フレールの魔獣
孤独な王女は純潔を捧ぐ
【本体685円+税】

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●著:火崎 勇
●イラスト:池上紗京
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-2036-6
●発売日:2019/07/25

お前の全てを、俺がもらおう

隣国の侵攻から国を守るため、伝説の魔獣を呼び出そうと迷宮に入った王女フレール。現れたのは美しい男エルンストだった。彼はその身に宿す魔獣を目覚めさせるにはフレールの命か処女を捧げる必要があると言う。すぐには決断できないフレールに、エルンストは魔獣不在のまま助けの手を差し伸べる。「俺は今まで、これほど激しく誰かを求めたいという衝動を感じたことはなかった」優しく男らしい彼に否応なく惹かれるフレールは!?




望むのは平穏だけ。
魔獣がいるとしても、それをもって戦いを挑んだりはしません。魔獣がいる、ということを抑止にし、戦いを回避したいだけなのです。
本当の魔獣がいなくても、皆に魔獣と示せるものがあるだけでもいいのです。
どうか、みんなを助けて……。
……違う。
いいえ、違いはしないのだけれど、それは私の願いと違う気がする。
自分に出来ることが何もない。でも人々を国を、お父様を守りたい。
王女であっても、何の力もない。
このままではただグノーに蹂躙されてゆくだけ。
私の本当の気持ちはただ一つ。
『私』を助けて。
王女だから、誰にも言えない、考えてもいけなかった気持ち。
怖いの。人々の命が、国が、自分の肩にのしかかってくるのが。お父様が病気であることが。大臣達が本当に私を信頼しているわけではないと知るのが。
戦争になっても、自分には何もできないことが。
だから、誰か、どうか私を助けて。王女としての務めが果たせるように。
すると、閉じた瞼を通して何かが光ったのを感じた。
慌てて目を開けると、誰かが私を抱き締めた。
「……ン」
硬かった唇が柔らかく私に触れる。
「……いやっ!」
怖くなって、闇雲に腕を突き出す。
目の前にあるのは、岩壁から突き出している男の人の像のはずだった。
けれど手に当たった感触は、冷たくも硬くもない、布の手触り。しかも背中に回った腕はしっかりと私を捕らえたままだ。
「こんなところで暴れると怪我するぞ。どうせヒールの高い靴を履いてるんだろう」
人の声。
男の人の声。
何?
どういうこと?
「白いドレスか、花嫁のようだな」
目を凝らして見ると、目の前には男の人がいた。
「あ……、あなたは誰?」
誰もいなかったはずよ。
というか、私の目の前にいたのは、いいえ、『あったのは』石像だったはずだわ。
けれどどう見ても、私の前に立つのは生身の男性だ。
しかもその顔は……。
目を閉じるまで見ていたあの石像にそっくり。というよりそのものの顔。
まさか……。
彼は私の驚きを見てにやりと笑った。
「その通り。たった今、お前がキスした男だ」
「嘘っ!」
「嘘とは酷いな。ここには他の者はいないだろう? ここに入れるのは、一度に一人だけと決まってるはずだからな」
「ここって……、この部屋……?」
言いながら、私は彼から離れようとした。
だが、彼は私の手を取って逃がしてくれなかった。
「離して」
「足元が危ない。離れるのはいいが、ドレスの裾がランタンにかかるぞ」
言われて、慌てて裾を引く。
「これで平気よ。手を離して」
「いいだろう」
手が離れたので、私は一歩下がった。
頭がついていかない。
これはどういうこと?
この男の人は、像の陰に隠れていたの? 像のフリをしていたの?
「そう驚くな。俺が誰かという問いに答えてやろう。俺は魔獣だ」
「……は?」
「お前は魔獣を求めて来たんだろう? お前の願いが通じた、と喜べよ」
彼が……、魔獣?
微かな明かりの中で、私はもう一度彼を見た。
顔立ちは、先ほど像を見た時に思った通り。整っていて、その鋭い目付きが光を宿したせいでより凛々しくなった。
けれど、薄い唇に浮かぶ笑みが、頼もしいというより意地悪く見える。
衣服は、黒い軍服だった。
銀の飾りボタンとモールのついた、立派なものだか、目の前で彼は上着のボタンを外し、前を開けた。
そしていきなり地面に脚を投げ出して座ってしまった。
「お前は花嫁か? 意に添わぬ結婚を取りやめにしたいとかそういうことか?」
「……いいえ」
「ああ、頭にティアラが乗ってるから、王女か女王か」
「……ファティアの王女です」
「ファティア? 聞いたことのない国だな」
「神殿がなくなった後に興った国ですわ」
その時、一瞬だけ彼の顔が曇った。
「……そうか。神殿はなくなったか」
「あの……、あなたが魔獣というのは……?」
「言葉の通りだ。座ったらどうだ? 立ったままだと疲れるだろう」
