●著:奏多
●イラスト:天路ゆうつづ
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-4068-5
●発売日:2021/10/29
乱れて。もっと俺に溺れて
妹に婚約者を寝取られて傷付いた汐梨はバーで会話するだけの謎の美青年、ルイと一夜を共にし、優しく愛されることで立ち直った。もう会うことはないと思っていたのに、ルイは名家の御曹司で�猖〜盂Δ離廛螢鵐広疳�崎累として彼女の前に現れる。「あなたと心も繋げたかった。あなたの愛が欲しかった」汐梨に頼み事があると言いながら、以前よりも情熱的に彼女に迫ってくる彼の真意は一体――!?

――メリーゴーランドには誰も乗っていませんね。一緒に馬に乗ってみませんか?
法曹界のプリンスが、真っ先に興味を示したのはメリーゴーランドだった。
それがなにか面白く、同時にちょっと意地悪を思いついた汐梨は、累を先に馬に乗らせた。
そして、汐梨を前に乗せようと伸ばされた累の手をとらずに、そそくさとカボチャ型の馬車に移動すると、周囲の目から姿を隠したのだ。
観客の奇異なる目は、ひとりで上下に揺れる白馬に乗っている累に注がれる。
「ちょ、汐梨さん!?」
汐梨の裏切りに累は動揺したようで、慌てて汐梨の元に移動しようとすれば、従業員にマイクで移動するなと注意され、あえなく断念。振り切らずにじっと我慢して終わりを待つあたり、さすがは法の遵守者ではあるが、そこには噂されるような冷酷さはない。
「汐梨さん、恨みますから」
「え、なんのことですか? お似合いですよ、リアル白馬の王子様で」
汐梨はカボチャの馬車から顔を出して、声をたてて笑った。
「明日の新聞、お馬さんに乗った先生の写真が掲載されるんじゃないですか」
茶化しすぎたことを後悔したのは、次に無理矢理連れられたお化け屋敷でのことである。
元々汐梨はホラー系は苦手なのだ。さらにここのお化け屋敷は、昔ながらの歩かないといけないタイプで、累に捕まって恐る恐る歩いていたところ、ふっと累がいなくなったのだ。
「ちょ……累さん。ねぇ、累さん……どこ?」
おどろおどろしい音楽がかかる中、累の姿を探している汐梨の近くで、バァンと大きな音をたてて作り物の幽霊が出てくる。頭に斧が突き刺さり、血を流している落ち武者のようだ。
「きゃああああ!」
さらには硬い床が突然スポンジのような柔らかなものになり、汐梨は腰を抜かした。
「累さん、累さ……ひぃぃぃぃ!」
突然体が持ち上がり、思わずなにかに縋り付く。
「本当に飽きませんね、あなたは。俺を放置した、さっきのお返しです」
累が横抱きしたのだ。汐梨はうぐうぐと言葉にならない声を発していたが、累の首に両手を巻きつかせていることに気づき、慌てて手を離そうとした。
しかし、お化けたちが後から後から湧くようにして出てくると、汐梨は震え上がり、手を離すどころか累にぎゅっとしがみついてぶるぶると震えた。
そんな汐梨に累が耳打ちする。
「汐梨さん……ずっとここにいましょうか」
「いやです!」
「だって、俺にしがみついてくる汐梨さん、可愛くて」
暗い照明の中、汐梨の頬になにかがすりと擦りつけられた。
それが累の頬だと気づいた直後、熱く柔らかなものが頬に押し当てられる。
「離したくない」
熱い吐息混じりの声に、思わず呼吸を忘れてしまった。
心臓のドキドキが鳴り止まないのは、お化けの恐怖ではない。
すぐそばに彼の顔がある。情熱的だった彼の目も唇も、触れられる距離にある――冷風が漂っているのに、彼を意識して昂る体が熱い。
暗くてよかったと思う。
もしも明るかったら……彼へ走り出す気持ちを、悟られてしまうだろうから。
やがて、少しだけ乱れた彼の呼吸が聞こえてくると、累は小さな声で言った。
「……出ましょう。本気でやばくなる」
累も意識してくれるのなら、ここでお化けと同居していてもいい……とは口に出せなかった。
その後、休み休みアトラクションに乗り、ベンチに座ってホットドッグで食事をする。
高級レストランの美味しい料理に舌鼓もいいけれど、庶民の食事も楽しくていい。
「汐梨さん。ケチャップ……」
不意打ちで、顔を斜めに傾けた累が、汐梨の口角を舌で舐める。
驚きに固まる汐梨に流し目を寄越しながら、ごちそうさまと彼は艶笑する。
(わたしの気持ち……見透かされているのかな)
累に翻弄されるばかりで、なにか悔しい。
「では腹ごしらえをした後は、最後にお約束の観覧車に乗りましょうか」
もう最後の時間になってしまったようだ。累はピンク色の丸い観覧車を待って、汐梨と乗り込んだ。
向かい合わせになって座ったが、狭い密室だ。
「少しは……気分転換できましたか?」
そこで汐梨は気づく。
もしかして遊園地で無邪気にはしゃがせてくれたのは、汐梨が宗佑と愛里に受けたダメージを引き摺らないよう、配慮してくれたからかもしれないと。
「おかげさまで、いやなことがすべて吹っ飛ぶほど、素に戻って楽しんでいました」
「それはよかった」
累は嬉しそうに笑う。
(ああ、なんて素敵な男性なんだろう。いつもいつも、わたしを救おうとしてくれる)
彼は王子様であり、シンデレラに魔法をかけてくれる魔法使いだ。
彼の魔法が効いている間、シンデレラはお姫様になれる。
