【7月30日発売】乙女ゲームに転生中! 王太子と結婚しないと死ぬのですが、何故かその弟が爆速で距離を詰めてきます【本体1300円+税】

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●著:月神サキ
●イラスト:針野シロ
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4815543938
●発売日:2026/7/30


犬猿の仲の王太子を攻略するはずが、第二王子の愛に絡め取られました!?


ヒロインのルートに応じて決まる相手と結ばれなければ死ぬ乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったリラ。彼女の相手はモラハラクズの婚約者である王太子だった。
死にたくないので結婚して速攻離婚しようと渋々彼に媚び始めるリラだが、同じく兄を嫌う、第二王子サフィールが彼女を心配し事情を聞いてくる。「見ているだけしかできないことが悔しい」彼の隠れた気持ちを知り心を揺らすリラは!?






序章 乙女ゲームに転生した。



「……最悪だ」
自室のベッドから身体を起こした私――リラ・アメティストは深い息を吐き出した。
ブランディア大陸の中央部にあるダイヤモンド産出国として有名なアルジャン王国、その国のアメティスト公爵家に娘として生まれた私は、今年十八歳になる。
背中まで長さのある金髪と、紫色の瞳が特徴の狐顔。性格はすこーしきつめだけれど友人もいて、社交界でもそれなりに上手くやれてきた。
わりと人生楽しく過ごしてきたのだ。
そんな私が、目覚めるや否やベッドの上で項垂れているのには海よりも深い理由があった。
「ここ、ゲームの世界……」
周囲に誰もいないことを確認し、両手で顔を押さえる。
目が覚めた時、唐突に思い出したのだ。
私が元日本人で、何故か転生して今ここにいるということを。
しかもその世界は乙女ゲーム『ブルーシエルに煌めいて』の世界だというとんでもなさすぎる事実を。
「うわああ……よりによって、ブルーシエル?」
乙女ゲーム『ブルーシエル』はR18指定。
ヒロインと悪役令嬢のダブル主人公ものとして知られ、ヒロインがエンディングを迎えた相手によって、悪役令嬢の攻略キャラが決まるというゲームである。しかもその決められた攻略キャラと結ばれなければ、もれなく悪役令嬢は死ぬ。
攻略キャラを選べるのは、実質ヒロインだけというクソ仕様なゲームなのである。
「……これで私がヒロインに転生していたとかなら、まだマシなんだけど……」
己の金髪を手に取る。鏡を見なくても十八年間、見続けた自分の顔はよく知っていた。
「悪役令嬢リラ・アメティスト……」
ベッドに両手を突き、項垂れる。
なんの因果か、私が転生したのはダブル主人公のひとりである悪役令嬢リラだった。
とはいえ、悪役令嬢といってもタイトルに銘打っているだけで、本当に悪役なわけではない。
当時、悪役令嬢ものがやたらと流行っていたので、その方が売れるだろうとゲーム会社がヒロインのひとりの属性を「悪役令嬢」にしただけなのだ。
だが!
