●著:火崎 勇
●イラスト:池上紗京
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-4047-0
●発売日:2021/3/30
転生サクセスストーリー♡
元キャリアウーマンが侯爵令嬢に!?
前世はバリキャリ商社OLだった侯爵令嬢アンジェリカ。転生後も働きたい彼女だが、親からは許されない。身分と美貌を隠し王宮で侍女を務めるも、有能で美しい第一王子ルークに才能を知られて強引に部下にされる。「王子に見初められるのは面倒か」恋愛は面倒で仕事の方が大事と思っていたのに、理想の上司である彼に頼られるうちに恋を意識しはじめ!?

「お二人様でございますか?」
あらやだ、後ろから来た人と一緒にされちゃったわ。
「いいえ……」
「ああ。そうだ。個室を頼む」
……え?
ちょっと待って、連れなんかいないわよ。新手のナンパ? タカリ?
ここははっきり『困ります』と言わないと、と思って振り向いた私は固まってしまった。
「ほう、一目でわかったか」
にっこりと微笑む青い瞳。
髪は金髪になっているけれど、数日前に同じようなシチュエーションで微笑まれ、鑑賞用だからと心に刻み込んだ顔だもの。わからないはずがないわ。
なんでここに変装したルーク王子がいるのよっ!
「……おたわむれを」
青ざめながら言うと、彼は私の腰に手を添えた。いかにも『連れです』の証明をするかのように。
「戯れではない。一緒に昼食を摂ろうというだけだ」
「ここはカフェですから、軽食しかありませんわ」
「しっかりしたものが食べたいのなら、私の行き着けの店へ行こうか?」
それって王室ご用達ってこと? そんなとこ行ったら、王子の正体はバレなくても私の正体はバレてしまうかもしれない。もう黒縁眼鏡じゃないんだもの。
侯爵家の令嬢と王子が二人揃って変装して連れ立っているなんて、とんだスキャンダルだわ。
「……いいえ、ここで」
「そうか。では案内を頼む」
私達の様子を窺っていた差配の者は頷いて、「ではこちらへ」と二階への階段を示した。
一階はオープンな、高級だけれど普通のカフェだったのだが、ルーク様の言葉を受け入れたということは個室?
でも何で?
どうしてこんなところで、私がルーク様と個室に入らなければならないのよ。
案内されている時も、ルーク様は店の者に部屋の注文を出していた。
「込み入った仕事の話があるので、隣は空けてくれ。その分の代金も払おう」
仕事の話、と言ってくれたのはありがたい。男女が個室で、とあらぬ疑いを受けなくて済む。まあ、カフェの二階でいかがわしいことなんてあり得ないんですけど。
いえ、それ以上に、冷静に考えればルーク様が私に何かするようなことが考えられないわね。
仕事ってことは、弟王子達のことかしら?
あの謎解きのことで、注意を受けるのかしら?
通された部屋は、二階の一番奥の部屋で、二人用にしては広かった。
テーブルが大きいので、向かい合って座ると距離ができて少し落ち着く。
「好きなものを頼め」
「あの……、あなたは?」
王子を『あなた』と呼ぶのは気が引けるけれど、『殿下』とも『ルーク様』とも呼べないのだから仕方がない。
「私は甘いものはいらないから、食事を頼む。だが君は甘いものが食べたくてここを選んだのだろう? 遠慮はしなくていい」
「……わかりました。では遠慮なく」
ビクビクしていては、その方がおかしく思われるわ。
仕事の話をする二人、だもの。ここは遠慮なくいきましょう。
私は軽食と、ケーキに紅茶を頼んだ。彼も軽食に、ワインを。まっ昼間からワインなんて前世なら眉を顰めるところだが、ここでは男性としては嗜みなので見逃す。
私が頼んだものはサンドイッチのようなものだが、彼が頼んだのはスモーブローのようなもの。話の邪魔をされたくないからと言ってあるのでケーキも先に運ばれてしまう。
テーブルの上、全てが整えられるまで、何かマズイことをいったら大変だと、私は微笑んではいたけれど口は開かなかった。
給仕が終わり、メイドが一礼して出ていくと、ようやく顔から張り付いた笑顔を外した。
「いつもの眼鏡よりそちらの方がいいじゃないか。どうしてあんな年寄りのようなものを掛けてるんだ? 今日からそれにしたのなら、そっちの方がいいぞ」
大きいと思っていたテーブル越しに身を乗り出した彼が手を伸ばし、私の眼鏡を取った。
「あ」
「度が入っていないな」
「返してください」
片手で顔を隠しながら、もう一方の手を差し出す。
「外した方が美人だ」
「ありがとうございます。でもいいから、返してください」
すぐに返してくれたので、すぐに掛け直す。
「何の御用なのでしょう。仕事ということでしたが?」
「私にエスコートされて個室に入ったのに、口説かれてると思わないのか?」
……誰よ、これ。
「王子妃にしてくださいと頼むチャンスだろう」
にやっと笑う顔は、私の知ってる鑑賞用の王子様じゃない。だって、『にやっ』よ、『にこっ』じゃないのよ。
「ご冗談を。侍女ごときが殿下のお情けを受けられるなどと思い上がったこと、考えたこともございませんわ。まして王子妃などという野望、抱くわけがないじゃありませんか」
「身分が違う、と?」
「よくおわかりで」
「そう言うか」
また悪そうな笑み。
それも魅力的ではあるけれど、自分に向けられているかと思うと背筋が凍る。
☆この続きは製品版でお楽しみください☆