【12月26日発売】偽聖女として処刑される代わりに隣国へ嫁がされましたが、本当に聖女じゃないですゴメンナサイ【本体1300円+税】

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●著:春瀬湖子
●イラスト:ウエハラ蜂
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4815543785
●発売日:2025/12/26


追放されましたが媚薬も解毒薬も作ります!!



涙が薬になるという聖女を騙り、薬草を使い病を癒やしていた偽聖女のニコレットは、嘘を暴かれ断罪される代わりに「聖女」として隣国アルベールに嫁がされる。国王の愛人になると思っていた彼女の前に現れたのは数日前まで彼女の護衛騎士だったリオネルだった。彼は隣国の第二王子だったのだ。
「今夜は俺たちの初夜だがわかってるよな?」驚く間もなく抱かれ彼の妻としての日々が始まって――!?








序章 ゴメンナサイ、偽聖女です



それはまだ大地に境目などなかった頃のこと。
ある土地に危機が訪れ、人々が原因不明の病に倒れ続々と命の灯を消していた。だがその危機を乗り越えるべく、その地に住まうひとりの少女が立ち上がる。
彼女は来る日も来る日も命を削りながら神へ祈りを捧げ、人々が助かることだけを願い続けた。そんな彼女に心を動かされた神が彼女へと力を授け、少女の涙は万能薬となり人々の命を救ったのだ。
いつしかその少女は�狎蚕��瓩噺討个譟�彼女の涙は�狎賛絖瓩噺討个譴襪茲Δ砲覆辰拭�
──それが、ボドリヤール聖国に伝わる聖女の奇跡である。

今では大地の明確な境目として国境が引かれ、国家間に殺伐とした空気が流れているが、決して国自体も大きくなく軍事力も強くないにもかかわらず不可侵を守っている国がボドリヤール聖国である。その理由は簡単、聖女が生まれる唯一の国だからだ。
聖女は貴族の血筋に生まれる……というのは、伝承の中の彼女を中心に国が作られたからだという。だが生まれるといっても今ではなかなか聖女の力を持った者は現れない。数年、いや数十年に一度現れるかどうかだった。
だからこそボドリヤール聖国ではその威信を守るため常に聖女を探し、聖女の力を有すると認められた者には多額の支援金と褒賞を与えることを宣言したのだ。
(だから、私が養女としてロジェイ伯爵家に迎えられたのよね)
死に別れた姉の娘だ、なんて大層な理由で引き取られた私だが、そんなことはなく、たまたまロジェイ伯爵と同じ淡いハニーブロンドとエメラルドのような緑の瞳を持っていただけ。
そして私自身に記憶はないが、院長によれば流行り病で両親を喪ったのちにこの孤児院へやってきたらしいので、本当に伯爵とは関係がない。完全なる赤の他人だ。
けれど当時十二歳だった私が裏庭で育てた薬草を煎じて作った薬を、孤児院の子供たちへ飲ませ治療していたのを見て、伯爵は使えると目を付けた。
当時のロジェイ伯爵家はかなり落ち目で、正妻と実娘の浪費や本人の女遊びの影響で借金が嵩んでいたらしい。
このままでは領地没収、爵位剥奪だったが、もし自身の娘が聖女の力を発現させたとなれば多額の支援金と褒賞で一気に返り咲けるのだ。こうして私はただの孤児から貴族の娘、そして久方ぶりに現れたボドリヤール聖国の聖女になった。
──そう、もうお分かりだろうが……
今代の聖女、ニコレット・ロジェイは、貴族の血筋どころか、正真正銘の�犁鏡蚕��瓩覆里任△襦�

(だから、まさかこんなことになるだなんて思ってなかったの)
「わかってる? 私、偽物なんだけど」
組み敷かれたベッドの上で、私に跨りバサリと上衣を脱ぎ捨てる黒髪の青年。
どこか高貴さを滲ませるアメジストのような瞳は、共に過ごした八年間向けられてきた苛立ちではなく劣情を孕ませている。
「ハッ。だが今は俺の�猖槓��瓩虜覆世蹇�
鼻を軽く鳴らし傲慢に見下ろされるが、私の腹部に触れる手がどこまでも優しくて……。
(どうしてこうなったのかしら)
それを思い出すのは少し前、私が偽聖女だとバレた日まで遡る──



第一章 偽物ですけど、正気ですか?



