【10月30日発売】婚き遅れ王女がマッチングしたらメロい護衛騎士の心の声が聞こえるようになりました【本体1300円+税】

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●著:藍杜 雫
●イラスト:木ノ下きの
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4815543747
●発売日:2025/10/30


マッチング魔法に頼るほど、お見合い相手に困っていたんじゃないですか?


後ろ盾のない第十七王女フィーネは、高位の王族に遠方での公務を押し付けられ婚期を逃していた。嫌な縁談から逃げるためマッチング魔法の婚活パーティに出席した彼女の相手に選ばれたのは、自らの護衛騎士で公爵家の跡取りでもあるクラウドだった。
「殿下は俺のものになる運命だったんですよ」押しの強い彼にとろとろに愛されて溺れていくフィーネ。だが第二王女の娘がクラウドにご執心で―─!?







プロローグ 運命の恋をあなたと



恋に落ちていたとクラウドが気づいたのは、彼女がいなくなってからだった。
王族の象徴である金色の長い髪に紫色の瞳が脳裡に何度もよみがえる。
穏やかな気性の表れた顔立ちは、無理難題を言われてもなお表情を荒らげることはなく、いつもゆるやかな微笑みを浮かべていた。
それは物語に描かれるような運命の出会いとは、ほど遠かったのかもしれない。
彼女――フィーネは王女とはいえ、普段、クラウドの身の回りにいた女性より着飾っていなかったし、クラウドのことをひとりの男として認識していたかもわからない。
そんな出会いでしかなかったが、控えめでいて一生懸命な彼女の姿はクラウドの心のなかでいつまでも眩しく輝いて、もう一度、会いたいと思うには十分だった。
ところが、ことはクラウドが思うようには運ばなかった。
これまでの人生で、自分はどちらかといえば、女性から騒がれる側の人間だった。
「あら、クラウドさまだわ……素敵。一度ダンスを踊ってみたいわ」
「ばかね。クラウドさまと言えばジェニファーさまのお気に入りで有名よ」
王宮に勤めていたときには、クラウドを見るために令嬢が不自然なほど待ち構えていたし、気に入られた令嬢の護衛にさせられ、着飾った女性に辟易としていたくらいだった。
公爵家の御曹司として生まれたクラウドは父親に似て甘やかな顔立ちをしており、ゆるやかに波打つ黒髪が風に揺れるたびに、女性たちから秋波を送られてきた。
身分を隠して入っていた騎士団でも出世し、若くして国一番の生え抜きが揃えられた近衛騎士団の一員にまで上りつめている。 
正直に言えば、自分が容姿も家柄も恵まれている上、実力もあるという自覚はあった。
しかし、そんなものはフィーネを前にしてなんの役にも立たなかったのだ。
伝手を苦心して彼女の護衛騎士になってからの一年半、クラウドは自分が彼女の役に立つように立ち回ってきたつもりだし、実際、信頼そのものは得ていたと思う。
しかし、彼女から恋愛的な意味で感情を向けられたことがあったかと言えば、それは否だ。
彼女から微笑みを向けられるたびに、その笑みに少しはなんらかの意味があってほしいと願うのに、いつまでたっても王女と護衛騎士の関係のまま。
あまりにもなんの進展もないものだから、クラウドが最後に頼るのは魔法しかなかった。
「フィーネ殿下にひとりの男として見てもらいたい」
古びて年季の入った鍵と錠前がたくさん入った箱を前にして、クラウドは祈りをこめるようにして呟いた。
ほかの誰でもなく、自分は彼女に振り向いてほしい。彼女の側に長くいればいるほど、その人柄のやさしさに心を打たれ、彼女の隣に立ちつづける正当な権利が欲しいと願うようになった。
ふんわりと広がる長い金色の髪を揺らして微笑む姿を見て、何度手を伸ばして抱きしめたいと思ったことだろう。
