契約結婚のはずが侯爵様との閨が官能的すぎて困ります【本体1300円+税】

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●著:当麻咲来
●イラスト: 鈴ノ助
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4815543518
●発売日:2024/10/30


乱れる貴女の様子をいろいろな角度で焼き付けたい


 侍女兼護衛である伯爵令嬢ジェニファーは他国へ嫁ぐ王女に同行するため、利害が一致した美貌の敏腕侯爵レイと政略結婚をする事に。
 ビジネスライクな結婚生活を送るはずの二人だったが、何故かレイはジェニファーを情熱的に求め始める。「貴女は本当に素直で可愛いな」。
 純粋なジェニファーは閨で毎夜与えられる様々な快楽によって官能に目覚め、身も心もすっかりレイの虜になっていくが……!?





プロローグ
「絶対に、口説き落としてやるんだから! いざとなったら色仕掛けをしてでも……」
華やかなパーティ会場で、真剣な表情で、そうぶつぶつと呟いているのは、ソラテス王国サザーランド伯爵令嬢であるジェニファーだ。
彼女は艶のあるストレートの黒髪に涼やかな緑色の目をした、凜とした美人である。だが実際の恋愛経験は皆無で、色恋沙汰にはまったく興味がなく今まで生きてきた。
そんな彼女は今、着慣れないパーティ用の美しいドレスを身に纏い、人々が笑いさざめく祝宴の会場で、標的を見つめている。残念ながらそれは、妙齢の女性が意中の男性に声を掛けようとして、ドキドキとときめいているというよりは、獲物を狙う肉食獣のそれにしか見えないのだが。
(今日の私の目的は、ゼファーラス皇国に連れて行ってくれる夫を探すこと……)
王宮で侍女を務めているジェニファーの主人は第一王女クローディアである。可憐で聡明なクローディアは、ジェニファーが一生をかけて仕えようと心に決めた主人だ。
そしてこの度、そのクローディアとゼファーラス皇国皇太子アイザックとの婚約が成立した。
一年後にはクローディアはゼファーラスに嫁ぎ、将来的にはゼファーラスの皇后となる予定だ。当然忠誠心の厚いジェニファーが取り得る選択など一つきりだった。
『絶対に、クローディア様に付いてゼファーラスに行きますから!』
クローディアの結婚話を聞いたジェニファーは、即座にそう宣言した。だが未婚の女性は国外に出るには父親の許可がいる。だが赤鷲騎士団長をしているジェニファーの父ジェームスに、その計画を真正面から反対されてしまったのだ。そして保守的なソラテス王国では、例外は認められない。
ジェニファーは娘の夢をあっさりと潰そうとする父の横暴さを思い出し、憤懣やるかたない感情を込めて息を吐き出す。そしてぎゅっと拳を硬く握った。
(……でも大丈夫。たとえお父様に反対されたって、私がゼファーラスに行くことを許してくれる夫と結婚すれば良いだけ……)
そういうわけで、ジェニファーは自分と結婚してくれて、彼女をゼファーラス皇国に連れていってくれる男性を、切実に求めているのだ。そして恋愛に幻想を抱いていないジェニファーにとっては、その目的さえ果たしてくれるのであれば、相手は畑に立っている案山子だっていいと思っている。
(私が狙いを定めたターゲットは、あの人)
ジェニファーが真っ直ぐ見つめている視線の先にいるのは、銀髪に青い瞳。眼鏡を掛けた理知的で端整な容姿を持った青年だ。
「レイ・ブラック。ゼファーラス皇国の侯爵家当主。クローディア様の夫となるゼファーラス皇太子が皇帝になった時、宰相になるだろうと言われている有能な男性……」
情報通な同僚であるナンシーに、『ゼファーラス貴族で結婚相手を選ぶなら誰がいいか』と相談したところ、彼女が一番いいと推していたのが彼だったから、標的に定めた。
(たしかに『わが伯爵家に劣らない家門の人間を』と言っていたお父様からしても、文句の言いようがない良家の当主だし、アイザック殿下の側近中の側近。そして彼自身が『殿下にとって有益な女性と結婚する』と言っていて、現在交際中の女性がいないなんて条件、最高じゃない! あとは頑張って、アイザック殿下のためにも私の存在が役立つと、しっかりアピールしたらいい)
名門騎士団の男性騎士に負けない剣術の腕を持つジェニファーは、度胸と気迫には自信がある。そして竹を割ったような気質の彼女の作戦は至ってシンプルだ。
「よし、行こう。当たって砕けろ、よ」
(絶対に、ゼファーラスに連れて行ってもらうんだから。信じて待っていてくださいね、クローディア様!)
