【4月30日発売】キラキラ王子様にときめいてはいけない36時間 だけど体の相性は最高です【本体1300円+税】

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●著:竹輪
●イラスト: 藤浪まり
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4815543631
●発売日:2025/4/30


覚えるんだ。君を気持ちよくできるのは私だ


田舎で花を育てて生活しているリタは精霊持ちと言われる特殊な人間。ある日親友のソニアが王都で城の侍女試験に向かう途中高熱を出してしまい、どうにか試験を引き延ばしてもらえないかと頼みに行くが、手違いで第六王子の侍女の面接会場に放り込まれてしまい、なぜか採用されてしまう。しかも王子の精霊とリタの精霊が熱愛するようになってしまって……。






第一章 王宮の侍女試験
「さあ、今日もいっぱいお水をあげようね」
私が水の精霊のアクアに声をかけると彼女は返事の代わりに畑に水を撒いてくれた。キラキラと水の粒が光にあたって虹を作る。
私はこの瞬間が好きだ。
綺麗な空気。
あたたかな陽ざし。
そこに育つ緑……。
ここにあるもの全てが自然の恵み。
生み出した水を作物に与えるアクア。球体でしかない彼女の表情はわからないが、喜んでいる感情は伝わってきていた。
精霊主。
それは精霊の卵を持って生まれる人間のことをいう。
私の家系は代々精霊の卵を持って生まれる。
一緒に生まれた精霊は互いに感覚を共有し、いわば体の一部のような存在。
けれどそんな分身のような精霊を道具のように利用する人もいる。
そう……私の両親のように。
「リタ! やっぱりここにいた。これを見て! なんだと思う?」
嫌なことを思い出しそうになった時、それを打ち消すように明るい声が聞こえてきた。
見ると親友のソニアがこちらに向かって走ってくる。
彼女は幼馴染でもあり、いつも私を優しい気持ちにしてくれる。
「おはよう、ソニア。どうしたの?」
「あのね、ハアハア。ビックニュースなの」
ソニアは私に見えるように手紙を差し出してきた。
「アクア、ご苦労様。もう十分よ」
私は水やりをしてくれていたアクアに声をかけてからソニアに向き直った。
「今年の応募は例年の比じゃないくらいに多かったのは知ってるよね。もう無理だって諦めていたのだけど」
ソニアの言葉と、いかにも高級そうな紙でできている手紙を見つめると、それがどういったものか見当がついた。
「もしかして王宮の侍女の!?」
「そう! 一次試験に通ったの!」
「きゃーっ!」
手を広げると、ソニアと抱き合って喜んだ。ソニアの夢は王都で働くこと。それも王宮の侍女が彼女の一番の目標である。
王宮の侍女は超難関なために、選ばれたと言うだけでも箔がつく。作法も問題ないと証明されたようなものになるので一次試験に受かっただけでも一生働く時に有利になるのだ。
けれど王宮の侍女に憧れる女の子というのはたくさんいて、毎年募集の枠をはるかに超える人数が集まり、激戦が繰り広げられる。
一昨年も、去年も一次試験に通らず、なんとかならないかと二人で対策を練って挑んだ。それが今回の結果なのだから、嬉しいに決まっている。
「ほんと、奇跡だよ! 今年の応募総数は五千人越えだったらしいの! で、二次試験に残ったのはたったの百三十名だよ!?」
「去年の応募数は半分くらいだったじゃない。どうしてそんなに……」
「それがね、前から天使みたいだって人気のあった第六王子のマティアス様がそりゃあもうたいそうなイケメンに育ってるみたいで、一目見たさに受ける娘が急増しちゃったんだって。試験となれば王宮に入れるからね」
「会えるかどうかもわからないのに? そんなに熱狂するくらい美男子なの?」
「なんでも最近は男の色気みたいなものも出てきてタマラナイとかいう話よ」
「なにそれ」
「実は今回の侍女の中から第六王子の侍女も選出されるって噂もあるらしいの」