「攻略キャラが選べないリラに転生とか、運が悪すぎない?」
これならモブにでも転生した方がマシというものである。
己が結ばれるキャラを選べないとか酷すぎる。
「えー……私、誰を攻略しないといけないの?」
「攻略なんてしない!」と逃げるのは不可能だ。何せ、指定されたキャラと結ばれなければ死んでしまうのだから。
死にたくないのなら、ゲームのルールに従うより他にないのである。
「この世界はゲームじゃないとか言って無視するのもありかもだけど……万が一違った場合、死ぬしかないというのがね……」
絶対に嫌だと首を横に振る。
「となると、私が取れる手段は指定キャラと結ばれる……つまりは結婚することだけど……そういえば……つい最近、ノワール公爵令息のフリュオが、ルージュという名前の男爵令嬢と結婚したって噂になっていたわね」
話を聞いた時は「おめでたいわね〜」くらいのものだったが、今は違う。
何せルージュというのはヒロインの名前で、その彼女が『フリュオ・ノワール公爵令息』と結婚したのなら、すでに私の相手も決まっているということなのだから。
「ヒロインが公爵令息ルートを選んだ場合……悪役令嬢リラは誰を攻略することになるんだっけ……たしか王太子……ん? ということは、カネルぅ!? 冗談でしょ!!」
自分の相手となる人物を思い出し、死ぬほど渋い顔になった。
攻略キャラ『カネル・アルジャン』。
銀髪と青い瞳が特徴のこの国の第一王子かつ王太子で、大変不本意なことに私、リラの婚約者でもあった。
容貌は悪くない。ワイルド系の男前だ。背も高く体つきもがっしりした見栄えのする男で、剣の腕前も一流。
ただ彼は性格に難があり、それがもう最悪なのだ。
そう、カネルは女好きのモラハラクズ野郎なのである。
「あのクズ野郎と結婚?」
有り得ないと呟く。
カネルとは現在一応婚約関係ではあるが、ほとんど破綻状態にあると言ってもいい。
私はクズな彼が大嫌いだし、カネルはカネルで、毎日のように違う女性を侍らせているからだ。
私に対しても「もう少し胸が大きければオレ好みだった」とか「お前のような可愛げのない女は願い下げだ」とか「いずれ婚約など破棄してやる」とかとにかく暴言三昧。
私も気が弱い方ではないので毎度言い返していたところ、今では犬猿の仲になってしまった。
「王家が決めた婚約だから我慢していたけど、いつかは上手いことやって破談に持っていこうと企んでいたのに……よりによってカネルが攻略相手とか……」
悔しさから唇を噛みしめる。
腹が立ち過ぎてちょっと唇から血が出てしまった。それほどに私はカネルという男が嫌いなのである。
できれば彼と結婚なんてしたくない。
だが、ゲームはもう始まっていると思うのだ。
たぶん猶予は殆どない。
「だって、今日のこれだってたぶんそういうことでしょ?」
頭に手を当てる。
右側頭部にたんこぶができていた。
実は記憶を取り戻すことになったのは、ほんの数時間前、玄関ロビーから二階に続いている大階段より派手に落ちたのが切っ掛けだった。
頭から落ちたので「あ、死んだ」と思ったし、今思い出しても死んでもおかしくない結構な事故だったと思う。
そして気絶から目覚めたのが今で、私はこうして頭を抱えているというわけだ。
前世の記憶を思い出したからこそ分かるのだが、あれはヒロインがハッピーエンドを迎えて一ヶ月以上経った今も、一向に王太子ルートを攻略しようとしない私に対する世界からの警告だったのではないだろうか。
さっさと攻略を開始しろ。
でなければ、バッドエンドと見做し、この世から追放するぞという脅しである。
「この世界怖すぎじゃない?」
何故だろう。
何の確証もないのに、これが真実だという確信があった。
「うーん、うーん、うーん」
王太子を攻略するのは死ぬほど気が進まないが、放置すればたぶん(絶対)死ぬ。
説明はできないけど、そんな予感がヒシヒシとするのだ。
直感と言い換えてもいい。
そんな中、悩みに悩んだ私が出した結論は「とりあえず結婚(ゲームクリア)して、その後速やかに離婚する」というものだった。
クリアしてしまえば、その後は勝手にしても大丈夫だろうという考えだ。
問題を先送りにしたとも言えるが、現状をなんとかしなければならないのだから間違ってはいないと思う。
ただ、この「ブルーシエル」というゲーム、確かに前世でプレイした記憶もクリアした記憶もあるのだけれど、いまいち内容を覚えていないのが問題だった。
