●著:鬼頭香月
●イラスト:ウエハラ蜂
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-4072-2
●発売日:2021/11/30
君の笑顔は世界で一番可愛い
聖女ルーシャは自分がもうすぐ力を失う神託を受けると同時に、ここが乙女ゲームの世界で婚約者の王太子ノエルはその攻略対象であったことを思い出す。自分はゲームヒロインとノエルの恋を邪魔する悪役なのだ。「そんなおねだり、どこで習ったのかな?」運命に逆らえないならせめてノエルの子を授かり外国に逃げたいと思うルーシャだったが、愛をかわした彼はますますルーシャを溺愛してきて!?

ルーシャは信じられない現状に、またくらりと目眩を覚えかけ、歯を食いしばって我を保った。
――しっかりするのよ、ルーシャ! これからどうするのか、しっかり考えなくちゃ……っ。どうしてだか知らないけれど、私は乙女ゲーム『天空世界アルカディア ブリジットと聖なる恋物語』の中の、悪役令嬢ルーシャに生まれ変わってしまったみたいなのだから……!
勘違いだと思いたいが、自らの名前や国名、婚約者やその他の登場人物など、全てがあのゲームの世界と合致している。偶然にしては揃い過ぎており、何より先だって、神から聖女の力を失うと明言されたばかりだ。
前世でプレイしていたゲームでも、悪役令嬢ルーシャは、十七歳で聖女の力を失っていた。
攻略対象の一人であるノエルを呼んでくるために部屋を下がる侍女を見送り、ルーシャはあれはどんなゲームだったかと詳細に思い出す。
『天空世界アルカディア ブリジットと聖なる恋物語』は、攻略対象となる男性が四人いて、それぞれと会話やミニゲームをしながら親密度を上げて恋を成就させるゲームだった。
主人公はルクス王国のとある片田舎に生まれた、貴族社会とは無縁に暮らしてきた純朴な少女ブリジット。彼女は敬虔なテューア教の信徒で、毎朝の祈りを欠かさなかった。そして十六歳になったある朝、教会でいつものように祈りを捧げていると、神の声が聞こえる。
『こんにちは、ブリジット。君が次代の聖女だよ。さあ王都へ来て、僕の声を聞いておくれ――』
ユーニ神の声に驚いたブリジットは、『誰? 誰が私に話しかけたの……!?』と辺りを見回す。同じく祈りを捧げていた大人達は誰の声も聞いておらず、『もしや次代の聖女なのでは』『いやいや、当代の聖女様はまだお力がおありだ』と戸惑った会話を繰り広げ、あれよあれよと王都へと向かうことになる始まりだ。
そして王都へ着いたら、誰を攻略するか選択する画面が出た。
前世のルーシャは、最初に攻略対象を選ばせるシステムを見て、無粋なゲームだと思った。プレイしながら親密度を上げ、誰と恋人になるか結果が変わっていく方が好みだったのである。
とはいえ、神絵師と呼ばれる人気の高いイラストレーターがキャラクターデザインを手がけているゲーム。
ビジュアルや背景は大変素晴らしく、あっというまに四人攻略してしまうだろうと斜に構えながらも、嬉々としてゲームを始めた。
当然敵役もおり、このゲームでは王都に突如現れる魔物と先代聖女ルーシャが敵だった。ルーシャは彼女の兄以外が攻略対象として選ばれた場合、デフォルトで婚約者になっているシステムで、親密度アップを阻んでくるキャラクターだ。
幼い頃から蝶よ花よと育てられた悪役令嬢ルーシャは、高飛車で我が儘。聖女の座を奪おうとする主人公が気に入らず、意地悪をしてくる。
主人公のブリジットが攻略対象と親密度を多少上げられると、実は幼い頃に神託で無理矢理彼女と婚約させられただけで、愛はないのだと愚痴を聞ける。
しかしどんなにプレイしても、最初に選んだ最も好みの外見をしていた攻略対象――ノエル王太子は攻略できず、苛つかされた。ゲームにはつきもののヘルプ機能が、全く意味をなさなかったのだ。
ゲームの説明書には、大聖堂を訪れてユーニ神に尋ねれば�狢�宣�瓩鮗�かり、どうしたら攻略対象と仲よくなれるのか教えてもらえると書いていた。でも実際プレイすると、ユーニ神は毎度天気の話や彼の好物の話ばかりして、一向に助言をくれないのである。
攻略対象との仲はいっかな進展せず、腹立たしさのあまり、悪役令嬢ルーシャの末路を先にインターネットで調べたくらいだった。
すると同じように上手く攻略できないプレイヤーが多かったらしく、今期トップクラスのクソゲーという評価が目に入った。なるほどと思いながら悪役令嬢について調べれば、�狄簡僂錣蠅靴森粁�対象からゲーム中盤で婚約破棄を申し入れられるが、拒否。最終的に聖女の命を危険に晒した罪で一家諸共断罪されるか、心が穢れ、魔物と化してどこかへ消えてしまうエンド�瓩世箸錣�る。
悪役令嬢の末路に納得し、さらっとオープニングのシステムを確認すると、攻略方法までは調べずにまた延々ゲームを続けた。
前世のルーシャは、ゲームは自力で攻略することをポリシーとしていたのだ。
そして意地になって夜更かしし、結局ノエル王太子とのハッピーエンドは見つからぬまま朝を迎える。挙げ句に出勤途中に階段を踏み外して生涯を閉じたのだから、報われない人生だった。
――しかも転生してみたら、一家諸共断罪されるか、魔物になってしまう悪役令嬢の方に転生しているなんて、私ったらどれだけ神様に見放されているの……!?
