【5月29日発売】ループを抜けるために抱かれた悪役令嬢ですが身籠りました! 逃亡先でママになります!【本体1300円+税】

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●著:竹輪
●イラスト:Ciel
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4815543891
●発売日:2026/5/29


悪役令嬢としての運命を変えるはずが愛する人に存在を忘れられ!?


小説の悪役令嬢に転生したことに気付いたロザリア。破滅回避のため初恋のアルフレッドを諦めヒロインとの仲を応援するが、失敗の果てに死と時戻りを繰り返すループの沼に嵌まってしまう。
ループのたび代償として周囲に忘れられる運命を辿る彼女は、運命を変えるため一度だけアルフレッドと深く愛し合い彼の元を去ることに。
だが落ち着いた逃亡先で最愛の彼の子を授かっていることが判明し……。
★本書は本文中の挿画の掲載が無い仕様です★






第一章 目覚めたら前世の記憶がよみがえっていた



ペリドットの宝石のように煌めくグリーンの瞳。
月の女神に愛されたような淡い光を含んだ銀髪、整った顔立ち。
なにをやってもかっこいいその仕草。
走るのも早いし。
勉強だって学園で一番できる。
責任感もあって、みんなの憧れで、人気者……。
私の大好きなアルフレッド様はグランディール公爵家嫡男。
お金持ちで将来も有望。
そう、そして……。
私の未来の旦那様である。
両親がそう言ったのだし、グランディール公爵様だって「ロザリア、うちの子になるか?」なんて言ってくれたもの。
大好き。
大大大大だーい好き。
だから。
だから……。
――私はリリアーナの背中を押した。
だって、アルフレッド様に優しくしてもらえる女の子は、私だけでいいのだもの。
「きゃああああああーっ!」
ドボンッ!
リリアーナの叫ぶ声が聞こえた。
しかし、バランスを崩して勢いよく湖に落ちたのは私で。
ブクブクと口から出た泡が上へ上がっていく。
体が沈む感覚の後、息苦しさに意識が途絶えた。

