕円形の翡翠が付いている。紐が長くて子虎の両足の間に隠れていたから、最初は分からなかった。
手を伸ばして翡翠に触れようとしてところで、子虎は彼女の腕から外れてひゅんっと後ろへジャンプした。そして、黄金の光が全身を包むと同時に巨大になり、瞬きの間に成獣の大虎が姿を現す。
「あ――っ!」
思わず声を上げてしまった。口元を両手で押さえると、慌てて周囲を見回す。
幸いなことに、ルミアは眠っているのか顔を覗かせてこない。
湖のところで見たのと同じで、大虎は薄い幕が張ったような感じで黄金の光に包まれていた。
アデレイドは、驚愕で唇を薄く開けたまま凝視した。彼女が手を伸ばしても虎は身を翻したりしなかったから、そのままそっと首筋を撫でる。滑らかで柔らかい。小虎と同じで抜群の手触りだ。
「オーガスト様……」
彼女が小さく呟いた途端、虎はすっと横へずれて再び黄金の光が全体を包む。
人型が現れたのでアデレイドは困ってしまって俯いた。
予想通りオーガストの姿になったものの、湖のときと同じで裸体だ。虎が服を着ない以上、なくて当たり前という理屈は分かるが、恥ずかしくて目を向けられない。
ばさりという布の擦れる微細な音が耳に届いたかと思うと、『アデル』と声がした。
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