【9月30日発売】悪女転生 推し宰相を誘惑したら恋の攻防がはじまりました【本体1300円+税】

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●著:愛染乃唯
●イラスト:深山キリ
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4815543730
●発売日:2025/9/30


悪女を頑張っていたら推しの宰相と一夜を共にしてしまって!?


ゲームの悪役令嬢に転生したことに気付いたレオノーラ。
前世我慢しがちだった彼女は今世は自由に生きようと、まずは推しの宰相ジェラードに接近しようとするが、ゲームとは様子の違う彼に押し倒されてしまう。
「見せてください、あなたを……」悪女ぶるがお人好しの抜けないレオノーラに対し、初心で奥手のはずのジェラードは実は曲者で百戦錬磨。あっという間にベッドで蕩かされ執着され溺愛され!?







【1】せっかく悪女に転生したので、推し脇役をゲットします!



レオノーラ・ローズアビー伯爵令嬢は決意した。
今世こそ、自分勝手に生きてやる、と。

「――レイラさま。レイラお嬢さま。聞こえていらっしゃいますか?」
「もちろん聞こえておりますわ、ジル。わたくしを誰だと思って?」
高慢に鼻を鳴らし、レイラはちらっと辺りを見渡す。
真っ白にピンクの模様が入った大理石の床と柱、繊細な花の模様が刺
繍された壁紙、書き物机も、椅子も、飾り戸棚も、お茶をするための円卓も、何もかもが白とピンクと赤と金でまとめられた、いかにも豪奢な女の子の部屋。
( 可愛いい……ゲーム画面で見ても可愛かったけど、実物は迫力あるなぁ)
とろんと目尻を蕩けさせ、レイラは美しい室内に見惚れた。
室内の作りはよくよく見るとどこの国っぽくもないし、どこの国っぽくもある。
年代もそう。基本はロココ調っぽいけど、ヴィクトリア朝っぽくもある。
全部それっぽいだけで断定できない理由は簡単。
ここが、ゲーム世界だからだ。
(間違いない。これは『薔薇の陰謀〜ロイヤル・ローズガーデン�掘繊戮寮こΔ澄�私の大好きなゲームの三作目。それで、私は――)
右手の鏡台へと視線をやると、きつめの美女がこちらを見ている。
ストロベリーブロンドにちょっと吊りぎみの真っ赤な瞳、つんと尖った鼻に真っ赤なリップ、長い
まつげはどこかクジャクを思わせる華やかさだ。
美女がまとう衣装はかすかに金の光沢のある真紅の布で仕立てられ、若々しさもありつつ、デコルテを大きく開けた妖艶な仕上げ。布の端には肌触りのよい漆黒のフリルが隙間なくあしらわれているから、真っ白な肌とのコントラストが否が応でも際立っている。
さらに、惜しげもなくさらされたデコルテには美術館でしか見られないような宝石までのっていた。薔薇のつるを模した黄金の枠にはまったしずく型のルビー。それを吊っているのは黒いレースのチョーカーで、このレースにも細やかな宝石がこれでもかというほど縫い込まれている豪華仕様だ。
着ているものだけでも小さな国の年間予算を超えてしまいそうな、ゴージャスな美女。
(これが、私。レオノーラ・ローズアビー伯爵令嬢。私、ゲーム内の悪役令嬢に転生してたんだ)
まだ少し信じられないような気分はあるが、それ以上にレイラは興奮していた。
――普通の女の子が、悪役令嬢に転生する。
そんな物語は飽きるほど読んだり、見たりしてきた。
でも、目の前で起こっていることは現実だ。自分の人生に降りかかってきた、現実なのだ。
まだまだ鏡で自分の美女ぶりを眺めていたい気持ちもあったが、レイラはどうにか前を向く。
レイラの目の前には、先ほど話しかけてきた黒服の老婦人、メイド長のジルと、床に這いつくばって震えている幼いメイド、アンの姿がある。彼女たちもゲーム内の登場人物だ。
ゲーム内の登場人物が、レイラの言葉を待っている。悪役令嬢、レイラの言葉を。
(答えなきゃ。レイラとして)
頭の中を探ると、レイラらしいセリフはすぐに出てくる。
レイラはこっそりと長めに息を吐いて、吸った。
そうしてふたりに向かい、堂々と言い放つ。
「わたくしは、レオノーラ・ローズアビー! 豪商から伯爵家までのぼりつめたローズアビー伯爵家の一人娘にして、この世で一番美しく、誰よりも誇り高い、薔薇の乙女ですわ! わたくしは、すべてにおいて自由で完璧ですのよ!」
「――さようでしょうとも。先ほどは失礼なことを申し上げました。それでこそ、レイラお嬢さまでございます」
「う、ううっ、レイラさま、どうか、どうかご慈悲をっ……!」
メイド長ジルは満足そうに言って一礼した。
その横で、幼いメイドのアンは両手を組み合わせて震え続けている。
(どっちもゲーム内ではよくある反応。っていうことは……)
レイラはそっと片手を握り、やった、と思った。
今のは完璧な悪役令嬢だった。ジルもアンも少しも疑っていない。
(私、できてる。自分勝手な悪役令嬢、やれてる)
目の前が明るくなり、頭の中がバラ色に染まっていくような気分。
自分は、文字通り生まれ変わり、今さっきそのことを思い出した。
この先も、思うままに、自由に、自分勝手に生きられるはず!
レイラはそう信じて、まさにこの世の春の気分で立ち続けていた。