私の名前はロザリア・ヴァレンシュタイン。
十歳。
そう……十歳のはずだ。
記憶が混乱していた私は天井をじっと見つめている。
幼馴染で大好きなアルフレッドが、最近、グランディール公爵家で預かっているという女の子の世話を焼くものだから、私は嫉妬でいっぱいだった。
陰でその女の子――リリアーナを虐めるだけでは飽き足らず、私は彼女を湖に落とそうとして……自分が足を滑らせて落ちてしまったのである。
――自業自得。
間違いなく自業自得。
ああ、もう、なんてことをしたんだ。
いくらなんでも、今の季節、湖に落とされたら、最悪、命だって奪われかねない。
「くしゅんっ」
――こうやって、熱を出して寝こんでいたくらいだもの。
湖に落ちるまでの私は、正真正銘ロザリアとして十年生きてきた。
けれど、高熱を出して生死をさまよったせいか、もう一つの記憶がよみがえっていた。
二十七歳。中小企業のOL、日本人だった記憶……。
たしか、名前は……「澪」
厳しい両親に「できて当たり前」と言われ続け、自己肯定感を削られながら育ち、常に周囲に気を配って生きてきた性格。
そしてたぶん……交通事故で亡くなっている。
親友と恋人に裏切られて……。
――まあ、それはいい。
問題はここからだ。
澪の視点で見ると、ここは魔法の存在する異世界で、しかも澪が最後に読んでいた小説そのもの。
名前も環境も、すべてが記憶と一致している。
ページをめくる手が止まらないほどの緊迫感がある小説……「薔薇の記憶は君を選び続ける」という物語だ。
両親を亡くしたヒロインが公爵家に引き取られ、ヒーローと出会うところから始まる、ドロドロの愛憎劇。
ヒロインは、狡猾なヒーローの幼馴染の少女に幾度も意地悪される。
いや、意地悪どころではない。年を重ねるごとに、もはや犯罪まがいの行為にまでエスカレートしていくのだ。
その少女はヒーローが好きなのだが、それにしたってやることがエグい。
いわゆる「悪役令嬢」のポジションで性格が悪いのなんのって。
そして――無理矢理ヒーローに薬を盛って関係を持ち、責任を取らせて結婚までしてしまう。
……その悪役令嬢が私である。
「あーっ!」
ベッドの上で頭を抱える。
ようやく熱も下がって頭はもうそんなに痛まない。
けれど、別の意味でとても頭が痛い。
これまでヒロインであるリリアーナにしてきた数々の意地悪。
女の子たちに裏で手を回し、リリアーナをのけ者にしたり、教科書を隠したり……。
両親を亡くしているリリアーナを、孤児だと罵って笑い……。
子どもの無知さも手伝って残酷なのだろうけれど、それにしてもひどい所業だ。
「澪」として今までロザリアがしてきたことを振り返ると、もう、いたたまれないことばかりである。
ロザリアの気持ちだってわかる。
ある日、大好きな彼の家に、急に引き取られてきた女の子が住みついて。
それだけでも許せないのに、彼はその子を大切にし始める。
周りも、美少女で性格の良いリリアーナに夢中になっていく。
やがて、アルフレッドにお似合いなのはリリアーナじゃないかと言い出す人まで現れる。
そんなふうになって、ロザリアが焦ってリリアーナに意地悪したって、おかしくはない。
アルフレッドは初恋だし、あれほど周りだって「お似合いだ」と囃し立てていたのだから、自分こそがアルフレッドの特別だと信じていたのだ。
――今さらやってきた女の子に彼を奪われたくない。
そう思って当然だ。
でも。
だからって、公爵様に誘われた別荘で、湖に落とすのはやりすぎでしょう。
「はあ……」
アルフレッドを好きな気持ちはロザリアとして今も残っている。
彼は私の初恋で、全てだった。
でも、この世界が小説の世界なら、間違いなく、アルフレッドと結ばれるのはリリアーナなのだ。
ここは澪が読んでいた小説の世界……根拠はなくとも確信がある。
それに、もう私の感覚は湖に落ちるまでの、ふわふわした砂糖菓子のような十歳のそれじゃない。
二十七年間の人生を生きた人間の知識が加わっているのだ。
落ち着いて、落ち着いて考えよう。
細かく思い出さないと、ロザリアのバッドエンドが待っている。
悪役であるロザリアは読者が納得する悲惨な結末で終わるのだから。
小説『薔薇の記憶は君を選び続ける』は、ヒロインのリリアーナが公爵家に引き取られるところから始まる。
……とりあえず、物語はすでに始まっていて、名前も設定もすべて記憶と一致している。
リリアーナがアルフレッドに世話を焼いてもらっているのも事実。
そして、彼の婚約者ぶった幼馴染の女の子が強烈に意地悪して……その子の名はロザリア。
……う、うん。あってる。
間違いない……。
小説では、リリアーナはずっと意地悪され続け、アルフレッドがその都度助けてくれる。
二人は絆を深め、やがて愛し合う。
けれど十八歳の時、ロザリアが学園の卒業記念パーティーでアルフレッドに薬を盛り、既成事実をつくって責任を取らせる形で強引に結婚してしまうのだ。
引き裂かれたリリアーナは身を引き、彼の幸せだけを祈る。
それなのに、ロザリアは自分を愛さないアルフレッドと狂気の末に心中を図り、二人とも亡くなってしまう。
彼の死を嘆いたリリアーナが命の危機に陥り、そこで�犹�戻り�瓩鯊隆兇垢襦�
祖母である大魔術師から託された魔法アイテム――薔薇の装飾が施された懐中時計《薔薇の記憶》。
それが起こした奇跡だと知ったリリアーナは、時を戻し、運命を変えていく。
これが大まかなストーリーだ。
作中のロザリアは蛇のようにしつこく、アルフレッドを不幸へと導いてしまう。
リリアーナは何度も命の危機に瀕し、そのたびにアイテムを使うことになるのだけれど……このアイテム、使えば使うほど、使った本人の記憶がみんなから消えていってしまうのよね。
最終的にアルフレッドはリリアーナと結ばれる。
けれどその頃には、アルフレッドの記憶からリリアーナは消えていて……それでも彼は、理由もわからないまま彼女を愛し続ける。
――そんな真実の愛に最後は涙する小説だった。
リリアーナはアルフレッドが死なないために奮闘する。
それに対してロザリアは、アルフレッドを自分のものにしたい一心で、無理心中を繰り返す、自分勝手で最低な人だった。
あまりのしつこさに、澪もロザリアに憤りながら、リリアーナを心から応援していた。
アレを……私がするってこと?
薬を使ってアルフレッドを追い詰め、無理矢理結婚して、心が手に入らないとなると、殺して自分も死ぬ?
なんというメンヘラ……。
い、いやいやいやいや……。
冗談じゃない。
リリアーナとアルフレッドを邪魔したって、ロザリアに希望なんてない。
ヤメ、ヤメ!
アルフレッドに執着するあまり、最終的に心が壊れちゃうなんて絶対に嫌!
しかも最終エンドは、ヴァレンシュタイン伯爵家まで巻き込んで没落。
気が狂って海に落ちて魚の餌よ!
絶対嫌!
せっかく澪の記憶がよみがえったのだから、初恋は早々に諦めて、アルフレッドはリリアーナと気持ちよく結ばれてもらうことにしよう!
とりあえず……ええと……この後、どうなるんだっけ。
たしか、湖に落ちたロザリアが「リリアーナが押した!」ってとんでもない言いがかりをつけて、リリアーナを窮地に追い込むんだ。
公爵は怒り狂うロザリアの両親に迫られ、リリアーナを追い出すよう求められる。
けれど、恩師に託された孫娘であるリリアーナを手放すことなんてできない。
それを偶然聞いていたリリアーナが、自分から公爵家を出て行ってしまい、アルフレッドが探し出す――という次のシーンに繋がるのだ。
幼い二人が森で一晩身を寄せ合い……絆を深める。
……あああっ。
あのシーンは尊いとは思うけれど、いろいろと視野が広がってしまった今、私は言いがかりをつけてリリアーナを責めたりはしない。
自分で落ちたというのに、理不尽すぎるもの。
ヒーローと出会うべくして現れたヒロイン。
なにをしたって、リリアーナはアルフレッドと結ばれる運命なのだ。
小説のいちファンとしては応援するしかない。
それに、あんなに大好きで誰にも渡したくないと思っていたアルフレッドだけど、澪の記憶がよみがえった今では、まるでアイドルを眺めるような気持ちになってしまった。
このままロザリアがアルフレッドに執着して暴走し続ければ、公爵家から疎まれ、見捨てられ、ヴァレンシュタイン伯爵家が没落する未来が待っている。
いいことなんて、ひとつもない。
十歳の初恋と、この先の暗い運命。
天秤にかけて、恋心を取るなんてできるわけがない。
……よし。
とりあえず、湖には自分で落ちたと正直に話そう。
そして、主人公たちを陰で見守りながら、静かに暮らすのがいい。
私はそう、胸に誓った。

