【3月27日発売】婚約破棄の黒幕は溺愛お義兄様 その正体は隣国の冷血皇帝でした【本体1300円+税】

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●著:水島 忍
●イラスト:SHABON
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4815543853
●発売日:2026/3/27


憧れのお義兄様は隣国の皇帝陛下!? 急な求婚にとまどっています


前世の記憶を持つ伯爵令嬢ルディアは七回目の婚約破棄をされたところに現れたシスレイヤ帝国の皇帝、レオンハルトに突然求婚される。彼は幼い頃、皇位争いから逃れるためルディアの家に滞在していた義理の兄のような存在だった。
「君のためなら、私はなんだってする」
憧れていたレオンハルトの熱情に心揺れるルディアだが、彼が前世読んだ小説のヒーローで聖女と結ばれるはずだと思い出し!?






プロローグ



花々が咲き乱れる庭の中を歩いていくクルーン伯爵令嬢ルディアは七歳だった。
赤い髪にいつも大きなリボンをつけて、可愛いドレスを着ている。くっきりとした緑の瞳がチャームポイントの女の子だ。
ルディアは逸る気持ちを抑えて、なるべく早足で歩く。
だって……『あの人』がいなくなってしまったら嫌だから。
庭は広い。子供の足ではなかなか目的の場所に辿り着けなかった。
早く会いたい。会って、少しだけでもいいから話がしたい。
ルディアはやっと目的の場所が見えるところまで来た。大きな木の下に横たわり、昼寝をしている少年がいる。
「レオンおにいさま!」
ルディアは駆け出したところで、転んでしまう。
「いた……っ」
目に涙が滲むけれど、泣くのは我慢する。だけど、膝が痛むのは仕方なかった。
「……ルディ」
レオンの温かみのある声がして、目を上げる。すると、彼が優しく微笑んでいた。
金色の輝く髪が眩しい。青い瞳は濃い色で、藍色みたいに見えた。その瞳がルディアを見つめている。彼は十二歳の少年だが、大人みたいに落ち着いていた。
「怪我したの? 痛い?」
「……ううん。すこし……すりむいただけ」
正直、レオンの優しい顔を見るだけで、痛みは吹っ飛んだ気がした。
レオンお義兄様……。
彼は本当の兄ではない。隣国に住む母方の遠縁の子だが、何か理由があって、このクルーン伯爵の領地に身を寄せていた。
初めて会ったのは一年前で……。
あのときから、ルディアはレオンに夢中だった。
だって……顔立ちが整っていて、すごく綺麗だから。加えて、優しい。子供なのに紳士みたいな雰囲気がある。ちょっと我儘を言ってみても、ちゃんと聞いてくれる。
まあ、理由はいろいろあるが、要するにルディアの好みだった。
「ルディはおてんばさんだな」
レオンはルディアの目尻に溜まった涙を指先で拭ってくれる。
ああ……やっぱり、レオンお義兄様は最高に素敵よ!
心の中でレオンを愛でること、それが七歳のルディアの楽しみだった。
ルディアは領地にあるこの屋敷で生まれ育ち、両親にこれでもかと愛情を注がれ、使用人にも恵まれて、幸せな日々を送っていた。
見た目は無邪気に笑顔を振りまくただの幼い女の子。
けれども、実はルディアには前世の記憶があった。
そう。日本人として二十四歳まで生き、事故により亡くなったという……。
物心ついたときには、もうこの記憶があった。だから、時々おかしなことを言う子だと、周囲から思われていたようだ。
科学が発達した現代日本で便利な生活を享受していた社会人からすると、この世界はあまりにも文明が遅れていて、不便が多い。たとえて言うなら近世のヨーロッパだ。だが、現実のヨーロッパではない。
家庭教師から地図を見せてもらったことがあるが、まず大陸の形が違う。知らない国名ばかりだし、何より一番違うのは『魔法』というものの存在だだ。
