ワケあり公爵様との溺愛後妻生活 想像以上の甘々婚はじめます【本体1300円+税】

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●著:小山内慧夢
●イラスト: 天路ゆうつづ
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4815543402
●発売日:2024/4/30

見られてもいい。私のことだけ感じて


男爵令嬢エステルは公爵家令息カレルに突然求婚される。
彼の妻は亡くなったと思われているが本当は別の想い人がいて出奔してしまったのだというのだ。
結婚はこりごりだが跡継ぎのために多産の家のエステルを選んだというカレルだが結婚後は意外なほど甘く彼女を溺愛してくる。
「君に私のことを誰より長く考えていてほしい」
次第に仲を深め幸せな二人だが知的で美貌のカレルを誘惑する者は多く!?




「表向きは王女が亡くなっていることになっているので、ヴリルテアゆかりの方が時折王女を懐かしんで訪ねてくることがあるのだ。ヴリルテア国王との約束でここは五年間このままで、彼女の肖像画を飾ることになっていて……」
なんでも彼の国の宗教では五年間は亡き人の遺品を留め置くそうだ。
「あぁ、なるほど。承知しました」
理由がわかったエステルはウンウンと何度か頷いた。
あまりにあっさりとした態度に、カレルはさきほどよりも深いしわを眉間に刻む。
「気分を害したのではないのか……?」
「いいえ? ヴリルテア王国との約束なのですよね?」
ならば仕方がないでしょう? と言うエステルの瞳は澄み切っている。
カレルは拍子抜けしたようにじっとエステルを見た。
その顔には『解せぬ』と書いてあるような気がして、エステルは小首を傾げた。
屋敷の案内を終えると、すぐに身支度にかかる。
エステルを手伝ってくれた使用人は公爵家ゆかりで、しっかりと教育された者だけあって身のこなしも品があり、エステルは身が引き締まる思いだった。
高位貴族ならば入浴の介助をしてもらうのは当然で、使用人に裸を見られるのも当たり前だろう。
しかしエステルはそんな経験はなく、浴室で服を脱がされてから『あっ』と気が付いたくらいだ。
「あの、一人で入れますから……っ」
恥ずかしさから手伝いを断ろうとしたエステルだったが、年長者らしい使用人のボーナがキリリとした態度でそれを一刀両断にする。
「お言葉ですが、我らはカレル様の奥様に憂いなく寝所に向かっていただくために技を磨いてきました。後悔はさせませんので、どうぞ御身を委ねてください」
「は、……はい」
迫力に押され、エステルは口を噤んだ。
最初こそ緊張していたエステルだったが、広い浴槽と丁寧な対応に徐々に心と身体を解きほぐされて気持ち良さげに息を吐く。
「はぁ……」
「ご不便ございませんか?」
髪を洗ってくれているボーナがにこやかに声を掛けてくれるのが心地よい。
「とても気持ちいいです」
エステルが見上げるとボーナは口角を上げる。
「坊ちゃまが奥様をお迎えになるときのためにと磨いてきた技術がようやくお役に立ちました」
(坊ちゃま……)
確かにボーナの年齢ならばカレルのことをそう呼ぶのが適当な時期もあっただろう。
ボーナと他の使用人もうんうんと感慨深げに頷いた。
「あ、でも……前の奥様が」
口にしてから、これは避けるべき話題だったと思ったが取り消すこともできず、エステルは中途半端に黙る。
「……オルガ王女様は私たちに身を委ねはしませんでした。王国から侍女が同行していたので」
これまで柔らかだったボーナの口調がわずかに固くなった。
もしかしたらオルガ王女にあまりいい感情を抱いていないのかもしれない。それはつまりカレルを大事に想っていることの裏返しなのだろう。
「そうなのですね。不肖ながらこのエステル、初の栄誉に預かり光栄です」
エステルがおどけたように口調をかしこまらせると、みんなが声を上げて笑った。
リラックスして浴槽から出ると、髪や身体に香油を塗られる。まるで王侯貴族になったようだと口にすると、「紛れもない王侯貴族の奥様ですよ」とまた笑いが起きる。
(そうだ……わたしは本当にカレル様の妻になるのだわ)
エステルの気持ちはいやがおうにも高まっていく。
ガウンを着て夫婦の寝室の扉を開けると、中には既にカレルがいた。
どきりと胸が高鳴ったエステルはガウンの胸元を掴んだ。
明かりを絞った寝室においても、カレルは光輝いて見えた。
「随分楽しいバスタイムだったみたいだね」
銀の髪はいつもよりも重くしっとりとした光を放ち、アイスブルーの瞳は奥の方に僅かに不穏な光を宿して燻っているかのよう。
エステルと同じようにガウンを羽織った彼の胸元は、思ったよりも野性的に見える。
それが薄暗い部屋でどうしようもなくエステルの胸をときめかせた。
「え、花嫁よりも美しい花婿……」
思ったことがダイレクトに声に出てしまった。
カレルは言われ慣れているのか、口角を上げて微笑む。
「私には君のほうが美しく見えるよ……花嫁衣裳も美しかったが、素のままの君はまた清廉な雰囲気があって素敵だ」
清廉の意味を間違っていないだろうか。