        ***

「ああ、ロザリア!」
「どうして、湖になんて落ちたの?」
熱が引いたと侍女が知らせると、すぐに両親が私のところへやってきた。
体調はもう大丈夫だったけれど、大事を取ってまだ私はベッドの中にいた。
小説通りにするなら、ここで私はリリアーナが押したと両親に告げる。
でも、澪の記憶がある私はもちろんそんなことはしなかった。
「桟橋で湖の中の魚を見ようとして、覗きこんだら落ちてしまったの」
「なんてこと! 心配したのよ!」
「そんなに危険な場所だったなんて……怖かったろう。すぐに公爵様に抗議するからな」
母は私を抱きしめ、父は抗議すると言う。
……この両親、私にとことん甘い。
ちなみに七歳離れた兄がいるのだが、全寮制の学校に行っていて不在である。
大きく生まれた兄とは違い、私は平均より小さく生まれたそうで、なにかと心配する両親が溺愛しているのだ。
少し前まで、この愛情が当たり前だと思っていた。
たとえ百点をとっても鼻で笑うような親に育てられ、卑屈な性格に育った澪からすると、夢のように優しい両親である。
ロザリアがわがままに育ったのはそのせいかもしれないけれど。
「あなたの大好きなアルフレッド様にお見舞いに来ていただきましょうね」
母がそんな提案をして血の気が引いた。
避暑に別荘へ誘った女の子が湖に落ちてしまって、公爵家も後ろめたいだろう。
きっと迫られればアルフレッドはお見舞いには来るに違いない。
でも、本当はリリアーナを落とそうとして自分で落ちただけなのだ。
わざわざ呼びつけるなんてとんでもない。
きっと今までのロザリアなら罪悪感なんてゼロで、この提案を当たり前に受け入れていただろうけれど、もうそんなことはしない。
「明日には学園に通いますから、それには及びません」
私がそう言うと、両親は目を丸くして私を見つめた。
「え」
「ですから、お見舞いは結構です。公爵様にも私が自ら落ちたと……お騒がせして申し訳ないと謝罪を伝えてください」
念を押すと部屋の空気が固まった。
「……頭も打ったのか?」
「ロ、ロザリアがアルフレッド様のお見舞いを断わるなんて……。それに気遣いとか……」
――両親、驚愕である。
これまでがこれまでだったから、無理もないか。
「湖で溺れて、死を覚悟しました。そうしたら、自分がどんなに周りを困らせてきたか気づいたのです。お父様、お母様。今までわがままばかり言ってごめんなさい。ヴァレンシュタイン家の一員として心を入れ替えて立派になります」
それらしい理由をつけると、父と母が顔を見合わせ、その視線はまた私に戻ってくる。
「お前は十分、立派な私たちの娘だよ」
「そうよ……世界一かわいい娘。と、とにかく……明日学園に行くだなんて無理よ! 一週間は家で養生したほうがいいわ」
困惑しながらも両親は私を優しく抱きしめてくれた。
なんといい両親だろう……。
これを機に、私は真っ当に生きようと決心した。

さて。
その日の夜、私は気になることがあって、バルコニーで森のある方角を眺めていた。
そう、小説ならそろそろリリアーナが家出をして、アルフレッドがそれを探す時間だ。
けれど、私は両親に湖には自分で落ちたと言ったし、リリアーナが公爵家から出る理由はない。
では、どうしてバルコニーでそんなことをしているのかというと……。
小説では森に迷い込んだリリアーナとアルフレッドが一夜を過ごすのだが、そこへ普段はいるはずのない魔獣、ダークウルフが現れて襲われるというエピソードがあるのだ。
まだ十歳のアルフレッドが魔法を駆使してダークウルフに立ち向かい、リリアーナを守るという胸アツのシーン。
このことでアルフレッドの魔力が目覚め、潜在能力も爆上がりする。
たとえシナリオが変わっても、小説の流れどおりなら、ダークウルフは現れるはず。
鳴き声くらいは聞こえるかと思ったのだ。
けれど二時間ほど粘って様子を窺っていたが、特に変化はない。
諦めようかと思ったとき……森の方角から「ドン」と音がして閃光が空に走った。
……光魔法だ。
あれがアルフレッドのものならば、話はちゃんと進んでいることになる。
「あふ……。明日、誰かに聞こう……」
重くなった瞼を擦り、私はベッドに潜り込んだ。
私が悪役をしなくなっても……物語は進んでいく。
少しホッとした気分になって、眠りについた。

