契約花嫁は誰のモノにもなりたくない!
極上副社長のひたむきな獣愛
【本体1200円+税】

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●著:あさぎ千夜春
●イラスト:白崎小夜
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-4051-7
●発売日:2021/5/28

俺とお前はこれからは本当の番になるんだ

男女の他にバース性のある世界。女子大生の琴は、家訓によってオメガに性別を変えられた元アルファで、世界有数の製薬会社跡取りである冬司の妻。利害一致した偽の番の二人は、三か月に一度会うだけの清い結婚生活を六年続けていた。
大学卒業を前に琴は冬司に心惹かれながらも彼から離れる決意をする。冬司も彼女の思いを尊重しようと承諾するが、初デートの最中に琴に初めての発情期が来てしまい!?




 琴は、はぁとため息をついて膝の上で握りしめていたこぶしから力を抜く。緊張していたのだろう。汗でびっしょりだ。確認するように何度か握ったり開いたりしている間に気分が落ち着いて、誰かを傷つけようという気持ちは治まっていた。
「──五條さん、ありがとうございました」
 琴はゆっくりと深呼吸をしてから、冬司に深々と頭を下げた。
「は?」
 目の端に浮かぶ涙を指でぬぐいながら、冬司が琴を見下ろす。
「祖母と母はまだしも……椿ちゃんの立場を悪くするところでしたし……何より他人を傷つけるなんて……いけないことでした」
 自分がオメガになるということは何年も前から覚悟していたことだが、やはりいざなってみると動揺していたのだ。これがうちの伝統だからと受け入れる一方で、個人としては消化しきれない憤りを抱えていたらしい。警察沙汰になれば、とりあえず何年かは時間が稼げるのではと考えた自分が情けない。
(短慮だったわ……)
 琴ははぁ、とまた深くため息をつき立ち上がる。
「戻ります」
 政治家か、もしくは政治家に大きく口利きできる地元の有力者か。今日の招待客はそんな相手ばかり選ばれているはずだ。どうにも逃げられないのなら、せめて会場に戻って椿の将来のために有利な相手を選ぼう。
 そう思って立ち去ろうとした瞬間、
「待て」
 それまで鷹揚にベンチに座っていた冬司が立ち上がり、琴を見下ろした。
「え……?」
 目の前で立たれると、五條冬司は想像よりさらに背が高く、山のように大きな男だった。おののきながら琴が半歩下がると、冬司は一歩前にでる。距離が近くなる。
「なっ、なんですか……!」
 声が震える。
 オメガになったとはいえ、一か月前の話だ。発情期を迎えたこともない。だからこの胸の奥で早鐘のように打ち鳴らされる心臓の鼓動は、そういうものではない。わかっているのにドキドキが止まらない。
「琴」
 甘く低い声で冬司が名前を呼ぶ。
「だからっ、なんですかって聞いてるじゃないですかぁっ……!」
 声がひっくり返った。弱い犬ほどよく吠えるというが我ながら情けなくなる。
 だがこの男は危険だ。発情期のオメガどころか、ベータ、そして同じアルファだって惹きつけるような強烈な魅力がある気がする。
(耳を傾けないほうがいいって、わかっているのに……)
 琴は吸い寄せられるように、近づいてくる冬司に見入ってしまう。
 彼の大きな手が琴の頬を撫で、指先が確かめるように輪郭を這い、耳のふちをなぞるのを止められない。
 このまま見つめられていたら、どうにかなってしまいそうだった。頭から丸のみにされるような恐怖を覚えながら琴は冬司を仰ぎ見る。
「あ、のっ……」
 だが彼から告げられた言葉は琴がまったく想像していない言葉だった。
「俺の番にならないか」
「──へっ?」
 驚きすぎて気が抜けた声になった。
『番』というのは、アルファとオメガの特別な関係だ。一般的にわかりやすく言えば、夫婦ということになる。
 バース性が科学的に証明された現在、この国では『結婚』は形骸化していて、入籍というシステムはほぼなくなっている。パートナーシップ制度を使うことで社会的な保障は全て受けられ、それによって夫婦として周囲からは扱われる。苗字をどう名乗るのかも本人の自由だ。
 だがアルファとオメガの『番』は、法律で定められた『夫婦・パートナー』以上の強い関係だ。
『番』になれば、アルファにとってたったひとりの『特別なオメガ』になり、発情期にほかのアルファを誘惑するフェロモンを出さなくなるという利点がある。
 だが琴は今日初めて会ったこの男のことを、まったく信じていない。当然だろう。相手はアルファで、しかも五條冬司だ。
