スパダリ御曹司は子育てシンデレラに溺愛求婚中!
【本体1200円+税】

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●著:高峰あいす
●イラスト:森原八鹿
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-4033-3
●発売日:2020/11/30

利害一致の偽装恋人のはずがとろとろに愛されて!?

頑張り屋のOL藤花は、ある日奔放な母に21歳差の妹を預けられる。戸惑いながらも育児と仕事をこなすが過労で倒れ、アパートも追い出されることに。
そんな藤花の境遇を知った御曹司の和真が「恋人のふりを条件に自分の家に住まないか」と持ち掛ける。
彼のお見合いの回避のためと引き受けてしまった藤花だが妹ともども、どろどろに和真に甘やかされ!?




意識を取り戻した藤花の視界に飛び込んできたのは、白い天井。
 そして、恐ろしく整った顔立ちの男だった。
「あ、気がついたかい。ここは医務室だよ。医者を呼んで来るから、そのまま横になっていて」
 彫刻のように通った鼻筋に、薄茶色の瞳。明るい茶髪が、逆光の蛍光灯越しにキラキラと透けている。子どもの頃に読んだ絵本に出てくる『王子様』が、そのまま出てきたかのようだ。
(……きれい……)
 ぼんやりとそれを見つめる藤花に向かって、男は安心させるように微笑むと、ベッドを囲むカーテンの隙間から出て行く。
(──……いまの人、どこかで会ったような……。海外ドラマに出てた? 違うかな……でも日本人離れした雰囲気だった……)
 まだ意識が混乱している藤花は、とりとめもないことを考える。
 暫くすると男が呼んだのか、医師がカーテンを開けた。藤花の血圧を測り検温をする。
 そして数値を確認すると、一言「過労です」と告げた。
 そう言われて、横たわったまま藤花は小首を傾げる。頭はぼうっとしているものの、特別体の不調は感じない。
「あの、過労はわかりました。これから私、プレゼンがあるので会議に戻っていいですか」
 すると医師が呆れたように言う。
「もう少し自分の体調を考えなさい。今日はこのまま帰宅して休まないと、本格的に寝込むことになるよ」
「でも会議に出ないと……」
 医師と押し問答をしていると、金髪を振り乱してシャロンが医務室に駆け込んできた。
「やっぱり藤花だったのね! 会議室で社員が倒れたって聞いたから、慌てて来たのよ」
「ご友人ですか? 彼女には早退を勧めているのですが、会議に出るの一点張りでね。説得をお願いしますよ」
 呆れた様子で医師がベッドを離れると、シャロンがため息をついた。
「プレゼンは延期になったわ。上層部だって、貴女の努力を無下にするつもりはないのよ。だから安心して休んで。貴女のチームだってこの決定に納得してるわ」
 冷静に諭されて、藤花は肩の力を抜く。
「……ごめんなさい。シャロンにまで心配かけて」
「私はいいのよ。それより帰りが問題ね」
 そう言われて藤花は腕時計に目を落とす。時刻は午後二時前だから、帰宅ラッシュに巻き込まれはしない。体調が万全なら問題なく帰れるだろう。しかし、貧血気味で更に花音も一緒となれば話は別だ。
「私が送っていければいいんだけれど、これから外せないミーティングがあるの。誰か呼んでくるね」
「シャロンたら大げさなんだから。ほら、タクシーでも捕まえれば」
「途中で具合悪くなったらどうするの」
 シャロンとまで押し問答になりそうな雰囲気になったところで、涼やかな声が割って入った。
「私の車で送っていこう」
 会話に割って入ったのは、さっき見た男だった。
「いえ、大丈夫で……」
 初対面の男性にそんなこと頼めるはずがない。断ろうとした藤花を、どうしてかシャロンが遮る。
「それはいいわね! じゃあお願いするわ。そうだ、花音ちゃん……子どもがいるからチャイルドシートが必要だけど」
「わかった。すぐ用意させる。すまないが、君は彼女の荷物を地下の駐車場へ届けてくれ」
 くだけたやりとりから、シャロンと男性が親しい間柄だとわかる。
(シャロンの知り合い? 同じ部署の人なのかな)
 シャロンのいる海外事業部は、日本支社の頭脳的な役割を担う。本社からの出向組が中心で、簡単に言えば将来を約束されたエリートの集団でヨーロッパ出身の外国人社員も多い。もしそうだとすれば、新米平社員の自分が彼の顔を知らないのも無理はない。
 けれどどうして初対面と知りながら、シャロンがあんな強引に頼み事をしたのか理解できなかった。
