【2月28日発売】悪役令嬢!? それがどうした。王子様は譲りません!!【本体1300円+税】

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●著:月神サキ
●イラスト: なおやみか
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4815543587
●発売日:2025/2/28


私を本気にさせて悪い子だね


 公爵令嬢ローズマリーは自分が乙女ゲームの世界に転生し
たことに気づく。前世の最推しは婚約者である王太子ヘル
ムートだったが、今の彼女は彼に振られる悪役令嬢。それ
でも諦めず決末を変えるため奮闘する彼女だが手応えを掴
めないまま、ついにはヒロインまで登場する。「もうずい
ぶんと前から私は君の虜だよ」絶体絶命かと思われた時、
思わせぶりだったヘルムートが態度を変え溺愛してきて!?





第一章
それは私――ローズマリー・ウェッジウォードが九歳の時だった。
赤とピンクで統一された自室、そのソファでお茶をしていた時、はたと気づいたのだ。
「えっ、私乙女ゲームの世界に転生してる!?」
と。
それまでなんの疑問も抱かず公爵家の令嬢として育ってきたのに、何故か突然、頭の中に前世の記憶とゲーム知識が蘇(よみがえ)った。
当然、膨大な情報量を九歳の女児が受け止められるはずもなく、その場に倒れた私は三日三晩、熱を出し、魘(うな)された。
そうして四日目の朝、熱が下がると共に情報の整理もできた私は、寝室のベッドで頭を抱えたのだ。
――どうしてこうなった。
心境を語るとすればこんな感じ。
でも、そう思うのも仕方ないことだと思う。
前世で私が生きてきたのは日本という国。そこで私は学生として大学に通っていた。
趣味は乙女ゲーム。
見目麗しい男性キャラたちとの恋模様を楽しむことができるそれに、私はバイト代のほとんどをつぎ込むほどハマっていた。
中でも一番好きだったのが『恋する学園』というタイトルのゲームである。
文字通り、学園生活の中でヒーローと恋に落ちるというコンセプトのゲームなのだけれど、驚くことに私はこのゲーム世界に転生したようだった。
「うっそでしょ」
己の置かれた現状が信じられなくて、首を左右に振る。
だけど、私が『恋する学園』の世界に転生したのは間違いない。
上手(う ま)く説明はできないけど「そうだ」という絶対的な感覚があるのだ。
それに私が転生したのが、ゲームの主要キャラのひとりだったから。
しかもそのキャラというのが――。
「最悪。ローズマリー・ウェッジウォードって、悪役令嬢じゃない……!」
やるせない気持ちをぶつけるように、近くにあった枕に拳を叩(たた)き込(こ)む。
悪役令嬢ローズマリー・ウェッジウォード公爵令嬢。
彼女はメインヒーローである王太子の婚約者で、ヒロインのお邪魔キャラとして登場する。
厭味(いや み)で高飛車。
金髪碧眼(へき がん)、スタイル抜群の見惚(みと)れずにはいられない美女で、物語にスパイスを与えてくれる存在ではあるが、その役割と性格からプレイヤーたちには嫌われていた。
私もそのひとり。
プレイしながらいつも「ローズマリーって本当に邪魔」と思っていた――のに。
「よりによって悪役令嬢に転生とか……」
がっくりと項垂(うな だ)れる。
好きなゲーム世界に転生したのはまあよしとするにしても、ローズマリーはない。
特に私はローズマリーの婚約者にしてメインヒーローであるヘルムートという王子が最推しだったので、余計に今の状況が受け入れられなかった。
「ヘルムート様に嫌われるとか無理……」
力なく呟(つぶや)く。
ヘルムート・ローデンは、我が国、ローデン王国の第一王子にして王太子。
私と同い年で、つい先日、父の力で婚約者になった。すでに顔合わせも済ませている。
まだ九歳にもかかわらずその美貌は圧倒的で、面食いの私は彼の婚約者になれたことをとても嬉(うれ)しく思っていたのだけれど、ゲーム通りに話が進むのなら婚約は履行されず、彼に捨てられることになる。
その理由は簡単で、我(わ)が儘(まま)で高飛車なローズマリーをヘルムートは好ましく思っていなかったから。
実際、ゲームをプレイしたからヘルムートの選択は理解できるが、捨てられるのが自分となると話は変わる。
だってヘルムートは私の最推し。
前世でゲームパッケージを見た時の衝撃は今でも思い出せる。
白い軍服を着てパッケージの中央で微笑(ほほえ)むヘルムートに、私の恋心は攫(さら)われたのだ。
特に軍帽が死ぬほど似合っていて、軍服フェチの気があった私は完全にノックアウトされた。
二次元の存在と分かっていても恋い焦がれていたのだ。
その彼とせっかく婚約者になれたというのに嫌われて捨てられるとか冗談ではないし、そもそもヒロインにヘルムートを譲りたくない。
転生前に好んで読んでいた『悪役令嬢転生もの』の小説や漫画では、乙女ゲームの悪役令嬢に転生したヒロインが、自身の破滅を逃れるために婚約者のヒーローをヒロインに譲ろうとする話がよくあった。
そのあと悪役令嬢には別の国の国王とか王子とか、もっと上位の存在に溺愛される……的な展開が待っているのだけれど、私はそんなのは望まない。
私が欲しいのはヘルムートだ。
前世の最推しをヒロインに譲るなど絶対にお断りである。
「そうよ。奪われたくないのなら断固として戦う。これしかないわ」
すっくとベッドの上に立ち上がる。
行儀が悪いことは分かっていたが、許してほしい。
今はそんなこと気にしている余裕はないのだ。
 拳(こぶし)を握り、決意を込めて呟いた。
「……ヒロインと戦い、今の婚約者という地位を守り通して、ヘルムート様と結婚する。これが私の今世の目標。そのために私は良い子になる……!」
