スパダリドクターと
なりゆき婚約!?
甘く淫らな恋の治療
【本体685円+税】

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●著:華藤りえ
●イラスト:えまる・じょん
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-2034-2
●発売日:2019/06/25

嘘でもいい。……好きだと言え

医療秘書の高野優衣は結婚退職を目前に婚約者が別の相手と結納することを知ってしまう。絶望する優衣に手をさしのべたのは、彼の浮気相手の兄である医師、久我和沙だった。元彼に代わり優衣の婚約者役をすると言う久我に頼るのをためらう優衣。しかし彼は強気な態度で彼女をフォローし癒やしていく。「そんな顔をするな。めちゃくちゃに乱したくなる」苦し紛れの挑発から情熱的に抱かれた夜。久我に傾く心を止められない優衣は!?




知らずに好きになったのであれば、まだ納得がいく。
だけれど、もうすぐ結婚する男性を、欲しかったから奪うなんて許せない。
唇を噛んで、膝の上で組んでいた手を震わせていると、和音が再び謝罪しだす。
「本当に、申し訳ありません。……本来なら、清歌に言い聞かせて、身を引かせるべき処なのですが、恥ずかしながら立場からも、母子の事情からもできず」
――妊娠、三ヶ月だったか。
相手の気持ちを大事にすること、抱かないこと、抱かれないことが誠意だと信じていても、体当たりで孕まれてはおしまいだ。
どんなに怒り憎んでも、嫌だと騒いでも、優衣に勝ち目はない。
悔しさに気持ちが荒れる中、和音が、ハンドバッグから厚みのある封筒を出す。
「ですので、当面はこれで。……近いうち、もっと詳細に調べて、相応の埋め合わせをさせていただきます。なので、どうか清歌の幸せや結婚に目をつぶってください!」
半分悲鳴のような声に、ぶつりと我慢の糸が切れた。
(清歌の幸せや結婚に目をつぶれ?)
欲しかったから奪ったくせに、まるで優衣が悪くて邪魔だという見方ではないか。
なにより、自分の四年間を数百万だかいくらかのお金で、なかったことにしようというのも、その程度の気持ちだったと見くびられるのも許せない。
「冗談じゃ、ない」
呻くように告げると、和音がびくりと身体を震わせ、久我が目を細くする。
「お金で片付ける問題なんかじゃ、ないでしょ?」
自分でもぞっとするほど低い声からは、敬語も相手への気遣いも抜けていた。
「四年間、克己さんと一緒でした。幸せになると信じて、一緒に考えて、一つずつ決めて過ごした時間なんです。このマンションも、家具も、家電も全部!」
立ち上がった優衣の膝がテーブルに引っかかり、載せていたペットボトルが倒れて床に落ちても、気にする余裕なんてない。
「なのに突然、欲しかったからで台無しにされて、納得できると思うんですか!」
「で……ですから、そういった出費も全部、久我の家で埋め合わせさせて……」
「そうじゃない! なんなんですか、本当に。全部、私から買い取って娘さんに与えて、克己さんと清歌さんがここで暮らすんですか? 私が望んだ未来をなにもかも奪って!」
初対面の人にわめいて、無茶を言って、醜く取り乱してみっともない。
こんな激情をぶつけて、困らせるのは嫌だと思う反面、じゃあどこにぶつければいいのだと怒りが煮えたぎる。
妄想は強まり、清歌と宮地がここで暮らす光景まで見え始め、くらくらしてしまう。
「私、結婚するから辞めるって、上司にも教授にもお話ししたんです。……結婚が駄目になりましたで職場に残れる訳ない! それに、こんな騒ぎ、絶対に噂になる!」
久我がちょっと調べただけで、優衣と宮地の破局がわかるような状況だ。いつ優衣が捨てられたと噂されだすか。
そうなった場合、実家の後ろ盾があり、子どももいる清歌より、おとなしく、敵に回しても実害がなさそうな優衣が標的にされるのは明らかだ。
退職を先に延ばすのも無理だ。
もう次の人が募集されているし、辞めない理由を説明したくない。