「汐梨さんは遊園地に来たことがありますか?」
「小さい時に家族で」
その頃の愛里は、汐梨を慕っていてくれて、可愛かった。
「俺はないんです。両親は忙しいし、休日に子供が喜びそうなところに連れていってくれるタイプでもなく。そんな時間があるのなら、勉強をしろと言われて厳しく育てられました。だけど学生の頃、俺は養子だったことを知ってしまい、荒れてしまって」
「……そうだったんですか」
「ええ。その時、奇跡的にも救い手が現れ……それから俺、暗闇にもがく者たちを救いたいと思うようになって。初めて自分の意思で弁護士になろうと一念発起したんです。どんな社会的弱者をも見捨てたくない……そんな強気なスタンスで戦っていたら、いつの間にか冷酷弁護士になっていましたけどね。今は、剱崎家の者の務めとして、宮園の顧問弁護士だけをしていますが」
「いい出逢いをなさいましたね」
汐梨は微笑んだ。累が自分のことを語ってくれたのが嬉しい。
「血が繋がっていようがなかろうが、ご両親にとって累さんは、ご自慢の息子さんだと思います」
「そう……思ってくれていればいいのですが。……なにか照れますね」
ぽりと頬を掻くと、累ははにかんで笑った。
「そういうわけで……俺、遊園地に来たのは初めてで、律に聞いたベタな知識しか知らなくて」
「ベタな知識?」
「遊園地デートの定番です。観覧車は外してはいけないんだとか」
定番、そして観覧車。汐梨は、学生時代に、同級生たちが雑誌を片手にきゃあきゃあと騒いでいたことを思い出す。恋人ができたら、遊園地デートで最後にしてもらいたいこと――。
(まさか観覧車に乗ったのは、頂上でキスをすると、その愛は永遠に続くというジンクスのため?)
しかしすぐに否定する。
そもそも、付き合ってもいないのだ。愛が発生していないのだから、キスをする理由がない。
深読みしすぎたことに赤くなっていた時、やけに抑えた累の声が響いた。
「汐梨さん。見合いが終わったら、一度関係をリセットさせてほしいんです」
「リセット……」
不穏な言葉が、汐梨の胸を貫こうとしていた。
「ええ。本来あるべき正しい形に」
……とどめを刺された心地だった。
ああ、彼は……こうして一緒に過ごす時間を、終わらせたいのかと汐梨は思った。
最後に遊園地ではしゃいだ楽しい思い出を作った後は、各々の道に進んでいこうと言いたいのだ。
法曹界のプリンスである顧問弁護士と、彼が担当する系列ホテルの一従業員にすぎない自分とは、元来こんなに親しく接することができない。気軽に話せない。
それができたのは、見合いがあったからだ。だからそれが終われば、それぞれの世界に戻るのは当然のこと。立場を自覚して、きちんと線を引かないといけないのだ。
それが�猖寨茲△襪戮�正しい形�瓠宗宗�
(そうだよね。わたし自身最初から、見合いが終わるまでと割り切っていたはずなのに)
累を好きになって欲張りになってしまっていたらしい。
ここから先は踏み込むなと、はっきり言ってもらってよかったと思う。
これで今日の思い出を胸に諦めがつくはずだから。
「わかりました」
悟りきった笑みを見せると、宣言したのは累のくせに訝しげな顔を向けてくる。
「本当にわかっていますか?」
「ええ。同意いたします。最初からそのつもりでした」
「……汐梨さん。本当の本当にわかっていますか?」
「ええ。もちろんです」
念を押した累は、眉間に皺を寄せてなにかを考え込む。
「まあいい。明日になれば……」
(明日になれば……)
そこから沈黙が生まれた。感傷的な重い空気がつらくて、汐梨は累を見ることができず、景色を見た。
いつの間にか頂上近くになっている。
「景色が綺麗ですね……」
カルムの建物も見つけて微笑んでいると、突如観覧車が軋んだ音をたてて揺れた。
累が、汐梨の横に座ったのだ。
「な……」
突然に距離を縮められ、汐梨は焦る。小さな場所では逃げるスペースもない。
体を捻って窓の外を見ているしかできずにいる汐梨に、累はくすりと笑ったようだ。
そして累は汐梨をぎゅっと抱きしめると、汐梨の肩に顎を乗せた。
「確かに、ここから見る景色は、綺麗かもしれませんね」
耳元に囁かれる累の声。
ぞくりとしながら喘ぐように汐梨は言った。
「あ、あの……累さん……。近いので、は、離れて……」
累を記憶する体が、勘違いして熱くなってくる。
このまま奪ってほしいと、おかしな気分になってくる。
「……いや?」
まるで悪魔の囁きのようだ。
「き、緊張するので!」
「汐梨さんの体から、あなたを愛した俺の記憶……もう抜けちゃいましたか?」
ストレートな言葉が衝撃的で、喉奥がひりついてかすかすとした声しか出てこない。
「俺はまだ残ってる。あなたの柔らかさも、あなたの熱も、あなたの味も」
子宮がきゅんと疼いている。
忘れられるはずがない。初めてあんな快楽を、教えられたのだから。
「たとえあなたがもう、俺と会いたくないと思っていても……」
累が汐梨の顎を摘まんで持ち上げる。
熱を帯びた漆黒の瞳が、切なげに揺れていた。
「俺はずっと……あなたに、汐梨に会いたかった」
観覧車が頂上に到達した瞬間、唇を奪われた。
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