魔法にでも頼らなければ、自分のこの想いが満たされることはない。
どうか彼女の心を射止められますように――そう祈るような気持ちで、クラウドの手はひとつの錠前を箱のなかから拾いあげる。
それは手のひらに収まる小さな錠前だというのに、実際の重さ以上の重みを持つような不思議な感覚がした。
箱と錠前と、そしてこの錠前を開く唯一の鍵と、粘りつくような魔力で繋がっているのだ。
事実、錠前が入っていたのは魔法がこめられた箱――魔導具と呼ばれるものだった。
この国には魔法がある。
北方を走る山脈に広がる黒い森や荒野には危険な魔獣が住んでいるが、それらを近づけないための聖なる結界の魔導具に通じた王族がおり、地水風火の魔法を使う魔導師や騎士たちがいた。

それに古の魔法と呼ばれる呪いに似た古い魔法もある。
古の魔法のひとつにマッチング魔法と言われる、相性がいい結婚相手を探すためのものがあった。
キンバリー公爵家に伝わる家宝の魔導具である。
クラウドの必死の祈りが届いたのだろうか。
呪文を唱えられて魔法が発動すると、魔導具の箱から引いた自分の錠前とフィーネ王女の鍵は、ほかの人には見えない光で繋がっていた。
彼女のそばに近寄って鍵を鍵穴に差しこんでみると、鍵はぴたりと合わさって錠が開く。
それは、マッチング――婚活の相手が決まった合図である。
魔法で、自分が仕えている王女フィーネとマッチングしたのだ。
その瞬間を自分はどれほど望んでいたことだろう。少なくとも、この瞬間、ようやくクラウドはフィーネからお見合い相手として認識されたのだ。
驚く彼女を前にして、クラウドはゆるく波打つ黒髪をかきあげて囁いた。
「マッチング魔法に頼るほど、お見合い相手に困っていたんじゃないですか?」
頬にちゅっとキスをすると、驚いて固まってはいたが金髪の王女は嫌がる素振りを見せなかった。
――やっとフィーネ殿下の前に男として立てた。
もう逃がさないとばかりに満面の笑みを浮かべて、彼女に手を差しだした。
「殿下は俺のものになる運命だったんですよ」
ほかの誰も欲しくない。フィーネだけが欲しい。
この感情をただの執着だと言われれば、そうなのかもしれない。
初めて会ったときから、クラウドは彼女のことが知りたくて、よく知ってからはそのすべてが欲しくて、ずっとささやかにあがいてきた。
仕事をする上では、彼女はクラウドの言葉にうなずいてくれるし、頼ってくれているとは思う。でも、それだけでは足りない。
自分が彼女を好きになったように、彼女も自分に恋してほしい。自分を見つめる視線にもっと熱を帯びてほしい。
マッチング魔法からはじまった恋でもいいから、彼女の心がどうか振り向いてくれますようにと、クラウドはひたすら願うしかなかった。



第一章 婚き遅れ王女の婚活事情 



フィーネの母親が亡くなったとき、フィーネはまだ十才だった。
仮にもスキルゲイト王国の王女という立場であったが、黒い喪服を着た少女の周りには侍女がひとりついているだけだ。
周りには母親の死をよろこぶ王妃やほかの妃、それに異母兄姉がたくさんいたというのに、みな遠巻きに喪服に身を包んだフィーネを見ていた。
長い金色の髪は黒い服とベール付きの黒い帽子によく映えて、悲しみをたたえた姿には退廃的な美しささえ漂う。
それがまた周りの人間には面白くないのだろう。
「ようやく邪魔な第八妃がいなくなってくれたわ」
「なんであんな普通の女が寵愛されたのかしら」
「第八妃に顔がそっくりとはいえ、陛下は娘には興味がないようだし……」
そんな冷たい言葉が、葬式の間中、フィーネの耳に届くように発せられていた。
生きているときもそうだったが、不吉な死の気配が漂う墓地でも、集まった人々は亡くなったフィーネの母親を悪く言うのをやめられないようだ。
聞こえてくる声は悲しみに暮れるフィーネを傷つけて、余計に孤独を感じさせるものばかりだった。