次の日。
もう完全に元気なのにベッドに押し込まれていた私のところへ、アルフレッドがお見舞いに来てくれた。
「体の調子はどう?」
そう尋ねてくれる彼の銀色の髪は窓から入った光でキラキラと輝いていた。
やっぱり……かっこいいな。
十歳ですでにこの美貌とは恐ろしい。
キラキラと光るその色が時々虹色に見えて……彼の髪が綺麗で……昔から大好きだった。
いつも優しくしてくれたアルフレッド。
しかし、最近のロザリアはリリアーナを邪険にしていたから、あまりいい印象もなかっただろう。
お見舞いだって断ることもできただろうに、きっと湖に落ちた私を心配してくれたのだ。
「もう大丈夫です。わざわざお見舞いに来てくださってありがとうございます」
「あ……いや」
私がそう答えると、アルフレッドが不思議そうに私を見つめた。
以前の私なら「毎日お見舞いに来てくださいまし!」くらいのわがままを言っていたはずだ。
安心してほしい。もうしないから。
それより私は小説の進行具合が気になって仕方がなかったので、質問をぶつけた。
「アルフレッド様。私、昨日の晩に森の方角に閃光を見たんです。まるでアルフレッド様の魔法みたいでした」
「えっ……見えたの?」
やはり、あれは彼が放った魔法だったらしい。
「なにかあったのですか?」
私が無邪気に尋ねると、彼は周囲をキョロキョロと見回してから話し始めた。
「実は、光魔法を使ったんだ」
キラキラした目でそう語るアルフレッドは、普段よりずっと生き生きしていた。
いつもは私の話に合わせて頷いているだけだから、本来はこういう話題のほうが楽しいのだろう。
「まあ、光魔法を!?」
私が大げさに驚いてみせると、彼は照れたように笑った。
――こんな顔、初めて見た。
もっと、自分の話ばかりじゃなくて、アルフレッドが楽しめる話題をすべきだったと反省する。
……まあ、彼にはリリアーナがいるんだから、これからはなるべく近づかないようにするけれど。
この世界には光魔法というものが存在する。
使い手になるには、生まれ持った特性が必要だ。
大体は遺伝によるもので、グランディール公爵家には光魔法の特性を持つ者が多い。
嫁いできた母方も光魔法の名家だったので、アルフレッドはいわばサラブレッドである。
そして、光魔法の大魔術師と呼ばれた祖母を持つリリアーナも、まだ覚醒していないだけで光魔法を受け継いでいる。
これこそ、ヒーローとヒロインの組み合わせだ。
ちなみに、我がヴァレンシュタイン伯爵家には光魔法の特性を持つ者はいない。
「それがね……焚火に入った木の実がはじけて、馬が驚いて森の方へ逃げてしまったんだ。手分けして探していたんだけど、僕が探していたところにダークウルフが出てきて……」
「ダークウルフなんて、恐ろしい!」
「そうなんだよ。この季節の森にいるなんて驚きだった。助けを呼ぼうにも誰もいなくて、焦ったよ。そこで僕がなんとかしないといけないって、馬を守るために光魔法を放ったんだ」
「それが……あの光……。とっても大きな光でした」
「うん。僕もあんなに力が出るなんて思わなかった。駆けつけたお父様もびっくりしてたんだ。……あ、でもこの話は内緒だよ。僕が学園の外で光魔法を使うのはまだ禁止されているから」
「わかりました。でも、すごいですね!」
外で魔法を使うにはライセンスが必要だ。
もちろん、ヒーローであるアルフレッドはこの先、最年少の十五歳でライセンスを取得する天才である。
その後も興奮気味に話し続けるアルフレッドは、すっかり上機嫌だった。
こんなに彼と話したのは初めてである。
「じゃあ、ロザリア、お大事にね。……なんだか、今の君、前とは違う人みたいだ」
「え……」
不穏な言葉に固まる。そんなに態度が変わってしまったのだろうか。
焦っていると、アルフレッドが優しく笑いかけてきた。
「悪い意味じゃないんだ。その……なんだか落ち着いた雰囲気になったっていうか……僕は、今のほうがいいと思う」
はにかむアルフレッドの顔は、国宝級に輝いていた。
以前のわがまま放題の私では、きっともらえなかった笑顔だ。
しかし、違いがわかるなんて……さすがヒーロー。
自分が十歳だということを忘れないように、気をつけて行動しよう。

