【10月30日発売】ツンデレ公爵様、悪役の姉にデレすぎです!【本体1300円+税】

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●著:百門一新
●イラスト:サマミヤアカザ
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4815543983
●発売日:2026/10/30


妹の攻略対象だったはずのツンデレ公爵になぜか激甘に口説かれてるのですが⁉


乙女ゲームのヒロインの意地悪な姉に転生した伯爵令嬢ベラ。
妹の代わりに出た仮面舞踏会で、媚薬を盛られた冷徹公爵グレイを助けるも気に入られ、逃げようとするも連れ去られて一夜を共にすることに。妹の攻略対象でツンデレだったはずの彼は、翌朝ベラに甘く求婚!
「さらに惚れたと言っているんだ」
彼の愛に心動かされ、婚約を承諾するが、結婚準備中に妹まで乗り込んできてしまって――!?






プロローグ 私、悪役な姉キャラやめます!



(最悪だわ)
前世の記憶を思い出してしまった。頭は大混乱状態だ。
いや、今思い出してよかったと思うべきだろう。なんと言ったってベラは本来だと主人公である妹のせいで、これからもっと散々な目に遭う『悪役の姉』なのだから。
「仮面舞踏会など、初心なエリティーヌ嬢にはふさわしくない。姉である君が出席すればいいじゃないか」
そんなことを開口一番で言い放ってきたのは、ベラの婚約者候補のスヴェン・デイトリーだ。
「んもぅ、スヴェン様ったらぁ、過保護なんだから」
いかにも嬉しさを隠し切れない様子で、妹のエリティーヌが彼の腕にしがみついて言う。
(というか、仮面舞踏会って?)
覚えのない単語に、ベラはいよいよ頭が混乱していくのを感じた。
(情報過多だわ)
二歳年下の今年で十八歳になった妹のエリティーヌは、ベラよりもウェーブが目立つふわふわのピンクの髪をしている。
これまでは疑問に感じることはなかったのだが、今考えてみると、ピンクの髪というのが珍しすぎる。振り返ってみると貴族学校でもこんな髪色をしているのは自分たち姉妹だけだった。
(……私、嫌いだったゲームの女主人公の姉になっているわ)
婚約者候補のスヴェンと妹のエリティーヌ。
この二人が並んでいる光景を見て、唐突にベラはここが前世で遊んだことのあるスマホアプリの乙女ゲーム【意地悪な姉にめげない乙女は、恋をする】の世界だと思い出した。
(私、このゲーム嫌いだったのよね)
タイトル通り、意地悪な姉に苛められる可哀想なヒロインが、攻略対象に助けられ恋をして、幸せになるゲーム……とは違って、悪役である姉を踏み台にして恋愛を成功させていくという趣味の悪いゲームだった。
虐められていた妹が悪役の姉にざまぁをすることで爽快感を得よう。
そうゲームの説明には書かれていたが、今のベラは妹を虐めた事などないので、毎日ただのやられ損だ。
しかし、見た目だけは可愛いエリティーヌが、隙を見つけてはベラを陥れ、メイドを使って嫌がらせをしてくる日々なんて思い返せば思い返すだけゲームと一緒の流れだった。
『こんなゲーム、ダウンロードするんじゃなかった! でも初期課金しちゃったし、一応進めてみるかなぁっ』
などと後悔しながらも、残業の隙間に床にはいつくばってゲームをしていた、哀れな二十代後半の、前世の自分の光景が強烈に蘇った。
(日本人の会社員で、ブラック企業でなかなか個人的な時間さえも取れなくて……手を出してみた新作の人気だったゲームが、またストレスの塊だったのは思い出したわ)
頭の混乱は少しずつ整理がついてきた。
(前世の私の最期はどうなったのかしら? 確か……忙しいのに行政に出す書類を出して来いと言われて、会社を出て……そうしたら目の前にトラックが向かってくるのが見えて……)
そこで記憶はぶっつり途切れている。
そこで、死んだのかもしれない。
そんな最後だったのは悲しいが、それより問題は今だ。
ヒロインは意地悪な悪役の姉を上手く踏み台にして成功していく。
踏み台にされる所はベラも設定どおりだった。