無条件に自分を愛してくれていた存在がいなくなり、黒いドレスに包まれて棺に納められ、墓地に運ばれていくのを眺めることしかフィーネにはできない。
涙がとめどなく流れていくと同時に、フィーネのなかの感情は壊れてしまったようだ。母親からの愛を失って、自分のなかにもあったはずの愛情が涙とともに流れて涸れてしまった。
虚しさを覚えながら葬式が終わるころには、これからどうやって生きていけばいいのだろうと漠然とした不安を抱いていたことを覚えている。
父親はいたが、フィーネの存在を覚えているかはあやしかった。
葬式では母親が亡くなったことは悲しんでくれていたが、フィーネに声をかけてくれることはなかったからだ。
国王という立場もあるし、母親を失ったことでフィーネ自身にも興味がなくなったのだろう。あるいは、なにかほかにもっと国政で気になることがあったのかもしれない。
そんな話をできるほど、父親と親しくはなかった。
後ろ盾のない王女という不安定な立場になったのだという実感を覚えたのは、フィーネが暮らす王宮に食事が届かなかったときだ。
それは寵妃だった母親が亡くなったことに対する、ほかの妃からの嫌がらせだと、幼い子どもながらわかっていた。
感情が涸れてしまっていても、空腹は体に堪えて無視できない。
育ちざかりの子どもには、一日に一食、それもパンしか届かない生活はひどくお腹が空いた。
母親付きだった侍女が引きつづきフィーネの面倒を見てくれて、苦労して厨房にかけあい、ほかの妃たちの目をかいくぐってフィーネに食べさせてくれていた。
「おまえは母親にそっくりね」
王妃をはじめ、ほかの妃から何度その言葉を聞かされたことか。彼女たちはいまはフィーネに関心を示さない父親が、いつか特別な愛情を向けるのではないかと怖れ、十才の子供を警戒していたのだった。
心ない言葉を向けられるたびに、自分の感情が欠落していくのがわかった。
――なにも感じていないのだから、傷つく必要もない。
母親を失ったことで、次第にフィーネは愛というものがよくわからなくなっていた。
感情をごまかしながら生きることには慣れた。
そんな虚しい生活が大きく変わったのは、十二才になり、フィーネが魔力測定の儀式を受けてからのことだ。
王族の血に連なるものははみな、十二才にその儀式を受けることになっていた。
スキルゲイト王国の魔法を司る機関――魔法塔の魔導師の前で、魔力があるのかどうか、もしあるとしたらどんな魔法が使えるのかを測定する儀式である。
魔導師は魔法塔で管理をされており、王宮以外にほとんど出かけることがないフィーネはここで初めて魔導師と会った。
王宮のなかには夜になると光を放つ魔導具や調理をするために熱を放つ魔導具があったが、その調整をしているところさえフィーネは見たことがなかった。
魔導師特有の長いローブを羽織った姿に圧倒される。
「第十七王女のフィーネ・エベリー・スキルゲイトさまですね、さぁこの水盤に手をかざしてください」
言われて、自分の腰丈と同じくらいの高さの水盤に近づく。
十二才になっていたものの、手足だけがひょろひょろと長くて、身長は決して高くはない。儀式の水盤がまだ幼いフィーネでも手が届く場所でよかったと安心する。
魔法塔の敷地にある建物のひとつは六角形の塔になっており、その広間の真ん中に水盤があった。
どこから水を引き入れているかもわからないのに、まるで泉のようにこんこんと水が湧きでている。
それでいて、なぜか水面は凪いでいた。
水盤から溢れる水は周囲に流れ落ち、水路を伝って外へと流れでている。
水盤の隣に踏みしめられてすりへった石があり、その上にフィーネは立った。
それで正しいのかどうかわからないまま手をかざしていると、呪文を唱えられる。
「さぁ、聖なる水盤よ……未来をこの場に示せ。フィーネ・エベリー・スキルゲイトのなかにどんな形を見いだすのか答えを示したまえ」
