●著:ちろりん
●イラスト: 氷堂れん
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-4356-3
●発売日:2025/1/30
予定通り……あなたを抱いてもいいだろうか
侯爵令嬢ロージーは強面で冷徹と噂の将軍シヴァと政略結婚したが、彼に対する恐怖から初夜を拒んでしまう。その後一度も会うことなく彼の訃報を聞いたロージーだったが、残された手紙から彼に愛されていたことを知り、自らの判断を後悔する……と次の瞬間、時が結婚式当日へと遡った。
「初めて見たとき、貴女に惹かれていた」。
二周目にして互いの気持ちを確かめ合い、甘く求め合う二人だったが……。
第一章
『貴女を俺を含む全てから守りたかった。そう思いあの夜に逃げてしまったことを、今でも後悔している。けれど、守りたいという気持ちは今でも変わらない』
何かが頭の中で弾けて、目の前が真っ白になる。
思わず目を閉じ、襲ってくる酩酊感に堪えていた。
どのくらい経っただろうか。
くらくらとした余韻がなかなか引かず、目を開けられない。
ようやくそれがなくなった頃、後ろから声をかけられた。
「ロージーお嬢様? 大丈夫ですか? お嬢様?」
(……え? お嬢様?)
どうして今さらそんな風に呼ぶのだろうと心の中で首を傾げた。
結婚してからというもの、周りの人間は皆ロージーを『奥様』と呼ぶ。『お嬢様』なんて一年ぶりだ。
妻としての役割を何も果たしていない自分が『奥様』と使用人たちから呼ばれることに重苦しさを感じていたが、『お嬢様』と昔の呼び方で呼ばれたらそれはそれでしっくりこなくて驚いてしまった。
それにこの声。
「……メアリー?」
目を開けると、お別れしたはずの使用人が心配そうにこちらを覗き込んでいる。
どうして彼女がここにいるのか分からなくて、ロージーはうろたえた。
「貴女……どうしてここに……」
「どうしてって、ずっとお側におりましたでしょう? なんですか? 私への意地悪ですか?」
意地悪などではなく、本当にメアリーがここにいる理由が分からなくて混乱している。
彼女は少し前に結婚が決まり、侍女を辞めて故郷に帰ったはずだ。
だからここにいるはずがないのにと、信じられない気持ちでメアリーを見つめた。
「なんて、お嬢様がそんな意地悪をされる方でないことぐらい分かっていますよ。あ! もしかして、緊張を解そうとして冗談を言っているとかです? お嬢様でもそんな冗談をおっしゃるのですね。でも、緊張するなって方が無理ですよね。――今日は結婚式ですもの」
「……結婚、式?」
それはもう一年前に済んでいるわ、と言おうとしたとき、不意に視界の端に鏡に映った自分の姿が見えた。
(……ウェディングドレス)
純白の花嫁衣裳にヴェール、綺麗に結い上げられたブルネットの髪の毛。化粧を施され、いつもより派手になった顔。
ぎょっとして息を呑んだ。
「……どういうことなの」
呆然として、鏡に映る自分の顔を指でなぞった。
「ね、ねぇ、メアリー……結婚式ってもしかして私の……?」
「もちろんですよ。ロージーお嬢様とシヴァ様の結婚式に決まっているじゃないですか」
――シヴァ様。
その名前を聞いて、ぶわりと自分の中で熱いものが溢れるのが分かった。
(まさか、本当に……そんなことが?)
