うちの義父様は世界を破滅させた冷酷な魔法使いですが、
恋愛のガードが固いです!
【本体1300円+税】

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●著:藍杜雫
●イラスト: 天路ゆうつづ
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-4100-2
●発売日:2022/12/28

もう俺のおまえを誰にも渡したくない

破滅の魔法使いと恐れられるルキウスの城へ、親類から棄てられたクロエ。しかしルキウスは彼女を養女にして育ててくれた。クロエが年頃になると、よい相手を見つけろと言ってくるルキウスだが、彼を好きなクロエは魔女に頼み、自分を別人に見せる魔法でルキウスを誘惑し愛し合う。「まだ終われそうにない。このまま朝までつきあってくれ」普段と違う彼の顔を忘れられないクロエは、再び魔法を使い!?




「ここがヴァッサーレンブルグの魔法使いの城だと知っていて、盗みを働いているのだろうな?」
 背の高い姿に前に立たれると、叔父と従姉妹の姿が見えなくなる。
 威圧する城の姿も見えなくなる。
 詰問する声は怖かったのに、十字架をとりかえしてくれたという事実が眩しくて、恐怖を忘れてしまっていた。
 そこには貴族的な顔立ちをした青年が立っていた。
 後ろをリボンで束ねた白金色の髪は、縁飾りのついた濃紺のローブによく映えて、月の光のように美しい。
 すっと整った高い鼻梁に、青ざめていると思うくらい透きとおった肌。
 見上げた横顔は作りものめいているほど、整っている。
――すごく、きれいなひと……。
 傲慢に人を見下すような表情だったが、クロエに対して向けられていなかったせいだろう。不思議と怖くはなかった。
「ひっ、白い悪魔……災厄の魔法使いだ……ッ!」
「ば、バカもの。公爵殿下と言え! 公爵殿下と……その、その娘は古い盟約に従ってギーフホルン伯爵領から差しだす使用人です。どうぞお納めください……焼くなり煮るなり、お好きにどうぞ」
 叔父は早口に用件を伝えると、いち早く逃げだそうとした御者を追いかけて、馬車へと逃げこんだ。自分の愛娘を置きざりにするほど、魔法使いが怖かったらしい。
 メルセデスの手首を掴んだ魔法使いは、クロエに向かって、じろりと氷のような目を向けた。
「この娘はどうする? ここでは盗人は手首を切ることになっている」
 それは古くからよくある盗人への刑罰だった。手には手を歯には歯をという相応の罰より重く、メルセデスが「ひぃっ」と引きつった声を上げる。
 血も涙もない冷酷な魔法使いという噂は本当のようだ。
 腕を掴まれたメルセデスの顔は蒼白になっていた。
 メルセデスに恨みがないと言えば嘘になる。
 でも、それ以上に、目の前で他人の手首が切られるのが怖かった。年が近いメルセデスの手が切られるのは、自分の手まで痛くなる気がする。クロエはぶんぶんと勢いよく首を振った。
「あの……十字架を返してもらえれば……それでいいです。罰は……いりません」
 形見の十字架をぎゅっと握りしめたクロエは、か細いながらもきっぱりとした声で告げた。
 魔法使いはクロエの言葉を受け入れてくれたのだろう、表情ひとつ変えずに手を放した。どさり、と土の上に落ちたメルセデスは、がくがくと震えながら叔父のいる馬車へと逃げていく。
 当然と言えば当然なのだが、クロエを置きざりにして、伯爵家の馬車は城門から逃げるようにして出発してしまった。街へと向かう狭い山道をいきおいよく下っていく。
「おまえも家に帰るがいい」
 その人は長いローブの裾を翻して立ちさろうとした。はしっと裾にしがみついてしまったのは、自分でもとっさのことだった。
 魔法使いが肩越しに振り向く。
「ま、待ってください。家はなくて……帰る場所はないんです。掃除でも水汲みでもなんでもします。どうか城の片隅においていただけませんか?」
 叔父に連れてこられたからには、もう伯爵家の屋敷には戻れない。かといって、ほかに行く当てはない。
 雪解けになったとは言え、このあたりは寒い。外で寝起きして、子どもがひとりで生きのびるのは難しいだろう。
 必死だった。さっきメルセデスの腕を掴んでいたときは冷酷な魔法使いだと思ったのに、なぜ子どもの訴えを聞いてくれると思ったのだろう。
 クロエ自身、自分の行動の意味をわかっていなかった。
 しかし、彼は意外にもクロエの訴えを考慮してくれているようだ。白金色の髪をかきあげた魔法使いは考え考え、言った。
「魔法使いの城が怖いのではないのか? 震えているぞ」
 その指摘に、はっと自分の手足を見る。確かにクロエの手と足はぶるぶると震えていた。
 怖いか怖くないかで言ったら、怖い。
 でも、魔法使いに対する怖さと、両親を失い、血縁の叔父からも見捨てられた寄る辺なさのどちらがより怖かったかと言うと、後者だ。だからこそ、魔法使いのマントを掴んだのだろう。