すべての人が魔法を使うわけではないが、限られた人達が才能を持って生まれ、学び、訓練して、魔法を使えるようになるらしい。その限られた魔法使い達がこの世界になんとか便利さをもたらしていた。
つまり、ここは前世とは違う異世界ということだ。
そんなわけで、ルディアは前世の常識を口にしては、事情が分からない周囲の人達を惑わせていた。七歳になった今では、さすがに口にしていいことと悪いことの区別がつくようになったから、そんなことはあまりなくなっていた。
というより、前世のことはもう忘れなくちゃと思っている。
だって、いくら元の世界に戻りたくてもどうしようもない。自分はこの世界で生きていくしかないのだ。それなら、なるべくこの世界の常識に沿って、目立たぬように振る舞うしかなかった。
だから、七歳にふさわしい言動を心がけていた。
といっても、ルディアはクルーン伯爵家の長子だから、勉強をしなくてはならない。爵位を継ぐのは三歳下の弟オスカーだが、それでも嫁ぐまでは、長子としてクルーン伯爵家を代表するような教養とマナーを身につけなくてはならなかった。
いつも遊ぶときは思いっきり遊び、勉強するときはそちらに全力を注いでいた。
今日も午前中は勉強をし、ランチを摂った後は、レオンに会うためにここに来た。
彼は同じ屋敷で暮らしているのだから、別にここでなくても会うことはできる。実際、朝食や夕食は同じ食卓で摂っているのだ。
だけど、二人きりで話せるのはここだけなのよ。
特にオスカーがいると邪魔だ。オスカーにとって、レオンは憧れの兄みたいなもので、関心を引いて、遊んでもらいたいようだった。
ルディアは別に遊んでもらいたいわけではない。ただ一緒にいたい。話がしたい。彼の王子様のような優しい微笑みを見たい。それだけだった。
彼は毎日のように、この時間はこうしてこの木の下で読書をしていた。そして、たまに昼寝をしていることがある。ルディアは彼が寝ていようと構わない。そのときは長い睫毛をゆっくり堪能できるからだ。
なんだか我ながら気持ち悪いけれど……。
でも、彼が起きていたら、なかなか睫毛の長さが分かるほど凝視できないのだ。
だって、顔が美しすぎるから。見つめていると照れてきてしまう。
「ねえ、レオンおにいさま。きょうはなんのごほんをよんでいるの?」
ルディアは木陰で彼の隣に座りながら尋ねた。
「……隣にある帝国の歴史の本だよ。歴史って分かるかな? 今まであったことを書いた本なんだ」
彼は七歳の子供にも分かるように説明してくれた。
「シスレイヤていこく? せんせいがおしえてくれたわ」
彼がその国の出身だということも知っている。
「偉いな、ルディは。もうそんなことまで勉強しているんだね?」
彼はルディアの頭を撫でてくれた。瞳は甘く蕩けそうに見える。ルディアは自分に向けてくれる彼の微笑みが嬉しくてならなかった。
ここはネルタン王国だ。古くからある国で、歴史はシスレイヤ帝国より長い。ただし、シスレイヤ帝国は広い領土を持ち、国力もある。ネルタン王国がいつも警戒している国でもあった。二国は対等というのが建前だが、実際にはシスレイヤのほうが力を持っている。外交であれなんであれ、ネルタンは属国とまではいかないが、シスレイヤには何もかも配慮しなくてはならない状況にあった。
ルディアはそういったことを家庭教師以外から学んだ。字が読めるようになってから、すぐにたくさんの本を読み漁ったのだ。
もっとも、ルディアが本当に本を読んでいるとは誰も思っていなかった。ただ、大人の真似をして、本を開いて読んでいるふりをしているだけだと思われていた。
「わたしもレオンおにいさまみたいになりたいの。だから、おべんきょうをがんばっているのよ」
てっきり彼は微笑んでくれると思った。幼い女の子が自分を見習って勉強しているのだから、普通は微笑ましいはずだ。
だが、彼は何故だか戸惑った表情を見せた。
「僕みたいになりたい……? ルディ、でも……」
『でも』の続きは何?
