【12月26日発売】女嫌いと聞いていた騎士団長様が絶倫でした 溺愛に豹変するなんて、聞いてませんけど!?【本体1300円+税】

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●著:百門一新
●イラスト:サマミヤアカザ
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4815543798
●発売日:2025/12/26


騎士団長様の一途で健気な独占愛! 貴方、女嫌いのはずでは―!?



伯爵令嬢ソフィは、女嫌いで有名な、美丈夫の騎士団長ディラックが何故か彼女にだけは距離が近いのが不思議だった。そんなある日、父から縁談相手としてディラックを紹介され戸惑う事に。だが彼の真っ直ぐな想いに心を打たれソフィは結婚を承諾した。
「どうしてあなたは、そんなに愛らしいんだ」しかし、真面目な彼は結婚後は一転、絶倫溺愛でどろどろに熱く愛されソフィは混乱することに―!?








プロローグ お兄さまのもとに菓子をもらいにくる人



十八歳の誕生日まで、あと一ヵ月をきった。
学校を卒業してしばらくは大きな予定もなく、この日もソフィは兄の希望に頷くことしかできなかったのである。
「今日も菓子を持ってきてくれないか?」
「う、ん……」
そう手の込んだものは作れないがソフィにとってお菓子は作るのもあげるのもとても楽しいものだった。
でも最近は職場に差し入れをしてほしいと言う兄の要望に、躊躇いを感じる。
(お菓子を焼くのはいくらでも構わないけれど……)
趣味のような菓子作りが日課になったのは、忙しい両親に代わり面倒を見てくれた兄の影響が大きい。
ソフィはそろそろ十八歳になるが、作法は伯爵令嬢として及第点、刺繍だって見せられるほどの腕ではないと自覚している。
外見だって昔から小柄で、成年を迎える前だというのに子供っぽさが残ったままで鏡を見るたびに溜息を吐くほどだ。
屋敷の者たちは『可愛らしい』と褒めてくれるが、今縁談で人気のある女性はみんな背が高くて美しい人ばかりだとソフィは思う。
そんな彼女たちの最新の流行りは恋の詩集だ。
せめて話題に加わろうと学生時代は努力して読んだものだが、いまだ貴族女性たちを夢中にさせているその良さを理解できない。
母も呆れている。
学校でも目立つ存在ではなく、まだ縁談がないのも当然――。
成人を迎えるのも目前だというのに自分はだめだめだ。
でも、そう完全に悲嘆にくれずに済んでいるのは日課になったお菓子作りのおかげだった。
いよいよ自分に自信をなくしかけた頃に、全部自慢できるくらいだよとソフィを過剰に褒めちぎり、元気が出る菓子は世界でソフィが作るものしかないと笑顔で言ってくれたのが、兄のフロイドだった。
「よかった! 持ってきてくれるか。部下も食べたがるだろうから量が増えるかもしれないが、また『大きなクッキー』をお願いしてもいいか?」
「お兄さまがお好きなものでしたら、なんでも」
何も取り柄がないので、自分ができることでそうやって嬉しそうにねだられると、ソフィの愛らしい顔にもほっこりと笑みが浮かぶ。
兄が男の人には珍しく甘いものが好きだったのも幸運だっただろう。
(いい兄を持ったわ)
いつだって元気をくれるフロイドは、ソフィの自慢の兄だった。
朝食後にこうやって話を振ってきた彼は、このラロンジュ伯爵家の跡取りだ。
ソフィの三つ年上で、王宮の行政官として着実に実力をつけて昨年、二十歳という若さで部署長になった実力も素質も兼ね備えた人だ。
黄金の髪、明るいブルーの目をした美男子で、女性たちにも人気がある。
やってみたら仕事が楽しく、その傍ら家業を継ぐための補佐業も充実しているようで恋愛事なんてまだ頭にないらしく、両親は心配しているようだが、兄は人を楽しませる話術にも長け、社交の幅も広い。兄ならどんな女性も好感を抱くから問題ないだろう。