その呪文を唱え終わったときは、なんの変化もなかった。
しかし、フィーネは自分の内側がふわりとあたたかくなったような、それでいて体全体が発光しているような不思議な感覚を覚える。実際、フィーネの金色の髪はまるで水盤からの風を受けたかのようにふわりと舞いあがっている。
次の瞬間、鏡のように凪いでいた水面が盛りあがり、六角柱の形に変わって光り輝いた。
その不思議な光景にフィーネはただ見入っていた。
「おお……フィーネ王女殿下は結界の魔法に目覚めました!」
魔導師の言葉で、ようやく現れた奇跡の意味を知る。
水晶のような六角柱の形は、王族の血に連なるものしか扱えない結界魔法の証しなのだと言う。
水が水盤から零れるのと同じく、自分のなかでも、なにかが溢れるような感覚が目覚め、手を振りかざすとその力を自在に操ることができた。
奇跡が現れた水盤から意識をそらせば、盛りあがった六角柱が崩れ、またもとの水に戻る。
魔法が現れたことなどなかったかのように、また水は零れおちていく。
「おめでとうございます、フィーネ王女殿下。結界魔法の新たな使い手が現れたことに祝福を」
年配の魔導師はうれしそうに微笑んで、杖の先をフィーネにかざしてくれた。
この魔力測定以降、フィーネの待遇は変わった。
王宮の片隅ながらもひとつの宮を与えられ、使用人もつくようになった。宮には寝室だけでなく、執務室や応接室をはじめ、侍女のための部屋もひととおりついている。
もちろん、いまだに嫌がらせをされることはあったが、食事をまともに食べられるようになったのがとてもうれしかった。
宮には火を使わずに水や食べ物をあたためられる魔導具があり、簡単にお茶やあたたかい食べ物が食べられるようになったのだ。空腹がもっとも苦手だったフィーネとしては、それだけで結界の魔法に目覚めたことがありがたかった。
一方で、よくない方向に変わったこともある。それは、ほかの兄姉が嫌がる公務を押しつけられるということだった。
結界の魔法に覚醒した王族は、生涯、特別な待遇の恩恵にあずかれる一方で、王族の特別な公務に当たることが義務づけられている。
スキルゲイト王国の魔導師を管理する魔法塔ですら手出しできない王族の義務だ。
ひとつには王族の威信を知らしめるための式典や行政機関の長とのやりとり、騎士団の指揮といった実務。そして、それと同じくらい、あるいはそれ以上に重要なのが、国の内外に湧く魔獣から国民の住処を守る魔導具に魔力を注入することだった。
この公務だけは、王族のなかでも結界魔法に覚醒したものしかできない。
しかし、その義務は序列が高いものから低いものへと押しつけられるのが常だった。
つまり、母親もなく、父親の覚えもめでたくないフィーネは、ここでも序列の最下層となる。
「おまえなんて、公務を与えられるだけでもありがたく思いなさい」
王妃からかけられる言葉には蔑みがこめられ、その娘である第二王女ニルヴァーナからの当たりは特にきつかった。
親子ほども年が違うというのに、彼女はフィーネを見かけるたびに嫌味を言い、自分がやりたくない公務をわざわざフィーネに回すように裏で手を回す。
そんな生活がつづくうちに、フィーネはあきらめることを覚えたし、こんなものだと思えば、次第に苦にならなくなった。
第八妃の子で、しかも母親が亡くなっているフィーネは、第一王妃の子――それも『シングル』と呼ばれる一番目から九番目までの序列の高い王子や王女には頭が上がらなかった。
ほかの妃をはじめ、シングルの兄姉はフィーネにとって危険な相手だ。顔を合わせるたびに嫌がらせを受けてきた。
その最たるものが遠方での公務だった。
「フィーネさまはもっと怒ってもいいんですよ」
いままで世話をしてくれていた侍女は旅についていくのは大変だからと、途中からその娘のニナがついてくれるようになったのもフィーネにとってはありがたかった。