高飛車で厭味だったローズマリーをヘルムートは厭(いと)っていた。
それならば、そうならなければいい。
しかも私はまだ九歳で、幸いなことにそこまで高慢な性格にはなっていない……はずだ。
きっとこれから大人になるにつれ、ローズマリーの性格は歪(ゆが)んでいくのだろう。そうなる前に記憶を思い出せて助かった。
ヘルムートにすでに嫌われた状態でスタートとか無理すぎる。
「ゲームが始まるまで、まだ十年弱あるもの。きっとなんとかなるはず」
できればゲームが始まるまでにヘルムートとは恋人関係になっておきたいところだ。
彼のパーソナルデータは覚えている。それを利用すれば不可能ではないはずだ。
使えるものは何でも使うし、やれることは何でもやる。
「絶対にヘルムート様と結婚してみせるんだから!!」
声高に叫ぶ。
彼を得るためなら血の滲(にじ)むような努力だってしてみせる。
記憶を取り戻した日、私はこう決意した。
第一章 子供の浅知恵
将来の目標を高く掲げた私は、早速行動を開始することにした。
やらなければならないのは、ヘルムートの好感度を上げること。
交流を重ね、彼にとって好ましい存在になる。
「好ましい存在……それはヘルムート様の好みの女性になるということよね」
寝室を出て、寝衣のまま隣の主室へ向かう。
私の部屋は、主室と寝室の二部屋で構成されているのだ。
広い主室は、物語のお姫様が住んでいるかのようにキラキラしている。
暖炉があり、その前にはクラシカルかつ豪華なソファ。赤い絨毯(じゅうたん)はフワフワとしていて、その上でも眠れそうだ。
窓がいくつもあり、レースのカーテンを通して光が入ってきている。
家具はどれも繊細なデザインで、職人の腕の良さが伝わってくる。
それらは全て私が父に強請(ねだ)って買ってもらったものなのだけれど、改めて見ると恐ろしいほど凝っていて、非常に高価な品であることが分かった。
これら全て、与えられることを当然と思っていたのだから、将来、高慢な女になる下地はすでにあったわけだ。
我ながら恐ろしい話である。
「ま、まあ、記憶を思い出したからにはそんなことにはならないし」
自分にいいわけしながら、机へと向かう。引き出しを開けて紙の束を取り出した。
椅子に座り、羽根ペンを持つ。
これから自分がどうするべきか、書き出してみようと思ったのだ。
「ヘルムート・ローデン、と」
まずは婚約者であり最推しの名前を紙に書き付ける。
ヘルムートとはすでに数回会っている。
婚約者として、最低でも週に一度は交流することが義務づけられているからだ。
そのため私は毎週登城しているのだけれど、たぶん彼は私に興味がない。
ヘルムートとの婚約は、私の父が強引に進めたもの。
彼が積極的に望んだわけではないのだ。
だからか、会話をしても上辺だけだった。
そして幼心にも、いくら優しくても相手にされていないことを感じ取っていたのだろう。彼と会うたび、癇癪(かん しゃく)を起こしていたことを思い出した。
「……いや、事情は分かるけど、だからといって癇癪を起こすのは違うでしょう」
そういうことの積み重ねで、ローズマリーはヘルムートに嫌われていくのではないだろうか。
少なくとも私は、毎度癇癪を起こすような婚約者は御免被りたい。
「そこは……うん、反省しよう。ヘルムート様は義務で私に付き合ってくださっているわけだから、むしろ感謝しないと」
王太子として忙しいだろうに、どうでもいい婚約者のために時間を割いてくれているのだ。
もっと私は己の立場を理解しなければならない。
「で、反省したところで、今後の出方だけど……」
ヘルムートの性格を思い出す。
ゲームのプロフィールで彼は誰にでも優しく、公平な男と書かれていた。
穏やかで王太子としての資質に溢(あふ)れた、眉目秀麗で非の打ち所がない王子。
まさにメインヒーローに相応(ふ さわ)しい男である。
そんな男をヒロインはどうやって落とすのか。
思い出してみたが、交流を重ねるうちにお互い徐々に惹(ひ)かれていって……みたいな感じで、具体的に『これ』というのがなかった。
「……ええ? なんの参考にもならないじゃない」
具体的なエピソードがあるのなら、それを先に利用すればいい。
そう思ったのにいくら思い返してみても『自然と距離が縮まった』以外なかった。
「くっ……これでヘルムート様を奪われるとか、私がどれほど嫌われていたかって話よね」
よほどヘルムートはローズマリーにうんざりしていたのだろう。
だから性格の悪くない、悪役令嬢とは真逆のヒロインに惹かれた。
そうとしか考えられない。
「うぐう……」
悩みに悩んだが、結局、ヘルムートを落とすための決定的な策は思い浮かばなかった。
大体、優しく欠点のない男をどう落とせというのだ。
悪役令嬢たる私に『お互い徐々に惹かれていって』は無理ゲーすぎる。
「……もういい。こうなったらガンガン押す。それしかない」
ヘルムートの名前だけを書いていた紙をくしゃくしゃに丸め、屑籠(くず かご)に捨てる。
何も思いつかないのなら、下手な小細工はなしだ。
私のこの猛(たけ)る想(おも)いを直接伝える。
私がどれほどヘルムートを想っているのか、彼に分かってもらうのだ。
なにせ今のヘルムートの態度では、こちらに目を向けてもらえるのがいつになるのか分からない。
押しに押して、彼の興味を私に向けさせる。
まずはそこから。次のことはそれから考えればいい。
「よし、まずは来週の顔合わせ……というかお茶会ね。私の気持ちをヘルムート様に分かってもらうぞー!」
えいえいおーと拳を上げる。
ちょうどそのタイミングでメイドがやってきた。
朝になったので、寝込んでいた私の様子を見にきたのだろう。
そんな彼女は拳を振り上げている私を見て「……お嬢様。もう少しお休みになった方が宜(よろ)しいのでは?」と、たぶん私でもそう言うだろうなと思う当然の感想を述べた。