レイラが『自分勝手』にこだわるのには理由がある。
思い出したのは昨日の夜遅くだが、彼女の前世はどこにでもいる中流の日本人、阪本玲奈だ。
玲奈は長女で、生まれつき控えめな性質であった。
幼少期から、目の前にお菓子があってもすぐには手を伸ばせず、
『おかあさん、たべていい?』
と聞きに行くのが常だったし、休みの日にどこか行きたいか、晩に何が食べたいかと聞かれても、
『どこでもいい』
『なんでもいい』
としか答えられない。
そんな態度もひとりっこ状態だった頃は『奥ゆかしい子ねえ』なんて言われて済んでいたのだが、
妹ができてからは状況ががらりと変わってしまった。
玲奈の妹は天真爛漫で、なんでもかんでも欲しいと主張できる子だったのだ。
『あたし、おねーちゃんのケーキのほうがいい!』
妹が玲奈のケーキを指させば、親はすぐに眉尻を下げて言う。
『お姉ちゃん、お姉ちゃんだから譲ってあげられる?』
『……うん、私、どっちでもよかったから』
もやっとするのを感じながらも、『イヤだ』と言えば喧嘩になる。
穏やかに生きることを望む玲奈としては、笑って自分のケーキをさしだし、妹が一口かじったケーキを自分の前に引き寄せる他に選択肢がない。
以降の人生も、ずっと同じ繰り返しだ。
『譲ってあげて?』
『玲奈はお姉ちゃんだもんね』
『どっちでもいいんでしょう?』
どっちでもいい、どこでもいい。
自分から言い出したことだから撤回もできず、玲奈は笑って受け入れた。
淡い抵抗をしたのは、ミドルティーンのころに一度だけ。
玲奈が淡い恋心を抱いていた家庭教師の大学生を、妹に取られたときのことだった。
『私も先生に教わりたい! お姉ちゃんは成績いいから、もう家庭教師要らないよね?』
屈託なく言われ、さすがに胸のもやもやが爆発したのだ。玲奈は小さな拳を握って反論した。
『それは……さすがに、ダメじゃない……?』
『ダメ? なんで? どうしてお姉ちゃんは先生のことひとりじめするの? お姉ちゃんは自分が成績よければそれでいいの? いつもそうやって、自分のことばっかり!』
そこから始まった大喧嘩。
夕方帰宅した母は暴れる妹に手を焼き、玲奈に難しい顔をした。
『玲奈。空気を読んで!』
さすがに今回は母に味方してもらえる、と思っていた玲奈は、その場で凍り付いてしまった。
――以降、玲奈は、わがままの言い方を忘れた。
頑張ってわがままを言っても、結局のところすべては奪われる。
ならば変に波風立てず、正解を選ぶのがいいのだろう。
みんなが嫌がることには、私がやりまーす、と手を挙げて、玲奈って最高にありがたいよね、クラスにひとりは玲奈が要るよね、なんて言われて、わーい嬉しいです、もっと頑張っちゃお! とはしゃいだふりをして。裏で『あの子おかしいよね、頭わる〜……マゾなんじゃない? まあ便利だけどさ』
なんて言われているのも、聞こえていないふりをして。
それが、正解の生き方。
空気は呼吸のためではなく、読むためにある。
そう信じて時は過ぎ、親の勧めたブラック企業に勤めて早五年目。
果てしない違法な連勤の末に勝ち取った休みの日、玲奈は独り暮らしの部屋でゲームをしていた。
今や、玲奈がほっとできるのは、植物と乙女ゲームに向き合う時間だけだった。
観葉植物を栽培するのは小学校の時の植物係から続く趣味で、地味にやればやっただけ成果が出るのが気に入っている。
乙女ゲームは大学に入ってから本格的に触ったが、思いのほか心にフィットした。主人公が誠実に生きるうちに立派なひとたちに好かれ、成功していくのがいい。ロイヤル・ローズガーデンは�兇�ら手を付け、絵とストーリーラインが好みすぎて�気鬚笋蝓↓靴�出ると聞いたときは小躍りした。
久しぶりの休日、玲奈は現世を忘れてゲームに没頭し、そのまま寝落ちた。
そして――目が覚めたら、レイラになっていたらしい。