(意地悪な姉にめげない乙女って、どこがよ……そもそもタイトル詐欺……)
ゲームでは確かに姉であるベラもそれなりの悪役であったが両親が妹を異常に可愛がっているから、今のベラは波風を立てないよう『いい姉』でいようとして息苦しく過ごしてきた。
だというのに妹はなにもしてなくても姉をゲームと同じく容赦なく虐め、踏み台にして令嬢友達を増やして男たちにちやほやされた。
悪評を流され、エルサー伯爵家の意地悪な姉だとか評判の悪い娘だとか噂され、妹のせいで友人もいない。メイド達まで日々の鬱憤をベラ相手に薄っぺらい正義感で発散し、屋敷の中で自分がほっとできる場なんて自室くらい。
その妹と言えば少し前に学校を卒業して今は、素敵な男性と結婚したがり、屋敷に通うことを許されたベラの婚約者候補である『一番目の攻略対象』に夢中だ。
「……スヴェン様は本日も私より先に、妹に会いに来られていたわけですね?」
「そ、それは」
「えぇとお供もつけずにほとんど一緒にいるなんて、年頃の男女だと『デート』ですよね?」
エリティーヌが「は、はぁっ?」と焦った声を出す。
「妹も、そうやってくっついているほどあなたに夢中なようです。私ではなく、妹と婚約したいと告げるべきではございませんか?」
本来であればベラが非難できる状況なのだが、この『悪役な姉』の立場から解放されたい思いでそう告げてみた。
「やはりお似合いだと思うかっ。君の姉もそう言ってくれている。両親もちょうど屋内にいるし、エリティーヌ、これから行こう」
「ちょ、ちょっと待って」
彼に手を取られたエリティーヌが慌てる。
ゲームの攻略対象はあと数人いるし、もしかしたら学生時代みたいに何人かキープしておいて他にもイケメンを見繕ってから決めるつもりでいたのか。
(――ここで、あなたの物語は終わらせていただきます!)
そして、さっさと出ていこう。
二十歳になってもベラが婚約者さえいなかったのも、妹が常にベラの婚約者にちょっかいをかけていたからだ。
「それでは私は――」
ここで、と続けようとしたらエリティーヌは慌ててスヴェンの手を離す。
「わ、私はほら舞踏会にいかないといけないし……。出席の返事をしたのに出ないのは悪いと思うの」
スヴェンはエリティーヌの言葉に「ああ」とわかっていると言いたげに、やけに凛々しい目を向けてきた。
「エリティーヌは私との婚約が決まったし、そうなるとやはり今日の仮面舞踏会にはベラが行くべきだな」
「仮面、舞踏会……」
そういえば先程も言われた気がする。
(エリティーヌが十八歳の誕生日を迎えたら行けるようになる所よね。私はそこまでゲームを進めてなかったけど。……そもそも王宮以外でしょっちゅう開催されている仮面舞踏会って冷静に考えたら何?)
ゲームをしていた時は特に気にならなかった設定を思い返していると、いつの間にかスヴェンがメイドを呼び、ベラは身支度部屋に連行されてしまった。


やけに派手で肩を出したドレスに着替えさせられたぶん余計に時間がかかった。髪も下ろされて、少しラメまで撒かれる。
鏡に映る自分を見る。
両親や妹と同じ髪はピンクで毛先は柔らかく波打ち、二歳年下の妹とは対照的に凛々しい眼差しをしている。目の色はオレンジだ。
最初は『知性を感じる美しい輝きを宿している』と教授たちには褒められていたが、残念ながら今では二年前まで通っていた学校でも、そして社交界でも『意地悪な目つき』『男をたぶらかす魅惑の色』なんて言い方をされるようになってしまった。
「高位貴族も顔を出す舞踏会なんでしょう? 折角の機会なのにエリティーヌお嬢様もどうして意地悪なベラ様などにお譲りに……」
ぶつぶつメイドたちも文句を漏らしていた。
伯爵令嬢に対してはあり得ない態度なのだが、ここでは、メイドたちはエリティーヌのためにとベラに嫌がらせをしてくる。
(みんなが都合よく妹を信じるところは、ゲームそのままなんだなと感じるわ)
でも、そこから抜け出さなければ。
いったいどうしたらいい? とにかく家は出たい。舞踏会なんて行っている場合ではない。
「ねぇ、どんな場所か知らないけど無理やり私が出なくとも――」