聞きたかったのに、彼は話してくれなかった。その代わり、ルディアの手を握った。彼はルディアが欲しかった優しい笑みをくれる。
「ルディ、お散歩に行こうか」
「うん!」
元気のいい返事をして、ルディアは彼の手をしっかりと握った。彼の手の温かさが感じられて、幸せな気分になった。
庭の中に咲くたくさんの花々。二人はその中を歩いていく。
レオンお義兄様がずっとこの屋敷にいてくれればいいのに。
そして、ずっとずっとこんなふうに手を繋いでいられたらいいのに。
そのときのルディアはただそう願っていた。
第一章 七回目の婚約破棄
二十歳のルディアは舞踏会へ向かう馬車に乗っていた。
幼い頃はクルーン伯爵家の領地にいたが、大人になった今ではこのネルタン王国の王都にある屋敷で暮らしている。舞踏会やらお茶会やらに招かれて、社交をするのが今のルディアの毎日だった。
艶のある赤い髪は優雅な形に仕上げられ、銀細工の髪飾りがつけられている。繊細なレースをふんだんに使った高価なドレスを身にまとったルディアは、緑の瞳を曇らせて、溜息をついた。
こんなに素敵に装ったというのに、どうにも気分が優れない。というより、憂鬱でたまらなかった。
何故なら……。
婚約者のジャイルズが迎えにこなかったからだ。
今夜は王宮で行われる舞踏会だ。よほどの理由がない限り、婚約者がいる未婚の男女はそれぞれ婚約者をパートナーとして出席するのが習わしだというのに、ジャイルズはいくら待っても来ない。そのため、弟オスカーが代わりにエスコートしてくれることになった。
目の前の席で、オスカーは心配そうな眼差しを向けてくる。彼もまたルディアと同じ赤毛に緑の瞳を持っていた。十七歳という年齢にふさわしい初々しさがあったが、それでも姉をエスコートするために完璧な装いをしている。
「姉さん、大丈夫? 具合悪いなら、行かなくてもいいんじゃないかな」
オスカーは幼い頃から姉想いだった。ルディアは彼を安心させるために微笑んだ。
「大丈夫よ。ジャイルズは向こうで待ってくれているかもしれないし……」
今夜の舞踏会に出席することは手紙で伝えてある。いつもなら彼が我が家に迎えにきてくれるはずだった。
遅れるとか、欠席するとかいう知らせも来なかったし、いったいどうなっているの?
ああ、なんか嫌な予感がする……。
やたらとオスカーが心配そうにしているのも、彼もまた同じ予感がしているからなのだろう。
実は、ジャイルズはルディアの七番目の婚約者だ。過去、六回も婚約破棄されている。
最初に婚約したのは、ルディアが十二歳のときだった。婚約するには早すぎる気もしたが、親が決めた。貴族同士の婚姻は自分のしたいようにはできないものだということは、十二歳にもなれば理解できる。だから、相手はいい人のようだったし、結婚したら幸せになれるよう努力するつもりだった。
ところが……だ。一年も経たないうちに向こうから断られた。
理由はなんだったか。もう覚えていない。とにかく一方的に破談を申し入れられて、慰謝料が払われたと聞いた。
それから、二度目の婚約と婚約破棄、三度目、四度目と続いた。自分が呪われているのではないかと思ったくらいだ。あまりにも同じようなことが続いたとき、ルディアは父に話をした。
結婚は諦めて、一人で生きていくすべを身に付けたい、と。
貴族の令嬢は結婚するのが普通だが、行き遅れた場合は条件が悪くなる。相手が初婚ではなく再婚だとか、もっとひどい場合には年老いた紳士の看病をするためだけの結婚とか、幸せとはほど遠いものになる可能性もある。
それくらいなら、王宮で侍女として働くほうがましだ。家庭教師になるとか、何か事業を始めるのでもいい。その上で縁があれば、結婚することも考えてもいいと思っていた。
何しろルディアは現代日本人の記憶を持っている。当然、この世界の貴族の常識とは違う心も持っている。結婚がすべてではないと思ってしまうのだ。働けば食い扶持が稼げて、生きていけるものだ、と。
しかし、父は絶対にダメだとルディアの案をはねつけた。
とにかく、次に見つける相手と婚約するようにとしか言わない。
仕方ないので、ルディアは父の言葉に従い、婚約をした。そして、また破棄されることを繰り返した。それも六度も。
そして、今は七度目の婚約をしていた。
社交界では噂になっている。ルディアが無事に結婚できるかどうか、賭けをされているらしい。ちなみに、今回も破棄されることに多くの人が賭けているようだ。
ジャイルズは男爵家の令息だ。この世界の身分制度では、伯爵令嬢が男爵家に嫁いでくれるならありがたがるのが普通だが、ジャイルズはそうは思っていないようだ。
いや、最初こそ、腰が低い人だと感じていた。好感までは持てなかったが、努力すればなんとか結婚生活が続けられるだろうと思っていた。
ところが、時間が経つにつれて、化けの皮が剥がれたのか、それとも気持ちが変わっていったのか、少しずつ横柄な部分が見えるようになっていった。手紙のやり取りも減り、花が贈られたのもいつの日のことか。会いにきてくれる回数も減った。エスコートが必要なときに、直前で断ってくることもあったのだ。
だから、なんとなく嫌な予感はしていた。
もしかして、七度目の婚約も解消される羽目になるのか、と……。
だが、今夜は直前に断ってくるどころか、断る手間も惜しいのか、連絡なくすっぽかした。それはつまり、彼の意志表示なのではないだろうか。
次に婚約破棄されたら、七度目ということになる。賭けをしている連中はさぞかし沸き立つことだろう。
そんなことを鬱々と考えている間に、馬車は王宮に着いてしまった。多くの貴族が集まるので、正門の前の道路に馬車がずらりと並んでいる。
だから、早く来たかったのに。屋敷でじっとジャイルズを待っていた時間を返してほしかった。
「姉さん……。今夜は俺が姉さんを守るからね!」
オスカーがそう宣言してくれるのはありがたいが、果たして頼りになるだろうか。
今夜はめったに開催されない王宮の舞踏会。たくさんの貴族が招かれている。
だから……今夜だけは何事もなく帰れますように!