四才年上の彼女は、年が近い姉のような存在で、話しやすい。
「嫌味を言う上の方々といつ会うかわからない王宮暮らしより、旅暮らしのほうが快適なんだもの。王女らしくないのはどうしようもないし……いいのよ」
そんなふうに打ち明けたのは半分以上、フィーネの本音だ。
旅暮らしをつづけるうちに、この生活も悪くはないと前向きに考えるようになっていた。
侍女のニナと護衛騎士しかいなくても、ちゃんと手当が出て食事も与えられ、誰からも抑圧されない生活は、のんびりしたフィーネの性に合っていたらしい。
兄姉たちが遠方の公務を嫌がったのにはれっきとした理由がある。
王都から離れた国境の公務に向かうには、宿場町を泊まり継ぎながら馬車で片道七日間から十日間はかかる。つまり遠方の公務をひとつ受けるだけで半月はかかり、ふたつ受ければ、ひと月半ほどずっと旅暮らしということになる。
城壁に囲まれた街を外れれば、街道といえども人と会うことは滅多にない。
街道を行き来するだけの生活では、社交界で自分の存在を見せつける機会もなければ、華やかな王都での式典にも出られない。
せっかく王族として生まれたのに、泥臭い生活をしたくない兄姉は王都から離れるのをできるだけ嫌がり、自分の番が回ってきたときにはほかの誰かに押しつけ、それが巡り巡ってフィーネのところにやってくるのは珍しくなかった。
いまとなっては、自分がどちらかと言えば要領が悪い人間だと、フィーネ自身よく理解している。
だから、公務へと出向いた先の城砦で、
「どなたですか? 身分証明書を提示してください」
などと聞き返されても仕方ない。悲しいとは思うけれど、半ばあきらめている。
このぐらいのことでフィーネの心は動かなかった。
初めての公務に出向いたときでさえそうだった。宿場町を泊まり継ぎ半月をかけて国境近くの城砦へと行ったというのに、フィーネのような小娘が王族には見えなかったのだろう。
――『おまえみたいな小娘が王女なわけがあるか……この不届き者め』
そう言われて王族を騙った偽物だという扱いを受けた。
もちろんニナが反論して、最終的には魔導具に結界の魔力を充填するという『奇跡』を見せることで、本物だと証明できた。最初がそれだったから、公務を引き受けてさえ自分の扱いはこんなものかという耐性はできている。
それでも、自分の格好はそんなにみすぼらしいだろうかとフィーネはマントを抓みあげ、言葉に詰まってしまった。
つくづくと第一印象というのは大事なのだと思う。
あまり豪華な馬車に乗っていると無法者に目をつけられるからと、乗ってきたのは普通の箱馬車だ。
外に王家の紋章はつけていない。
それでもおそらく、上の姉たちなら、豪華なドレスで周囲の空気を一蹴するのだろうが、フィーネにそんな華やかな振る舞いはできなかった。
――国境まで旅をするのだからと動きやすいドレスで来たのはやっぱり失敗だったかしら。
王都から七日もかけてやってきたのだから、もう少し歓迎してほしいと思ってはいけないだろうか。
少しだけ悲しい気持ちになったフィーネを擁護するように、すっと護衛騎士のクラウドがマントを翻しながら前に進みでた。
フィーネを守ってくれる背中が頼もしくて、少しだけ心がどきりと跳ねる。
彼が護衛になってから、ときどきそういう瞬間があってとまどっていたものの、張りのある声で
フィーネの代わりに名乗りを上げる姿は堂々としていて素敵だった。
「こちらはフィーネ・エベリー・スキルゲイト。第十七王女殿下です。結界の魔導具――『聖なる灯台』に魔力の充填に足を運んでくださったのです。王族に対する無礼は、兵士の規則第十三条違反ですよ」
近衛騎士の制服を着たクラウドがフィーネの身分を保障する金色の身分証を掲げると、ここで砦の門番がようやく顔色を変えた。
敬礼をしながら、