「なるほど……。それで余計に増えちゃったのね」
「うん。でもそちらは『精霊主』が条件みたいだから、私には関係ないけれど。リタが応募したら受かってたかもしれないね」
「私はここが好きだから、そもそも王都には行かないわ」
「田舎のみんなは都会に出たがるのに、リタは変わってるね。リタは貴族だし、勉強もできる。精霊主だから王都で働こうと思ったら引く手あまたなのに」
「貴族っていってもソニアみたいに古い家柄じゃないし、親が精霊使いになって爵位をもらったにわか貴族だよ。それに私は両親と姉とは折り合いが悪いから」
「そうだよねぇ。だからわざわざ王都の家を出てここで暮らしてるんだもんね。リタと王都に行けたら嬉しいのに」
「私もソニアと一緒にいられたら楽しいけれど……ごめん」
「い、いやいやいや。私こそ、リタを困らせることを言ってごめんね」
才能がなくて精霊使いになれなかったから祖母を頼ってこちらに来た、とソニアには説明していた。
それでも彼女は私が精霊主だということをすごいと思ってる。
本当は全然すごくもなんともない。
王都の実家で私は、精霊使いの訓練についていけないと食事を抜かれて、暴力をふるわれていた。
今でも納屋に閉じ込めた私のことを『欠陥品』と罵る父の声が脳裏によみがえる。
私は逃げてきただけなのだ。
「リタがいっぱい応援してくれたから、一番に知らせたかったんだ」
にっこりと笑うソニアが眩しかった。
私のほうがいつもソニアの家族の仲がいいことを羨ましく思っている。
いつも側にいてくれる大好きな親友。ちょっとした幸せを私に分けてくれる。
なにもなければ王都で一緒に働く道もあったかもしれないけれど、家族のいる場所は避けたい。
「アクアはここにいるほうが幸せだもんね」
ソニアがアクアをツンツンしながらそう言った。
「幸せ……なのかな」
アクアを見るとちょっと申し訳ない気持ちになった。
私にソニアがいるように、アクアにも精霊のお友達がいてもいいと思うからだ。
自然発生した精霊とは違って人と生まれた精霊同士はある程度意思疎通ができるので、相性がいい精霊は一緒に遊ぶこともあるらしい。精霊はもともと遊びが大好きなのだ。
アクアは両親たちの感情を抑えた精霊と年取った祖父母の精霊しか会ったことがないのでいつも遊ぶ相手がいない。
さすがに私では球体になって一緒に飛び回ることはできない。
王都に行けば精霊主もたくさんいる。精霊同士交流することも可能なのだ。
田舎にアクアを閉じ込めて、幸せだとはっきりと言えないのだろう。
私の気持ちを察したのかアクアがそっと私の肩に乗ってきた。
言葉は話せないけれど、私の感情は受け取れるので『私は幸せだよ』と言ってくれているようだ。
「あのさ、二次試験の対策を考えないといけないんだけど……リタ、また手伝ってくれる?」
「当たり前だよ! せっかく掴んだチャンスなんだから頑張って」
「年齢的にも今年が応募できるラストチャンスだもん、気合い入れて頑張るよ!」
そうしてソニアの侍女試験に向けて私たちは勉強に励んだ。二次試験はマナーや様々な備品の名前の暗記。簡単な医療知識やダンスの基礎まである。
こうして一緒に学ぶといかに侍女の仕事が大変かわかる。
「もう、やっぱり私には無理かも……」
「弱音を吐くなんてソニアらしくないよ。ここまで頑張ったんだから大丈夫」
「そうかなぁ」
「そうだよ!」
「……リタ、ありがと」
くじけそうになるソニアを励ましながら頑張る。
五年前に事故にあってからソニアの父親は車椅子生活である。古い家柄であるといっても、お金に余裕があるわけではないので、家は兄に任せて長女であるソニアは働こうと思っているのだ。
頑張るソニアを私も全力で応援したい。
いよいよ試験日が二週間後になり、王都に行く準備をしていたソニアは弱々しい声で言った。
「だんだん心配になってきた……。宿とか急に行ってちゃんと取れるかな」
心細そうなソニアは捨てられた子犬のようである。
一人で王都に行って宿をとり、試験に挑む……確かに不安でいっぱいだろう。