簡易なベッドに小さなテーブル、そしてそのテーブルの上には空の小瓶がいくつかあるだけの部屋。窓には外から格子が取り付けられており、脱走できないように設計されているここはまさしく監獄といってもいいだろう。部屋の外には騎士がふたり立っており、私が逃げ出さないように見張っている。
「むしろよく八年間もバレなかったものよ」
私の口からくすりと乾いた笑いが溢れたが、聖騎士のリオネル・レノンは何も反応をしなかった。この部屋には私と彼だけしかいない。少しだけ、とワガママを言いふたりきりにしてもらったのだ。
どうせならばいつものように盛大な嫌味のひとつでも言ってくれれば気を紛らわせられるのに、なんて思ったけれど、それは流石に虫が良すぎるというやつなのかもしれない。
夜空のような彼の暗い髪色は、普段は真っ黒にしか見えないが太陽の下では僅かに紺色がかる濃紺だ。何度も見たその夜空のような色が紺色に輝くところをまた見たいと思ったけれど、私が次に部屋の外、太陽の下に出る時は断罪される時だろう。
(その時リオネルはそこにいてくれるのかしら)
いや、多分いない。だって私たちは偽聖女と護衛騎士という関係でしかないのだから。
偽物だという疑惑が出た時点で教会は私を見限った。私の所属が教会から国に変わったことで、護衛も教会所属の聖騎士から国所属の騎士へと代わり、聖騎士であるリオネルともお別れになる。
「なんだ?」
私の視線に気付いたリオネルが少しムスッとした顔をこちらに向けた。彼の不機嫌そうなこの表情はいつものことだった。

ロジェイ伯爵に引き取られるまでの私は、ごく普通の孤児だった。
暮らしていた孤児院はかなり貧乏で、病気になっても医師に診てもらうなんてことはできなかった。そのため、孤児院の先生の薬草知識を借り、院の裏に偶然自生していた薬草で子供騙しの薬を作って治療をしていたのだ。
そんな私を見て使えると思ったロジェイ伯爵が孤児院への援助を交換条件に私を養女へと迎え、褒賞目当てに聖女へと仕立て上げたというのが偽聖女の誕生秘話である。
(養女とは言っても完全に他人だったけどね)
聖女だが偽物だ。万が一バレた時を考えれば極力接触を避けるべきだと思ったのだろう。私は伯爵一家の住まう本邸には近付くことすら許されず、離れの小屋を与えられそこで暮らすことになった。
教会側からは熱心に迎え入れようと様々な厚遇を用意してくれたが、薬草がないと何もできない偽物の私は断るしかない。
当然それは伯爵側もわかっていたのだろう。冷遇しつつも薬草だけはしっかり仕入れてくれていたので、それらの種を育てながら掛け合わせ、私は少しずつ調合薬の作り方を学び過ごした。
「もちろん、いつまでも騙せるとは思ってなかったけどね……」
私が聖女として活動し始めて二年が経った十四歳の頃、六歳年上のリオネルが二十歳の時、その日は唐突にやってきた。リオネルに、偽物であるとバレたのである。