ジェニファーは鼻息荒く、レイ・ブラック侯爵のいる方に近づいていく。
第一章 まずは結婚相手を捕まえなければなりません
ジェニファーが気合いを入れて参加したパーティから遡ること一ヶ月前。
その日ジェニファーは、日課となっている赤鷲騎士団の練習に参加した。
「鼻っ柱の強い新人騎士の、柱の折り役はいい加減勘弁してもらいたいんだけど……」
今日は腕試しとして新人騎士の相手を務め、それを見事に討ち取った。
(名門『赤鷲騎士団』の正騎士に若くして選ばれたくらいだから、かなりできる子だったけど)
『まだまだ練習が足りない』
あっさりと新人騎士の剣を取り落とさせて、そうジェニファーが言い捨てると、新人騎士は女性に負けたと、かなりのショックを受けていたようだ。
(やっぱり私、騎士になりたかったな。前例がないと言って、お父様にあっさり却下されたの、未だに納得いってないわ……)
などと恨み言を呟きながらも、王宮の馬場に馬を預かってもらい、ジェニファーは勤務先である王女宮の自分の部屋に戻った。
乗馬服からドレスに着替えると、帰還の挨拶をするために、クローディアの元に向かう。するとなにやら王女の部屋の周りが妙にざわついていることに気づいた。
(今朝クローディア様は、国王陛下と朝食を共にされる予定って言っていらしたけど……)
そこで何かあったのだろうか。心配しつつも、急いでクローディアのいるティールームへ向かい、入り口で声をかけて入室する。
(……やっぱり何かあったんだ。よりによって私が半日休暇をいただいている間に……)
侍女達の雰囲気が完全におかしい。ジェニファーは顔を引き締めて、侍女用のドレス姿のまま、まるで乗馬服を着ていた時のようにキビキビと歩いて、彼女の主人であるクローディアの前に立った。
「クローディア様、休暇をありがとうございます。ジェニファー、ただいま戻りました」
騎士のように跪くのではなく、ソファーに腰かけるクローディアの前で膝を折り、帰還の挨拶をする。第一王女であるジェニファーの主はいつも通り柔らかい表情で微笑んでみせた。
お気に入りの侍女を見る王女の瞳は温かな春の新緑色だ。長い睫毛に薔薇色の頬。艶やかなストロベリー色の唇。ふわふわと波打つ豊かな金色の髪を揺らして、まるでお人形を大人にしたような愛らしくて可愛らしい姫君だ。
「おかえりなさい。ジェニファー。ちょうどよかったわ。貴女にも関係する大切な話があるの……」
そう彼女が言うと、周りの侍女達はくすくすと、なんだか上気した笑みを零していた。
(よかった。少なくとも悪いお話ではなさそう……)
その様子に少しホッとする。だが彼女の最愛の主人は、柔らかい微笑みを浮かべていても、頬にはかすかなこわばりが見えた。それなりの緊張感が必要な話らしい。
「私、来年に嫁ぐことになりました」
今朝は紅茶を飲みました、ぐらいの自然な感じで、クローディアはお気に入りの侍女であるジェニファーに最重要な案件を伝えてきた。
「―― え?」
パチパチとジェニファーは瞬きをする。一瞬の後に言葉の意味を理解して、驚いて立ち上がってしまった。
「こ、輿入れが決まられたということですか? あの……どちらに?」
思わず声が裏返ってしまった。息を吸って近寄ってしまった距離を慌てて適正なものに戻す。
「びっくりさせてごめんなさい。今朝国王陛下よりお話がありましたの。隣国ゼファーラス皇国皇太子アイザック殿下との縁談ですって」
どこか他人事のように話しているが、それはクローディアと彼女に仕える者達にとってはとても重要な話である。
「アイザック殿下と言えば、有能な上に容姿端麗で有名ですわね。……しかも我が国の隣にある友好国との間で、皇太子とのご縁談ですから、とても素晴らしいお話ですわ」
既に話を知っていたらしい侍女達はぱっと華やかな顔をして両手を叩いて笑顔になった。その声にジェニファーも頷く。