どうでもいいことを考えているのは、緊張を誤魔化すためだ。
エステルは今夜、このままカレルと床を共にするだろう。
契約結婚の一番重要なところは『ヴァルヴィオ公爵家の継嗣を産むこと』だ。
エステル側の条件である『持参金不要』は既に履行されている。
というか、カレルは祝い金という形でヘルレヴィ家を援助すらしてくれた。
契約以上のことをする必要はないと異を唱えるエステルに、カレルはアイスブルーの瞳を細めた。
「君が決心してくれたことに比べれば、こんなことは問題にもならない些末事だよ」
そう言って手を握った。もちろんエステルにとって結婚してカレルと閨を共にして、彼の子を孕み出産するのは簡単なことではない。
しかしエステルはカレルに少なからず好意を抱いているし、恥ずかしさ以外を我慢するわけではないため、忌避感や背徳感とは無縁だ。ただただ恥ずかしいだけで。
今だって本当に目の前の美しい男が自分を抱けるのだろうかと思うと、胸が張り裂けそうだ。
「エステル」
名前を呼ばれるエステルは恥ずかしさが増して下を向く。
カレルはゆっくりと歩み寄って目の前までやってきた。
「……抱きしめてもいいかな?」
出会ってから結婚が整うまでにおよそ三か月間、カレルは性的な触れ合いをしてこなかった。
握手やハグ、頬などの顔のパーツにキスはしたが、それは節度ある触れ合いと言ってもいいだろう。婚約者にするには些かぬるい対応と言わざるを得ない。
それも今夜でおしまいということである。
「はい」
努めて平静に返事をしたつもりだったが、微かに語尾が震えた。
決心したつもりだったのに不甲斐ないと情けなくなるが、そんなエステルの気持ちごとカレルは抱き締めて大きく息を吸う。
「あぁ、いい香りがする」
「あ、それはさっきボーナさんたちからお風呂で……」
少し腰をかがめてエステルに覆い被さるようにするカレルの方がよっぽどいい香りがすると思いながら告げると、ほんの少し空気の温度が下がった気がした。
「私よりも先にボーナたちに身体を見せたのか」
「だ、だってそれはお風呂ですし……」
男性に見せたわけでもないのに、どうしてそんなことを気にするのか。
不思議に思っていると背に回されていた腕が解かれ、あっという間に膝裏を掬い上げられ視界が揺れる。カレルがエステルを横抱きにしたのだ。
「きゃあ! カレル様、重いので下ろしてください!」
「重くない。私を見くびられては困る」
足をじたばたさせるエステルを無視したカレルは、涼しい顔で悠然とベッドまで歩く。
下手に暴れて落とされてもしたら大変だと思ったエステルは、すぐそこまでだからと唇を噛んで羞恥心を抑え込む。
「それは、キスをねだっているのかな?」
「え?」
顔を上げたエステルの瞼にいつかの馬車の中でのように口付けを落とすと、カレルはエステルをそっとベッドの上に下ろした。
すぐに行為が始まると思ったエステルに反して、カレルは腕の中に彼女を囲うように乗り上げる。
「エステル、キスしてもいいかな?」
端正な顔は動じた様子もなくいつも通り美しい。現実感がなくて、エステルは小さく頷いた。
「はい」
もっと何か言うべきではないかと思ったが、動揺していてそれしか口にできなかった。
逆光のカレルがゆっくりと近付いてきて、それに合わせてエステルは瞼を閉じた。
ちゅ、と軽いリップ音がして唇が重なる。
それはすぐに離れていき、また押し付けられた。
何度かそれを繰り返したカレルはすっとエステルと距離を取る。
「……嫌悪感はない?」
一瞬なにを言われたのかわからず、エステルはカレルを見つめた。
瞼を伏せた、今日夫になった人物の美しさに神の技巧を見せつけられた気になっていたのだ。
「嫌悪……ええ、大丈夫です。むしろ」
むしろとても気持ちがよかったと言いそうになって、エステルは横を向く。
本当は顔を隠したかったが、そんなことをしてはカレルの気に障ると思った。
「そう、よかった……ではもっとたくさん触れていくからね」
場数を踏んでいるのだろう、カレルは丁寧にエステルに口付けていく。
角度を変えて上下の唇を甘く食んで開かせると、歯列を割って舌が侵入してくる。
「んっ、う、んん……っ」
カレルに導かれるままに舌の侵入を許したエステルは呻き声をあげながら目を白黒させていた。
(な、なんて淫らなの……っ!)
生温かくぬめぬめとした物が口腔を好きに這い回るなんて、信じられなかった。
だが、もっと驚いたのは嫌悪感が湧かないことだ。
確かに感じる他人の味と体温は、エステルにすぐに馴染み陶酔感すら与える。
(あ、気持ちいい……っ? どうして?)
口腔内に性感帯があるとは思わず、どんどん身体が熱くなっていくのを不思議に感じていた。
カレルの舌がエステルのそれに絡みつき、摺り合わされると、身体が勝手に戦慄いてしまう。
舌を吸われると、得も言われぬ法悦がエステルを支配するようだった。
「あ、はぁ……っ」
唇が解放されると悩ましい嬌声が漏れるが、エステルは気付かない。
心地よさと軽度の酸欠でぼんやりしている妻を、カレルが目を細めて見つめた。

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