村というよりも集落と呼んだ方がいいほどの、住民の少ない場所での集団感染。
事前に教えてもらった症状から食中毒だと判断した私は、人数分の調合薬を持って遠征した──まではよかったのだが、着いた先にいた患者の人数が倍だった。
(まさか結婚式をしていたなんて)
持参した調合薬が効いたのは幸いだったが、結婚式に参列していた別の村の人たちにも感染していたため、薬が全然足りない。
仕方なく遠征の拠点として借りた宿屋の一室で、追加の調合薬を作ることになったのだが、患者の治療で走り回っていた疲れが溜まっていたのだろう。気付けばうっかりうたた寝をしていた私は、突如響いたガチャンという音で目を覚まし、呆然とした顔のリオネルと目が合ったのだ。
ある意味この国でもっとも重要な人物が聖女だ。そんな聖女が夕食にも出ず、呼んでも反応しないとなれば、どれだけ頑なに入ることを禁止していたとしても、そりゃ踏み込まれるというものである。
幸い宿屋にはマスターキーがあったためドアを壊されるようなことはなかったのだが、広がる数々の薬草と小瓶、そしてすり鉢を片手に眠りこけている私を見たリオネルの、あの呆れた顔は忘れられない。
一瞬固まった私たちだったが、動き出すのはリオネルの方が早かった。素早く部屋の中に入り、再びガチャンという金属音を響かせ鍵をかけたのだ。
普通、護衛は許可なく部屋の中までは入らない。もし入ったとしてもドアに隙間は空けておくもの。それなのに、わざわざ鍵をかけ他者の目から隠したということは、私の正体がバレたということである。
「未婚の男女が密室にいるのは世間的によくないのではないかしら」
「涎も拭けない子供と間違いが起きるはずないだろ」
「し、失礼ねっ!? それくらい自分で拭けるわよ!」
ここからどう誤魔化そうか、と必死に思考を巡らせながら苦し紛れにそんなことを言ってみるが、ため息混じりの指摘に羞恥心を刺激されただけで終わった。
せめていい案が思い浮かべばよかったが、当然そんなこともなく、部屋の中は嫌な沈黙に包まれた。
(処刑されるわよね、これ)
聖女を騙るなんて大罪だ。しかも、彼はその聖女を信仰している教会の騎士。この場で斬り殺される覚悟を決めたのだが、聞こえてきたのは『食中毒か』という言葉だけ。
どうして机に並んだ薬草だけでリオネルが食中毒だと見抜けたのかは謎だが、私はここぞとばかりに口を開いた。
「ば、罰を与えるなら明日以降にして!」
「なぜ?」
「私の患者がいるからよ」
表情の読めない、むしろ私を品定めするような視線を向けられ、居心地が悪かったのを今でも覚えている。