その一方で、兄と同じ髪と目の色をしているのに、目立たないのがソフィだ。
膨らんだ髪は父譲りで大きく波打っていて、体が華奢なのに髪が目立つのではと少しコンプレックスでもある。
母譲りの瞳は悪くない気もするが、寝巻でも美しい兄を見ていると自信を失う。
そんな中、菓子作りはソフィが時間を忘れられる唯一のことだった。
フロイドが王宮勤めになった時には、午後の休憩で食べたいのだとねだられ、菓子を作る理由が増えて嬉しく思ったものだ。
兄はよくソフィに『もってきてくれないか』とお願いした。
そこらの菓子店よりも断然美味しい、元気が出ると言われれば悪い気はしない。ソフィだって作るのは楽しい。
そのうえ、職場に菓子を持っていくことだって苦労に感じていない……。
が、最近それでも億劫になってしまったのは理由があった。
「……例のご友人もいらっしゃるの? お兄さまとは部署も違うはずの、軍人さま……」
「ああ、ディラックのことか? ははは、彼は部署を超えて心の友みたいなものだ。たぶん来るのではないかな?」
兄がソフィの質問をそう深く考えずに回答をしてきたので、ソフィはつい出そうになった溜息をこらえる。
(どうして疑問に思わないのかしら……)
友人作りが得意な兄の気質ゆえなのだろうか。
部署に軍人が一人だけ混じって一緒に休憩している様子は、なんとも目立つ。
しかもそれが、マントまで着用した『騎士団長さま』なのだ。
「繁忙期にはソフィの菓子が一番効くからな。夏に入るまでには、いろいろと片づけてしまいたいものだ。そろそろ避暑地の計画も立てていく頃じゃないか?」
「私は外に行く予定は、とくには……」
「ボート遊びくらいならソフィも大丈夫だろう?」
にこにことうながされ、ソフィはこれまでの夏の思い出を振り返る。
内向的な妹をフロイドは積極的に連れ出した。それは両親が安心するほどだ。
昨年も、日傘をさしてボートに乗った。
兄と友人たちのボートが浮かべられ、釣りの光景を楽しく眺めていたのだ。
「まぁ、そうですね」
「お前も一緒に楽しめる企画を考えてみよう。ああ、ジョージは狩りに行きたがっていたな」
「今年も母上と妹たちは茶会を?」
「検討しているそうだ。母上も退屈しないと思う」
別荘地では各敷地同士がかなり離れているが、お隣さんが兄の友人であるジョージの生家の別荘だ。
フロイドの友人の幅は広く、ソフィが彼らと楽しく過ごせるのも兄のおかげだ。
「坊ちゃま、馬車の準備が整いました」
執事が顔を出して報告してきた。
「お見送りしますわ」
「大丈夫だ。それじゃあ菓子を楽しみにしてるよ。いつも俺の我儘に付き合ってくれてありがとうな」
立ち上がったところで、急に抱き締められた。
よろけそうになるソフィをフロイドはしっかり胸に抱えている。
「俺はなんて兄想いの妹に恵まれたのだろう」
幼い頃から何百回と聞かされた言葉だ。
彼は妹をベタ褒めするのが趣味なのではと思うくらい、昔から時間があれば顔を出して自分からソフィの世話を努めた。
年頃なので最近は恥ずかしいが、この腕の中が安心できるのも確かだ。
「私だって――とても素敵な兄に恵まれて幸せですわ」
ソフィも感慨深い気持ちで兄に腕を回す。
あまりにも内向的だと『いいところに嫁げないぞ』と叱られる風潮も強い。
それなのにフロイドは、いつだってソフィを肯定してきた。
おかげで社交は無理にしなくていいということになったし、学校以外の時間をほとんど趣味と、令嬢友達とのささやかで楽しい時間を過ごすという、穏やかな暮らしができていた。
(でも私もそろそろ、覚悟を固めなくてはと思っているの)
温かく見守ってくれた兄にも恩返しがしたい。
成人すれば家のために結婚しなければならないので、両親も今は好きにさせてくれているのだろう。
ラロンジュ伯爵家は事業も成功し財も豊かだった。
早いうちから縁談先を探さなければならないという焦りとは無縁とはいえ、ソフィも令嬢に生まれたからには心得ている。
