シンデレラ異聞
運命の王子がイジワル魔法使いだ
なんて聞いてません!!
【本体685円+税】

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●著:麻生ミカリ
●イラスト:アオイ冬子
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-2018-2
●発売日:2019/07/25


これはきみを幸せにするための物語なんだよ。

新田レイラは父の死後、継母や義姉に虐げられていた。ある日、助けた魔法使いに強引に異世界に飛ばされ、本物のシンデレラのような境遇に置かれることに。魔法使いはレイラの運命の相手である王子に会わせると言いながら、彼女に淫らに触れてくる。「こんないやらしくてかわいらしい声初めて聞いたよ」勝手な彼の時々見せる優しさに惹かれていくレイラ。だが魔法使いの目的はシンデレラである彼女を、王子の花嫁にすることで!?




信じられない。信じたくない。
けれど、この仔猫と先ほどの長身の怪しげな男性は同一人物だと認めざるを得ない。
――わたしの頭がどうかしているのだとしたら、ここには誰もいないのかもしれない。そうだ。わたしがひとりで幻覚を見ているだけ。仔猫も黒ずくめの男もいなくて……
自分を疑うレイラが、おそるおそる顔から手を下ろす。すると目の前で、再度の変身が行われた。仔猫がぷくっと膨らんだと思うと、黒ずくめの青年に取って代わったのである。
――あ、もう駄目だ。わたし、きっと病んでるんだ。
「残念ながら、これは幻覚ではない。自分を病気だなどと思う必要はないのだからね。そうそう、きみには、窮地から救い出してもらった礼を言う。手を怪我してまで仔猫を助けようとする、心の美しい女性に育ってくれて僥倖だったよ」
「……いえ、その、別に気にしないでください」
ほかに、なんと返事ができようものか。
レイラはがくりとうなだれたまま、小さな声でそう言うのが精一杯だった。
――わたしの幻覚がわたしを慰めてくれている。これって、もうかなり末期症状かもしれない……
「気にしないわけにはいかない。この恩義は、何に代えても返すべきものだ。そうでなくとも、私はきみを捜しに来たのだよ、レイラ」
孤独なレイラの作り出したイマジナリーフレンドならば、彼が自分の名を知っていてもおかしいことは何もない。むしろ、ますますもって幻覚である可能性が高まっていく。
「恩返しなんて望んでいませんから、どうぞこのまま帰っていただけますか?」
――そして、二度とわたしの目の前に現れないで。わたしの頭がこれ以上おかしくなりませんように。
「ずいぶんと謙虚な娘だ。けれど、このまま帰ることはできない。私は、この世界にきみを捜しに来たのだからね」
その言いようでは、まるで彼が別の世界からやってきたように聞こえる。実際、そうなのかもしれない。レイラの知るこの世界では、物語の中でしか動物に変身する人間――その出で立ちから考えて、魔法使いが妥当か――そう、魔法使いなど想像の産物でしかないのだから。
つまりレイラは、自分でも気づかないうちに「別世界から自分を助けに来てくれる誰か」を脳内に作り上げてしまったのだろう。
「じゃあ、もう見つけたから目的は果たしましたよね。どうぞお引き取りくださ――」
「それは無理だ」
電光石火の返答に、レイラは言葉を選び直す。
「だったら、我が家から出て――」
「断る」
「えっと、ご自身の世界へお戻りに――」
「断固として、断る」
連続した問答に、レイラのほうが音を上げそうになる。
――これがわたしの幻覚なら、わたしの望むとおりになるはずじゃないの!?
「ふむ、きみは見た目に反して頑固な娘のようだ」
――あなたは見た目どおりの自由っぷりですね。
とは、思っても言えない。身の危険を顧みず、言いたいことを言える年齢はとうに過ぎた。
「さて、どうしたものか」
それはレイラの心境そのものなのだが、なぜか彼が口元に手を当てて沈思黙考する。
――背が高いなあ……
幻覚の青年を見上げ、レイラは亡き父を思い出した。
父の緑郎も、日本人にしては背の高い人だった。彼ほどではなかったかもしれないが、幼い日に見上げた父と彼の姿がぼんやりと重なる。
顔の大半を隠しているものの、覗く目元は涼しげで美しい。きっと、猫の魔法使いは端整な顔立ちをしているのだろう。
そのとき。
何か引っかかるものを感じた。
――あれ、この人……
どこかで、会ったことがある。
だが、これほど強烈なキャラクターを忘れるはずがない。きっと気のせいだ。レイラはそう思い直して、ふっと息を吐く。
「――では、こうしよう」
彼は、何かを思いついたのか、ひとりで納得したと言いたげに頷いてからレイラに目を向ける。
「私はきみを助けたい。この劣悪な環境から救い出し、きみに幸せな未来を与えたいと願っている。なぜなら、私にはそれができるのだから」
「……ハイ?」
劣悪な環境というのは、今現在、こうして幻覚の魔法使いに絡まれていることだと、彼は理解してなさそうだ。
「よし、快諾を得た。アガスティンきっての魔法使いに二言はない。さあ、レイラ。きみを我が世界に招待しよう」
「ちょ、ちょっと待ってください。なんですか、アガスティンって、招待って、えっ、あ、あの……っ!!」
ぐいと再びつかまれる右手、反射的に立ち上がった体を抱きしめてくる力強い両腕。
久しぶりに触れる人間の温度に、レイラはびくりと体をこわばらせた。これが、ほんとうに幻覚だろうか。こんなにも力強く、熱を持つ幻覚があるのだろうか――
冷たい黒マントの感触を頬に感じ、レイラが目を閉じると――同時に、世界がぱくりと大きな口を開けた。
「この先は、加護なしに見るものではないよ。さあ、私の胸にしっかりしがみつき、目を閉じていなさい」
「そういうことじゃないんですっ。わたし、どこにも行けません。それに、あなたはわたしの幻覚でしかないんだから、どこかへ行けるはずがないんです。なので……」
ぐにゃり、と世界が揺らぐ。
足元の感覚がなくなり、自分が上っているのか落ちているのかわからなくなった。不安から、レイラは彼の胸にぎゅっとしがみつく。
――いったい、何が起こっているの?
「ようこそ、アガスティン王国へ。我が――……となる者よ」
「いやああああ、助けてぇえええ……――」
狭いクローゼットに、びゅうと風が吹き込んだ。そこに窓はない。一陣の風が去ったあとには、潰れたダンボール箱だけが残されていた。

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