悪役令嬢の断罪婚はわずか三分で甘くとろける【本体1300円+税】

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●著:犬咲
●イラスト: 吉崎ヤスミ
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4815543457
●発売日:2024/7/30


運命から逃れたいとは思いませんか?


侯爵令嬢ロザリアは自分がゲームの悪役令嬢に転生したことに気付いていたが、何をしても裏目に出ることから運命に抗うのを諦めていた。
ゲーム通り婚約破棄され、冷徹な宰相アレクシスに嫁がされて迎えた初夜、「あなたを愛することはありません」と宣言され絶望した次の瞬間、「とでも言われると思いましたか?」と微笑まれて驚く。
見るとそこに居たのは、街で出会い憧れを抱いていた男性で!?




先代が亡くなり、代替わりをして六年。そろそろ次の代の用意をしようかと考えていた。
ファテライズ家の娘ならば血統は確かだろうから、彼女でかまわない。
父親からも縁を切られるのなら、余計なしがらみもなく好都合だ――という理由で。
――つまりは……子を産ませるための「胎」として買われたということよね。
ペットショップで売れ残った猫を、繁殖業者が台メスとして引き取るようなものだろう。
前世、ニュースで目にした悲惨な映像が頭をよぎり、ロザリアは小さく身を震わせる。
保護団体に助け出されるまで、その猫は積み重なったケージの中、最低限の食餌だけ与えられて、ひたすら子供を産まされ続け、骨と皮のようになっていた。
自分もそうなるのだろうか。
尊厳も自由も奪われて屋敷の一室に閉じこめられ、夫を受け入れて、その子を孕むだけの存在に。
「っ、いいえ、そうとは限らないわ……!」
ゲーム内では、アレクシスに嫁いだ後の夫婦生活、虐待されているシーンは、スチルはもちろん、文章でも描写されていなかった。
ただ、「冷遇が待っているだろう」と匂わせて、嫁いだという事実だけが提示されて終わる。
ここから先はシナリオの範囲外のはずなのだ。
「だから、いくらでも変えていけるはずよ……!」
そう口に出し、ギュッと手を握りこんでも、微かな震えはとめられない。
本当に上手くいくだろうか。
だって、彼はロザリアを悪女だと思っていて、きっとひどく嫌っている。
「婚礼にも……出てくださらなかったくらいだもの」
この屋敷に来る前に王都の大聖堂に立ち寄ったが、そこに花婿の姿はなかった。
来賓もおらず、ガランとした夜の大聖堂の中。
ロザリアは一人で司祭の言葉を聞き、夫の名が既に記された結婚証明書に自分の名を記し、用意されていた指輪を着けて、式を終えた。
あらかじめ聞かされてはいたが、それでも結婚証明書にサインをしながら、涙が出そうになった。
その後、彼の住むタウンハウスに運ばれ、花嫁姿のまま夫の帰りを待つことになったのだ。
――エルシーは「きっとお忙しいからですわ」と慰めてくれたけれど……。
心やさしい侍女の言葉を思い出して、ロザリアは彼女が着つけてくれた衣装に視線を落とす。
レオンとの婚礼でまとう予定だった豪奢なウェディングドレスは、リリーのために仕立て直されることになったため、今朝、アレクシスから届いたものだ。
ハートネックに控えめなパフスリーブが付いたAラインのドレスは、一切の装飾がない。
それでも、しめやかな光沢から、最高級の絹が用いられていることがわかった。
フェイスアップベールを留めるティアラも小ぶりながら、そこに使われているダイヤモンドの品質の確かさは、その光り方から伝わってくる。
――可愛くは……あるわよね。
飾りけはないが、用いられている素材の良さが引き立つ可憐なデザインとも言えるだろう。
――これを見せるのがシシィだったら……。
そんな想いが胸をよぎり、ロザリアは自己嫌悪に眉をひそめる。
――ああ、何を未練がましいことを考えているのかしら!
このような浮ついた気持ちを残していては、夫の信用など得られるはずもない。
夫であるアレクシスを愛し、そして、女性として愛されずとも人として信じてもらえるよう、誠心誠意努めなくてはいけないのだ。
ロザリアは、アレクシスに嫁いだのだから。
――それにしても……どうして花嫁衣装なのかしら。
この国では初夜の習わしとして、花嫁は祝福の言葉が刺繍されたシュミーズをまとうものだ。
単に用意がなかったのか、それとも別の理由があるのだろうか。
――花嫁姿を一目でも見たいと思ってくださった……ということはないでしょうね。
自嘲めいた笑みを浮かべて、ロザリアは、そっと溜め息をこぼす。
社交界での評判や、ゲームキャラクターとしての設定は知っていても、アレクシスが本当はどのような人なのかは、まるで知らない。