(多分あのとき、過労死しちゃったんだろうな。それで、なんでかゲームの世界に転生できて……今は私、レイラなんだ。レイラなんだから、自分勝手に生きていいんだ。むしろ、悪役令嬢っぽく生きるほうがみんなのためになるはず!)
仕立てのよい手袋をした手をきゅうっと握り、レイラは興奮に頬を赤らめた。
これからは『空気を読む』なんてしなくていいし、『どっちでもいい』なんて言わなくていい。
なんなら一回『どっちでもいい』と言って、『やっぱり気が変わりましたわ』なんて言ってもいい。
悪役令嬢は、自由だ!
「――それで、レイラさま。粗相をしたメイドの処遇はどういたしましょう?」
ジルに声をかけられ、レイラは、はっと我に返った。
(そうだった。今朝は、朝一番でジルがアンを連れてきたんだった。何か粗相をしたとかなんとかで。
これはきっと、レイラが悪役令嬢らしさを発揮する場面)
昨晩から自分の境遇に驚き、慌て、ついでに浮かれていたせいで、いちいち反応が遅れてしまう。
とはいえ玲奈はゲームに詳しい。
改めて小さなメイドの少女に向き合い、邪悪そうな笑みを浮かべて見せた。
「もちろん愚かなメイドのことは忘れてはおりませんことよ!」
「ひぃっ……」
びくんとして床で頭を下げた少女は、まだ十歳やそこらに見える。
自分がこのくらいの歳のときは、ケーキを選ぶ自由も、ドレスを選ぶ自由もなかったなあ、なんて思い出しながら、レイラは自分の細腰に両手を当てる。
「アンでしたわね。あなた、具体的には何をしでかしたんですの?」
「そ、それはぁ、あ、あのぅ」
「はっきりお答えなさい? 遠慮してもごもごしていても、誰も助けてくれませんわよ」
あくまで高慢な悪役令嬢風に、レイラは言う。
レイラは成金伯爵令嬢にふさわしく、高慢で自意識過剰なキャラだ。さらには嫉妬深くて、聖女である主人公に巧妙な罠を仕掛ける役どころ。あまりふにゃふにゃしていたら役を逸脱してしまう。
いくら転生とはいえ、玲奈は推しゲームの世界観を大事にしたいタイプであった。
アンはびくりと背中を震わせると、おそるおそる顔を上げた。
ちょっと猫目なのが可愛い目に涙を浮かべ、彼女は告げる。
「私……レイラさまの、ペットを……」
「ペットを?」
(レイラのペットと言えば、かわいい翼猫。まさかあれを、こ、殺しちゃった、とか……?)
冷静なふりで、レイラは内心焦る。
アンはというと、ぶわっと涙を浮かべた。
「ペットを洗うときに、レイラさまの浴室ブラシを使ってしまいましたっ! お許しくださいっ!」
「あら、そんなこと?」
ペットが元気でよかった、とレイラが胸をなで下ろしていると、ジルはいぶかしげにしている。
(あ、そっか。レイラならここで、理不尽にキレちらかさないと!)
自分は悪役令嬢なのだ、高慢で傲慢で理不尽なのだ。
そうやって自分に言い聞かせ、レイラは形よい胸を張った。
「わたくしのブラシをペットに使ったということですわね? あなたはわたくしのペットを、わたくしと同等だと思っているの?」
「まさか! レイラさまは世界一美しく、賢く、誇り高きお方です!」
「そのとおりですわ。わたくしは世界一美しく、賢く、誇り高い。そして実は――」
「実は……?」
アンがおそるおそる聞き返してくる。
レイラは、彼女にとびきり高慢な笑みを向けて言った。
「実は、世界一翼猫が好きなんですの!」
「えっ? あ、はい……」
なんで突然そんな話を? と言いたげなアンだが、これは公式情報である。
レイラの設定の中で唯一のかわいらしいもの、それが『実はペットがめちゃくちゃに好き』という項目なのだ。最終的にみんなに嫌われて追放されるレイラだが、翼猫だけは最後まで寄り添ってくれる、そういうビターエンドがロイヤル・ローズガーデン�靴遼楸擇澄�
(メイドですら知らないんだな、レイラが本当に翼猫好きなの。今回は追放エンドは回避するつもりだし、ここでレイラらしく明かしておこう。せっかくのいい設定だもん)
レイラは自分の胸に手を当て、神妙な顔になって続ける。
「生まれついての運命ではないかと思うほど、わたくしの翼猫への愛は深遠なもの。そんなわたくしでも、自分のブラシで翼猫を洗うという発想はありませんでしたわ。それをまさか、あなたがやり遂げてしまうとは……わたくし、悔しいですが、負けましてよ!」
抑揚のあるアルトで語り、レイラはアンをびしっと指さした。