(たしかに関係の悪くない隣国の皇太子の元に輿入れされるのであれば……クローディア様にとっても良縁だわ……)
アイザックは確か今年三十になるはずだ。穏やかな気性と明晰な頭脳。周辺からの評判も良いし、兄弟との関係も良く、皇位継承に関しても大きな問題が生じる余地はなかったはずだ。きっと愛娘であるクローディアにとって一番良い選択を国王がした結果の縁談話だろう。
「クローディア様、おめでとうございます」
一つ息を吸って、冷静になったジェニファーは改めてお祝いの言葉と共に笑顔を見せた。するとクローディアがそっと彼女の手を取り、立ち上がるように促した。
「……ありがとう。でも……寂しくなるわ」
じっと見上げたその目がかすかに潤んでいるのと、『寂しくなる』というセリフを聞いて、ようやく彼女の主人が何を案じているのか把握できた。
「クローディア様、まさか私を連れて行かないなんてこと、考えていらっしゃいませんよね。ぜひ、私をゼファーラス皇国に連れて行ってくださいませ。私はクローディア様が行かれるところなら、どこにでも付いて参ります」
ジェニファーがにっこりと微笑んで言うと、クローディアは潤んだ目を大きく見開いた。
「ジェニファー、本当?」
ホッとしたからだろうか、ジェニファーに触れているクローディアの手がかすかに震えているのに気づいて、改めて主の顔を見つめ返した。いつも通りの表情で、外から見れば普段の彼女と変わった様子は一切伝わってこない。けれどまだ十八歳になったばかりの姫君だ。手が震えるほど動揺していたのかもしれない。
(いつかは……と覚悟はしていたかもしれない。でも突然隣国に嫁ぐことが決まって、戸惑っていらっしゃって当然だわ……)
大切に育てられた生粋の箱入り姫君が、生まれ故郷を離れてまったく知らない夫の元に旅立つのだ。もちろんクローディアはソラテス王国の第一王女としてきちんと教育も受けているし、王族としての責務も義務も十分に理解しているだろう。それでも不安や恐れがあっておかしくない。だったら側近として今できることは不安を共有し、その細い肩に乗る責務を共に背負うことだろう。
「ご安心ください。それに私だって、クローディア様のいない王宮なんて何の魅力も感じませんから」
口にしてみたら、全部本当だと納得してしまって、思わずうんうん、と頷きながら答えると、彼女はホッとしたようにゆっくりとソファーに座り込む。
「ほんとう?? でも……」
彼女が上目使いにジェニファーを見上げる。
「独身のジェニファーはご両親の了承を得ないと、ゼファーラスには付いてこられないでしょう……。けれど赤鷲騎士団長は、ジェニファーが私についてくることを許してくださるかしら……」
その言葉にジェニファーはハッと表情を変える。ああ見えても、父は娘である彼女を溺愛している。だからこそ騎士団に所属させずに、王宮に勤めさせて自分が厳選した以外の下手な縁談は、全部蹴散らしているくらいだ。まあその縁談もジェニファーが全部断っているのだが。
(あぁ面倒くさい。クローディア様の心配は見当違いじゃない辺りが特に……)
とたんに不安になってしまったジェニファーだが、二歳年下の大切な主君が不安そうに見つめているのに気づくと、笑顔で胸を張り、力強くドンと拳で胸を叩く。
「ご安心ください。父からもきちんと許可をとって参りますので!」
ジェニファーの言葉に、クローディアはホッとしたような顔をしつつも、眉を下げて困ったような笑顔を見せた。
「あの……無理はしないでね。もちろんジェニファーが一緒に来てくれたらすごく心強いけど、尊敬しているお父上と仲違いをしないようにね……」
侍女の心まで気遣ってくれる優しい主人のうるうると潤んでいる瞳を見ると、ジェニファーはクローディアの愛らしさに胸が打ち貫かれるようだ。
(はぁ、絶対に、どんなことをしても付いていく! 一生お仕えさせてください!)
