●著:朱里 雀
●イラスト:白崎小夜
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-4095-1
●発売日:2022/9/30
可愛いからもう黙れ
「こんにちは、私は間諜です! 仲良くしてください!」騎士団と反目する教会の間諜だと、なぜか自らバラす元聖女のアリアは、騎士団長グレイグの呪いを呪文で緩和することを条件に監視生活を楽しむ日々。「駄目じゃねぇだろうが。甘えた声出しやがって」世話を焼いてくれ、頼りがいがある彼に少しずつ惹かれていくアリア。グレイグとは本来敵同士なのに、芽生えた淡い恋心に気づいてしまい―!?

多くの人がグレイグが呪われていると知ると、恐れるか、憐憫のまなざしを向けてきた。
だが、アリアはそのどちらでもなく言葉を続けた。
「あなたは呪いを受けた後、表面上は普通に過ごしている。だけど、呪いは終わることなく体内で今も燻っている。そしてそれは死ぬまで終わらない」
「おい、いい加減にしろよ」
団員の一人が静かに声を上げた。
激怒しているのだ。
死ぬと知っている人間に、お前は苦しんで死ぬのだと突きつける行為は仲間を激高させるには充分で、声を荒げていないからこそ、その怒りの深さがわかる。
抑えろと視線を送るが、あまり長くはもたなさそうだ。
「その上、他者に触れられると火傷を負わせてしまうから、誰とも触れ合えない。一生を孤独に生きるしかない。そうですよね?」
自分に向けられている怒気を感じていないわけがないのに、それでも止めるつもりはないようだ。
「そうだ。納得したなら帰れ」
王に、己の未来を賭けたことに今も後悔はない。
平民の出である己が第七騎士団の団長の要職に就けたことといい、確実に着実にこの国は変わりだしているのだから。
機嫌が悪いことを隠さず、睥睨するグレイグに対し、アリアはしっかりと見返してきた。
「私、これでも一応、女神聖愛教団では聖女をしていたんです。今は下っ端になっちゃったんですけどね。だから、その呪い、緩和してあげられますよ」
そう言うと、肩に乗っていた子鼬をむんずと掴んだ。
「おい、その持ち方はかわいそ……」
そして、今度こそアリアはグレイグの服を捲った。
「まずはお試しをっ!」
「やめろっ!」
しかし、アリアは注意など耳に入らないかのように、掴んだ子鼬をグレイグのむき出しの胸に叩きつけた。
グレイグの懸念を他所にアリアの手と子鼬が焼ける音はしなかった。
それどころか、アリアの足元から空気が動き始める。
風が起こり、旋回し、栗色の毛が光を受けて輝き、たなびく。
聖女。
女神聖愛教団に所属する癒やし手の中で、たった一人に授けられる称号。
教団とは距離を置いているため、名前も顔も知らなかった。
だが、確かに大きな力の波動を感じる。
「癒やしの力は愛の力! アイアイアイアイ愛こそ力っ! あなたの心を癒やしてドッキュン!」
「…………は?」
神秘的な空気が一転した。
一体、何を言ったのだろうか。
片目まで軽く瞑るお茶目さまで見せつけられ、いよいよ状況について行けなかった。
「これが業火の呪い。流石に強力ですねぇ」
その言葉とともに、グレイグの心臓は波打ち、体内に張り付いていた重い枷が緩くなるような感覚がしはじめる。
そうだ、子鼬はまるで魂が抜けたかのように力なくされるがままでいる。
いや、違う、今グレイグの体内にいる。体内で呪いと戦っていたのだ。
アリアが偉そうに、口角を上げ、顎も上げ、グレイグから手を離した。子鼬が再び動き出し、手を伝って、その華奢な肩の上に戻っていく。
「どうです、少しは楽になったでしょう? 本当はご唱和いただいたほうがいいんですけど今回は初回なので」
そう言うとアリアは、自信満々とばかりにソファに座り直して足を組んだ。
ついでに乱れた髪も後ろに払い、どうだまいったかとでも言いたげな表情をしている。
やはり、おおよそ教団の人間らしくない。
恐る恐る、ステファノが人差し指でグレイグの頬に触れた。
「……熱いが、触れる」
ほかの団員もグレイグに触れだした。
「本当だ、触れる」
「うそ、団長に触っても火傷しないだなんて!」
「うおおおお! だんちょ――!!」
次々に団員達に抱きつかれ、グレイグは埋もれた。
「お前ら重い」
久々に感じた仲間の体温は心地よく、口では嫌がりながらも気分は良かった。
そして、格段に体調もよくなっている。
常に感じていた重苦しい熱がやわらいでいるのだ。
全快とは言えないが一挙手一投足に痛みを感じ、それを気づかれないよう平然としなければならなかったのが嘘のように体が軽い。
泣きながら強い力で抱きついてくる団員を一人ずつ引き剥がし、グレイグはアリアの向かい側に座り直した。
「楽になった。ありがとう」
「あなたに癒着している呪いを少しだけ剥がしてさしあげました」
得意気に微笑むアリアに若い団員がお茶を出した。
ステファノの指示だろう。
甘いもの好きのステファノがいつも隠し持っている甘すぎる菓子が添えられている。
「君はすごいな。こんなに優秀な術者は初めて見たよ」
ステファノもまたアリアの向かい側に座りだし、微笑みすら浮かべて褒めた。
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