「エリティーヌお嬢様の決定にいちいち口答えをするなんてっ、相変わらずですねっ」
「性格が悪く、婚約者もいない貴方のためにエリティーヌお嬢様が譲ってくださったのですよ!」
「エリティーヌお嬢様の優しさをそうやってまた踏みにじる気ですか!」
正義感溢れるメイドの声が次から次へと被せてきて、ベラは身に沁みついた反応で萎縮してしまう。
(こ、こわ)
身支度の仕上げをされて外に出されたら、もう夕刻だ。
「距離が少しありますゆえ、早くお乗りください」
遠慮なくメイドに座席へ押し込まれ、ベラの意思も聞かず馬車は発進してしまったのだった。



一章 不運の末に最強の攻略対象に遭ってしまった件



馬車が停車したのは、とても高さのある会場だった。
受付で色とりどりの仮面が配られていて、人々が進んでいく道をおずおずと進んだベラは、会場入りして驚く。
目の前には、貴族たちの華やかなパーティーの光景が広がっている。
室内は厚地の黒いカーテンが掛けられていて、人々も室内もより煌めいて見えた。
(……何をどう楽しめばいいわけ?)
仮面で顔を半分隠しているし、あいさつ回りをしている様子もないから、名前も明かさなくていいコンセプトらしい。
(なんだか、変ね)
ひとまずここに来るまでにメイドに水すらもらえなかったので、喉の渇きを潤すためドリンクコーナーに向かった。シャンパンだけでなく度数の高い見たことのない酒も並んでいる。
心なしか皆、ダンスはそっちのけで酔っていて男女の距離が近い。
なんだか嫌な予感がじわじわとせり上がってきた。
「やぁ、まだパートナーはいないのかい? これから見繕うのかな?」
「ひぇ」
後ろから声をかけられて、ドレスの開いた背の部分に鳥肌が立った。
「君は実に妖艶だね。相手がまだなら私と上のホテルで少し話さないか?」
これは、――確定だ。
ベラは自分がなんと言い訳してその場を離れたのか覚えていない。邪魔なグラスを置き、とにかく早歩きで男から距離を取った。
(あ、あの妹め〜っ!)
たぶん、ここは健全に踊る舞踏会ではない。お酒と仮面と、その場限りの疑似恋愛を楽しむ、貴族やお金を持っている身分の者たちの大人向けの遊び場だ。
せっかく一番目の攻略対象を押し付けて物語を超短縮で終わらせたのに、どうしてこんないかがわしい所に来ないといけないのか。
(うぅ、着替えさせられている時点で勘ぐるべきだったわ)
ベラが着ているのは肩が露出していて背中が開いているドレスだ。室内を照らし出す眩しい光に、濃い紫と銀糸で織り込まれている生地はきらきらと反射して目立ち、いかにも悪女でこのような場など慣れているような恰好である。
(こんないいように使われるザマァ確定の悪役キャラは脱却するわっ)
時間になるまで帰りの馬車さえもない。けれど、このまま会場にいるのはまずい。
とにかく今はここを脱出しなければならない。確固たる意思を持ってベラは早歩きを始める。
「そこのお嬢さん、一緒に一杯どうだい?」
「お構いなく」
身が強張って、つい強い声になったようで、肩越しに振り向くと相手の紳士がビクッとして慌てて人混みに戻っていく。
(あー……一応怖い顔の設定だったわね……)
仮面越しでもわかるのかと肩がしゅんと落ちる。
少々釣り上がっている目元は前世の自分にどこか似ている気がして、前世を思い出した今もあまり違和感がなかった。
とにかく今は丁度いいと思おう。再び誰にも声をかけられないよう必死に歩きながら考える。
強い酒と香水の匂い、人々の仮面さえもギラギラと眩しくて、方向感覚が失われ、どこから入ってきたのかさえ分からなくなるほどだ。
ここから出たらまずは『妹にいいように利用され続ける姉』をやめよう。
妹が各攻略対象を落とせたのも『意地悪な姉がいる可哀想な私』という、最強の設定があったからだ。
ベラはある意味では主人公のサポートキャラみたいなものだろう。
もちろんそんな役割は今後はまっぴらごめんである。
(不幸の元である妹と家から離れる。……後は悪役キャラを脱出するのも大事だけど、何より二度目の人生は社畜やいじめられっ子以外の人生を送ることが目標よ!)