信じがたいと思いながらも、本当に『そんなこと』が起きていると信じるに足るものが、いくつかあった。
メアリーの存在、肩口まで切ったはずの髪の毛が背中の真ん中まで伸びていること。
(――時間が、戻っている)
この状況はそう考えざるを得なかった。
いや、だがこんな奇跡のようなことを簡単に信じてもいいのだろうか。あまりにも楽観的だし夢想家と笑われても仕方がない考えだ。
それでも目を開ける直前、自分は全く違う状況にいたことは覚えている。
打ちひしがれて絶望して、一縷の望みをかけて願いが叶うと言われる石に願いを込めていた。こんなことをしても無駄だと思いながら。
そうしたら本当に時が戻っていたのだ。
他の人が聞けば、馬鹿なことをとロージーを笑うだろう。
だが、安易に嘘だとも本当だとも思いたくもない。まずは状況をたしかめなければ。
ロージーは深呼吸をして、どうにか膨らみそうになる期待を宥めた。
「……ねぇ、式はもうすぐかしら」
「はい。先ほどロージー様の準備が済んだとお伝えしたので、もう少しで呼ばれると思いますよ。楽しみですね、お嬢様。きっとシヴァ将軍も首を長くして待っていることでしょう」
「ええ……本当に楽しみだわ……」
口ではそう言いながらも、寂しそうに笑う。
シヴァ・グライスナー。
マガト帝国の将軍であり、ロージーの夫。そしてこれから結婚する人。
記憶では、神の前で永遠の愛を誓い夫婦となるも初夜をともにすることなく翌日の朝にはシヴァは屋敷から出て行った。
ロージーは領地でシヴァは王都の屋敷に住み、顔を合わせることもなく彼が死ぬまで手紙のやりとりもない。
政略結婚で、愛も情もない夫婦。
真っ白でまっさらで、きっと夫婦の歴史を本にするのであれば、一ページも埋まらない、そんな空白の夫婦生活。
これからロージーはそんな日々を送ることになる。
そんなことも知らず花嫁衣裳を身にまといバージンロードへ向かった日に、どうやら戻ってきてしまったようだ。
ロージーがシヴァと結婚するに至ったのは、一言でいえば彼に将軍の地位に見合うような家柄と縁続きにさせるためだ。
シヴァは随分と前に爵位に見合う継承者がおらず、子爵位を返上したグライスナー家の子孫である。
貴族の血を引いているが身分は平民という微妙な立場の彼だが、軍に入り剣の腕ひとつでのし上がった猛者だった。
没落貴族のなれの果てと最初の頃は皆笑っていたが、彼が剣を振るうたびに嘲笑は消え去り、それが称賛の声に変わるのはあっという間だったと聞いている。
訓練でも実戦でも一度も負けたことがない。
十人がかりで襲われても、かすり傷ひとつ負わずに勝った。
戦争では先陣を任され、孤軍奮闘し国に勝利をもたらした立て役者だ。
彼の英雄譚は次から次へと舞い込んできた。
戦争が激化していたこともあったからだろう。
常に勝利を収め、戦争の終息に向かってひた走るシヴァはまさに英雄。
終戦時には彼の身分の低さを理由に批判する人間はいなくなり、彼こそが次期将軍にふさわしいと称賛していた。
その期待に後押しされるように将軍の地位についたシヴァだったが、ここで評判で払拭したと思われていた彼の平民という身分が壁になる。
将軍職に就くにはあまりにも若い。
それを補う地位もない。
果たして人気だけで務まるのかと論じられ、皇帝はついにシヴァにグライスナーの爵位を改めて伯爵位として与え、さらに身分の高い女性との結婚を命じる。
ここで白羽の矢が立ったのがロージーだった。
ゲープハルト侯爵家の長女。
婚約者はおらず、悪い噂はないが逆にいい噂もない、平凡な地味な令嬢。
いずれは誰かの妻として嫁ぐことを期待されていたが、残念ながら社交界に出てもなかなかその相手が見つからないために、両親の悩みの種だった娘でもある。
そのため、シヴァとの結婚は願ってもないことだった。