        ◇◇◇

前世の記憶を取り戻し、雑な作戦を立ててから早くも一週間が経(た)った。
今日は待ちに待ったヘルムートとのお茶会の日。
私はレースとフリルがたっぷりの赤いドレスに身を包み、公爵家所有の馬車に乗った。
真っ赤なドレスなんて如何(い か)にも悪役令嬢という感じだが、気にしない。
ドレスを地味にしたところでヒロインになれるわけでも、捨てられフラグが折れるわけでもないのだ。
好きなものは好きでいいと思うし、なんといっても私には赤が似合う。
せっかくなら似合うものを着て、好きな人の前に立ちたいと考えていた。
「こちらで殿下がお待ちです」
案内の兵士に通されたのは、王城の中庭だった。
コスモスやダリア、薔薇(ばら)やガーベラといった季節の花が咲いている。
今日は過ごしやすい気温だから、外でお茶をしようというのだろう。
中庭には円柱型のガゼボがあり、そちらを見れば、女官たちがお茶の支度をしていた。
ガゼボの中にあるベンチにはヘルムートが座っている。
「わ……」
まだ九歳の少年だというのに非常に絵になる様だった。
彼は読書をしているようで、本に目を落としている。陽光を受けた金色の髪が顔に掛かり、なんともいえない色気を醸し出していた。
青い瞳が少し伏せられた様が麗しい。
――こ、これがメインヒーローのヴィジュアル……!
子供時代でこれなら、大人になればどうなってしまうのか。
絶対にヒロインにはあげられないと決意を固くした。
「……こんにちは、ヘルムート様」
少し躊躇(ちゅうちょ)したが、勇気を出して彼の名前を呼ぶ。
今気づいたとばかりにヘルムートが顔を上げた。こちらを見て、微笑む。
「やあ、ローズマリー」
――ああっ……! 格好(かっ こ)いい!!
子供であろうと最推しに微笑みかけられているという事実に顔が赤くなるが、これは私だけに向けられた特別の笑みというわけではない。
彼は誰が相手でもこうなのだ。
そもそも、毎度癇癪を起こす私相手に笑い掛けられる時点ですごすぎる。
ヘルムートは立ち上がると、私の顔を見つめてきた。
「そういえば先週、熱を出したって聞いたよ。もう大丈夫なのかな」
「はい、すっかり回復しました。今はこの通り元気です」
どうやら体調を崩したことを知っていたらしい。
声を掛けてくれたことが嬉しかったが、おそらく本心からではないだろう。特に心配そうな声音ではなかったし、どちらかというと『どうでもいい』感を強く感じた。
婚約者の体調を心配するのは当然だから、言葉にしたというのが正解のように思う。
少し悲しいけれど、興味を抱かれていない現状ではこんなものだろう。
大丈夫、これから私が変えていけばいいのだ。
「ご心配ありがとうございます」
気を取り直し、笑顔でお礼を言う。
ヘルムートは頷(うなず)き、周囲の花に目をやった。
「それじゃあお茶にしようか。今日は天気がいいから、外にしてみたんだ」
「そうなんですね。とても素敵なアイディアだと思います」
席に案内され、腰掛ける。
用意されていたのは、三段のケーキスタンドだった。
一段目にサンドイッチやマリネ、肉のパイといったセイヴォリーが、二段目にはスコーンが載っている。
三段目には葡萄(ぶ どう)や栗(くり)が使われたケーキやゼリーがあり、なかなかお腹(なか)が膨れそうだ。
「どうぞ、召し上がれ」
「いただきます」
ドキドキしながら、スコーンに手を伸ばす。
王城の料理人が作ったアフタヌーンティーはとても美味(お い)しかった。どれも満足度が高かったが、肝心のヘルムートとの会話だけは上手くいかない。
どんな会話をしようとも、はぐらかされるのだ。
「ヘルムート様は、どのような食べ物が好きなのですか?」
「うーん、特別好きなものはないかな」
「ヘルムート様は、先週はどのように過ごされたのですか?」