「あ、出口っ」
考えながら歩いているとようやく出入り口が人混みの向こうに見えた。
二人の黒服の受付が立っている扉は、ベラにはゲームの脱出口のように輝いて見えた。
(よし、このまま出口まで……)
勢いをつけて人々の隙間を縫って進んだ次の瞬間だった。
「あっ」
隣から飛び出してきた男とぶつかってしまった。
相手がふらついているのに気付き、ベラは『大きな身体でぶつかってこないでよっ』という文句も一瞬で引っ込み、慌てて彼を抱き留めていた。
「ごめんなさい、大丈夫ですか?」
声をかけると、相手が目元に仮面をした顔を向けてきた。
(わ、ぁ……綺麗……)
男の仮面の上で金髪が輝く。
柔らかに揺れるさまは、まるで極上の絹のようだ。触って確かめたい気持ちにかられるが、もちろんこらえる。
仮面をしていてもわかる端正な顔立ちにも驚いた。
男らしい首の太さ、そして凛々しい顎のラインだけで色っぽさが漂う。
(――って、いやいやいや、今はそれどころではないからっ)
ベラは彼の美貌を見なかったことに決めた。
「気分が悪いようですが、話はできますか? 助けは必要ですか?」
屈み気味の男性は少し苦しそうだ。本来はかなり背丈がありそうだが、そうしているためベラでも彼の髪がよく見えた。
「…………」
男の口が少し開くが、声がないまま苦悶の表情で強く閉じられる。
「た、大変だわっ。発作だったりしますっ?」
前世だって医療とは縁遠かった。どうしたらいいのかとパニックになり、ひとまず比較的人の少ない壁際へ避難させることに決める。
「人込みがない所に移動しましょうっ、失礼します!」
あまりにも美しさがダダ洩れているので、ひとまずセクハラと頭に浮かんだ単語を飲み込み、ベラは彼に断りを入れてから自分の肩に腕を回させた。

(うっ、重い……!)
見た目の印象通りに体格もある。
けれど足にあまり力も入れられない状況にあるとしたら、やはり避難させたほうがいい。
あと数メートル先に出入り口が見えていたが、人の壁が多すぎる。
ベラは、苦渋の決断で男と一緒に通り抜けられそうな人込みへと進路を変え、一歩ずつどうにか歩いていく。
「……俺のために、無理をしてくれているのか?」
「見ての通りですっ」
今は必死なので話しかけないでほしい。
「人を……呼べ……」
「壁際に避難させてから係の者を呼びます。このままだと倒れてしまいますよ、一人残して私だけ離れることもできませんし」
「……係の者ではなく……、俺の従者だ、うっ」
男性が腹を抱えるようにして屈む。
彼が倒れるのではないかと思い、ベラは慌てて全身で支えた。
「持病ですかっ?」
「いや、違う」
「苦しそうです。その侍従の方が薬を持っているのですね?」
「だから……違う……」
「はぐれているのなら、やはり近くにいる係の者に助けを――」
「はぁっ」
寄りかかってきた男の、やたらと色っぽい吐息が首筋と肩に落ちてきてベラはびくんっと身体がはねた。
(……待って。このゲームって確か)
主人公を奪い合う、攻略対象同士の『媚薬』イベントもあった。
つまり媚薬は当たり前に存在している。そう思い出して、ベラは逡巡したのち、怖いもの見たさの気持ちで視線を下げていく。
「見るな」
「っ」
もっと早く言ってほしかった。
(み、見ちゃったーっ)
彼の長いコートから覗くズボンは、一部が不自然に盛り上がっていた。しかもベラが想像していた『男性のそれ』よりはるかに大きい。
(か、彼、かなりの興奮状態なのでは……!?)