「なに、お茶会はもういいって!?」
「休日までアルフレッド様の時間を拘束するつもりはありませんから」
私が毎月強制的に誘っていたアルフレッドとのお茶会を、もう必要ないと言うと、父の目玉が外へ飛び出しそうになっていた。
「ロ、ロ、ロザリアちゃん……!?」
母もあんぐりと口を開けている。
学園でアルフレッドを眺めることはできるし、かけようと思えば声だってかけられる。
どのみち、小説ではお茶会でアルフレッドと一緒に来たリリアーナを虐めているのが見つかり、「二度と誘われても行かない」とアルフレッドに宣言される未来なのだ。
そんなまどろっこしいことをしなくても、私はもうアルフレッドをお茶会には誘わないし、リリアーナも虐めない。
あの二人はどうせ結ばれるのだし、放っておけばいい。
「……しかし、もうお誘いしてしまっている。来週のお茶会で、最後にしていいのか?」
父にそう言われて頷く。
「はい、次で最後でいいです」
私が言い切ると、母が心配して尋ねてきた。
「アルフレッド様となにかあったの?」
「いいえ。今までわがままが過ぎたと反省したのです。お父様が毎回無理を言って頼み込んでいたのも知ってしまったの。本当にごめんなさい。そして……ありがとうございます」
私が二人にお礼を言うと、両親は感動して涙を浮かべていた。
実はこのお茶会、父が相当頭を下げて無理にアルフレッドを屋敷に呼んでいたのだ。
アルフレッドからは何度も「勉学に集中したいので」と断られていたのに……。
両親は私が成長したのだと喜んだ。
本当は成長どころか、精神だけ二十七歳分老けてしまったのだが、言えるわけがない。
そうして私は、アルフレッドを最後のお茶会で迎えることになった。

当日、小説どおりにアルフレッドはリリアーナを連れてきていた。
これ、十歳の私のままだったら怒り狂っているところだけど、小説ファンであり、二十七歳の記憶を持つロザリアとしては、生リリアーナが目の前に立っているだけで感動ものだった。
やわらかいミルクティーのような髪に、ファイアオパールのように煌めくオレンジ色の瞳。
可憐なその姿に釘付けになる。
――うわあ……さすがヒロイン、なんてかわいいの。
「あの……すみません……あの時、私が近くにいたのに、助けることができなくて」
どうやらリリアーナは、隣で湖に落っこちた私を本気で心配して謝罪に来たらしい。
優しくて……まっすぐで……声までかわいい!
私だったら日頃意地悪してくる女の子が湖に落ちても「いい気味」としか思わないもの。
アルフレッドを見ると、彼は私を少し警戒しているようだった。
そりゃ、いつも嫌味しか言わないものね。
「気にしないで。足を滑らせた私が悪いのだから。それより、あなたが来ると知らなかったから席を用意していなかったの。お待ちになってね」
「え、いえ、あの、私、お見舞いを渡したらすぐ帰るつもりで……」
「いいの、いいの」
ためらうリリアーナを引き留める。
ちょうどいい、敵意が無くなったことをそれとなくアピールしておこう。
ついでに、小説の世界がどこまで進んでいるのかも確認したい。
侍女に頼んでリリアーナの席とティーセットを追加で用意してもらった。
アルフレッドが彼女の座る椅子をさりげなく確認してから座らせる。
……すぐに改心するなんて思わないよね。
それからは三人でたわいのない話をした。
光魔法の話題になると、二人は夢中になって話し込む。
やはり気が合うようようだ。
小説の終盤、アルフレッドを守りたいと強く願ったリリアーナが覚醒して魔法を使えるようになるんだよね。
光の魔力を持つ者同士……やはり運命のカップルである。
そんなふうに二人を見ていると、リリアーナがハッとしたように口をつぐんだ。
それに気づいたアルフレッドが、慌てて話題を探す。
「ロザリア、興味のない話をしてごめん。ええと……」
「いいんです、お二人のお話が楽しくて聞いていただけですから。さ、光の大魔術師についてお話しください。リリアーナ様のお祖母様なのですよね?」
「えっ……ええ。もうすでに亡くなっているんですけれど」
「すごいよね。彼女は様々な研究に、魔道具なんかも作ったんだって。父の恩師だったんだ」
興奮して話すアルフレッドと私の顔色を窺いながら頷くリリアーナ。
彼女は私にもわかるように、アルフレッドの話の合間に説明を挟んでくれた。
こういう気遣いも忘れないヒロイン……。
こんないい子をよくあんなに虐められたものだ。
そう、両親を亡くしたリリアーナを十歳まで育てた祖母は光の大魔術師で、彼女が作った魔道具が
《薔薇の記憶》である。
作中、リリアーナはそれを懐中時計として受け継いでいる。
時を戻し、運命を変える大切なアイテムだ。
「魔道具なんてロマンがありますね」
考えながら適当に返事をすると、リリアーナが照れたように微笑んだ。
丸テーブルの向かい側に座る二人の仲は、とても良好に見える。
……正直、ロザリアはアルフレッドのことをとても好きだったから、もっと二人がこうしていることに嫌悪感が湧くと思っていた。
けれど、自分が小説の中にいるという妙な納得と、ヒロインとヒーローを応援していた澪の記憶が合わさって、むしろ二人を見守りたい気すらする。
十歳の恋愛に、二十七歳の感覚が入り込めるはずもない。
それに、このまま二人の邪魔をしなければ裕福な伯爵家で、ちょっと過保護な両親と幸せに暮らせそうだもの。
そういえば、二人が森で一夜を共にするというイベントはどうなったのだろう。
ん?
そもそもリリアーナは家出をしてアルフレッドに迎えに来てもらっていたのだろうか。
「アルフレッド様が森で光魔法を使ってダークウルフを蹴散らした時、リリアーナ様もいたのですか?」
唐突すぎたのか、アルフレッドがぽかんとした。
でも、知りたかったのだから仕方ない。
「ロザリア……それは内緒だって言ったじゃないか」
渋い顔をするアルフレッドに、私のほうが驚いてしまった。
ヒロインとは通じ合っていると思うじゃない。
「ご、ごめんなさい。てっきり……」
「どうして、リリアーナが夜の森にいると思ったの? 確かに僕が光魔法でダークウルフを蹴散らしたけれど、仕留めたのはうちの護衛騎士だよ」
「……あ。そうなのですか。光魔法のお話に詳しいので、リリアーナ様もアルフレッド様の光魔法を見たのかと思ってしまって」
あはは、と、どうにかごまかす。
私が言いがかりをつけなかったのだから当然だけど、リリアーナは家出していなかったのか。
「私はアルフレッドがみんなと馬を探しに行くのを、屋敷でハラハラして待っていました。……そんなことがあったの?」
「う……」
そこからアルフレッドが光魔法を使った話をもう一度してくれ、和やかな雰囲気に戻った。
学園外で光魔法を使ったことは、私たち三人の秘密となる。
お茶会も終わり、アルフレッドが帰りの馬車の手配をしようと席を外した間に、私はリリアーナに謝った。
「あの……これまで意地悪してごめんなさい。今日はお見舞いに来てくれてありがとう。アルフレッド様と仲のいいあなたが羨ましかったの。でも、これからは仲良くしてもらえると嬉しい」
こんな謝罪ひとつで許してもらえるとは思えず、頭を下げた。
しかし、清らかで優しい彼女はにっこりと笑った。
「頭をお上げください。急に公爵家に来て、アルフレッドにお世話を焼かせてしまっていたのですから、不快に思われても仕方なかったんです。……あの、それより本当に仲良くしてもらえますか?」
恐る恐る問いかけるリリアーナに、私は右手を差し出した。
「もちろんです。よろしくお願いします」
「……よろしくお願いします」
そうしてはにかむリリアーナと握手を交わした。
かわいい。
やっぱりヒロイン、かわいい。
もう絶対に虐めたりしないと誓う。
穏やかな気持ちで二人を見送り、それから私はアルフレッドに執着しなくなった。