「……ちょっとシャロン。いきなり迷惑だよ」
「彼なら大丈夫よ藤花。鞄は駐車場に持って行くから、貴女は花音ちゃんを迎えに行ってあげて」
 何が大丈夫なのかと問いただしたかったが、シャロンはぱちんとウインクをして足早に出て行ってしまう。
「私たちも行こう。立てるかい?」
「へ、平気ですから、お構いなく……」
 慌てて起き上がりパンプスを履こうとすると、男が屈んで藤花の足に手を添えた。何をするつもりなのかわからず、思わず藤花はその行動を見守ってしまったが──。
「え、ええっ?」
 動揺で思わず悲鳴を上げると、男性がきょとんと顔を上げる。
「どこか痛むのかい?」
「そうじゃなくて、ですね! 靴くらい自分で履けますからっ」
 まるで従者のごとくパンプスを履かせてくれた男性に、藤花は上擦った声で返答する。男性は気にする様子もなく、藤花の手を取った。
「歩くことが辛いようなら、遠慮せずに言うんだよ」
「大丈夫です!」
 少しでもよろけようなものなら、抱き上げられてしまいそうだ。気を失っていた時なら仕方ないとしても、意識がある状態でそれは避けたい。
(従者なんかじゃないわ……こんなのおとぎ話の王子様よ! 外国の人って、こういうスキンシップが普通なの?)
 貧血気味だった頭に一気に血が上った気がする。気遣われるのは嬉しいけれど、こんなお姫様扱いをされると、ただただ気恥ずかしいだけだ。
 藤花は火照る頬を押さえながら医師に礼を言うと、男性と共に医務室を出て保育所のあるフロアに向かう。
 その間、男はどこかに電話をしていたので、会話のない気まずい時間を過ごすことは回避できた。
 保育所に花音を迎えに行くと、話が行っていたのか慌てて保育士が出てくる。このひと月ですっかり打ち解けていた保育士は、藤花の体調を気遣って声をかけてきた。
「大丈夫なの? 花音ちゃん、大人しい子だけど一人で面倒見るのはどうしたって疲れるから。あまり気負わないで、もっと頼っていいんだからね」
「ありがとうございます」
「とうか、きょうはもうかえるの?」
 若い保育士に連れられた花音が、目を擦りながら寄ってきた。
「お昼寝中に起こしちゃったから、ご機嫌斜めかもだけど……お大事にね」
 花音を抱き上げると、背後で見守っていた男性が、両手の塞がった藤花に代わりに花音のリュックを保育士から受け取る。
 すると何故か、保育士たちが緊張した面持ちになり頭を下げた。
 何か言いたげな保育士を片手で制し、男が藤花を促す。
「行こうか」
「あ、はい」
 保育士たちの態度から考えて、男はかなり上の役職なのだろう。藤花は内心焦り出す。
(これって、まずいんじゃない? そりゃ役員全員の顔なんて覚えてないけど、子連れの社員以外と関わることの少ない保育士さんも知ってるのに、私は知らないなんて……)
 その上、男の態度から彼は藤花の事を知っているのは明白だ。さっきとは違う意味で頭痛がしてくる。
「さ、車はこっちだから」
 腕の中で寝ぼけてむずかる花音をあやしながら男性についていき、地下駐車道へのエレベーターに乗る。そこで藤花は、これまでの焦燥感にダメ押しされたような気分を味わう。
(うそ。ここって上級役員クラスの人が使うところだ)
 男に先導されて降りたのは、地下二階のカードキーがなければ出入りのできない駐車場だった。エレベーター前には黒塗りの外車が停められており、秘書と思われる青年がドアを開ける。
 後部座席には新品のチャイルドシートと、藤花の鞄が置かれていた。
「私用の車で来ていてよかった。チャイルドシートのメーカーは、これでよかったかな」
 確認を求められても、藤花にはわからない。
「すみません。私、車を持ってないから、チャイルドシートはよくわからなくて」
 正直に告げると、男性は薄茶色の目を優しげに細めた。
「それならよかった。私もわからなかったから、子どものいる秘書に任せてしまったんだ」
「任せてって……わざわざチャイルドシートを買ったんですか? 今?」
「うん。隣のビルにベビー用品の店が入っていて助かったよ」
 微笑む男に、藤花はあっけにとられながらも不思議と彼の取った過剰な行動を受け入れてしまう。普通ならばこんな行動は警戒するところだけれど、男からは純粋な厚意しか感じられなかった。
 どうしていいのか立ち尽くす藤花に、秘書の青年がさりげなく声をかけてくれる。
「失礼します。シートの利用が初めてでしたら、私が乗せましょう。長沢さんはお子様の隣にお座り頂けますか?」