うちの姫様、最高に可愛い! などと暑苦しく心の中で忠誠を誓っていると、クローディアはいつも通り柔らかく微笑んで言葉を続けた。
「そうね……ジェニファー。今日は午前だけお休みの希望が出ていたけれど、明日までお休みを延長しましょう。一度自宅に戻ってご家族といろいろ話してきた方がいいわ」
侍女への気遣いまで完璧なクローディアのおかげで、ジェニファーは休暇を延長してもらい、実家であるサザーランド邸に戻り、直接両親と話し合うことにしたのだった。

               ***

久しぶりに実家で夕食を食べると伝えると、父は残業せずにいそいそと屋敷に戻ってきた。サザーランド家は第一子であるジェニファーを筆頭に、三男四女の兄弟姉妹がいる。さらに今年の秋にはもう一人子供が生まれる予定だ。賑やかに家族全員で、笑顔の家族団らんの夕食を終える。その後ジェニファーは家族しか入らない居間に両親と三人きりにしてもらい、早速、クローディア王女の縁談について話をした。
「そう、あのクローディア様がご結婚とはねえ……」
母は感慨深そうだが、ジェニファーは一刻も早く父から許可をもらいたい一心で、両親を前にそのままの勢いで、宣言した。
「そういうことで、私、クローディア様と共に、ゼファーラスに行きます!」
だが瞬間、父親が飲んでいたワイングラスを、ガンと音がするほど激しく机に叩きつけた。
「ダメだ! 絶対に、許さん!」
赤ワインが飛び散って、母が慌てて辺りを拭いている。サザーランド家は伯爵家ではあるが、父の仕事柄、内密な話をする時にはメイドなどを部屋に入れさせない。そんな場合、片付けをするのは母ぐらいしかいないのだ。
「お父様が許さなくても、私は絶対に、クローディア様に付いていきます!」
「いーや。独身のお前は、父の許可がない限り国外には出られん。それがソラテス王国の法律だ。無理を通せばクローディア様のご迷惑になる!」
言い切られて、ジェニファーは理解のない父親の言動にイラッとしてしまった。
「じゃあ、私が結婚すればいいんでしょう? その場合、国外に移動するかどうかの許可は、夫が出せるんですから!」
まだまだ女性の立場が低いこの国では、女性は一人で自分の人生を決めることもできない。その苛立ちも込めてそう声を荒らげると、父はイヤ〜な顔をした。
「ようやく……結婚する気になったのは良いが、相手は誰でも良いというわけではないぞ。サザーランドの家に恥じない、それなりの家柄の、それなりの相手でないと認めないからな! 適当な相手と結婚して夫の許可を取ったからとクローディア様に付いていく、みたいな安直な結婚は、もっと認めないからな!」
売り言葉に買い言葉とばかりに言い返してきた父に、ジェニファーは動揺する。
(た、確かにそういう方法もあるって、ちょっと考えなくもなかったけれど……)
浅い目論見がバレていたことをごまかすように、ジェニファーも、父の声に負けないほど大きな声で言い返す。
「わっかりました! 最低でも伯爵家以上の家柄の人間と結婚しましょう。『それなりの家柄』の男性であれば、絶対に結婚を認めてくださいね!」
はぁはぁと感情が激高して荒い息をつきながらも、二人がにらみ合っていると、おっとりと母が間に入ってくる。
「そうね〜。このくらいの勢いがないと、貴女の結婚話は決まらないかも知れないわね。……まあがんばりなさい。貴女が結婚する気になってくれただけでも良かったわ」
ふんわりと母親に言われてジェニファーと父ジェームスは激昂していたのが腰抜け状態になり、なんとなく顔を見合わせて、そのまま席に着いた。
「とりあえず、お茶でも出しましょうか」
母は笑顔で言うと、夫と娘に美味しいお茶を淹れてくれたのだった。

               ***

あれから一ヶ月。ゼファーラス皇国よりアイザック皇太子が、ソラテス王国第一王女であるクローディアとの婚約の契約書を交わすために王国にやってきていた。そしてその婚約を祝う祝賀会にジェニファーは出席している。