そうして私が意地悪しなくなると、リリアーナと仲良くなることができた。
学校で話すことも増え、宿題を助け合うこともあった。(彼女はアルフレッドに次ぐ秀才でとても頭がいい)
ついには週末になると、二人で街へ出かけて買い物をしたり、お菓子作りをしたりする仲にまでなった。
「こっちが私で、こっちがロザリアが作ったの」
「……リリアーナのクッキーは真っ黒だけど?」
クッキーを作れば、二人でアルフレッドに渡した。
この頃には、私たちは常に三人でいることが多く、敬称なしで互いを呼び合うほど仲良くなっていた。
リリアーナは少し不器用で、なにか作ればよく失敗していたけれど、アルフレッドは笑って受け止めていたし、私もヒロインはこれくらい抜けているほうがかわいいと思っていた。
「あのね……私もアルフレッドが好きなの」
リリアーナがそう打ち明けてくれたのは、十三歳の時だった。
とっくに知っていたけれど、私が十歳までアルフレッドを好きだと公言していたから、言いづらかったのだろう。
「うん……気づいてたよ」
「隠しているのはよくないと思って」
「そう……。私、アルフレッドのことは好きだけど、昔みたいな�犢イ��瓩任呂覆い痢�人としては尊敬しているけど、結婚したいとは思わない。私、リリアーナとアルフレッドはお似合いだと思う」
「えっ!?」
「私がアルフレッドのことでリリアーナに嫉妬してると感じたこと、ある?」
「……それは……ない……かも」
「三人でいると楽しいし、二人が結婚したら嬉しい。アルフレッドはリリアーナのことが好きだと思う。私に二人を応援させてくれる?」
「……いいの?」
「もちろんよ」
「ありがとう、私、ロザリアが大好き」
わだかまりが解けて弾けるように、リリアーナが笑った。
「もちろん、私も!」
正直で、優しくて、思いやりがあって……。
そんな彼女に勝てるわけがない。
ヒロインはヒーローと結ばれるもの。
大好きだった小説のヒロイン。
それを近くで見られるなんて、役得でしかない。