だが、それはゲープハルト家にとっては、だ。
当のロージーと言えば、シヴァとの結婚を知らされたとき青褪めた。
「……ど、どうして、私なんかがシヴァ将軍と……」
あんな人気者で不死身と謳われる恐ろしい人と、地味で目立たず何も取り柄がない自分が夫婦になるのかと、卒倒しそうになった。
残念ながらロージーにはその器はない。
他の女性たちよりも背が低く、童顔。
よく言えば小動物のように可愛らしい、悪く言えば子どもっぽい。そう評されるロージーは、昔から自分に自信がなかった。
社交界に出るとその自信はさらに削がれる。
周りは年相応の美しさを持ち、大人びた令嬢ばかり。それに比べて自分はなんて子どもっぽいのだろうと、落ち込んだ回数はもう数えきれない。
侯爵家と縁続きになりたいと願う紳士から誘いは来るが、そういう人たちはロージーの家に興味があってもロージー自身には興味がない。
だから、無理して話を続けようとしている男性たちを見ていると、申し訳なくなった。
徐々に社交界から足が遠のき、いつか結婚相手を見つけなければ、いつか、いつか……と思っているうちに今回の縁談が飛び込んできたのだ。
しかも絶対に断ることができない縁談だ。
さらに、シヴァが結婚相手と聞いて躊躇したのにはもうひとつ理由があった。
(シヴァ将軍は、前将軍のご令嬢ルイーザ様と懇意にしていると聞いたけれど……)
てっきりそのふたりが結婚するものだと思っていたので、今回のロージーとの婚約はまさに青天の霹靂というものだった。
どうしよう……とおろおろしながら過ごし、あっという間にシヴァとの顔合わせの日になる。
彼はロージーを見た瞬間、赤い瞳を鋭くし、怖い顔で睨みつけてきた。
(嫌われている……)
そう感じたロージーはシヴァの怒気に怯え、顔合わせだというのに震えてまともに話せずにその日を終えてしまった。
きっと彼はルイーザとの結婚を望んでいたのだろう。
それなのに、ロージーが邪魔をしてしまった。
シヴァにとって自分は疎ましい存在に違いない。
そう感じてしまい、シヴァと夫婦になることに気後れしてしまったのだ。
(こんな私が結婚相手で申し訳ございません……シヴァ様……)
怒れる夫と、怯えと罪悪感を持つ妻。こんなふたりが夫婦になったところで上手くいくはずがない。
結婚式を終えたあと、ロージーはシヴァに言われたのだ。
「俺と初夜を迎える気があるなら寝室に来るといい。その気がなければ自分の部屋で休め。決定権は貴女にある」
凄みの利いた顔で睨まれ、選択を迫られた。
初夜を迎えるのが当然だと思っていたロージーにとって、この言葉は驚きしかなかった。
選択権を与えたのはシヴァなりの優しさなのかもしれない。けれども、選べと言われるくらいなら、拒絶された方がマシだった。
正直、嫌がっている人のもとに抱かれに行くのは気が進まない。
できることなら今日のところは遠慮して、もう少しシヴァを知ってからにしたい。
一方で、初夜をともに迎えないというのは体裁が悪いのではないかという危惧も拭えなかった。
でも、誰が初夜を迎えたかどうかを知るのだろう。
使用人に口止めをしておけば、外に漏れることはない。
それにシヴァがわざわざそう言ってきたということは、初夜を迎えなくても構わないと思っているからではないか。
(……なら、無理にでも私が行く必要ないわよね)
もし、シヴァがルイーザに気持ちがあって、いつか彼女のもとに戻るつもりなのであれば、下手に深いかかわりを持たないほうがいい。
シヴァを好いたとしてもルイーザに勝てるわけがない。彼は彼女を選ぶだろう。
そうなったら、入れ込めば入れ込むだけ惨めなロージーが残るだけだ。
会うたびに睨まれ、冷たくされ、つれない夫。
彼の心に入り込む自信が、ロージーにはなかった。
――結局、ロージーは初夜を自分の部屋で過ごした。
二度とシヴァに会わなくなると知らずに。
