●著:山野辺りり
●イラスト:旭炬
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-2032-8
●発売日:2019/05/24
決めた。お前を俺の妻にする
不吉な予言しかできず、幽閉されていた魔女アドリアナ。彼女は自国を占領したアンドルシュ国王フェルディナントに気に入られ、妻にすると言われ強引に城に連れ帰られる。悪政に苦しんでいた自国が彼の統治で活気を取り戻しているのを見て、アドリアナはとまどう。「そんな目をするな。抑えがきかなくなる」フェルディナントの性急だが優しい愛撫に蕩かされ悦びを知る身体。彼が好きだと自覚した矢先、また暗い未来の予知夢を見て!?
アドリアナの予知夢は絶対。そんなこと、自分が一番よく分かっている。これまで一度も外したことはないのだ。
どんなに足掻いても、努力を重ねても、不幸な未来に突き進むしかなかった。
起こってほしくない悲劇を先に知れたところで、何の意味もない。変えられない災禍なら、いっそ知りたくなかった。余計な力のせいでアドリアナはいつだって、同じ厄難を二回ずつ味わわねばならなかったのだ。
――私はまた、何もできなかったの……?
師匠の愛した国を守れなかった絶望が、胸に巣くう。今度こそ立っていられなくなったアドリアナは、フェルディナントの胸に抱かれる形になっていた。
「大丈夫か?」
大丈夫なわけがない。今自分を支えてくれているこの腕が、大切なものを壊したのだ。
アドリアナにとって唯一大事だった師匠が守ろうとしたベルカ。
ある意味自分がこの僻地でのほほんと暮らしている間に、大勢の国民が辛酸を嘗めたのかもしれない。せめて生きていてくれという願いを込め――アドリアナは渾身の力でフェルディナントの頬を殴っていた。
「このっ、侵略王が! 私の手で息の根止めてくれるわっ!」
「き、貴様ーっ!?」
気色ばんだ兵たちの刃が、一斉にアドリアナへ向けられた。
黒ずくめの女が、自分たちの主にいきなり殴りかかったのだから当然だ。『殺される』とアドリアナが覚悟を決めた時、伸ばされた救いの手は意外にも被害者である彼本人のものだった。
「女一人にいきり立つな。みっともない。だいたいこんな細腕で叩かれたところで、猫にじゃれられた程度にしか感じんわ」
ケロリとしたフェルディナントの顔はやや赤くなっていたものの、言葉通り痛がる素振りは全くない。むしろどこか楽しそうにしげしげとこちらを見つめてきた。
「お前、この状況でその選択をするとは、随分面白いな。それに不思議な髪色と瞳をしている」
「……!」
拳を繰り出した瞬間に、フードが脱げてしまったらしい。誰にも見せるつもりがなかった白髪と赤目が晒されていた。
自分に集まる視線が痛い。隣国においても、そうとう珍しい容姿なのだろう。皆、一様に目を見開き、口を開けている。中にはひそひそと囁き合い、アドリアナを指さす者もいた。
「見ないでっ……!」
慌ててフードを被り直したけれど、もう遅い。この場にいる全員に見られてしまった。
魔女の中でも異質で、禍々しい大嫌いなこの姿を。
どうせ彼らが考えていることなど、想像がつく。『気味が悪い』とか『呪われた生き物』などに決まっている。人は、集団に溶け込めない者を排除したがるのだ。
魔女も同じ。自分たちが差別される立場にあるからこそ、更に見下せる存在を求める。
どこに行っても嘲笑され続けたアドリアナは、自分の外見が心の底から嫌いだった。
「何故だ? そんなに綺麗なもの、もっと見せつけてやればいい。と言うか、よく見せろ」
「えっ?」
頭を押さえていた腕を引き剥がされ、アドリアナのフードは簡単に脱がされてしまった。
真っ白の髪が再び衆目に晒される。突き刺さる視線の刃に、眩暈がした。
「混じりけのない純白……なんて尊い色だ。それに焔の赤。生命力の塊のような力強い瞳だな」
嫌味でないことは、フェルディナントの口ぶりから伝わってきた。熱を帯びた眼差しからも、嘘やお世辞でもないことが分かる。