ルディアは順番を待つ馬車の中で、祈るような気持ちでいた。


嫌な予感は当たるもの。
いや、当たってほしくなかったが、実際そうなのだから仕方ない。オスカーと共に王宮の煌びやかな舞踏ホールに足を踏み入れたとき、そこに集う貴族達のなんとも言えない視線に晒される羽目になった。
しかも、ひそひそと囁かれている。それに交じって笑い声も。
何度か舞踏会に出席したことがあるオスカーも、その異様さを感じ取り、落ち着かないようだった。
「姉さん……これはなんだか……」
「大丈夫よ。前を向いて」
「……分かった」
若いオスカーに、こんな場面で堂々としていろなんて無理な要求かもしれない。それでも、婚約者に約束をすっぽかされた姉をなんとかリードしてほしかった。そうでなければ、体面が保てない。
しかし、その気持ちも虚しく、集まった貴族達の中からジャイルズが姿を現した。
華奢な若い女性を伴って。
それを見たオスカーは息を呑む。ルディアは驚くより、やっぱりという感覚があった。もう何度も婚約破棄されているから、パターンが分かる。
ああ、そう……。彼もそうなのね。
彼は平凡な容姿をしていたものの、婚約した当初は誠実そうに見えたものだ。もし彼が婚約を解消したくなったとしても、こちらにダメージを与えるようなやり方はしないだろうと思った。
が、彼は真逆のことをしようとしている。
もう……なんて人かしら!
彼はヘラヘラ笑いながら、似合いもしない気障な仕草で自分の髪を撫でつけた。
「婚約者のエスコートなしに、ここに来るとは思わなかったな」
ルディアは肩をすくめる。
「わたしは出席すると伝えました。あなたは迎えにくるのをすっかりお忘れになっていたようですけど」
すると、彼は苛々したように吐き捨てた。
「なんて生意気なんだ! だから、可愛げがない女は嫌いなんだ!」
今まで彼に嫌われないようにと、自分の勝気な部分はなるべく抑えてきたつもりだ。だけど、人前でこんな恥をかかされるのなら、少しでも反撃はしておきたい。
だって、こんなの、惨めすぎるじゃないの。
ジャイルズは華奢な女性の肩に手を回した。女性のほうは笑みを見せて、ルディアに見せつけるように彼にしなだれかかる。
もちろんただの知り合いに、こんな振る舞いはしないはず。つまり、彼と女性はすでにただならぬ関係だということだ。
つまり、婚約者がいるのに浮気をしたってことだわ。
それを大勢の前で公表するのはどうなのだろう。恥ずかしくはないのだろうか。
一応、ルディアは彼に尋ねてみる。
「その方はいったいどなたですの?」
彼はルディアを馬鹿にしたように笑った。
「見て分からないのか? 俺の新しい婚約者だ」
「あなたはわたしの婚約者ではありませんか?」
「だーかーらー! 察しの悪い奴だな。今日限り、おまえとの婚約は破棄する!」
これが七度目の婚約破棄。
ルディアは慣れっこになっていたから、それ自体は冷静に受け止められた。だいたい、こちらも彼と結婚したくない心境になっていたから、向こうから申し出てくれてよかったと思っている。
ただ……。
あまりにもひどい。王宮の舞踏会はどこの舞踏会より貴族が集まる。わざわざそんな場を選んで、婚約破棄を言い渡すなんて……。しかも、新しい婚約者まで連れてきている。
今までの元婚約者達もよく分からない理由で婚約破棄してきた。しかし、ここまで恥知らずな真似をしてきた人はいない。ちゃんと親同伴でうちの屋敷までやってきて、父に申し出ていた。貴族同士の結婚は家同士の縁繋ぎでもあるからだ。個人同士の問題ではないのだ。
それをこの男は踏みにじった。
ジャイルズと新しい婚約者とやらはニヤニヤと笑っていて、悦に入っているようだった。そして、周りの貴族達も嘲笑っている。
ルディアの婚約について賭けをしていた者達のやり取りも聞こえてきた。勝ったの、負けたのという話があからさまにされている。
