●著:春日部こみと
●イラスト:すらだまみ
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-4064-7
●発売日:2021/8/30
その言葉、お忘れなきよう。我が花嫁
父親と�牴β聖卮涸�定会に全力で挑んで選ばれなかったら後継者として指名する�疚鸞�を交わしたフレイヤ。地元愛が強く父の跡を継ぎ領地経営をしたい彼女は、王太子に相応しい妃を選んでみせる！ と張り切って、自分以外の他の候補の観察を始める。だが手違いで候補の一人に媚薬を盛られ「ああ熱いですね、それにちゃんと濡れている」と、密かに心惹かれていた王太子の近衛騎士ゲイルに抱かれ!?
朝の陽光が、カーテンの隙間から射し込んでいる。
まだほの暗い部屋の中で、その白い光の筋に照らされて、端整な美貌が浮き上がって見えるのを、フレイヤは夢うつつにぼんやりと眺めた。
「……ゲイル様……？」
「おはようございます、フレイヤ」
いや、そんないい笑顔で挨拶をされても、と、まだ覚醒しきっていない頭でフレイヤは思う。
確認のために、頭の下の枕をぎゅっと掴む。――うん。やはりここはベッドだ。そして自分は今眠りから覚めたところ。つまり早朝である。
「……早朝から淑女の寝所に襲撃をかけるなんて……紳士のすることではありませんわ」
まだ頭が半分寝ぼけているせいか、少々婉曲な指摘をしてしまった。紳士とか以前に、もっと言わなければならないことが山ほどある。
するとゲイルは笑顔のまましれっと言い放つ。
「私は紳士ではないので構いません」
なんだと。そこは紳士でいてください。
「あの、ゲイル様……本当に、何故こんな朝早くから、こんな場所にいらっしゃるの？」
こんな場所――フレイヤのベッドに腰かけ、ゲイルは彼女の上に覆い被さろうしているのである。
「私の眠り姫を、キスで起こして差し上げようと思いまして」
「いえ、あの、冗談を言っている場合ではなくて……あっ、あの、ゲ、ゲイル様！ ちょっとお待ちくださいませ……！」
フレイヤの質問を無視して顔を近づけてくるゲイルを、フレイヤは腕を突っ張って必死に遠ざけた。間近でこの顔を凝視してはいけない。フレイヤはこの顔に弱い。この顔で迫られて、拒めたためしがないのだから。
「フレイヤ。どうか私を見て」
耳元で落ち着いた低い美声に囁かれ、フレイヤはぐう、と奥歯を噛み締める。フレイヤはこの顔だけではなく、この声にも弱い。顔も声も、全部、大好きすぎるのだ。ちくしょう。
「フレイヤ……。私に触れられるのが嫌ですか？」
沈黙すると、ゲイルが悲しそうな声で問いかけてきた。
「い、嫌ではありませんわ……！」
嫌なわけがない。愛する人にキスを迫られて、嫌だと思うわけがない。だが、よく考えてほしい。何度もしつこいくらい言ってきたではないか。自分達は今、禁忌の関係なのだと。バレたら最悪殺されるかもしれないというのに、どうして我慢ができないのだ、この男。
「フレイヤ……」
大きな手がそっとフレイヤの顎に添えられ、軽く持ち上げられた。
「ゲ、ゲゲゲゲイル様っ！ いけませんわっ！ わ、わたくしは、王太子殿下の花嫁候補としてここにいるのです！ 殿下の近衛騎士でいらっしゃるゲイル様と、このようなことは……してはならないのですわ！」
何度目かも分からないフレイヤの説教にも、ゲイルは困ったように笑うだけだ。
「あなたは王太子妃になるおつもりはないと仰ったではないですか」
「ええ、その通りですわ！ わたくしのことはいいのです！ 問題は、もしわたくしとこんなことをしているのがバレたら、殿下の近衛騎士であるゲイル様が罰されてしまいます！ そんなことになったら、目も当てられませんわ！」
本当に、もう何度も何度も説明してきたというのに！ と怒り半分で言い切って、フレイヤはゲイルをキッと睨んだ。
「だから、絶対にいけません！ どうかお離しになって！」
だがフレイヤの精一杯の怒り顔にも、ゲイルはフッと鼻を鳴らす。
「ゲ、ゲイル様っ……！」
「フレイヤ。絶対にいけないことなど、この世には存在しないんですよ」
ゲイルは嫣然とした笑みを浮かべてそう言うと、あっさりとフレイヤの唇をキスで塞いでしまった。
「ンん〜！」
こうして散々フレイヤの唇を貪った後、ようやく満足したのか、ゲイルはくったりとする彼女を解放してこう宣った。
「さて、朝の散歩と参りましょうか」
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