何せプレイしたのが前世である。
詳細まで覚えている方がおかしいし、そもそもの話、前世でも私は王太子が嫌いだったのだ。
嫌いなキャラのルートを覚えているか? 答えはノーだし、なんなら彼のルートをプレイしていなかった気さえしている。
「どんな話だったかなあ。確か、性格の捻じ曲がったカネルを更生させて良い国王へと導く……みたいな流れ? は? あの男を更生? どうやったって無理でしょ」
ゲーム内容を覚えていないので、更生方法も分からない。
それなら自分でなんとかしろという話だろうが、あの男のために骨を折るのが無理だ。
良い国王とかどうでもいい。そのあと別れるのだから、とにかく結婚できればいいのだ。
カネルと最速で結婚するための方法を考える。
彼とは婚約者なわけだが、今の状態では、正直結婚がいつになるやも分からない。ゆっくり関係を改善させて……みたいな手はすでにバッドエンドが迫っている現状、使えない。
「業腹ではあるけど……媚びを売る、か」
カネルは単純な人間だ。
自分に反抗する者を嫌い、従順な者を好む傾向が強い。
だから彼に何を言われても逆らわず「好き好き」言って媚びを売り、結婚してもいいと思ってもらうのが手っ取り早いと判断した。
ものすごくストレスは溜まるだろうけど、死ぬよりはマシだ。……たぶん。
「絶対に結婚したら、即離婚してやる……」
なんでこんなことにと思いながらも己に言い聞かせていると、たんこぶがズキズキと痛み出した。
「痛っ……」
「お嬢様、失礼致します。まあ、お目覚めになっていたのですか! よかった!」
こぶを押さえていると、様子を見にきたメイドが部屋の中へと入ってきた。私を見て、嬉しげな声を上げる。そんな彼女に告げた。
「ごめんなさい……悪いけどお医者様を呼んできてくれるかしら? ちょっと頭がズキズキして」
「まあ大変! 今すぐ、お医者様をお呼びします!」
慌ただしく部屋を出て行くメイドを見送る。すぐに外がガヤガヤし始めた。私が目覚めたことを聞きつけたのだろう。
いまだズキズキと痛むこぶを押さえながら溜息を吐く。
大嫌いな男と結婚というスーパーハードミッション。達成できるかは分からないが、やらなければ死ぬのだからやるしかない。
不本意だがやれることはしようと決め、ベッドに潜った。



第一章 持つべきものは友だった。



たんこぶができている他は特に問題なしと医者に診断を受けた私は、念のため一週間の療養と安静を告げられた。
私としてはすぐにでもカネル攻略を開始したいところだが、打った場所が場所だけに油断は禁物。
言われたとおり一週間、ベッドの上の住人として大人しく過ごした。
そして療養期間が終わり、心身共に回復した私は、満を持して王城へ登城した。
カネルの婚約者である私は、二週間に一度は登城し、彼と会うことが義務づけられているのである。
これは婚約者と交流を深めようという目的なのだが、大失敗だと思う。
何せ、カネルを知れば知るほど、彼を嫌いになるから。
とはいえ、彼を攻略しなければならなくなった現状、確実に会える方法があるのはありがたい。
ちなみに日時を指定してくるのはカネルで、今日に至っては、今朝いきなり「午後、登城しろ」という連絡がきた。
私が頭を打って療養していたことは知っているだろうにその件について一切触れていないだけでなく、突然過ぎる呼び出し。
相変わらず性格が最悪過ぎてこめかみが引き攣ったが、攻略のためだと怒りを堪えた。
もらった手紙はグチャグチャに握り潰したけど、そこはご愛敬である。
「こちらでお待ちください」
侍従が私を案内したのは、関係者以外は立ち入れない中庭だ。
カネルは私を自分の部屋に入れることを嫌がるので、会う時はほぼ確実と言っていいほど外なのだ。
中庭にテーブルを出してお茶会をしたり、ガゼボに座って話したりとその時によって変わるが、今日はお茶会の準備はされていなかった。
軽く散歩して解散という感じだろう。
気に食わない婚約者などそんな扱いで十分だという考えが透けて見える。
中庭ではちょうど薔薇が見頃を迎えており、とても華やか。赤や黄色、ピンクに白と色とりどりで美しい。
言われたとおりカネルが来るのを待つ。しかし「待て」と言われてから三十分以上が経っても、彼は一向に姿を見せなかった。
「は〜、お茶を出す気すらないのも笑えるけど、遅刻までするとか、あいつどういう神経してんの」
案内してきた侍従もいなくなったので、遠慮せず毒づく。