(お兄さまに差し入れを持っていくのも、あとどのくらいできるか分からないし)
だから、今日も行こう。
そうソフィは思った。いつ父から結婚に関する話を聞かされるか分からない。結婚相手探しで母とあちこち回らなければならなくなったら、こんな時間はなくなるだろう。
「何種類か大きなクッキーを焼きますわ。楽しみにしていらして」
「ああ、楽しみに待っているよ。通行許可証を忘れないようにな」
「もう忘れたりしません」
何度か迷惑をかけたソフィは、少し恥ずかしく思いながら兄を見送った。

菓子の材料は普段から切らさないようたっぷり用意されている。
兄にはにこやかに答えたものの――。
(さすがにいないわよね? 三日前に居合わせたばかりだし)
午前中いっぱいをかけてせっせと菓子を焼いたソフィは、王宮の午後に設けられている休憩時間を目指し、馬車に乗り込み王宮へと向かった。
後ろで侍女がバスケットを抱えている中、政務側の出入口を通路の角から覗くソフィの表情は、曇り気味だ。
週明けにも、差し入れの菓子を持っていった。
その際にも、兄がリーダーを任されている第五行政官室に一人だけ軍服で、明らかに他の人たちと違い鍛えられている軍人がすでに座っていて、驚いたものだ。
(いえ、さすがに今日はいないはずよ)
ソフィは首を左右に振る。彼女の大きく波打つ金髪が猫の毛のようにふわふわと揺れるのを、侍女も、警備兵も、そして出ていく文官たちもほっこりした様子で見つめていく。
「フロイド殿の妹君だよな」
「ああ、相変わらず美少女だ」
「俺も差し入れが欲しいよ……」
そんな声はソフィの耳に届いていない。
「さっ、行くわよっ」
「はい、お嬢様」
ソフィは政務区の入口で通行証を見せて通ると、自分付きの侍女であるアンナを連れて先に進む。
軍人たちを見かけるのはサロンなどがある王宮の西側だ。
騎士たちに憧れを持っている令嬢たちが、公開訓練などの見学も行っていると聞く。
ソフィの行動範囲は兄に限られるので、足を運んだことはないが。
「アンナ、バスケットをありがとう」
大きなバスケットを両手で受けとったソフィは、アンナがお付きの者が利用する控室側へ向かったのを見届けた後で、どきどきしながら兄がいる第五行政官室を覗く。
だが顔を出した瞬間、誰かとぶつかりそうになった。
「きゃっ」
目の前に現れた人物に驚き、ソフィは両手からバスケットを落としそうになり背筋が冷えた。
(あっ、バスケットがっ)
その時、バスケットの取っ手を大きな手が握った。
「おっと」
ついでにもう一つの大きな手が、あっという間にソフィの腰をすくいあげて、支える。
ソフィは口をぱくぱくと開閉させてしまう。
「大丈夫か?」
問いかけてきたのは『騎士団長さま』と呼ばれている、王家の直属の第一騎士、その団長ディラック・グレンディルダだ。
男らしく整った目鼻立ち、さらりと黒い髪が揺れるのがよく見えた。
彼の藍色の目にソフィはびっくりしている自分の顔が映っているのを見る。
「あ、あり、ありがとうございます……」
驚きと、そして恥じらいをこらえきれずみるみるうちに真っ赤になってしまう。
父や兄以外の男性とそう接近することなんて、なかなかない。
しかも騎士団長であるディラックは、大きくて、腕も太いし、とにもかくにも兄とはまったく違うタイプだ。
どうして二人が仲良くなったのか不思議なくらいである。
「バスケットは俺が運ぼう」
「よ、よいのですか?」
答えている間にも、ソフィの両手が軽くなって、バスケットがディラックに持ち上げられる。
自分で持っているとあんなに大きく見えたのに、彼が持つとバスケットが小さく感じるのも、不思議に思える。
「ありがとうございます」
小さな声でお礼を伝えた。
それなのに引き続き正面からじっと見つめてくるディラックに、ソフィは心臓がばくばくして、勝手に頬が赤らむ。
(相変わらず、ち、近いわ。いつまでこうしていらっしゃるつもりかしら……?)