(あの後も、リオネルは私を咎めることはしなかったのよね)
それどころか、最初は何人もの聖騎士が交代で護衛してくれていたのが、いつの間にかリオネルが専属の護衛騎士になってくれていた。きっとすべて、私が偽聖女だと気付かれないように、だろう。
彼は一度もそうだとは言わなかったけれど──
(そうまでして守ってくれていたのに)
結局、偽物には相応の罰が下るのだ。
「でも五日も猶予がもらえて良かったわよね!」
「ただ薬草を煎じているところを見られただけだからな」
さっきは返事をしてくれなかったリオネルが今度は短くだが返事をしてくれる。いつも憎まれ口を叩いていた彼があっさりと私の言葉を肯定したことが、今置かれている状況の悪さを物語っているように感じた。
「それでもこの五日は……生きていられるわ」
現在の私はまだ偽物の疑いがかかっているだけだが、この五日の猶予のうちに涙を流して万能薬を作り出せなければ偽聖女だったと決定づけられ罰を受ける。すぐに涙なんて流せない、と言い張って貰えたこの五日。この時間で一体何ができるのか。
「せいせいするでしょ」
静まり返る部屋の中で、私の声だけが反響する。その静けさが居心地悪い。
「……逃げるか?」
「え?」
言われた内容を理解する前に、私の胸が高鳴った。
ぽつりと呟きながら私の目の前に、リオネルの手が差し伸べられる。
「逃げないわよ、私の罪だもの」
「お前だって被害者だろ」
「それでもよ」
「ここで手を取らねぇとかバカじゃないか」
「バ……ッ!?」
散々なその表現に苛立ちを覚える。本当にリオネルはいつもこうなのだ、私のことをいつもどこか見下したような口調で貶め──そして、誰よりも案じてくれる。
(本当に、バカだわ。私もリオネルも)
リオネルの手を取れば、それが束の間の幸せだとしても幸せになれる。だって、私は。
(ずっと、ずっと好きだったんだもの)
だからこそ未来のない道は選べない。その一瞬の幸せのために、リオネルの人生を犠牲になんてできないからのだから。
「わかってるけど、これで……いいのよ」 
「死ぬかもしれねぇんだぞ。逃げるかって聞いたら、ここはハイだろ。バーカバーカ」
「バカって言う方が……というか、どうしてわざわざ私のために聖騎士のリオネルがそんなこと言うわけ? まさかリオネルって私のことが好きだったり?」
呆れを滲ませながらバカにされた私はそのままの勢いで反論しようとしたのだが、ふと思いついたまま疑問を口にする。
当然リオネルからは即座に反論が来るだろう。呆れてため息を吐かれるか、それともあり得ないと一蹴されるかそのどちらかだ、と思っていたのに、私の予想と違い、彼からの反論は待ってもこなかった。
(あ、あり得ないわよね? だって、だって私)
「出会った時は十二歳のいたいけな少女だったんだけど!? まさかロリコ……」
「俺だってその頃は少年だったわ!」
私の言葉に食い気味に言葉をかぶせたリオネルと真正面から目が合った。さっきはあまり見えなかった彼の表情が開けたように目に飛び込んできて、私はホッとする。
「で。どうする?」
話を戻すようにそう言いながら顔を再び背ける。勘違いかもしれないけれど、いつもあまり表情が変わらない彼の耳がわずかに赤く染まった気がして、私は笑みを溢した。
「逃げないって言ったでしょ」
「処刑されるかもしれないんだぞ」
「追放かもしれないじゃない」
もし逃げたとして、一生追手に怯えて暮らすなんてやはり現実的ではなく、そんな生活にリオネルを巻き込むなんてできるはずない。
「もし追放だったら、どこかでまた薬草を煎じるの。今度は堂々と、ね」
私は偽物だったけど、それでも自分が作った薬で誰かを救えたという事実は私にとってとても大切なことだったから。
「そうか」
自分で断ったくせに平然と頷かれ脱力しつつも寂しさを感じてしまう。そんな自分に苦笑した。
「リオネルはもう教会に戻ったら。護衛は、扉の外に騎士様がいるから」
「あいつらが護衛、な。相変わらずおめでたい頭だこと」
「うるさいわね」
ハッと鼻で笑われ苛立ちを覚える。私だって外の彼らが純粋な護衛ではなく、罪人の監視だということはわかっていた。
「それでも、そう考えていた方がマシじゃない」
「おめでたい思考回路だ」
「だからうるさいってば」
「ハイハイ。じゃあ、俺はもう行くから」
「あ……」
ガタン、と音を立てて椅子から立ち上がったリオネルに、思わず小さく声が漏れる。そんな私に怪訝そうな表情を向けた彼へ、私は精一杯明るく取り繕った表情を向けた。無意識にすがりかけた自分に呆れる。
「元気で」
「あぁ」
逃げるか、なんて言った彼は私の言葉にさらりとそう返事をし、そのまま部屋の外へ出て行ってしまった。
(あっさり行っちゃうんだ)
一度も振り返らない彼の背中を見ながら、私は小さく「薄情者」と呟く。八年間も一緒にいたのに、終わりはなんとあっけないものなのか。
(でも、これでいいのよね)
「逃げるか、だって。ふふっ」
ひとりになった部屋で乾いた笑いと共にそんな言葉が零れる。一瞬で去ることを決めてしまったリオネルにガッカリしなかったと言えば嘘になるが、逃げるかと言ってくれたのも彼で、そしてそんな彼の言葉が少し、ほんの少しだけ嬉しかったのも本当だ。