ルディアの隣で、オスカーが怒りに燃えていた。あろうことか、手袋を外そうとしている。どうやら姉の名誉を守るために決闘を申し込むつもりだ。
「オスカー、やめなさい」
ルディアは彼を止めた。こんなくだらないことで決闘なんてしてほしくない。オスカーは剣術において優れているので、ジャイルズと戦って負けるとは思わないが、そもそもこの国で決闘は禁止されているのだ。
それでも、非公式に決闘する者はいたが、まさかこんな大勢の前で法律違反するのはよくない。
「だって、姉さんが……! あの男、許せない!」
「いいのよ、オスカー。だって、あの人は自ら不貞を明らかにしたのよ。わたしに非はない証拠だから、彼の家から違約金をたっぷりいただくことにするわ」
「い、違約金……?」
ジャイルズが戸惑ったみたいに弱々しい声を出した。
「そうよ。婚約したときに契約書を作成したでしょう? 相手に非がないのに婚約解消を申し入れた場合、違約金を払う義務があります。もちろん不貞をしたときも。この場合、二重の違約金を請求することになりますね」
父と顧問弁護士が万が一のことを考えて、契約書を作成したのだ。今までの元婚約者達があまりにも気軽に婚約破棄をしてくるので、盛り込んだ条件だった。ジャイルズの家はそれほど裕福というわけではないので、違約金は痛いだろう。
まあ、まったく抑止力にならなかったみたいだけど。
「……非はあった!」
ジャイルズは苦し紛れにそんなことを言い出した。
「わたしにどんな非が?」
「お情けで婚約してやったのに、おまえが口うるさいからだ! だいたい何度も婚約破棄されているくせに、どうしてそんなに生意気なんだ? おまえは俺にかしずくくらいでないと、捨てられるに決まってるだろうっ? 容姿だって大したこともない。赤毛は醜いし、緑の目は魔女みたいだ。取柄といえば、伯爵令嬢という肩書きだけじゃないか!」
人前でそこまで言う……?
こんな場で婚約破棄を言われたことだけでも悔しいのに、こんなにも貶められるなんて屈辱だった。
百歩譲って、彼がとてつもない美形だとか、身分が高いというなら分からないでもない。けれど、彼はそのどちらでもないし、言わせてもらえば、こちらだって譲歩しているのだ。
口うるさいというのは、彼のマナーについて指摘したことがあるからだろう。
実際、こんな場で偉そうに次の婚約者候補を伴って現れ、婚約破棄をするなんて、とんでもない常識知らずだ。
「言いがかりだわ。そんなことくらいで、わたしが不利になるわけないでしょう?」
さすがに向こうの容姿を貶めることは言わない。いや、言おうと思えば、言えないことはないが、容姿を攻撃するのは相手と同じレベルに落ちることだ。
彼はふふんと鼻で笑う。
「どうせ、おまえは俺に捨てられたら、誰とも結婚できないよ。七回目だっけ? 婚約破棄。おまえ、変わり者だからな」
ルディアは幼い頃から前世の記憶があったため、この世界の人には分からないことを話しては、ちょっと変わっている子だと言われていた。だけど、成長した今ではおかしなことを口走らないように気をつけている。
でも……今もわたしの評判は『変わり者』なの?
だから、やたらと婚約破棄を繰り返されるの?
ルディアがショックを受け、怯んだのを見て、なおもジャイルズは顔を歪めて嘲笑しようとした。が、その笑いがそのまま固まる。
どうしたのだろうと思ったそのとき、ルディアの肩が後ろからふわりと誰かに抱かれた。
「……婚約解消か。それもいいが、こんな場ですることじゃないな」
振り返ると、そこには懐かしい顔があった。
「レオンお義兄様……!」
久しぶりに見るレオンの顔だ。子供の頃、彼はクルーン伯爵邸に滞在していた。あるとき故国に帰ってしまったが、それからも時々ふらりとルディアの前に現れることがあった。
一年ほど前に会ったきりだったから、本当に久しぶりだ。だけど、どうしていきなりこの舞踏会に現れたのだろうか。
彼もこの舞踏会に招待されていたのかしら?