「第十……いえ、王女殿下。失礼いたしましたお通りください!」
多分、何番目の王女か聞きそこねたのだろう。ぞんざいな扱いではあったが、門を通してもらって助かった。
こんなことは日常茶飯事だし、ここで怒っても自分にはなんの得もない。
ここであきらめてしまうから要領が悪いのだと言われても、見ず知らずの兵士に対して憤りをぶつけて正すほどのことでもなかった。
それにおそらくは、フィーネよりもクラウドのほうが身分が高い人間の振る舞いに見えたのだということも理解している。
背が高い彼は格好よく、マントを身につけた近衛騎士の制服がよく似合っていた。
許可が出たから通りましょうと言わんばかりに手を差しだしてくれる様子もさまになっていたのだろう。遠目から見守っていた街の女性たちから、
「あの騎士さま、素敵ねぇ」
「近衛騎士の制服がよく似合っているわ」
などと囁かれて、王女であるフィーネよりも視線を集めている。
いつものことながら、クラウドの人気ぶりにフィーネのほうが圧倒されてしまう。その視線から逃れるように、フィーネは自分の矜持を守ってくれた護衛騎士と背後で怒りを抑えている侍女に声をかけた。
「大丈夫だから行きましょう、クラウド……ほら、ニナも」
そうやって一騒動あってから国境沿いに立つ城砦のなかへ入っていくのはもう慣れたものだった。
フィーネたちが乗ってきた馬車を操る馭者とクラウドの馬は旅の疲れを癒やすためだろう、馬小屋のほうへと案内されていっている。
「いいのですか、フィーネ殿下。なんなら俺が一回か二回ぐらい殴ってきましょうか」
石積みの堅固な壁に覆われた廊下を歩きながら、物騒な言葉を吐くクラウドを、フィーネは笑って諫める。
フィーネとしてはこのぐらいでは感情の波風も立たないのだが、この護衛騎士はそんなフィーネの代わりによく怒ってくれる。
「クラウドは近衛騎士なんだから、そんなことをしたら揉め事の種になるでしょう。わかってくれたんだからいいのよ」
争いごとを避けたがる性格のフィーネに、クラウドはちっと柄の悪い舌打ちをする。
殴れなくて残念がっているというより、彼はフィーネが馬鹿にされることが許せないのだった。
見た目は凜々しい騎士だというのに、クラウドは少々過保護なところがある。
「次からは先に名乗らせてください。それでも殿下を軽んじるものがいたら近衛騎士の名の下に処罰します」
そんなことまで言われると、さすがに行きすぎではないかと思う。
近衛騎士というのは一般の兵士より身分が高く、国中の騎士をはじめ、女性たちの憧れの的だ。彼が言うからにはできないことはないのだろうが、行きすぎた処罰は下のものからの反感を買う。
フィーネが少し我慢すればすむのだから、事を荒立ててほしくない。
「ほどほどにね、クラウド……わたしの名誉を守ってくれるのはうれしいけど、揉め事がなく公務を遂行するのが一番なのよ」
――それに、城門でそんなことをされたら、きっとクラウドに注目が集まりすぎるのよね。
というのは心のなかだけでひっそりと呟いておく。
本人も自分の見た目のよさは自覚している向きがあるのだが、フィーネのことになると、それを忘れてしまうところがあった。
クラウドはもっとなにか言いたそうにしていたが、最終的には主であるフィーネの言葉に従ってくれた。眉間のしわにだけわずかに不機嫌さを残したまま押し黙る。そんな顔でも整っているから、もう砦のなかでよかったと内心でほっとしていた。
女性の目があるところでは、クラウドの振る舞いに黄色い歓声があがることがあるから、それはそれで、衆目を集めてしまうのが苦手なのだった。
案内している兵士は自分が処罰されるのではとびくびくしているようだ。
「こちらでお待ちください。いま、上官に殿下の到着を伝えてきます」






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