 なにかしっかりと掴めるものが、そのときのクロエは欲しかったのだ。
 それに、クロエが恐いのは、正確には魔法使い自身じゃなかった。
「だ、だって……お城がわたしの上に落ちてきそうで……」
 半泣きで頭上に聳える城が怖いのだと訴えると、魔法使いは驚いた顔をして、天空を仰いだ。
 森のなかに突き出た岩山、そのまた先端に聳える城は、わずかでも均衡が崩れたら落ちてきそうな危うさがある。
 その目も眩むような高さが、細長い尖塔がなにより恐い。
 八才の子どもにとって、それは理屈ではなかったのだ。
「あの城は、私の……魔法使いルキウスの魔力が尽きないかぎり崩れることはない。おまえの上に落ちてくることもない。だから、安心して去れ」
 冷たい言葉を吐いているはずなのに、その相貌はクロエがいままで見た誰よりも美しかった。
 目の前できらきらと星が散って、魔法使いの顔を見つめてしまう。
 あとから思えば、その瞬間に、もうクロエは恋に落ちていたのだろう。
 魔法使いの顔を、もっともっと見ていたいという気持ちが生まれていた。
「城が……城が落ちてこないなら……なおさらお願いします。どうか働かせて……ください……」
 怖い魔法使い相手に、なにを言っているのだろうと言う自覚はあった。
 でも、メルセデスと叔父の嫌がらせに耐えてきたクロエにとっては、目の前に立つ綺麗な人に訴えるのは怖くなかった。
 むしろ、この人のそばにいたいと思ってしまうほど、その存在に引きつけられていたのだ。
「……子どもがやる仕事などないと思うが……まぁいい。ヘルベルト」
 魔法使いが名前を呼ぶと、先ほどの品のいい青年が胸に手を当て、頭を下げた。
「はい。なんでございましょう」
「この娘の部屋を用意してやれ。人間の世界のことは、おまえに任せる……子ども、名前は?」
 問われてクロエはぱちぱちと目をしばたたいた。
「クロエです……クロエ・アマーリエ・フォン・ギーフホルンと申します。あの、ここに……いてもいいの?」
 不安げに見上げながらも、魔法使いのマントをしっかりと掴んだままだ。
「気が変わったなら、いつでも去っていい」
「か、変わりません! いさせてください……お願いします!」
 クロエは魔法使いの台詞を遮るように声をはりあげる。
 すると、目の前を黒い影がひゅっとよぎった。
 とっさに身構えたが、空中に浮かんでいたのは、翼を持った黒い猫だった。
 驚いたのと興味を引かれたのとで、しっぽに触ろうと手を伸ばしたが、
「しっぽはやめておけ」
 と魔法使いにたしなめられた。
「これは翼猫のザザだ。普通の猫と同じで、しっぽをつかまれるのは嫌がる。人間だって、初対面の相手から嫌なことをされたら、その相手を嫌いになるだろう?」
 諭すような声に小さくうなずく。
 こんな教えを受けたのは、両親が亡くなって以来、初めてのことだった。それでクロエはつい、魔法使いをまじまじと見て、こう思ってしまったのだ。
――まるで、父さまとお話をしているときみたい……。
 ギーフホルン伯爵だった父は体こそ弱かったが、博識で物静かな人だった。
 よく物語をよく語り聞かせてくれて、教訓を与えてくれたこともあったから、その姿が魔法使いと重なったのだろう。
「あの……義父さまって呼んでもいい?」
 まだ人恋しい子どもにとっては、自分といっしょにいてくれる存在は親くらいしかいない。
 親戚はメルセデスや叔父の睨みひとつで遠のいてしまった。クロエを救ってはくれなかった。
 だから、自分の居場所を作ってくれるのは、父か母しかいないと思っていたのだ。
 魔法使いはクロエの提案に驚いた顔をしていた。
 驚いて、なにかを言いかけて結局のところ、
「わかった」
 というぎこちない返事をくれた。
 ふわりと、魔法使いの腕に抱きあげられる。
 背の高い青年の腕に座るようにして収まると、魔法使いの氷のような瞳と視線が絡んだ。
 同じ目の高さで見ると、なおさら、魔法使いの顔が整っているのがよくわかる。美しい顔に笑みが浮かんでいたわけじゃないし、声音は堅苦しいままだった。
 それでもなぜか、クロエの心臓はとくん、と甘く跳ねて、ルキウスの氷のような瞳に見入ってしまった。
「私はルキウス。ヴァッサーレンブルグ公爵にして破滅の魔法使いと呼ばれるものだ。魔法使いの娘になる覚悟はできているか?」
 使用人なら「ご主人さま」と呼んだほうがいいのだろうか、などという考えはなぜか浮かばなかった。
 どんな気まぐれだったのかはわからない。
 でも、魔法使いルキウスはクロエに部屋を与えてくれて、あたたかい風呂に入れてくれた。

――その日から、魔法使いの城はクロエの家になったのだった。


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