十五歳の冬、私たちは順調に仲良くしていた。
リリアーナは、アルフレッドが光魔法のライセンスを取ったお祝いにマフラーを編むと言い出した。
「グリーンの毛糸にしたの。手触りも最高で、アルフレッドの瞳の色よ」
セーターほど複雑ではないし、なんとか編めるだろうと思って見守っていたけれど、リリアーナは私が思っていた以上に不器用だった。
「リリアーナ、ここの目が飛んでるし、ここは裏編みになってる。解いてやり直そう」
「せっかく……ここまで編んだのに……」
「そうだけど、このままじゃ恥ずかしくてあげられないよ」
涙目のリリアーナはかわいそうだけれど、へんてこなマフラーになったら、いくら愛があってもアルフレッドも使いにくいだろう。
「こんなに解いたら、冬が終わるまでに編み終われない」
「……じゃあ、解いたところまで私が編んであげる。それならいいでしょう?」
「うう……ありがとう、ロザリア」
リリアーナが数センチ編んで、私がチェック。
ひどい編み目を修正するために解いて、また私が元の場所まで編む――それを繰り返した。
出来上がったマフラーはまずまずの出来だったけれど、リリアーナは唇を噛んでいた。
「ほとんどロザリアが編んだようなものだよ」
「毛糸はリリアーナが選んだんだし、私は直しただけだよ。一人で作ったって言って渡せばいいじゃない」
「そんなの、ずるだもの!」
正直者の彼女はそう言って、ラッピング(これも私)したマフラーを渡すときに、私の同行を求めた。
「アルフレッド、プレゼントなの。その……二人からよ!」
そしてアルフレッドに、マフラーは合作だと伝えた。
私はリリアーナのこういうところが大好きで……敵わないと思う。
「ありがとう、二人とも。嬉しいよ。開けていい?」
アルフレッドは優しく微笑んで包装紙を開けた。
中から出てきたグリーンのマフラーを眺めると、すぐに首に巻いてくれる。
それは思っていた以上に似合っていて、リリアーナの色のセンスに感心した。
「グリーンの毛糸はリリアーナが厳選して、毎日、一生懸命編んだのよ」
私がそう言うと、アルフレッドはマフラーに頬ずりをした。
そんなふうにされると、なんだか私まで赤面してしまう。
「とても気に入ったよ。ありがとう」
後日、アルフレッドは私にも、リリアーナとお揃いのスノードームをお返しに贈ってくれた。
手伝っただけなので気が引けたけれど……本当は彼からのプレゼントが嬉しかった。
きっと、リリアーナに意地悪していたら貰えなかったものだ。
「リリアーナが材料をそろえたマフラーだったのに、私までお返しを貰ってしまって悪いわね」
私がそう言うと、リリアーナが口を尖らせた。
「でも、ほとんどロザリアが編んだマフラーでしょ」
顔を見合わせて笑う。
貰ったスノードームを二人で日にかざして、キラキラする様子を眺めた。
アルフレッドと仲のいいリリアーナを見ると、時々チクリと胸は痛んだけれど、私は二人を見守ることに決めていた。
妬んで虐めるなんて、人生の無駄でしかない。
そう思えるほどに、リリアーナは素敵な女の子で、私の親友だった。
しかし、私がリリアーナを虐めなくなると、不思議と別の女生徒が彼女を虐め始めた。
私とアルフレッドは、リリアーナを守る形で学園生活を送った。
公爵家の居候で親のいない彼女は、どうしても周囲から軽んじられがちだ。
私は伯爵家の令嬢にすぎないが、ヴァレンシュタイン家は資産規模なら公爵家にも引けを取らない。
学園内で確かな影響力を持っている。
私が側にいる時は、リリアーナに手出しなんてさせない。
それに、私には小説の記憶がある。
起こり得る虐めは、事前に回避できた。