アンはうろたえ、きょろきょろして、頭の上に「?」マークを浮かべている。
「レイラさま、それは一体、どのような意図でおっしゃっていらっしゃるのでしょう?」
おそるおそる聞いてきたのは、メイド長のジルのほうだ。
ちょっと回りくどかったかな、と内心反省し、レイラは少し丁寧に説明した。
「つまり、わたくしは翼猫が大好きで、最高の手入れをしたい! でも、お嬢さまなのであんまりは
したないことはできない! アンは、そんなわたくしの気持ちを汲み取って、最高の手入れをしてくれた大恩人! そういうことですわ!」
「え……ええ……?」
メイド頭のジルは明らかに戸惑っているが、レイラがじっと見つめて
「何か異論でも?」
と聞いてやると、ぴんと背筋を伸ばした。
「まさか、異論など! なるほど、そういうことでしたか! さすがはレイラさま!」
思考停止してパチパチと拍手するジルにほっとして、レイラはアンに向き直る。
「そういうことですわよね、アン?」
アンはまだ「?」を浮かべたままで、おそるおそる首を横に振る。
「あ、いえ……」
「そういうわけですわよねっ!」
レイラが美しい瞳をくわっと見開くと、アンは飛び上がりそうな勢いで両手を組み合わせた。
「は、はいっ! 何から何まで、レイラさまのおっしゃるとおりでございますっ!」
「よろしい!」
床に額を擦り付けるアンを見下ろし、レイラはけほんと咳払いをする。
(よし、これで無罪放免――って、言いたいけど)
ちらっと横を見れば、ジルと視線がかち合った。
先ほどは押し切られてくれたジルだが、瞳の奥にはやはり疑いの色が残っている気がする。
メイド長ともなればレイラと付き合いが長いはずだし、今のレイラが『何かがおかしい』くらいは思っているのだろう。
(やっぱりもう一息、悪役令嬢らしいところを見せつけておかないとだな)
ジルの疑念を払拭するため、レイラは派手な巻き毛をかきあげながら言う。
「とはいえ、わたくしに無断でわたくしの道具を使ったことには償いが必要ですわね。ジル、あなた
はどんな罰をアンに与えるといいと思って?」
「僭越ながら、地下牢に閉じ込め、七日の間水とカビたパンしか与えないのが通例でございます」
(うわあ……基本がそれって、酷すぎる)
今まで自分は本当にそんなことをしていたのだろうか。
前世の記憶がはっきりした代わり、今世の記憶がどうにもおぼろげだ。
玲奈の記憶が戻った今となっては、どうにかメイドの地下牢行きは回避したい。
とはいえ怪しまれたくはないから、レイラらしい言い方と考え方で回避する必要がある。
レイラは、大急ぎで考え事をしながらジルに答えた。
「その通り! さすがはジル。もちろん今回もアンは地下牢行きですわ」
「それがよろしいかと」
ジルはほっとした様子で頭を下げ、アンは軽く青ざめた。
ふたりを視界にとらえつつ、レイラは息を吸いこむ。
「ただし! わたくし、あの、臭くて狭くてカビっぽい地下牢に赴くのが大っ嫌いですの! ですからアンは、もう少しましな部屋に監禁いたしましょう!」
「ましな部屋……と、申しますと……? たとえば、どちらでございましょう?」
ジルは困惑し、しばらく必死に何事か考えたのち、控えめに聞いてくる。
「あら! この屋敷には山ほど客室があるじゃありませんの! 使っていないところは手入れするの
も大変だと聞いています。アンはその、手入れのなっていない一室に十日ほど閉じ込めましょう。そこでじっくり掃除やクッションの繕いをさせたらよいのではなくて?」
「なるほど。それは確かに助かりますが、ただ――……」
本当にそれでいいのだろうか、と、ジルの視線が迷う。
ここで退いてはいけない気がして、レイラは妹のふるまいを思い出しながら叫んだ。
「わたくしの案に不服があるなら、正直にお言いなさい!」
「ふ、不服など、けして! かしこまりました、すべて、仰せの通りにいたします!」
ジルはびくんと震え、慌てて頭を下げる。
その横で、アンもバネ人形みたいに勢い良く頭を下げた。
「レイラさま……本当に、本当に、ありがとうございますっ!」
レイラはほっとして、ドレスで隠れた背中に汗をにじませながら微笑んだ。
「よくってよ。ふたりとも、これからも力一杯わたくしのもとで働きなさい!」
「「もちろんです、レイラさま!」」
声を合わせるふたりに、レイラは、胸をなで下ろす。
そんなこんなで玲奈=レイラの悪役令嬢生活は、ここから方向変換することになった。