転生するべきは『ブリジット』だったのに――と懊悩していると、部屋の扉がノックされた。
ルーシャはびくっと体を揺らし、勢いよく上半身を起こす。ぼとっと額から濡れた布が落ち、それをすぐに洗面ボウルに入れると、上擦った声で応じた。
「は、はい……っ」
自らの末路を知り、変に緊張してしまった。
白い扉が静かに開き、案内してきたセシリアが脇に身をずらして後ろにいた人物に先を譲る。
白地に金糸の入る上等な上下を身に纏った青年が室内に足を踏み入れ、ルーシャは瞳を潤ませた。彼の顔を見るだけで胸がときめき、ため息を零してしまいそうだった。
瞳にかかる金色の髪に、色香が滲む切れ長の紫の瞳。背は高く、その体は一見すらりとしていながら、成人したルーシャも軽々と抱き上げてしまうほど鍛えられている。
幼少期より聡明さは有名で、剣術も馬術も他の追随を許さないルクス王国の王太子――ノエル。
二十二歳になった今、彼は国王軍の将軍となり、魔物の出現に備え、緊急討伐部隊の指揮官にも任じられていた。有事に備え、彼が指揮する討伐部隊は時折敢えて魔物が出没する海辺近くに遠征し、対戦する実戦訓練も行っている。政においてもその采配は的確で、官吏達の信頼も厚い、将来有望な人物だ。
何があっても優しく微笑むのが常の彼は、ルーシャを見るなり心配そうに顔を曇らせ、足早にベッド脇まで歩み寄った。
「……ルーシャ、気分はどうかな? まだ顔色が悪いね……」
ノエルは躊躇いなく手を伸ばし、ルーシャの額に触れる。
ルクス王国では、未婚の男女は不用意にその肌に触れてはならなかった。女性は貞淑を求められ、互いの名誉を守るため、男女は二人きりにもならぬよう、それぞれに配慮して行動する。
婚約者同士であれば多少の触れ合いは許されるも、人目を避けるのは暗黙の了解だ。
しかし体調の方が気になったのか、彼は侍女の目を気にせず肌に触れた。いずれ婚約破棄される運命だが、まだ嫌われているわけではない雰囲気にほっとし、ルーシャは淡く頬を染めた。
「……体は大丈夫です……。助けてくださってありがとうございました、ノエル様」
伝統あるアーミテイジ侯爵家の令嬢であるルーシャは、聖女の力を失ったのちのために、家庭教師を派遣されている。良家の子女としての教養も身につけた彼女は、基本的に行儀がよかった。
きちんとお礼を口にした彼女に、ノエルは微笑む。
「あのまま君が石の床に頭を打ちつけなくてよかったよ。……だけど体の調子が悪いわけじゃないなら、その顔つきは、何か怖いことでもあったのかな?」
視線が合うと見蕩れずにはおれぬ美しい紫の双眸が、ルーシャの顔を覗き込む。容易く内心を見透かされ、彼女はぎくりと肩を揺らした。同時に、目を合わせるだけで心を理解してもらえるほど、彼と親密なのだと実感でき、喜びが胸を満たす。
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