「で、どうなったんだ? 結婚して夫の許可をもらってゼファーラスに行くって、騎士団長に大見得を切ったって聞いたぞ」
今日は侍女としてではなく、サザーランド伯爵令嬢として結婚相手を物色しにやってきた。だが鬼の赤鷲騎士団長の娘に近づいてくるのは幼馴染みの騎士くらいのものだ。
「うるさいわね。……具体的に進んでいたら、とっくにエスコートしてもらっているわよ!」
ムッとして言い返すと、彼は面白そうにニヤニヤと笑った。
「だろうなあ。ゼファーラスに一緒にいってくれるか、単身で妻が行くことを認めてくれる伯爵位以上の家柄の男なんてまずいないだろうからな」
売り言葉に買い言葉で啖呵は切ったものの、父が出してきたのは相当の難題であったことに途中で気づいた。ジェニファーの視線は、自然とゼファーラス皇国の皇太子アイザックと会話しているクローディアに向いている。
(まあ、皇太子は見目麗しいし、クローディア様と並んでも見劣りしない。ちょっと優男風なのが気になるけれど、多分クローディア様の好みではありそう……)
二人が話している様子を見れば、クローディアは当初より不安そうな顔をしなくなっていたし、アイザックも物腰が柔らかく、穏やかな微笑みを未来の妻に向けている。それを見れば、婚約者に対して好意を持っているように見えた。
(まあ、うちのクローディア様はめちゃくちゃ愛らしいからね。あんな品が良くて可愛くて、その上性格まで美人な姫が妻になるってなったら、あっという間に骨抜きになるのも当然ってものよ! うちの姫様と結婚できることを感謝して、皇太子は一生クローディア様に心からお仕えすることね!)
そう心の中で主人愛を叫んでいたら、横の男に茶々を入れられる。
「諦めろよ。そんなのゼファーラスの男を探した方が早いくらいだが、さすがに無茶だろ?」
からかうような幼馴染みの言葉に、刹那、頭に雷が直撃したような気持ちになった。
「それだ!」
現時点で何人かクローディアについていく予定の側近のメンバーを確認したが、そもそも独身男性が皆無なので、相手探しが難航していたけれど。
(そう、お父様は爵位についてあれこれ言っていたけれど、どこの国の人とは言ってなかったものね)
つまり、ゼファーラス皇国の人間で、伯爵以上の爵位を持つ、ジェニファーを受け入れてくれる男性を探せば良いのだ。正に今、婚姻に関する話し合いを行うためやってきたゼファーラスの人間が多数、このパーティにも参加しているはずだ。そしてまだ若いアイザック皇太子の側近は、独身の男性も少なくない。
「いい助言ありがとう。ちょっと私、ナンシーのところに行ってくるから!」
「え?」
呆気にとられた顔をしている幼馴染みをその場において、ジェニファーは情報通と有名な侍女仲間のところに向かう。
「ナンシー。私に協力してよ。いろいろ情報を教えてもらいたいんだけど」
彼女は夫と離別した独身女性で、しかも実母がゼファーラス出身のため、今回母と幼い子供を連れて、クローディアについて行くと既に表明済みだ。当然彼女ならゼファーラスの貴族にも詳しいし、アイザック皇太子の側近については、彼女の性格なら確実に情報を収集しているだろう。
「どうしたの? 例の条件はクリアできそう?」
ぜひともクローディアに付いていきたいジェニファーは、父との話し合いの結果も主人に伝えている。その話を横で聞いていたナンシーにわくわくとした顔で聞かれて、あえてジェニファーは眉を下げて泣き言を言ってみた。
「それがさ〜条件が厳しすぎて、全然ダメなのよ。それでね、いっそゼファーラスの独身男性貴族を狙う方が、話が早いんじゃないかって思って。だからナンシーにオススメの男性貴族を教えてもらおうと考えたの」
ぶっちゃけて話をすると、彼女は賢そうな顔をにんまりと緩めて、ふむと頷いた。
「そうねえ……。当然、ゼファーラスの独身貴族だったら誰でもいいわけじゃないわよね。アイザック皇太子とかなり近しい関係の側近が理想なんじゃないかなって思うんだけど」