「特別なことは何もなかったよ。いつも通り、家庭教師と勉強していただけ」
暖簾(の れん)に腕押しとはまさにこういうことを言うのだろう。
何を聞いてものらりくらりと躱(かわ)される。
しかも私に興味がないからか、笑顔ではいてくれるが、自分から話を振ってこようとはしないのだ。
一緒にいる相手にこんな態度を取られれば、自制心のない九歳の女の子は怒るだろうし、癇癪だって起こすだろう。
必死に話し掛けてもまともに答えが返ってこなければ、気持ちだって折れるというもの。
だが、私はこれまでの私とは違うのだ。
前世の記憶を取り戻し、ある程度事情が分かっている。
――そう、そうよね。ヘルムート様は私のことが好きでもなんでもないんだから。
そんな相手のために時間を割いているのだ。
多少、対応が塩だとしても我慢しなければならない。
己を落ち着かせるように息を吐く。
負けるものかと、引き続きヘルムートに話し掛けた。
「え、えっと、王城のお花は綺麗(き れい)ですね。私、秋の薔薇って大好きです」
「へえ、そうなんだ」
「えっと、このドレスどう思います? 私、赤色が好きなんですけど」
「とても似合っているよ」
「ありがとうございます。それでその……ヘルムート様はどのようなドレスがお好きですか? お好みがあるのなら、次回はヘルムート様好みのドレスを着てこようかなと思うのですけど」
「うーん。有り難(がた)い申し出だけど、特に好みはないよ。君が着たいものを着ればいいんじゃないかな」
「……」
――会話が……会話が続かないっ……!
さすがにめげそうになる。というか、ヘルムートの心のガードが堅すぎる。
これも私が悪役令嬢だからだろうか。
ヒロインが相手なら、ヘルムートはもっと会話をしてくれたのかなと一瞬思うも、無い物ねだりはできないし、頑張ると決めたばかりではないか。
――こ、こうなったら当初の予定通り、押せ押せで行くしかない。
そして少しでも興味を持ってもらうのだ。
栗のロールケーキを食べているヘルムートを見つめる。気づかれないよう深呼吸をした。
「ヘルムート様」
「ん、何?」
ヘルムートがこちらを向く。
好きではない婚約者が相手でも、きちんと顔を向けて話してくれるところはさすがだなと思いながら口を開いた。
「ヘルムート様、私、ヘルムート様のことが好きです」
ひと息に言い切る。
直接『好き』の言葉を告げた緊張で、心臓がバクバクと脈打っていた。
中途半端なことを言ってもヘルムートはこれまで通り流すだけだ。そう考えたから誤解も曲解もしようのない『好き』を告げたのだけれど、ヘルムートはどう返答するだろう。
「……」
バクバクの次はドキドキしてきた。
そっと胸を押さえ、ヘルムートを見つめる。
私の告白を聞いたヘルムートは目を瞬(しばたた)かせ、これまで通りの笑みを浮かべた。
「うん、ありがとう。嬉しいよ」
――あ、ダメだ、これ。通じてない。
嬉しいという割には全く喜びの感じられない声音に泣きそうになったが、堪える。
たぶんヘルムートは本気にしていないし、私の気持ちなんてどうでもいいのだ。
――大丈夫。今はこれでいい。
自分に言い聞かせる。
私がすることは好意を隠さず、ヘルムートを本気で想っているのだとめげずに伝え続けること。
私の気持ちを信じてもらうこと。
こちらに興味を持ってもらえるよう努力を怠らないこと。
――できる。私ならやれるわ。
全てはヒロインにヘルムートを奪われないようにするため。
その努力は今日、今この時から始まるのだ。
できる限りの綺麗な笑みを浮かべ、ヘルムートに告げる。
「私、ヘルムート様の婚約者になれて、幸せです」
――見てろ。絶対に落としてやる。
心の壁が厚いのなら、それを越えられる情熱を注ぐだけのこと。
淡々と「それはよかった」と答えるヘルムートを見つめながら、私は絶対に諦めるものかと己の決意を新たにした。