† † †

一日目は様子見。
二日目もまだまだ勉強。
三日目くらいから生活のパターンを把握。
レイラがリスタートした悪役令嬢生活に慣れ始めたのは、大体半月が過ぎたころからだ。
(記憶がない間は気にしてなかったけど、貴族のお嬢さまの日々って忙しいんだなあ)
天蓋付きの豪奢な寝台で目覚め、レイラはぼんやりそんなことを考えた。
ほどなく、左右からずらっとメイドが顔を出す。
「おはようございます、レイラさま!」
「……おはようございます、相変わらず早いですわね」
ぼやぼやしているレイラをメイドたちが助け起こし、髪を軽く結い、洗顔用のお湯を満たしたたらいを寝台の横にセットする。前世では『誰かが朝の身支度を手伝ってくれたらなあ』なんて夢みたものだが、実際やってもらうと毎朝なかなかににぎやかだ。
「お嬢さまこそ、この半月、まったく寝坊がございません! 素晴らしすぎます!」
「それではレイラさま、今朝の身支度とスキンケアを始めさせていただいても?」
「よくってよ。この世で一番美しいわたくしのお肌は、あなたがたにかかっておりますわ!」
レイラがいかにもレイラらしく言うと、メイドたちはますますにこにこする。
(あと、レイラがこんなにメイドと仲良かったの、ちょっと意外)
レイラはそんなことを考えながらメイドに好きにさせているが、実はこのメイドたち、玲奈が記憶を取り戻す以前は日々おびえ果てていた。
ローズアビーのお嬢さんのメイドは、お給金はいいけど命がけ。
そんな評判だったというのに、玲奈が記憶を取り戻した途端に事情は変わった。
毎日おとなしく支度を受け入れ、メイドたちが上手くできれば褒め称え、細かいミスはフォローさえしてくれる。言うことが急に変わることもなければ、無茶な要求もない。クッキーやら軽食のえり好みも全然ないし、あまったら分けてくれるし、言えばほどほどに休みもくれる。
まるで生まれ変わったみたい、ずっと今のお嬢さまでいてほしい!
……なんて、メイドたちは裏で大興奮だ。
もちろんそんなこと、レイラは知らない。
「いかがでございましょうか、レイラさま!」
今朝もメイドたちは穏やかになったレイラを好き勝手に飾り立て、わらわらっと姿見を用意する。
レイラは鏡をのぞきこみ、ほう、と感心の息を吐いた。
姿見に映っているのは、ゲーム内とはまったく違うレイラの姿だった。
くるくるのストロベリーブロンドはそのままだが、化粧は薄く最低限。着せかけられたドレスは首元を白い立ち襟が覆い、身頃やスカートは品の良いクリーム色の布地で仕立てられている。
朝にふさわしいさらりとした布には、髪にあわせた真紅のリボンがたっぷり。
幼くなりがちなリボン飾りだが、材質が上質なのもあって、きちんと品良くまとまっていた。
「かわいい……」
悪役令嬢言葉も忘れて見入るレイラに、メイドたちは、わあっと盛り上がる。
「かわいいですよね! 衣装部屋の端っこで眠っていたドレスなんですけど!」
「あんまり着ていらっしゃらないけど、絶対お嬢さまにはお似合いだよね〜って噂してたんです」
「着てみていただいたら思った以上にかわいくって! 私たち、感激ですっ!」
半月前にこれを着せたら、多分レイラは激怒したことだろう。
基本的に強そうかどうかでドレスを選ぶひとで、中間色メインは許さなかったから。
(レイラってこういう色も似合うんだなあ、かわいい〜)
しかし今のレイラは、ゲームファンのときの気持ちを取り戻している。
