●著:逢矢沙希
●イラスト: KRN
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-4308-2
●発売日:2023/02/28
離れている間、君のことを考えない日はなかった
悪役令嬢だとして王太子に断罪された母を持つセレティナ。社交界でも冷遇され、結婚に夢を持てずにいたある時、お互いに正体を知らぬままに、王太子の息子である美しく誠実な青年アリオスと恋に落ちる。しかし彼の素性を知り別れを決めた矢先、セレティナは何者かに誘拐されアリオスに助けられる。「お願いだから俺のものになって」家にも帰してもらえず、彼との溺愛囲われ生活がはじまり──!?
「……やっぱり、無理……っ」
「ティナ」
「忘れるなんて、無理……! だって……好きなのに……!」
諦めようと思った。
自分もアリオスも生まれは変えられない、どちらが悪いわけでもない、ただ自分たちは運が悪かった……仕方がないことなのだと。
もう一度だけその姿を見て、それで心のケリをつけるつもりでいたのに、そんなのはただの言い訳で、これが最後だと思いながら本当はもう一度だけ……否、何度だって会いたかった。
あの男を許すことなんてできない。
両親を裏切ることだってできない。
諦めるしかないと判っているのに、自分で自分の心が制御できない。
「会いたかった」
「……うん、俺もだ」
「会いたくて、死んでしまいそうだった」
「俺も、気がどうにかなりそうだった」
どちらからともなくすり寄せた互いの頬が濡れている。
アリオスの手が、涙でぐしゃぐしゃのセレティナの頬を包みその雫を拭うのと同時に、セレティナの手もまた彼の頬の涙を拭う。
三年前の夏の終わりに、図書館で出会って、それから少しずつ膨らませ続けた想いを、どうしていまさらなかったことになんてできるだろう。
引き寄せられるままに二人の唇が重なった。
物語の中の恋人達が口づける時はいつも幸せなシーンばかりだったのに、現実の口づけはこんなに切ない。
自分の感情を抑えられずに持て余すセレティナは、一度重なって離れた彼の唇を自ら追いかけて再び触れ合わせる。
口づけの仕方も、作法も何も知らない、ただ重ね合わせるだけの不器用な触れ合いなのに、胸がどうしようもなく熱かった。
「もう、離れるのはいや……」
「君が欲しい。君の全てが欲しい」
場の雰囲気と高ぶる感情に流されたと言われたら、否定はできない。
「お願いだから、俺のものになって」
でももしここで離れたら、今度こそ二度と共にはいられないような気がしてセレティナは、彼の懇願に応じるように両手で懸命にその肩を掻き抱く。
共にいた時ですらこんなふうに触れ合うことなどなかったのに、まるで何十年も前から唯一の恋人だったかのように、心が、そして身体が求めて止められない。
多分自分たちは今、間違ったことをしようとしているのだと思う。
一時の感情に流されて、あっさりと一線を越えて未婚の貴族令嬢が身を投げ出すのも、無垢な乙女の身に触れるのも、大いに道徳に逸れる行いだ。
だけど、誰が止められるだろう、泣きながら抱きしめ合う恋人同士を。
「ん……」
再び唇が重なった時、自分でも聞いたことのない甘い声が鼻から抜けるように漏れた。
あえぐようにかすかに開いた唇の合間から、熱い舌が忍び込んでセレティナの同じそれにすりつき、口蓋や歯列を舐め上げると再び舌を吸い上げてくる。
慣れない深い口づけに、じんと痺れるような、産毛が逆立つような刺激に自然と肩を竦めてしまうけれど、アリオスの口づけはそれだけでは済まない。
セレティナが止められなくなっているように、彼もまた自分の心と体の歯止めが利かなくなっているようだった。
いつも本のページをめくっていた指が、セレティナの肩を撫で、腕を撫で、背を撫でて前へと回ってくる。
深く開き肌が露わになっているデコルテから、その質感を確かめるように手の平を這わされた時、再び甘い声が漏れた、涙とともに。
「あ……」
かすかな声はそのままアリオスの口の中に零れて、呑み込まれていく。
彼はまるで何か熱いものでも口にしたように悩ましげな吐息を漏らすと、解いたキスを彼女の目元に移して涙を舐め取り、そして耳朶から首筋へと滑り落とす。
びくっと肩が跳ねるのを止められない。
思わずセレティナがのけぞると、より露わになった喉笛に食いつくようにアリオスが口づけて、その柔く薄い肌に舌を這わせる。
「ん、ふ……っ」
声など出したくないのに、ぶるっと芯から震えるような刺激に漏れてしまう。
「好きだ」
そう言って、アリオスはセレティナの浮き上がった鎖骨に吸い付いた。
「どうしたらいいか判らないくらい、君が好きだ」
そしてその口づけはよりきわどい、胸の膨らみの上部へと移動すると、その肌に一つ赤い花を咲かせた。
彼の愛の言葉が、まるで強力な薬のようにセレティナへと注ぎ込まれていくようだ。
果たしてそれは毒薬か、それとも良薬か。
だけど今は、そんなことはどうでもいい些細なことのように思えて、セレティナは自分の胸に咲いた淫らな花に頬を染めた……うっとりとした眼差しで。
「私も好き……好きなの、大好き」
寝台へ導くアリオスの手を、撥ね除けることはできなかった。
ドレスの背中の縫い目や、コルセットの紐を短剣の先でもどかしげに断ち切る行為も止めなかった。
それどころか己の身を纏うパステルイエローのドレスが肌から滑り落ちた時、ホッとしたくらいだ。
ああ、これでやっと素肌で抱き合える、と。
「ティナ……好きだ、ティナ……」
何度もアリオスは名を呼び、そして好きだと繰り返す、まるで他に言葉を知らないかのように。
「好き……」
そしてセレティナも。
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