ソニアの家族で同行できる人はいない。
父がいる王都に行くのは抵抗があったけれど、親友が困っているのに何もしないのも後悔しそうだ。
「ソニア、私も行くから一緒に宿に泊まろうよ。実は花の種の仕入れもあるから、ちょうど王都に行こうと思っていたの」
「え?」
「宿泊先も二人なら割り勘にできるでしょう?」
「リタ! いいの?」
働きに行くわけじゃないし、試験の二日ほどついていくだけだ。
抱き着くソニアの背中をポンポンと叩いて、私はソニアに付き添って王都に出かけることにした。

「お祖母様。私、ソニアが試験に王都に行くのについていこうと思うの。ちょうど花の種も仕入れたいから」
家に帰るとソファに座って編み物をしている祖母に声をかけた。
祖母は私の声で手を止めてこちらを見た。
その膝の上には祖母の精霊が猫のように丸くなって寝ている。
「そうなの。日帰りで?」
「ううん。前日に王都に入って、試験日も泊まるから二泊する」
「女の子二人で?」
「ソニアも私も二十歳だもの、そのくらいできないと」
「そうかもしれないけれど……王都はダニエルたちがいるわよ?」
「王都は広いんだから大丈夫だよ」
ダニエルというのは私の父の名だ。
不安そうに私を見つめる祖母。
祖母は私と家族が接触しないようにいつも守ってくれているから心配なのだ。
「最近、あなたを王都によこせと頻繁に連絡してくるわ。ここに居れば守ってあげられるけど……」
父は自分の母である祖母のことも『はずれ精霊主』とバカにして疎遠にしている。
そのくせ自分の都合のいいときだけ連絡してくるのだ。
「今まで放っておいていたのにね」
「きっと精霊主と結婚させるつもりよ。あなたの子を自分の思い通りの精霊使いに育てる気なのよ。あの子の考えそうなことだわ」
厳しすぎた訓練を思い出すと身震いしてしまう。
先のことはわからないけれど、精霊使いと結婚するのは嫌だ。
両親は精霊使いの才能がない私に見切りをつけて、姉にその全力を注いでいる。王都でも私の存在を明かさずに生活している。
それなのに最近急に、連絡してくるようになった。
今までいない者として扱ってきたのに、どうやら私を精霊使いと結婚させようと思いついたらしい。
私がいらない娘でも、私が産む子は精霊主になる可能性が高いので、子どもを産ませて取り上げるつもりなのだろう。
けれど私はアクアをバカにする人も、理解しない人とも結婚するつもりはない。
「王都に私がいるなんて思わないだろうし、貴族街には近づかないようにする。これまでだって市場には何度もお祖母様に連れて行ってもらっているもの」
「それだって、日帰りだったでしょう? 私が連れていけたらいいんだけど」
「お祖母様は腰を悪くしているのに無理よ。大丈夫、私もソニアも子供じゃないもの」
「でも王都で女の子二人が宿をとるなんて心配だわ」
考え込んだ後、祖母は編みかけのセーターを見てなにか思いついた。
「そうだわ! 私の知り合いのところに泊めてもらいなさい。ちょうどこのセーターを届けてほしいの。彼女ならソニアと一緒に泊めてくれるわ」
「ほんと? ありがとう、お祖母様!」
ありがたい申し出に嬉しくなる。
「うふふ。彼女も精霊主だからきっと楽しいわ」
「もしかして精霊使いなの?」
精霊使いだと聞くと身構えてしまう。すると、祖母は私を見て笑った。
「元、精霊使いなの。でも精霊使いもいろいろいるわ。お祖父様は優しかったでしょう?」
「精霊を甘やかしたから、お祖父様は精霊使いを辞めさせられたってお父様が……」
「はあ……ダニエルのせいでリタの精霊使いへの印象は最悪ね」
祖母は祖父の肖像画を眺めた。祖母は土の精霊、祖父は水の精霊と共に生活していた。
祖父が精霊使いを辞めてから田舎に住みついたと聞いている。
花と薬草をこの地で育てて……農夫のようだと罵られても。精霊を大切にして暮らしていた。
私の目から見ても二人はとても素敵な夫婦で、あんな夫婦になら私だってなりたいと思う。
――感情は捨てて使役しろ!
