ヒーロー専務と熱愛スキャンダル
【本体685円+税】

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●著:御堂志生
●イラスト:えまる・じょん
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-2020-5
●発売日:2018/12/25

俺は惚れた女じゃないと、ダメなんだ。

酒造会社に勤める秋月美水はある朝、幼馴染みで上司の瀧川綾人と共にマスコミに取り囲まれる。御曹司でありながら特撮ヒーローの俳優を演じる綾人の正体がばれたのだ。彼は皆の前で美水を婚約者と紹介。とまどいつつ話を合わせた美水と二人きりになった途端、口づけてくる。「今まで手を出さずにいてやったんだ。婚約した以上好きにさせろ」ずっと好きだった綾人との初体験に悦びを覚えた夜。だが彼には女優と熱愛の噂があり!?




「嫌か? 俺の婚約者役」
そんな役があるとしたら、絶対、誰にも譲りたくない。
「嫌じゃな……い」
そう答えたとき――流し台の縁に置いた左右の手の上に、綾人の手が重ねて置かれた。そのまま押さえ込まれるようにして、唇を奪われたのだった。
綾人の唇は想像より柔らかくて、美水の唇をなぞるようにして優しくキスする。
美水はいつの間にか目を閉じていて、彼の唇の動きに全神経を集中させていた。
すると、冷蔵庫の製氷機に氷が落ちる音や排水溝に水が流れていく音、普段なら気にもしない音が次々と聞こえてきて……。
ようやく唇が離れ、美水は大きく息を吐いた。
「じゃあ、おまえで決定な」
実にあっさりと言われ、これは喜んでいていいのだろうかと悩む。
(なんていうか……おままごとで、わたしが綾兄のお嫁さん、って言ったら、いいよって言われたくらいの軽さを感じるんだけど)
だが、おままごとで、キスまではしない。
綾人ひと筋できた美水にとって、当然、ファーストキスだ。今夜は夢の中まで綾人が出てきて、キスされそうな予感がした。
想像するだけで身体が火照ってくる。
「あ、あの……そろそろ、放して……お風呂、入れてくるから」
「シャワーで済ませるなら、放してやってもいい」
「い、今の時期、シャワーだけじゃ、温まらないと思う……ちゃんと、バスタブに浸かったほうが……え?」
綾人のほうこそ、真夏でもバスタブにお湯を張って、肩までしっかり浸かるタイプだ。
それなのに、どうしてそんなことを言い始めたのか、美水が首を傾げたとき――彼の手が腰に回され、そのまま抱き上げられた。
つま先が床から離れ、スリッパがコトンと落ちる。
いつも見上げているはずの綾人の顔が、どういうわけか今は見下ろす位置にあった。
「え? え? なんで? どうして?」
「だったら、風呂はあとからだな」
「あとって……なんの、あと?」
その答えを聞く間もなく、綾人はキッチンを出てすぐの部屋に、美水を抱いたまま飛び込んだ。
そこは八畳半の洋室――綾人の寝室だった。
(どうして、綾兄の部屋に? キッチンから近かったから?)
美水の部屋は玄関に近く、キッチンからは離れている。とはいえ、五歩も変わらない。
いや、そんなことより、美水を抱き上げて自分の部屋に連れて行くことに、どういう意味があるのだろう。
聞くより先に美水は床に下ろされ、素早くジャケットを脱がされていた。
「き、着替えなら、自分の部屋で……だって、ここ……って、綾兄の部屋」
「ああ、そうだよ。でも、おまえのベッドはシングルだろう? 俺のベッドならダブルだから、寝相の悪いおまえでも落ちないぞ」
薄闇の中、蕩けるような声でささやいたあと、彼は美水の頬にキスした。
それだけで美水は腰が抜けそうになる。
(ベッドから落ちないように、綾兄のベッドで寝たらいいってこと? その場合、綾兄はどこに寝るの!?)
寝相はよくないのだろうな、と思っていても、直接言われたらショックだ。
実家は和室なので布団を敷いて寝ていた。子供のころから、朝起きると布団の外に転がっていたことなら何度もある。だが、ベッドと違って落ちることがないので、そこまでの危険は感じたことがなかった。
今朝、あまりに大きな音を立てて落ちたので、心配してこんなことを言い始めたのだろうか?
「大丈夫、だから……落ちるの、慣れてるし……綾兄に悪い、から」
「俺に悪い? どうして?」
ふいに背中のファスナーが下ろされ、次の瞬間、足元にワンピースが落ちていた。
「やっ、ちょっと、待って! 着替えは、自分でできるから……それに、どうして電気点けないの?」
部屋の中は常夜灯のままだった。
寝るときならともかく、ふたりきりでいるときに、こんな薄暗いままなんて……。
(やだ、ドラマや映画のラブシーンみたい。――なんて言ってる場合じゃないってば! なんで服脱がせるの? 暗いから目立たないけど、わたし今、キャミソール姿なんですけど)
綾人にとって美水の身体など、とくに興味はないはずだ。見る気がないので、わざわざ隠す必要もない、といったところだろう。
それでも、見られるほうにすれば恥ずかしい。
「俺はどっちでも平気だが、おまえは明るいほうがいいのか?」
綾人が傍から離れる気配がして、その直後、天井の照明が一斉に点いた。
部屋の中が煌々とした灯りに照らし出される。
綾人の頭上にも光が降り注いだ。彼はすでにスーツのジャケットとシャツを脱ぎ、スラックスのベルトに手をかけていた。
「あ、あ、あや、あや」
「落ちつけって。だから、暗いままにしてたんだ。おまえ、初めてだろう? いきなりこの明るさって平気か? 俺は……まあ、このほうが楽しめるけど」
言いながら、彼はスラックスのボタンを外し、ファスナーを下ろしていく。
ダークグレーのボクサーパンツが見え、息が止まりそうになる。
「どうする? このままでいいか?」
「消して! 消してください。暗いほうがいい」
とっさに叫んでしまったが、
「了解」
彼が照明のスイッチをポンと押し、室内は数分前の状態に戻った。
だが、これはいったいどういう状況なのだろう。
二十代の独身の男と女がふたりきり、マンションの寝室にいる。灯りを消して、お互いに服を脱ぎ、ふたりともすでに下着同然になっていて……。
それだけではない。
美水の聞き間違いでなければ、
『おまえ、初めてだろう?』
綾人はたしかにそう言った。
(この場合の初めてって、やっぱり、アレよね? キスの先にある……初めての経験っていうヤツ?)
ちゃんと確認しなくては、と思ったとき――綾人に腕を掴まれ、抱き寄せられた。


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