宮地や清歌と同じ職場なのも気が重い。
「前の家だって引き払って! こんな広いマンションに独りぼっちで、もうすぐ無職だなんて。めちゃくちゃでなにも残らないなんて……どうして、私が」
遠くない未来にぞっとする。独りぼっちでなにもかも失う未来に。
宮地から、慰謝料代わりにもらうことが決まっているが、苦い過去を思い出させる部屋に、いつまでも住んでいたくない。
いずれ売却するとしても、また引っ越しとなると、仕事を辞める身には厳しい環境だ。
「……両親にも、なんて説明すればいいんですか」
頭を抱えて座り込み、声を抑えて優衣は続けた。
北海道にいる親を思い出す。
そろそろ三十になるのにと心配され続けて、やっと恋人がいること、プロポーズされたことを伝え、喜ばれ、その内に会わせなさいと言われた矢先なのに。
寝取られたから、なかったことになりました。――なんて、親に説明できる自信がない。
優衣だってまだ混乱していて、今の状況を把握するのが精一杯なのだ。
どうすればいいのか、まるでわからない。
なのに、そういった部分を配慮せず、お金だけ渡して、あとは一人でなんとかしなさい、だなんて、傲慢な考えだ。
誠意を見せたつもりになって、後ろめたさを自己満足とお金で埋め合わせて、優衣だけが悩んで、傷つくなんてフェアじゃない。
「いくら払うおつもりなのかわかりませんし、知りたくもないですけれど、お金があれば、私は四年前に戻れるんですか?」
二十三歳の失恋と、二十七歳の失恋では、重さがまるで違う。
結婚して、愛する人の子どもを産むという夢が叶う確率も、年々低くなるのでは。
なのに、お金があれば問題じゃなくなるとでも考えているのか。
そう問いかける優衣の眼差しに、和音が青ざめハンカチで口元を隠す。
知らないうちに流れ出した涙が頬を伝い、ぽたぽたとフローリングに落ちていく。
わざと乱暴に腕で目を拭い、優衣は八つ当たりを承知で吐き捨てた。
「できないでしょう? ……だったら、お金じゃなくて、結婚相手をください!」
困らせ、呆れさせるだけで、なんの解決にもならない。そんなことはわかっている。
けれど、よい子で居続けることに疲れていた。
なにより、踏みつけられた優衣は自分しか頼れないのに、清歌はなにもしなくても、宮地や兄である久我や、母の和音に守られている。そんな不平等が悔しかった。
相手をほんの少し困らせてやりたい。その程度のことだった。なのに。
「わかった」
それまで、ことの成り行きを黙って見ていた久我がうなずく。
「え?」
「久我家からの慰謝料とは別に、結婚相手で手を打ってもらう」
確定事項のような言いぶりに、優衣だけでなく和音まで目を大きくする。
「和沙さん? 貴方、なにを仰っているのか……」
「いたってまともな提案をしているつもりです。高野さんの要求は正しく、筋が通っている」
ドキリとする。久我がなにを言いだそうとしているのか、わからない。
「私が高野さん、貴女の結婚相手になる。……それでどうでしょう」
「どっ……どうでしょう、って……」
真っ直ぐに見つめられ、優衣はうろたえてしまう。
威勢よく拳を振り上げ、相手を断罪した分だけ、落としどころがわからない。
相手を追い払おうと高値で売りつけた喧嘩なのに、こうもあっさり買われてしまうなんて。
「貴女の主張を整理すると、三つのことで困っている。……一つ、退職することで発生する生活費の問題。二つ、人生設計の大幅変更に伴うもろもろの手続き。三つ、職場や親に破談を知られ、名誉を傷つけられることに対する精神的苦痛」
指おり数え、最後にぐっと拳を握る。
途端に、久我の存在感が重みを増し、優衣を息苦しくさせる。
肉食獣が獲物を見定めた迫力のようなものに気圧され、声が出ない。
「一つ目に関しては、希望を聞いた上で、俺が責任を持って就職先を紹介する。二つ目もフォローするから全力で頼ってくれていい。三つ目だが。……俺が婚約者となることで君を守る」
「守る、って……なに、を」

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