翌朝、起きるとシヴァはもう屋敷にいなかった。
王都に向かって出立したと言うのだ。
家令に「ここで好きに過ごすといい」とロージー宛のことづてだけを残し、挨拶もなく彼は行ってしまった。
それが夫とのたったひとつの思い出。
苦しくなるほどに後悔しか残らない、そんな思い出だった。
あのときの選択を今なお後悔している。
(きっと、一年前に時が戻ったのは、二度と同じ後悔をしないようにという思し召しに違いないわ)
もし……もしも、教会のバージンロードの先に待つのが本当にシヴァならば、初夜をやり直したい。
逃げるのではなく真正面から向き合って、シヴァという人を知っていきたい。
彼が何を考えて、ふたりの仲をどうしていきたいのか話し合うのだ。
二度と後悔をしないように全力でぶつかって、空白を埋めていく。
「ロージーお嬢様、お時間です」
さぁ、行こう。ここからが勝負だ。
ロージーは自分にそう言い聞かせて立ち上がった。
シヴァが先の戦争の功績で褒美として与えられたバティリオーレ領は、田舎でありながらも人が住むようになってから長いために歴史がある。
領地内にある教会はこの国で一番古い建物で歴史がある分、厳かな雰囲気を持っていた。
そこにロージーの親族と、バージンロードを挟んでシヴァの軍の仲間が座っている。
一度目の結婚式のときはその光景に圧倒され、オドオドしていた。
無数の視線を浴びて針の筵の上に立つような気分に陥り、こんなに立派な結婚式にしなくてもよかったのにと恐縮しきりだった。
それでも笑顔でいようと試みていたが、おそらく引き攣ったものになっていただろう。
シヴァもそんなロージーを見て、面白くなさそうな顔をしていたのを覚えている。
でも、今回は違う。
開かれるのを今か今かと待っている扉の前に佇み、大きく深呼吸をする。
すると、軋む音を立てながら扉が開かれ、目の前に天鵞絨の絨毯が敷かれたバージンロードと祭壇が見えた。
――そして、その前にはこちらに視線を向ける、正装したシヴァの姿が。
(……私、本当に一年前に戻ってきたのね)
彼の顔を見てようやく実感を得ることができた。
一度目にしたら、視線を外すことができない。
彼はこんな顔をしていただろうか。懐かしい気持ちでシヴァを見つめ続けた。
短い銀色の髪の毛に、赤い瞳。スッと筋が通った高い鼻梁、少し厚めの唇。軍人なのに不死身のふたつ名にふさわしく傷が見当たらない、凛々しくも美しい顔。
最後の記憶と寸分たがわぬ顔のはずなのに、どうしてか違って見える。
記憶が風化してしまったのか、それともロージーの心持ちが違っているからだろうか。
時が戻る前、どうしてもあの初夜をやり直したいと願いが叶う石に縋ったとき、頭に浮かんでいたのはずっとこの顔だった。
またこの目にするときがやってくるなんて。
徐々に近づいてくるシヴァに向けて、ロージーは笑みを浮かべた。
祭壇の前で隣に並んでも、やはり目を離すことができなくてじぃっと彼の横顔を見つめていた。
その視線に気づいたシヴァは、横目でぎろりと睨みつけてくる。
そんな彼に、ロージーは思わず満面の笑みを向けてしまった。
「……っ」
すると、シヴァは息を呑み眉根を寄せる。
動揺した素振りを見せてきたが、すぐに視線を前に向け祭壇を見つめていた。
結婚式はつつがなく進み、誓いのキスを交わすように司祭に言われる。
二度目だがやはり胸は高鳴り、照れくささが取れなかった。
軽く触れるだけのキスは、あっという間に終わってしまう。
一度目のときはあんなに長く感じたのに、と不思議な感覚に陥った。
伏し目がちになると見える睫毛は意外に長いとか、唇が柔らかかったとか、肩に置かれた手が熱かったとか、ずっと気付けなかったことが二回目の今になって鮮明に記憶の中に刻まれていく。
――貴方を知りたい。
そう思う気持ちは、ロージーをどこまでも貪欲にしていった。