これまで、そんなふうに言ってくれた人はいない。師匠は『気にするな』と励ましてはくれたが、称賛などしてくれたことはなかったのだ。
だからアドリアナは愕然とし、彼を見つめることしかできなかった。
「お前、男をそんな目で見るもんじゃない。誤解されても文句は言えんぞ」
「そんな目……? 誤解……?」
何のことやら意味不明だ。
首を傾げるアドリアナに、フェルディナントは破顔した。すると途端に人懐こい雰囲気がだだ洩れになる。言うなれば、猛獣が急に可愛らしく甘えてきたような感覚だ。恐ろしさと愛くるしさが絶妙に両立していた。
「なるほど。噂とはあてにならんものだな。やはり自分の目で確かめに来て正解だった」
「な、何の話を……」
ぐいぐいと彼に顔を寄せられ、今やアドリアナは仰け反っている体勢だった。ただでさえ身長差があるのだ。至近距離から覆い被さる勢いで覗きこまれては、威圧感が半端ない。
「……ひっ」
「決めたぞ。お前を城に連れて帰る。おい、ルドヴィーク。封印は解いたのだからアドリアナを塔から連れ出しても問題ないな?」
「ええ。ですが彼女自身に魔力封じはかけられていません。一歩外に出れば魔女としての力を取り戻しますよ」
ルドヴィークと呼ばれた銀髪の術師は、眉間に皺を寄せながら忠告した。フェルディナントの気まぐれには慣れていると言いたげに、ざわつく背後の男たちを視線一つで黙らせる。
「構わん。『不吉の魔女』は予知夢以外に大した魔術は使えないと聞いている。それに仮に何かしかけてきても、お前がいれば大丈夫だろう?」
「信頼からの褒め言葉として、ありがたく受け取っておきます」
二人の男の遣り取りを交互に見据え、アドリアナは大混乱の極致にいた。
何だかよく分からないし理解したくないのだが、自分の意思とは関係なく勝手に身の振り方を決められた気がする。勘違いだと思いたい。
けれど先ほどより一層、じりっと距離を詰めてきたフェルディナントからは、不穏な空気しか感じられなかった。
何故だろう。先刻彼を殴りつけた直後よりも、身の危険をビシバシ感じる。
今すぐ逃げなければという本能の警告に従ってアドリアナは踵を返そうとしたが、背後から
『メェ〜』と平和そのものの鳴き声が聞こえ、緊張感がへし折られた。
「……そう言えば、どうして家畜が……?」
戸惑う声が、兵士たちから上がる。
更に大勢の人間を見て興奮したのか、鶏たちがコケーッと鳴き激しく羽ばたき始めた。
「あ、こら! 大人しくしなさい!」
騒いでは、殺されてしまうかもしれない。アドリアナにとって動物たちは三年を共に過ごした大事な仲間だ。私が守らねばと両手を広げ、フェルディナントから遮った。
「これ以上、近づかないで!」
「変な女だな。ここから出たくないのか? 俺が自由をくれてやろう」
自由は欲しい。だが、ここでの生活も不自由なだけではなかった。敵に捕らわれて利用され、また辛い予知夢ばかり見るのなら、一生魔力を封じられて孤独と暮らした方がマシだ。
「……私の国を滅ぼしたくせに……」
「うん? まぁ確かに侵略はしたが……誤解があるようだな。とにかく一緒に来い。これは命令だ」
「従う理由がないわ!」
ベルカがなくなったのなら、もはやアドリアナは国家に仕える身ではない。その上フェルディナントは長年対立してきた敵国の王だ。命令を聞く必要などないではないか。
反抗心を糧にして、彼への恐怖を克服する。震える脚を踏ん張り、一歩も引かない姿勢を見せた。
何一つ守れなかった自分だが、せめてここにいる動物たちに危害は加えさせない。
アドリアナは我が身のことなど欠片も考えず、まっすぐフェルディナントを睨みつけた。
「ああ……燃え盛る血潮の色は、美しいな。怒りで余計に輝いている。怯えながらも牙をむくところが堪らない」
「きゃっ……」
しかしアドリアナの決意などものともせず、彼はいとも簡単にこちらの腕を引っ張った。そして何の躊躇もなく腰を抱いてくる。
「決めた。お前を俺の妻にする」
「はいっ……?」
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