彼は、よくこのようにじっと見てきた。
それもソフィが彼を苦手と感じることの一つだ。
ディラックはわかりづらい人だった。
なんだか圧迫感があるし、とにかく背も高いし怖い。
しかも『見目麗しい第一騎士団長は、女性嫌いだ』という話は、ソフィも知っているくらいに有名な噂だった。
「おぉっ、ソフィきてくれたのか!」
明るい声が不意に飛んできて、ソフィの心が晴れやかになる。
ディラックが大きな壁になって見えなかったが、脇から覗くと四つのソファが向かい合った席からフロイドが手を振ってくる。
「ちょうどこの書類のチェックを終えたら休憩にするところだった」
そう告げてくる兄の左右で、たくさんいた文官たちが休憩を喜ぶように笑顔になった。
彼らからは忙しそうながらも相変わらず柔らかな空気が漂っていて、ソフィを歓迎するように笑顔で手を振ったりしてくれる。
「ところでディラック騎士団長、いつまでそうしているつもりだ?」
フロイドが溜息混じりに言った。
「知っての通り、うちの妹は男に免疫がないんだ。あなたのほうからどいてやらないと、ソフィは固まったままだぞ?」
「それは失礼した」
ソフィは『兄さまさすがです!』と思い、こくこくと同意を示す。
ようやくディラックが距離を取り、室内へと体の向きを変える。
「ソフィ嬢、手を」
「え? あ、はい」
彼にエスコートを申し出られると条件反射に緊張してしまう。
(私が手を触れるのは平気みたいだけれど……)
室内へと導かれながら、ソフィは精悍なディラックの顎のラインを盗み見る。
社交デビューしてからすぐのことだった。
『俺の友人だ』
と、兄が紹介した相手はソフィでも知っている有名な第一騎士団長のディラックだった。
名前を聞いた時は驚いたものだ。
この距離に居合わせて、果たして大丈夫なのか、と。
友達の令嬢から聞かされていたとおり、ディラックは愛想笑いもしない男だが、実に端正な顔立ちをしていて、着飾ると、それはもう女性たちの視線を集めまくる美形だった。
だが女嫌いらしく、彼に言い寄った女性たちは、いつも極寒の目で睨まれるという話もよく聞いた。
他にも、ダンスに誘った際にこっぴどく断られ、恥をかかされて泣いたデビュタントがいたと聞いた時、ソフィも令嬢友達と一緒に竦み上がったものだ。
「どうぞ」
ディラックの手つきはかなり慎重だ。
書類に急ぎ目を通している兄の隣に、ソフィを優しく座らせる。
(……兄のおかげ、よね?)
女性が嫌いだと言われているはずだが、今のところ社交界の女性たちが何人もくらったという冷たい仕打ちは受けていない。
それについては彼がソフィを女ではなく『友人の妹』、つまるところ子供枠に収めている疑惑がソフィの中にあった。
平均よりも小柄で、見た目も子供っぽいからそう思われても仕方ないだろう。
ディラックが、こちらに向いている隣のソファに腰を下ろした。
(手を組んでじっと見てくるわ……勘弁して……)
ソフィは、毎度のごとくじっと見つめられて緊張が抜けなかった。すでにテーブルに用意されている三つの大きな平皿に、クッキーを取り出していく。
(それともいちおう女性枠ではあって、警戒なさっている、とか?)
どうして彼のような強くハンサムな男が、女性嫌いになったのか。
社交界では、騎士になるべく訓練に明け暮れて女性とはしばらく縁がなかったせいだとか、美丈夫のあまり女性と何かしらトラブルがあって嫌いになった――などなどレディたちがいろいろと憶測を語っている。
すると、部下に書類を手渡したフロイドが匂いを嗅ぐ。
「匂いからしてうまそうだ。かなり焼いてきてくれたんだな」
嬉しそうにバスケットと皿のクッキーを覗き込む。
「皆様お召し上がりになるかと思いまして」
すると室内にいた若い男たちが「ありがとうございます!」と声を揃えてきて、ソフィはビクッとして手が止まる。
「これで今日を乗り切れます」
「僕は心底部署を変わりたいです……」
「宰相府の仕事、めちゃくちゃ多忙……泊まり込み作業とか、きつすぎ……」
「婚約者からの差し入れが唯一の救い……明日は顔が見られるだろうか……」
口々と溢れる嘆きはなんとも悲惨だ。
たまに兄も残業でここで雑魚寝して翌日の正午まで仕事をすることがあるが、フロイドはいい経験をさせてもらえているので忙しさも楽しい、とポジティブだ。
前向きな性格なのは兄の美点ではあるのだけれど――。
「ははは、相変わらずここにはまだ慣れないかぁ」