名前も付けてもらえない家族の精霊たちはまるで人形のようだった。
私はそれが怖かった。とても……怖かったのだ。

そうして王都の宿も無事に決まり、試験の前日に王都に着くように私たちは出発した。
「リタのお祖母様の知り合いの所へ泊めてもらえることになってよかった! お金のこともあるけど、宿がいっぱいだったら野宿かもしれないって不安で……ああ! ありがとうリタ」
「私はなにもしてないから」
「リタのお祖母様にもお礼を言ったし、お友達に持って行くお土産も持った。これで荷物はばっちり。あー……でも、試験、緊張する。ごほっ」
「ソニア? どうしたの?」
「ん、ちょっと喉になにか引っかかっちゃって」
「大丈夫? のど飴いる?」
「うん」
王都までは馬車を乗り継いで半日かかる。そのため夕方出発して早朝に着くのが一番安上がりで効率的である。
馬車の中でもソニアはひたすら暗記帳を開いて文字を追っていた。時々、私も問題を出したりして手伝って過ごした。
街で乗り合いの大型の馬車に乗り替え、うとうとしながら次の街へ。夜通し移動して私たちは予定通り王都に着いた。
「朝はまだ肌寒いね」
馬車を降りるとソニアと二人で縮こまった体を伸ばした。
それから地図を広げて道を進む。
「うーん……こっちかな?」
アクアは球体で私たちの後ろをついてきていた。
「荷物も持ってくれるし、ほんと精霊ってすごいね……」
「アクアの場合は防水しないと濡れちゃうけどね」
アクアに能力はないけれど、優しいし、こういう時はいつも楽しそうに荷物を持ってくれた。
「ゴホッ……」
「ソニア……咳が止まらないね。着いたらすぐに休ませてもらおう」
「うん……明日の試験は絶対に受けたいから」
「あ、ここみたい」
かわいらしい水色の屋根の家を見つけて、私は玄関の鐘を鳴らした。
祖母が紹介してくれたお友達の家は貴族街とは反対の緑の多い場所にあった。
「あらあら、あなたがクラリスの大切なお孫さんね」
中から出てきたのは祖母と同じくらいの歳の女性で、オレンジ色のスカーフを首に巻いたふんわりとした感じの人だった。
「セリーナ様ですね。よろしくお願いします。リタ・シュチュアートと申します。そして、こちらは親友のソニアです」
「ソニア・ロンデールです。よろしくお願いします」
「セリーナ・ルーベンスよ。二人ともよろしくね。どうぞ、入ってくださいな。疲れたでしょう? かわいらしいお客様が来てくれて嬉しいわ」
優しそうな人でよかった……。
セリーナ様は祖母の学生時代からのお友達らしい。互いに伴侶を失った同士慰め合っていると言っていた。彼女も祖母と同じ土の精霊主だが、元精霊使いと聞いて少し不安だったのだ。
家の中に案内されると、いたるところに植木鉢が置いてある。きっと土の精霊が喜ぶようにと置いているのだろう。
大事にされている精霊を思うと自然と顔がほころんだ。
祖母が言っていたように精霊を大切にする人なのだろう。
「セリーナ様、すみませんがソニアが少し風邪気味のようなので、先に休ませたいんです。明日の侍女試験に備えて体調は万全にしてあげたいので」
「まあ、それは大変! ベッドの用意はできているから寝かせてあげて」
「来て早々すみません……ゴホッ、ゴホッ」
セリーナ様はすでに私たちの部屋を用意してくれていたようで、ベッドが整えられていた。
部屋にはシングルベッドが二つ置かれて、可愛い花柄のシーツがかけられていた。
早速荷物をおろし、ソニアを着替えさせてベッドに寝かせた。
「移動で疲れが出たのかな……熱も少しあるかも?一応お薬は飲んでおこうか」
明日の試験までには体調を戻したいと、念のために持って来ていた薬を飲ませた。
「ゴメンね、リタ」
「ソニアが謝ることじゃないよ。今は休んで。この薬は眠くなるから今日はぐっすり寝るといいよ」
「うん」
ソニアを部屋に残して応接室に戻ると私はセリーナ様にお土産を渡した。
「ソニアちゃんは大丈夫そう?」
「熱は多分出ていないと思うんですが、念のため眠くなる薬を飲ませました」
「試験に緊張しているのもあるのかもね。ゆっくり休めればいいけれど」
「お気遣いありがとうございます。こちらはソニアと私からで、これは祖母からです」
「まあ、素敵。蜂蜜は大好物よ。あ、クラリスからはセーターね。本当に彼女は手先が器用だわ」
セリーナ様はお土産を喜んでくれて、祖母からのセーターに感心していた。