式は穏やかに終わり、ロージーはもう一度シヴァの妻となった。
これまで一度目と同じ通りに進んでいる。
(ここからが勝負よ)
教会を出れば、シヴァの屋敷で宴が開かれる予定だ。
ロージーは少しだけそれに顔を出し、早めに退出して初夜の準備に取り掛かる手はずになっていた。
そのとき、シヴァが部屋まで送り届けてくれるのだが、別れ際にあのセリフを言われるのだ。
「俺と初夜を迎える気があるなら寝室に来るといい。その気がなければ自分の部屋で休め。決定権は貴女にある」
冷ややかな目を向けて、心臓が震えるほど低く恐ろしい声で。
ここだ、とロージーは一度目とは違う意味で心が震えた。
ここで答えを間違えてはいけない。
二度と後悔するような道を選んではいけないのだと自分に言い聞かせ、その決意のままにシヴァに食いつくように、小さな身体を精一杯背伸びして顔を近づけた。
「行きます! ちゃんと行きますので待っていてください!」
怖気づいて、先送りになんてしない。
今度こそシヴァと向き合うのだと、自分自身と彼に向けて決意を口にした。
すると、シヴァは面を食らった顔をして瞬いている。
もしかするとロージーがこんなことを言うと思っていなかったのかもしれない。
それはロージー自身もそうだ。
まさか、こんなに拳に力を入れて『ちゃんと抱かれに行きます』と宣言する日が来るとは思わなかった。
「……わ、分かった。なら……寝室で待っている」
「待っていてください。必ず行きますので」
シヴァと言葉を交わしたのは数えるほどしかないが、それでも彼にしては歯切れが悪いと感じてしまう返事に少し不安を覚えながら部屋に入った。
(……き、緊張した)
ひとりになった途端に腰が砕けそうになった。
シヴァの前では平気な素振りを見せたが、あれは精一杯の強がりだ。そんなに怯えているのであれば無理に来なくてもいいと言われないように頑張ったのだ。
きっとこの手の震えはその反動なのだろう。
けれども、一歩踏み出せたことに安堵していた。
悲惨とも言えない、あまりにも空っぽだった夫婦生活。
それを最初から突き崩し、空白をつくらないようにこれから奮闘しようとしているところだ。
よく言うだろう。最初が肝心だと。
だから、怖気づかずにしっかりと「行きます」と言えた自分を褒めたかった。
(私もやるときはやるのね)
消極的で、何をするにしても自信がなかった自分が徐々に薄くなっていく。そんな感じがして嬉しくなる。
「奥様、湯あみの準備ができております」
浴室から出てきたメアリーが、さぁ、花嫁衣裳を脱いで身体を清めましょうと言ってきた。
緊張のあまり汗ばんでしまったので、身体を清められるのは嬉しい。
ぜひ、とパッと顔を明るくしてお願いをすると、丁寧な手つきでドレスを脱がされていく。
浴室で身体から髪の毛の先に至るまでじっくりと綺麗にしてもらい、上がったあとはオリエンタルな香りが心地いい香油を塗ってもらった。
メアリーの手が胸にまで及び、ロージーは思わずギョッとする。
「……こ、こんなところまで?」
「もちろんです。初夜はお身体のすべてをお見せして、旦那様にくまなく愛していただきます。ですから、触れられる可能性のある部分は、しっかりとお手入れしませんと」
当然のように言われて、ロージーはそうなのかと一応納得した。
一度目のときは初夜を一緒に迎えないと決めてしまったので、いわゆる「抱かれる準備」というものはしていない。
初夜でどんなことをするか、それはしっかりと叩き込まれたので知っている。
なるほどたしかにシヴァが胸を触る可能性があるのであれば、恥ずかしがっている場合ではない。
目を瞑り、心を無にしてそれを受け入れていた。
(……でも待って。ということは私……これからシヴァ様と初夜を迎えるのよね? つまり……抱かれるということ、よね?)