「本気じゃないですよね」
 何か裏があるに決まっている。
 琴は目に力を込め、負けてなるものかと冬司を見上げた。
「ああ……そうだ。お前と本気で番うつもりはない」
 案の定、冬司は長いまつ毛に囲まれた瞳を甘く輝かせて、目を細める。
「正直に言えば、俺は子供が欲しくない。だが周囲は俺にずいぶん前から子供を作れとうるさいんだ。わかるだろ?」
「まぁ……当然でしょうね」
 彼はとても優秀なアルファだ。ただでさえアルファは子供ができにくいのだから、たとえ学生だったとしても、早くから子供を作って優秀な子孫を残してくれと言われるのは理解できる。
「じゃあどうして私を番に……?」
 ちらりと冬司を見上げると、彼はどこか面白そうに琴を見下ろしている。
 琴がどう答えるか待っているようだ。
(なんなの、もうっ……)
 琴は混乱しつつも、頭の中で考えを整理し、はっきりと答えた。
「表向きは番の関係になるけれども、そういう関係にはならない……ってことでしょうか」
「正解」
 冬司はにやりと悪ガキのような笑みを浮かべて、それから琴をまっすぐに見下ろす。
「俺は数か月後、五條製薬の副社長に就任することになっている。世界中を飛び回って日本に帰ってこられるのはせいぜい三か月に一度だ。三か月……この意味はわかるな?」
「オメガの発情期ですね」
「そうだ。その時期、そうやってお前とふたりきりになれば、周囲からはまじめに子づくりしていると思われる。希少なオメガを番にしたとなれば、当分の間は新しい嫁をとれとは言われないだろう」
「えっ、ほかには誰も娶らないんですか!?」
 琴は衝撃で目を丸くした。
(そんなの……おかしいんですけど……!)
 アルファにはさまざまな特権があるが、中でも特徴的なのは、法律で多くの妻をもつことが認められている点だ。
 アルファは多くの子を生すために、番のオメガ以外にも配偶者を得るのが世の常識になっている。
 祖母だって何十年も前には同時に複数の妻や夫をこの屋敷に住まわせていたらしい。結局、母を産んだオメガ以外は数年でお払い箱になったそうで、昔のこととはいえ実にうんざりしたものだ。
「でも……それだと私がたったひとりの正式な妻になるってことになりませんか?」
 オメガを妻にしようなどというアルファは滅多にいない。社会的地位が低いオメガはあくまでも愛人として囲われる。それでもアルファの子を授かることができれば、そのオメガの生活はかなりよくなるらしいが希望的観測だ。とてもあてにはできないし、したくない。
 だが琴の言葉を聞いて、冬司はなにを言っているんだといわんばかりに肩をすくめる。
「当たり前だ。そうでないとお前ひとりしか妻にしないことを他人は納得しない。だから正式に結婚式を挙げて、俺たちの関係を世間に知らしめる」
「なに言って……無理ですよ、そんなの」
 五條グループの御曹司がオメガを正式な妻にするだけでもセンセーショナルなのに、ほかに配偶者をもたないなんて天地がひっくり返ってもありえない。
 冬司は、切れ長の目を細めてゆったりと微笑む。
「『魂の番』は知っているか?」
「ええ。話は聞いたことがあります。特別なアルファとオメガの関係をそう呼ぶのだと……」
 琴はもしやと、イヤな予感に怯えながら小さくうなずく。
 想い人が恋しくて恋しくて。無理に引き離そうとすれば、滅多なことでは病にすらかからないアルファですら気力体力が衰え、オメガは最悪死に至る。どうしようもなく狂おしく愛おしい、理性などなくしてただお互いを強く求めあう。そんな相手を『魂の番』と呼ぶ。
 勿論、琴はそんな言葉を信じていない。いや、信じている者などいないだろう。筆舌につくしがたい大悪人が『魂の番』であれば恋に落ちると言うのか。そんなはずはない。
 人は一目見たくらいで恋には落ちない。心はそう簡単じゃない。
(人が人を好きになるのは、心よ。体じゃないわ。私は獣じゃない……!)
 琴はそんなことを考えながら、冬司を見上げたが、彼はあっけらかんと言い放つ。
「俺とお前は魂の番だということにすればいい」
「……」
 呆れてモノが言えない。アルファの中のアルファと呼ばれる貴公子と、自分が魂の番などと誰が信じるというのだ。
「名案だろう」
 だが彼はどうやら本気でそう思っているらしい。
 どこか晴れ晴れとした表情を浮かべるものだから、眩暈がした。琴はぶるぶると震えながら首を振る。
「無理ですよ……!」
 思わず大きな声がでてしまった。

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