それでも、「ロザリア・ファテライズ」のような、愚かで身勝手な女を許してくれそうにない人だということだけは、きっと確かだ。
ジワリと心が沈みそうになり、ロザリアは膝に置いた手をキュッと握りしめる。
「……いいえ。そうかもしれないけれど、大丈夫。話せばわかるわ。今夜がダメでも、明日頑張れば大丈夫。いつかはわかっていただけるはずよ」
弱気に侵されそうになる心を宥め、自分を励ますように呟いたその時。
不意に響いたノックの音に、ロザリアはビクリと肩を跳ね上げた。
――ああ、ついに……!
パッと振り返りながら、背に下ろしていたベールを身を守るように被りなおし、息さえひそめて扉を見つめる。
一呼吸の後、ゆっくりと扉がひらいて。
白い影がチラリと目に入った瞬間、反射のように俯いてしまう。
それでも扉をくぐった男――アレクシスだろう――が婚礼装束でも寝衣姿でもないことはわかった。
彼の潔癖さを表すような、聖職者か裁判官を思わせるケープ状の装飾があしらわれた立襟の上着。
上着と共布のアイスブルーのベスト、トラウザーズ。
白いドレスシャツの襟を飾るクラヴァットには、ブルーダイヤモンドのピンがとめられている。
ゲーム内で目にした「アレクシス・セカトゥール」の装いそのままだ。
――どうして、私だけ、花嫁衣装なのかしら。
あらためてロザリアの頭に疑問がよぎるが、一歩一歩足音が近付いてくるにつれ、こみあげる恐怖にまぎれていく。
やがて、俯いた視界に彼のつま先が映り、歩みがとまる。
目の前に立つアレクシスがスッと手を上げ、長い指がベールの端にかかって――。
「――ひっ」
ロザリアは思わず身をすくめ、喉の奥から悲鳴をこぼしてしまった。
――あ……ああ、私ったら!
一瞬の後、ハッと我に返り、気まずさと恐ろしさにきつく目をつむったところで、ふ、と息をつく気配がした。
「……怯えているのか?」
感情を押し殺したような低い声で問われ、ロザリアはそれを肯定するように身を震わせながらも、ゆるりと首を横に振った。
「……いえ、大丈夫です。覚悟の上で、ここに参りましたから」
答えながら、ふと違和感が頭をよぎる。
「……ほう、覚悟の上か」
彼は、このような話し方をする人物だっただろうか。
誰に対しても「あなた」と呼びかけ、丁寧な言葉を使いながらも、メガネの奥では冷ややかに相手を値踏みしている ――「アレクシス・セカトゥール」とは、そのようなキャラクターだったはずだ。
――飼い殺しにするつもりの相手だから、見せかけの丁寧ささえ不要ということなの……?
これは予想以上に厳しい状況なのかもしれない。
ロザリアの背を冷たい汗が伝う。
「……君の噂は聞いている。実に浅はかで高慢な悪女だと」
淡々とした言葉にロザリアは言い返すことなく、ただ肩を縮める。
「だが、君の中身がどうであれ、その血の尊さは変わらない。不本意だが、君を妻として認めよう。私の子を産む存在として」
「……っ、ありがとう、ございます」
「だが、勘違いをするな。私が君を愛することはない」
冷ややかな宣言がロザリアの耳を打つ。
わかっていたはずなのに、ハッキリと言葉にされると胸が抉られるように痛んだ。
――ああ、やはり希望などないのかもしれない。
絶望に目の前が暗くなった、その時だった。
すとん、とアレクシスが膝をつく気配がしたと思うと、彼の手がロザリアの肩にかかって――。
「……とでも言われると思いましたか?」
ジワリと氷が溶けたように、温度の灯った声がロザリアの耳をくすぐった。
「え……?」
「まったく……化粧をしていても、遠くからでも、私は一目で気付いたのに、つれない方ですね」
苦笑まじりの抗議を受けたロザリアは、パチリと目蓋をひらいて、ベールの向こうに目を凝らす。
この口調――そうだ。本来のアレクシスは、このような話し方をする人だった。そして。
「ベールごしとはいえ、声でわかってくださると思ったのですが……」
どうして気付かなかったのだろう。口調をそろえてしまえば、この声は――。
「そろそろ気付いてくれたら嬉しいのですが……ねえ、エルさん?」
ロザリアはベールを跳ね上げて、まっこうから彼を捉えた。
冷ややかな美貌、秀麗な額。ゲームで知っている「アレクシス・セカトゥール」そのままの姿だ。
けれど、サラリと前髪をおろして、メガネを外してしまえば――。
「――シシィ!?」
ロザリアが驚愕に満ちた声でその名を呼ぶと、アレクシスは、やっと気付いてくれたというように目元をゆるませた。
「はい。カフェ以外でお会いするのは初めてですね」
「そ、そんな……え、本当にシシィが、アレクシス……様なの?」

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