「ご、ごめんなさい」
「いいや、ソフィは悪くないさ。お前たちが急に大きな声をあげるからだろう」
ふとディラックの声が男たちに向かって放たれた。
指摘する声は鋭い。
部屋の空気が緊張するのではないかとソフィは居心地が悪くなったが、文官たちは疲労感でそれどころではないみたいだ。
「はいはい、気を付けますよ」
「俺たちではなく、騎士団長さまの圧が怖いのでは?」
まさにそれだ。心の中でソフィは思った。
立ち上がったフロイドが笑う。
「おいおいお前たち、俺の心の友にそうさみしいことを言ってくれるな」
「リーダー、いつ心の友に昇格したのです?」
「つまりは親友だ。彼も休憩なのだから、一緒に菓子を食べて親睦を深めようではないか。さぁ手が空いた者から先に食べるといい」
やはり、また一緒にするつもりなのだ。
喜んでやってきた男たちに大きな皿のうち二つを手渡したソフィは、こうしてはいられないと思う。
こうなったら速やかに帰るしかない。
「そ、それではお兄さま、私は今日のところはこれで帰ろうかと」
「せっかく来たんだ。脚を休めていくといい。お前が大好きな紅茶を淹れてあげるから、待っていなさい」
立ち上がろうとしたソフィの肩を、兄が手を置いてその場にとどめる。
「リーダーが優しすぎる……」
「伯爵家の嫡男なのに、いろいろとできるんだよなぁ」
「なのに仕事が大好きな変わりものだし」
「はいはい、お褒めの言葉をありがとう。お前たちはソフィがいるからそっちの応接席を使えよ」
給湯室側に向かいながら、フロイドが言った。
「分かってますよリーダー、緊張で喉を通らなかったらかわいそうですもん」
「あっ、用意していたお茶は俺が配りますから」
何人かがフロイドのほうへ行く。
他の男たちは広い室内にある他の席や、仕事用の椅子を引っ張ってきて二グループに分かれ、自由気ままなスタイルの休憩に入った。
(どうしよう)
またしてもディラックがじっと見つめてくる。
あちらこちらを見ているふうに視線を逃がし続けていたが、とうとう気になってディラックと目を合わせた。
「君も食べていくといい」
「……えっと、紅茶だけいただいていこうかと」
ここはあなたの部屋ではないのですけれど、なんて思ったらなんだか少しは気が抜けた。
給湯室は扉が開くと、ここからでもよく見えた。
フロイドが手慣れた様子でお湯を用意し、棚から茶葉の容器の一つを取り出して、香りを嗅ぐ。
そんな様子を観察しているソフィのそばから、ディラックがクッキーをつまんだ。
(この人、お兄さまが紅茶を用意しているのに……)
つい、ちらりと視線を向けると彼が表情を緩めているのが分かった。その姿を見てソフィの緊張はふっとほどけた。
(……今日も嬉しそうだわ)
美味しく食べてもらえるのは好きだ。
最初は居合わせただけだから付き合いで食べていると思ったのだが、今ではディラックは自分から好んで食べていることがよく伝わってきて、見ているとなんだか胸がきゅっとした。
(やっぱり、甘いものが好きだったりするのかしら? だから、よくここにも来るのかしら)
いつの間にかソフィはディラックを観察することに夢中になっていた。
宰相の直属の部署だと、差し入れも支給も多いとはフロイドに聞いた。
「君もどうだ? 美味しいぞ」
ふっとディラックの視線が返ってきた。
作った本人なので味は分かっているのだが。
ソフィは彼が持っていたクッキーを食べ終えて、新しいクッキーを取るのを見た。
「えっ?」
大きな彼が身体を寄せてきて、腕を伸ばす。
至近距離まであっという間に迫ったクッキーに驚いているとソフィの唇の間に、それが差し込まれていた。
(こ、この人、た、食べさせ……っ?)
ソフィは真っ赤になる。
こういうところがあるから彼が苦手なのだ。
「遠慮せずに食べるといい。君が作ってきたクッキーだ」
一度口をつけたものを出すほうがはしたない。
ソフィは、唇に感じるクッキーの甘さに口を動かし、小さくかじる。
舌の上でとろけていくチョコクッキーは、味見した時より甘く感じた。
「――小動物みたいだな」
ぼそりとディラックの声が聞こえた。
「え?」
「このまま俺が食べさせようか? それとも、自分で?」
彼の真剣な表情を、ソフィは信じられない思いで凝視する。
(じょ、女性嫌いなんでしょー!?)






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