そこでセリーナ様の精霊が私に紅茶を出してくれる。その姿はぼんやりしていてもセリーナ様そのもので驚いた。
「ありがとう、ミリム」
優雅な手つきで運び終わるとミリムと呼ばれた精霊はセリーナ様の後ろに下がった。
祖母も私も精霊は球体で、ぼんやりとした人型も取れない。
ここまでしっかりした人型を見るのは父以外では初めてだった。
「すごいですね……こんなにはっきりと精霊主を形どれるのですか? 紅茶までいれられる精霊に初めて出会いました。精霊の名前は精霊使いを辞めてから付けたのですか?」
矢継ぎ早に質問するとクスクスとセリーナ様が笑った。
「褒めてくれてありがとう。これでも精霊使いだったからね。でももっと力の強い精霊はまるで精霊主そのものよ。今は精霊に名前を付けるのは、精霊使い協会ではよしとされないからね……でも協会のトップ……精霊大公が変わるまでは自由に付けていたのよ?」
「そうなんですか」
「ふふ。精霊はね、心を通わせば通わせるほどいろんなことができるの。それを知れただけでも窮屈な規律ばかりになった精霊使いを辞めてよかったわ。紅茶のお味はどう?」
「すごく、美味しいです! ミリムは紅茶を入れるのが上手なんですね」
私が褒めるとミリムは二回揺れていた。
「ミリムが『どういたしまして』って言って喜んでいるわ」
「言っている?」
「私とミリムのメッセージの伝え方なの」
そんな意思疎通の仕方もあるのだと感心した。
せっかく初めて家族以外の精霊と会ったのに、アクアは私の背中にぴったりとくっついて離れない。
「アクア、ミリムに挨拶したら?」
そう言って前に出そうとしても、アクアは後ろでモジモジしたままだった。
「どうやらアクアは恥ずかしがり屋なのね」
「すみません。家族以外の精霊に会うのが初めてで」
「いいのよ。警戒心も大切よ。ここに泊まっているうちにきっと打ち解けられるわ。……それより、今年の侍女試験は競争率が高いって聞いたわ」
「そうなんです。なんでも第六王子の人気のせいだって聞きました」
「マティアス殿下ね……。たしかに一度見たら虜になってしまう方だわ」
「そんなに美男子なんですか?」
「今、一番輝いている精霊使いよ。光属性で本人もピカピカよ」
「ふふふ。なんですかそれ。……第六王子も精霊使いなんですね」
「ええ、そうよ。それも彼の精霊は精霊王。エリート精霊使いだから、見た目抜きにしても王室で一目置かれる存在よ」
精霊王の精霊主で、エリート精霊使い。
きっと両親や姉みたいに精霊を使役しているのだろう。
「侍女試験が終わったら、リタちゃんは種を買って田舎に戻るのでしょう? ソニアちゃんは私が見ていてあげるから買い物してきたら?」
「え……でも」
「せっかくだから行ってらっしゃいよ」
「では、ソニアをお願いします」
疲れていたのかソニアはすぐに眠っていた。額に手をおくと熱も出ていないようだ。
私はセリーナ様の言葉に甘えて街に出かけた。
王都の市場には様々なものが集まってくるので興味深い。それにソニアのために彼女が食べられそうな物やいざという時の熱さましになる薬草も手に入れておきたかった。
街に出ると都会の人の多さに驚く。
土煙が舞って、田舎とは違う匂いが鼻についた。
「私が先に手に取ったのよ!」
「私のほうが先よ!」
そこで店先で騒いでいる女の子たちを見つける。どうやら一枚の絵をめぐって争っているようだった。
なんだろう、あの絵。
興味がわいて覗いてみると天使の描かれた絵を二人のどちらが買うかで揉めている。でもあんな天使様いたかしら。
「ねえねえ、あの人たちが奪い合ってる天使様の絵って、大天使様の一人?」
隣で同じように見ている女の子に聞いてみると、その子は私のことを信じられないものを見るような目で見た。
「なに言ってるのよ、あれはマティアス様よ!」
「マティアス様? え? もしかして第六王子の?」
「そうに決まってるでしょ!」
しつこく聞くと最後には怒られてしまった。けれど、どう見たって天使様の絵にしか見えなかった。
姿絵だから綺麗に描かれているだろうけれど、それにしても大袈裟だわ。
そう思って離れると私は薬草や種を売っている店を回った。
大方目星をつけていたものも手に入ったし、ソニアにも果物を買った。しかしセリーナ様の家に戻ると、彼女は困ったような顔をして私を出迎えた。