確か、彼は隣のシスレイヤ帝国の貴族だ。この国の王族から招待されるだけの関係があるのだろうか。何か親善のための訪問とか……?
とにかく彼が現れたことで、場の雰囲気が変わる。
何しろレオンは子供の頃から美形だった。今の彼は長身で体格もよく、美形にも磨きがかかっている。黄金色に輝く美しい髪に、長い睫毛に縁どられた藍色の瞳。鼻は高く、引き締まった唇には意志の強さを感じる。
周りにいた女性達はレオンを見て、ざわめき出す。
『あの方、どなたかしら?』
『初めてお見かけするわ。クルーン伯爵令嬢のお知り合いみたい……』
『お名前、知りたいわ!』
こんなときなのに、ルディアはレオンが注目されることが嬉しかった。同時に、彼が自分の味方として現れてくれたことにほっとする。幼い頃から彼はいつもルディアの味方でいてくれ、過剰なくらいに優しくしてくれるのだ。
お義兄様が傍にいてくれるなら大丈夫……。
隣にいるオスカーもレオンが来てくれて、安堵しているようだった。弟にとっても、レオンは信頼に値する人だ。
レオンがこの場の注目をさらったことに、ジャイルズはムッとしたような顔になった。
「誰だ、あんたは? 関係ない奴は口を出すなよ」
「彼女のことを子供の頃からよく知っている者だ。……ルディ、こんな下品で馬鹿で不細工で常識知らずな浮気者と縁が切れてよかったじゃないか」
「そ、そうね……」
それはルディアが言いたくても我慢していたことだ。あいつと同じレベルに落ちたくないと思っていたが、レオンが代わりに言ってくれてスッキリする。
「なんだとっ? だ、誰が下品で馬鹿で不細工なんだっ?」
「常識知らず、というのを忘れているぞ。まあ、婚約を解消したいなら、それでいいじゃないか。さっさと消えろ。おまえなんか、ルディアにふさわしくない」
「そいつにふさわしい男なんかいるものか! なあ、幼馴染なら知ってんだろ。そいつがこれで婚約破棄されたのが七回目だってさ」
周りで忍び笑いみたいなものが聞こえる。彼らにとって、婚約破棄七回目の修羅場は面白い見世物になっていた。
レオンはジャイルズを冷たい眼差しで一瞥する。
「その口を閉じろ」
「おまえこそ黙ってろ!」
ジャイルズが一歩前に出ると、どこからともなく五人の護衛騎士がさっとやってきて、周りを取り囲む。彼らは腰に剣を提げ、この舞踏会の警備をしていた騎士達と同じ制服を着ていた。
「それ以上、皇帝陛下に近づくな!」
え……皇帝陛下?
ルディアは混乱する。ここはネルタン王国だ。当然、この国に国王はいても皇帝はいない。だが、お隣のシスレイヤ帝国には皇帝がいるはずだ。
もしかして、レオンと共に皇帝がこの国を訪問しているのだろうか。
ルディアは思わずそわそわと辺りを見回してしまった。自分達のやり取りを見物していた貴族達も同じようにきょろきょろしている。
「……皇帝……陛下?」
ジャイルズが尋ねると、騎士の一人が答える。
「この方がシスレイヤ帝国の皇帝陛下だ。お忍びでいらしたところを、王太子殿下が舞踏会に招待されたのだ。おまえごときがみだりに話しかけていいお方ではない」
それを聞いて、周囲がざわめきだす。
『あの方がシスレイヤの皇帝陛下なの?』
『確か、最近、即位されたっていう……?』
『こんなにお若い方だったなんて……!』
ルディアはレオンに目を向けた。彼は澄ました顔をしていて、こちらに微笑みかけてくる。
「あの……お義兄様が皇帝陛下……なの?」
もしかして、ただの貴族ではなくて、皇位継承権を持つような皇族だったのだろうか。
信じられないが、護衛騎士は確かにレオンを守ろうとしている。ルディアは半信半疑ながら尋ねてみた。
「ああ、そうだ。即位できて、やっとルディを迎えにくることができたんだ」
「わたしを迎えに……?」
「そうだ。ずっとこの日を待っていた」
彼はルディアの手を取り、手の甲にキスをした。
ロマンティックな仕草で、普通の状況で見目麗しい男性にこんなことをされたら、たちまち夢中になっていたかもしれない。
だけど、ルディアはわけが分からず、ただ戸惑うばかりだった。
「レオンお義兄様……わたし……」






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