はたとそのことに気付き、内心焦りを覚えた。
初夜をやり直したい。
願いが叶う石にそれを望んだし、望み通りに時が巻き戻ったと知ったときはそれを目標に掲げた。
だが、ロージーの頭の中にはそれはあくまで『部屋に行く』という選択をすることだけだった。
その先のことは考えていない。
部屋に行くと言ったあとどうするかなど、そこまで考えが及んでいなかったのだ。
いや、初夜を迎えるために部屋に行くのだから、シヴァと情を交わすべきなのだろう。
けれども、メアリーが言うようにこの身体を曝け出して、触れられると思うと途端に恥ずかしくなった。
先ほどまでのやる気がみるみるうちに萎んでしまい、手で顔を覆いながら悶絶する。
(でもでもでも、やらなきゃ!)
ロージーが勇気を出すしかないのだ。
きっとシヴァからは積極的に手を出してくれないだろうから。
恥ずかしいし、男性に対して大胆な行動に出たことがないロージーがはたしてシヴァに迫るなんてできるか分からない。
それでも、同じことは繰り返したくないという思いの方が強かった。
(後悔しない選択をする。そう決めたのだから!)
シヴァと夫婦として過ごせる道を模索する。
この人は自分とは結婚したくなかったのだと最初から諦めるのではなくて、ぶつかって本心を聞かなければ。
上辺だけではその人が何を思っているかなど分からないのだから。
「……これを着るのね」
肌の手入れが終わったあとにメアリーに差し出されたネグリジェを見て、ロージーはごくりと喉を鳴らした。
薄手の生地に、露出の多いデザインのそれはピンク色でリボンもついていて可愛らしい。
けれども、胸の部分は大きく開いていて、スカートも膝どころか太腿も見えてしまうほど短いものだ。
まるで、ロージーにこのくらい大胆であれと、背中を押すかのようなネグリジェを手に取った。
「あの、私には似合わないのではないかしら。あまりにも……その……大人びているから……」
こういう露出の多い服は、大人の色香を伴ってこそ輝くものだ。
背が低く童顔のロージーには似合わない。身にまとう前から不安になる。これではシヴァに失笑されるのではないかと。
「似合わないなんてことはありません。奥様はたしかにお顔立ちは幼さが残っておりますが、身体は女性らしさを持ち合わせております。お胸もふくよかですし、脚もすらりと細くて美しいです。いつもはドレスの下に隠れていた奥様の魅力を、存分に引き出してくれますよ」
初夜はこのくらいの演出をしないと、と言われ、ロージーはその言葉を信じてネグリジェに着替えた。
さすがにこのままの格好で廊下に出るのは憚られるのでガウンを上からはおり、中が見えないようにサシュできっちりと前を固定する。
握り締めた拳を見つめながら、懸命に己を鼓舞して、いざ! と廊下に進み出た。
(次の目標は、シヴァ様と朝を迎えること! そして、明日以降もここに留まっていただくこと!)
正直、具体的な策はない。
何をどう話せば、シヴァが取り合ってくれるかも未知数だ。
それでも、ロージーは今の勢いを殺すことなくシヴァのもとへと急ぐ。
――シヴァの本心を彼の口から聞きたい。
その一心で、ロージーは必死にもがいていた。
寝室の扉の前に立ち、一呼吸入れる間もなくノックをする。
すると、部屋の中から声が聞こえてきたので、さっそくドアノブに手をかけて扉を開け放った。
入浴を済ませたあとなのだろう。
同じくガウン姿の彼が部屋の真ん中に立っている。
その姿を認めたロージーは、足を止めることなく突進するように向かっていく。
「ロージー嬢……」
彼が何か言いかけたのを見て、先手を打たれる前に思い切り飛びついた。
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