そうして迎えた五日後の朝。
小瓶の中は当然空のままだ。涙は出なかった。泣いたとしても私は偽物、万能薬など作れるはずもないのだから。
「聖女ニコレット、出ろ!」
呼びに来た騎士が私を未だに�狎蚕��瓩噺討鵑世海箸飽穗卒兇魍个┐拭�まだ偽物だと断定されていないからだろうか?
騎士が私をニコレット・ロジェイと呼ばれなかったということは早々に伯爵が私の籍を抜いたということだろう。向かったのは城下町の広場で、たくさんの人々に囲まれていた。貴族や騎士たちからは冷たい視線を向けられたが、遠くで私を見る平民たちからは気遣わしげな視線が向けられていた。もしかしたら私の煎じ薬に助けられたことがあるのかもしれない。
(偽物だったけど、誰かは救えていたのね)
私が作れるのは伝説の聖女による万能薬ではなかったけれど、確かに誰かのための薬ではあったのだ。
「聖女を騙ったとされる大罪人、ニコレット!」
そんな言葉が響き、私は広場の中央で跪く。いつも着ていた聖女服の着用が許されたのは幸いで、少し生地の分厚い布地のお陰で地面に膝をついてもあまり痛くはなかった。
(あぁ、断罪が始まるのね)
絞首かしら、それとも火あぶり? 首を切られて晒されるのかもしれないわね。なんてどこか冷静に考える。
だが、城から派遣されただろう偉そうで豪華な服を着たその男性が告げたのは想像もしない言葉だった。
「陛下の命により、彼女が聖女であることをここに宣言する!」
「……は、はあっ!?」
「なッ!」
思わず素の声が出た私と同じく驚きで声をあげたのは他でもないロジェイ伯爵だ。その声で彼もこの場所に来ていたことを知る。
当たり前のように処刑されるはずの私が、聖女として認められるなんていう逆転劇を見せたのだ、焦ったとしてもおかしくはない。
そしてこの宣言は私たちふたりだけではなく、先ほどまで私へ冷たい視線を送っていた貴族たちにも動揺を与えた。一番動揺しているのは教会だろう。
「証拠は! 彼女は伝承のような涙ではなく薬草で薬を作っていたという報告が上がっております!」
「聖女ニコレットがその手腕で人々の病を治していたのは事実だろう」
「それでは薬師と変わらない! 聖女というのは……っ」
(どうなっているの?)
まさか王家側が私の味方をするとは思っておらず、呆然とそのやり取りを眺める。
「静まれ! 陛下よりお言葉を預かっておる!」
一気に広場がざわめき出すが、そのざわめきを咳払いで黙らせたのはやはり豪華な服を着た先ほどの男性で、私は知らないがやはり高貴で権力のある偉い人だったらしい。その男性が私へと視線を向ける。そしてニヤリとした笑みを浮かべた。
「聖女には隣国アルベールへ嫁いでもらう」
「ア、アルベール……っ!?」
「本来ならば王女殿下が嫁ぐことになっていたのが、今後アルベールとの友好をより強固なものにするためボドリヤール聖国で最も尊い聖女にその役目を任せることが決定した。これはアルベールからの申し出でもある!」
フンッと鼻を鳴らしながら向けられた視線に蔑みの色が滲んでいるのを見て、私は呆れた。どうやらこれは新手の追放か処刑らしい。

隣国アルベールは、他の追随を許さないほどの大国であり、強大な軍事力で有名だった。そしてボドリヤール聖国が一方的に敵対視している国でもある。
他国は、唯一聖女の生まれるボドリヤール聖国を神聖な国として敬っているが、軍事国家であるアルベールにはその尊敬の念が薄い。他国の考えを尊重し攻めてはこないが、正直�狒蠎蠅砲気譴討い覆き瓩�近い。
そのことを勝手に根に持ち対抗意識を燃やしたボドリヤール聖国側が、一方的にちょっかいをかけているのだ。
(そういえばこの間治療しに行った国境近くは怪我人が多かったものね)
アルベールとの小競り合いがあった地域の状況を思い出しながら小さくため息を吐く。
どうせあの小競り合いもボドリヤール聖国側から仕掛け、結果返り討ちにでもあったのだろう。
喧嘩を吹っかけてきてあっさりと負けた側に、見逃した賠償として王女を嫁に寄越せと求めるのは国として間違いではない。
あくまで人質、くだらない喧嘩を仕掛けてくるなという脅しの意味しかないのだ。どういう経緯で王女と聖女が代わったかはわからないものの、アルベールとしては人質の効果があればどちらでも一緒。そしてボドリヤール聖国としては、全然意味が変わってくる。
(偽物の私じゃ人質にはなりえないわ)
つまりこれは、表向きは相手の意向に沿うものの、私にはそのまま使い捨ての駒として死ねと言っているのだ。
「私なら死んでもいいし、今まで通り振る舞えるってことね」
人質を取られたわけではないのだ、アルベールへこびへつらう必要も当然ない。私という大罪人を裁く手間もかからず、ボドリヤール聖国からすればこれ以上ない結果とも言えた。
「相手は国王陛下だ、全力で尽くすように」
その言葉に愕然とした。アルベールの国王の妃といえば王妃の他に側妃―第二妃と第三妃―がふたりいたが、後継者争いで王太子が決まる前に男児を産んだ第三妃が毒殺され、女児を産んだ第二妃は実家のある田舎へ帰ったと聞く。
王妃がその騒ぎの犯人だという証拠はないが、その騒ぎのあと王妃の息子である第一王子が王太子になったことを考えれば、少なくとも無関係ではないだろう。まさかここにきて私の死因が暗殺になる可能性まで増えるだなんて!
(でも、私に拒否権なんて当然ないわ)
冷めた心でそう考え、膝をついたまま大きく頭を下げる。
「つつしんで拝命いたします」
そうしてこの断罪の場は、あっさりと締めくくられた。

