●著:水島 忍
●イラスト: 池上紗京
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4815543389
●発売日:2024/4/30
可愛いから苛めたくなるんだ
侯爵令嬢ディアナは自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生していると気付き、破滅を避ける努力をするが、結局は冤罪で婚約破棄されてしまう。
断罪後の人生のために密かに準備していた服飾店のオーナーに身を変え仕事をしていた彼女の元へ、王弟で騎士団長でもある公爵アレクシスが接近してくる。
「君がたとえ悪女だとしても可愛いよ」
美しく頼りになる彼に熱烈に迫られて、揺れ動くディアナは――!?
「私はまた君と会いたい」
「……はい」
ディアナは口を開いたが、囁き声しか出せなかった。
デートに誘われた……のかな。でも、ひょっとしたら勘違いかも。だって、彼はうちの店のお客様だ。
今夜は親しい友人のように食事をしながら楽しい話をした。しかし、魔導具の話で盛り上がっていただけだ。プライベートで会いたいと言ってくれたかもしれないけれど、それは魔導具の話をするためだけだということも考えられる。
そうよ。こんな素敵な人がわたしなんかに興味を抱くわけがない。
前世と違い、今の姿はかなりの美人だ。しかし、中身は前世の冴えない自分のままだし、婚約者のリチャードにこっぴどく振られたばかりなのだ。
女性としての自信なんて全然ない。それとも、彼は『ディアナ』の容姿が好きなだけ?
ディアナの頭の中でいろんな考えが目まぐるしく浮かんだ。
彼はそっとディアナの手を取った。
手の温もりがこちらに伝わってくる。ミシンを扱うときに、二人とも手袋を外していたから、肌と肌が直に触れ合っていた。
あったかい……。
ダンスをするとき、パートナーの男性と手が触れるときがあるが、いつも手袋越しで直に触れ合うことなんて絶対にない。たかが手……といえども、彼の温もりを意識して、心臓が高鳴った。
アレクシスは優しく微笑む。
「女性と一緒にいて、こんなに楽しかったことはなかった」
「わ、わたしも……楽しかったです」
婚約者だったリチャードとも、こんなに楽しくなかった。トリスタンとはよく話すが、家族ならではの気楽さがあるだけだし、ユリアスと話すのも好きだったが、相手が教師だと緊張もする。ところが、アレクシスには楽しいだけでなく、胸のときめきも感じていた。
まともに話したのは、今日が初めてと言ってもいいくらいなのに。
まるで今まで何度も会っていたみたいな感じがして……。
ディアナは彼の顔から目が離せなかった。
「先日、陛下から君とリチャードの婚約が正式に解消になったのを聞いた。正直に言うと、私は嬉しいんだ。……君にはショックな出来事だったかもしれないけど」
「元々、わたしの意志とは関係なく決められたものでしたから……」
自分も婚約が解消になって嬉しいと言いたいが、さすがにリチャードも王子だから、あからさまには言えない。しかし、学園でアリサに夢中なところをさんざん見せつけられていたことだし、今更ショックでもなんでもない。
それこそ、わたしは最初から婚約破棄されるのは知っていたのだ。
「次の婚約は自分の意志で決めたい?」
「……そうですね。次の婚約のことまで、まだ考えてないんですけど」
母はしっかり考えていて、若い男性を物色中だ。ただあの卒業パーティーのことが噂になっていて、ディアナを傷物だと考えている貴族もいるということらしい。そのため、母は貴族でなくても、ディアナにふさわしい男性を探そうとしている。
もし、アレクシスと食事に行ったことを母が知ったとしたら、母の中ではアレクシスが次の婚約者候補の筆頭になるのかもしれない。
でも、婚約解消が嬉しいと言ってくれても、次の婚約者候補になるまでの気持ちが彼にあるかどうかは分からなかった。
だって、わたし、恋愛経験なんてないから。
前世でも男性とはまったく無縁の生活を送っていたのだ。片想いくらいはしたことはあったけど、告白されることなんてなかった。二次元ならともかく、リアルな男性の気持ちなんか想像できない。
けれど、こんなに熱い眼差しで見つめてきて、手を握ってきて、何やら甘い言葉をかけてくる。
もしかして、わたし、口説かれている……のかもしれない。
彼はふっと笑った。
「そうだね。婚約の話をするのは早すぎるか。でも……」
彼の手がディアナの頬に触れてくる。
「ディアナ……」
名前を呼ばれて、ドキンと胸が高鳴った。
蕩けるような表情に見惚れてしまう。
「……なんて綺麗なんだろう」
彼の顔が何故だか近づいてくる。ディアナは思わず目を閉じた。胸の高鳴りが止まらない。
ああ、わたし……。
唇に何か柔らかいものが触れた。
キス……これがキス。
初めての体験だった。心臓がドキドキしすぎて、どうしたらいいか分からない。
唇が触れたのは一瞬だったけれど、頭が沸騰しそうなくらいに熱くなっている。
ドキドキしながら目を開けると、彼がすぐ近くで微笑んでいた。
頬を優しく撫でられながら、囁かれる。
「キスだけで、こんなに赤くなって……。本当に可愛い」
「か、可愛い……なんて……」
声が掠れる。
「動揺させすぎたかな。……悪かった。二人きりだったから、つい……」
ディアナは声を出せずに、ただ首を横に振った。彼は明るく笑うと、今度はディアナの頭を子供にするように撫でる。
「これに懲りずに、また会ってほしいな」
「……はい」
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