実は御曹司の弊社CFOに溺愛されている件について
【本体1200円+税】

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●著:加地アヤメ
●イラスト:敷城こなつ
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-4071-5
●発売日:2021/11/30

名前呼んでくれないのなら、キスするけど

入社四年目の円加は退勤後、実家の豆腐屋を時々手伝っていたが、ある日上司であるCFO(最高財務責任者)、多田一路がその店にやってきた。円加の実家を探してきたという彼は、その後もたびたび豆腐屋に現れ商品を買っては、円加を口説いてくる。「可愛いなあ。冗談じゃなく君を食べてしまいたい」イケメンで優しい多田を嫌いではないけれど、上司と部下の関係が変わる事にとまどいを隠せず!?




「私……多田さんと一緒にいるのが、楽しいです」
「宇佐美さん」
「純粋にどうなりたいかを考えたら、これが真っ先に出てきちゃって。私、これからも多田さんと同じ会社で働きたいし、一緒にご飯も食べたいし、こうやって散歩したりしたいです。だから、私……多田さんとお付き合いがしたいです。愛情の量も、今は正直言って多田さんから多くいただいている状態かもしれません。でも、私もそのうち、多田さんに負けない位の量を……と、思って、います……」
 先のことはよくわからない。でも、多田さんになら可能性はある。
 衣擦れの音と共に、多田さんが身を乗り出した。
「いいの? 本当に?」
 珍しく多田さんの目は笑っていない。本気だ。
 それに私は深く頷く。
「……はい。いいです」
 決めたことだ。女に二言はない。
 とはいえ、男性に告白したのなんかいつぶりだろう。恥ずかしくって顔から火が出そうだ。
 ――ああああ。もう、なんか全て投げ出してここから全力ダッシュして家に帰りたい……
 でもそれは、多田さんが許してくれなさそう。というか、すでにもう手を握られている。
 笑顔になった多田さんは、天を仰ぐと大きく息を吐き出した。
 そして私を見つめくしゃっと表情を崩した。
「ありがとう宇佐美さん。やばいな、俺今めちゃくちゃ嬉しくて、どういう顔をしたらいいのかわからない」
 今の多田さんは、これ以上ないほどの笑顔。それと、顔全体がうっすら赤い。耳も。
 ――この人でもこんな顔することがあるんだ。
 驚いて多田さんの顔をじいっと見つめる。それを彼は、大きな手のひらで遮った。
「ちょっと……そんなに見ないで。さすがに恥ずかしい」
「だって、こんな顔する多田さんレアだから……記憶に焼き付けておかないと」
「やめてくれ」
「あの、多田さん。散々私に甘い台詞吐きまくったくせに、そんな風に照れるのやめてくださいよ……」
 なんて言ってみたものの、私も顔がにやけてしまいそう。
 多田さんは私の手を両手で包み、ぎゅっと握り直す。
「じゃあ……今から円加って呼んでもいいかな」
 多田さんが私の方へ体を向ける。
「あ、はい。どうぞ」
 何の気なしに返事をしてすぐ、多田さんが私の名を口にした。
「円加」
 その瞬間、全身の毛穴という毛穴から蒸気が吹き出そうになった。
 ――や、やば……めっちゃ照れる……
 名前なんか家族にさんざっぱら呼ばれているし、家族の前では彼にも名前で呼ばれていた。だから、今更誰に呼ばれたって平気だと思っていた。でも、多田さんに名前を呼ばれるのは全然違った。
 普段会社で名字を呼ばれるのとは全く違う、甘い声音。きっと、恋人を呼ぶときだけの特別なものだ。
 それが自分に向けられていると実感した途端、恥ずかしくてじっとしていられない。
「あれ。円加……どうした?」
 もじもじしているのに気づかれた。
「ど、どうしたじゃないですよ……そんな甘い感じの呼び方、反則です……」
「普通に呼んだだけなんだけどな」
 ――どこからどう聞いても普通じゃなかったですよ……
 顔を赤らめていると、手を離した多田さんがベンチから立ち上がった。腰に手を当て、遊具で遊んでいる家族連れを見つめている。
「はー……やっぱり今日、円加のところに来てよかった。本当はこのまま円加を連れてどこかに行きたいところだけど、ご家族が心配しているだろうし、家に帰ろうか。送るよ」
「あ、は……」
 はい、と言いかけて我に返る。確か私は、多田さんを送るために家を出たはずでは。
「あの、私が多田さんを送っている最中なんですが」
 冷静に頭を働かせながら立ち上がると、多田さんがクスッと笑った。
「実は俺、今日車で来てるんだ。でも、円加と二人きりになりたかったから君の好意に甘えさせてもらったわけ。ちなみに車は、君のご実家近くのパーキングに停めてある」
 明かされた事実に、口をあんぐりさせる。
「ええっ!? な、なにそれ……っ。だったらもっと早く言ってくださいよ!!」
「ごめん。だから改めて家まで送らせてください」
 申し訳なさそうに、だけど笑いを噛みしめながら、多田さんがまた私の手を握った。でもそれは、さっきまでの握り方と違う。指を絡めて握られると、恋人であることを実感して体がカーっと熱くなってきた。
 ――あ……や、やば……
「円加の手、柔らかいな」
 感触を確かめるように指を動かされると、こっちは恥ずかしくてどうしたらいいかわからなくなる。手に汗を掻きそうだ。
「ちょ……、た、多田さん……」
「一路」
「へ」
「恋人同士になったことだし、名前で呼んでくれないかな。ほら、一路、って」
 満面の笑みで、多田さんが腰を屈め私の顔を覗き込んできた。
「ほらって……そんな、急に……」
「名前呼んでくれないのなら、キスするけど」
「……そ、それは……」
「あ、ダメだな。俺、今、円加にキスしたくてたまらない」
「え……あの……」
「してもいい?」
 確認している段階なのに、すでに多田さんの顔が少しずつ近づいてきているような気がする。
「ちょ、ちょとま……」
 待って、と言うも彼の顔は目の前にある。
「待てない」
「か……」
 一路さん、と名前を口にしようとしたら、それを彼の口が飲み込んでしまった。
 付き合うことが決まってから数分も経たないうちに初めてのキス、である。
 ――……!! きゃ、きゃあああああ!!
 心の中で人生最大の悲鳴を上げた。あの多田さんと私が、真っ昼間の公園で人目も憚らずにキスをしているなんて信じられない。

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