てっきり最低限の準備くらいあるのかと思ったが、残念ながらそんなこともなく広場へ同行した騎士たちに囲まれ着古した聖女の服のまま馬車へと乗せられた。
どうやらこの足で嫁ぐらしい。罪を暴かれる場に聖女服を着ることが許された理由はこのためだったか、と呆れながら、変わる景色を眺めていた。
「手ぶらって……」
支度金を準備してもらえるとは思ってなかったが、流石にこれはアルベールへ失礼すぎないだろうか。偽物だと隠す気がないにもほどがある。
更には思ったよりも多くの騎士が同行している。表向きは『聖女の護衛』だが真実は『偽物の逃亡阻止』だろう。
(くだらない)
逃げるかと言ってくれたリオネルがここにいたら──いや。そんなことは考えても無駄だ。あれから一度も、そして今日の広場にも彼は来ていなかったのだから。
「きっともう会うことはないのね」
ぽつりと漏らした言葉。彼とは言い争いばかりだったはずなのに、今無性に会いたいと思い浮かぶのが彼の顔だなんて、と乾いた笑いが溢れてくる。
自問自答をしていた私だったが、どうやら思ったよりも時間が経っていたらしい。馬車が突然止まり、扉が乱雑に開けられた。
扉の先に見えたのは開けた場所で、どうやら私は国境で引き渡されるらしい。
「降りろ」
短くそう告げられ、ため息を吐く。
(完全に罪人扱いじゃない)
もちろん私が偽聖女だというのは事実なので仕方はないのだが、表向き私は国のために嫁ぐ花嫁で彼らは護衛で同行したのだから、この扱いはあまりにも酷くはないだろうか。
どうやらそれは、私を迎えに来たアルベール側も同じ考えだったらしい。
「おい。不敬だぞ、その乱暴な対応をやめろ」
強い言葉でそう指摘したのはアルベールから迎えに来てくれた誰かだろう。国王陛下へ嫁ぐのだから、きっとそれなりに地位のある人──だとは思うのだが、聞こえた声が思ったよりも若くて少し驚いた。
そして声の若さよりもっと驚いたことがひとつ、私はこの声を知っている。
「この声って、まさか」
そんなはずない、と思いつつ慌てて馬車を降りる。騎士に対し怒りを露にしていたその声の主は、突然飛び出して来た私を見てそのアメジストのような目を柔らかく細めた。太陽の下だからか、いつもは黒にしか見えないのに今日は濃紺の髪色がよくわかる。
「リオネル!?」
「ニコレット」
当たり前のように名を呼ばれ、じわりと視界が滲みそうになる。
「迎えに来た」
「迎えにって、なんで……」
しれっとした顔で『迎えに』と口にしたのは、私が偽聖女だとバレたその日に姿を消した護衛騎士。
何故聖騎士のリオネルがここにいるのかがわからず、驚きのまま彼を見つめる。





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