「来いと言ってきたのはそっちのくせに、待たせるとか信じられないんだけど」
とはいえ、こういうことも多々あるのだ。
すでに帰りたい気持ちではあったが、攻略のためと堪える。
更に三十分待って、ようやくカネルが現れた。
「なんだ、いたのか」
「……殿下」
王族に対する礼を取り、許しを得てから顔を上げる。
二週間ぶりに見た彼は、相も変わらず見た目だけは抜群だった。
まず、非常に華やかな雰囲気があり、顔つきも精悍で整っている。
長身で姿勢も綺麗、鍛えているから体つきもいい。
ただ、着ているジュストコールは金糸をふんだんに使った光沢ある派手なもので、今日は夜会かとツッコミを入れたくなるほど無駄に華美だった。
アクセサリーもこれでもかというほど着けており、指輪だけで五つはある。
とにかく派手好きなのだ、カネルという男は。
「まだ待っているとは思わなかったぞ。痺れを切らして帰ったと予想していたのだがな」
「……帰れと言われたわけでもありませんので」
初っ端からカチンとくる言葉を投げつけられた。
どうやらカネルはわざと遅刻してきたらしい。
己の思惑通りに事が運ばなかったことが気に入らないのだろう。カネルは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「帰っていれば『どういうことだ』と言って、婚約を破棄でもしてやろうかと思っていたのに」
「まあ、そんな悲しいことを言わないでくださいませ」
内心では中指を立てていたが、表面上は笑顔を作って答える。
カネルも私と同じで、なんとか婚約を破棄したいのだ。
何せ、相手が大嫌いな私だから。
ただ、婚約を持ちかけてきたのが王家ということもあり、自分が悪者にはなりたくない。
それは私も同じで、どうにか彼の過失で円満に婚約解消……というルートを探っていたところだった。
とはいえ、それはもう叶わないのだけれど。
今の私にはこの男と結婚する以外の選択肢がない。
『結婚OR死』なので選びようがないとも言えるが、ともかくこれから急ぎ、彼の好感度を上げねばならなかった。
――マイナススタートとか最悪だけど、仕方ない、か。
カネルには見えないように小さく息を吐く。
今から彼に媚びを売って売って売りまくる。
そして最短で結婚まで漕ぎ着けるのだ。
そう己に言い聞かせていると、彼が怪訝そうな顔をした。
「なんだ? いつものお前なら『私もぜひ、婚約を解消していただきたいですわ』くらいは言い返してくるだろうに……気持ち悪いな」
「気持ち悪いなんてそんな。私は殿下と結婚したいと思っております」
心にもない言葉を笑顔で告げると、カネルは分かりやすく疑いの眼差しを向けてきた。
「頭を打ったと聞いたが、打ち所でも悪かったのか?」
「まさか。今更ながらではありますが、殿下の魅力に気がついただけのこと。どうして今まであんな態度を取っていたのか自分でも分かりません」
両手を胸の前でギュッと握り、上目遣いでカネルを見る。
カネルはかなりの長身なので、見上げないと視線が合わないのだ。ちなみに足も長い。……ムカツクな、くそ。
「ふうん」
疑わしげに私を見ていたカネルが、ニヤリと唇の端を吊り上げる。
「確かにかなり遅いがオレの魅力に気づいたというのはいい心がけだ。だが、お前にかかずらっている暇はないのでな。今日も遅れたのは、先ほどまで女がオレを離してくれなかったからだし」
「まあ、そうでしたか。殿下は素敵な方ですから皆、放ってはおかないのでしょうね」
我ながら中身のない世辞だと思ったが、カネルはそうは受け取らなかったようだ。
珍しくも機嫌良く語り出した。
「うむ。実に好みの巨乳だった。オレの手に余るほどの膨らみで、柔らかな揉み心地が最高でな。何度も吸い立ててやったわ。とはいえ、胸が良くとも中がああもガバガバでは楽しくはない。何度か慈悲はくれてやったが、あの女を二度呼ぶことはないな」
「とはいえやはり女は巨乳に限る」と楽しげに語るカネルを白けた気持ちで見つめる。
カネルが女好きのクズとは知っていたが、その内容を仮にも婚約者に語るとか最悪だ。常識がなさ過ぎる。
どう反応するべきか迷い、とりあえず悲しげに視線を落とすことにした。
「そうでしたか。殿下に他の女性が……。婚約者としては悲しいですけど、あなたがなさりたいことを止める権利はありませんから」
「……本当にどうした? まるでオレのことが好きみたいな口振りだな」
