王族との結婚はもうNGです!
婚約破棄された家出令嬢が王弟殿下に溺愛されるまで
【本体1200円+税】

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●著:佐木ささめ
●イラスト:すがはらりゅう
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-4079-1
●発売日:2022/2/28

ああ、やっと君に触れられる

一方的に王太子に婚約破棄され、王家から望まぬ縁談まで押しつけられた公爵令嬢クリスティーンは家出をする。出奔先にて謎の貴公子マーカスに助けられ身分を隠し侍女になると、剣の腕も交渉事にも優れた彼は、彼女を溺愛し時折触れてくる「もっと君に触れる許しがほしい」求婚までされ想いを通じ合わせるも、実家からの追っ手が迫って!?




「ありがとう……。ちょっとここに座ってくれ」
 マークが座っているソファの座面を軽く叩く。横に座れと言っているようだが、クリスティーンは戸惑ってしまった。侍女は主人と同じソファに座れない。
 だが、もともとマークは従者との距離が近い人だ。
 ――命じられたのだから、いいわよね。
 おそるおそる彼の隣に腰を下ろした。マークは自分で顔を拭くと、さっぱりとした表情でクリスティーンに話しかける。
「悪いけど、君を解雇することにした」
「えっ! どっ、どうしてですか!? 私が何か不敬なことを……」
 心当たりがありすぎてクリスティーンは蒼白になる。いくらマークが気安いとはいえ、主人に私物を探させたり、抱き上げて部屋に運んでもらったりと甘えすぎた。
 反省するクリスティーンだが、マークはすぐに「違う」と強く否定してくれた。
「侍女ではなく私の恋び……客人としてあつかいたいんだ」
 クリスティーンの脳内で、疑問符が華麗なステップを踏んで踊り回った。
「あの、意味が分かりません。私はマーク様に旅の安全を保障してもらうかわりに、侍女としてお仕えするお約束だったはずです」
「うん、まあ、そうなんだけど……」
 マークが気まずそうにうなじを撫でる。クリスティーンは無意識に彼との距離を詰めて、秀麗な容貌を間近で見上げながら祈るような姿勢になった。
「私の何がお気に召しませんでしたか? どうか遠慮なくおっしゃってください。マーク様が納得するまでご奉仕します」
「待ちなさいっ、その言い方は駄目だ、男に使うなっ」
 マークがうろたえたように後ずさり、二人の間にある距離を開ける。まるでクリスティーンを拒絶するかのような態度に、彼女は心臓が痛むほどショックを受けた。
 昨日は腕を組んだり涙を拭いてくれたり抱き上げられたりと、親密な関係だったのにいきなり突き放されたみたいで泣きそうになる。
 悲しげにうつむくクリスティーンに気づき、慌てるマークが自ら開けた距離を詰めてきた。
「クリス、私は君が気に入らないとかではなく、主従関係を解消して対等な関係になりたいんだ」
「……ですが私は家を出た以上、身分は平民になっています。マーク様とは釣り合いません」
「まったく、全然そんなことないから。とにかく今後は君を旅の同行者として扱うと決めた。侍女の仕事はやらなくていい」
「では、私は何をすればよろしいのでしょうか?」
「私の話し相手でもしてくれ」
「それは……今までとたいして変わらないような……」
 侍女の仕事をするとき以外は、ほぼマークのそばにいた記憶がある。彼と街歩きをしたり、彼が旅をしてきた話を聞いたり、ときには一緒に射撃訓練をしたり。
 しかしマークは頑なに、「侍女は廃業!」と考えを変えてくれない。いったい昨日の今日で何があったのだろう。自分をそばに置く以上、存在が迷惑というわけではないだろうに。
 しょぼん、とクリスティーンが肩を落とすと、マークの手が頭頂部を優しく撫でてくる。その手つきが今までと変わらないから、少し気持ちが浮上したクリスティーンは彼をそっと見上げた。自覚していないが、上目遣いで目をうるうるさせている。
 その破壊力にぐっと衝撃を受けるマークは、とっさに顔を背けて肺を空にするほど大きく息を吐いた。そしてクリスティーンに向き直ったとき、端整な顔には緊張が帯びている。
「クリス、これからは私を……マーカスと呼んでくれ」
「マーカス様、ですか?」
「ああ。事情があって家名を名乗ることはできないが、名前だけは本当の名を呼ばれたい」
「……はい。分かりました、マーカス様」
 マークという名前は偽名だろうと思っていたため、本名を教えてくれたことが嬉しかった。彼との間にある壁が一つ崩れたように感じて。
 それが顔に出たのか、クリスティーンの口元に柔らかい微笑が浮かび、明るい表情になった。その愛らしい様子を見つめるマーク、いやマーカスは、目元を赤く染めて自身の首筋を撫でる。
「……私の名前は、気にならないか?」
「えっと、気にならないとは?」
「たとえば、嫌なやつとか会いたくない男と同じ名前だとか……」
 クリスティーンは宙を見つめ、マーカスという名前を持つ知人を探してみる。珍しい名前ではないものの、該当する人物はいなかった。
「いえ、私の知り合いに同じお名前の方はいらっしゃいません」
「そっ、そうか。そうなのか……」
 マーカスは気まずそうな、複雑な顔つきで視線を横に逸らした。
 なんだか今日の彼は昨日までの彼と違うような気がする。主人としての威厳が崩れて、挙動不審なのだ。寝起きだからかもしれない。
 そこでクリスティーンはあることを思いついた。
「マーカス様、今まで申し訳ありません」
「ん? 何が?」
「私も偽名を使っていたのです。本当の名前はクリスティーンと申します」
 ぎくっとマーカスが大きな体を揺らし、「クリスティーン……」と小声で呟く。
「はい。でも家族や友人からはクリスと呼ばれていたため、これからもクリスとお呼びください」
 彼に嘘をつくことに心苦しさを感じていたため、その疚しさが一つ減って気持ちが軽くなった。
 マーカスは、輝くような笑顔のクリスティーンをまじまじと見つめ、やがて片手で双眸を覆う。その頬や耳が赤いことに気づいた彼女は目を丸くした。
 ――えっ、もしかして照れてる? 
 今の会話で照れるところがあっただろうかと疑問に思う。それでも自分よりだいぶ年上の男の人が、こうして赤くなっている姿に胸がきゅんとした。
 ――マーカス様、可愛い……
 男の人でたくましくて頼りがいがある人なのに、すごく可愛いくて抱き締めたくなるほどだ。クリスティーンもまたマーカスの感情が移ったのか、照れまくって自分の熱くなった頬を両手で包み込んだ。

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