「床に、ですか?」
「ここに椅子はないからな。ドレスが汚れるのが嫌なら立ったままでもいいか」
ここは座るべき?
それとも、この人を警戒して立っているべき?
迷った末、私は立ったままでいることにした。
どこからどう見ても『人』にしか見えない彼が魔獣だなんて、まだ信じられなかったので。
「私は……、魔獣に願いをかけたつもりでした。あなたはどこから来たのですか? あなたが魔獣というのはどういうことですか?」
彼は上目使いに私を見上げた。
「美人だが、察しが悪いな。俺は岩壁の中から出て来た。そして魔獣だ」
「意味がわかりません」
軽いため息。
バカにされているようでムッとしたが、護る者のいないここでは、彼と諍わない方がいいだろう。
「神殿がなくなってから、既に何百年も経っているのです。魔獣に関する事柄は伝承の域です。私が何も知らなくても当然ですわ」
「そんなに経ったのか。じいさんの言葉に乗るんじゃなかったな」
「……じいさん?」
「大神官だ。そういう年寄りがいたことぐらいは伝わってるか?」
「神殿には、魔法を使う神官達がいて、中でも大神官と呼ばれる方は特別な魔法が使えた、ということぐらいは」
「その大神官に、魔獣の管理を任されたのが俺達だ」
「俺達……?」
まだ他に男の人がいるのかと、周囲を見回す。
「起きたのは俺だけだ。お前が他に誰とキスをしようと、もう誰も起きることはない」
キス、と言われ、改めて自分が口づけたのが石像ではなく『彼』なのだと知らされた。
「簡単に説明してやろう。内乱の戦火が近づいた時、大神官は魔獣による戦いを選ばなかった。戦争はもう止められる状態ではなかったからな。となると、魔獣の扱いが問題になる。魔獣を使えるのは選ばれた者だけで、その殆どがその時点でもうじいさんだった。彼等が死ねば魔獣は解き放たれる」
「何故です?」
「魔獣は契約によって使役されていたが、その契約は個人と結ぶものだからだ。平時であれば次代の者に再契約をさせるのだが、それに見合う人材がいなかった。そこで大神官は我々に依頼したんだ」
「我々とは……?」
「神殿の騎士団だ」
「ではあなたは騎士なの?」
「見てわかるだろう」
……わからないわ。
騎士というのは礼節を重んじる者。少なくとも我が国ではそうだもの。
王女と名乗った女性の前で床に座り込んだり、服のボタンを外したりする人は、私の知る騎士ではない。
「魔獣は……、あまり賢くないので、自由になってはいけないから封じたとは聞いています」
「その通りだ。連中は、犬か馬程度の知性しかない。命令は聞くが、自分で考えるとただの獣だ。内乱の起こっている国にそんなものを放つことはできない。そこで、我々に魔獣を取り込ませた」
「取り込む……? あなたの中に魔獣がいるというの?」
「わかってるじゃないか。その通りだ」
「でもあなたは人間だわ」
「まだ契約が済んでないからな」
「契約?」
彼は立ち上がり、服の泥を軽く叩いた。
「こんなところでするのは嫌だろうから、どこかちゃんとした場所に移動してもいいぞ。お前は剣を持っていないようだし。俺には望むなよ、この剣は正義のためにしか抜かないと誓いを立てている」
言われて、彼が腰に剣を下げているのに気づいた。
黒い鞘のせいで、この暗がりでは気づかなかった。
「契約をすれば、魔獣が現れるの?」
「魔獣が目覚めて俺の意思と共にお前の命令に従う。よほど理不尽な願いでなければな」
「本当に、本当?」
「くどいな。ここで嘘を言ってどうなる」
この尊大で態度の悪い人を信用するべきかしら?
でも本当なら、本物の魔獣を手に入れることができる。
それならば……。
「契約いたします。どうか、我が国のために魔獣を起こしてください」
「我が国? 侵略戦争に使うつもりなら、断る」
彼は顔をしかめた。
よかった。
その程度には彼は『正義』を持っているようだ。
「いいえ、逆です。平穏に暮らしていた我が国に、隣国が戦争を仕掛けてこようとしているのです」
「それで、兵隊の代わりに戦ってくれ、と?」
「いいえ」
私は首を横に振った。
「たとえ敵国であろうとも、人が死ぬことは望みません。ただ、魔獣が本当に恐ろしい姿をしているのなら、その姿を見せて威嚇してくださるだけでいいのです。魔獣がいるから侵攻するのは止めよう、と思ってくれれば」
「それなら悪くない使い道だ」
彼は納得したように頷いてくれた。
「では契約を」
「ここでいいのか?」
「はい。すぐにでも」
「ではどちらを選ぶ? 命か、純潔か? ああ、その白いドレスは花嫁衣装のつもりか」
「……は?」
「だからどちらを選ぶのか、と聞いたんだ。命ならば今ここで死んでその血を捧げる。純潔ならば、ここで俺と寝る」
「……何を言ってるの?」

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