いつもの私と反応がまるで違うことがどうにも気になるようだが、悪い気はしていないようでニヤニヤと笑っている。
やはり思った通り、カネルは自分に従順な態度を取る女が好きなのだ。そしてチョロい。
今まで「最低ですね。あなたと結婚したいなんて露ほども思いません」と北風のごとく冷たい態度で接していた私が態度を少し変えただけでこれなのだから呆れるが、こちらにとってはありがたい話だ。
――少しくらい疑えばって思うけど……ううん、攻略が楽になるんだからこの方がいいわ。
こんなのが未来の国王で大丈夫なのかと心配になるが、そもそもカネルルートは彼を更生させるのが正規シナリオだ。つまり最初はクズでいいのである。直そうとは思わないけど。
「魅力に気づいたと申し上げたでしょう? 今まで、本当に愚かだったと思っております。あなたのような素敵な方を婚約者に持ちながら、平気でいられたことが信じられませんわ」
「……ほう?」
「誤解されないよう申し上げておきますね。私は殿下をお慕いしておりますし、できるだけ早く結婚したいと、そう願っております」
ここははっきりさせておいた方がいいと思い、告げる。
カネルの様子を窺えば、分かりやすく好意を向けられたことに悪い気はしていないようだった。
「今後も従順であればまあ、考えてやってもよい。それではオレは行くぞ。次の女が待っているからな」
チラリと視線を向けられたのを見て、察した。
彼の望み通りの言葉を紡ぐ。
「次の女性……ですか?」
「なんだ、嫉妬か? 次に会うのはお前とは比較にもならないくらいの美女だぞ。ちなみに待ち合わせ場所はオレの寝室だ。裸で待つように命じているから、今頃身体を熱くさせてオレを待っているだろうなあ」
「……」
下品! と喉元まで言葉が出掛かったが、ギリギリのところで堪えた。
できるだけ悲しげな顔をして「殿下を留めておけるだけの魅力が私にないのですから仕方ありません」と告げると大正解だったのか「そうだな!」と元気な声が返ってきた。
「お前は胸も足りなければ、オレを敬う態度も足りない。とはいえ、オレも鬼ではない。今後態度を改めるようなら少しは考えてやってもよいぞ」
「っ!」
舐めるように身体を見られた。それがあまりにも気色悪くて、堪らず話を打ち切る。
「お忙しい中、お時間ありがとうございました」
カネルは少し不満げに顔を歪めたが、それ以上何かを言ってくることはなかった。わりと機嫌がいい様子で背を向ける。
「また二週間後。その時、お前の態度が今日のようなものであれば、もう少し扱いもよくしてやろう」
「お心遣い、痛み入ります」
カネルの背中に向かって、深々と頭を下げる。
彼の姿が見えなくなるまでそうして――顔を上げた。
「……あー……疲れた」
普段より一段低い声が出た。
覚悟はしていたが、カネルに媚びを売るのが本当にキツかったのだ。
何度「二度とお前と話したくない!」と言いたくなったことか。
こちらが下手に出ていた分、いつもより倍増しでセクハラ、モラハラが酷かった。
「ああいう男って前世でもいたけど……」
それが婚約者で、しかも攻略相手とか厳しすぎる。世を儚みたくなったが、私は生きたいので我慢することにした。
「はあ……」
「ちょっと、今のは何?」
「ひえっ!?」
突然、後ろから声を掛けられ、飛び上がった。
――だ、誰?
しまった。気が緩んで、近くに人がいることに全く気づいていなかった。
おそるおそる振り返る。そこには私の友人がおり、呆れたように腰に手を当てて立っていた。
その姿を見て、ほっと息を吐く。
「……ああ、サフィール」
「ああ、じゃないでしょ。今のは一体なんなの」
不審な目で見られる。
秀麗な眉を寄せるこの男は、サフィール・アルジャン。
この国の第二王子で、私の友人だ。
青みがかった肩まであるサラサラの銀髪とサファイアを思い出す綺麗な青い瞳をしている。
儚さと静謐感の漂う中性的な顔立ち。
美しくも繊細なガラス細工を思わせる容貌だ。体格は細身で身長は私より十二センチほど高い。年齢は私と同い年。
あのカネルの弟だが、似ているのは色だけで、見た目も性格も全く正反対の兄弟だ。
非常にマイペースでわりとおっとりしている。
そんな彼とは、八歳の時に城の書庫で出会った。
私は当時、すでに婚約者だったカネルに嫌がらせで書庫に閉じ込められたのだが、そこにはなんと先客がいたのだ――。





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