        ◇◇◇

ヘルムートに好意を伝えようと決めてから一年が経った。
あれから私はことあるごとに「好き」という言葉を口にするようにしている。
会えば「会えて嬉しいです。好き」と言い、別れの際には「また一週間、ヘルムート様に会えないなんて寂しい。好きです」と告げ、もはや「好き」が渋滞している状態だ。
しかし敵も然(さ)る者(もの)。
一年言い続けても、ヘルムートの態度は全く変わらなかった。
相変わらず温度のない声で「ありがとう」と言ってくるだけ。
想像していたよりずっと心の壁は厚かった。
とはいえ、私に諦めるなんて選択肢は存在しないので、これからも頑張り続けるつもりだけれど。
最初は、どうでもいいと言わんばかりのヘルムートの態度に傷つきもしていたが、一年も好き好き言っていれば、大概慣れてくる。
今では塩対応をされても全くめげないまでになった。
知らないうちに、精神面が鍛えられていたようだ。
全く嬉しくないが、これもヘルムートを手に入れるためならば仕方ない。
「明日は、一週間に一度のお茶会〜」
上機嫌で寝室にあるクローゼットを覗(のぞ)き込(こ)む。
私にとって、ヘルムートと会える日は何よりも楽しみなひととき。
彼に少しでも可愛(か わい)いと思ってもらいたい一心で、毎度ドレス選びは厳選に厳選を重ねている。
「まあ、頑張ったところでヘルムート様は『似合っているよ』くらいしか言ってくれないんだけど」
興味が全くない『似合っているよ』を思い出せば、乾いた笑いしか出てこない。
普通の令嬢ならとうに心を折られているのではないだろうか。
最近ではローズマリーが悪役令嬢になるほど性格が歪んだのは、多少はヘルムートのせいもあったのではと思えてきた。
「あれだけ興味がありませんって態度を貫かれればねえ……」
しかもゲームのローズマリーは私と同じで、ヘルムートのことが好きだったのだ。
好きな男に長年そっけなくされ続け、それでも婚約者として頑張り、いよいよ結婚かというところで、ポッと出のヒロインに奪われるとか、ローズマリーが可哀想(かわいそう)すぎる。
気持ちも折れるだろうし、それは性格も悪くなるというもの。
プレイヤーとしてゲームをしていた時はローズマリーのことが嫌いだったが、同じ状況に置かれた今では、彼女にも同情されるべき点があったのではないかと思うようになってきた。
「ま、私は彼女の二の轍(てつ)を踏むつもりはないけど」
ゲームのローズマリーとは違い、ヘルムートの厚すぎる心の壁は私が破ってみせると決意している。
どこまでも食らいついていく所存だし、なんなら相手が根負けするのを狙うくらいの気概はある。
気合いを示すようにシャドウボクシングをする。
前世のぼんやりした記憶を頼りにしているので格好はつかないが、気合いだけは入った気がした。
「よし、気合い十分。明日のお茶会も頑張るわよ!」






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