そうして、二人と親睦を深めて七年。十七歳の時、事件が起きた。
この事件は、本来なら小説のロザリアが荒くれ者たちを使ってリリアーナを危険にさらすという、最低最悪のエピソードだった。
これまでロザリアが行ってきた嫌がらせは、私が改心したことで別の誰かが代わりに行うようになっていた。
だから、リリアーナは小説どおりに狙われてしまうかもしれない。
私は事前に警告しようと思っていた。
が、しかし。アルフレッドが助けに入ることも知っている。
この七年、ずっと二人を見守ってきたけれど、小説のように燃え上がるような恋情が芽生えているようには見えなかった。
好き同士なのだろうけれど、まだ兄妹のような距離感なのだ。
私が先回りして危険を潰してきたせいで、アルフレッドがリリアーナを助ける�爛ぅ戰鵐鉢瓩�減ってしまい、盛り上がりに欠けているのかもしれない。
この事件は、本来なら二人の距離を一気に縮める出来事。
いつものように私が阻止していいのだろうか……。
悩んだ末に、今回は見守ることにした。
「じゃあ、今日はここで。ロザリア、また明日!」
「うん」
明るく手を振るリリアーナは頼んでいた本を図書館に取りに行った。
そこで連れ去られることを知っている私は、本当ならついていきたいところだけど、あえて用事があると彼女から離れた。
アルフレッドはヒーローだから、絶対にリリアーナのピンチに駆けつけるはず。
小説でも、リリアーナは危害を加えられる前に助けられている。
……わかっていてもハラハラする。
心配して彼女の後をつけていると、案の定、角を曲がったところでリリアーナが連れ去られてしまった。
「きゃあっ!」
悲鳴に飛び出しそうになるのを必死でこらえる。
このあと、街の酒場の倉庫に連れて行かれるはず。
でも、連れ去られたリリアーナを目撃したアルフレッドが光魔法で追跡して……。
「ん……? あれ? アルフレッドは?」
キョロキョロと辺りを見回しても、アルフレッドの姿はない。
もしかして……来ないなんてこと、ないよね?
でも、あれ?
そもそもアルフレッドがリリアーナの連れ去りを目撃したのは、小説のロザリアがひどい嫌がらせをしていて、彼が警戒していたからで――。
今の私たちは……。
……な、なんてこと!
これじゃあ、アルフレッドが来ないかもしれない!
「す、すみません! この先で女の子が襲われています! 騎士団を呼んでください! 早く! 酒場の倉庫です!」
私は近くの人にそう叫びながら酒場の倉庫へ走った。
どうしよう……。
どうしよう!
リリアーナの無邪気な笑顔が浮かぶ。
アルフレッドとのイベントより、リリアーナのほうが何倍も大切なのに!
倉庫の前に行くと、中からドタドタと音がし、かすかにリリアーナの声が聞こえた。
扉を開けようとしたが、カギがかけられているのか開かない。
少し離れたところに斧が見えた。
私はそれを両手で握りしめ、ドアに向かって振り抜いた。
ガンッ!
板に斧が突き刺さる。
重くて引き抜けない。
足をかけて、力をかけると、斧を持って尻もちをついてしまった。
リリアーナ!
リリアーナ……!
彼女になにかあったら……どうしよう!
もう一度立ち上がり、重い斧を振りかざす。
今度はドアノブの近くを狙って――。
ズドンッ!
「ハア、ハア、ハア……」
ゆっくりとドアが開くと、中でリリアーナが男に押さえつけられ、必死に抵抗していた。
「誰かーっ! 助けてー!」
中には三人の男がいて、残りの二人が大声で叫ぶ私の姿に驚いていた。
「な、なんだ、こいつ!」
「だ、黙れっ! くそっ、なんなんだ!」
男たちが私を捕まえようと向かってくるので、私は必死に逃げ回った。
その間も、喉が嗄れそうなほど叫び続ける。
「助けてーっ!」
しかし、二手に分かれた男たちが私を挟むように囲んだ。
「お嬢ちゃん、観念して静かにしな」
追い詰められ、身動きが取れない。
リリアーナのほうを見ると、彼女はまだ押さえつけられたままだった。
「そっちの女を縛り上げろ!」
命令が飛び、男たちが私に手を伸ばした――その時。
――ズバアアアアアーン!
風を裂くような勢いで、なにかが私と男の間を駆け抜けた。
「え……」
「ロザリア! リリアーナ! 目を瞑れ!」
アルフレッドの声だった。
私は反射的にぎゅっと目を閉じる。
直後、空気を震わせるような衝撃音と、男たちの悲鳴が響いた。
光が弾ける気配がして、倉庫の空気が一瞬で変わる。
――アルフレッドが来てくれたんだ。
遅いよ……もう……。
どれだけ怖かったと思って……。
恐る恐る目を開けると、アルフレッドが男たちを完全に制圧していた。
圧倒的な力の差に、誰も抵抗できなかったようだ。
「ロ、ロザリアーッ!」
リリアーナが私のところへ駆け寄ってきた。
「リリアーナ! 大丈夫!? 連れ去られたのが見えて、私、私……!」
二人で抱きしめ合う。
リリアーナのドレスの肩が破れているのに気づき、私は自分の上着を脱いでそっと彼女にかけた。
小説では、すぐにアルフレッドが助けに来て、彼女は傷ひとつ負わなかったのに。
ごめんなさい……。
私がもっと注意していれば――そう思うと、涙がこぼれた。
リリアーナにボタンを留めてあげようとすると、指先がヌルヌルしてなかなかはめられなかった。
あれ……どうしたんだろう……。
「ロザリア! あなた……手が……」
「え?」
リリアーナに指摘されて、自分の手が血で濡れていることに気づいた。
必死で斧を振り回したせいで、擦れた手のひらにできたマメが潰れていたらしい。
興奮して痛みを感じていなかったけれど、意識した途端、じんじんと痛みが広がった。
「痛い……」
「そんなになっていたら、痛いに決まってるじゃない!」
リリアーナが泣きながら私の手にハンカチを巻いてくれる。
「二人とも、大丈夫か!」
アルフレッドが駆け寄ってきた。
騎士団も到着し、男たちは連れていかれたようだ。
「助けに来てくれてありがとう……」
私はズビズビ泣きながらアルフレッドに礼を言った。
少し遅かったとは思うけれど、物語の道筋を変えてしまったのは私だ。
とにかく、リリアーナが無事でよかった。
「アルフレッド、ロザリアが私を助けるためにケガをしてしまったの。彼女の手当てをしてあげて」
ケガは痛いけれど、所詮は血豆だ。
襲われたリリアーナの精神的ショックのほうが心配なのに、彼女は私を優先しようとする。
「私はいいから、リリアーナを介抱してあげて」
ヒーローはヒロインを助けるもの。
そう思ってアルフレッドに訴えたのに、彼は私を抱き上げてしまった。
「ちょっ……!」
リリアーナを見ると、彼女は私に手を振ってから騎士団の人に話をしに行ってしまった。
ここで抱き上げられるのはリリアーナのはずなのに。
下ろしてもらおうと身をよじると、アルフレッドはさらに強く私を抱き寄せた。
「無茶をして」
聞いたことのない低い声。
相当怒っている……そう思った瞬間、体がこわばった。
「あの……」





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