レイラが鏡の前でくるくるターンしていると、部屋の扉から小さなメイドのアンが顔を出す。
「レイラさま、朝食の準備が整いました!」
「わかりました。今参りますわ」
レイラは答え、完璧に整えられた格好でサンルームへ向かった。
「レイラさま、お食事をしながら、本日の天気予報と宮廷情報を聞かれます?」
「お願いしますわ、アン」
「はいっ!」
罰という名の療養生活を終えたあと、レイラはアンに天気予報と宮廷情報を伝える役を与えた。
(情報は毎朝執事が書面にしてくれるけど、読んでもらったら楽だし。アンも勉強になるかもだし)
これぞ一石二鳥というやつじゃないだろうか、とレイラは思う。
アンは十歳。玲奈の世界なら学校に行っている歳だが、メイドの仕事以外の勉強をしている様子はちっともない。ならばせめてこうして、外の情報に触れる機会をあげたい。
アン自身も任された仕事が誇らしいらしく、紙を堂々と読み上げ始める。
「本日のお天気は、晴れ! 風も乾いているので、一日晴れが続く見込みです!」
(最近晴れ続きだ。外出にはいいけど、庭木に少し水をあげたほうがいいかも)
レイラは柑橘類の果汁を垂らした水を飲みながら、伯爵家の緑の庭を見渡した。
見知ったような植物もあれば、さっぱり知らない植物もある。常春のような気候のこの世界では、あらゆる植物が青々と茂っていた。暇があったらいじってみたいな、とレイラが思っていると、急に気になるニュースが耳に飛びこんでくる。
「次は、社交ニュースです! 宮廷では、三日後に迫った舞踏会に、国王陛下が欠席するとの話題でもちきりです!」
「陛下が、欠席」
レイラは、朝食をのせたスプーンを持ったまま考え込んだ。
ゲーム知識からいくと、この国の王であるセドリックは年若い美男子だ。
陰のある人物で、敵も多いが実は熱血で純愛の男で、ゲームのメインヒーロー枠。
(ひょっとしてこれって、メインヒーローと主人公の聖女がフラグを立てるイベントの裏側かな。セドリックはレイラと婚約すると思われてるんだけど、偶然聖女と出会う。何度かの偶然の末に純愛が芽生えて。最終的に国家陰謀に巻き込まれていく……)
メインストーリー上では『舞踏会か。欠席してきた』というセドリックのセリフひとつで処理される流れの裏には、こういう大騒ぎがあるものらしい。
レイラが考え込んでいる間も、アンは続ける。
「だったら欠席する! なんて方々もいらっしゃるとか。レイラさまはどうなさいますか?」
「陛下に急用があるのは当たり前でしょう? ご多忙な方なのですから。わたくしは出席いたしますわよ、舞踏会」
「さすがレイラさま! ご立派です!」
アンが感極まったように言い、あ、ちなみに、と言い添える。
「陛下の代理に、宰相さまがいらっしゃるようですよ、舞踏会」
「代理に、宰相さまが」
「はい、宰相さまです」
「……宰相さまというと、あの」
「あの、黒髪で、紫色の目で、眼鏡で、地味な……」
「あの、なめらかな黒髪は闇夜のごとく深く、紫色の目は宝石そのもの、ランプに光る銀縁眼鏡は知性の証、うつむいているから目立たないだけで超美形の、ジェラード・オールストンさまですわね」
「え、ええ? あ、はい」
気圧されるアンをよそに、レイラは思いっきり興奮していた。





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