彼女の言葉にジェニファーは深く頷く。確かに今皇太子の傍にいても、例えば領地運営のために将来的に領地に引きこもってしまうような相手では、クローディアの傍に仕えることに問題が生じるかもしれない。理想としては、皇太子から離れることのない側近中の側近を選びたい。
「今回連れてきているアイザック皇太子殿下の最も近しい側近の中で、まだ結婚が決まっていないのは、三人。できたらその三人の中で口説ける人がいれば理想的だと思うけど……」
そう言うと彼女は指を三本立てた。
「一人目が今アイザック皇太子殿下の後ろで、護衛についているルフト子爵。あの黒髪の人ね。ただ、爵位が子爵なので騎士団長のお気に召すかどうかはわからないわね」
武人であることは、父のお眼鏡に適うかもしれない。だが爵位が下がるとなると、問答無用に却下される可能性もある。ジェニファーはナンシーの言葉に頷いた。
「確かに」
「それから、向こうで話をしている金髪の人」
扇の内側から指差した方向を見ると、にこやかにソラテス王国の文官と話している男性がいた。
「スターシス伯爵。あの方は外交を得意にしている文官。仕事柄ソラテス王国とも関係が深いし、爵位もバランスがいいから条件的にはぴったりなんだけど……」
ナンシーの言葉に頷きつつ、流れからいって何か問題があるのだろうな、と彼女の続きの言葉を待った。
「長いこと付き合っている恋人がいるらしいの。ジェニファーが口説き落とすのはちょっと大変でしょうね」
すごい……。既にそこまでの情報を手に入れているのか。感嘆と尊敬の眼差しでナンシーの顔を見つめてしまう。
「さすが……ナンシー、最高!」
思わず誉め称えると、彼女も気分は悪くないようでにっこりと微笑み返す。
「そして一番のオススメが、アイザック殿下のすぐ隣にいる男性」
指し示したのは、銀髪に眼鏡、青い瞳。理知的な容姿を持った男性のことらしい。今までアイザックとクローディアばかりを見ていたため、あまり目に入ってこなかった。
改めて示された男性をじっくり見てみると、婚約者達が楽しげに会話しているすぐ傍で、如才ない様子で笑顔を浮かべ、会話に加わっている。だがその目は騎士とは違う視点で二人の関係をじっと窺っているようにも思えた。
「あの方はブラック侯爵。アイザック殿下の懐刀と言われている頭脳明晰な人物よ。将来の宰相の座に最も近い男性と言われていて、確実にこれからのアイザック殿下を支えていく、側近中の最側近。皇太子から離れることはないと言えるわ」
話を聞きながら、ジェニファーは冷静に彼を観察する。見た目は美しいのだけれど、血肉をもった人間らしからぬ、鉱物とか金属のような硬質で冷たい雰囲気のある人だと彼女は思った。
「つまり一生アイザック殿下と皇宮から離れないだろう人物ってこと?」
じーっと穴が開くほどブラック侯爵を見てからナンシーに尋ねると、彼女はこくりと頷いた。
「ええ。個人的にもアイザック殿下の親友とも呼べるような立場の方らしいわ。そして今のところ、女性の影は皆無。それどころか、普段から『アイザック殿下にとって一番有益な女性と結婚する』と公言してはばからないみたい」
侯爵で、アイザックの側近中の側近。そして『アイザック殿下にとって有益な女性と結婚する』と言っている、現在交際中の女性がいない男性。
(それ、私の条件にぴったり!)
思わずテンションが上がり、一歩そちらに近づこうとする。
「あ、でもね。最難関だからね。ゼファーラス皇国社交界で、アイザック殿下に次いで、手に入れたい男ランキング二位の男だからね。そうそう簡単に口説き落とせるような人じゃないのよ!」
「絶対に、口説き落としてやるんだから! いざとなったら色仕掛けをしてでも……」
後ろから小声で言うナンシーの声は、猪突猛進状態のジェニファーには聞こえていない。
「よし、行こう。当たって砕けろ、よ」
彼女は獲物を見つけた肉食獣のように、ただひたすらブラック侯爵を目標に定めて、躊躇うことなく近づいて行く。
「あら、ジェニファー」






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