「どうかしたんですか?」
「それがね、ソニアちゃんの熱が急に上がってしまって……先ほど診てもらってお医者様が帰られたところなの」
「そんな!」
「今は熱さましを飲んで寝ているけれど、どうやら流行り病をもらってしまったようね。お医者様の見立てだと、今日、明日が山場になるんじゃないかって」
「明日……それだと侍女試験は」
「この様子だと無理ね。それに明日熱が下がったとしても流行り病なら王宮には入れないわ」
話を聞いて私はソニアが眠る部屋に向かった。
ソニアは真っ赤な顔をしてフウフウと息を吐いて眠っていた。こんな調子で侍女試験を受けるなんて到底無理だ。
「どうしてこんなこと」
ずっと頑張ってきたソニアのことが脳裏によみがえる。
「お医者様の話だとずいぶん流行っているみたいね。あっちこっちでてんてこ舞いだって言っていらしたわ」
「ご迷惑かけて申し訳ありません。あの……」
「大丈夫よ。精霊持ちは流行り病はかからないから。このままここで看病してあげて」
「ありがとうございます」
そうしてその晩、私はソニアを付きっ切りで看病した。
けれど、ソニアの病状はよくなるどころかどんどん悪くなってしまっていた。
「……ハア……ハア……悔しい。悔しいよう……」
「うん……そうだね、ソニア……」
朝目覚めて、試験に行けないことを自分でも自覚したソニアが泣いていた。
私はそんな彼女になにもできずにただ抱きしめるだけだった。
「ソニアが精霊主だったら……流行り病にかかることはなかったのに」
精霊主は精霊の加護で流行り病にはかからない。できることなら代わってあげたいくらいだが、そんなことはもちろんできない。
「こればっかりは仕方ないわね。次のチャンスを……」
セリーナ様はそう言って励ましてくれたけれど、ソニアも私も二十歳。
「……チャンスはもうないんです。年齢制限があって今年が最後のチャンスだったんです」
「そうだったの」
「どうにか日を改めて試験を受けさせてもらえないか、私、直談判してみます」
「リタちゃん……」
「セリーナ様、ソニアのこと頼みます」
私はソニアの受験票を持って王宮に向かった。
どうしても、ソニアのことを思うと諦めきれなかった。

「一次試験を受かった者が何人いると思っているんだ。さあ、帰った、帰った」
試験会場前で再試験ができないか、係の人に聞いてみたが、迷惑そうにされるだけだった。
「でも、流行り病なんです。それだけで試験も受けさせずに優秀な人材を放っておくなんて王宮の損失ですよね!?」
私が精いっぱい言い募ると係の人は私を邪険そうに追い払おうとする。
「残った人数の中にも十分優秀な人材がいるだろう。運も実力の内だ。諦めなさい。今年だけ前例を作るなんてとんでもない。これまでだって訴えはあったが受け入れたことはないんだから」
「でも……」
「あんたも病気した受験者の友達なら帰ってくれ。王宮に病を持ち込むわけにはいかんからな」
「私は精霊主です! 流行り病にはかかりません。だから、話を……」
「え? 精霊主?」
「そうです。だからお話を聞いてください」
「精霊主はすぐに通すよう言われている。受験票を見せてみろ」
「これです。それで……」
「それで、それが精霊か」
「はい。水の精霊です」
「それなら話は別だ。受験票を持ってこっちの廊下を進みなさい」
「お話を聞いてくださるってことですか?」
「精霊主は希少だからな。さあ、行きなさい」
なんだかよくわからないけれど、話を聞いてもらえそうだと思って私は廊下を進んだ。
廊下の先には母親くらいの歳の女性が立っていた。
あの人に話を聞いてもらえばいいのかもしれない。
「すみません、話を……」
「順番がありますから、そこにかけてお待ちください」
見ると数名の女の子たちが座っている。この人たちも試験を受けられなかった人の家族だろうか。
とにかく、話を聞いてくれるなら順番を待つしかない。
「では順番に端から着席してください」
「え?」
待っていると中から女性が呼びに来て、室内に通される。
そこには五つの机が用意されていて、端からみんな座らされていった。
「あら……机が一つ足りないわね」
女性がそう言って、すぐに机が一つ増やされる。私はそこへ座らされた。
「あの……」





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