●著:玉紀 直
●イラスト:氷堂れん
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-2045-8
●発売日:2019/12/25
可愛すぎてメチャクチャにしたい……!
ホテルの客室係の麻梨乃は、結婚を嫌がる花嫁の逃亡を手伝った責任を取り、一条寺蒼真の花嫁役を務めることに。有名企業の若社長で美貌の持ち主でもある蒼真がどうして花嫁に嫌がられたのか理解できない麻梨乃は、流されるまま彼に抱かれてしまう。「気持ちがいいなら素直に感じていろ」新生活が始まり、身代わりの自分を溺愛してくる蒼真に、とまどいつつもときめく麻梨乃。せめて本当の花嫁の代わりに彼を癒やそうと思うが…!?
「不都合はない。今夜からは夫婦だ」
「代役ですっ」
「俺は構わない」
(いや、構うでしょっ、ふつうっ!)
かつてないほど身体が密着している。心で文句を言ってもそれに伴う動きができないでいると、いきなり頬に蒼真の唇が触れた。
「大丈夫だ……。泣くな」
慰めの言葉は、優しいトーンで胸に響く。
挙式のときも、頬にキスをした蒼真はそう囁いた。気のせいかと思ったが、あれは現実だったのだろう。
あのときと同じだ。彼に囁かれたとたん、ふっと心が楽になる。緊張の糸がほどけるというのとは、また違った感覚だ。
(なんだろう……これ)
胸の奥がくすぐったい。温かいものが湧きだしてきて……、なぜか、泣きたくなる……。
「どうしてでしょう……」
「ん?」
「……式のときもそうだったんですけど……、一条寺さんに……頬にキスをされると……、すごくホッとして、泣きたくなるんです……」
本心がスルッと口から出る。蒼真が驚いた顔をしたあと切なげに目を細めたが、その理由を考えることができない。
「あ……」
心を持っていかれそうになったせいか、手の力が抜けてグラスを落としかける。麻梨乃が反応する前に、蒼真が彼女の手ごとグラスを押さえた。
「やはり、ちょっとピッチが速かったな」
「すみませ……」
喉が渇いていたのも手伝って、次々と飲み干してしまっていた。三杯飲みきるには早すぎたかもしれない。
四杯目が手元にある。注がれたからには飲みきらなくては、という妙な義務感にとらわれグラスを口元に持っていこうとするが、彼女の手を握っている蒼真に止められた。
「駄目だ。全部はやらない」
麻梨乃の手ごとグラスを持ち、蒼真が中身をグイッとあおる。
自分が使っていたグラスに口をつけられただけでもうろたえてしまうのに、「全部やらない」ということは半分こにする、ということだろう。
半分こ、というワードに密かなときめきを覚えたものの、蒼真はグラスをカラにしてしまった。
一口もくれないじゃないですかと恨み言をぶつけてやろうか。小さな企みをたてたとき……。
肩を抱く腕に力が入り、――蒼真の唇が、麻梨乃の唇に重なってきた。
麻梨乃は一瞬目を見開く。が、彼女の様子を窺うように半眼になっている蒼真の双眸に耐えられず、グッとまぶたを閉じてしまった。
目を細めた彼が怖かったのではない。
細めた眼差しに宿る色香に、耐えられなかったのだ。
「フゥ……ンッぅ……」
眼差しに戸惑い、重なった唇にうろたえた直後、口腔内に液体が流れこんでくる。すぐにシャンパンのおすそわけだとわかった。
口移しで分けてくれるとは予想外すぎて、麻梨乃は喉でうめき、されるがままになってしまう。
口腔を満たすシャンパンは先程までグラスから飲んでいたものと同じなのに、それより少し濃厚に感じるのはなぜだろう。
流しこまれるぶん少しずつ飲みこんでいくが、慌てているせいか嚥下できなかった液体が唇の端から漏れていく。
口から漏らしてしまうなんて恥ずかしい。すると、そんな麻梨乃の羞恥を悟ったかのように液体を流しこんでいた唇が離れ、鎖骨の近くに吸いついてぺろりと首を舐め上げられた。
「ひゃっ、やっ……ぁ」
それに驚いて顔を下げ肩をすくめる。今度は耳殻にぬるりと舌が這い、ゾクゾクした震えが上半身に走った。
「ぁぁあっ……」
「なかなかいい感度だ。俺を煽るだけのことはある」
「煽っ……ンッ!」
煽るという言葉がとてもいやらしいものに感じた直後、耳朶を食まれ、先程とは比べものにならない震えが走った。
「そんなに震えるな……、かわいいから……」
意外な言葉を聞いて驚いている暇もない。カラになったグラスをソファに放置し、蒼真はひょいっと麻梨乃を抱き上げた。
「あのっ……」
ウエディングドレス姿でお姫様抱っこをされてしまうなんて、信じられないことだ。
こんな、映画か結婚情報雑誌のグラビアページみたいなこと、まさか自分が経験してしまうとは思ったこともない。
しかし驚いて暴れそうになった手足は、どことなくふわふわとして動かない。手足だけではなく、身体全体が浮き上がっている心地だ。
抱き上げられているのだから浮いてはいるのだが、そういうことではなく重力を感じない。本当に雲にでも乗っているかのよう。
足の先の重みがぽろっと落ちる。おそらくバランスを気にしながら履いていたヒールの高い靴が両方脱げたのだろう。
(……飲みすぎたのかな)
単純に酔いが回っているのか……、それとも……。
麻梨乃はチラッと蒼真に視線を向ける。ずっと彼女を見つめていたのかすぐに目が合い、秀麗な微笑みを向けられた。
「いいな……、すごく色っぽい顔をしている……。ゾクゾクくる」
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