●著:七福さゆり
●イラスト:ことね壱花
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-4040-1
●発売日:2021/1/29
一緒に居たい。このまま城に連れ帰っていい?
ベルナール公爵家では代々、女性には不思議な力が現れる。公爵令嬢のローズには一度触れた花ならどこからでも出せる能力がある。役に立たない力と言われ劣等感を持つ彼女を、国王フィリップは一目見て気に入り求婚する。「君が傍に居るのに触れないなんて無理だ」美しい陛下に会うたび甘く囁かれ蕩かされて、自信をつけていくローズだが!?
「あの、フィリップ様?」
「一曲、踊ってくれるかな?」
まさか、誘ってもらえるなんて思わなかった。
「え、ええ、喜んで」
次の曲が始まる。
令嬢たちの羨望の眼差しを全身に感じながら、ステップを踏む。
国王と踊ることになるなんて、さっきまでの自分が聞いたらさぞ驚くことだろう。
足を踏まないか、ステップが遅れてしまわないか緊張してしまう。
あら……?
緊張していたのに、身体が軽々と動く。
不思議だ。いつもは自分のダンスがあまりにも下手なことにガッカリするのだけど、今日はとても上手く踊れているように感じた。
あ……。
ふわりと甘い香りがする。
フィリップの香水だろうか。さっきは冬薔薇の香りでわからなかったけれど、いい香りだ。甘いけど、くどくない。爽やかな甘さだ。
「レディ・ローズの力は素晴らしいね。あなたの生み出した花は、とても美しかった」
「ありがとうございます。姉や先祖のように国にお役立てできるような力ではないのが、お恥ずかしいのですが……」
「恥ずかしいなんてとんでもない。あなたの力は人々に癒しを与える。それは我が国どころか、全世界に役立つ素晴らしい力だ。だから引け目など感じないでほしい」
癒しを与える……。
いつも姉や先祖と比べてばかりで、自分の力は役立たずな力とばかり思っていた。でも、そんな考え方があるなんてと驚いた。
胸の中が、ポカポカ温かい。
「その力は、いつから使えるように?」
「正確な年齢は覚えていないのですが、物心がついた頃にはもう使えるようになっていました」
「そんなに幼い頃から使えるのか……」
「ええ、姉も先祖もそうだったみたいです」
「子供は特にその力を喜びそうだ。誰かしら会うたびに、出してくれとせがまれて大変だったのでは?」
「いえ、それがとても気味悪がられてしまいまして、人前では使わないようにしていました」
教会で暮らしていた時、力を見せたことで気味悪がられ、孤立してしまった苦い過去がある。
でも、そのおかげでベルナール公爵家の娘だとわかって、クレトとリアーヌと出会えたのだから、辛かったけれど結果よしだ。
「……ああ、だから」
「え?」
「あ、いや、なんでもない。そんなに素晴らしい力を気味悪がるなんて酷いな……一列に並べて、一人一人説教してやりたいよ」
一国の王が子供を説教するところを想像したら、笑ってしまう。
「ふふ、ありがとうございます」
いつもならダンスをするのに必死で、会話をするのが辛いと感じていたが、今日は全く思わない。
フィリップのリードが上手だから、そう感じるのだろう。
「レディ・ローズは、ダンスが上手だね」
「いえ、フィリップ様のリードがお上手だからです。私はお恥ずかしながら、ダンスが苦手で……いつも足を踏まないようにするのが精いっぱいなんです」
「私もだよ」
「ご冗談を……フィリップ様は、とてもお上手です」
「いや、謙遜ではなく本当なんだ。と言うことは、きっと我々の相性がいいのだろうね。だからお互い上手に踊れると感じるのだろう」
「ふふ、光栄です」
フィリップがこんなに気さくな人だとは思わなかった。
「次に会った時、また花を見せてほしいな」
「ええ、もちろんです」
「ありがとう。とても楽しみだ」
にっこり微笑む彼を見ると、心臓が大きく跳ね上がって、激しく脈打ち始める。
顔が熱いわ……。
胸の高鳴りや顔の火照りは、フィリップとのダンスが終わってからも続いた。
彼と踊った後は他の男性と踊りたくなくて、間もなく帰る時間になるということもあり、化粧室で残りの時を過ごした。
家に戻ってベッドに入ってから、ローズは彼の言葉を何度も思い出して、なかなか眠れずにいた。
『あなたの力は人々に癒しを与える。それは我が国どころか、全世界に役立つ素晴らしい力だ。だから引け目など感じないでほしい』
貴族は社交辞令を使う。
建前と本音は、表情や言い方でなんとなくだけどわかるものだ。
あの時のフィリップの言葉は、心からの言葉だった。
嬉しかった。家族以外にそんな風に言われるのは、初めてだ。
何度も彼の言葉や多くないやり取りを思い返すとますます目が冴えてしまい、ようやく眠りに就いたのは空が明るくなってからだった。
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