ベラはつい手を離してしまった。相手が寄りかかった状態のまま、ちらりと見つめ返してきて眉を軽く顰める。
「なんだ、その見た目で初心なのか」
「う、うううう初心なんて言わないでくださいませんかっ?」
「こんなところでこれぐらいで驚く女に出会うなんて驚きだ。しかも、なかなか特上に見える」
「……とく、じょう?」
ベラが首を傾げると、相手の男性がますます眉を顰めた気がした。だが、仮面のせいで表情は正確に判断しづらい。
「なるほど。本当に分かっていないらしい。なら、いい。俺のことは放っておけ」
男がベラの肩に手を置き、自分の足で立つ。しかし彼がまた「うっ」と言ってぐらりと傾いたので、ベラは咄嗟に慌てて抱き支えた。
(ひえぇ……できるだけっ、できるだけ下半身には触れないようにっ)
意識して、視線はしっかり上げていた。
「くそっ……言っておくが、係の者に助けを求めるのは間違っているぞ。ここにいる時点で合意としてみなされているからな」
「合意?」
「ここでは、盛り上がるため薬を使って相手と上のホテルへ行くのも珍しくない。俺は病気じゃない。誰かに薬を盛られただけだ」
(――はいっ、確定!)
これは媚薬だ。やけに高い建物だと思ったが、上がここにいる客たちが使えるホテルになっているからだと気付いた。
ベラは、たぶん首の下まで真っ赤になっているだろう。
性欲がやばい状態なら彼の美貌から漂ってくる色気が凄いのも理解できる。
こういう時、どう介抱すれば正解なのか。
貴族令嬢としての自分のままなら先ほどの言葉の意味すら分からなかったが、前世の記憶がある今なら、恋愛経験はほとんどなかったものの多少の知識はあるにはある。
抜いたほうが楽になるのならお手洗いに――なんて、恥ずかしくて提案も無理。
「えぇと、その従者の方でしたね、その方ならなんとかできるんですよね?」
「ああ。軽い解毒なら可能だ」
「で、では探しましょうっ。あ、いえ、あなた様は動けないでしょうから、私がどうにか連れてまいります! どうしたら発見できますか? あっ、こういう時は誰かにお願いすればいいんですかね!?」
パニックになって相手に確認すると、彼はベラをじっと見つめてきた。
「ん? なんです?」
思わず条件反射で顰め面を返した。
「お前は俺の相手をしたくはないのか?」
「は? ――はぁあああああ!? そんな恐ろしいこと言わないでくださいよっ、どこの誰かも知らない人なのに、嫌に決まってます!」
思わず叫んでしまった。
「……俺を知らないのか?」
「仮面をしているのに、どう知れと? 知り合いだったらまだしも、私はあなた様を存じ上げません!」
「…………一夜を共にしたくならないと」
「ひぃ、やめてくださいよっ。仮面越しでもなんとなくイケメンなのはわかりますが、どの女性もころりと相手にできるなんて思わないでいただきたいですっ」
性欲発散の相手として考えたのなら期待しないでほしい。
(というか前世でも経験ないしっ)
超絶イケメンに誘われたとしても、ベラは全力で逃げるだろう。
「ふうん、珍しいな。どの女も俺を襲おうとするものだが」
「それは……大変ですね。もしかして媚薬も?」
「ああ。普段から薬を盛られることは警戒していたのだが、見事にしてやられてイライラしている」
「あ、イライラがあるだけマシですね。理性が保てています」
気が抜けて、ポロッと言ってしまった。
彼にかなり凄まれているのを感じてベラは胃が萎縮する。
「……申し訳ございません、失言でした……あなた様は苦しんでいる最中ですし……」
笑って流してもらおうと思ったのだが、相手から相槌が返ってくることはない。
きっと睨み続けているのだろう。ベラはぎこちなく視線を逸らした。
(というか、今じっくり目を合わせて思ったんだけど、仮面から見えた美しいブルーの目も、この金髪と顔立ちの雰囲気もどこかで見覚えがある気がするのよね)
とはいえ、このままの状態はベラがきつい。
媚薬が入っている男性を支え続けているとか、怖すぎる。
「ところで侍従様を探しに行きたいと思っているのですが、あなた様を誰かに預けてもいいですか? あ、もちろん男性に」
「はぁ? 知らない人間に支えられたくない。暗殺の危険性もあるしな」
「暗殺されるお立場なのですか!?」
いよいよ離れたい。面倒ごとの予感がする。
その時、彼が人混みのほうをふっと見た。
「あれが俺の従者だ」
「えっ、従者の方? 来てくれたんですかっ?」
「こちらに呼んでくれ」
「は、はいっ」
これで解放される。ベラは彼が示した方向に大きく手を振った。
「侍従さんっ、こちらです! あなたの主人、が……」
向かってくる執事服風の若い男を目に留めた瞬間、希望が湧いたはずのベラの声がみるみる萎んでいった。
(――こ、この従者!)