「は、はい。お願いします」
 丁寧な物腰の秘書に花音を預け、藤花は車の反対側へ回り込み、チャイルドシートの隣に座る。すると男も運転席に乗り、準備が整うとエンジンをかけた。
 バックミラー越しに、秘書が深々と頭を下げて見送るのが見えた。
 保育士の言っていた通り珍しく不機嫌でむずかっていた花音だが、程なく寝息を立て始める。
 車の中に静寂が満ちる。
(な、何か話をしなきゃ……)
 焦るけれど、相手の名前も知らないのでどう会話を進めればいいのか考えてしまう。思い切って名前を尋ねようと口を開くと、タイミング悪く男の方が問いかけてきた。
「自宅まで、ナビを頼めるかな」
「は! はい! 勿論です!」
 藤花は後部座席から指示を出す。車での移動は慣れていないので、お世辞にも上手とは言えない誘導だ。
 しかし男の運転技術と忍耐のお陰か、車はものの十五分ほどでスムーズに自宅近くまで到着する。車に乗って移動していたはずなのに、どっと疲れた気がした。
 しかも近くで降ろしてもらおうとしたが花音が完全に熟睡しており、結局近くのコインパーキングに停めて荷物を運んでもらうことになってしまった。
「本当に、すみません」
「謝られるより、お礼の言葉の方が嬉しいな」
 迷惑をかけられているはずなのに、なぜか男性は嬉しそうだ。どこまでも王子様か貴公子のようである。
 今更男の名を聞けないまま、藤花は自宅アパートに男を案内する。
 築三十年の、鉄筋造り三階建て。綺麗とは言いがたいが、一人暮らしを始めてからはずっとここに住んでいる。
「ここの、三階なんです」
 セキュリティドアなんてたいそうなものはなく、ぎしぎしと音を立てる外階段で上に上がる形式だ。
 と、外階段の横にある掲示板に、手書きのポスターが貼ってあるのが藤花の目に飛び込んできた。
《建て替えの、お知らせ》
 赤いマジックで書かれたそれは、おそらく大家の手作りだ。そういえば、先週あたり似たような手作りチラシがポストに入っていた気がする。けれどこのところ、花音の世話と仕事の両立で余裕のなかった藤花は、それらのお知らせによく目を通していなかった。
 そこには来月末からこのアパートの耐震工事が始まること、その約五ヶ月の間、このアパートには住めないので、一時的に住民には別の場所に住んでほしいということが書いてあった。
「えっ……耐震工事? ていうか、完全に建て替えちゃうのか……ここ古いもんね。どうしよう……急いで住むところを探さなくちゃ」
 立ち止まってポスターを眺めている藤花に、男が話しかける。
「パートナーのもとへは行かないのかい?」
「パートナー?」
「君が今度、式を挙げると聞いたのだけれど」
 男性の言葉に、思わず藤花は噴き出す。
「私は結婚してないですし、する予定もないですよ」
 藤花は社内に広まる根も葉もない噂に内心呆れた。どこの部署かわからないけれど、自分とは直接関わりのない彼の耳にまで届いているのだと思うと、単純に驚いてしまう。
「しかし、急な引っ越しだろう。当てはあるのかい? ご家族は?」
 一方、男は藤花の考えていることなど知らないので、心配そうに尋ねてくる。いい人なのだろうけど、藤花にしてみればあまり詮索されたくない内容だ。
「姉は遠方に嫁いでて、両親は……頼るつもりはないので。マンスリーでも借ります」
 説明をするとなれば、ややこしい家庭事情も暴露せざる得なくなる。言葉を濁した藤花に対して、男が眉をひそめたが何も言わない。
 ともあれ目下の問題は、来月末には住む場所がなくなるということだ。幸いにも、趣味と言えば読書程度なので、蓄えはそれなりにある。半年ほどの仮宿くらいは問題ないだろう。
「……とうか……またおひっこしするの?」
「ごめんね」
 二人の会話で目を覚ましてしまった花音が、おぼつかない口調で尋ねる。
 考えてみれば、花音は藤花のもとに連れてこられてまだ一ヶ月程度だ。どうにか慣れてきた矢先にまた引っ越しとなれば、精神的にも不安になるだろう。
 二人の会話に引っかかりを覚えたのか、男が尋ねる。
「また? 引っ越したばかりなのかい?」
「ええと、ちょっと事情がありまして……」
 藤花は曖昧に微笑んで、外階段を上る。
「送っていただいて、助かりました。あの……よければ、うちでお茶でもどうですか」
 廊下の一番奥にある自宅の扉を開けると、藤花は男を振り返った。


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