背筋がピシリと強張った。
(とすると私が支えている彼って、やっぱりっ)
思わず勢いよく男のほうを確認すると、彼が苦しそうながらも、ベラが思い浮かんだ人物と同じブルーの目を「ん?」と向けてきた。
「なんだ、やはり相手をしたくなったか」
「しません、したくありません、勝手にそう決めつけるのは大変迷惑ですっ」
思ったことが、全部口から出た。頭の中が混乱しきっていたせいだろう。
(ひえぇ、彼にこんなこと口応えしないほうがいいのにっ)
しかし男は威圧してこなかった。それくらいに苦しいのだろう。
「旦那様、大丈夫でございますか」
「ノヴァ、あやしい人物はおさえられたか?」
駆け寄った侍従が、ベラの代わりに彼を支えてくれる。
ベラはほっとして二歩後退した。
(やっぱり侍従の名前は『ノヴァ』だわ)
ゲームの画面に映っていた黒髪と黒目の侍従で、間違いない。
「はい。身元は確認しました。解毒剤も用意しましたが、効果は媚薬の種類によります。それでも少しは楽になるかと」
「よくやった」
ノヴァから受け取った小瓶の中身の液体を彼は口元で勢いよく傾けて飲む。
(よかった、これでもう帰ってもいいわよね?)
ベラが、ほんの少しヒールを後退させた時ノヴァがこちらを見てきた。
「このたびは助けられました。ありがとうございます」
「い、いえいえっ、体調が悪そうなのをたまたま見かけて声をかけただけです。従者様が来たらもう安心ですねっ、それじゃあ私はここで!」
ベラは早口で言って素早く背を向けた。だが、速やかな撤退は、後ろから従者が手を掴んで引き留めたことにより失敗してしまう。
「旦那様にとって、そして私にとっても味方は希少です。このたびは本当にありがとうございました。ぜひともお名前をお聞かせください。後日、ヴィルヘルト公爵家からお礼をいたします」
(ヴィルヘルト公爵家って言ったー!)
だとしたら、もう間違いない。
目の前のやたらと美しい大人の色気に溢れたこの男は、ヴィルヘルト公爵だ。
(な、なんでこんなところにいるのよっ)
――グレイ・ヴィルヘルト公爵。
このゲーム【意地悪な姉にめげない乙女は、恋をする】に登場する攻略キャラは皆、ヒロインと同世代なのだが、その中で彼だけは二十代後半。最年長であり、唯一の大人枠で最強の攻略対象だ。
女主人公が王子様と縁ができたのち、ようやく出会うキャラだった覚えがある。
むかつくあまりゲームを全然進めなかったし、その途中でベラはトラックと衝突しているので、続きは知らない。
「い、いえ、おかまいなく。ほんと、ただの親切ですので……それでは!」
今度こそ逃げるべく、ベラはノヴァの手を振り払って出入り口の方向に全力でダッシュした。
しかし、またしても腕を捕まえられた。
(また侍従――!?)
そう勘ぐった次の瞬間、引っ張られ、色っぽい紳士の香水がベラの肺を満たす。
え、もしかして今度は従者じゃない? そう思ったら捕まえてきた手の大きさも違うことに気付いた。そして次の瞬間にベラの視界はぐるんっと回転した。
(はい?)
回った視界に、美しい仮面舞踏会の光景が映る。
続いて、目元を仮面で覆っている先程の男の整った顔がベラの視界に広がった。
「え、えぇーっ」
あろうことか、彼はベラを両腕に抱き上げたのだ。
「この令嬢は無関係だが、助けてくれた。連れていく」
「かしこまりました」
ノヴァが軽く頭を下げて返事をする。
「かしこまらないでっ」
ベラはすかさず主張したのだが、男はノヴァに「行くぞ」と言うなり、歩き出してしまった。





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